無限に広がる世界の片隅で二人は出逢った。
※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●13
部屋で待機しているように言われたが、ユリのことがどうしても気になった。
ドアに耳をあてて外の様子を伺う。気配はない。
薄く開けて目視でも確認してから、そっと部屋を出ようとしたところ景色が一変した。
「コラコラ、待機命令が出てただろうに。
勝手に部屋を出てはいけないよ」
そこは空の上に見慣れない茶器の並んだ机と椅子が浮いている。なんとも不思議な空間だった。
緩やかなウェーブがかった藤色の頭髪を頭の右横に結び、洋風のドレスを思わせるような寒色系の色合いの衣服を身につけている。
ドレスというと動きにくそうな印象だか、丈は短くほっそりとした両足を組んでこちらを向いて彼女は座っていた。
「聞こえなかったかい?」
この声は聞いたことがあった。
「そうだよ君。ボクが管理人だ」
顔立ちはどこかユリに似ていた。しかし、表情や目付きはまるで違う。心を見透かしているような狡猾さが伝わってくる。
「君がユリちゃんに会いに行きたいって気持ちはわかっているよ。彼女からも君のことは頼まれてるからね。
どちらの希望を優先するか、ボクとしては今のところ決めかねている。
まぁ、少しだけお茶でも飲みながら話しをしようじゃないか」
言ってテーブル向かいの椅子を上向きに指さした。
こちらに提案している形ではあるが、拒否権があるようには感じない。椅子の方へ移動しようとすると身体が勝手に浮いて椅子に座らせられた。
「さて、お茶の種類は何がいいかな? 君に合わせて日本茶にでもしようか? 好みを聞かせてくれるかい?
……それどころではないって顔してるね。
でもねぇ、今さら君が駆けつけたところで状況は何もかわらないさ」
湯呑みに入った緑茶が目の前に差し出される。
「ユリがいまどうしてるのか教えてほしい」
「いいよぉ、ユリちゃんは今 無極牢 というところに閉じ込められてる。例の試験前には出てこられるだろうが、あそこはすごく退屈なところでね。外部との共有も完全に切れた状態になるもんだから、昔入れられた時は休眠モードに切り替えてひたすら耐えて過ごしたもんだよ。
あー、もちろん君は近づかない方がいいよ。
あそこは特殊な場所で時間の流れが一定じゃない。早くなったり遅くなったり、一気に千年万年経過しようものなら君なんかは気付いたら骨にでもなっているかもね。形が何か残るならまだ良い方かな?」
こわいねぇと自分のために用意した飲み物を口にしているが、まったく感情は伴っていない。
「……」
「聞きたいのなら聞いてもいいよ。ユリちゃんたちが何のために学んでいるのか。ここが何のための場所なのか。
意識を共有してたからなんとなくはわかってるだろうけど、共有が完全に切れた今、君の頭の中は少なからず混乱しているだろう?」
○ ○ ○
「はいはい。わかってる。わかってるよ。
君はユリちゃん以外のことに興味ないだろ。
ボクの話しだって落ち着いて聞いてもらえるとは最初から思っていないさ。
だから話しに付き合ってもらうための報酬を用意した」
指を鳴らすと彼の目の前に出来たての焼き芋の山が現れる。食い入るように見てはいるが、手を出そうとはしない。やはり警戒されているようだ。
「どうぞ、好きなだけ食べてくれたまえ。足りなければいくらでもご提供しよう。
まずは話しを聞きたいと思っている。君は一体どうしたいんだい? 限られた時間ユリちゃんと一緒に行動できればそれで満足? それなら別にそれでもいいが」
「俺はユリとずっと一緒にいたい」
「ずっとって? ここで一緒に暮らすことも君は望んじゃいないだろ?」
こくりとうなづいている。
「ふむ。それで? ユリちゃんにどうなっていてほしい?」
「笑っていてほしい」
「それは君のために?」
「いや、俺のために笑顔でいてほしいってわけじゃなくて……」
「ふーん」
言葉を選んでいるのか、彼は芋をひとつ手に取って口にいれた。そのわっしょいっていうのはなんだい?
喜んで食べてくれてるならいいけどさ。
「……つまり君はユリちゃんに恋をしていると同時に、愛してもいるわけか」
あ、むせた。
「大丈夫? お茶でも飲んだら?」
顔が赤いのはむせたからだけではないようだ。
「それは」
「おや、事実ではなかったかな?」
「俺にはその、恋とか愛というものがわからないけれど。父や母がしていたように、ユリと支え合って生きていきたいと思う」
「なるほど、それじゃあなおさらボクの話には耳を傾けた方がいいよ。
だって仮に君がユリちゃんと駆け落ちしたとして、どうなるかなんて全然わかってないだろ?
