無限列車編のその先に。
※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●41
「起きて! 起きてー!!」
声と共にぺむぺむと音がする。
「起きてというのもおかしな話じゃない?
私たちはいま寝ているのに」
「そうだけど。実際ここで寝ている叔父上を起こすには起きてというしかないじゃないか」
「いつまで扉を開いていられるかもわからないのだし、叔父上は諦めましょう」
「うー」
「……」
「ならこれから叔父上の腹に俺が飛び乗る! それで起きなかったら……仕方ない」
「早くして!」
「せーの!」
掛け声と共に目を開くことが出来た。同時に上体を起こすと、
「「うわーーー!!!」」
お互い声を上げながら抱きつく。俺と同じ髪色をした五歳ぐらいの子供だ。俺が幼い頃に着ていた着物を身につけている。もう少し目を開くのが遅かったら、この子供が腹の上に落ちてきていただろう。
「君は、君たちは──」
少し離れたところにもう一人、姉上と似た雰囲気の子供もいる。
──初めて会った気はしなかった。
「もしかして、椋寿郎にルリなのか?」
2人ともにこりと歯を見せて笑う。
「早くひーから説明して、叔父上を連れて行くと言い出したのはあなたなんだから」
「叔父上あのね! 時間がないんだ! 父上母上を助けに行くの手伝って!」
彼らの言う父上母上というのは、当然兄上と姉上のことだろう。
「手伝うって、俺に何が出来るっていうんだい?」
炎の呼吸もろくに使えない自分が。
「そんなことないよ。叔父上はここがどこだかわかってないでしょ?
精神世界と夢の世界は繋がってるんだ」
「夢の世界なら、どんなことでも思うまま」
「想像力と誰かを想う気持ちが、そのまま力になるんだよ!
行こう! 今ならふーが父上の精神世界に繋がる道を作ってくれているから!」
ぴょんと膝の上から飛び降りて、俺に向かって手を差し出してくる。
この子たちが行くと言うのだから、放っておけるはずもない。自分に何が出来るのかまったく想像もつかないけれど──。
「一緒に行くことが、少しでも何かの助けになるなら」
椋寿郎がこくこくと頷いて、手を繋ぎ嬉しそうに笑った。
○ ○ ○
建物から出ると周囲の景色がまた一変する。
周囲の様子を窺っていた鬼をすかさず見つけ、しのぶが率先して倒しに行く。
蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ
もう1人、背後から現れた鬼も特に驚いた様子もなく彼女の影から現れた分身が退治していた。
「ここでの戦い方も慣れたものでしょう?」
得意げに微笑みながらしのぶが言う。
「でも私がいることで、余計な時間を要しているのでは?」
私に合わせて姿をとることが良いことなのか、判断を迷うところがあったが。
「鬼化している部分を取り除くだけとはいえ、こうして日輪刀を手に退治してまわる方が気持ちはのりますから。効果が高くなっている分、むしろ早くなっていると思いますよ。
また少し行ってきますね」
遠目で見かけた鬼を退治しに音もなく走り去る。
「それで、これからどのようにするつもりですか?」
珠世が周囲を気にしながら、私に小さく声をかけてきた。
「どうといっても、そのまま進むしかないと思っているわ。
監視者というものに関して以前話したことは覚えている?」
「あなたの魔力を使った万能の力を、なぜもっと使わないのかと聞いた時に教えてもらいましたね。
世界の秩序を守る者であると同時に、この世界の意思でもあると」
「そうよ」
「でもどうして?
