【完結】旅する物語 白百合異聞   作:masuda028

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【鬼滅の刃/煉獄杏寿郎】
無限列車編のその先に。

※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。


36仕舞い編31〜35

●31

 

 何か祈るようにしている女性の膝元に、俺の首は転がった。

 

 周囲は真っ暗で何もない。

 先ほどまで戦っていた場所とは違うところだ。

 精神世界のようなところだろうか。

 閉じていた目が開いて彼女と目が合う。

「ようやく終わりましたね」

 先ほど会った時と印象が違うのは、彼女が以前羽織っていた蝶のような羽織を身につけているからかもしれない。

 立ち上がった彼女が、俺の首を蹴り上げて手のひらに乗せる。

 

 そうして少し会話をした。

 

 会話をする内に、俺は彼女に興味を持つようになる。今はない心臓が脈打つような感覚があって──。

「もしかして、これが恋というやつなのかな?」

 しばらくの沈黙。

 はぁと小さく息を吐いたと思ったら、彼女はとても良い笑顔で俺に言った。

「とっととくたばれ糞野郎」

 

 もしかしたら彼女も既にどこかで死んでいて、一緒に地獄へ行くのかも。なんて思っていたけれど、そういうことではないらしい。

 

 彼女が手を離すと俺の首はいつまでも下に落ち続けた。

 遠く小さくなった彼女の姿が綺麗な蝶に変化し、俺がもう行けそうもない遠く光のさす方へ飛び去っていく。

 

 深い闇の中、いつしか俺自身の意識も消えてなくなった。

 

 ○ ○ ○

 

 ひとしきり鬼の頸が落ちて消えたあたりの場所で地団駄し、大騒ぎした伊之助が戻ってきた。

「紋壱! お前! なんだあの大技! 新技か!?」

「うん? あぁ、色々考えてさ。

 自分で考えた新しい型なら出来るかなと思って」

 前に上弦の鬼と戦った時の経験が大いに役立った気がする。獪岳もなんだかんだで相談にのってくれて、俺は2人で編み出した型だと爺ちゃんに伝えてもいいんじゃないかと言ったんだけど──。

 伊之助が大袈裟に俺を褒め先ほどから背中を叩きまくってくる。

「もういい! もういいよ! わかったから!」

「謙遜するな紋壱!! ビカビカしてなんかすげー技だった!!」

「──ぁぁぁぁああ!!」

「「ぐぇぇぇぇ」」

 天井がいきなり開いて、伊之助共々落ちてきた誰かの下敷きになった。

「善逸に、伊之助! それにカナヲ!」

「炭治郎!?」

 カナヲちゃんがこちらに駆け寄ってくる。

「みんな無事で良かった!」

「いや、今まさに伊之助が意識不明で死にかけてるようなんですけど!?」

 

 伊之助を起こしてから情報交換をした。

「惣一郎も上弦を倒したのか! 俺も倒したがな! しかも弍の鬼をな!」

 げははと笑う伊之助を素直に炭治郎は褒めている。

 炭治郎はこの場所の外で上弦の参と戦って勝ち、無限城の中に入ってきたそうた。

「そうだ! これを渡しておかないといけないな!」

 血で何か模様の描かれた札を炭治郎が取り出す。

「これを額に貼ると違う場所の状況がわかったり、身体に貼ると姿が見えなくなったりするんだ」

「ほー」

 伊之助が受け取った札を無造作に身体につけると本当に姿が消える。

「本当に消えたー!?」

 一通り使い方がわかったところで、当初のやり取りに戻った。

「なるほど、炭治郎は鬼舞辻無惨のにおいを追っていたのか」

「今は煉獄さんが1人で相手をしているらしい。早く助太刀に向かわないと」

 

 ○ ○ ○

 

 身体の再構築が終わり、繭の中から外に出た。

 

 鬼狩りが1人、刀の柄に手をかけながらこちらを凝視している。

 先ほど私の頸を斬った男だとすぐにわかった。

 

 ──あの髪色に見覚えがある。

 過去に私を追い詰めた剣士は2人、時期は違うが耳飾りの男とあの髪色をした男だった。

 

 

