無限列車編のその先に。
※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●21
猗窩座との戦いの中、炭治郎と義勇が刀を構えてこちらに向かって走ってくる姿を視界におさめる。
鬼であった頃は、孤独で一人で戦うことが当然のことだったというのに──。
杏寿郎との戦い以降、猗窩座は大した相手とは戦っていなかったようだ。それはそうだろう。杏寿郎のような相手と戦う機会の方が稀なのだから。だから鬼にならないかとつい口にしてしまった。
戦いはじめ猗窩座は心底楽しそうにしていた。
しかし、鏡合わせのように技を繰り出され困惑したような表情を浮かべるようになる。
自分のことは自分が一番良く理解しているから──。
更に炭治郎、義勇の剣技を受ける。
傷が治るといっても無限ではない。
炭治郎の首を狙った攻撃に、こちらへの注意が疎かになった。刹那の隙に、握りしめた拳を手刀に変えて袖口に隠した袖口に隠した日輪刀を出現させる。
とった!
首に半ばまで刃を突き立てたが感づかれ、手で止められてしまう。
ごほと咳き込み血を吐きながら、
「なるほど、暗器か。
素手では鬼を倒せないからな」
この攻撃を見切ったことで、 猗窩座は勝利を確信したらしい。猗窩座の拳が俺の腹に深々と突き刺さる。
あの夜の杏寿郎のように──。
○ ○ ○
「珍しいわね。狛治から話しがあるなんて、子供たちの相手をしながらでも良かったかしら?」
彼女が一人でいる時に、話しが出来たらと思っていたが気付けば一人でいることの方が珍しいことなのだと気付いて子供の相手をしている時に時間をとってもらった。
「──ふむ。なるほどね」
「仮説、というか経験からなんですが」
鬼は斬撃よりも打撃に弱い、この話を改めて聞いてもらい意見を聞きたかった。
「日輪刀は刀だから、そういう相手と戦ってきたからこそ斬撃に強くなっている。それで? 打撃に弱いとして、何かその打撃としての有効策があると?」
「はい。拳に氣をのせます」
「中国拳法の発勁みたいな?」
「俺は知識としての武術には疎いので、ユリの言うものと俺が言うものが同じものかまではわかりませんが──」
「ふぅん。いいじゃない。面白そう。
どうすれば有利に戦えるか、知識や経験から最善手を考えることは好きよ」
えらいえらいと両手で頭を撫でられる。
「あ、え──」
かぁと顔が赤くなっていることに気付く。
同時にユリに抱いていた感情がなんなのか、この瞬間に理解出来てしまった。
「あら、ごめんなさいね。つい」
謝りながらユリは頭を撫でるのを辞めてしまう。
「い、いえ」
「何か言いたいことがあるの?」
「えっ──」
「……」
迷ったが、ユリには黙っていても悟られてしまうから──。
「俺はあなたを母と呼びたいようです」
身近にいた異性は恋雪ぐらいだったからユリにどこか惹かれる想いはあれど、それは恋雪に向けたものとは違うことだけはわかっていたが。
物心つく頃には母親がおらず、歳上の女性として自分を導き見守る姿に、俺は母親像を重ねて親しみを感じていたのだ。
「ん?」
首を傾げたままユリがかたまってしまった。
まずい。失言だった。
「違うんです。
いえ、違わないんですが。
その、もし生まれ変わりがあるのならあなたのような人を母と呼べたらとそういうことで」
「それは私から生まれたいということ?」
「ばぶ!?」
「あぶぶぶ!!」
椋寿郎とルリが慌てたように声を上げて泣き出してしまう。
「あらあらあら」
ユリが2人を抱いてあやしはじめる。優しく言葉をかけながら2人の意見を聞いているようだ。
「うん? そういうことなの?