なぜあなたの大事な人が、その監視者になってしまったのですか?」
「世界こそ最も物語をよく理解しているの。
私を排除しよう。もしくは取り込もうとするために、私にとってかけがえのないものを利用しようとすることは十分考えられたことだわ。
今までは彼の精神力、意志の力で洗脳されるようなことはなかったけれど……ずっと狙っていたのね」
やっぱり杏寿郎から離れなければ良かったと、ため息まじりに小さく呟く。
「無意識下とはいえ、杏寿郎もそんな簡単に自分を奪われたりはしないはずだから。私たちは監視者の作った時間稼ぎの迷宮を抜けて最深部を目指す。
鬼舞辻無惨も杏寿郎を取り込もうとしているだろうから、途中途中で鬼と戦うことになるでしょう」
珠世は心配するような表情で、
「時間をかけてもいいものなのですか?」
「なるべく最短距離でいきましょう。
私がここにいることで監視者としての支配は薄まっている。そして人化の薬がきいているとはいえ、鬼舞辻無惨に操られていたら外の皆が危ないわ」
「お待たせしました」
しのぶが帰ってきた。
「この場所はどこかの山奥なのかと思っていたのですが違うようですね。西洋風の建物が遠目ですが確認できましたし、植物もよく観察すると国内では生息しないものもあるようで」
「そうでしょう」
ふと笑ってみせる。
「私にはこの迷宮がどういう目的で作られているのかわかっているもの……ここは私と彼が初めて出逢った場所。さぁ何を見せてくれるのかしらね」
●42
私たちは杏寿郎の記憶の追体験をしている。
過去その場にいなかった存在は、人物とは認識されず触れたりすることも叶わない。私も過去の自分がその場にいるので2人と同じ扱いで。
ある意味、亡霊のようだと思っていると。
「これは──可愛いですね」
「えぇ、とても可愛いらしいです」
しのぶも珠世も出逢った頃の私たちを見ながら可愛い可愛いと何度も口にしている。
杏寿郎の方は木刀を手に素振りをしていて、私は少し離れたところで読書をしているわけだが。
「ちょっと! ここにいても特に進展がないようだから先に進みましょう!」
2人に声をかけてもこの場から離れようとしないので、次は腕を掴んで転移してしまおうかと思っていると。
素振りをしている杏寿郎が、時折読書をしている私に視線を向けていることに気付く。
あの頃は、杏寿郎自身にそこまで興味を持っていなくて彼に寂しい思いをさせていたのかもしれないなと思った。
「しのぶさん! こちらへ!」
「あら、どうしました?」
杏寿郎の近くにいた珠世がしのぶを手招いている。
「いま偶然、触れてしまったところ彼が考えていることがわかったんです」
えぇ? と半信半疑な様子でしのぶが杏寿郎に触れると。
「まぁこれは!」
2人はこちらに、にやにやとした微笑みを向けてくる。
「何か言いたいことがあるなら言えばいいじゃない」
「言っていいんですか?」
「私たちの口からお伝えするよりはねぇ?」
ちらちらと目配せをしてくるので。
私はため息をついてあの頃の杏寿郎に触れようとする。過去の杏寿郎が何を思っていたかまでは流石にわからないから。
触れようとした瞬間に視線が合って、吸い込まれるような感覚があった。
「──リ! ユリ!
大丈夫か?」
目を開くと杏寿郎に抱きかかえられ、顔を覗き込まれていて。
「?」
目を閉じて開いても状況は変わらない。
どうやら杏寿郎の記憶の中の私の中に入ってしまったようだ。うーむと渋い顔をしていると、
「どうした?」
杏寿郎が心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫よ」
「本当に? 君の心がいつもより見えづらいのだが」
目を細めながらそう言われてしまいぎくりとした。考えてみれば心をずっと読まれたままというのも、この頃では当然のことだったけれど。
学園を出てからは誰かの心を覗くことはあっても、自分の心を人に見せることなどしてこなかったから。
「少し体調が悪いのかもしれないわ」
そんな風に言うと。
「熱はないようだが──」
当たり前のように杏寿郎は額同士を合わせてくる。
ひぃ──。
この頃の私たちは、こんなに距離が近かっただろうか?