もちろんユリちゃんだって知らないことだ。
だったら先に君が知って彼女を支えないといけないんじゃないか?」
ふむ。ようやく話しを聞いてもらえるようだ。
……長かった。
「さて。まずはまわりくどいところから話しをさせておらうけど。まず、ボクらは人ではない。ある種のエネルギー生命体のようなものだと思ってくれてもいい。
ちなみに安心してくれ、人の身体の作りに中身も合わせることは出来るから仲良くするのも問題ないぞう。
いや、今もそこそこ仲が良いのは知ってるが。それをわざわざここで言わなくてもよろしい。ボクが言ってる仲良くってのはー。ほら、これを話しはじめるとまた一気に脱線するぞ? 脱線するならいい? ならよし。
ではなんで人のような姿をしているか、それはこの学園を卒業した後に人と関わることになるからなんだ。
君は元の世界で自身と周囲のことをどんな風にとらえている?」
「どんな風にとらえていても間違いではないよ。
それは君がそういうようにみているというだけで、実際そうなのかもしれないし、そうでないかもしれない。
ただボクらは世界を物語としてみている。世の中に存在する物語は本となって、同じ内容の本だって無数にあるだろ?
そういう物語の中でボクらはどこにだっていける。物語の登場人物として初めから存在しないから。
本にはさむしおりのように、どんな物語のどんな場面だってね」
「それで何をするのかって?
何をするかは個々の判断に任されてるけど、基本的には悲劇を防ぐのがボクらのお役目さ。
正義の味方とまで言うつもりはないけど、誰かにとって都合のいいように物語をかえてしまうことが出来るわけだ」
「君たちの住んでるところに現れるボクらは当然、異質な存在になる。あまりにも姿形がかわっていると、それだけで浮いちゃうだろ?
世界には監視者っていう、それぞれの世界を守る存在もあるから。そういうのに見つかっちゃうと逃げるなり戦うなりしないといけなくなる。
それにボクらとは真逆の、悲劇に仕向ける奴らもいるから学園ではまず戦うことを教えるし、おのずとそういうことが得意な者が残っていくわけだが……」
「君も知っての通り、ユリちゃんはこの学園では異端な存在だ。特に自身のみで強者と戦う才能がない。
作戦とか戦略を考える知恵はあるが、それだけでは卒業を認められない。ずっとここにいることになる。
もし今度の試験で驚きの結果が出せれば、一気に卒業して自由になるチャンスがあるかもしれないけど……」
「正直、君のように真面目に生きているような人たちにしてみたら、ボクらみたいな存在は知らない方がいいし関わらない方がいいんだろうと、ボクなんかは思うんだよ。
それなのにユリちゃんが召喚したのは君だった」
「魔力の相性みたいなものは、すごく良いみたいだけどさ。
ちなみに、ボクらの魔力の源ってなんだと思う?
個人差があるし、自分で気付かないといけないという制限があるからユリちゃんの魔力の源がなんなのかは教えてあげられないが。特別にボクの魔力の源を教えてあげようか? なに? 知らなくていい?
