【完結】旅する物語 白百合異聞   作:masuda028

34 / 49
【鬼滅の刃/煉獄杏寿郎】
無限列車編のその先に。

※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。


34君のいない世界で1〜9

●前説

 君のいない世界で は炭十郎との邂逅の続きです。

 なぜここでこの話が語られるかは、読んでいただければわかります。

 本編の合間合間に挟んで読んでいただく楽しさもあるかなと思いましたが、まとめてお見せした場合のわかりやすさを優先しました。

 

●1

 

『──杏寿郎、産屋敷にも柱にもいずれは話そうとは思っているけれど、これだけは覚えておいて。

 いずれ私と一緒に鬼は退治できるだろうけど、その後にかなり高い確率で別の脅威が現れるようになるわ』

 何故かと問うた俺に、

『誰の目にも触れられなければそうした脅威が生まれることもないかもしれないけど、一度戦うことが主題として形成された物語は他の主題になりづらいのよ』

 ユリはそう言っていた。

 

 その言葉の通り鬼退治後にこの世界には、怪異と呼ばれる人に仇なすものが現れるようになる。

 鬼と戦っていた時よりは怪異の被害は少なく、結果戦闘の素質がある者だけが戦いの場に残ることになり、また隊士として生きるだけではなく日常の職に就く者も増え、各々が鬼がいた頃とは違った生き方をしていた。

 

 夕焼けの教室、授業の片付けをしていると声がかかる。

「煉獄先生、そろそろ放課後の見廻りもお願い出来ますか?」

 声のした方を向くと初老の男性の姿が。

「はい。わかりました」

「新任のあなたに色々お願いしてばかりですみません」

「いえ、色々経験した方が早く慣れますしありがたいです。まだ残っている生徒はいますかね?」

「最近、オカルトが流行っているようで残って話している生徒たちがいるようですよ」

 それではと教職員用の部屋に戻っていく。

 

 ○ ○ ○

 

「次、千寿郎の番だぞ」

「えぇ? 俺も話すんですか?」

「俺たちの話しを聞いたんだから、最後は千寿郎の番だろ〜」

「話す内容が特にないなら仕方ないが」

「うーん。なら、夜中寝ている時にふと目が覚めた時の話しなんですが──」

 

 見廻りをしていると、千寿郎と何人かの生徒が残って怖い話をしているところに遭遇した。

 早く帰るように声をかけて、今は千寿郎と共に帰路についている。

「先ほどの」

「?」

「白い服の女性というのは本当に見たのか?」

「あぁ、先ほどの話しは怖い話をしなければならなかったのでそれっぽく話しましたが」

「というと?」

「俺が見たのはもっと神秘的で美しい方だったので」

 千寿郎の両肩を思わず掴む。

「その話、もう少し詳しく聞きたいんだが」

「え? いや、その女性を見たのも随分昔のことで。もっと幼い時には遊んでもらったこともあったと記憶しているのですが──」

「詳しく聞かせてほしい」

「えぇ?」

 

 千寿郎から家で見たという白い服を着た美しい女性の話を聞いたが、雰囲気や様子はあの日旅立ったユリのことを話して聞かされてようだった。

 自室に戻ると白い百合の花が迎えてくれる。

「ただいま帰った」

 ユリがこの世界に唯一残していったもの。

 不思議なもので、その百合の花は枯れることもなく8年ほど美しい姿を保っていた。

「約束の時まであと少しといったところか、よもや君は俺との約束を忘れてはいないよな?」

 百合の花をユリに見立て時々声をかけている。

「成人しても君が現れないようなら見合いを受けろと言われている。困ったものだ──」

 着替えをしながら独り言を続けていた。

 不意に視界の隅に明滅する光が発生し、光の方に視線を向けるとその光は百合の花から放たれている。

「おい! どうした! ユリ!」

 思わず百合の花を手に取った。

 まさかユリの身に何かあったのだろうかと心配していると、

「杏寿郎!」

 瞬きをしたほんの一瞬、百合の花があのユリの姿にかわり俺の首に腕を回して抱きついてきた。

「!?」

「やっと話しが出来るね」

 勢いのまま腰を落とすと、抱き付いたまま頭を押し付けてくる。

「ど、どういう。君は今帰ってきたのか?」

 膝の上のユリはふと微笑んで額を合わせてきた。

 

『杏寿郎、無事に私と再会できたみたいね?

 残念ながら今目の前にいる私は、この私と同一の存在ではないわ。本来別の世界に行く時に消すべきものを残しただけ、その世界を共に歩んだ私の身体に……あなたへの想いを残したの。

 どうしてもあなたが成人する前に、私がその世界にタイミング良く戻るというのが難しくてね。

 なんの説明もなく、こういうやり方を選択してしまって申し訳ない気持ちはあるのよ。

 でも、私の杏寿郎はあなたではないのだし仕方がないでしょう?

 この伝言があなたに見せることが出来ているということは、私はまだ存在していて旅を続けているか私の杏寿郎と再会しているから安心して。

 ある意味、今あなたの目の前にいる私はあなたのために生まれたものだから、良ければ大事にしてあげて』

 

 閉じていた目を開く、今は俺よりも彼女は歳下に見える。あの頃共に旅したユリが目の前にいた。

「ユリ?」

「えぇ、私よ」

 微笑んでもう一度彼女は抱きついてくる。

 

 内心とても複雑な気持ちだった。

 旅立ったユリはどうなったのか、肝心なことはわからない。ただ存在はしているのだということは先ほど証明されたようなものだが、そのまま信じて良いのかと思うところもある。

 俺のために生まれたというユリは、とても俺に懐いてくれていた。この香りもぬくもりも彼女そのものなのだ。

 ためらいながらも彼女の身体をそっと抱きしめると、ユリは俺の顔を一瞬驚いた顔をして俺を見上げ腕の中で幸せそうに微笑んでみせるのだった。

 

