【完結】旅する物語 白百合異聞   作:masuda028

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【鬼滅の刃/煉獄杏寿郎】
無限列車編のその先に。

※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。


30仕舞い編6〜10

●6

 

 すみません。こんなことに付き合わせてしまって──。

 狛治と思考の中で会話をしている。

 郊外へ向かう電車に2人並んで座っているわけだが、杏寿郎に行き先も告げずに出てきていることを申し訳なく思っているようだ。

 

 気にしないで、行き先を告げたら一緒に行くと言い出しただろうし。柱稽古で2人で家を留守にすることだってよくあるんだから。狛治は真面目ね。

 

 杏寿郎の気持ちになって考えてみれば、俺と2人で行動させるのはだいぶ我慢させてしまっているとわかりますよ。こんな休みの日ぐらいは、あなただって子供と一緒にゆっくり過ごしたかったでしょう?

 

 たまにはいいのよ。千寿郎だって日頃あなたが家のことを手伝っていたから協力を申し出てくれたのだし。私だってあなたが行っておきたいと言ったところに興味があったのだから。

 

 私たちは今、狛治が人として生きていた頃に生活していた場所へ向かっている。

 

 別の世界だけど、私はあなたのいた道場には行ったことがあるのよ。だからせめて近くまで転移してしまえば良かったのに──。

 

 俺のために力は極力使ってもらいたくはないんです。何かあった時に俺のために力を使わせたせいだと思いたくないので。

 

 そうね。こうしてゆっくり移動する時間も、たまにはいいでしょう。

 

 ご夫婦でご旅行ですか? と声をかけられたこともあったけれど。その度に狛治はいいえ、あくまで仕事で上司である彼女と部下である俺が行動を共にしているだけですと毎回きちんと返事をしていた。

 

 ○ ○ ○

 

 目的の駅に着いて、

「狛治」

 ユリに声をかけられて彼女が視線を向けている方を見ると、1人の老婆が男に声をかけられて持っていた荷物を預けようとしていたところだった。

 

 男が悪意を持って老婆に話しかけていることにユリは気付いていたので、遠い親戚ということで声をかけるから合わせてほしいという心の声に頷きで返し老婆と男のいる方へと歩みを進む。

 ユリはごく自然に老婆と会話をはじめ、男に対しても失礼のない物言いでお礼を言い老婆の荷物は俺が持つことになった。

 男は心の中では悪態をつきながら、表面では妙によそよそしく離れていく。

「最後に何か言ってくるんじゃないかと心配しましたが」

「何事もなく良かったわ。それでは行きましょうか」

 ユリは老婆と手を繋ぐとゆっくりと歩み始めた。

 

 老婆の住んでいる場所まで行くと、そこが俺たちの目的地でもあった。長年見知らぬ人が暮らしていたからか、面影だけだが。古くなった家屋は昔のままだ。

 ユリはこの縁に気付いて老婆を気にしたのかもしれないと思ったりもした。

 遠い親戚という言葉を信じて、老婆は俺たちにとても良くしてくれる。夕食まで用意してくれて、良ければ泊まっていってくれてもいいとさえ言ってもらえるのは申し訳ない。

 しかし、身寄りのない一人暮らしというものがいかに孤独で寂しいものか。老婆の話しの節々からその感情が伝わってくるのだ。

 ユリも大丈夫だというので夕食をご馳走になる。その後、お茶を飲みながら老婆の話しを聞いた。なんでも曾祖父に聞いたものなのだそうだが──。

 

 その話というのは、俺に纏わる話だった。曾祖父の父親がこの道場主と茶飲み仲間で、お互いにもし何かあった時はお互いの持ち物は譲ると言い合うような気心知れた仲だったそうなのだ。その縁でこの老婆がここで暮らしているらしい。曾祖父も子供の頃この道場に出入りしていたこともあってここで暮らす娘や青年と言葉を交わしたこともあったと。

 道場主の娘と青年がもうじき結婚するとそんな嬉しい報せを耳にしてすぐ道場主とその娘が毒殺されるという痛ましい事件が起き、毒を盛った隣の道場関係者はみんな血祭りになったと。