 月明かりの夜。私は耳飾りの剣士と遭遇してから、かなり警戒するようになった。人の多いところでは特に念入りに擬態し、その気配すらただの人と思われるぐらいに。

 協力者と取引の話しを終えて、帰ろうとしたところであの髪色をした男は突然現れた。

 胸ぐらを掴まれ壁に押し付けられ、低い声で

「お前、鬼だな。しかもかなり上位の──」

「ま、待て」

「俺に待てと? 何様だ」

 男は鋭く目を細めた。

 私を鬼と見抜いたこと。こんな往来で人目も気にせず私の胸ぐらを掴んでいること。

 鬼狩りであることは間違いないなさそうだが、衣服はぼろぼろで髪や髭の手入れもしていない姿はまるで浮浪者のようで。

 

 非常に不本意だったが、私から頼み込むような形で場所を移させた。今まで見たことのない鬼狩りだったから、上手くすれば鬼にすることも出来るかもしれないと思うところもあった。

「馬鹿らしい。鬼になどなってどうする。

 それで彼女が戻ってくるわけでなし」

 男は私の申し出を一蹴する。

「せめてお前ともっと早くに遭遇していたら──」

 この男はどうやら1人の女に執着しているらしい。ただ愛想を尽かされたのか、死別したのか。

「ならばお前の執着する女を鬼にして、お前の言いなりにさせるのはどうだ?」

 この発言は失言だった。

 気付いた時には頸が落ちていた。

「ふん。妙な提案をする。頸を斬ったぐらいでは死なぬ鬼は、変わったことを言うな。

 この世界におらぬ者をどうやって鬼にするんだ。お前は世界を渡ることが出来るというのか。出来るというのなら話しを聞いてやる」

 無感情にざくざくと頸に刀を刺してくる。

「出来ないだろう。出来ないに決まっている。

 こうして鬼を殺し続けても、二度と彼女に触れることが出来ないのならなんの意味がある──」

 ぶつぶつと言葉を続けているが、こちらに向けたものではなくよく聞き取れない。

 身体だけでも逃そうと背を向けて走り出させた。

 男はやる気のない視線を向けただけで追おうとはせず、ぼろぼろになった頭を踏みつけ、男もこの場所から立ち去ろうとした。

 無気力な状態なら無理矢理にでも鬼に出来るのではないかと思い、身体だけで強襲を試みるも失敗。しかもその時はじめて赫刀にしてみせたようだったが、男は少しも喜んだ様子もなく。

 その後は死ぬ思いで逃げ果せた。

 

 

 毒を克服する過程で藤の花の香が効かなくなったことに気付いた私は、藤の花の香が焚かれている場所を蹂躙しろと鬼たちに号令をかける。

 鬼狩りが大事にしているものを奪えば一時的にでも士気が下がり、行動が起こしやすくなるからだが。

 目の前のこの男はどうなるだろうか。

 にしてもなぜ、この男は何も仕掛けてこない?

「──先ほど頸を斬って意味がない事を知っている。

 この場に足どめすることは意味のあることだが、空腹に耐えかね行動を起こした瞬間が一番深い傷を負わせることが出来るだろう?」

 まるで私の考えていることなどお見通しといった様子で、涼しい顔をしたまま言った。昔会ったことのあるあの男とは対極の印象だった。

 

 

●32

 

 下っ端の鬼の案内で、上弦の壱がいるところまで来ることが出来た。道中で聞いたが上弦の壱は黒死牟という名前らしい。

 片腕を斬られ柱に刀で磔られた霞柱が、何か物言いたげにこちらを見たが無視をして。今は刀を前に置き黒死牟に対して土下座をしている。

 偶然善逸が現れたあの夜の一幕のように。

 

「なに?」

 そうして先ほども言った言葉を、もう一度口にする。

「そんな死にぞこないを鬼にするより、俺の方がお役に立てます」

 すぐに返答はない。鬼であっても自身の細胞の末裔というものには捨てがたい何かがあるのだろう。

 

 

 以前、善逸と共に炎柱邸に呼ばれた時。

 俺だけが光柱に声をかけられて会うことになった。

 一体どんな用だろうかとある種の緊張と共に出向く、俺をこの部屋に連れてきた狛治という男も部屋の中の少し離れたところに座る。

 にこりと人懐っこい微笑みを浮かべて、ユリは俺の緊張をほぐすように他愛のない会話をしてくれているようだった。すすめられるままにお茶を飲み茶菓子を口にする。

 なぜこの女は俺とこんな時間を過ごすためだけに呼んだのか。もしかして俺が偶然この女の死に別れた誰かに似ていて、好意を持ってもらえているとしたら今後使えるかもしれないと内心ほくそ笑む。