 

●2

 

「赤飯を炊きましょう。槇寿郎さんは急いで鯛を買ってきてください」

「今からか!?」

「あなたの足であれば余裕のはずです。買ってきた後に調理をせねばならないのですから、一刻の猶予もありませんよ」

 

 家に帰ってから千寿郎の宿題をみる約束をしていたので、俺の部屋に千寿郎がやってきた。そして件の白い服を着た女性と俺が抱き合っている姿を見て、悲鳴を上げた。

 その悲鳴を聞きつけて父と母も俺の部屋にやってきて先ほどのやり取りに至る。

 父は渋々鯛を買いに出かけるようだ。

 

「あ、あの──あなたがユリさん?」

 千寿郎が怖々と彼女に声をかけると、

「そうよ。しばらく見ない間に大きくなったわね」

 ユリは微笑みを浮かべながら言葉を返している。

 なんというか、あの頃のユリに比べるとだいぶ人懐っこい。初めは怖々といった千寿郎だったが、今は気になる異性と話しているような様子だ。

「そうしていたいのであればそれでも構いませんが、ひとまず客間に移動しましょう」

「はい」

 咄嗟にユリを抱き上げて立ち上がる。

「杏寿郎、別に緊急でもないのだし運んでもらわなくても大丈夫よ」

 腕の中のユリが小さく声をかけてきた。それはそうだ。無意識とはいえ、ユリといえばこうして抱き上げて運ぶものと思い込んでいたかもしれない。

「あぁ、そうだな。そうであった」

 

 その後、客間に移動して母と千寿郎も一緒に会話を続けている。そんな3人の会話を見守りながら先ほど聞いたことを思い出していた。

 

 このユリはあのユリとはある意味別人だが、同一の存在ではある。先ほどのように俺に懐いてくれているのも、あの頃のやり取りがあったからでそこまで想ってもらえていたことは初めて知ったし嬉しく思ってはいる。

 能力面ではやろうと思えばあのユリと同じようなことが出来るらしいが、なるべくなら使わずにいた方が良いと聞いた。

 それは監視者という世界の抑止力に見付かるとこのユリが消されかねないというのもあるし、怪異の強さも変わってくるかもしれないからということだったが。特別な力が何もないとはいってもこうして母と千寿郎を相手に会話も続けられるし、先程縁側を歩いている時は小鳥が彼女の肩にとまり挨拶するぐらいは普通の具合をこえている。

 

「ではもう旅立つこともなく、ここに留まれるのですか?」

 僅かに驚いた様子で母が言った。

「はい」

 ユリがこたえる。

「それでは杏寿郎との婚姻は、いつ頃になるのでしょう?」

 食い入るように続けて母が尋ね。

「えっ!?」

 千寿郎が驚きの声を上げ、ちらりと俺の方を見る。

「母上、少し気が早いのではないですか?」

 俺が先ほど聞いたことに思考をめぐらせていると、いつの間にか母が婚姻の時期をユリに確認していた。

「何を言うのですか、こういうことは早い方が良いのです。あなた宛のお見合いも今後どうするつもりでいるのです?」

「それは──」

 このユリがいてくれるのであれば、見合いをする理由も特にないが……彼女と視線が合う。

 ユリはふぅと息を吐くと、

「杏寿郎次第ね」

 そう言ったのだ。母と千寿郎の視線が俺に集まる。

「よも」

「買ってきたぞ」

 父が鯛を買って帰ってきた。

「では今日のところは再会を祝した宴席ですね」

 母が立ち上がり父に礼を言って鯛を受け取り、千寿郎も後に続いて2人で台所に向かっていった。

 

 ○ ○ ○

 

 家族だけのささやかな宴席を終え、とはいっても母がかなり張り切って色々用意してくれていたが。

 

 当たり前のように俺の部屋にユリの布団が敷かれていた。ぴったりと隣あって敷かれていた布団を離そうかどうしようか考えていると風呂上がりの彼女がやってくる。

 湯上りの雰囲気は、昼間とは違った色気が──。

「私はどちらに寝ればいいかしら」

 来客用の布団を勧めはしたが、ユリは普段俺が使っている方の布団が良いという。

「せっかく身体があるのだもの、杏寿郎の香りに包まれて眠りたいわ」

 とめる言葉も気にする様子もなく俺の布団に入っていってしまった。

 来客用の布団に入り消灯する。

 しばらくの沈黙の後に、

「別に気にしないわ」

 ぽつりとユリが言った。

「何をだ?」

「あなたが私を受け入れてくれなくても」

「!?」

 驚いてユリの方を向くと、思っていたよりも側に彼女がいて狼狽る。

「もし、8年後のあなたが私を忘れているようなら好きにしなさいと言われているの。あなたが私のことを忘れずにいてくれたことは嬉しかった。

 ──けれど、あなたは私を求めてくれてはいないわよね?」

「そんなことは──」

 ないと言い切りたかったが、言葉にならない。

 彼女の瞳から音もなく涙が溢れる。

「違う、君が悲しむことなど何もない。

 ただ俺は与えられるまま君を受け入れてしまうことが、旅立った君に対して不誠実だと思ってしまって」

 ユリの身体を抱きしめた。

 あぁなんて──思わずため息が出てしまうほど心地良い抱き心地だ。

「せめて旅する君が、約束した俺と再会していることがわかれば……」

 昔、彼女がしてくれたように唇で涙を拭う。

「それがわかればいいの?」

「あぁ」

「……」

 ユリはしばらく考え込んだ後に、今すぐにはわからないけれど探してみると言って眠りについてしまった。

 ──思いがけず抱き締めたまま眠ることになってしまい。その日の夜は随分長く感じた。

 

 

●3

 

