【完結】旅する物語 白百合異聞   作:masuda028

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【鬼滅の刃/煉獄杏寿郎】
無限列車編のその先に。

※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。


仕舞い編 無限城編あたり
29仕舞い編1〜5


●1 プロローグ

 

 薄暗い古びた寺のお堂で寝ている善逸。

 

 起きたら自分が泣いていることに気付いた。

 そうか──さっきまでのことは、全て夢だったのかと安堵する。

 にゃあと猫の声がした。胸の上に白い猫がいて、目を覚ました俺の顔を覗き込んでくる。

「お前、どこから入ってきたんだよ?」

 はぁと息を吐いて、先ほどまでみていた夢を思い出す。爺ちゃんが切腹する夢だった。兄弟子が鬼になったから、雷の呼吸の使い手から鬼を出したからってそういう内容だ。羽織の袖で涙を拭いながら起き上がると、白猫は身軽な動作で距離をとった。

「まだ雨が降ってるのか──」

 お堂の外、小さく雨が降ってる音がする。

 外はまだ暗い。

 しかし、もう一眠りという気持ちにもなれず。

「どうせ夢をみるなら、もっと楽しい夢なら良かった」

 あんな夢、縁起でもない。もし現実に起こったら? そんなこと考えたくもないや。

 爺ちゃんには長生きしてもらいたいし、禰豆子ちゃんと結婚する時は最前列で祝ってもらいたい。

 にゃう──再び猫の声がする。目を細め、こちらをみている。まるでユリさんみたいな。心を見透かされているような不思議な感覚。

 

 白猫はカリカリとお堂の扉に爪を立てていた。

「外に出たいのか?」

 近づいて扉を開けるとするりと外に出ていってしまう。これで今の猫とはもう会うこともないだろうと思っていると、まるで俺を呼ぶような猫の声が聞こえるのだ。まるでついてこいと言っているような響きで。

「なんだよ」

 扉を開けて外に出る。もう雨は止んでいた。

 

 にゃあと遠く離れた暗がりから猫の声がする。

 

 ざわざわと胸騒ぎがするのだ。

 行かない方がいいと思う自分と、行った方がいいと思う自分がいた。

 

 そうして、猫を追いかけた先で俺が何を見たのか。

 

 近づくにつれ、強い鬼の音がどんどん聞こえてきたから一歩進むごとに行かない方がいいんじゃないかと思っていたような気がする。

 

 ひらけた場所に出たら、まるで侍のような格好をした1人の男の前に誰かが土下座をしていた。その土下座をしている人物が、兄弟子だと気付いた時はひどく驚いたんだ。

 

 俺に男が視線を向けてくる。普通は一対しかないはずの目が三対もある。その顔は異質で、一目でそれが人間ではないことを証明していた。

 

 兄弟子が怪我をしているような音はしない。戦いもせず負けを認めたのか?

 もし、あの夢の通りだとするなら。俺は偶然にも居合わせた。兄弟子が道を違え鬼となる瞬間に──。

 

 深く息を吸って吐いた。

 

 兄弟子の獪岳は、俺に余計なことをするなと視線を向けてきている。俺のことを心配しているわけではなく、この鬼と俺が戦ってとばっちりを受けたくないんだろう。

 しかし、ここで俺が引けば獪岳は鬼になり爺ちゃんが死んでしまう。それだけは嫌だった。

 

 この鬼の目に浮かぶ数字は壱。今まで戦ったどの鬼よりも強い。あの煉獄さんが戦ってさえ逃してしまった鬼より強いのに──。

 

 

●2

 

 柱稽古に参加する前に、師範──煉獄さんと手合せをする期間を作ってもらえた。

 ユリさん曰く、柱稽古に俺が初期から参加してしまうとふらぐというものが上手くいかないらしい。

 ふらぐというものが俺にはよくわからなかったが、物事を始めるにはこの時が良いということもあるし、そういうことなのかなと勝手に納得している。

 生まれたばかりの煉獄さんとユリさんの双子の赤ちゃんも可愛いし、弟妹たちが生まれたばかりの頃をよく思い出していた。禰豆子にも会わせてやりたかったな。

 