 道場主の娘と結婚するはずだった青年は鬼となってしまったとそういう話を老婆は悲しそうに話して聞かせてくれた。

「そう。私の名前も曾祖父がつけてくれたんですが、私の名前は恋雪というんです。

 道場主の娘さんのかわりというわけではないんですが、今度こそ幸せにとつけてくれたものの縁がなくこの歳まで独り身で」

 そうして老婆1人で暮らすには、この土地は広すぎるからと地上げの関係者が悪さをしようとしてきているらしい。駅で声をかけてきた男もその関係者だったようだ。

 

 この道場の敷地内に何人かの人の気配を察知した。

 ユリに視線を送り、老婆に少し席を離れることを謝り席を立つ。

 気配を消して、夜中の無粋な訪問者を痛めつけていった。

 

 ○ ○ ○

 

 元々、鬼が出ると噂されるような場所だったから老婆には頃合いをみて消えてもらおうと考えていた。

 偶然にも決行しようとした日に2人の来訪者がいたようだが、1人は年若い女でもう1人は道着姿の青年ということだったし、こちらには手練れもいる。上手いことその追加の2人も処分できると思って老婆の住居に忍び込んだ。

 細く襖を開けて中を確認する。老婆と女だけが部屋の中におり、女の容姿に目を見張った。聞いていたよりもよほど美しい容姿をしている。これは思わぬ楽しみが増えたぞと喜んでいると、女の膝の上に赤ん坊がいることに気付いた。そんな報告は受けていなかったが──さて、どうしたものかと考えていると。

 みぞおちに強い衝撃を受けて、一気に庭の方へと吹き飛ばされる。最後に赤ん坊の喜ぶような声が聞こえたような気がして、そのまま意識を失った。

 

 

 先ほどまでこちらを窺うような視線を感じていた方から大きな音がした。

「少し力加減を間違えたかもしれん」

 襖を開けて杏寿郎が部屋に入ってくる。手には椋寿郎を抱いていたから足を使ったらしい。

 ルリに続いて椋寿郎も私に渡して、

「ついでに縄で縛ってこよう」

 そう言って部屋を出ていった。老婆は何が起きているのかわかっておらず心配した様子だったが、私と話しをしながら赤ん坊の相手をしていると気にならなくなったようだ。

 

 杏寿郎は監視者の力を使ってこの場所にやってきた。悪党を懲らしめるのもやるべきことのひとつだから問題ないと言っていたが、子連れでするようなことだろうかと疑問も残る。

 老婆には別行動していた夫が子供を連れて合流してきたのだと言うと納得してくれていたが。

 

 その後、不法侵入とこの土地をめぐる諸々の疑いを然るべきところへ連絡して不審者たちを引き取ってもらった。老婆にこれほど腕の立つ知り合いがいると噂にでもなれば、益々この土地が狙われる心配はないだろうと思ったからだ。

 

 翌日、老婆の家を出ようとしたところで最後に名前を教えてほしいと言われた。

 

 しばらくの沈黙の後に、狛治が自身の名を口にする。遠い昔、彼が愛した女性と同じ名前の老婆は涙を流してそれは嬉しそうに微笑んだのだった。

 

 

●7

 

 子供たちが寝ているので、伊黒と甘露寺の式がはじまるまでの時間手が空いてしまった。

「ユリ、俺のことをどう思っている?」

 膝の上に座らせた彼女に声をかける。

「それは、す──」

「す?」

「す、き」

 頬を赤くして、たどたどしく言う姿が何度みても愛おしい。

「も、もうやめない?」

 本当に、と膝から降りようとするのを抱きしめてやめさせようとする。

「もっと聞きたい」

 彼女の肩に顎をのせてそう言うと、渋々膝の上に残ってくれた。

「わかったわ。でも、もっとこのやり取りを続けたいというのなら──」

 ユリが静かに呼吸を整える。全集中常中。

 そうなると表情の変化も期待できないかとは思ったが。本当にそうだろうか?

