【完結】旅する物語 白百合異聞   作:masuda028

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【鬼滅の刃/煉獄杏寿郎】
無限列車編のその先に。

※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。


37仕舞い編36〜40

●36

 

『おい。其処な娘』

 呼ばれたような気がして振り返ったけど、誰もいなかった。先ほど助けた隊士たちにねちねちと言葉をかける小芭内さんに視線を戻す。

 無限城内でさっきユリさんから渡されたものと同じお札を首につけた鎹鴉たちが戦況を教えてくれる。

 みんな無事で上弦の鬼を退治することが出来て良かった。嬉し涙が出そうになるのをぐっとこらえて、小芭内さんに声をかけようとすると。

『蜜璃よ。いま脳内に直接語りかけておる。

 お主に上弦の鬼の頸を斬る名誉を与えよう──』

「小芭内さん! 上弦の鬼の頸が斬れるって!」

「!?」

 何を言ってるんだ的な視線が返ってきた。ねちねち言われていた隊士たちも驚いている。

 

「──つまり、蜜璃の脳内に直接語りかけてきた者がいると?」

 罠ではないのか? と、羽織の袖で口元を隠して小芭内さんは言う。確かにそう言われてみると罠かもしれないと思えてきた。

 私、騙させるところだったのかしら!?

「蜜璃に語りかけた不埒者! 近くにいるなら姿を表せ!」

 特に反応はない。小芭内さんの顔が赤くなった。赤面の小芭内さん! 可愛いわ!

「……気のせいだったのかもしれないな。俺たちは俺たちで鎹鴉の案内で奥を目指そう」

 返事を返そうとしたところで、目の前に突然炎が広がった。目を閉じて開くと私を庇うように立つ小芭内さんの背中が。そしてその先には──。

『これで良いか? 人の子よ』

 赤い高級そうな古風な服を身に纏った神々しい雰囲気の男性が現れた。

『まったく。折角蜜璃に手柄をと思って声をかけたというのに』

「えっ!? えっ!? そうだったの!?」

「お前は何者だ!」

『余は赤龍、ユリと契約しておってな。この戦いに協力しておる』

「ユリさんと?」

「証拠は?」

 ふんと鼻を鳴らすと持っていた扇を一振り、ユリさんと狛治さんが現れ。

「赤龍。どうしたの?」

『ユリと縁があることを証明しろというのでな。そもそも敵対するつもりなら、こうして姿を顕す必要もないのだが』

 赤龍さんは扇で口元を隠しつつ渋い顔をしていた。

「ユリ、この者はなんだ!? 先ほどから偉そうに」

「赤龍は……うーん。一応神様ってことになっているわ。偉そうにしているのは癖みたいなものね」

『ユリ!!』

 心外と赤龍さんの顔に書いてあるような表情をしている。確かに偉そうではあるけど、表情豊かで可愛いわ!

「鳴女との決着を2人にお願いしようとしていたのよね。いいと思う。私からもお願いしたいわ」

「鳴女というのは?」

「上弦の鬼よ。この無限城の制御をしていて、その鬼とは今愈史郎が相手をしてくれている。もうすぐ他の上弦との戦いの決着がつくから無限城を壊し終えた後にお願い」

「小芭内さん!」

 やりましょうと目で訴えた。小芭内さんは小さく頷いてくれて。

「……そういうことなら」

「2人とも先ほど渡した札はまだ持っている? それを身体に貼って接近するといいわ」

 

 ○ ○ ○

 

 ユリからは極力手の内は見せずにいろと言われていた。そうすることで最後の最後に鬼舞辻無惨を追い込みやすいからと言うのだが──。

 無限城の瓦礫はどうやら市街地まで広がってしまっていたようで、遠くにまだ人の声も聞こえてくる。

 完全に退避が終わっていないようなら、更に鬼舞辻無惨の動きを制限する必要があった。

 

 無限城が大破して早々に伊黒夫婦が駆け付け、それと同時に鬼舞辻無惨の背中から鋭い鞭のように伸縮する触手が生える。どうやら多人数を相手にするような能力に目覚めたようだ。