付き合いが悪いな君は、ここを出た後に知らなければ困るだろうに。頭の片隅にでも置いておきたまえ、ベースになるのは概念的なものなのだよ」
「ボクから君はユリちゃんの運命の相手だ。
──なんてことを言うつもりはないが。
それから、もし君がユリちゃんの容姿に親しみを感じているなら、ひとつ豆知識を教えてあげよう。
ボクらは行った先で敵意を向けられないように、相手から好意を抱かれるような容姿や雰囲気をまとうようになっている……たとえば君がはじめてユリちゃんを見た時に、母君に似ているなと思ったりしなかったかい?」
「ここに呼ばれてユリを最初に見た時、感じたのは胸が苦しくなるほどの懐かしさだ。
しかし、その胸の痛みは母に似ていたからではないと今なら断言できる」
「懐かしさ……ね。
ボクたちはどこかの世界で不幸に死んでいった魂を核に作られているという説もある。
もしかしたら遠い昔に何かあったのかもしれないが──。
……君が本気でユリちゃんと共にありたいと思うなら、とにかく強くなることだ。降り掛かる災厄をことごとく討ち倒していく力。
もちろん彼女の力を頼るのはとても危険だよ。ボクらが力を使えば使うほど物語は変化し、元に戻ろうとする力が強くなる。
相応の覚悟と、決意が必要になるわけだ」
だからこそユリちゃんは、距離をとろうとしているんだろうけど……。
覚悟と決意なんてはじめから決まっているという顔で彼はこちらを見ていた。
「俺は俺の意志で、彼女のそばにいたいと思う。
元々、限られた間しか一緒にいられないのにその時間が増えるなら、むしろ良いことじゃないか」
「無極牢に行って無事でいる策があると?」
彼はこくりとうなづく。
「念のため聞いておこう。もし行ってその策がつかえなかったらみすみす死なせに行くようなものだから……」
「……ふむ。わかったよ。
じゃあ特別にゲートを開いてあげよう。ただし、このゲートは行きしか開けないからそのつもりで」
空中にゲートを開くと、彼は迷いなく飛び込んでいった。
「まったく、彼女が君の手をとらなければ確実に死ぬんだぜ?」
恋は盲目とは、よく言ったもんだ……。
●14
壁を背にして膝を抱え座っていた。
閉じていた目を開いて格子の外をみても、そこには闇が広がっているだけだ。
管理人は休眠モードであっという間だと言っていたけれど──。
今はどれだけの年月が経ったのだろうか。
杏寿郎は一人でちゃんと生活できているのか、管理人はちゃんとみてくれているのか、今となってはそれだけが気がかりだった。
ふと毎朝会いに来てくれた鳥のことも思い出す。
いま思えばあの時にお別れすることになったのは良かったのかもしれないけれど、もし生きていたら杏寿郎が一人でさびしい思いをさせずに──。
さびしい? さびしい気持ちになっているなんて思い上がりだ。杏寿郎は強いもの。きっと一人で真面目に修行をしているはず……。
「ユリ!」
杏寿郎が呼んでいる声が聞こえた気がした。
「ユリ!」
気のせいかと思ったら、そうではなかった。
え? 管理人はなにしてるの?
「杏寿郎! なんでここに?」
格子に近づいて下を見ると、確かに杏寿郎がいる。
「待て、いまそっちに行く」
助走をつけて杏寿郎が宙に吊られた檻に飛び移ってきた。大きく檻が揺れる。
「杏寿郎! 管理人から何も聞いてないの?」
「聞いてきた!」
「なんでーー」
「ユリを一人にさせたくなかったし、俺がそばにいたいからだ」
「ここはあなたがいて無事でいられるところじゃないのよ?」
「わかってる。どうすればここにいられるかはちゃんと考えた! ユリはいま魔法が使えないだけだ。魔力はここにあるなら、ユリがしてくれたように俺がユニゾンしてみせればいい」
「そんな簡単にーー」
「出来ると管理人は言っていた。俺はユリと共有してたからそういう能力の一部が使えるようになっているらしい」
「そ、そんなことしたらどこまで混ざってしまうかわからないじゃない」
ここにいることで私の行動、特に魔力操作はかなり制限されている。外にいる時と同じようにはいかないはずだ。
「ユリは嫌なのか?」
「私が嫌というか、杏寿郎こそ嫌ではないの?」
杏寿郎は不思議そうに首を傾げる。
「好きな相手と気持ち良くなれるなら、それは良い事なのでは?」
「好き!?」
「だってユリは、はじめて会った時から俺のこと好きだったじゃないか」
「なっ……」
「ユリは表情に感情はあまり出ないけれど、共有しているせいかユリの気持ちは全部わかったぞ。
嬉しい時や怒っている時、悲しんでいる時とかも全て!
悲しい気持ちが強すぎて、涙が止まらなくなったこともあった」
「違う、私は杏寿郎の思っているようなものではないわ。
私が何かを助けるのも1人でいるのが辛くて、消えてしまいたくて魔力を使っていたのだもの」
「それでも、魔力を使って助けられた時は心から喜んでいたじゃないか!
特別な力が君にはあるけれど、ユリの心は人とかわらない」
「杏寿郎……」
「だから俺と一緒に人として生きよう!
2人で共にすごそう!」
「──人として生きるなんて、私に出来るの?」
「ここを卒業すれば自由になれると聞いた。それならせめて一緒に暮らすことぐらいは出来るはずだ。
俺だって一目みてユリのこと好きになった。お互い好きでいたから、想いがもっと強くなっていった。
この空間の空は星空のように綺麗だけれど、本物の夜空をユリとみたらもっと美しく感じるはずだ!」
「杏寿郎はずるい……」
私が断れない状況を作ってから話している自覚はあるのかないのか。
「……もう、どうなっても知らないから」
格子の間から差し伸べられた彼の手をとった。
彼の身体が光に置き換わり私の中に入ってくる。
あぁなんてあたたかく強引で、こんなにも…愛しいのだろう。
●15
無極牢に閉じ込められたユリの元へ駆けつけて、どれほどの年月が経っただろうか。
意識の中にある俺の世界や彼女の世界を、2人であてもなく旅していたこともあった。
お互い姿がかわらぬまま長い月日を過ごすのは、はじめの内は違和感を感じていたが本来の自分の寿命になりそうな年をこえるとどうでも良くなった。
そんな記憶が朧げに残っている。
今はいつだ? ユリはどこにいる?