「む──」

 ──朝になったのか? 外が明るくなっている。

 しかし、腕の中にユリがいなかった。

 驚いて飛び起きて周囲を確認する。昨日まで百合の花を飾っていたところに、百合の花はない。

「ユリ!!!」

 勢いよく部屋を出る。

 彼女の気配を探して家の中を走り回った。

「なんだ朝から騒々しい」

 不機嫌そうに父が部屋から顔を覗かせる。

「父上! ユリを見ませんでしたか?」

「見ていないが」

「そうですか! 失礼しました!」

 スパンと障子を閉じて部屋の前を通り過ぎた。

 

 台所近くで母が顔を覗かせる。

「母上! ユリが──」

 ふと微笑んで台所の中を指差した。

 そこには千寿郎と並んで朝餉の準備をしているユリの姿が──勢いのまま抱き締める。

「!?」

「──良かった」

 夢じゃなくて。

 この抱き心地、香り、温もりが彼女がここにいると教えてくれている。

 こほんと母の咳払いで閉じていた目を開いて現実に引き戻された。母は千寿郎の目のあたりを片手で隠し

「それ以上のことをするつもりなら、2人で一度部屋に戻りなさい」

 そう言うのだ。

 ……それ以上の事とは? 自室に戻ったらしていいものなのかと若干混乱しながらもユリを抱きすくめていた腕から力を抜いた。

「起きて私がいなくて驚いてしまったの?」

 ふふと笑ってユリは俺の頭をよしよしと撫でている。恥ずかしいやら情けないやら、穴があったら入りたくなりつつ。

「着替えてきます!!!」

 大きな声でそう言うと自室に走って戻った。

 

 ○ ○ ○

 

 教壇に立ち、普段通りの授業をする。

 そのつもりで登校した。

 しかし、頭の片隅には家にいるはずのユリが無事でいるだろうかとつい考えてしまう。

 父母には彼女が以前のように万能な力を使えるわけではないので、くれぐれも頼みますと言っておいたから何も問題はないはずだが。

 

 ──ざわざわと教室の中が騒がしい。

「む?」

 誰か来たらしい。生徒たちが見ている先に視線を向けると、四角い風呂敷包みを持ったユリの姿があった。俺と視線が合うと、にこりと笑って手を振っている。

「先生の関係者なんですか?」

 教室内のざわめきが大きくなった。

 自習の指示を出してユリの元へ急ぐ、近くに父の姿もあった。なんでも俺と千寿郎が昼の弁当を忘れていったから持ってきてくれたようだった。

 

 俺の働いている場所というのに興味もあるらしく、昼まで空いてる部屋で待ってもらうことになったのだが──。

 

 お昼になった。

 千寿郎は自分用の弁当だけ持って友人と食べるからと早々に退席し、父は先に食べ終わり周囲を散策してくると出かけていって部屋の中にはユリと俺だけ残された。

「うまい! うまい!」

 ユリに見守られながら食事をする。彼女はほんの少し食べただけでもう十分だからと言うのだが。

「……そうじっと見られていると、何か気恥ずかしいな」

「そう?」

「明日には柱合会議もあるし、今日のところは家で待っていてくれれば良かったのに」

「あなたが食べる量を1人で持ってくるのは難しかったから。家にいる3人の中で誰か2人となった時は、私と槇寿郎の組み合わせでないと。私が1人で留守番をするわけにもいかないし」

 父なら1人でも持ってくることが出来ただろうが、そうなるとユリと母で家に残ることになる。人選としては最適のように俺も思った。

 その後も着々と食べ進め、ご馳走さまでしたと手を合わせていると。

「そうそう、あなたの会いたがっている私のいる世界がわかったわ」

「本当か!? どうだった? 再会できていたのか?」

 思わず立ち上がり彼女の肩をつかむ。

「ただ場所がわかっただけで、そこでどうしているかまではわからないの。

 行ってみないとわからないのだけれど、私は私がいるところに行けないし」

「行ける行けないの基準は?」

「その世界に同一の存在がいる場合は行けないわ」

「そうか。では俺も行けないな──」

 だとしたら誰が行けるのだろうかと考えていると。

「?」

「どうした?」

 ユリが不思議そうに俺を見つめていたので声をかける。

「あなたは行けるみたい」

「というと、いまユリのいる世界に煉獄杏寿郎はいないということか?」

「だと思う」

「……」

 どういうことだろう? まだ約束をした相手を探して旅を続けているのか?

「行ってみる?

 ──大丈夫。私は効率優先で身体は消して移動先でまた作っているけど、今回はちゃんと身体ごと向こうの世界に送ってあげるわ。ただ即席だからあまり長い間は行っていられないと思うけど」

「別の世界に行っている間、こちらの世界はどうなる?」

「そこを説明するとまたすごく複雑なことになるのだけど、今回は停止させる方法を選ぶつもり。そうすればこの世界の監視者に見つかる可能性も低くなるからね」

 今ならあのユリに会うことが出来る。

 そう言われて俺は──。

 

 

●4

 

「とりあえず、今回は試験的に送るだけだから極力向こうにいる人たちとは交流しないようにしてね」

 そう言われながら寝転がれる場所を作って横になろうとする。頭を置く予定の場所にユリが正座で座り、腿のあたりを軽く叩いているわけだが。

「膝枕というやつをするといいんじゃないかしら」

 どこか嬉しそうにしている。もし生徒にその様子を見られたら何を言われるかわからないが、周囲の様子を窺ってから横になった。

「気を楽にして、私の声に集中して」

 目を閉じて彼女の声に集中する。

「私のことを考えていると、向こうの世界の私の側に送りやすくなるから」

 まるで歌でも唄うように静かに発せられるユリの声を聞いていると、いつの間にか眠りにつくように意識を失ったようだった。

 

 