2人とも狛治が自分たちの弟か妹になるなら許すと言っているわ」
「は、はぁ」
椋寿郎が口にくわえていた片手を取り出すと、べちゃりと俺の頬に手をつけてくる。
「わかったかって言ってるけど」
「……お手柔らかにお願いします」
ユリが穏やかに笑う。つられて俺も笑った。
「一般的にどうなのかまでは知らないけれど、私はそう思ってもらえて嬉しいわ。
──そうなると必然的に父親は杏寿郎になるけど、良かったかしら?」
噂をするとなんとやらという言葉もあり待ってほしいと言いかけたところで、
「呼んだか!?」
滑り込むように杏寿郎が現れる。
「!?」
「というか、実は途中から聞いていた。まさか君がユリを母と呼びたいとは──」
居た堪れなくなりその場から退場する。
○ ○ ○
ユリと話した通りに、ここぞという攻撃には氣をのせてきた。身体は異変にすぐには気付けずに、少しずつ動作が重くなり。
それは確実に猗窩座の判断をも鈍らせる。
隙を見せれば胴への攻撃をしてくるでしょう。
その攻撃を受けることは、首を斬る絶好の機会になる。
そう進言したのは自分だ。
あの夜、杏寿郎がしたように全力でこの鬼を足止めする。
腹への攻撃を成功させ俺を倒したと猗窩座は思い、笑みを浮かべた。
罠にかかったのはお前の方だというのに──。
歯を食いしばり、猗窩座の腹に全力の手刀を叩き込む。俺の腕が深々と突き刺さった。
「お前! お前ー!!」
さぁ、全てを思い出せ!
ユリが俺にしてくれたように、お前にだけは俺から記憶の共有が出来る。
「義勇さん! 連撃いきましょう!」
「あぁ!」
絶対に逃がさない!
2人が刀を構え、猗窩座の首を狙った。
●22
光速で場面が切り替わっていく、罪人であった頃の自分、人として扱われた頃の自分、大切なものを奪われた自分、鬼となった自分。
──首を斬られてはいけない。
無意識に抵抗する。
周囲に対する無差別攻撃。
先ほどまで知覚できていた炭治郎の姿を見失う。
ヒノカミ神楽 斜陽転身
炎の一閃を視覚した瞬間には、自分の首が斬り落とされたのだとわかった。
再び炭治郎の姿を確認した時に、なんとも悲しげな表情をしていた。
そうして自分の腹を貫いた男が遠い昔の自分だと、ようやく理解する。
『──狛治さん』
涙を流す恋雪の姿。彼女の足下に斬られた俺は落ちた。
頭だけの俺を彼女は両手で拾い上げて、顔を見据える。恋雪だと思っていた相手は彼女ではなかった。
けれど。ひどく懐かしく。切ない──。
「ユリ──」
いつの間にか杏寿郎がすぐ側まで近づいてきていた。この女性を心配するような様子だ。
「大丈夫よ」
目の前のこの人は何故か、悲しんでくれている。
鬼舞辻無惨の自分を叱咤する声が頭に響く。
ユリと呼ばれた女性はこつんと俺の額に自身の額をあわせてきた。
先ほどと同じように光速に場面が切り替わる。
まったく見覚えのないことだった。
目の前のこの人に恋雪の面影をみて、助けようと思ったこと。陽光に焼かれた身体が、人の姿で再生されたこと。無惨の支配を逃れ、人として生活したこと。杏寿郎や他の柱と交流し、自分を研磨したこと。
──音もなく涙が溢れた。
○ ○ ○
私の手の上で猗窩座の首は涙を流しながら消えていく。杏寿郎が鬼でも涙を流すのだなと思っていることがわかった。
「元は人であった者なのだもの。
心が動けば涙も流すでしょう──」
ぽつりと言葉を紡ぐ。
首が消えるのを見届けると、私は狛治の元に走った。
猗窩座の身体が消えて支えを失っても倒れることもなく立ち続け、私の姿をみて狛治は柔らかく微笑みかけてくる。
──遠い遠い昔。
私が私という存在を自覚した時に、目覚めた場所は学園の図書館だった。
言葉には聞いていた物語というものが、本の中に文字としてあって、それらを読んで面白くキラキラと輝いているようだと思ったのはその時が初めてだった気がする。
私たちが関わる物語において、最も影響を与え時に一番の障害となるものが人という存在なのだとまず教わった。
なのでその人の弱点、どうすれば楽に排除できるか。
騙し、利用し、捨てる手段と知識。
自分自身が物語の暗部で、物語そのもののために時に自身すら犠牲にするような存在なのだと知った時は複雑な気持ちになった。
「遅い! もう一回!