 そしていよいよ今日から柱稽古に参加することになり、出発の挨拶を煉獄家の人々にしているところだった。槇寿郎さん、千寿郎くんへの挨拶は終えて今は師範の部屋にいる。お互い向き合うように座って

「うむ。良い鍛錬になるだろう。励むといい」

「はい!」

「もう行くのか?」

「いえ、これからユリさんと会うことになってます」

 煉獄さんから微かに不満に思っているようなにおいがする。普通は師範を最後に出かけるところだが、ユリさんからは最後に来るように言われていたのだ。

「あの、その、ユリさんに最後に来るよう言われまして──」

「そうか。ならば俺も付き合おう」

 そう言って煉獄さんは立ち上がり、俺を案内するように前を歩き始めた。

 

「ユリ、炭治郎を連れてきたぞ」

 声をかけるなり煉獄さんはユリさんの部屋の障子を開けて入っていってしまう。そんな無造作に入っていっていいものかと部屋の中が見えない位置で待機していると。

「どうぞ」

 中からユリさんが声をかけてくれた。

「失礼します!」

 立ち上がり、大きくお辞儀をして入室する。椋寿郎くんとルリちゃんはちょうどすやすやと眠っていた。

 柱稽古に参加するために出発の挨拶をまずは済ませて、いよいよ本題である。ユリさんは何か見せたいものがあると言っていた気がするが。

「炭治郎、おいで」

 もっと近づくように言われて、わずかに緊張しながらも距離を詰める。

 出会った頃のユリさんからは随分不思議なにおいがする人だと思っていたけれど。ここ最近はとても優しい、まるで母のようなにおいのする人だなと思うようになった。よく煉獄さんのにおいがするところも時々父のにおいを纏わせた母によく似ていた。

 ユリさんが額を合わせ熱をはかるように頭を近づけるので、俺も同じようにすると。

 煉獄さんが後ろからユリさんの口元を手で覆った。

「!?」

 ユリさんが後ろを振り返り、もごもごと煉獄さんに何か言っている。

「もし唇が触れたら炭治郎も気にすると思ってな」

「いえ、俺はそこまで気にしないと──」

 途中まで言いかけて、しまったこれは肯定も否定もしてはいけない話題だったと口を噤む。

「意図はわかった。ではまずユリがここに座りなさい」

 煉獄さんが胡座をかいた自身の左脚をぽんぽんと叩いていた。ユリさんは特に表情を変えず煉獄の膝の上に座り、先ほどのように俺を呼んでくれる。

 近づくと再び煉獄さんがユリさんの口元を手で覆おうとするので

「炭治郎は特に気にしないって言っていたわ」

「……俺が気にするので、口を手で覆うことは受け入れてほしい」

「素直に最初からそう言えばいいのに」

 そんな2人のやり取りを見ていると、煉獄さんの方が歳上に見えるのにユリさんに振り回されていて微笑ましく思う。誰かを好きになるというのは、こういうことなんだろうか。

 口元を覆われたユリさんと額を合わせて両目を閉じた。そして浮かんできたのは──。

 

『炭治郎──』

 懐かしい父の姿だった。

 

『違う世界のお前に言葉を残すというのも、不思議な感覚だ。俺のいない世界で、お前がどういう状況にいるか彼女から話を聞いているよ。

 昔から弟妹の面倒見も良く、頑張り屋なお前だから俺が死んだ後も不幸な事件が起きても決して諦めず努力を続けていると思う──炭治郎、お前は俺の自慢の息子だ』

 

 晩年の頃の年齢に見えるが、少しもやつれておらず肉づきが良い。話し方も力強さがある。

 

『この世界の俺は彼女に身体の不調を治してもらい、鬼殺隊の一員となった。日柱と呼ばれたこともある。

 ──しかし、それはもう過去の話だ』

 この父が生きる世界には、もう鬼殺隊が存在しないらしい。その理由はひとつしか考えられなかった。

 

『鬼舞辻無惨が俺たちの住む家にやってきた。

 その日のお前はちょうど1人で炭を売りに行った帰りで、任務帰りの俺と夜遅くに合流して一緒に家まで帰ったんだ。

 鬼舞辻無惨の来襲を知っていた我々は、鬼殺隊一丸となって奴を迎え討った。その様子はまた別の機会に見せてもらうといい』

 

 父さん! 誰と話してるんだよ! もうすくご飯だって!