 背中合わせに3人で刀を構える。

「煉獄さん! ご無事で良かった!」

「あぁ、2人も無事で良かった!!」

「──あれが鬼舞辻無惨か。

 先ほど見た時よりも、より人外な姿になりつつあるな」

 手には鋭い爪が生え、身体のいたるところに牙の見える口があり、そして背中からは伸縮する鞭であり刃物にもなる触手が生えているのだから人外と言いたくなるのも納得だ。

「しかも攻撃が鋭いだけではない。死角を狙って攻撃してくるし、その攻撃には毒のようなものが──」

「私に傷をつけられた者は終わる。私は攻撃に私自身の血を混ぜている。鬼にはしない。大量の血は猛毒と同じ、細胞を破壊して死に至らしめる」

 丁寧に鬼舞辻無惨が話して聞かせてくれた。

 俺はユリが残してくれた癒しの力がまだ身体に残っている。傷を負っても鬼舞辻無惨の血液が身体に入ってもそれほど問題はないようだが。

「俺が前に出る。2人は後方からの支援を頼みたい。ユリが来ればまた戦況が変わる。今はなるべく温存してほしい」

「──わかった」

 2人とも何か言いた気にしていたが、了承してくれた。

 

 

●37

 

 私の方が優れている。

 鬼狩りなど、所詮人の中で多少強いだけで私の足元にも及ばないとそう思っていた。

 

「勝つための方法ですか?」

 背広姿の例の男がまだ出入りしている頃に、戯れに会話をした内容が不意に脳裏に浮かぶ。

「なかなか難しい質問ですねぇ。何をもってして勝利したとするのか。それ次第ですよ」

 悠長に紅茶を注いでカップを手にすると、顔の下で動かしている。

「あぁ、いい香りだ。

 私はあなたのようなヴィランを好ましく思っていますがね。自分の性質を理解し、分析して取るべき行動を考えてみては?」

 どこか見下すような物言いに苛立つ。

「おや、何か気に触ることを言ってしまったでしょうか? 我々の言葉は受け手に対して、最もわかりやすい言葉に自動で置き換わっているものでして。微妙にニュアンスがずれてしまっていることもあるようなのです」

 私がこの男を上に見ているとでも言いたいのだろうか?

「そうですねぇ。たとえば毒をひとつ使うにしても、相手に強力なものだと伝えた方が効果がある場合があります」

 

 戦闘中いくら傷付けても、毒のまわる気配がない。

 この相手には伝えるだけ無駄だというのか。

 

 鳴女が倒したはずの男女の柱が真っ先にこの場に駆け付けてきた。

 

『本当に1人になったのは、さてどちらだろうか?』

 目の前で炎の技を使うこの男が、先ほど私に言った言葉だ。無限城が大破した今、鳴女も無事ではあるまい。

 

「何事も見極めることですよ。この物語において、あなたのやるべき事は決まっていて結末すら決められているかもしれない。しかし、この物語には学園の魔女が関与しているのですから──あなたの理想を叶えることも出来るわけです」

 上手くやればですがねと、カップに口をつけて紅茶を飲みほす。

「あなたはこうして私と会話をする機会を作っても、なかなか本心を口にしようとされませんね。用心深いことは良いことですが──」

 

 姿を消したまま私に攻撃をしてくる者たちがいた。

 広範囲の攻撃を仕掛けると姿を消す効果をもたらしていたものを破壊できたようで姿が現れる。

 その中に耳飾りの竈門炭治郎の姿もあった。

 

「あなたが今後特に注意すべきことをひとつ教えておきましょう」

 飲みきったカップに紅茶を注ぎながら、

「特異点を探すことです。本来、学園の魔女は物語に変化を促すことはあっても積極的に関わろうとはしません。

 関わってしまったら、それこそ私たちが物語を喰ってしまう。主題も容易に変えてしまいますから。

 彼女たちも私たちもあくまで観客に近い存在でいることが正しい」

 違和感を感じる。

「えぇ、おかしな話もあるものです。

 正しいとされていることから、あえて真逆のことをしているわけですから」

 

 何度も何度も人であればとっくに死んでいる攻撃を受けてもその男は立ち上がってきた。淡い光を身に纏って。

 遠くへ投げ飛ばしても、わずかな間に駆け戻ってくる。

 同時に自分の身体が弱体化していくことに気付く。この場にはいないはずの珠世の姿が見え、声が聞こえていた。

 

 戦いが長引けば長引くほど不利になるのならと、一旦攻撃を諦め脚の筋力を高めて全員が攻撃をしかけてくる前に跳躍する。

 