 意識が戻り閉じていた両目を開くと青空が見える。外だ。起き上がって周囲を見回しながら、服や髪についた土を払った。

 ここは、俺の家だ。

 見知った自分の家だった。近くに赤ん坊が生まれた家があるのか泣き声が聞こえる。

 彼女は近くにいるのだろうか、身を低くして周囲を警戒しながら庭から家の中の様子を探っていると──。

「そうね。そうしましょうか」

 ユリの声が聞こえた。

 近付きすぎれば彼女に気付かれてしまう。昔に彼女に気取られまいと身に付けた隠身を思い出しつつ距離を詰める。

 木陰に隠れてユリのいる方を伺うと、彼女は隊服を着ていて道着姿の男と打ち解けた様子で微笑みながら会話をしていた。

 煉獄杏寿郎がいない世界で、彼女がここに留まる理由があの道着姿の男にあるのだろうか。

 それに隊服を着ているということは、どういうわけかこの世界で、彼女は鬼殺隊に入ったということだろう。一体何があったのか……。

 胸の中にもやとしたものが生まれる。

「誰かそこにいるな」

 こちらには背を向けていた道着姿の男が、ユリを庇うように立ちこちらに声をかけてきた。

「なぜ隠れている。

 姿を見せるか、名を名乗れ」

 刺すような殺気がこちらに向けられ、どう言葉を返したものか思案していると、先ほどと同じように急速に意識が遠のいた。

 

「!?」

 目を開くと心配そうに俺を覗き込むユリの顔が。

「上手くいったみたいね」

 安堵するような表情にかわったので、ゆっくりと起き上がる。

「いま本当に俺は別の世界に行っていたのか?」

 まるで夢の中にいるようだったと言葉を続けた。

「そうよ。だって私に会えたでしょう?」

「会えたというか、見かけただけだ。

 見覚えのない道着姿の男と親しげに会話をしていた」

「何をそんなに苛々しているの?」

 心配するようにユリが言葉をかけてくる。苛々なんて──苛々しているのか? 見覚えのない男とユリが一緒にいたから。

「まぁ、でも一度あなたを送って道が出来たから今度はもっと向こうにいる時間や送る人数を増やしたりも出来ると思うわ。今度はちゃんと私と会話がしたいでしょう?」

 そう言うので、その問いには頷いて答えた。

 

 ○ ○ ○

 

 残っていた仕事もあり遅くなってしまった。

 1人で家に帰り着くと千寿郎が出迎えてくれる。

「兄上、お帰りなさいませ。ユリさんは?」

「? 先に父上と一緒に帰っていないのか?」

 玄関に父が姿を見せて俺に声をかけてきた。

「何を言っている。

 お前が一緒に帰ることにしたという伝言を聞いたぞ?」

「伝言なんて頼んでいませんが」

 3人で顔を見合わせた。

「俺は一度学校に戻ります!」

 宣言して家を出る。走っている最中、どういう可能性があるかを必死に考える。

 

「ユリ!」

 名前を呼びながら学校中を探し回ったが、彼女は見つからなかった。

 

 

●5

 

「杏寿郎様!」

 もう一度外を探そうとしたところで声がかかった。

「君は?」

「お初にお目にかかります。私は教生院家にお仕えする青葉という者です」

 畏まりながら使用人風の装いをした人物が自己紹介をしてくる。教生院、歴代の炎柱を支えてきた家の名だ。お見合いの話があったのも同じ名だった気がする。

「何かあったのか?」

 ユリが行方不明になった事とは別件だろうが、ひとまず事情を聞くことにした。

「実は夏火お嬢様が杏寿郎様にどうしても一目会ってお話しがしたいと、こちらに夕方頃出向かれたのですが。このあたりまでお一人で無事に到着された一報が入ったものの、その後行方不明となってしまい──」

「俺に会いに?」

「はい。報告の通りとは思っておりますが、会われてはおられないですよね?」

「会っていない」

 今日は特に俺に会いに来た人物はいなかった。夏火という女性がどんな姿をしていたのか、見合い写真もろくに見ていなかったせいで容姿もわからない。

「そうですよね……」

 少し考えこむような様子で。

「何か思い当たることがあるのか?」

「最近、ある令嬢が身代金目的で誘拐されかけたという話しも聞きます。なので、その可能性も視野に入れて捜索中です」

「そうか」

「杏寿郎様もどなたかお探しの様子とお見受けしましたが、どうされたのですか?」

「俺は──」

 ユリのことについて話そうとしたところで、

「青葉! お嬢様が見つかったぞ!」

 何人かの使用人らしき人々に囲まれながら2人の女性がこちらに向かって步いてくる。

 その内の1人には見覚えがあった。

「お嬢さ──」

「ユリ!!!」

 

 ○ ○ ○

 

 その後、2人並んで家路を帰る。

「先ほどは何故あんなことを?」

「あんなことって?」

 

『私のことを高く評価してくれるのは嬉しいけれど、残念ながら私は──あなたの恋敵だからね』

 言いながらユリは俺の隣に立って片腕に抱きついてきた。明らかな宣戦布告、お嬢様こと教生院夏火が苦虫を噛み潰したような渋い顔をしている。

 俺たちのところに来るまでに、ユリは夏火にひどく気に入られて是非とも雇いたいと熱烈に口説かれていたようだが。

 

「だって、あのお嬢様はあなたに片想いをしていたのだから。あぁやって教えてあげた方が親切でしょう?」

 そういうものか? 何か納得出来ずにいたが。

「こうして腕をとって、あなたが嫌がるならそれでもいいかなと思ったのよ」

 先ほどと同じように俺の片腕を抱いて、片手同士の指を絡める。

「あなたが嫌がる素振りをすれば、まだあのお嬢様に望みがあったのにね」

 まるで嫌がってほしかったかのように、ぽつりと言う。

「俺と分かれてからのことを教えてくれないか?