判断の遅れは命に関わる。自分が生き続けることが優先! 他は考えるな!」
自分が何のために存在するのか、意味も理由もわからない頃からどうすれば人という存在を壊せるのか。
その方法を徹底的に教わっている。
「どうした? なぜ躊躇う?」
私だけが目の前にいる自分と同じような姿をした者に手を出せずにいた。
周囲の私と同じ存在は、各々手にした武器を使って血飛沫と悲鳴を上げさせることが出来ているのに。
「どうしてこんなことを、しなければならないのですか?」
その言葉を聞いて信じられないという表情をされる。
「疑問に思うのはまだ先の話だ。今はやり方だけを覚えろ!」
無理矢理に私の腕ごと武器を振り上げさせて、人の姿をしたものに刃が振り下ろされる。
『こらこら、今日もこんな遅い時間まで部屋の外にいるなんて悪い子だ』
管理人の声が聞こえてきた。
毎夜遅くまで図書館にいることを、管理人には早い段階で知られてしまっている。
いいじゃない。面白いと思えるものを身の回りに置いておくのは良いことだと聞いたわ。
『だからって、こんな初期に物語を理解し共感しようとするのは危険だよ?』
どうして?
『ボクらはまず非情な存在であれと言われている。
そうでなければ物語を正しい方向に導くことが出来ないから』
正しいって何よ。
『物語を物語たらしめるものさ』
むぅ。
『やれやれ、じゃあ何かひとつ絵本を選ぶといい。
ボクが読んであげよう。それを最後に今日は休みなさい……そうして持ってくる本が人魚姫なあたり、既にもう歪んでいるよねぇ』
歪んでいるって何よ。この物語は幸せな話よ。
愛する人の幸せを願いながら、泡になって消えることが出来るのだから。
──俺はこのまま死んで構いません。
あなたの力は、どうか他の柱に。隊士たちのために使ってください。
狛治の想いが伝わってくる。
急速に彼の身体から生きるための力が消えていっていることがわかった。
猗窩座という彼の鬼の側面、同一存在の最後にこの物語の流れが引き摺られているのだ。
「──いいえ。大丈夫。それしきの傷を治すことなんて私にとっては造作もないことだわ。
戦いはまだ続いている。あなたと私でひとつの柱としてこの物語の中にいるのだもの、ちゃんとまだ生きるのだと強く意識を持つのよ」
●23
「冨岡さん、まるで夢のような光景だと思いませんか?」
傷ついた冨岡さんに肩を貸しながら、ユリさんの光の呼吸 天気雨の範囲内に入った。
ユリさんから聞いていた通り無限城からちょうど傷付いた隊士たちが数十人出てきていたので、動ける者は動けない者を手伝いこの光の雨を浴びるように指示してある。
「もう肩を貸さなくても大丈夫ですか?」
頷きながら私から離れる冨岡さんを見守り、服の隙間から見えた傷が消えている事が確認できた。
「冨岡さんの活躍、しっかり見ていましたよ。
炭治郎くんも見違えるほど成長していましたね」
「あぁ」
相変わらずの無表情。
「冨岡さんも無限城に行くのですか?」
「──そうだ」
「……」
「胡蝶は?」
「私はお館様のご様子も気になりますから、そちらに向かうつもりです」
「そうか」
「冨岡さん」
羽織の裾を指先で摘んで。
「上弦の鬼との戦いも鬼舞辻無限との戦いも命を惜しんでいたら勝てないと思っています。しかし、命を犠牲にしても必ず勝てるものではない」
「……」
「それでも私たちは、今この時に勝つしかないから。
そのための犠牲が何になるのか、想像もつきませんが」
「──俺がもし帰ってこなかったら」
「当然、馬鹿にします。
どうしてあの日、私は姉と行動しなかったのか。
継子になってくれたあの子たちにあと少し何かを教える事が出来ていれば、今も生きていたんじゃないか。そんな後悔ばかりする自分自身を」
いくら過去を悔やんでも、取り戻せないものなのに──泣くのは嫌、泣いても何の解決にもならないと知っている。
「私みたいな女が生きていくには、あなたのような手のかかる人が」
必要なんですと言いかけた言葉を飲み込んだ。冨岡さんに抱きしめられたから。
「しのぶの作る鮭大根は
昔、姉が作ってくれたものを思い出させる味だ」
「……帰ってきたら、いくらでも作ってあげます」
冨岡さんの表情はかわらない。ほとんどの人が今の表情を見てもそう言うだろう。