 ごはんだってー!

 もー! 真面目なお話しをするから部屋に入らないように言われたでしょ!

 バタバタと弟妹たちが父の周りを走って、部屋を出て行った。

 ごめんね、うるさくして──家族で暮していた頃より少し歳をとった俺が、申し訳なさそうに弟妹たちが開けたままにしていた襖をしめていく。

 

 閉じている両目から涙が溢れた。

 

 ──どうして幸せそうにしている姿をみて、涙が溢れるんだろう。

 

『俺が違う世界のお前のために戦ってやることは出来ない。

 

 だが──槇寿郎殿の御子息と共に戦おうとするお前に、俺と槇寿郎殿で編み出した二重円環を託す』

 

 

●3

 

 ユリが他の柱にも自身のことを教えると言った時は驚いた。何かあったら杏寿郎が助けてくれるでしょう? と聞くので、当然だ! と即答した。

 彼女は柔らかく微笑んで喜んでくれた。

 

 産屋敷邸、庭にある池のまわりに柱たちが集う。それぞれの継子と、上弦の鬼との交戦経験のある者たちも集められた。

 ユリについては簡単に異世界人であることを説明してある。一瞬にして怪我を治す力が呼吸によるものではないことは薄々気付かれていたことだし、善逸や伊之助に至ってはだからかといった反応をしていた。炭治郎には先に話していたから、どこか困ったような微笑みを浮かべている。

 

「はじめます」

 池の水面にユリが手を入れるとぼんやりと池の水が光りはじめ映像が映し出される。

 額を合わせて見るよりは若干映像の質は落ちるが、何が起きているのかは問題なく認識出来そうだ。

 炭治郎は真剣に見入っている。

 

 雪の降る日、1人の男が歩いてやってきた。

 

 音は聞こえない。家の前に座っていた男、炭十郎殿に声をかけられ二言三言言葉を交わしてすぐに戦闘になる。

 周囲に隠れていた隊士たちが姿を現した。

 

 何人もの隊士たちが周囲を囲う。

「姉さん──」

 胡蝶の姉の姿が一瞬映り、しのぶが思わず声を上げる。しのぶの身体にカナヲが寄り添った。年若い悲鳴嶼さんの姿もある。

 

 首を斬り落とされてもなお、何度も鬼舞辻無惨は蘇ってくる。

 

 戦闘は一晩中続いた。

 

 戦いの要は炭治郎の父君炭十郎殿と、俺の父槙寿郎の二重円環のように見える。

 2人の内両方かどちらかが傷を負ったら、即座に他の柱が入れ替わり体勢を整える時間を作っていた。

 

 そうして朝日と共に、戦いは終わったのだった。

 

 はぁと誰ともなく息を吐く音が聞こえる。

 誰もが皆水面に映る別世界で起こったことを、自分のことのように感じていただろう。

 

 ユリが水面から手を抜いて立ち上がった。後ろから身体を支える。

 

 その後は先ほど見た情報をもとに戦略を話し合うことになった。

 

 ○ ○ ○

 

 ユリを抱き上げて走り家路を急ぐ、少し後ろを狛治が続いていた。

「思っていたより遅くなってしまったな」

 もうすぐ夜が明ける。帰ってからではまともに寝る時間はとれないかもしれない。

「眠ければ寝てくれても構わないが──」

 腕の中のユリに声をかける。

「大丈夫」

「そうか。

 君からみて、今度の戦いはどうなると思う?」

 つい口にして、聞かない方が良かったかと思い直す。彼女は物語として未来がわかるのだから、ここで聞くことは結末を明かしてしまうことになるのではないか──。

「そうね。炭十郎と一緒に戦った時よりは苦戦するでしょう」

「それはなぜだ?」

 炭治郎や俺が未熟だからだろうか。

「鬼同士の精神疎通を阻害する方法がないからよ」

 ユリは炭十郎との戦いで協力してくれた鬼について話して聞かせてくれた。なんでも鬼化した妊婦が孕んでいた赤ん坊を、彼女が世話していたことがあるそうだ。その赤ん坊が使えた血鬼術が精神疎通を阻害するものだったという。