「この状態で言葉を交わすのは初めてか?」

「さぁ、どうだったかしら?」

「俺のことをどう思っている?」

「好きよ。とても」

 微笑みながら言う余裕があるらしい。

「表情の変化がなかったとしても、君の中ではきっと恥ずかしく思っているのだろうなと思うと──」

 彼女の手をとって手首に唇をつける。

「そそるものがある」

「はいはい。好きなだけ言ってあげるから」

 ユリが耳元で愛の言葉を囁いてくれた。時折唇が耳に触れるとぞくりとする。

「君、よもや何か術を使ってはおるまいな?」

 少し身体を離した彼女の顔を正面に見据えて、

「それは、どうして?」

 ユリは悪戯をした子供のような微笑みを浮かべる。

「いつ誰が来るかわからないこの場所で、もっと触れ合いたいと思っていることを自覚したからだが」

「理性が残るような術を私が使うと思う?」

 吐息がかかる距離、唇同士が触れ合うように近づいて──。

「あ」

 

「兄上姉上、準備が整ったそうなので椋寿郎ルリも連れて移動しましょう」

 個室の扉が叩かれて千寿郎が顔を覗かせる。

 ユリはいつの間にか俺の膝の上から消えており、寝転がった子供たちの横に座っていた。

 

 椋寿郎、ルリを腕に抱いてユリの横を歩く。2人ともよく寝ている。千寿郎は先に会場へ戻っていった。

「ユリ、さっきの」

「うん?」

「帰ってから続きがあると思っていても構わないよな?」

「杏寿郎がいい子にするならね」

「またそうやって子供扱いして」

「そう返すようでは、まだまだあなたは私の可愛い人なのよ」

 言って口元に指をあてて小さく笑っている。

「大人として扱われたいなら、どう扱われても喜ぶぐらいの余裕が欲しいところだわ」

「そう言うということは、君は俺にどう扱われても嬉しいという理解で間違いないか?」

「そういうことにしておきましょうか」

 

 伊黒と甘露寺の挙式は、洋装でひとまず身内のみで行われることになった。柱同士の挙式ならと夏火も手伝うつもりでいたが、2人の希望で小規模の開催となり伊黒側の親族席には俺たちが座ることになっている。

 

 甘露寺の家族とも面識はあったので、始終和やかな雰囲気のまま式を見届けた。

 ユリが甘露寺と嬉しそうに談笑している姿は、伊黒と共に微笑ましく見守っていたものだった。

「良い式だった」

「あぁ、一時はどうなるかと思っていたが、か──蜜璃も喜んでくれたようで良かった」

 少し照れたように甘露寺を下の名前で言い直す。

「君が甘露寺姓になるのかとも思ったが」

「蜜璃が伊黒姓になるのが夢だったというのでな。しかし、彼女は家族仲も良いし俺が婿入りするような形になるのではないかと思っているよ」

「そうか」

「今日はあくまで身内だけ。柱や隊士たち向けにはまた後日という予定だったのだが──なぜお前がここにいる」

 伊黒が視線を向けた先には冨岡がいた。用意された軽食を口にしており、口のまわりに食べかすをつけている。

「ももっもっも」

「飲み込んでからでいい!」

「──たまたま近くを通りかかっただけだ」

「にしては随分と上物の新巻鮭を祝いにいただいたようだが?」

「甘露寺の親族にも喜ばれた」

 むふと冨岡がふくみのある笑みを浮かべて

「小芭内さん! ごめんなさい! 冨岡さんには私が声をかけたの!」

 花嫁姿の甘露寺がブーケを片手にこちらへやってくる。

「このブーケ、折角だからしのぶちゃんに渡してもらおうかと思って。どうかしら?」

「君が決めたことであれば、俺が反対するわけないだろう」

 

 ○ ○ ○

 