──でも、私はこの人のほんの僅かな表情の柔らかさに気付く事が出来る。
○ ○ ○
「強引、すぎる!」
ユリを抱き上げて無限城の中を走っていた。狛治はあの場にいた冨岡と胡蝶に任せて、今頃はユリと離れ気を失っている頃だろう。
「舌を噛むぞ」
彼女に顔を近づけながら走っていると、鬼舞辻無惨までの道のりが浮かび上がるようにわかる。
遠目で大きな繭のようなものが見えた。
「よもやよもやだ。あれが鬼舞辻無惨か」
ユリを床におろす。
「そうよ。
……まったくもう。横着して」
「札を使って君の感覚を共有し、皆も移動しているんだ。君を抱いてここまで来るのは夫としての特権だろう? それに本当に横着するつもりなら君に転移を頼んでいるしな」
抱き上げてここまで一緒にいたのも、先ほど使った魔力を補填できるのではないかと思ったからだ。
「猗窩座との戦いを見届けると言い出したのも、私が狛治を連れて戻ってくると思ったからでしょう?」
笑って肯定する。俺は周囲を見回して、
「ここは奇妙なところだな。建物が絶えず動き続けている。まるで生き物のようだ」
「炎柱!」
俺の姿を見て、数名の隊士たちが集まってきた。先頭の隊士には見覚えがある。
「君は──」
「ご無沙汰しております。無限列車の一件ではお世話になりました。柱稽古に参加していたんですが、気付いたらこんなところに」
「そうかあの時の君か! 久しいな。
彼女は俺の妻のユリだ」
横にいるユリを紹介する。
「光柱、ですよね? お初にお目にかかります」
手短に紹介を終えて報告を聞くと。
「なるほど。君たちがここに来てから、あれはずっと同じ様子なのだな」
「はい」
「どう思う?」
ユリに声をかける。
「ひとまず、この場所に彼らはいない方がいいわ」
「えっ」
彼らと視線を向けられながら言われた隊士たちが驚きの表情でユリを見た。
「今はいいけれど、あの中にいるのは鬼舞辻無惨なのよ。上弦の鬼よりも更に強い鬼を相手にして、あなた達は無事でいられる?」
「なるほど」
顎に手をやり考える仕草で。
「体内に入れられた毒を分解するのに、更に消耗しているでしょうから──」
極度の空腹状態、太刀打ち出来ない者は喰われてしまうわけか。
「うむ。では君たちには、ここに他の隊士が近づかないようにしてもらいたい。場合によってはここ無限城を離脱してもらっても構わない」
「わかりました!」
ユリから札を受け取ると隊士たちは行動を開始した。
●24
この世界に1人取り残されてしまった。
なんでも先輩は鬼舞辻無惨よりも面白い取引先を見つけたからと、一足先に社へ報告に戻ってしまったのだが。
『君のアイデアで物語のクライマックスを面白く演出してみては?』
なんて言われてしまって、無限城の中をあれこれ考えながら最深部までやってきてしまう。
大きな肉塊がまるで繭のように、一角を占領している。それが今追い込まれつつある鬼舞辻無惨だということは容易に理解できた。
「えぇと、確かいま毒を分解しつつ身体を作り替えているんでしたっけ?」
どうしたものか。
これをこのまま放置しても、じきにあのユリという厄災の魔女がやってくる。学園と社は太古の昔から敵対しあっていたと聞いたけれど。
「どーもあのユリって子は、魔女っぽくないんすよねー」
先輩に連れ回されている内に、何度か厄災の魔女とは出会っている。しかし、会う相手は大抵脳筋で会話が通じないし物語への関与も力技で解決していた。
ユリのように物語の登場人物になりすますようなことは、普通なら魔女はしないはずなのに──。
「それだけ思い入れのある何かがあるってことなんすかねー」
まさに厄災そのものと称される魔女が、人になりすます。ましてや何かに思い入れるというのも信じがたい。
まぁ、何を考えているのかわからない相手でも普段やっているようにやるしか出来ないし。
「まずはここだけ時間の流れを早くしますか」
そうすれば不完全なまま一方的に攻撃されることは防げるはずだ。
他に先輩はなんと言っていたか。
『彼はとても研究熱心なところがありましたから、このタイミングで藤の花の呪縛に対抗できるようになるというのは面白そうですね』
それを実現するためにどうする?