「さて、茶番はこのぐらいにしましょうか」

「え?」

 まさに俺がこの女の利用価値について考えはじめたところで、ユリの雰囲気が急に変わった。

 突き放されるような冷たい印象だ。

「なぜここに呼ばれたのか。ずっと疑問だったでしょう? 私はね。他の人とは違うのよ。どう違うのか一言で説明するのはとても難しいけれど。

 たとえばね。こうして少し会話をしただけであなたが過去にどう生きてきたかも知ることが出来る」

 見透かすような視線。まるで丸裸にされたような居心地の悪さを感じる。

「強い相手には簡単に屈する。死ななければ負けじゃない」

 心臓を掴まれたような鈍い痛みを感じた。

「あなたを批判するつもりはないから。それにここで話したことを他言する気もない」

「なら──やめていただけますか?」

 絞り出すように懇願する。

「残念だけど。それは出来ないの」

 なぜ? 視線で問うとそこでほんの少し同情するような表情を向けて。

「あなたは一度、きちんと向き合わないといけない。あなたはどうして鬼殺隊に入ったの?」

「……人を守りたいから」

「違うでしょう」

 厳しく突き放すように俺の嘘を見抜く。

「強くなりたくて」

「その理由が全てではないわね。私がかわりに言ってあげましょうか?」

「……」

 駄目だ。

 嘘は見抜かれ、真実すら言い当てることが出来る相手に沈黙してみせるのは悪手。

「──鬼を退治するという大義名分を得て、自身が優れていると認識したいからです」

「そうね」

 ふぅとつまらなさそうに息を吐いている。

「そのつもりで鬼殺隊に入ったけれど。鬼はそう簡単に退治できないし、自分より強い隊士が死んでいくような戦場で、死んでしまうよりは鬼になる方が良いと考えることもあるでしょう。

 あら、顔色が悪いわよ。新しいお茶を入れてあげましょうか?」

「俺は、罪に問われるのでしょうか」

「私はまだ鬼殺隊に入って間もないから隊律とかよくわからないのよね。良ければここに詳しい人を呼んであげましょうか? 私の夫とか」

「お戯れを!」

 土下座をして畳に額を擦り付ける。

「あなたはずっと自分に言い訳をして生きてきたわね。そうして過去に起きたことを人のせいにすることで、あなた自身が自分で自分の価値を下げている。

 だから鬼を退治をすることでしか、自分を認めることが出来なくなっているのよ」

 頭を上げることも出来ず、土下座したまま言葉を浴びせられた。

「変わりなさいと言われて変われるものではないから。それはあなたもわかっているでしょう? 周囲に不満があってそれを口にしても、それで変化が起こることはない。

 自身と向き合って、あなたが自分を変えないといけない。そうすれば見える世界が違ってみえるわ」

「どう変われば良いのでしょうか?」

「──それを聞いてしまう内は、まだまだね。

 顔を上げなさい」

 言われるままに顔を上げる。

 ユリが胸の前に両手で器をつくるようにしていた。きらきらとした光が集まって見ていると小さな手鏡へと変化する。

「土下座はそれぐらいにして、これを持っていくといいわ」

 身体を起こした俺に、そっと手鏡を手渡した。

「過去に起こった事とちゃんと向き合うの。

 そうしてこれから自分が何を得たいのか、周囲と鏡に映るものを見ながらよく考えて」

 念を押されるようにわかったかと聞かれて、気圧されるように頷く。

 お礼を言って部屋を後にした。

 

 俺が部屋を出た後に、光柱たちが何か話しをするかもしれないと思い。部屋を遠ざかるふりをして物陰に隠れた。

「先ほど渡した鏡は何か特別なものなのですか?」

 男の声、狛治だろう。

「全然、普通の鏡よ」

 普通の鏡と聞いて、途端に手の中にある鏡に価値を見出せなくなり投げ捨ててやろうかと思った。

「物にも魂が宿っていると、あなた達もいうでしょう? まさにその通りなのよ。大事にしていれば特別なものになる。雑に扱えばどれだけ良い物でも簡単に壊れてしまうから──」