「君、ざっと5000年ぶりだね……っていうのは冗談だけど。1000年ぶりぐらいではあるのかな?
管理人とはいっても無極牢だけはボクの管轄外で把握できないんだよ。残念ながらね。
ボクのこと、覚えているかい?」
真っ暗な空間で閉じていた目を開くと、随分昔に会ったことのある人物が自分と同じように宙に浮いていた。
「いいね。随分昔にあったことのある人物程度には覚えていられているわけだ。なら良かった。
ボクは学園の管理人。みんなのアドバイザーを趣味でやってる。
まずは無極牢を無事に出られたようで何よりだ。
君が行ってくれたおかげでユリちゃんも無事に帰還しているよ。そこまではいい。
ここからが問題だ。
例の試験まで、もう時間がない。
だけども頼みの綱の君が原因不明の体調不良、高熱が続いて意識があるのかも怪しい状態。ユリちゃんは学園内の親しくもない学友に頭を下げてまわったが、誰も体調不良の理由がわからない。
先生やボクは生憎、試験会場の設営で話しができる状態になくてね。
わからないものは治せない。仕方がないないので、ユリちゃんは君の手を握って外から君の身体を守っている。深く眠っているような状態でね」
「わざわざ俺に言いにきたということは、何か提案があるのだろう?」
「理解が早いね。助かるよ。
その体調不良の原因は、ズバリ魔力の過剰供給。かなりの長い間、君と一緒にいたことで途方もない魔力をユリちゃんは内包している。そしてその魔力の一部が君にも蓄積されているわけだが、ここで問題になるのが君はボクらとは違って人だということさ」
「俺の中にある魔力を、ユリに戻せば良いのでは?」
「それだと、君の精神が壊れる可能性が高い。ただの人が寿命の先を生き続けて無事でいられると思うかい?
君の中にある魔力は、ある意味もう君の一部でもある。具体的な方向を指示されていないから好き勝手に暴走している状態だ。
ユニゾン状態であれば勿論ユリちゃんが制御できる。でもそれだと彼女が表に出ることになるから試験に出ても結果が残せない」
「俺の中にある魔力を、何かの能力にでも置き換えればいいのか」
「うんうん。そうだよ、その通り。
いくつかおすすめは用意してきたけど、君はどんな能力が欲しい?」
「……なら、未来を視る力が欲しい」
ユリは言っていた。自身が成長した姿を知らないからその姿になれないのだと。もし俺が知ることが出来るのなら、より戦いやすい姿になれるのではないだろうか。
「未来視か。なるほど。
それも候補の中にあったものだ。
宜しい、それではボクが君の中にある魔力を未来視の力にかえてあげよう。
深く集中するとだいぶ先の未来まで視えるはずだ。今更帰ってこられなくなるなんてことはないと思うが、注意してくれたまえよ。
軽く目を閉じた程度なら、思考に応じて分岐する未来が視えたりもするはずだ。使いこなせば戦闘もだいぶ有利だろうね」
管理人が近づいてきて俺の頭に手をあてる。
「自分を見失うなよ」
そう言ってニィと笑ったかと思うと強い光が視界を焼いた。
強い光の奔流、しかし凝視すればそれが自分の未来なのだとわかる。
強く成長し、鬼と戦い、柱になり、更に強さを求め、強者と出会う。
──そして俺は、自分の死の瞬間を見た。
身体に刺青のような模様の入った鬼と戦う自分と意識を重ねる。自分がどのように考え、どのように身体を動かし、どのように戦うのか。
これが今の俺が、たどり着ける限界なのだろう。
腹に強い衝撃を受けて、夢から目覚めるように目を開いた。
どうやら俺はユリのベッドに寝かされていたらしい、彼女は俺と手を繋いだまま椅子に座った状態で目を閉じている。
声をかけようとして思いとどまった。
元々ユリは戦いを好まないのだ。それなら試験は俺が受けてしまえばいいのではないか?