「その赤ん坊はこの世界には?」

「生まれることもなかったのかもしれない。

 気配を感じないもの」

 ほんの少し、ユリの瞳に悲しみの感情が浮かぶ。

「でも、物語というのはそういうものよ。

 何かをきっかけにいなかったことになったり、いることになったりもする。わずかな変化に動揺していてはいけないの」

 自身に言い聞かせるように彼女は言葉を続けた。

「だが俺はこの場にいない誰かを思って悲しむ君が愛おしい」

「そう見せているだけかもしれないのに?」

「それでもいい。俺にそう思われたいということだろう?」

 ユリはわずかに顔を赤くして口を噤んだ。彼女にいいように扱われることが多いが、稀にこうしてユリの不意をつけることが嬉しい。

「──私は、たぶん今が一番幸せなのかもしれない。あなたと再会出来て、同じ物語の中にいるのだもの」

 どこか遠い目をしてそう言う彼女を、もっと幸せにしたいと思った。

「……この戦いが終わったら、椋寿郎やルリ、千寿郎と父も巻き込んで旅行にでも行こうか? きっと楽しいぞ」

 腕の中のユリが小さく笑う。

「それは楽しそうね」

 そして彼女は俺の胸のあたりに頭を寄せて独り言のように

「──私は杏寿郎のことを信じているわ。たとえ光の届かない闇の中に閉じ込められても」

 うん? 彼女がなぜ今そんなことを口にしたのか引っかかった。訊ねようとしたところで、もう家に着いていることに気付いて発言をやめる。

 

 庭に降り立ったと同時に大泣きの赤ん坊を両手に抱いた千寿郎が走ってきた。

「姉上! 兄上! 狛治さんも! おかえりなさい!

 ちょうど2人とも泣き出してしまって!」

 ユリが俺の腕から降りて赤ん坊と千寿郎の元に駆け寄る。

「大丈夫よ。ここにいるから」

 2人を受け取りながら彼女が声をかけると、先ほどまで大泣きしていたのが嘘のように安心しきった顔で再び眠りについた。

 どちらか1人を預かろうかとユリに近づくが、椋寿郎もルリも差し伸べた俺の腕をどこか渋い顔で押し戻す。

「よも」

「母上には敵いませんね」

 千寿郎が嬉しそうに言った。

 

 

●4

 

 ユリさんの鎹鴉に呼ばれて光屋敷に向かう道中。

 兄弟子の獪岳も一緒に呼ばれたので、雷の呼吸について話しながら向かっていた。

「だからもっと脚に力を込めるんだって!」

「うるせぇ! もっと別の言い方をしろってさっきから言ってるだろうが!」

 炭治郎が塀の上から顔を覗かせて、

「善逸、来たのか」

「炭治郎も呼ばれたのか?」

「いや、俺は禰豆子を送る途中に煉獄さんたちの赤ちゃんを見せてやろうと思って」

「え? 禰豆子ちゃんもいるの? 禰豆子ちゃんもいてユリさんもいて俺幸せすぎない? 何かなご褒美かな?」

「俺もいるが」

 背後から最近よく耳にする声がした。

「ギャー嫌ー!!!」

「宇髄さん!」

「反射的に叫ぶんじゃねぇよ。お前のことは特別に目をかけて鍛えてやってんだろうが。

 継子になるっていうならもっと色々教えてやるのになぁ」

「遠慮しときます」

 はっきりと即答する。

「お前──ん? そこのお前は確か」

 宇髄さんが俺の隣にいた獪岳に視線を向けた。

「獪岳です。弟弟子の善逸がいつもお世話になってます」

「おぉ、元鳴柱の。

 ──確か善逸と違って壱ノ型だけ使えないんだっけか?」

 獪岳から不満に思っている音がする。

「呼吸の使い手なんていうと、全部の型が使えて当然と思われることが多いが俺はそうは思わないぜ。

 強けりゃ何も問題ない。むしろ別の呼吸の方があっているのかもしれないからな」

「ちょっとちょっと! やめてもらえません!? うちの兄弟子を継子にしようとしてるでしょ!?」

「なんだよ。音は雷の派生なんだから、ありなしでいったらありだろうが」

「獪岳は俺と一緒に鳴柱になるんだ!」

「は?」

 何言ってんだお前的な音が獪岳から聞こえてきた。

「え? なんだよそれ! 鳴柱になるって思ってるの俺だけ!?」

「お前別の呼吸にも興味あるなら付き合ってやってもいいぜ」

「だから勧誘禁止! 禁止ですって!」

 俺が獪岳の前に立って宇髄さんを遠ざけようとする。

「なんだか必死だな」

 炭治郎が笑う。後ろにいる獪岳も珍しく笑ってた。

 