「む? 顔が赤いな。確かにそこまで顔を赤くする君を見るのもめずらしい。体調が悪い時は休むに限る」
抱きかかえたままそのまま立ち上がると、私たちの暮らす部屋に走り戻る。
椅子の上に私を座らせて、右に左に色々と準備をしてくれているけれど。
「やはり今まで休んでいたところで休んだ方が、疲れがとれるだろうか? 俺の暮らしに無理に合わせたせいで体調を崩したとすれば大変だ」
責任は俺にあると言いながら寝床をふたつ用意したようだ。
「さぁ、好きな方で休んでくれ」
にこりと笑って自信満々に言い放った。
いや、そんな。
前に私は睡眠も本来なら必要としない話しはしたはず。体調不良なんてものに私がなることもないのは、彼もわかっていると思うのだが。
甘い。甘いわ。この頃の彼はなんていうか本当に。
疑うことを知らない小動物のよう……。
「ありがとう」
お礼を言って目の前で薄着になると、杏寿郎は顔を赤くして家の中に走っていった。
──杏寿郎が用意してくれたベッドに入り横になる。
しのぶと珠世が側にいるのを感じるけど、意思疎通までは出来ないみたいね。
うとうとしてきたので目を閉じていると。
しばらくして、ごそごそという物音で目を覚ました。
見慣れた髪色が目の前で動いている。
身体がとても温かいので、この杏寿郎はどうやらお風呂に入ってから戻ってきたようだが。
「何もやましいことはない。ユリは体調が悪いのだから、こうした方が早く具合が良くなるだろうし」
正面から抱きついてきていた。
そして何やらすうすうと吸われている感じがするのだが。
「むう。
ユリはなんだってこんなに良い香りがするのだろう」
私が寝ていると思い込んでいるからか、ぶつぶつと独り言を言っている。
あわわわ──これは一体どうしたものか。
この頃に体調を崩したことなんてなかったから、このシーンはもうイフの世界として構築されている気がする。
仮に体調を崩した場合に、この頃の杏寿郎ならこういう行動をとっただろうということはもう十分にわかったのだが。ここから一体どうしたら。
「──んん」
寝たふりをしたまま杏寿郎の身体を抱きしめ返した。
「!?」
いつもより早い胸の鼓動が伝わってくる。
「これは困った……のぼせてしまいそうだ」
●43
杏寿郎の心音を聞いていると安心する。
ずっとこうしていたいという気持ちが、まったくないといえば嘘になるだろう。彼の頭に頬をつけて抱きしめていると、あの子たちのことを思い出した。
「ユリ? 君──」
私の腕の中で顔を上げた杏寿郎と視線が合う。
「子供がいるのか? 誰との」
狼狽えた様子で上体を起こしたので、私も同じように上体を起こした。
「あなたとの子供よ」
彼が言葉を言い終える前にはっきりと伝えると、杏寿郎の顔は火がついたように赤くなり。
「そんな! 俺はまだ君とそういうことをしていないのに! はっ!? まさか子供の作り方も君たちと俺たちでは違うとかそういう!? 抱き合って寝てはいけなかったのだろうか!?」
額を指先ではじく。
「たっ!!」
「落ち着きなさい。未来の話よ」
「未来?」
「杏寿郎、ここはね。あなたの記憶の中なの。ちゃんと探ればあなただって思い出せるはずよ。
現実のあなたは今鬼舞辻無惨と戦っている」
「鬼舞辻無惨?」
「そうよ。鬼の頭領。倒さなくてはならない宿敵」
杏寿郎は考え込んだ。
「それで、どうして君はここにいるんだ?