彼女の身体を支えながらベッドから降りると、抱き合うようにしてユリを椅子から立たせた。
「ユリ、少しの間……君の力を借りるぞ」
静かに言葉をかけて唇を重ねる。
彼女の身体が光になって、俺の身体とひとつになった。
手足が伸びて目線が高くなる。
そして着ているものすら光に包まれて置き換わり、黒い隊服へと変化した。
以前、武器倉庫で手に入れた刀が空をきって飛んでくる。手にして鞘から抜いてみるが、これは父の刀を模倣したものだ。
俺の刀になれと意識を飛ばすと、刀は真紅の炎の中で姿を変化させた。
慣れた動作で鞘におさめて腰に挿す。
最後に胸に手を置いて、今もここを燃やす炎が大事な君の心なのだと感じることが出来た。
手をあてた場所から炎が広がり、裾側が炎を象った真っ白な羽織が肩にかかる。
「ユリ、共に行こう──」
君の自由を、勝ち取るために──。
●16
試験会場となる円形闘技場コロッセオ。
ボクがぼんやり空を見上げていると先生から声がかかる。
「管理人、そろそろ始めようと思いますが」
「えー? 全員揃ったの?」
「全員ではないですね。先に欠席の連絡を受けていた数を除けば、今この場いるのは19人。少し数が半端ですが、なんとかなるでしょう」
「まぁまぁ、定刻にはもう少しあるんだし。
待ってみてもいいんじゃない? 欠席連絡がなくて、来てない子だっているんだろ?」
「何か知っているなら先に教えていただいても良いのですよ?」
「わざわざボクが言うことじゃないよ。その時がくればわかるんだから」
ピィーと甲高い鳥の声がする。コロッセオの上の空をかろうじて鳥の姿をしたものが旋回していた。
やっと彼をここに連れてきたようだ。
彼は空から降ってきた。
上の方の見学席側から飛び降りてきたらしい。
「ようやく着いたか!
まったく、わかりづらいところだなここは!」
生徒たちがざわつく。それはそうだ。彼の姿はここでは明らかに異質。
たくましい体躯の美丈夫……にしてはまだ少し若いが。
ふーん。なかなかいい感じに成長したじゃないか。
「あなたは?」
生徒の1人がおずおずと声をかける。
「俺は煉獄杏寿郎! ユリと共に試験を受けにきた!」
は? と呆気にとられる生徒たち。
「はいはい。18番と召喚対象はユニゾンでの参加だって。問題ないよね? 先生」
「えぇ、ユニゾンは高度な肉体強化魔法に分類されるものですから。それが維持し続けられるのはそれだけで評価の対象になるわ」
先生が手元のタブレットを操作して対戦表を組み直している。
「定刻になりました。それでは試験試合をはじめましょう!
1対1の試合をトーナメント戦で2回行い、最終戦は勝ち抜いてきた5名で戦ってもらいます」
○ ○ ○
「君、そろそろ出番だよ。アリーナに移動してくれたまえ」
管理人に自分の番だと呼ばれて、控室から外に出てきた。
先ほどよりも強く日差しを感じる。
空を見上げると、もう先ほど案内してくれた鳥の姿はなかった。雰囲気から毎朝彼女に会いに来ていたあの鳥なのだということはわかったが。きっとまたこの世界の一部になって、見守ってくれているだろう。
「両者前へ」
初戦の俺の相手は、背の高さでいえばちょうど俺の倍ぐらいの大きさの鬼だった。
「よもやよもやだ。
まさか初戦の相手が鬼だとは」
共有しているユリの知識からオーガという生物なのだということがわかる。おそらく背負っている大剣で戦うのだろう。
「気をつけてね」
どこかユリと同じような印象の少女が、その鬼の肩にのっていた。その鬼のパートナーと思われる。
少女の声を聞いてこくりとうなづき、大事そうに少女の身体を足元へおろす。少女は小走りに観客席へと走っていった。
「ひとつ確認したい!」
間に立つ先生に声をかける。
「なにかしら?」
「この戦いで死ぬほどの怪我を負ったらどうなるだろうか!」
「たとえ死ぬことになっても私の視界内であれば大丈夫ですよ。即座に再生して差し上げますが、戦闘続行不可能になった時点で敗退となります」
「そうか! なら安心だ!」
「それでは……はじめ!」
鬼がその大きな腕で、背負った大剣を振りかざしながら近づいてくる。
「炎の呼吸 壱の型 不知火」
身を低くして地面を蹴る。
篝火が一直線に鬼の身体を突き抜けた。
場内がざわめく。一瞬にして俺の姿が、鬼の背後に移動したように見えたからだろう。
走り近づこうとしていた鬼は歩みを止め、目眩を感じたかのように片手で頭をおさえている。
俺はそんな鬼に背を向けて抜刀した刀を、鞘に収めるようとしていた。
観戦席の少女は心配そうに鬼に言葉をかけているが、鬼はその言葉に反応しない。
「俺の住んでいる世界には君のような鬼がいるんだ!