「では彼が何か心を入れ替えるようなことが出来れば、あの鏡は特別なものになると?」

 鏡を覗き込むと不機嫌そうな自分の顔が映る。

「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。

 このぐらいにしておきましょう。当人はとっくに退室しているのだし」

「そうですね」

「そして杏寿郎。盗み聞きはそれぐらいにしてもらえる?」

「よもや! 気付かれていたか」

 部屋に炎柱が入っていったようだ。

「君が隊士を1人呼び付けたと聞いて、どんな話しをするのか興味があってな──。

 狛治、君は退室してくれ」

「はぁ」

「なんで狛治を退室させる必要があるの? 退室する必要はないわ」

「いや、退室してくれ」

 退室するしないの問答が続き、やがて狛治が部屋から出てくる。チラとこちらを見たかと思うと部屋から離れていった。

「君が鏡を贈ったそうだな」

「あなたも欲しいの?」

「そういうことではなく。

 君に物を贈られるなんて──」

「なんて?」

「羨ましいなと思っただけだ」

「やっぱり鏡が欲しいんじゃない」

「違う。この気持ちを晴らすには、やはり君に俺だけに見せる表情を見せてもらって、俺だけに聞かせる声を聞くしかない」

「ちょ、ちょっと! 今日はまだ来客もあるのに」

「人払いはしてある。盗み聞きしている者も、これ以上留まるというのなら俺が相手をしてくるから」

 ばたばたと部屋の中が慌ただしい。

 盗み聞きをしている者というのは、当然俺のことだろう。ここに留まると炎柱が現れかねないと思い。極力気配を消してその場を後にして。

 

 それから俺は、善逸と行動を共にすることにした。柱稽古の時も思ったが、善逸の周囲には人が集まる。善逸と俺と何が違うのか。鏡を覗き込むと違いはすぐにわかった。俺はいつも不機嫌そうな顔をしている。

「──善逸」

「なんだよ」

「さっきは俺のこと、紹介してくれてありがとうな」

「……おぉ」

 善逸は驚いたような、少し嬉しそうなそんな表情を俺に向けた。そういえばこいつも俺といる時はいつも鏡に映る俺のように不機嫌な顔をしていたな。

 ──俺がそうさせていたんだと気付いた時は、ひどく気恥ずかしく思った。

「……すまなかった」

「な、なんだよ。なんか悪いものでも食べたのか? 急に謝るなんて、らしくねーじゃん」

 前に善逸から周囲の心の機微が耳でわかると言っていた。俺も耳が良い方ではある。俺にもわかるだろうか。

 

 ──よくよく耳を傾けるようにしたある日。

 

 あぁ、お前はそんな風に俺のことを思ってくれていたんだな。俺のことを心配する音、俺の言葉に嬉しそうにする音、こんな俺でもお前は俺を信じて慕ってくれていたのだと理解することが出来た。

 

 俺が思っていたよりも世界はとても優しくて、俺だけが取り残されたように心を閉ざしていたんだ。

 

 

 不意をついたはずの銃撃が失敗し、玄弥という善逸の同期の隊士が黒死牟の攻撃を受ける。

 この場に駆け付けた風柱が、頸を斬ろうとした黒死牟から玄弥を庇うようにして攻撃を凌ぎ。

「よくも俺の弟を刻みやがったなァ!!!」

 その後は、岩柱も戦いに加わり戦闘は激しさを増した。

 

 重症の霞柱も戦いに加わろうとした時に、俺の方を蔑んだ目で一瞥する。

 そういう視線を向けられることばかり、俺はしてきたのかもしれない。

 

 ──そうして、その時はきた。

 

 劣勢に気付いた黒死牟が、俺に助力せよと声をかけてくる。

「なんだァ? 裏切り者かよ」

 俺を見て吐き捨てるように風柱が言い、岩柱は何も口にせずこちらの様子を窺っているようだ。

「はい。喜んで──」

 刀を手に立ち上がる。

 

 そして黒死牟の隙だらけの背中に、日輪刀を突き立てた。

 

 

●33

 

 信じられないとばかりに黒死牟が目を見開いている。

 そりゃあそうだろうさ。

 何せ俺はそういう相手がわかるから。

 

 黒死牟は侍のような言動をしていたから、思考も似ているのではないかと思っていた。

 あんたにとって裏切りは、一生で一度あるかないかのものであっても──俺は違う。

 

 柱達はすぐに状況を理解し行動に移る。

 

 俺は黒死牟の気を引くために言葉を口にした。

「──弟がいるんだよ。

 血の繋がらない同門ってだけの間柄だが、それでも兄と呼ばれるなら格好付けてやりたいのさ!