もしかして俺とユニゾンしているのか?」
「ユニゾンしているような状態ではあるけれど。
あなたを強化するためのものではなくて、あなたを取り戻すために私はここにいる」
「取り戻す?」
「大人になったあなたがあまりに魅力的だから狙われているのよ。今のあなたも非常に可愛いらしいけれど」
頬に両手を重ねて微笑む。
「茶化さないでくれ」
今の彼に監視者のことを話しても混乱するだろうからと、説明を省くと見抜かれてしまった。
「あなたを内側から蝕もうとしているもの。
ひとつは鬼、鬼相手にあなたであれば自我を奪われることはないだろうけれど。
もうひとつはとても強力よ。あなたが生きた世界そのものが、あなたを過去に行きた1人の生命として取り込もうとしている」
「世界に取り込まれたら?」
「杏寿郎の意思では行動できなくなる。煉獄杏寿郎としてのあなたは死んだことになってしまうわ」
それは嫌だなと小さく口にした彼の言葉が妙にはっきりと聞こえ、思わず彼の身体を抱きしめる。
「──君もそう思ってくれるか」
杏寿郎はほっとしたように息を吐く。
「俺は俺だよな? この場面が俺の記憶の中の出来事でしかないのであれば、この姿の俺はここにいるしか出来ないのだろうか」
……何のために? と呟く彼に、かける言葉が咄嗟に出てこなかった。何のため? 世界は鬼や私達の侵入を防ぎたいはずだ。そのために杏寿郎の記憶を利用している。そうなると鬼もきっとこの場所に何か痕跡を残──。
建物が破壊される轟音と共に上がる悲鳴。
杏寿郎と顔を見合わせて外の様子を伺うと、学園の一角が崩れ大きな鬼が姿を現していた。
あれは杏寿郎が一回戦で戦ったオーク!
建物を上回る背丈になっているのは、鬼舞辻無惨の影響のようだ。この世界を否定するように周囲にあるものを乱暴に破壊している。
「ユリ! 行こう!
君と俺が力を合わせれば必ず倒せる!」
外へ身を乗り出した杏寿郎が私に手を差し伸べると同時に、オークはドンと建物に体当たりをして彼の身体が外に投げ出された。
「杏寿郎!」
追いかけて手を掴むが、そのまま私の身体も外に放り出てしまう。先ほどのようにお互いにお互いを引き寄せて抱きしめ合った。
○ ○ ○
「もうおしまいで良かったのですか?
あちらは私たちで解決することも出来ると思いますが」
光と共に姿が変化する。成長した煉獄杏寿郎の姿となった私に、しのぶが声をかけてきた。
あの頃とは違って、私も杏寿郎も寄り添うようにしているのでお互いの意識を感じることが出来る。
「俺が俺の意思としてここにいるのなら、ユリの為になることを成したい。あの頃の姿で彼女と共に過ごす時間は、かけがえのないものだが。
過去は過去だ。時の流れは巻き戻ったりはしない」
「そうですか。
……たとえ夢の中だとしても、割り切っているということですね」
「おふたりとも、きますよ!」
珠世が身構えながら声をかけた。
「異界の鬼に藤の花の毒は効くのか。
現実であれば非常に興味深いですが、ここは違うので少し残念です。鬼舞辻無惨の気配を感じるなら見逃すことは出来ませんし」
地面を蹴ってしのぶが高く飛んだ。
「はじめまして異界の鬼さん」
周囲を薙ぎ払い勢いをつけて向かってきたオークの眼前で、にこりと微笑みながら声を声をかける。捕らえようとしたオークの手を足場に、更に跳躍を続け。
「鬼ごっこはお好きですか?
鬼さんこちら」
手を叩いて鬼の気を引いていた。
●44
「なるほど。全身を硬質化して、まるで鎧を纏っているようですね」
蝶のようにオークの周囲を跳躍して飛び回り観察している。しのぶの独り言は精霊が運んできてくれた。
「それではそろそろ、その強度を確認させてもらいましょうか」
蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡き
瞬きの瞬間に無数のしのぶが複製されて鋭い突きをオークの全身に放つ。いくつもの大きな破砕音が発生した。
「ふふ。こんな戦い方、現実では考えられませんね。
癖になってしまいそうです」
オークは全身を突かれて悲鳴を上げながら片膝をつく。しのぶが帰ってきた。