きっと君は、俺の世界にはいない心の優しい鬼なのだろうが」
わずかに目を細める。
「相手が、悪かったな──」
刀が鞘に収まると、鬼の首はゆっくりと胴体を離れ地面に落下した。
●17
1回戦、2回戦共にそれほど手の内を見せずに勝ち進むことが出来た。
ユリが他の試合も観戦した方が良いと意見してきてくれる。完全に同化しているので、どうしようかと思えば身体が勝手に動くといった具合だ。
軽く息を吐く。
全集中・常中をしているので、それほど気にはならない程度だが。
常に彼女を感じている状態というのは、なかなか…心地良いものだった。
「いかんいかん!」
両手で両頬を挟み込むように叩いて、気を紛らわらせる。
他の試合を無心に観戦していた。持久戦を得意とする組み合わせもあったので、最終戦は日が傾きはじめた頃にはじまることとなりーー。
最終戦に参加する5組は以下のように決定した。
1組目、水球の中を泳ぐ大きな竜。ユリの知識からはレヴィアタンという海中の怪物という説明がされる。
水属性が得意な2番は魔力のみの提供で、戦闘には参加しないらしい。
1回戦も2回戦もアリーナに水流を発生させ、対戦相手を壁に叩きつけたり水球の中に閉じ込めたりして勝ち進んでいた。
2組目、半透明の半裸の女性。シルフという風の精霊。主に戦うのは6番で得意武器は長剣だそうだ。
シルフの方は主に支援を行なっており、6番が剣技で戦って勝ち進んでいた。
3組目、顔色の悪い黒服の男性。吸血鬼。主に戦うのは吸血鬼の方だが、戦闘魔法が得意な8番も共に戦うらしい。
吸血鬼というのは不死の存在らしいが、その場で回復しきれないぐらいのダメージが入ると棺桶に戻されるそうなので、そこまで追い込めば勝ちということだった。
4組目は13番、翼を生やしたレッドドラゴンと共に勝ち進んだ。
主に戦うのは13番、彼女の槍を使った戦い方は目を見張るものがあった。レッドドラゴンは度々怒鳴りつけられながらもブレスや翼の羽ばたきで援護をしていた。
そして5組目に俺たちが入る。
アリーナにその5組のメンバーが集った。
「それでは皆さん、宜しいですか?」
先生の声が誰の耳にも届き、全員が沈黙で肯定する。
各々に武器を構え、その一声を待った。
「それでは、はじめ!」
真っ先に動いたのはレヴィアタンだった。身に纏った水球か激しく蠢き、その質量を増す。
試験中に未来視の力は使っていない。
ある意味、この姿でいることで俺たちはかなり有利な立場にいる。
今から繰り出そうとしているこの技も、この場にいる誰も知らない技だろう──。
「炎の呼吸 奥義 玖の型 煉獄」
ギリギリまで力を溜めて渾身の技を放つ。
そしてこの技に、この世界の炎の精霊とユリが一時的に契約をして属性効果ものせるというのだ。
攻撃の途中で、管理人の表情を見ることが出来た。誰もが驚愕の表情を浮かべていたが、彼女だけは愉快そうに目を細め笑っていた。
アリーナの内側に炎の柱が立ち、それが消える頃に立っていたのは
──俺と13番だけだった。
「上等じゃねぇか…」
不敵に笑う彼女はレッドドラゴンの切り刻まれた骸の下から血塗れになりながら現れた。
「力と力のぶつかり合いなら、オレはこれまで負け知らずだ! 命が惜しくないならかかってきな!」
槍を構え吠える。ビリビリと大地が震えた。
刀を構え直す、深く息を吸い込んで地面を蹴る。
打ち合いは13番が優勢、お互いに魔力が続く限り疲労することはないので持久戦になりそうだ。
しかし、傷を負ってもこちらは即座に回復される為その分こちらが有利に動けている。
接近戦が続き鍔迫り合いになった。
「その力はあいつの力か!」
忌々しいと吐き捨てるように13番が言う。
先ほど傷つけられた腕の傷が、光と共に一瞬で修復される。
「これは彼女が努力して手に入れたものだ!