 上弦の壱なんて大したことなかったってなァ!!」

 霞柱が黒死牟の懐に入り込み前から刀を突き刺す。

 銃撃が、風柱岩柱の猛攻が黒死牟を襲った。

 どこからともなく木が生えてきて、黒死牟の動きを静止させるように巻き付く。

 

 ──いける!!

 そう思った瞬間に黒死牟が咆哮し、身体から無数の刃を生やして周囲を薙ぎ払った。

 その攻撃は背後にいた俺にすら届く。

 柱たちの身体が深く傷付けられる瞬間を目の当たりにした。同じように自身の身体が傷ついたことが、痛みを感じるより前に理解することが出来てしまう。

 

 突き刺した刀はまだ刺さったままだが、自分が手を離して倒れてしまっている事に気付く。

 霞柱は胴を斬られてもなお、必死に柄を握り締めていた。

 身体が急速に冷たくなる。

『獪岳! 死ぬなよ!』

 善逸が俺に言った言葉を思い出した。

 やっぱり俺は、約束を守るようなことは苦手なんだ。

 ──俺が死んだら、あいつは泣くのかな。

 泣き虫な善逸なら俺が鬼になっても泣いていたかもしれない。

 ひとつの型しか使えないくせに、一丁前に鬼と戦って。俺と肩を並べて戦いたいからと新しい型を編み出して。よく出来た弟弟子だった。

 俺は、兄弟子らしいことを少しでもしてやれたかな……。

 いつの間にかユリから貰った鏡が目の前に落ちてくる。俺の血が飛んで、せめて拭ってやろうとするが上手くいかない。

 鏡に映る自分の顔がどこか満足気で、とてもこれから死ぬような男の顔には見えなかった。

 貰ってから時間のある時は鏡を眺めて、何かというと磨いてやったが──。

 ……俺もお前も特別にはなれなかったか──。

 最後に自分の血で汚してしまったことが悔やまれた。

 

 視界を焼くような眩い光と共に、2人の人影が現れる。

「自分と向き合って、多少は違う考え方が出来るようになったじゃない。

 狛治、少し相手をしてきて」

 はいと短く答えて構え。

 

 術式展開 往相回向

 

 狛治の気配が変わり、激戦の続く黒死牟と柱のもとに飛び込んでいったらしい。

「あなたが鏡を大事にしていたから、鏡の精霊があなたの死を惜しんで私をここによんだのよ。

 無一郎も玄弥もひどい傷を追って──もっと早くに私をよべば良かったのに」

 黒死牟の大技に距離をとって、ユリの近くまで来た風柱が敵を凝視したまま声をかけてくる。

「力を使いすぎたら、お館様を治せないと言っていただろうがァ」

「あら、見くびらないでくれる?

 この程度、いくらでも治してあげられるわ」

 

 光の呼吸 壱ノ型 蛍火

 

 ユリの広げた両手の間に、いくつもの優し気な淡い光がうまれる。俺の身体に吸い込まれた。

 そしてすくうように光の一部を手のひらにのせて、ふぅとユリが息を吹きかけると霞柱と玄弥のもとへ光が向かう。

 流れ出た血が、飛び散った身体の部位が消失し俺たちの身体は元の姿を取り戻す。

 そうして身体を起こすと、ようやく今黒死牟がどのような戦いを繰り広げているか見ることが出来た。

 

 黒死牟との戦い始めの頃に比べ、岩柱風柱の動きが格段に上がっている。

 ユリは玄弥をこちらに手招いていた。

 そうしている間にも黒死牟の攻撃が見えない何かに弾かれ、柱や狛治の一刀一撃が確実に黒死牟の余裕を奪っていく。霞柱も戦線復帰した。

「俺──」

 自分もあの戦いに参加した方がいいのか。

 刀は手元にないが……迷っていると。

「やめておきなさい。もう後は見守るだけでいいわ」

 ユリがこちらを見ずに言った。

「玄弥も、一度鬼喰いをしていない状態に戻したのだからこの場はひとまず見守っていなさい」

 黒死牟の欠片を再び口にしようとしていた玄弥の方も見ずに続けて言う。

「痣が出ると長く生きられないんですって。知っていた?」

 独り言のようにユリが言ったが、俺に声をかけているのだろうと判断し返事をする。

「いえ」

 痣が出ると強くなれると聞いていたから。鬼殺隊では痣者になることを推奨していると耳にしたような。

「柱稽古の時にね。少しずつ少しずつ負荷を上げていったの。無理をしていると身体が気付かないようにゆっくりとね。彼らの動きはとっくに痣者と同等のものとなっているでしょう。でも痣は出ていない。だから早死にすることもない。