あまり時間はないぞ。よく考えないと──。
○ ○ ○
押し入れに椋寿郎とルリを抱いて隠れている。
つい先ほどまで仏壇を前に家族や皆さんの無事を祈っていたのだが、招かれざる来訪者に気付いて咄嗟に身を隠した。
藤の花の香を焚いているにも関わらず、鬼らしき者たちが押し入ってきたようなのだ。
しかし、こうして隠れていても見つかるのは時間の問題。かくなる上は差し違えてでも二人を守らないと──。
「椋寿郎、ルリ。2人とも偉いですね。こうして隠れていても泣かずにいられて。
そうだ。かくれんぼをしましょう。外にはこわい鬼がいるから、2人で静かに隠れているんですよ?」
事情がわかっているんじゃないか? そんな風にすら思えてしまう。尊敬する兄と姉の子供たちだから。
「2人とも、もう夜が明けるまで眠り続けることが出来るようになったから大丈夫です。朝になったらきっと、父上母上があなた達を見つけてくれますからね」
ぎゅうと2人を一度強く抱きしめて、押し入れの奥の方に寝かせた。
息を潜めて押し入れを出て、先代の刀がある場所を目指す。
「いたいた。なんだガキ1人か」
「美味そうな赤ん坊の匂いもしたと思ったんだがなぁ」
「一丁前に刀を持って、抵抗するというなら存分に痛めつけてやろう」
結果、2人の鬼を目の前にすることになった。
刀の色さえ変えることが出来なかった自分が、どれほど鬼に抵抗出来るのか──。
「刃先が震えてるぜ」
鬼たちが笑う。
俺は覚悟を決めて、先代の刀を手に立ち向かった。
「鬼と対峙しても立ち向かおうというその意志、立派だ」
よく知った声が聞こえた。
目の前の鬼の首が炎の一閃と共に床に転がり落ちる。
炎の呼吸 壱ノ型 不知火
自分の前に庇うように立つ1人の男の姿が。
「兄、上?」
「胸騒ぎがしてな。こちらに来て正解だったようだ」
流れるような動作で刀を収める。
「怪我はないか?」
振り返り俺を見て、兄上は笑ってみせた。
○ ○ ○
「これは一体、どういう──」
無限城を取り囲むように沢山の鬼が集まってきていた。例の血鬼術が使われているのか、突然湧くように現れる鬼もいる。
先ほどユリさんに怪我を治してもらった隊士たちと冨岡さん、気を失っている狛治さんと私たちのいる場所を囲むように鬼たちはこちらの出方を窺っているようだ。
どういう意図でここにこれほどまでの鬼が集められているというのか──。
空間が揺らぎユリさんが姿を見せた。
同時に狛治さんが目を覚ます。
「緊急事態よ。無惨が目を覚ました。今は杏寿郎が応戦しているわ」
ドンと大きな衝撃音と共に無限城が揺れる。
「見立てではもっと時間がかかるはずではなかったのですか?」
「無惨の協力者が余計なことをしたの。
ここにいる鬼たちも無惨が呼び寄せているものを、無理矢理座標を変えさせてここにいるだけ。
極力倒して欲しい。出来るなら無限城に入れてはだめ」
「こんなに沢山の鬼、相手をしたことがないので無理です……」
隊士たちの中からそんな声が小さく聞こえてくる。
それはそうだろう。こんなところで傷を負って無限城の外に逃げてくるような隊士が鬼との戦いが得意であるはずもなく。
ユリさんは冨岡さんを見た。
冨岡さんは頷いて刀を抜き、私たちに背を向ける。
「ユリはしのぶを早くお館様のいるところへ」
「冨岡さん!」
せめて狛治さんと共に戦うことが出来ればと思ったが、そうなると足手まといの私もここに残ることになってしまう。
先ほどユリさんが現れた時のように空間が揺らいだと同時に光を伴って男女が現れた。
「愛する人のために戦いを決意する。それでこそ男だ! 義勇!」
冨岡さんに向かって言葉をかけると同時に、近づいてきた鬼たちに向かって刀を構えて走っていく。
水の呼吸 拾ノ型 生生流転
「ユリさん、お久しぶり! 大変なことになってるって聞いて錆兎と一緒に助けに来たの!」
素早い動作で女性も鬼たちに向かっていき──。
水の呼吸 参ノ型 流流舞
どちらも見事な水流が夜闇に浮かぶ。
柱に匹敵する実力を見せて深い青色の日輪刀と、明るい青色の日輪刀を手にした男女はいとも容易く集まってきていた鬼の一角を屠ってみせたのだった。
●25
「あまり驚いてはいないようだな。ユリから何か聞いていたか?」
じっとこちらを見ながら兄上は俺に声をかける。
「驚いています!
──特に姉上からは聞かされておりません」
何を聞いていると思ったのだろう?
「そうか。ではひとまず場所を移そうか。
藤の花の香で鬼避けが出来ないのであれば、ここにいても危険だ」
兄上は先に立って歩き始めようとしたが、
「はい!