 一体何があった?」

「うん? 今回はね。まず何らかの悪意が関わって私が1人で行動することになったの。

 怪異だっけ? あなたがあの場所で教師をしているのはある怪異の調査をするためでもあるのよね? それが影響していたみたい」

「ふむ」

「仕方ないから1人で帰るかなと思ったのだけれど、ちょうどその時に彼女が攫われてるところを目撃してしまって。私はついでに連れて行かれてしまったのよ。

 悪事の目撃者になってしまったから、私は危うく殺されるところだったわ」

「!?」

 驚いた顔をした俺を上目遣いに見上げて微笑む。

「──相手を傷つけることに私は躊躇いはするけど、相手が明らかに悪者でどうしても倒さなければならない相手と戦わないといけない時は、それなりに覚悟はしているのよ?

 なにしろ対人格闘と一通りの銃器の扱いは技術として身についているから。魔力とは関係ないし」

「つまり君は常人よりは強いと?」

「さぁどうかしらね。

 ……躊躇う時点で、ある程度の熟練者には負けるでしょう。私たちの中ではそれゆえに最弱と呼ばれていたのだから」

 どこか寂しさを感じさせる横顔を見せて、ユリはそう言った。話に聞いた煉獄杏寿郎は、そんなユリのために戦うことを決意したのだったか。

「君の護衛を父に任せたりなどせず、ずっと俺が君の傍らにいれば良かったな」

 何の気なしに彼女の身体を抱きしめる。

「でも難しいのでしょう?」

「──なんとかしよう」

 ユリが顔を伏せて下を向く。

「どうした?」

「だめね。あなたから抱きしめられると、嬉しすぎて涙が出てしまって──」

 手のひらで頬に触れて上を向いてもらい。涙を流しながら微笑んでみせるユリは何より美しいと思った。

 

 

●6

 

 1人で風呂に入っていると。

「杏寿郎?」 

 脱衣所の方からユリの声がした。

「どうした?」

「今日は心配をかけてしまったようだから、お詫びに背中でも流してあげようかと思って」

「!?」

 ちょうど身体を洗おうかと思っていたところだったが、湯船に入ってしまうかどうするか迷うのと同時に昔一緒に風呂に入った際に彼女の身体で身体を洗われたことを思い出してしまい沸騰したような体温上昇を覚えた。

「入るよ?」

 ユリが入ってきたので咄嗟に局部を隠して座る。

「どうしたの?」

 視線が合うと彼女はニッコリと笑った。ユリは薄手の浴衣のようなものを着ていて全裸ではない。

「背中を流してあげるとは言ったけど、身体を洗ってあげるとは言ってなかったでしょ?

 昔みたいに身体で洗ってほしいならそうするけど──」

「帯を解かなくていい!!」

 彼女の手を止めさせる。

「はいはい。じゃあ背中を流すからね」

 

 背中を洗われながら、百合の花になっていた数年間について話しを聞いていた。

「よもや、ずっと俺のことを見ていたのか?」

「まぁ大体ね」

 大体とは? 自分の部屋で気を抜いているところを見られていたと思うと、どうも気恥ずかしいものがある。

「人の営みというのを学ぶ。良い機会になったわ。

 ……結婚前の女性が異性に肌を見せるのは、あまり良くないことなのよね?」

 お湯で背中を流されて。

「どうする? 前も洗ってあげる?」

 笑いながら尋ねてきているので。

「背中だけでいい」

 思わず仏頂面でこたえてしまう。

「はいはい。じゃあ私は出るからゆっくり入って──」

 踏まれた猫のような声を上げながら、足を滑らせたユリが倒れそうになった。

 咄嗟に立ち上がり抱きしめて、身体の向きを変えながら湯船に2人で落ちる。

 

「あぁ、驚いた」

 俺の上に乗っているユリが小さく言った。

「濡れずに出ようと思ったのにずぶ濡れね」

 助けてくれてありがとうと言いながら離れようとするので、腕の力を抜く。

 薄い生地の浴衣なので濡れると彼女の肌が透けて見えた。

「んん?」

 ユリが再び自分から抱きついてくる。

「ど、どうした?」

 思いがけない行動で流石に動揺してしまうが。

「杏寿郎を通じて、向こうの世界のことが少しわかるのよ」

 特に邪なことではなかったようで、安堵したような若干残念に思うような気持ちを心の片隅に残しつつ。

「というと?」

「鬼舞辻無惨との戦いが近いみたい。

 ──明日の夜。しかもだいぶ苦戦を強いられる流れのようね」

「!?」

「すごい音がしましたが、大丈夫です──か?」

 千寿郎が先ほどの音を気にして様子を見に来てくれたのだが。

 固まってこちらを凝視した後に。

「いや、その、まさかお取り込み中とは!? 失礼しました!!」

 勢いよく出入り口を閉めて退場していった。

「違う!

 千寿郎! 誤解だ!」

「なに? 誤解って?」

 むぅと不機嫌そうな顔をしている。

「いや、これは君が足を滑らせて。俺は君を助けるためにこうなったわけだから──」

「ふーん。私の身体に触れている時、杏寿郎も少なからず緊張しているなと思っていたけど?」

「それは」

 弁解しようとした俺の唇を、ユリが自身の唇で塞いできた。

「!?」

 咄嗟にいけないと思ったが。何がいけないのかと急に冷静になる。千寿郎が取り込み中と思うようなこの状況で、ユリは俺を好いてくれていて、俺も彼女を憎からず思っているのに──。

「なんてね。ちゃんと別の世界に行ってしまった私に会ってからでしょ? わかってる。ただ杏寿郎が油断してるか──」

 唇を離したユリが戯けるように言ったが、壁際に追い込んで今度は俺から唇を重ねようとしたが──逃げられた。

 湯船から彼女だけが外に出て、背を向けながら帯びに手をかけ。

「もう今日はおしまい。

 濡れた浴衣を脱いで、私も入浴は済ませることにしましょう。しばらく見ないでもらえる?」

 

 

●7

 