 ──まぁ、たとえ痣が出てしまっても後で出ていない状態に戻せばいいのだけれどね」

 口元に指先を添えて小さく笑っている。

 明らかに理解の範疇を超えており、改めてこのユリが底知れぬ存在なのだと思い知った。

 

 

●34

 

 玄弥が、風柱の応援ばかりしている……。

「兄貴!!! 頑張れー!!!」

「無一郎くん! 頑張ってー! 狛治もー!」

 先ほどまでの絶望的な戦いから一転、見守っていろという言葉を間に受けた玄弥が風柱を応援しはじめた。ユリも玄弥を参考に緩めの声かけを行なっている。

 玄弥が実の兄を応援したくなる気持ちはわかるが。お前は岩柱だろう! では誰が風柱を応援するのかとは思ったが。玄弥が2人共応援してやればいい。

 なぜか玄弥は、その後も必死に風柱の応援だけを続けていた。

 お前は一体誰の継子なんだ!?

 もやもやした気持ちでいると、ユリがまた見透かしたような視線を向けてくる。

 この人は俺の過去を知っているから、だからそんな目で……昔、俺は岩柱と暮らしていたことがある。まだ彼も俺も鬼殺隊とは無縁だった頃。彼との生活は俺の裏切りによって終わったんだ。

 今更俺が応援したところで、彼が喜んでくれるわけが──。

「行冥さん!! 頑張ってください!!」

 すぅと息を吸い込んで大声で叫ぶ。

 玄弥は驚いた顔でこちらを見ていた。

 なんだよ。何か文句があるのかと視線を返す。

「あっ!? 兄貴!!!」

 風柱と岩柱はユリの回復術式を受けていない。だからほんの一瞬だけ黒死牟からの攻撃に風柱の反応が遅れた。

 風柱の背後に迫る黒死牟の剣撃を防いだのは──。

 

 風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹

 

 背中合わせに風柱の近くに現れた隊士が日輪刀を構え風の型を繰り出した。

「悪いな! つい気になって!」

 その声を聞いた風柱は、ほんの一瞬目を見開いて何か言いたげにしたが口を噤む。

「戦い方はしばらく見させてもらった! 邪魔にならないように動くから!」

「あぁ、足を引っ張るなよなァ!」

 黒死牟に立ち向かおうとする隊士が1人増えた。

 ユリの様子を窺うと特に慌てた様子もなく、余裕を感じさせる表情だ。

「彼は?」

「別の世界からこの世界の無惨退治を助けに来てくれた人たちがいるの。彼は粂野匡近という名前の人物だけれど、あなたは面識がないのね」

「……は、はぁ」

「この戦いを見守っているのは彼だけじゃないから。なんとも心強いじゃない」

 ふふと心底愉快そうに笑ってみせる。

 恐ろしい。仮に鬼になっていたとして、彼女を前にして勝てる気がしない。

 

 ○ ○ ○

 

 縁壱の言葉を思い出しながら、3人の柱と猗窩座だった者と戦っていた。

 狛治と呼ばれていたその男の技には見覚えがある。

 鬼だった頃に比べて格段に闘気が練り上げられていた。一体何がそこまで変化を促したのか。

 

 風柱の背後を狙った攻撃が、新たに現れた隊士によって防がれる。

 

 ──あの女がこの場に現れてから、ありえないことばかり起こるようになった。

 あの御方はそこまでの脅威にはならないと判断されていたが、それすら謀り事のひとつだったのだろう。

 この命をかけて、お役に立たなければ!

 

 私はこの戦いにおける優先順位を変えることにした。このまま柱たちを相手に戦っていても、こちらが削りきられてしまう。

 ならばと女を狙って刀を振るった。

 