 蝶屋敷、外出から帰ってきた胡蝶しのぶ。

「しのぶ様、おかえりなさいませ」

 なほがしのぶの帰宅に気付き声をかけた。

「あら、誰か来客がありましたか?」

 きよの手には新巻鮭、すみの手には白と桃色の花を基調とした花束が入った包みがある。

 花束には蜜璃からの手紙が添えられていた。

「そういえば、今日は蜜璃さんの結婚式の日でしたか」

「はい。ですが、これをお持ちになったのは水柱様で──」

 穏やかな微笑みを浮かべていたしのぶの表情がわずかにこわばる。

「いくら鬼の出没件数が目に見えて減っているとはいえ、よほど暇を持て余しているんでしょう」

 包みの中から花束を出して顔を近づけて、

「蜜璃さんが身内の式は洋装で行うと言っていましたっけ」

「とてもきれいなお花ですね!」

「何か意味があるんですか?」

「ふふふ。さて、どうだったでしょうか。

 運び屋を請負ってくれた冨岡さんには、お礼に鮭大根でも作りましょうかね」

「お手伝いします!」

「私も!」

「私もー!」

 笑い合いながら4人は調理場に向かった。

 

 

●8

 

「──必ず俺を呼べよ」

 そう言い残して消えた監視者としての力の一部 過去を生きた俺の祖先、煉獄煌寿郎。

 ユリのことをユキと呼ぶ彼とは、いつか決着をつけねばならないと思っていた。

 