 それでもあの男は追ってきた。

 竈門炭治郎が足場になり、奴の腕力とこの男の脚力で追いつき──頸を掴まれて私の身体を下敷きにするように着地する。

 

 ○ ○ ○

 

 それはほんの一瞬の出来事だった。

 

 飛来してきたものが着地し土煙が舞う。

 それらが鬼舞辻無惨と追いかけてきた杏寿郎だということはすぐにわかったから、違う世界の杏寿郎には私の後ろに控えているように声をかけた。

 しかし彼は鬼舞辻無惨を警戒して、私を庇うように前に立って土煙の向こうを凝視している。

 

 土煙がはれて杏寿郎の姿が見えた。

 私が声をかけるよりも前に、違う世界の杏寿郎が彼に向かって。

「あれがこの世界の俺?」

 信じられないといった様子で。

 鬼舞辻無惨を無慈悲に追い詰める姿が、

「──まるで化け物のようだ」

 唖然とした様子で口にする。

「なんてことを言うの!」

 場が凍りつく。

 杏寿郎にもその声が聞こえてしまったようで、無表情のままこちらに視線を向けてくる。

 その表情が姿がとてもかなしそうで、私は杏寿郎を抱きしめようと転移を──。

 

 杏寿郎の足下に倒れていた鬼舞辻無惨が、彼の隙に気付いて頭部へ、次に胸部を腕で貫いた。

 狛治が鬼にされた時の様子が思い出される。

 

 違う世界の自分とはいえ、杏寿郎は杏寿郎だ。

 自分自身に否定され、私は彼の側にいなかった。

「杏寿郎ーーー!!!」

 駆け寄ろうと転移しようとする私の身体が、不自然に攻撃を受けた杏寿郎へ強く引っ張られ小さく悲鳴を上げる。

 異常に気付いた狛治を筆頭に、周囲にいたみんなが私の身体を引きとどめてくれた。

 

 結果、私の身体はみんなのもとに残り監視者の力は杏寿郎の元に戻ってしまう。

「かーちゃ!」

 元の姿のままでは吸収されてしまっていたかもしれない。私は咄嗟に自身の身体を幼くさせることで認識を歪め、吸収されるのを逃れた。

 この姿は学園で彼と出逢った頃と同じぐらいだろうか。

「煉獄がやられたと、そんな単純な話じゃないみたいだな──」

 鬼舞辻無惨が貫いた手を引き抜くと、支えを失って膝をつく。傷付いた個所は瞬時に回復し。

 

 そして杏寿郎が閉じていた目をゆっくりと開くと──その双眸は鬼のものに変化していた。

 

 

●38

 

 泣いてる。

 

 2人が泣いてる──。

 

 慌てて飛び起きた。いつの間にか寝てしまっていたらしい。不甲斐ない。

 自分の身体には布団がかけられていて、別世界から来たという母上がかけてくれたものだということはすぐにわかった。

 椋寿郎とルリ、母上に抱かれてはいるけれどいつもよりも激しく泣き続けている。

「すみません! 2人を任せてしまって!」

 布団を軽く畳んで3人に駆け寄った。

「良いのですよ。少しでも眠れる時に寝ておいた方が、いざという時に頭も動くでしょう──」

 泣いている2人の様子を窺う。

 この母上に抱かれていることが嫌になったと、そういうことでもないだろうし……椋寿郎を受け取って俺が抱いてあやしても泣き続けている。

「お腹がへったというわけでも、濡れていることが不快なわけでもないようなのです」

 理由がなければ、2人はこんなにも泣き続けない。

 もしかして兄上と姉上の身に、何か起きたのではないかと心配してしまう。

「兄上、姉上──」

 早くこの夜が明けてほしい。

 

 椋寿郎もルリも待っていますよ。

 当然俺もです。

 

 こんなにも一夜が長いと感じたことは初めてだった。

 

 ○ ○ ○

 

 この世を見守る神なんて、いないか余程の性悪だと思っていた。

「それともこれは、祭りを司る神だなんて言った俺への罰なのかねぇ」

 まったくもって笑えない。

 

「なんで──」

 駆け付けてきた炭治郎が顔を歪めて言った。同時にこの場に駆け付けた善逸も伊之助もカナヲも伊黒夫婦も信じられないと表情を凍り付かせる。

「カァー!! 炎柱鬼化!! 炎柱鬼化!!」

 頭上を飛ぶ鎹鴉が何度も同じ言葉を繰り返す。

 何度も言うなよそんなこと! わかってんだよ!