忌むべきことなどあるものか!」
大きな金属音がして両者ともに距離をとる。
13番の手にしていた槍が折れていた。
無言のまま投げ捨て、両手を前に構えると再び同じ槍が手元に現れる。
「まったく……お前もあのグズも邪魔なんだよ! オレたちはただ強けりゃいいのに、ありもしない希望にすがりやがって!
ハッ、打ち合いはもう飽きた。この一撃で決める!!!」
再び槍を構えた13番の身体に、複雑な光る模様が浮かび上がる。ユリが肉体強化魔法だと教えてくれた。
こちらも同時に攻撃を放つか? 考えた時にどこからか声が聞こえ──
「消えてなくなれ!!! 打ち砕く一撃!!!」
上空に高く飛んだ13番が神速の一撃を放ってくる。
俺は背中にさしていた木刀を、向かってくる槍の先端を狙って投擲した。
接触した瞬間まばゆい光と共に、攻撃の勢いが止まる。木刀は即座に粉砕された。そして一瞬の目の錯覚か、ここにはないはずのあの木のが現れ13番の攻撃をその身に受けてくれているようだった。
方向をかえることも槍を動かすことも出来なくなり、13番は舌打ちをしながら槍を手放すと即座に後方に飛んだ。
仕切り直そう、そう思って再び槍を出現させようとした13番の喉元には
「……」
不知火の足運びで斬り込んだ俺の刃先があてがわれていた。
「俺はこのまま君の首を切り落としても良いと思っている……だが、それをしないのは彼女の慈悲だ。
先ほどの攻撃を防いだのも、彼女の優しさがあったから出来たこと。
君たちが人と関わる存在ならば、真に選ばれるのは他者に寄り添うことの出来る者こそ相応しいと俺は思う」
「……」
13番は悔しそうに顔を歪め、再び出現させた槍を手放して両手を上げた。
「勝者、18番!」
○ ○ ○
刀を鞘におさめてアリーナの中心へ歩みを進めると、管理人と先生が俺たちを待っていた。
「おめでとう。君たちの勝ちだね。
それで先生、優勝者に何か景品でもないのかい?」
「あなたはまたそうやって軽口を」
「これがボクの持ち味なもんでね」
「18番を卒業させたいそうですね」
先生の言葉にうなづく。
「特例が認められないこともないだろ? 18番はこういうところで認められなきゃ、いつまでもココに縛られる」
「それは私もわかってはいますが……」
「俺が──
「あなたが、なんです? 仮にその状態で元の世界に帰ったとしても抑止力に阻まれて、あなたも18番も消滅しますよ」
「……」
「……特例の、特例ですね……いつかあなたと再会する時まで、18番には世界渡りを常に続けるようにと言っておきましょう」
ふぅと小さく息をはき、
「卒業を認めます」
先生は穏やかな微笑みを浮かべ言った。
「良かったね!
ユニゾンはもう解いてもいいと思うけど。もしかして彼女に会わないまま帰ろうとしているのかい?」
彼女はずっと俺と共にいた。今回のことを思い出すとしてもそれは夢の中のような曖昧なものだろう。
「この状態のまま、俺だけを帰すことは出来るだろうか!」
先生に声をかける。
「出来ますよ」
「ならばそれでいい! 俺はこのまま帰ろう!」
「なんでさ! せっかく2人で頑張ったのに!」
「義理堅いユリのことだ。このまま俺が帰れば、礼を言いに必ず会いに来てくれるだろう。ならば俺はその時まで己を鍛え続けるだけだ!」
俺はただ信じて待てば良い。
彼女が無事に卒業できて、俺の運命は変わったのだろうか。ここで未来視の力を使おうと一瞬でも思わなかったといえば嘘になるかもしれない。
俺は確実な結果よりも、希望を残すことを選んだ。
「せめてユリちゃんが目を覚ました時に、聞かせたい言葉はないのかい?」
だとするなら、彼女に伝えるべき言葉はひとつだった。
「待っている」
と、俺は笑って言った。
たとえ今生でなくとも、いつか君と俺の歩む道が同じものになりますように。
「なに。たとえ記憶を失っても、心は覚えている」
胸に手をあてて思う。
この心を燃やす炎は君なのだから。
一度の別れの時がきた。
俺はこの別れを受け入れよう。
見上げると視界に入るのは星空、いつかどこかで必ず逢えると信じている。
●18 エピローグ
ユリちゃんの部屋で、彼女が目を覚ますのを待っていた。ベッドに寝かされていた彼女のまぶたが、ゆっくりと開いていく。
「おはよう眠り姫、そしてまずは祝おう。
卒業おめでとう」
「どういうこと?」
慌てたように起き上がる。
「無極牢ではお疲れ様。彼が来たのは予想外だったかもしれないが、途方もない月日を彼と共に無事に乗り切った。
具体的にどうだったかという説明は、ここでは省こう。ボクもそこまで詳しく知らないし。
そして試験まであと数時間というところで帰ってきて、またアクシデントが起きた。
彼の体調不良、君の回復魔法でも対処できないものだった。
体調を崩した原因がわからないまま、君は彼の具合を安定させることに集中した。それこそ意識を全て集めるレベルで。
その効果もあって」
「?」
「ボクは彼と意識の中で会話をすることが出来るようになった。そして彼に言ったんだ。
その体調不良の原因は君の中にあるユリちゃんの魔力なんだよと。
ボクらはプレーンな魔力を体内にほぼ無尽蔵にプールすることは、何も意識しなくても出来ることだけど人の子である彼には無理だ。
だからボクは提案したんだ。その魔力を何か君の望む力にかえてあげようか? と」
「そんな勝手に」
「でもそうしなければ試験を受けることは出来なかっただろう。
それで彼はどんな力を望んだと思う?