 一面の雪景色、ある山の中腹にある開けた場所だ。

「ここは?」

「よくはわからないけど、おそらく煌寿郎と何らかの邂逅があった場所だと思うわ」

 俺との再会時に頭を強く打った衝撃で、彼女は俺の知っていたこと以外はほとんど忘れてしまっている。

 内面世界のこの場所では、無意識下にある記憶から煌寿郎との思い出を具現化したのだろう。

「では彼を呼ぼう」

 こくりとユリが頷くのを見届けてから両目を閉じた。

 意識の中で、彼の姿を探す。

 本来俺が見つけて彼を引っ張って上げるのだが、彼は俺の意識が向いたことに気付くとまとわりつくようにして浮かんできた。

「杏寿郎!」

 ユリが俺の身体を支えてくれていた。意識を持っていかれかけたらしい。

「ユキ、久しぶりに会ったんだ。

 俺のことを気にかけてくれ」

 既に現れていた煌寿郎が、ユリの腰を抱いて俺から彼女を引き離す。

「この場所は、懐かしいな。初めて君と出逢った場所か。深手を負った俺を君がここで助けてくれたんだった」

「ごめんなさい。私、あまり覚えていなくて」

 微笑んでいた煌寿郎から表情が消える。

「あぁ、そうだろう」

「?」

 煌寿郎はユリの顔に手を翳して「おやすみ」と言った。その瞬間ユリが意識を失ったように足もとから崩れ落ち倒れそうになる。煌寿郎はしっかりと彼女の身体を抱きしめた。

「ははは」

 彼は笑っていた。

「記憶は失っても暗示はきちんと残っているじゃないか。最高だ」

 意識を失ったユリに顔を近付けて、顎を持ち頬に唇を這わせる。

「やめろ!」

「なんだよこれぐらい。お前はもっと良い思いをしているだろうに」

「彼女は俺の妻だぞ!」

「だから何だ。そんなに大事な女なら初めから手放さなければ良かっただろう。

 お前は彼女に呪いをかけた。どこにいるかもわからないお前を、永遠に探し続ける途方もない呪いだ。

 どれだけ彼女が苦しんだと思っている?」

「そんなこと彼女は一言も──」

「それはそうだろうよ。疲弊した女と再会しても味気ないだろうからな。

 奇跡の再会を演出した陰の立役者である俺に、お前はもっと感謝するべきなんだ。

 ──ユキ。俺の愛しい人。俺と共に生きてほしかった。俺の子供を、君に産んでもらいたかった」

 煌寿郎がユリの身体に手を這わして、

「ユリを離せ!!」

 片手が下腹部に止まった。煌寿郎の頬を殴る勢いで駆け寄る。

 煌寿郎は俺の拳を片手で受け止めて、その勢いのまま俺を投げ飛ばした。

「ご先祖様に拳を向けるとは、杏寿郎のくせに行儀が悪いぞ」

 ククと煌寿郎は笑ってみせる。

「ユキ、少し待っていてくれ」

 ユリの耳元で煌寿郎が囁くと、見えない何かに身体を預けるようにして彼女の身体が宙に浮いた。

「彼女が起きていると、卑怯な手が使いずらくてね。この暗示はよく使わせてもらった。杏寿郎を演じるのは、なかなか骨が折れたよ」

「何を言っている?」

 起き上がり煌寿郎から距離をとった。

「お前は何も知らないんだな。本当に。

 ──あぁ、無性に腹が立つ。

 俺は彼女の全てを知っているし、それでもなお彼女を愛している。お前よりも彼女に相応しいのは俺だと。そうは思わないか?」

 煌寿郎が日輪刀を抜く。

「思うわけがない」

 俺もまた日輪刀を抜いて構えた。

「そうか。ならば、あとはただ死合うだけだな。

 ──この世界でお前が死ねば、監視者としての力ごとお前の身体を貰い受けることが出来るそうだから。

 俺とユキのために。死んでくれ、杏寿郎」

 

 ○ ○ ○

 

「気を失うなら、負けを認めてからにしてくれないか」

 俺の髪を掴んで煌寿郎が持ち上げる。

「四肢を斬り落としてもいいんだがな。じきに俺のものになると考えると、なるべく傷つけずに自分のものとしたい」

「ぐ──」

「その眼は、まだ負けを認めていないな。強情な奴だ。ユキの言った通り」

 無造作に俺のこと身体を放り投げた。

「お前は筋がいいよ。俺がお前を鍛えていたら、きっと俺のような強い鬼狩りになっただろう。

 ──良くも悪くもお前の刀は我が強い」

 投げ飛ばされた場所には俺の刀が落ちていた。拾い上げて起き上がり、低く構える。

「こうして追い詰められても、監視者の力を使わないところは評価するぞ。正々堂々、己の力で勝たなければ意味がないとよく自覚している。

 ユキが話して聞かせてくれた通りの男が俺の子孫から生まれ。その上、本物だとは。運命の悪戯とはこういうことを言うのだろうな。俺は実に幸運だ。焦がれた女をようやく自分のものに出来るのだから」

 心底嬉しそうな表情で、煌寿郎は声を上げずに笑っている。

「少し昔話をしようか。1人の鬼狩りが、ここで1人の女と出逢った。白い服を身に纏ったとても美しい人で一目で心を奪われたよ。

 名前を聞いても教えてもらえず、好きに呼ぶといいというから俺は彼女をユキと呼ぶことにした。

 すぐにどこか別の場所へ旅立とうとする彼女を、俺は必死で引き留めた。引き留められることは彼女も満更でもない様子で、話しをよく聞いてみると俺の容姿は探している相手にとても似ているということがわかった。この容姿のおかげでユキは、時折俺をお前と錯覚していたようだ。

 恥ずかしいから心の中をよまないでほしいという頼みもあっさり信じてくれた。あとはもう全て俺の言いなりだった。好き放題した後は、彼女の記憶を奪い身体を元に戻させる。

 彼女の中のお前との記憶を忘れさせてしまえれば、もっと簡単だったのになぁ」

「!?」

 心臓を鷲掴みにされたような痛みを感じた。

「本当に感謝してもらわないと。

 彼女が訪れる先々で簡単に人を信用しないように。別の世界に渡る度に、身体を初期化するように助言したのもこの俺だ。何も知らない無垢な女の初めてを、自分のものにすることが男にとって一番の喜びだろう?」

「煌寿郎!」

 彼のことを尊敬していた。先祖としても、一人の男としても。だが、それは間違いだった。

「あなたは、人としての道を違えている」

「人のままでは彼女を守ることも、彼女のために戦うことも出来ないからな」

「そういうことじゃない! あなたがしていることは、彼女の心をあまりに無視している! 勝手に自分の想いを押し付けているだけじゃないか!」

「好いた女が他の男を愛しているというのなら、力尽くで振り向かせるしかないだろう」

「そんなこと、間違っている!」

「──勝った方が正しい。

 何が間違いかなんて、お前が決めることではない。

 その構えは煉獄か。この戦いを終わらせるには相応しい技だな。同じ技であればより早く、より強いものを放てた方が勝者となるのだから!」

 煌寿郎が同じように日輪刀を構えた。闇のように深い漆黒の炎が、彼から発せられているように見える。

 

  炎の呼吸 奥義 玖ノ型 煉獄

 

 

●9

 