 瞬間、空気が揺らいだ。

 全身の毛が逆立つほどの殺気。

 煉獄が動くと同時に動いたのは狛治だった。

「やめなさい!!」

 俺たちが背後に庇っているユリが言う。

「嫌です!!!」

 煉獄は先ほど刀を落とし、無手で向かってきた。向かい合わせで両手を組み合わせ、骨の軋む音、狛治の両足が地面に少しずつ沈もうとしている。

「鬼になるな杏寿郎!! 俺に言った言葉を思い出せ!!!」

 狛治が声をかけるが、状況は変わらない。

 悲しそうな悔しそうな表情をして、狛治が絞り出すように言う。

「時間を稼ぎます──一度、距離を取って。どうか、ユリを守っ」

 狛治の手の骨が砕ける音が響いた。

「不死川!」

 悲鳴嶼さんが俺に目配せをしてから武器を構え、実弥を呼ぶ。

「竈門少年! 一大事だ! 鬼舞辻無惨は俺たちで抑えるぞ」

 別世界から来た煉獄が、鬼舞辻無惨の動向も気にして声を上げた。

「えっ!? えぇっ!? なんで煉獄さんが──」

 驚いてはいたが、鼻を動かすとはい! と短く返事をして鬼舞辻無惨に向かい刀を構える。

「残りは俺に着いてこい!!」

 ユリを抱き上げて大声で言い地面を蹴った。

「やめなさい。早くしないと手遅れになる──」

 俺に言い聞かせるようにユリは言う。

「嫌だね。

 一体何が手遅れになるって言うんだよ」

「今、杏寿郎はふたつの支配を受けている。

 彼が私を取り込めば、鬼舞辻無惨の支配からは逃れられるわ。

 私を守ろうとすればするほど杏寿郎は障害として認識し、あなた達を排除しようとするでしょう」

 だからやめなさいとユリは言葉を続ける。

 一気に距離を取った。もう向こうの姿も視認することが出来ない距離だ。気休めだろうが。これ以上離れたら狛治が意識を失っちまう。

 はぁーと深くため息をついて、俺は覚悟を決めた。

「ユリ、俺はな。

 お前を愛している」

 突然の告白はハッキリと、腕の中にいるユリを見据えて言う。

「はあああ!? 突然何言い出してやがるんですか!! この非常に!!」

 善逸が真っ先に反応し。

「うるさい!! お前は黙ってろ!!

 愛情ってのも色々あんだよ。手元に置いて幸せにしてやりたい。手の届かないところにいても幸せでいてほしい。そういう種類がな」

 俺をいつも支えてくれるあいつらのことは当然前者、ユリに対しては後者のつもりだ。

 煉獄の隣で、不器用ながらも幸せそうにしている姿を見守ってやりたいと思っていた。

 墓場まで持っていくつもりの気持ち。ユリは当然知っていたことだろう。

 ──しかし、俺のこの想いは今この場で言葉にすることで意味を成す。

「煉獄もお前を愛している。

 お前を犠牲にして、自我を取り戻して、それであいつが喜ぶと、本気で思ってんのか?

 俺も煉獄も、好いた女を傷付けて喜ぶような男じゃねーんだよ!!」

 ユリにとって、俺は子供か赤ん坊か対等になんて微塵も思われていないことは理解している。

 けどな。お前と出会った頃の姿をした俺自身が納得できないと泣いて訴えているんだよ! 大人の目を醒ますことを子供だってしてみせることが出来るなら、俺にだってきっと出来るはずだ!

「犠牲が少ない。効率が良い。色々考えた末に言っていることだと俺だってわかってる。

 でもなぁ、出来るわけないってわかってくれよ……」

「宇髄の気持ちはよくわかった。

 俺たちも同じ気持ちだ」

 伊黒が言う。甘露寺も、今は伊黒だったか。こくこくと隣で何度も頷く。

「ユリ、杏寿郎は俺に話して聞かせてくれたことがある。以前、お前と杏寿郎で月と太陽ようだと話したことがあるな?