 女を後ろ手に庇い身構えた2人すら傷付けることも叶わず、見えない何かに剣撃が防がれる。

「あら、流石は上弦の壱。

 このままだと一方的に決着がついてしまうことに気が付いた?」

 2人の隊士を後ろに下がらせ、はっきりとした口調でこちらに声をかけてきた。肝の座った女だ。

「無惨様のために少しでも情報を残したいでしょう」

 この女も柱としてこの場にいたはず。だとしたら先ほどの光の呼吸というものでこちらを攻撃する術があるのかもしれない。見聞きしたことのない呼吸だ。

「でもね。戦う役割を担うのは私ではないの。あなたはそのまわりにいる5人を無視して私を相手に戦うことが出来ると思う?」

 岩柱の武器に風柱の刀がぶつかり、それぞれが赫く色を変える。

 頭部を鉄球が押し潰す。私は必死に抗った。

 刀を使った攻撃が届かないのであれば、直接頸をへし折り息の根を止めてやれば──。

「攻撃の手を緩めるな!! 畳み掛けろ!!」

「上等だ!! 消えてなくなるまで刻んでやらァァァ!!!」

 まともに近づくことすら出来ない。

「そろそろ頃合いね」

 女は虚空へと手を伸ばし、誰かを呼んだ。

 

 血鬼術 暗中八陣

 

 ざわざわと耳元で囁くような声が、あの御方の声を聞こえなくさせる。全身を硬らせ寒気のようなものを感じさせるのは術の効果か。まるで1人暗闇に取り残されたような不安が心を蝕む。

 

 女の前に立ち塞がり、私に向かって刀を構えたのは先ほど胴を斬り落とされ生命を終えるはずだった私の末裔──そして、その刀身に映ったのは私。悍ましい姿をした化け物だった。

「巌勝、その姿があなたがなりたかったものなの?」

 女の声が頭に響く。

 女が在りし日の母の姿に、生涯添い遂げようと誓い合った妻の姿に重なって見えた。

 誰の顔も思い出せなかった私が。

 

 あぁ、何も。

 

 私は何も手に入れることが出来なかった……。

 

 ○ ○ ○

 

 風の呼吸──再び技を繰り出そうとした俺の肩を掴んだ奴がいた。

「邪魔すんなァァァ!!」

「戦況をよく見ろ! もう終わってるんだよ馬鹿息子!」

 頭部を強打される。

 言われた通り確かに上弦の壱だったものは身体が瓦解し、

「やれやれまったく。格好良く登場してやろうと思っていたのに。なんだかんだでお前達だけで上手くやれたじゃねぇか」

「親父!?」

「兄貴!」

 玄弥が駆け寄ってきて俺の身体を支えた。

「あぁ? 俺はお前たちの親父ってわけじゃないぜ。この世界の俺はとっくに死んでる。だから俺がここに来られるんだろ? ユリさんよ。こいつらにちゃっちゃと説明してやってくれ」

 面倒臭そうにユリに声をかけている。その言動もどこか人を馬鹿にした態度も生きていた頃の親父そのものだった。

 声をかけられたユリはユリで忙しそうにしていて、今は10歳ぐらいの子供にまとわりつかれており。

「かーちゃ! また会えて嬉しい! オレ役に立った?」

 よしよしと頭を撫でられて嬉しそうだ。あの子供はついさっきまで大人ほどの体躯になっていたようだったが。

「あれは鬼だ。お前たちにだって協力している鬼がいるだろう?」

 言われて妙に納得する。

「さぁ、間もなくここも崩れるぞ。次に狙うは大将首! お前ら全力で挑むんだな」

 にぃと笑ってみせ。

「なんでそんなことわかるんだよ」

「そりゃあ色んなところを見てきてここにいるからだよ。霊体ってのは楽なもんだな。思っただけでどこにでも行けるんだから」

 そう言い終えたところで、無限城が揺れはじめる。

 

 

●35

 

 倒すべき相手、鬼舞辻無惨を相手にしても俺の心は穏やかだった。違う場所で皆も戦っている。俺の責務は無惨をこの場に足止めすることだ。

 仮に鬼舞辻無惨ともっと早くに遭遇していたら、俺はこんな風に相対できただろうか──。

 そんなことを頭の片隅で考える余裕を残したまま。無惨の首を掴んで、元いた場所目掛けて投げ落とす。

「──しつこい」

 瓦礫の山から起き上がりなから無惨は言った。

「お前たちは本当にしつこい。飽き飽きする。心底うんざりだ」

 お前たちというのは、俺たち鬼殺隊のことを指しているのたろう。会話をしたくなったのか、続く言葉がありそうなので待ってみる。

「口を開けば親の仇、子の仇、兄弟の仇と馬鹿の一つ覚えのように──お前たちは生き残ったのだから、それで充分だろう。身内が殺されたから何だというのか。自分は幸運だったと元の生活を続ければ済むというのに」