 思っていたよりも呆気なく終わった。

 最後は大技のぶつかり合いになるとよんで、最初から杏寿郎の刀が壊れるように立ち回った。そして煉獄の技の威力に刀が耐えきれず、杏寿郎は技の直撃を受けて倒れた。

 

 戦闘が終わり、ユキが目覚める。

 戦いが終わるといつもユキが俺の側に駆け寄ってきてくれた。そんなことを思い出して、彼女の接近を待っていると。

「杏寿郎!」

 彼女は一目散に倒れた杏寿郎の元へと駆け寄った。

「……」

 ふぅと深く息を吐く。これは仕方のないことだ。俺は今まで杏寿郎のかわりだったのだから。

 ユキと杏寿郎の元にゆっくりと歩みを進めた。

「杏寿郎! 杏寿郎!」

 膝をついて服が汚れることも気にした様子もなくひどく取り乱している。

「ユキ──」

「どうしてこんな酷いことを──杏寿郎はあなたの子孫なのだから子供も同じでしょう」

 彼女の瞳から大粒の涙がぼろぼろと流れ落ちていた。

「これは仕方のないことだ。彼は俺より弱かった。だからこうなった。

 ──これからは俺が杏寿郎のかわりに君の力になるから」

 ユキの肩を抱いて髪に口付けようとしたが

「やめて!」

 身体を両手で突き飛ばされ拒まれる。

「そんなこと、私は少しも望んでなんかいないわ」

「君は強い従者と共に、いくつもの世界を救っていくことが使命だと言っていたじゃないか」

「それは今の私には関係のないこと。その使命はね。ただの指針であって強制されたことではないの。

 私は彼の世界にとどまって、彼と彼の周囲の人々が少しでも幸せになればと思って──」

「なぜそこまで杏寿郎に固執するんだ。他人の幸福を願って何になる?」

「それは私が杏寿郎を愛しているからよ」

 ユキははっきりとした口調でそう言った。思わず息を呑む。

「あなたは何も変わらなかったのね。私の記憶を奪ったつもりで、この身体をどれほど好きなようにしたと思い込んでいても」

「なんだと?」

「思考をよまないことも出来るわ。でもわかってしまうことを止めることは出来ない。あなたが私にしたいことなんて、最初からわかっていたのよ。

 杏寿郎からあなたが私としたかったそれは、愛を求めてするものだと教えてもらった」

 両手を胸にあてて、ユキは僅かに嬉しそうな微笑みを浮かべる。

「私があなたに付き合ったのは、ただ杏寿郎に似ていたからじゃない。寂しがり屋のあなたが、少しでも周囲の人々を認めて共に歩むことが出来るように──」

「そんなこと、でたらめだ。俺は確かに君を抱いた何度も何度も、君が意識を失うまで。

 それに俺は周囲から認められて、尊敬されていた。誰より強い鬼狩りだと──」

「あなたの一生は満たされたものだった?」

「ああああああ」

 嫌だ。違う。認めたくない。俺は、幸福になるはずだった。ユキが俺の元からいなくなってしまったから、そうならなかっただけだ!

 ユキさえいれば俺は幸せになれる。

 今からでも、彼女を自分のものにすればいい。

 俺は彼女の首を掴むと雪の上に彼女を押し倒して馬乗りになった。

「やめなさい」

 ユキが苦しそうに言う。

「嫌だと言ったら?」

「私の身体を欲望の捌け口に使っても、あなたの心は満たされない」

 彼女の頬を平手で叩く。

「杏寿郎に見られながらすれば、君の気持ちも少しは変わるさ。俺なしでは生きられないことを君の身体に覚え込ませよう」

 ──煉獄杏寿郎は、もう死んだのだから。

 