 杏寿郎は月としてお前を表現することも悪くないと言っていたが、一番相応しいのは大空だと言っていた」

 甘露寺が両手で口元を覆い、きらきらと目を輝かせる。

「──空がなければ、太陽は昇らないぞ」

「どんなに不利な戦いになっても構わない。

 わかっていることは全部話せ! 俺が譜面を作る」

「あの──私、人化の薬を預かってます」

 カナヲが声を上げた。

 さぁ、どうする? 誰も犠牲を望んじゃいないぜ?

 

 ユリが困ったように眉をひそめて俯いた。

 

 

●39

 

 夜、ユリが2人を寝かしつけている間。

 炎柱の手記に目を通している。

 自分の中にある故人たちの記憶がある状態で、書かれている内容を読む事により理解力が格段に上がるのではないかと思ったのだが。

 

 ずっとざわざわざわざわと声がしていた。

 その声が自分の内側から聞こえていると気付いた時は、寒気すら感じ。一人でいる時は、特にその声が大きくなる。

 

 地の底から響くような男の声にも女の声にも聞こえるその声は、俺が取り込んだ監視者の力の影響で。

 ただの手駒としてこの世界のために行動しろと、刷り込むように洗脳のように俺の精神を蝕もうとしていた。

 

「杏寿郎」

 俺の名を口にしながら、猫のようにユリが膝の上にのってくる。

「もう2人は寝たか」

「えぇ、ぐっすりよ」

 じーと俺の顔を覗き込み。心配そうな表情で。

「監視者としての力は、あなたにとって負担になっているでしょう。私がずっと預かってしまった方がいいのではないかと思うのだけれど──」

「この世界の監視者は俺なのだから、責務は全うしないといけない」

 母から託されたようなものだ。世界を監視して秩序と安寧を維持しなければ……ユリという存在を黙認するのは理に逆らうことになってしまうが。

 それでも彼女は俺の妻で愛する人だ。その力もこの世界を滅ぼすために使われることはないわけだし──。

 微笑み彼女の腰に腕を回して抱き締め。

「!?」

 ユリは抱きしめられるつもりはなかったとばかりに身体を強張らせるが逃がさないし、逃がすつもりもなかった。

 不思議とユリがいるとその声も気にならなくなった──もっと気にならなくなる方法もわかってはいるのだが。

 俺は彼女の頬に片手を添えて、唇を重ね。

 

 

【暗転】

 

 

 ユリが近くに来てくれれば、何も問題はなかった。

 

 俺たちは夫婦なのだし、お互い近くにいることは当然のことだったし。

 少しずつ慣らしていったから、別行動することもさほど難しいことではなくなっていた。

 

 声が聞こえ、身体が不調を訴えるような時はわずかな時間耐えていればすぐ楽になる。

 楽になったと思った瞬間にはもう彼女が俺の顔を覗き込み、寄り添ってくれていたから。

 

 俺は煉獄杏寿郎。

 

 鬼舞辻無惨と1人で戦っていても何も不安はなかった。監視者の力はユリに預かってもらっている。

 

 この時だけはどうしても正々堂々自分の力で戦いたかった。彼女が力の使いすぎで消えてしまう心配もないのだから、自分にとっては都合の良いことだ。

 

 力と共に声も聞こえなくなっている。

 だからか普段よりも調子が良いように感じていた。

 

 

「煉獄さん!」

 鬼舞辻無惨が跳躍し逃げようとする。

 咄嗟に炭治郎が状況を判断し、刀をおさめて両手を身体の前で組んで見せた。

 その手を足場に追いかけろというのだろう。頷いて走りこむ勢いそのままで、炭治郎の両手を足場に跳躍し鬼舞辻無惨を追いかける。

 

 頸を押さえつけ、鬼舞辻無惨を下に敷くような形で着地した。

 

 鬼舞辻無惨は意識を失っている。

 近くにユリの気配を感じ。気配のした方に視線を向けると、何人か見覚えのない人物も同行していたが宇髄や狛治の姿が確認出来た。

 そうして、ユリの最も近い場所に彼女を庇うように立ってこちらを警戒するように見ている人物は。

 俺と同じ歴代炎柱が纏っていた羽織を身に付けていて。

 

 ざわざわざわざわと声が聞こえてきた。

 力と共にユリに預けているはずの声が。

 

 俺は煉獄杏寿郎のはずなのに。足先から自分がばらばらになるような感覚にひどく驚く。

 

 煉獄杏寿郎ならあそこにいるじゃないか。

 ユリを守るように立って、あの姿こそ自分自身だと誰かが囁いている。

 