「……」

「私に殺されることは、大災にあったのと同じだと思えば──」

「いや、君は人であったものだしあくまで鬼だろう? 大災とまで扱われたいとは随分な自信家だな。

 それに雨や風、山の噴火や大地の揺れで命が失われたとしても失わずにすむ方法があるのではないかと考え行動する者は必ずいる」

「この異常者が。やはり鬼狩りは異常者の集まりだ」

 思わず笑ってしまった。

「何をもってして異常とするのか、君の考えは我々とはだいぶ異なるものらしい。

 命の儚さを、慈しむ心も理解できないのは、やはり鬼だからなのだろうな。

 ──しかし、これでもう安心だ!」

「?」

 鬼舞辻無惨は心底うんざりした様子でこちらを見ている。

「我々を異常とまで言ってしまうことが出来る相手なら。心置きなく、全力で刃を振るうことが出来るというもの!」

「お前1人で何が出来る!!!」

 鬼舞辻無惨は無限城にいる鬼狩り達は、全員もう死んだと言ってきた。

「──そうか」

 ユリが言っていた通り。

「ならば、また舞台が変わるな。

 本当に1人になったのは、さてどちらだろうか?」

 無限城が揺れ始める。

 ゆっくりと崩壊する足場に注意しながら、鬼舞辻無惨を逃すまいと更に追い討ちをかけた。

 

 ○ ○ ○

 

 見渡す限り瓦礫の山、場所によっては一軒家を余裕で覆うほどの瓦礫が積み重なっている。

 広い範囲でその状態になっているようで、杏寿郎が戦っている場所までだいぶ距離があるようだった。

 転移してしまおうかとも思ったが、人数が多くなればそれだけこの世界の法則を歪めることになってしまう。柱たちが駆け付けるぐらいの時間を惜しむ時ではないと判断し、私は狛治に抱き上げられながら運ばれつつ杏寿郎のいる場所まで皆を案内していた。

 ヒカルが運んでくれると言ってくれたが、力を使って大人の姿になるほどではないと嗜めたから少し不機嫌そうだ。

 そして移動中、不死川兄弟がずっと言い合いをしている。

「なーにやってんだよ。塔が崩れたってことは、いよいよ次の段階になったんだろ?」

 天元が合流してきた。

 無限城と呼ばれるものを塔のようにして、遠目からでも戦況をわかるようにすると言っておいたから駆けつけてくれたようだ。

「そうね。それならもっと具体的にやっていいことと、いけないことを整理しましょう」

 実弥はずっと玄弥の言うことをひとつも聞き入れてはいなかったから。

「玄弥は一緒に戦いたいのよね? その意見はきいてもいいでしょう。ただし──」

 玄弥がユリに視線を向ける。

「鬼を口にするのはもうやめておきなさい。これから先無惨の一部を口にしていったら意識すら乗っ取られかねないわ」

「でも──」

「ユリの言う通りだ。ついでにこれから先は光柱と行動しろォ」

 実弥は玄弥に背を向けて走りながらそう言った。その様子に玄弥も諦めがついたようだ。

「まぁいいでしょう。ただし私たちと一緒に行動するということは、かなり最前線に立つことになるのだから気を抜かずにね」

「はい!」

 あとは……。

「これを身体に貼っていきましょう。今頃私たちが死んでいると思い込んで相手も油断して──」

 愈史郎から預かっていた札を再び渡そうとしていると。

「ユリ!!!」

 こちらに走って近付いてくる煉獄杏寿郎の姿が。この世界の人々は足を止めると同時に一斉に警戒した。

「どういうことだ?」

 彼らの認識では杏寿郎は鬼舞辻無惨の足止めをしていることになっている。今ここで合流するわけがない。

「待って!

 大丈夫。その杏寿郎も違う世界から来ただけだわ」

「ふむ。先ほど聞いた話しでは、同一の存在は同じ世界にいられないのではなかったか?」

「それは──」

 私の杏寿郎は監視者としてこの世界に認識されている。だからこの別の世界の杏寿郎が同一のものと認識されなかったのだろう。

 しかし、その理由をどうやって皆に伝えたらいいのか……。

「狛治」

 はいと短くこたえておろしてくれた。杏寿郎は嬉しそうに近付いてきてくれる。

「まったく──あなたまでこちらの世界に来てしまうなんて」

 私が差し出した手に自分の手を重ねるようにして、彼は私の手のひらを自身の頬に触れさせて微笑む。

 

 どちらにせよ杏寿郎同士を会わせない方が良いだろうと私は思っていた。




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