 ユキの服を力任せに左右に引き裂く。彼女は俺を責めるような視線を向けていた。

「どうせならもっと声を上げて嫌がったらどうだ」

 首のあたり白い肌に、先ほど俺が押し倒した時についた赤い痣がついている。

「ユキ」

 唇を重ねようとしたら顔を背けられた。ならと首筋に唇を触れさせようとすると、腹部に衝撃を受けて吹っ飛び──なんとか受け身を取った。

 起き上がって先ほどまでいた場所に視線を向ける。

 そこにはユキに自身の羽織を渡して、起き上がるために手を貸している杏寿郎の姿が。

「なぜ──」

「……現実なら、俺はあなたに負けていたかもしれない。

 しかし、ここは彼女の内面世界。存在することにだってユリの赦しがあるからに他ならない」

 杏寿郎が日輪刀を鞘から抜いた。先ほど大破した様子もなく美しい刀身をしている。

 口伝しなかった呼吸の型も、武器破壊の技も全てはこの時の為にと思っていたのに──。

「はじめから、勝たせる気もなかったということか」

「ユリはあなたを──」

「既に生涯を終えて、記憶だけとなった者を今さら憫むと? ──御託はいい。勝ち目のない戦いでも挑んできたのがこの俺だ。何度だって勝ってみせる」

 

 ○ ○ ○

 

 背広姿の2人、彼らの世界のモニタールーム。

 壁面にはいくつもの画面が並んでおり様々な場所の様子が映し出されている。

「ようやく諦めたか」

 煉獄煌寿郎と煉獄杏寿郎の決着を見届け、1人の男はぽつりと言った。本音を言うならもっと早い段階で諦めてくれた方が、伏せたままの手札が多くなるから良かったのだが。

「おや、どうされました?」

 しかし、そうして足掻く姿が彼女が抱く憫みを更に揺さぶったようだ。

「上手いこと言い含めて彼女の中に残ったらしい。であれば上々」

「読み通りになったのであれば、良かったですね。

 あの世界の監視者は、あなたとよく似た容姿をしていましたから以前から何らかの関係かあるのではないかと思っていましたが。

 役割を私に譲らずとも、ご自身で向かわれても良かったのでは?」

「君に担当してもらわなければ、この流れにはならなかったろうから──これでいい」

「そうですか。

 にしてもあなたのその様子は気になりますねぇ。まるで彼女に恋でもしているような執着ぶり。そういう感情は我々には備わらないものと思っていましたが、やはり何人もの監視者を討伐して取り込んだあなたは特別ということですか?」

「……」

「細かいことが気になってしまうのが、私の悪い癖でして」

 

 問いには応えず、1人考える。

 俺が死んだ時にスカウトがきて、あの世界に残す記録を改竄した。あまりに残した情報が少ない場合は、それだけ気を引くことが難しくなるから手の内すべてを明かしはしない程度に留めたが、結果的にあの世界の俺という存在は杏寿郎の気を引くことに成功し、彼女の内に潜むことになった。

 次に会えるのはいつになるか。

「──ユキ」

 再会に期待しながら、愛する人の名を久しぶりに口にした。

 

 

●10

 

 寝苦しさを感じて目覚めると、杏寿郎がぴったりと私に抱きついて寝ていた。なんとか逃れられないかと脱出を試みていると、更に腕が身体を締め付けてくる。

 やはり煌寿郎の情報を、私の中に残したことを気にしているのかしら? とても良い夢をみているとは思えない険しい顔を間近で見つつ。

 煌寿郎の情報には所々見えなくなっている部分があった。世界に残る情報というのは、その人が生きた内容ありのままが記録されているはずなのに──。

 ……何か裏があるのでしょうね。

 でも、そんなこと杏寿郎に話せるはずもない。そんな話をしたら、もっと眉間の皺が深くなってしまう。

 彼の身体に腕をまわした。

 ここにいるからねと思いながら私からも身体を密着させる。

 私に回された手が、さわさわと動いていた。

 

 むっ、杏寿郎。

 起きているのに何も告げずにいる?