 ざわざわざわざわと声がする。

 頭が割れるように痛い。

 思考がまとまらない。

 瞬きする度に視界が切り替わる。

 

 世界が俺に語りかけてくる。

 役割を全うしろと──。

 身体に力が勝手に流れ込んできた。

 

 後ろ手にユリを庇ったまま俺は言う。

『──まるで化け物のようだ』

 

 ざわざわざわざわと聞こえる声が一層強くなる。

 喜ぶような悲しむような嘲笑うかのような。

 

 ──どうして。

 

 塗り潰される。

 何もかもが。

 

 ○ ○ ○

 

「馬鹿ね。大馬鹿よ。

 楽な方に逃げてしまえばいいのに──」

「そういうのは粋じゃないんだよ」

 片腕で私の身体を抱き上げたまま、天元は私の額を軽く小突く。

「かーちゃ! 何か策があるならオレも手伝うから!」

「出来ることがあるなら、俺もやる」

 ヒカルに続いて無一郎くんも言葉をかけてくれた。

「無一郎くん!? いつもと雰囲気が違うけど何かあったの?」

「──さっき死にかけた時に、兄と話したんです」

「えっ、お兄さん?」

「はい。何年も前に亡くなっているんですが、ずっと俺のことを見守ってくれていたみたいで」

 小さく微笑みを浮かべ。

 その後、俺も俺もと声が上がった。

「あまり時間はないぞ悲鳴嶼さんと実弥、狛治、別世界から来た2人があの場に残ったが。

 鬼舞辻無惨も炭治郎と別世界から来た煉獄でいつまで相手が出来るか──」

 遠くで戦い合う音が聞こえる。

「……わかったわ」

 天元の頬に両手を添えて額同士つけて情報を流し込む。ほんの一瞬のことだ。

 額を離すとよしと声を上げて私を下に降ろした。

 そして顎を撫でながら思考をはじめたようだ。

「おい! ユリ! 今のはなんだ!? 何をしたんだ!」

「伊之助! ユリさんだろ! 何いきなり呼び捨てにしているんだ!」

 伊之助が善逸に止められながらも私に詰め寄ってくる。

「それになんでいきなり縮んでるんだ! 血鬼術か!」

 ヒカルが私を庇うように立ってくれたので、大丈夫よと声をかけ。

「興味があるのね。いいでしょう。でもその頭に被っているものをとってくれる?」

「おぉ」

 素直にかぶりものをとって近付いてくる。天元と共有したものと同じものを共有すべきではないかなと判断し、額同士を合わせると彼の幼い頃の記憶を引っ張り上げた。

 額を離すとぼろぼろと大粒の涙を流している。

「伊之助!? どうした!?」

「なんてことねぇ! 忘れてたことを思い出しただけだ!」

 善逸が心配そうな視線を私に向けたので、安心させるように微笑んでみせ。

 パンッ! と天元が両手を叩いた。

「よし! 譜面が出来たぜ、今から説明する。全員頭に叩き込んでくれ」

 ニッと笑ってみせたが、私はこの物語が高速に書き換わる感覚が不安でならなかった。

 

 

●40

 

「というわけで、だ。

 まずはあの煉獄とド派手に相撲勝負といこう」

 相撲ぅ? とその場にいたほぼ全員が声を上げる。

 

 ユリの見立てでは、さきほどの煉獄は監視者としての思考が前面に出ていてあの状態なのだと教えてくれた。あの場所に残った面々には狛治を通して、くれぐれも抜刀し刀を向けることがないように言ってあるらしい。敵と見做されたら庇護の対象ではなくなるからとユリは言うのだが。

 

 相撲勝負はあくまで気を引くための振りだ。

 正直、時間はあまりない。

 監視者に意識を完全にのまれたら煉獄は消えちまう。それに鬼舞辻無惨の支配を受けたままのまれた場合にはどうなるか予想もつかないという。

 