「ご覧いただけましたか? 場所によっては日輪刀が壊れるほどの硬い鉱物で覆われているようです。先ほどの攻撃で毒が体内に入ってはいるので、しばらくまともには動けないとは思いますが──」
「周囲に集まる気配を感じますね。かなりの手練れのようです」
珠世が周囲の様子を窺う。
「学園の者たちだろう。鬼側に味方するとも考えにくいが、ユリの味方になるとも思えん」
杏寿郎の記憶から監視者の立場で敵対できるものを選んでいるかもしれないわね。
「なるほど。では今後我々以外は全員敵かもしれないと考えた方が良さそうですね。煉獄さんは大丈夫なのですか?」
「俺はユリとユニゾンしている。この状態で隠し事や彼女を傷付けるようなことが出来るはずがない」
何か言いたそうに2人はにこにこと笑顔でいる。
「ではひとまず人払いを。既に知覚されてしまっているので効果は薄いとは思いますが」
珠世が自らの腕を傷付けた。
血鬼術 視覚夢幻の香
「頸のあたりの守りが強いようなので、やはり頸を斬らないといけないようです」
歳を重ねた木の幹のような太さと、頸の骨があることを考えると一刀で斬り落とすとなると至難の技だ。
「頸を斬るとなると俺の役目だな」
精霊の力を借りましょうか。学園のあった場所を真似てはいるから、声をかけやすいみたい。杏寿郎が頼んでみてくれというので話しかける──。
……話しがついたわ。協力してくれるって。
「それはありがたい」
先ほどまでは感じなかった精霊の気配を周囲に感じる。杏寿郎が柄に手を触れると、彼を囲むように篝火のような炎が揺れていた。
あなたの攻撃の距離を伸ばしてくれるそうよ。それぐらいならさほど疲れないからって。
「わかった。
君と精霊との会話は何を話しているかまで知ることは出来ないが、祖父と孫の会話を聞いているような雰囲気を感じる」
俺には祖父はいなかったから、完全に想像でしかないがと彼は言う。
間違ってはいないわ。私と精霊は家族のようなものだし、生まれて間もない精霊にはそれほど力もないから。
「そうか」
杏寿郎が柔らかな微笑みを浮かべる。
静かに呼吸をして気持ちを切り替えて。
「昔戦った時、彼からは今のような不穏な気配は感じなかった。早く解放してやりたい」
そうね。返事をするよりも早く彼は動きはじめていた。一度はオークに勝った技ならその事実が成功の確率を上げてくれる。
炎の呼吸 壱ノ型
刀身が炎の精霊の力により広がる。まるで夜空に浮かぶ三日月のようだ。
不知火
一刀と共に頸を斬り落とし、その一撃は先の大地すら深く切り裂いた。切り裂かれた大地からは、吸い込まれるような空気の流れを感じる。
「──これは」
大地の裂け目を覗き込んで。しのぶと珠世も集まってきた。
「おそらくこの先が次の空間に繋がっているのではないでしょうか?」
「大地が裂けたぐらいで、こんなに吸い込まれそうになるのはおかしいですからね」
オークの身体も周囲の木々も吸い込まれるような動きを見せていない。引き寄せられているのは我々だけだった。
「煉獄さんもご一緒できそうですが、どうされます?」
彼の衣服や髪も吸い込まれる風の影響を受けている。
「許されるのなら行こう」
杏寿郎が大地の隙間に飛び込み、しのぶも珠世も後に続いた。
○ ○ ○
ざわざわざわざわと人の声がする。
ここは駅? 閉じていた目を開くと駅のホームに私たちは立っていた。
しのぶは状況を理解すると同時に日輪刀を背中に隠している。私の姿は杏寿郎からいつもの姿に戻っていた。杏寿郎と呼びかけると、
『君の中にいる。また戦わねばならないことになったら俺が表に出よう』
彼は私の中にいることが確認できた。良かったとほっと息をして視線を上げると少し離れたところにいた非常に見覚えのある人物と視線があった。
「胡蝶!」
私から後ろにいるしのぶに声をかけて、こちらに向かって一直線に歩いてくる。
「煉獄さん?」
しのぶも一瞬複雑な表情を浮かべたが、すぐにいつもの様子で。
「随分大荷物ですが、煉獄さんはこれから任務ですか?」
彼は両手に大きな四角柱状のものを風呂敷で包んだものを持っている。しのぶとの会話は続いた。