 

 彼の胸のあたりを見ていた視線を顔に向けるとしっかりと目が合った。

「妻に求められたなら、応じる他あるまいな」

 にこりと笑い、静かな口調でそのように言うのだ。

「何を言っているの?」

「したくなったのだろう?」

「ち、違います」

 私の言葉を聞いて

「そうか」

 と少し、いやだいぶ落胆した様子の杏寿郎。

「なぜ手の動きが止まらないのかしら?」

「求められていないのであれば仕方がない。

 それならば求めてもらえるまで構おうかと」

 抱きしめられて、さりげなく帯が外されている。

「子供たちが起きてしまうから、ね?」

「おや、それは我慢比べをする前から君の負けということかな?」

 彼も私も負けず嫌いなところがあった。君の負けと言われて、彼を止めようとかけていた言葉が引っ込む。

「──あなたがどうしてもというなら、付き合ってあげるけど?」

 ついそう言ってしまったのだ。軽く唇同士が触れ合い、そのまま仰向けにされ体重がかかってくる。

 苦しくはない。ちゃんと加減してくれていた。

 ──あぁ、またいいように扱われてしまって。

 今回も彼が満足するまで付き合うことになるのかと内心呆れてながらも、彼が喜んでくれていることがわかり私も嬉しく思った。

 

【暗転】

 

 ○ ○ ○

 

 今日は風柱のところに狛治を連れて柱稽古に来ることになっていた。

 

 起きたら約束の時間近くで……。

 なんとか予約していた手土産を受け取って、今は2人の戦っている様子を見守っているのだけど。

 

 傷を治すよりは障壁を張る方が、魔力を使わないのだけどなにしろ眠──

 意識が何度か飛びそうになりながらも、思わぬ来訪者に気付き眠気の方がどこかにいってくれた。

 恐々と庭の手合わせの様子を覗き見ているのは、この屋敷の近所に住んでいるらしい少年たちだった。

 おいでおいでと手招きすると、少年たちは顔を見合わせて相談した後に頷きながら近づいてくる。

 遠くにいるよりは近くにいてくれた方が守りやすいから。

 

 2人の戦いを見守りながら少年たちと言葉を交わす。少年たちは風柱を兄のように慕っているようだったが、兄という呼び方は受け入れてもらえず実弥と呼び捨てにしていた。

 

 激しい攻防の後に、距離をとった2人の動きが止まり睨み合うような形となる。二手三手先を読み合っているようだけど。

 

「2人とも、少し休憩しましょう!」

 私がそう声をかけるとピリピリとした雰囲気が消えた。

 狛治がふぅと息を吐いてこちらに向かって歩いてくる。風柱も首に手を当てて腕を回していた。

「実弥! すげーな!」

「来てたのか」

 少年たちが風柱の元に集まって親しげに声をかけている。

「お茶を入れたいのだけれど、良いかしら?」

「あぁ。お前らはここで待ってろ」

 

 ○ ○ ○

 

 お茶をいれて持ってきた手土産を机の上に置いた。

「杏寿郎からね。あなたのところに行くなら甘いものを持っていくと良いだろうと言われて」

「うわー! おはぎだー!」

「喜んでもらえたかしら? たくさん持ってきたから実弥さんのお友達も食べていってね」

「わーい!」

 少年たちは喜んでおはぎを食べてくれているようだったが、風柱はお礼だけ言って後で食べると部屋の外に出ていってしまった。

 

 

「実弥さん」

 木刀で素振りをしている彼に声をかける。ちらりとこちらを見て、そのまま素振りを続けながら

「呼び捨てでいい。さほど歳はかわらないだろう?」

 そんな風に言うのだ。私の歳はおそらくあなたの倍以上だろうけれども。

「そう? わかった。ならそうさせてもらうけれど、ちゃんと休む時には休んだ方がいいのよ?」

「どういう意味だ」

「ずっと張り詰めたままでは、いざという時に壊れてしまうから。身体も、心も」

 素振りが止まる。

「ここに来て、少しお話しでもしましょう」

 縁側に座って持ってきたお盆を置いた。2人分のお茶とおはぎを持ってきている。

 

 さほど楽しい内容の話しをしていたわけではないけれど、それだけでも十分だった。私には会話で話す以上のことがわかるから。

 違う世界で彼の家族を助けたこともあった。でもこの世界の彼は、1人で鬼殺隊の柱としての役割を全うしようとしている。

「……こんな風に誰かと話しをするなんて久しぶりだ」

「そう。あの子たちともそこまで親しくしているわけではないのね」

 大体は追い返しているらしい。それは自分に何かあった時のことを考えてということらしいが。

「あんたを見てると昔を思い出すよ」

 そう言って、僅かなかなしみの表情と共に小さく微笑んでいた。




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