 ユリと共に少し離れたところで相撲勝負を見守っていた。

 相撲は煉獄も趣味のひとつとするぐらいは好きだと聞いていたし、この非常時でも煉獄は楽しんでいるような雰囲気を僅かに感じる。

 隣にいるユリは不安そうな視線を煉獄に向けながら、儚げな印象で佇んでおり。

「まるで幽霊か何かみたいだな」

 声をかけると、ちらりとこちらを見て。

「存在を薄めているの。だってこの距離で私がいたら彼は真っ先に私を殺しに来るから。

 相撲勝負ぐらいじゃ、今の杏寿郎に隙を作るなんて出来そうもないわね」

 すぐに視線をもとに戻す。

「当然、次の策だ」

 ユリの腰を抱いて顎を持ち上を向かせる。

「なによ」

「煉獄の気を引けばいいなら、手っ取り早いのはこれだろ」

「ヒェ」

 顔を近づけると、嫌がるように手を突っ張るが力比べて俺に敵うわけがなく。

 ユリが悲鳴を上げた。もうちょっと色気のある悲鳴を上げてもらいたいもんだが。気を引くには十分なものになったらしい。

 

 煉獄がこちらに気付いて急速に近付いてくる。どっちだ? どちらを敵として見做して向かってきている?

 接敵する直前でユリを突き飛ばした。

 

 煉獄は俺の方に飛び掛かってくる。

 よしよし、煉獄の意識はまだ少しは残っているらしい。寝技に持ち込んで動きを制限するが、常人なら意識を失うほど強く絞めてもまったく弱る気配がない。

 煉獄の手足を全員でおさえた。

「ユリ! 頼む!!!」

 仰向けに地面に倒れ押さえつけられている煉獄に近付いて、両手で頬に触れる。

「杏寿郎──」

 額を重ねるとユリの身体が光となって、煉獄に吸い込まれた。

「カナヲ!!!」

「はい!」

 人化の薬を煉獄に投薬し。

 

 ──さぁ、こっからが本番だ。

 

 雄叫びと共に身体を押さえつけていた全員が吹っ飛ばされる。

 監視者をどうにかするのはユリの役目、俺たちは薬が効くまでの間煉獄の相手をしなけりゃならない。

 つまりは今の煉獄は、ほぼ鬼舞辻無惨の支配を受けている状態だ。俺たちの稽古は鬼舞辻無惨と戦うためのものだったはずなのにな──。

 鬼としての再生力を使わせるために、ここからは日輪刀での攻撃を開始することになっている。

 

「俺たちが鬼と戦うために高めに高めた技だ。しっかり受けてくれよ!!!」

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 ──人の心は海のようだ。

 

 杏寿郎の精神世界に入り込むと、大量の水のような意識の奔流に押し流されそうになった。

 両手を掴まれて引き上げられる。

 引き上げられた瞬間に周囲の光景は一変した。

 どこか見知らぬ民家のようだが。

「ユリさん!」

 そこにしのぶと珠世が2人揃っていた。

 3人で座っている状態で顔を見合わせる。

 正確には人化の薬にも彼女らの想いが入っていて、その想いがこうして姿となって私の目の前に現れたのだが。

「大変なことになってしまいましたね。私たちが出来ることはこの身体の鬼化を食い止めるぐらいしか出来ませんが」

 杏寿郎の精神世界で鬼が増えれば増えるほど、鬼舞辻無惨に意識を奪われかねない。そうなるとしのぶと珠世はこの精神世界で鬼退治をする役割があるようだ。

「それで十分よ」

「どこから鬼がくるともわかりませんし、ユリさんと行動を共にしようと話していたんです。

 ここは外の世界とは違って好き勝手に出来ますし」

 しのぶが悪戯っぽく微笑んで、片膝をついて日輪刀を鞘から抜いて構える。しまう動作も早かった。肉体がなく精神のみで戦うこの世界なら以前のように戦えるわけだ。

「鬼にとってもあなたを捕らえて亡き者にしようとする者はいるでしょうから。私も力になります」

 珠世も爪を伸ばしてみせる。それで戦うつもりらしい。

 2人のやる気はしっかり伝わってきた。ありがたい。

「鬼たちも杏寿郎の精神の核を狙うでしょう。今一番取り込もうとしているのは監視者の方、次に狙っているのは鬼たちだから」

「では鬼を倒しながら進むことになりますね」

「えぇ」

「ふふ、研究室以外でこの3人で行動することになるなんて」

 しのぶが微笑みながら言う。

「あら、私を研究だけの女とは思わないでくださいね」

 珠世も柔らかく微笑み立ち上がる。

「行きましょう。少しでも早く。手遅れになる前に」

 しのぶも立ち上がり、再び手を引いてくれた。




ここまでご覧いただきありがとうございました。

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