 ユリが先に風呂場を出た後も、考えごとをしながら入浴を続けていたらのぼせてしまった。

 

「大丈夫?」

 自室に戻ってから膝枕をされながら、うちわで風を送ってもらっている。

「一体何をそんなに考えていたの?」

 彼女の手のひらが俺の額に触れるとひんやりとした冷たさを感じた。気持ちがいい。

「先ほど向こうの世界にいるユリたちが、明日の夜に鬼舞辻無惨と戦うことになると言っていたが──」

 両目を閉じて、

「この世界を生きる者たちが、助けに行くことは出来たりするんだろうか?」

 しばらく返答を待って、声がかからないので目を開く。

「ユリ?」

「えぇ、出来るわ。私がいるもの」

 彼女は旅立ったユリと違って、予め譲られた魔力しか使うことが出来ない。この世界を旅立ったユリから、俺と共に生きていく上でどうしても困ったことがあった時に使えるようにと託されていると聞いたが。

「世界を繋ぐような奇跡を使っても、君はいなくならないよな?」

 念のために聞いておく。

「さぁ、どうかしら?

 あなたが帰ってきた時に、もし私がいなくなっていたら少しは悲しんでくれる?」

「君がいなくなるかもしれない可能性があるのなら、頼んだりしない」

 起き上がり彼女の目を真っ直ぐに見つめた。

「そうね。わかってる。

 私はあなたに触れて物語をよんだのだもの。あなたがこの世界の有志を連れて向こうの世界に行くんだと。知っているのよ」

「それで? 俺たちが帰ってきて、見届けたらいなくなってしまうこともないな?」

 抱き寄せて顔を近づける。そうして彼女の嘘が見抜けるとも思ってはいないが。

「あなたが悲しむようなことにはならないでしょう」

「違う。それでは駄目だ。

 たとえば君は魔力を使って俺の記憶を操作し、君の事だけを都合良く忘れさせてしまうことだって出来るはずだろう?」

「……」

「この世界を旅立った君が別の世界にいたとしても、彼女の杏寿郎が既に死んでいたとしても、俺が選ぶ相手は君だけだ」

 彼女の手をとって自身の胸にあてさせて。

「君は触れた相手の物語がよめるというのなら、わかるはずだ。俺と君との未来も、理解できるのではないのか?」

 ユリが傷ついたような表情をする意味がわからなかった。

「──ない」

「?」

「自分がどうなるかなんて、知りたくない」

「俺が信じられないということか?」

 俺の言葉を聞いて、ぼろぼろと涙を流す理由もわからない。

「違うわ」

「ならどうして──」

 考えて、気付き、強く彼女の身体を抱きしめる。

「君は俺を信じて、触れてよんでしまえばわかることをわからないままにしているのか」

 こくりと腕の中で頷くユリに対して、愛しいと思う気持ちが昂ぶっていることに気付いてしまう。

「君」

「……」

 こんな気持ちは初めてだった。

「旅立った君の境遇を知るまでは、関係を進めまいと思っているのに──」

 彼女の顎に手をやり、涙のあとが残るユリの顔を見据える。自分にはまだ理性があった。それがこんなにも歯痒く思う時が来るとは──。

 彼女と触れ合っている場所から熱を感じる。

 はぁと深く息を吐いた。

「杏寿郎?」

「俺は君を大事にしたい」

 抱きしめた彼女の肩に軽く顎をのせる。

「──うん。ありがとう」

「こんな言葉で君は喜んでくれるか? 不安に思う気持ちが多少は和らぐだろうか?」

「大丈夫よ」

 彼女の両腕が俺の身体にまわされて。

 あぁ、この香りと身体の温もりを感じたまま。押し倒してしまえたらとつい考えてしまう。そんな邪なこと、俺らしくもないと笑った。

「杏寿郎」

「どうした?」

「唇を重ねたいのだけれど」

 言いながらユリが俺の首筋に自分の唇を押し当てる。

「ユリ、それは──」

 腕の力を緩めて、彼女の表情を窺った。

「──駄目、かしら? 何かこう切ないような苦しいような。こんな気持ちの時はそうするのかなと思っていたの。違った?」

 所在なさげな雰囲気で、ユリは頬を赤らめて俯き気味に言う。そんな様子も初めて見る姿で。

「俺が理性的な男でなければ、とっくに男女の仲になりかねない言動をしていると自覚した方がいい」

 よくわかっていない様子でいる彼女もまた愛らしく思う。

「唇を重ねたいと言ったな」

 ユリが望むのなら叶えたい。

 両目を閉じた彼女の唇に、ゆっくりと自分の唇を押し当てた。触れた場所から痺れるような心地良さを感じる。彼女も同じような感覚でいるのか、唇を重ねる度に小さく声が漏れていた。

 唇の隙間から舌を入れると、ユリは驚いたように身体をふるわせたが躊躇いながらも同じように舌同士を絡めてくれる。それだけで身体が溶け合ったようなふわふわとした心地良さを感じ──。

 2人で抱き合ったまま何度も唇を重ね続けた。

 

 

●8

 

 柱合会議の開かれる屋敷に継子も含め関係者が集められていた。お館様には事情を既に伝えており、ここを訪れた者のほとんどは別の世界の事情を知っているはずだ。

「それじゃ、かーちゃまた後で」

 ユリと話しを終えたヒカルが俺の近くにやってくる。千寿郎よりやや背が高いぐらいか。今は年相応の姿をしていた。

 次に彼女は真菰と錆兎に話しかけられて、なんとも忙しそうにしている。

「息災か?」

 ヒカルに声をかけた。

「元気でいたよ。たまに顔を見せていたじゃないか」

「もう一年も前のことだぞ?」

「そうだっけ?」

 屈伸をしてからヒカルは大きく伸びをする。

「珠世と愈史郎は?」

「夜になったら少し顔を出すかもとは言ってたけど。話しは俺から後で聞けばいいと思っているみたいだった」

「そうか」

「かーちゃのいる世界に行くって話」

「ん? あぁ」

 唐突にヒカルが話題を振ってきた。

「珠世と愈史郎は行けないらしいから。俺は行けるけど」

「行くのか?」

「うん。だってかーちゃに会えるなら会いたいし」

 にっと笑ってヒカルは言う。

「あのユリは、ヒカルにとってのユリにはならないのか?」

 ちらりと真菰や錆兎と会話をしているユリの姿を見つつ言葉をかけると。

「かーちゃはかーちゃだけど、俺にとってのかーちゃじゃないかな。面倒だからかーちゃって呼んでるけどさ。なんていうか感覚的なものなんだけど、包まれるような安心感がないんだ。