あ、いえ! まずは2人を迎えに行かないと!」
そう言って、椋寿郎とルリのいる押し入れのある部屋へ走り出す。
──何か違和感があった。
この後ろにいる兄上は、本当に本物の兄上なんだろうか?
俺の知る兄上ならば、まずは2人の安否を気にすると思ったからだ。
「兄上、姉上は?」
「ユリは無惨との戦いの場にいるだろう?」
その回答に特に違和感はない。姉上は狛治さんと行動を共にしているし、兄上は一旦様子を見に来てくれたということだろうか。
なぜか2人のいる部屋に直行出来ず、自分の部屋に立ち寄った。何かあった時に持ち出すものを用意してあったし立ち寄ることはおかしなことではないはずだ。
兄上は周囲を警戒しているのか、部屋には入らずに外を見ている。
……違和感を感じていた。
何だ? 何がおかしいと感じているのか。
鬼を倒した太刀筋は本物。言動にも特におかしなところはないけれど、兄上の口から2人を心配するような言葉が出ていないことが気になる。
ふと、俺たち兄弟が背を記録していた柱が視界の中に入った。そういえば最近になって急に兄上の背が伸びて驚きながらも喜んだことを思い出す。
「──兄上」
「どうした?」
「あなたは俺の知る兄上より、少し背が足りないようです。
──どうして、なりすましているのですか?」
「……」
返答によっては、戦いも避けられない。
ごくりと息をのんで、鞘に収めた先代の刀を手元に寄せる。
「──そうか。この世界の俺は、俺よりも背が高かったのか。よく気付いたな。流石は千寿郎だ」
この世界の? この人は何を言っているのか。それに過去形で言っていることも気になる。
「既に他界した者が目の前に現れるようなものだ。
もっと驚かれて当然だと思っていたのだが」
「?」
いまなんと言った? もう一度聞き返そうとしたところで、椋寿郎の喜んでいるような声が聞こえた。
声が聞こえるということは押し入れの外に出てしまったということか。急いで声のした方に走る。
「まぁ、ふふふ」
部屋の中から女性の声がした。勢いのまま障子を開けると、
「!?」
亡くなったはずの母上が、椋寿郎とルリをあやしていた。
「母上、こちらにおられたのですか」
兄上が近づいていくのと同時に、赤ん坊の2人に対してなんともいえないような複雑な表情を向けている。
「杏寿郎、ほらご覧なさい。こんなに愛らしい」
「あー」
「うー?」
椋寿郎もルリも不思議そうにきょろきょろと視線を動かしている。母の姿をした人物は、俺を見て控えめに微笑んでみせた。
「私が亡くなったとしたら、あなたがまだ幼い頃だったでしょう。
私はあなたの母ではありませんが、こうして会えたことは嬉しく思っていますよ」
「──俺たちは違う世界から来た。
昔、ユリが俺たちの世界の鬼舞辻無惨を倒す手伝いをしてくれたから。こちらの世界に来られるのは、同一の存在がいない者。すなわちこの世界で過去に死んだ者に限られるのだが──」
「ちょっと待ってください!」
「?」
「兄上は、煉獄杏寿郎は今夜任務に出かけていきました。まさかこの僅かな間に亡くなったと──そういうことなんですか?」
俺がそう言うと、違う世界から来たという兄上も母上も困った様子で顔を見合わせた。
○ ○ ○
鬼の首を斬り落とす。
「ほい。これで一丁上がり!」
これでこの辺りを騒がせていた鬼は退治出来たはずだ。
「流石です! 天元様!」
須磨が両手を叩きながら、ぴょんぴょんと飛び上がって喜んでいる。
「別働隊なんてと、思ってはいたが。
こうなってみるとあって良かったな」
「そうですね。にしてもなんで急に藤の花のお香がきかなくなったんでしょうか?」
指を一本顎にあてて須磨は首を傾げた。
「さぁな。しかし、鬼の数も無限ってわけじゃないんだ。
今頃柱総出で鬼舞辻無惨を追い詰めているんだろうし、俺たちは俺たちで目の前の鬼を狩り尽くせばいいだろう──」
「カァ!!」
「おう! どうした虹丸! 見慣れない札をくわえて」
虹丸からその札がどんなものなのかを聞かせてもらい。
「ほー。なるほど。身体に貼ると姿が消え、額に貼ると遠くの様子が見えるのか」
どれどれと額に貼ると──。
「うわっ!?」
頭の中に様々な情報が流れ込んできて慌てて取り払う。
「こりゃあ、なかなか扱いが難しいな」