 ○ ○ ○

 

 上弦の鬼と戦った時のこと、その後すぐに柱たちに囲まれて問いただされたりもしたけど。戦闘に入ってすぐ意識を失ってしまって正直あまり覚えていないんだ。

 でも所々で負傷した傷の痛みからか意識を取り戻したこともあって断片的に覚えているのは、獪岳と一緒に戦ったこと。

 それでもやっぱり勝てなくて。

 死ぬ! と思った時に、その場にもう一人剣士が現れたことは朧げに覚えてる。

 その剣士が現れてからは鬼の方がひどく動揺した音をさせてて、ろくに戦わずに逃げていったと思う。

 

 地面に倒れていると、耳元でにゃあと猫の声がして。なんだお前まだいたのかと思ったと同時に、身体は白いのにしっぽの毛先だけが長くて煉獄さんの髪のような色をしていたから、まるで燃えているように見えたんだ。

 

 目覚めると同時に横にいた隠が大声で言った。

「光柱様! 隊士2名意識が戻りました!」

「そう。良かった」

「ユリ、向こうに──」

 少し離れた所にユリさんと狛治さんがいて、何か会話をしてるらしい。

「お前ら運が良かったな。光柱様がいなかったら今頃は死んでたかもしれないぞ」

 別の隠が小声で俺と獪岳に声をかけてくる。

 あぁ、俺も生きてる。獪岳も生きてるんだ──。

 実感するのと同時に涙が溢れてきた。

「おい大丈夫か? まだどこか痛むのか?」

「光柱様!? 後の処置はこちらでしますから──」

 俺の顔に影がかかる。近づいてきたユリさんがしゃがんで俺の頭をよしよしと撫でながら、

「善逸も頑張ったね。

 もう大丈夫だから、よく休んで」

 善逸もっていうのは獪岳も頑張ってたってことなんだろうか。音を聞く限り獪岳の機嫌も悪くないみたいで安心した。

 

 

 あの時はありがとうございました。とユリさんにお礼を言って呼ばれた経緯を聞いた。

 なるほど。そういうことならこの面子というのも納得できる。獪岳もなんだかんだで耳がいいし、器用だから。

 助けてもらった時は幼い容姿をしていた頃だったけど、今の姿もとても2児の母とは思えない綺麗な人。

 異世界人って説明されて、他の人とは違う澄んだ音をさせていたのはだからかって思ったんだ。ユリさんと話していると、森の中で水流を聞きながら日光浴しているような気分になる。

 その後、少し獪岳とユリさんが話しをしていた。どんな話しをしているのか少し気になったけど、盗み聞きは良くないかな。

「ぜんいつ? あかちゃんかわいいねぇ」

「禰豆子ちゃん!? 赤ちゃんも可愛いけど禰豆子ちゃんも可愛いよぉぉ」

 部屋にいるみんなが笑ってた。獪岳も──いい音だ。爺ちゃんもこの場にいてくれたら一緒に笑ってくれただろう。

 

「音柱を呼びつけて用件はさっきのひとつだけか?」

「もちろん、それだけではないわ」

 ユリさんが外に視線を向ける。障子を開けるとそこには──。

「音柱殿、手合わせ願う」

 うわ。闘気がえぐい。狛治さんがいた。

「お茶をいれてきたぞ」

 そこに煉獄さんが喜々として人数分のお茶を持ってくる。え? なんでここにいるんですか?