 でも、俺はそれでいいと思ってる。かーちゃはちゃんと俺を想う気持ちを持ったまま別の世界に行ってくれたんだってわかったから。

 けど──杏寿郎はいいな。特別扱いで」

 腰を低く構え、拳を腹に撃ち込んできたので手を重ねて受けた。思いの外重い。

「だいぶ鍛えているな」

 俺がそう言うと、へへと嬉しそうに笑ってみせる。

「旅先で強そうな人を見つけたら、頼んで稽古してもらってるんだ。昼間は出歩けるのは俺一人だし、身体を鍛えるのが趣味みたいになってる」

 ヒカルはそんな風に、どこか遠くを見るような顔をして言葉を口にするようになっていた。

「……」

「杏寿郎がいらないって言うなら俺が貰うけど?」

「!?」

 肩をすくめて口の端を上げ戯けてみせ。

「なんてね。

 ──けど、かーちゃはかーちゃだからさ。悲しむ姿は」

「決して悲しませるものか」

「うん」

 言葉を遮ると満足したように笑っていた。

 

 ○ ○ ○

 

 お館様のお言葉の後に、俺から皆にも声をかけることになった。

 当代のお館様は輝哉様。次男が継ぐことは珍しいことではあるが、先代のお考えを理解して継ごうとされていたのが輝哉様だったのだから仕方がない。

 じきに日も暮れる。庭に篝火が焚かれはじめた。

 産屋敷邸の敷地に先代の柱たちと、現在の柱たち、そして継子や思うところがあって集まってくれた隊士や隠の姿もある。

 

 すぅと息を吸って、皆の前に立つ。

「皆、聞いてくれ。

 ──俺は炎柱、煉獄杏寿郎。

 今から8年前、鬼舞辻無惨との死闘を見届けた。

 当時の柱たちが死力を尽くしたのは勿論のこと、その悲願を成し遂げたのはユリという協力者がいたからに他ならない。

 そしてユリは別の世界に旅立つ際に百合の花を残し、今になってこの世界を生きる彼女という新たな存在を与えてくれた」

 真菰が小さな声で、

「ユリさんが百合の花を残していったのは、何か特別な意味があるんだろうと私は最初から思っていたわ」

 と言っていたので小さく頷く。

「こことは違う世界に、俺たちを助けてくれたユリはいる。そしてその世界ではまさに今夜、鬼舞辻無惨との闘いがはじまる。

 違う世界の話だ。

 俺たちが何をしなくても、何の影響もない。

 しかし、その世界には俺たちが今共に暮らして幸せを感じる誰かと同じ人がいる。

 違う世界の誰かは今夜まで鬼舞辻無惨が生きながらえた世界で、大切な者を既に亡くし自身さえ犠牲に戦っているかもしれない。

 本来であれば知ることの出来ない話だし、どうすることも出来ない話だ。

 ──だが、俺たちはここにいるユリの力を借りて、別の世界を生きる彼らの助けになることが出来る」

 傍のユリに視線を向ける。俺と視線を合わせ彼女も頷いてくれた。

「行けるのは同一の存在がいない者に限られる。

 向こうの世界で、志半ばに死んでいった者も中にはいるだろう。

 そうした想いを誰よりも理解し、心を燃やして立ち上がる事が、俺たちであれば出来るはずだ!

 別世界の大切な者に、寄り添って力になりたいと思うのなら──。

 

 刃を手に世界とこの夜をこえて、

 勝鬨を上げよ!!」

 日輪刀を手にして掲げる。

 

 話しを聞いてくれた全員が共感してくれたようだ。

 同じように刀を抜いて、拳を掲げて声を上げてくれていた。

 

 皆が手にしている刀は日輪刀、怪異と戦うようになった今でも新たに作られる刀には悪鬼滅殺と文字が入れられている。

 倒すべき相手としての鬼は、もうこの世界にはいない。しかし旅立ったユリがいる世界には、滅殺すべき悪鬼がまだいるのだから……。

 

 

●9

 

「姉さん、私はやめておいた方がいいと思うの」

 姉の羽織を掴んで私は強い口調で言った。

「でもねぇ、しのぶ? 違う世界のあなたが一人で頑張っているなら応援してあげたいじゃない?」

 微笑みを浮かべ、私を包むような柔らかい口調で言葉を返してくる。

「そうですよ師範! 私だってどういうわけか向こうの世界に行けるみたいですから。師範に教わったこの蟲の呼吸で必ず力になってきます!」

 もう! どうしてあなたまで姉の味方をするの!?