起きたばかりでまだ記憶の同期も完全じゃないから、良い問題だろ?」
「え? えぇと……戦うための力、とか?」
「んふふ。まぁ半分正解ってところかな。
彼からのオーダーは未来視でした」
「!?」
「無極牢の経験があったし、精神的なキャパシティは十分そうだったので許可してみました。
そしたらさー。
手を繋いでた君といきなりユニゾンしたかと思ったら、彼の成長した姿になったんだよ。
そりゃ未来を見られればそれも出来るかーって妙に納得しちゃった。
彼のいる世界には鬼がいるんだっけ? その鬼と戦うっていう組織の隊服を着てて、肩に裾側が炎モチーフの白い羽織をかけていたよ。
そこから先は結果でわかるよね? 連戦連勝、めでたく卒業となったわけさ」
「彼はさ、ユリちゃん。
君の努力を認めていたんだと思う。戦えないことを知った時に、そこで諦めず他とは違った能力を高めていったことを。
だから君のために戦えることが、彼にとっては嬉しいことだったんだろうね」
「最後に、勿論ちゃんと聞いたよ。
ユリちゃんに何か残していく言葉はないのかって、
そしたらさ
『待っている』
彼はそう言って笑って帰っていった」
「記憶を失っても、心は覚えてるってさ。
まったくわけがわからない。
わけがわからないついでに、ボクもちょっとした仕掛けをしておいた。いつかユリちゃんと彼が再会した時に、彼がちゃんと気付けるようにね」
「もし君に彼を探す気があるのなら、きっと長い旅になるだろう。
夜空に輝く星々から、たったひとつを探すように。
それでも、続けていればいつかは君の杏寿郎と再会できるはずだ」
──うん。その表情は彼もしていた。どうするかはもう、聞く必要はないね。
「行こう。ボクからちょっとした提案があるんだ。
君の回復魔法の魔力のベースをさー」
ベッドからおりた彼女の手をとってボクは話し始める。
彼女は自分の意思で進むことを決めた。
彼と彼女の物語はここで終わるのか、それとも続くのか…それは貴方が決めることだ。
今まで彼らを見守ってくれてありがとう。
また縁がありますようにと、ボクは心から祈っているよ。
旅する物語 白百合異聞 出会い編 終幕
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
この物語は2021年1月2日、思い付きのまま唐突に連載を始めました。
当時はAIもなく、1節ずつ家族に校正を手伝ってもらいながら書いていた頃です。
暗闇の中を手探りで走り続けているような感覚でしたが、少しずつ増えていく閲覧数や、ときどき届く“いいね”が、何よりの支えでした。
作品を読んで行動する人は多くありません。
私も“見る専”だった頃はそうでした。
でも、もし何か感じたことがあれば、それを作者に伝えるのは絶対に間違いではありません。
「好きの反対は嫌いではなく無関心」という言葉があるように、ほんのひと言、しおりの追加、お気に入り登録──その小さな行動は、創作者にとって確かな力になります。
私はこの物語の登場人物たちが幸せであってほしいと願いながら書いてきました。
その願いの中には、ここまで読んでくれた“あなた”も含まれています。
改めて、読んでくださりありがとうございました。
ユリの旅はここから始まりました。
その先を"あなた"も一緒に追いかけてくれますか?
●メインはpixivで活動しています。
https://www.pixiv.net/users/2225877