 まるで俺の心をよんだように煉獄さんは、

「ユリがいるところには夫もいて当然だろう。

 狛治が宇髄と手合わせをするということだったから、仕上げておいた!」

「お、おう」

「鬼との戦いは常にいつ始まるかわからないからな!」

「真剣勝負でいいのか?」

「狛治に攻撃を5回当てたら天元の勝ち、その前に意識を失わされたら狛治の勝ち。

 安心して? 怪我をしないようにはしてあげる」

「すごいなぁ。俺、まだあの状態の狛治さんと戦わせてもらったことないんです。しっかり見させてもらいますね!」

 炭治郎が宇髄さんににこやかに声をかけている。

 いや、流石にあの状態の狛治さんと戦うのはやばいって。

「俺が勝ったら?」

「え? 特に何もないけど?」

「それじゃあなぁ」

「なら私がなんでもひとついうことを叶えてあげます」

「それはいいな!」

「そのかわり狛治に勝って、杏寿郎に勝てたらだけどね」

 絶望的な連戦だった。恐い恐い。

 ヒッ──煉獄さんめっちゃ怒ってる音させてるじゃん。それはそれとして宇髄さんはやる気になったらしく、下履を履いて颯爽と庭に出て行く。

「それじゃあ、ド派手にいかせてもらうぜ!」

 狛治さんが普段みせない嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

 

●5

 

 出かけるために身支度を整えている私の部屋に、出かけるための身支度を整え終えた杏寿郎がやってきた。

「納得いかん」

「なぜ?」

「狛治も宇髄も健闘していたが、結局のところ引き分けじゃないか」

「どちらも勝ちということで、両方に何かという話を覆せなかっただけじゃない。天元の口の上手さに負けたのは杏寿郎よ?」

「君が断ってしまえば良かったのに」

「何事にもご褒美というのはあった方が、次も頑張れるものだからいいじゃない。

 それに、2人とも望むものとしては可愛いものだったでしょう?」

 天元は奥さんたちと私と杏寿郎と千寿郎と子供たちと狛治とで浅草に、すき焼きを食べに行こうと提案してくれた。いわゆる会食というものだ。

 子供たちもいるし、お昼に会うことになっている。

「ほらほら、機嫌を直して行きましょう。

 いつもにこにこ笑ってくれる私の杏寿郎はどこにいってしまったのかしら? 不機嫌な顔も私だけに見せてくれていると知っているから別に困りはしないのよ」

 ぎゅうと前から杏寿郎を抱きしめる。彼の胸に耳をあてると胸の鼓動が聞こえた。

「杏寿郎も何かご褒美が欲しいの? 帰ってきたら耳掃除でもしましょうか? あなたは私の大切な人なのだから、一番我儘になってもいいのよ」

 杏寿郎はふぅと息を吐くと私の身体を抱きしめ返し、

「その着物、似合ってる」

「ありがとう。あなたが選んで買ってくれたものだもの」

 微笑みを返すと首筋に杏寿郎の唇が触れた。

「衣服を贈る意味については、誰からか聞いたことはあったか?」

「さぁ? ──思考をよまれまいとしているわね?」

「たまにはいいじゃないか」

 杏寿郎が私に悟られまいとすることは、大体わかるけれども。

「うー」

「ふー起きたのね。今日はそういう気分なの?」

「ふー? 椋寿郎なのだから、ひーではないのか?」

「え?」

 男の赤ん坊を抱き上げて声をかけていると、杏寿郎が不思議そうに声をかけてくる。

「──気付いていないの?」

「?」

「まぁいいわ。私とこの子たちの秘密ね」

 微笑みかけると腕の中の赤ん坊は、きゃきゃと声を上げて笑っていた。

 

 ○ ○ ○

 

 子供が生まれたばかりということもあって、俺の柱稽古は一番最後にしてもらっていたが数週間経過して、ここまでやってくる隊士も人数が増えてきた。

 

 俺の柱稽古の内容はユリとも話し合い、会ったばかりの隊士同士でいかに関係を構築し連携を迅速に行えるかという部隊戦を夜間に行っている。

 朝昼は基礎鍛錬の時間としているが、皆最後の柱稽古まで到達した者たちというだけあって誰1人弱音を口にすることもなくついてきていた。

 

 ユリの柱稽古は特別枠で、屋敷に滞在し隊士たちに稽古をつけるわけではなく。他の柱のもとに狛治と共に出向いて狛治は柱との戦闘訓練、ユリは隊士たちの怪我の治療や悩み事などの相談相手や進路相談のようなことをしているらしい。

 