『あれは無限列車に乗り込む直前の俺だな』
それはわかるけど。なんでそこに私やしのぶがいるのよ。めちゃくちゃじゃない。
『それはそうだが、状況がそうなのだから仕方があるまい』
おそらくここにも鬼側と監視者側の存在がいてこちらを狙ってくるだろう。そこはしのぶも珠世も理解しているはずだ。
「胡蝶は?」
「私は今日非番なんです。なので女友達と出かけることにしまして」
そうかと頷きながら、
「そこの白百合を思わせるあなたからは初めて会った気がしないな。今が任務中でなければ少し話しをさせてもらいたいところだが」
「あらあら、こんなところでまさか煉獄さんが女性を口説かれるとは」
「あぁ、いや。
胡蝶のご友人ならまたお会いする機会があると信じよう。俺の名は煉獄杏寿郎。次に会った時はお名前を教えていただけますか?」
彼の両手が塞がっていなかったら手でも取られて言い寄られていそうだが。顔を覗き込まれながらそう言われて、はいと言葉を返すしかなかった。
●45
「どうしてこうなるのかしら……」
私たちは今、無限列車内の特別車両に乗車している。特別車両はどこか洋館の貴賓室を思わせるような室内で、部屋の中は私たちだけ廊下は誰でも出入りが出来るようだ。
『俺が乗車した時にはなかった車両だな』
中にいる杏寿郎が話しかけてきた。2人にはこの無限列車の一件のあらましを既に伝えてある。
「ホームにいる時点で何らかの切符は持っているもの。その認識を逆手に私たちに切符を持たせるなんて強引なやり方ですね」
しのぶが芝居がかったため息をしてみせ。
無限列車に乗車しようとする杏寿郎とは別れた後に、駅員から声をかけられて。切符がどうのというのでどう誤魔化すか考えていた頃には、この無限列車特別車両の乗車切符が手の中に握らされていた。
そしてあれよあれよという間にこの部屋に押し込められ、アンティークテーブルを囲み椅子に座って現状の確認と今後の方針を話し合っている。
「では、ひとまず私としのぶさんで鬼の力を弱体化させてくればいいでしょうか?」
珠世の申し出に頷く。彼女らが人の姿をしてくれていることで認識はしやすくなっているが、それを利用されるようであれば意味がない。
「監視者側は杏寿郎の記憶をもとに迷宮を作成し、精神の核から私を遠ざけようとしている。鬼側も私たちと同じように迷宮を攻略中。監視者側は時間稼ぎがしたいから鬼に味方してるところがある」
鬼の力が弱まれば、迷宮の壁が脆くなり破壊して先に進むことが出来る──はず。
「力任せに壁を壊して進んではいけないのですか?」
「精神世界を壊すということは、それだけ杏寿郎の精神を傷つけることになってしまうから。それだと監視者側に有利な状況になるわ。
正解の道を見つけるには、監視者か鬼かどちらかの力を弱めて倒すしかない」
それをふまえてしのぶも珠世もこの空間にある鬼の力を弱めようとしてくれると言うのだ。
「この姿をとっていても毒としての役割は担っていますが、集中した方が効果があるでしょうし」
「姿が見えなくなってもご心配なく。どこにでもいる状態になるので呼ばれればすぐに合流できますから」
2人は席を立つと姿を消した。こうすれば2人は切符をきられることもないわけだし。
さて、私もここでただ待っているわけにはいかないわ。
特別車両から普通車両の方に移動すると、車掌が声をかけてきた。
普通車両の方に移動するには別の切符を持っていないといけないらしく。こちらをとまだきられていない切符を差し出してくる。
「ありがとう」
お礼を言って受け取ると帽子を深く被り直して、歩いていってしまった。
『受け取ってしまって良かったのか?』
受け取らなければ特別車両から出られなかったのだから仕方がないわ。
無限列車で起こったことはしのぶや珠世に共有してあるのだから、何か私が不利な状況になったら2人が見逃しはしないでしょう。
……おそらくはあなたの記憶にある鬼を強化する形で時間稼ぎをするつもりね。列車が走り出す前に鬼をおさえたかったけれど。
汽笛が聞こえてくる。
無限列車はゆっくりと動きはじめた。