「カナエ様、お時間のようです」

「大丈夫よ。私は必ずしのぶの元に帰ってくるから。ね? 信じて待っていて」

 私はあなたのお姉ちゃんなんだからねと、耳元で私にだけ聞こえる声でそう言ってくれた。

 どれだけ引き止めてもきいてはもらえないだろう。私の姉は昔からそうだ。一度決めたことを諦めたりしない。そうして花柱と呼ばれるようになったのだから。

 

 同じようにこれから別世界に向かおうとする男女に声をかけている人がいた。

「本当に行くのか?」

「あぁ、真菰一人で行かせるわけにもいかないからな」

 頬に傷のある青年は女性を真菰と呼んで視線を向ける。

「向こうの世界で義勇は水柱になってるんですって。さっきユリさんから聞いたの」

「お前とどう違うのか興味はある。

 それに俺たちが行けるということは向こうの世界に俺たちはいないんだ。向こう世界のお前と出会いがあったのか、なかったのかまではわからないが。もし過去に何か縁があったのであれば。少しは喜んでくれるのではないかと思ってな」

「そんなこと言って。錆兎はもう一度鬼と戦ってみたいだけなんじゃないの?」

 錆兎と呼ばれた青年はむぅと言葉を詰まらせ、

「──以前より上達した剣技が、どれほど効果があるかは気になるところはあるが」

「やっぱりー」

「しかし、一番の目的は義勇。

 向こうの世界のお前に会えることだ」

 義勇と呼んだ青年の肩に手を置いて、

「たった一夜別行動をするだけだ。普段継子として俺たちの補助をしてくれているお前がいなくとも、俺と真菰だけで何とかしてみせるさ」

 いってくると手を振って錆兎と真菰は、私の姉たちが向かった方へと歩いていった。

 

 取り残された者同士、何か会話でもしてみるかと軽い気持ちで声をかける。

「あなたも向こうの世界へは行けない人なんですね。私もです」

「あぁ」

「あなたは義勇というお名前なんですか?」

「冨岡義勇、君は蟲柱 胡蝶しのぶだな」

「あら、私のことご存知だったんですね」

「若くして柱となった才能のある者、それに──」

「?」

「君のように美しい人の名を知りたくもなるだろう」

 私を見て微笑んでみせる。

「は?」

 私を美しいと言うこの人だってかなり容姿がいい。まったく予想していなかった微笑みを向けられて、軽い目眩を感じた。

「大丈夫か?」

 そっと寄り添うように身体を支えてくれる。

「大事なければ離れよう。見ず知らずの男に触れられるのは嫌だろうから」

「……不思議と」

「?」

「あなたに支えられて悪い気はしませんよ。義勇さん」

 彼を見上げ微笑みを浮かべる。

 そう、不思議と不愉快な感じがしないのだ。むしろこうして身体を預けていた方が安心するような今までに感じたことのない感覚。

「そうか」

 また彼が嬉しそうな微笑みを浮かべるので、自分がひどく狼狽えていることに気付いてしまう。

 一体、どうして?

「君とこうしていると、俺も浮かれ気分になっているようだ。不思議だ。なぜだろうか?」

「さぁ? 私が知るわけないじゃないですか。

 でも──帰りを待つ間、話し相手ぐらいにはなってあげましょうか?」

 あえて軽く突き放したように言ってみせても、義勇さんが動じることはなかった。

 

 ○ ○ ○

 

 ユリが世界を渡ろうとする者たちに一通りの説明を終えた。今は個別に質問を受け付けて答えている。

 

 俺を向こうの世界に飛ばした時とは多少やり方をかえるらしい。

 まずは意識、霊体と呼ばれるものだけを先に送り転移先を各々で決める。

 たとえば命の危険にある者を見かけた場合、その場所に現れたいと思えば身体が後からついてくるというやり方でいくそうだ。

「杏寿郎、母も行きます」

「母上!? 危険ではありませんか?」

「霊体のまま戻ってくることも出来ると聞きました。私のような者の手が、必要な場合もあるかもしれないではないですか」

「父上は?」

「反対はされましたが──。

 私自身、少し興味があるのです。私が病に倒れ先に亡くなった世界で槇寿郎さんがどのように生きているのか」

 きっとこの夜、父は気が気でないのだろうなと予想がついた。

 そう俺が向こうの世界に行った時はわずかな時間だったので、こちらの世界の時を止めたということだったが。今回は人数が多いので時を止めないそうだ。

 向こうの世界に行く者たちにとっても、この世界に残る者たちにとっても長い夜になるだろう。

「杏寿郎」

 俺を呼びながらユリが駆け寄ってくる。

「質問に答え終えたわ。そろそろはじめようと思うのだけれど」

「あぁ」

 彼女は俺の前に立って身体を密着させてきた。

「ユリ、それは──」

 思わず両手で彼女の身体を支えたが。何やら背後からこちらを見て、にやにやと笑っている気配を感じ。

 物欲しげに両目を閉じたユリの耳元に口を寄せて、帰ってきてからにしようと囁いた。

「!?」

 ひどく驚いた顔をしている。そして顔が真っ赤になった。

「いま何と聞こえたんだ?」

「──しようって」

「?」

「帰ってきたらしようって!」

「!!」

「まぁまぁ、良いではないですか。些細なことです」

 母上がユリと俺の間に入ってくる。

「待ってください! 母上、ユリが誤解して──」

「些細なことです」

 俺に強い口調で母は言った。

「ユリさん、帰ってくるまでの間にどうか覚悟を決めておいてくださいね」

 母は微笑んでユリに言うと、ユリが更に狼狽えていた。

「母上!?」

 いけない誤解を解かなければとユリに近づこうとしたところで、咳払いをしたユリが目を閉じて両手を広げ術式を展開していく──。

 

 ■ ■ ■

 

 ●補足

 この世界と別世界の差を説明できるキャラクターがこの場にいないので、筆者視点で補足します。

 この世界の継子は、次に柱になる可能性が高い人である場合があります。

 次に冨岡義勇ですが、錆兎真菰が生存ルートかつ鬼が不在なので情緒が安定しており口数が多く表情も豊かです。しのぶとまともに会話をしたのは今回が初めてとして書いていますが、義勇はしのぶをどこかで会うか遠目で見て認識していたという設定です。




ここまでご覧いただきありがとうございました。

●メインはpixivで活動しています。
https://www.pixiv.net/users/2225877
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。