 宇髄に昼餉に誘われた日は朝一から基礎鍛錬を開始して昼〜夕までを自由時間とすることにした。

「炎柱様、お出かけですか?」

「いってらっしゃいませ!」

 庭で自主鍛錬をしている隊士から声がかかる。

「うむ。少し出かけてくる」

 隊士たちと会話をしていると、ユリと千寿郎が子供たちを抱いてやってきた。

「兄上!」

 千寿郎が抱いてきたルリを預かる。俺と視線が合うと機嫌良く微笑んだ。

 

 宇髄から予め連絡されていたすき焼き屋に着くと、ルリを宇髄が抱っこしたいというので店に入る前に預けた。

 すき焼き屋の女将が宇髄に挨拶している。

 む、偶々隣にいたユリが宇髄の妻のように扱われている気がして──。

「ユリ、宇髄が懇意にしている女将との会話に新参の俺たち夫婦がいては邪魔になるだろう。ルリを返してもらってこちらに来なさい」

 俺の言葉通りにユリは宇髄から娘を返してもらってこちらに向かって歩いてきた──隣に来たユリの腰を抱く。そんな様子を見て女将は勘違いしてしまったことを謝罪して部屋を後にした。

 

 ○ ○ ○

 

 食事中に椋寿郎とルリがぐずりはじめたので、隣の部屋で俺の妻たちと千寿郎と狛治が相手をしている。そちらの部屋の様子を見て、戻ってくると煉獄は顔を赤くしてユリにもたれかかって目を瞑っていた。

「それほど呑んでいないと思っていたが、もう酔いがまわったか」

 誰にともなくそう言うと、

「お酒って不思議。身体を温めたいから呑むというのであればまだわかるけど、酔うために呑むものなの?」

 ユリがぽつりと言葉を口にした。

「酔うために呑んでるわけでもないがな。俺はいくら呑んでも潰れたことがないし」

「そう? 杏寿郎みたいにお酒に酔いたいなら協力するけど?」

「やっぱりユリが何かしていたのか」

「だって、酔いたいと思っている人がそれだけ沢山お酒を呑んだら身体にだって悪いわけだし」

「煉獄が酔いたいと思ってるって?」

「素面でいると色々考えることが多いようだから──本人がそうしたいと思っているというより、第三者が提供する精神面の休息かしらね」

 言いながらよしよしと煉獄の頭を撫でている。

「鬼の討伐にも使えるんじゃないかと思ってるでしょ」

 口にする前に指摘された。

「確かに弱体化はさせられるかもしれない。でも直接影響するようなことはしない方がいいみたい。条件によっては上手く出来るかもしれないけど──敵を倒してすぐ別の世界に行くようなやり方でないと、物語に良くない影響が出ると聞いているわ。

 物語の中の敵は、その物語の中だけで完結した方がいいのよ」

「そうか。

 にしても、ユリは変わったな」

 俺の言葉にユリは少し驚いたような表情をする。

「なんだ? 自覚はないのか?」

「私は、良くも悪くも変われない者だわ」

 何をもってそう言うのか。肯定しても否定しても言葉は続かない気がして。

「あくまで、俺の過去に会ったユリと今のユリを比べた場合にだ」

「そう? そういうことなら杏寿郎と一緒にいる私と、彼を探して旅していた頃は少し違ったかもしれないわね」

「そうだ! ずっと謝らないといけないと思ってた。俺が余計なことを言ったせいで──」

「いいえ、私も何かしないといけないといけないと思っていたから。天元が謝るようなことではないわ」

「……」

 そんな物言いも、以前会った時には想像も出来なかったが、

「──天元は、何があっても杏寿郎の味方でいてね」

「なんでだよ。一番の味方はユリだろ?」

 そうねと言った表情は、何か隠し事をしている様子だ。

「あまり心配をかけるようなことには、ならないようにしてもらいたいもんだが」

 ユリの頭に手をのせようとすると手首を掴まれた。赤い顔をして、目を閉じユリにもたれかかっていた煉獄に、

「駄目だ」

「うお。起きてたのか」

 なんだかんだで煉獄も、ユリが他の男にいくら声をかけられようとなびかないからと安心している様子もないよな。まぁ男心としては理解できるが。ユリも嬉しそうにしてるし、これはこれでいいのかね。




ここまでご覧いただきありがとうございました。

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