無限列車編のその先に。
※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●46
『誰も君の方を見ようとしないな』
動きはじめた無限列車内を先頭車両に向かって通路を歩く。
私の容姿が人目を引くことは理解しているから、多少認識を歪めているのよ。そうしていると視線を向けてくるような人は、後で関わることになるんだろうなとわかるわけ。
『なるほど。確かに先ほどから君に視線を向けてくるのは、俺が目覚めた時に周りに意識を失って倒れていた人々だ』
前を歩いていた青年がよろめいたので軽く受け止める。
ふーん。彼の物語をよんで杏寿郎から聞いていなかった部分を補足する。
『どうした?』
彼らは魘夢という鬼の協力者で、切符をきられて夢を見させられている内に精神の核を破壊するするように命じられているそうよ。顔色が悪いこの男性は、結核患者で余命も少なく幸せな夢をみせてもらうために協力しようとしているわけ。
「ありがとうございます」
小さく消え入りそうな声でお礼を言われた。
「いいえ、お怪我はありませんか?」
にこりと微笑んで言葉をかけると、
「──はい」
青年は顔を赤くしている。
『君、少し愛想が良すぎるのではないか?』
笑顔を見せるのは警戒心を解くにもいいのよ。あなただって基本笑顔じゃない。
『俺はそういう意図があって笑顔でいるわけではない』
はいはい。青年が気まずそうな様子で私から離れて近くの席に座った。
この列車は自由席なのかしら。
『そうだ』
次の車両に移ると、
「うまい!」
さっき会った杏寿郎がいるわね。
『どうする? 合流するか?』
あの杏寿郎と交流しても、それほど利点はないような。うーん……どうしようか迷っていると、一定の間隔で聞こえてきていたうまい! うまい! という声が聞こえなくなった。
「?」
前に視線を向けると杏寿郎がいる。目の前に私の顔を覗き込んでいた。
「白百合の君! 思っていたよりも次に会う機会が早かったな! どうしてこの列車に?」
「戻るために乗らなければならなくて──」
「なるほど郊外に住んでいるのか。
もし知らなければ仕方がないが、最近この無限列車に乗車した人々が行方不明になる事件が起きている。胡蝶の友人であれば尚更、俺と行動を共にすると良いだろう」
ガタンと電車が揺れて、杏寿郎に引き寄せられる。
「!?」
「俺の隣がちょうど空いている。そこに座るといい」
そのまま手を引かれ、彼の隣の席に誘導されてしまった。なんて強引なのかしら。誰にでもこうなの?
『相手が君だからだろう?』
弁当も勧められたものの、飲食の必要はないのでひとまずお断りし──さびしそうな顔をされてしまい受け取ってしまった。
ぐむむ……付き合いでお弁当を口にする。
しかし、美味しそうにお弁当を食べる杏寿郎の姿を横で見るのも悪い気はしないものだ。うまい! うまい! と食べる姿を見ていると箸がとまった。
「……俺はよく食べる方なのだが、目の前で食事をしていると特に女性には引かれてしまって」
「──そう」
「あなたのように慈しむような表情をずっと向けてくれるような人は少ないのだと最近気付いた」
お弁当を横に置いて、私の持っていたお弁当も取り上げて置き両手を握られる。
「結婚してほしい」
じっと視線を向けられて、まともに逸らすことも出来ない。隣に座ってお弁当を食べていたら結婚を申し込まれたわ。
『よもやよもやだ』
私の中にいる杏寿郎が愉快そうに笑っている。
「あなたは私のことを何も知らないじゃない。それでも結婚を申し込むの?」
「それはそうだが。俺は君との間に子供が2人いる妄想すら出来てしまうから──」
えぇ? なんと言葉を返そうか思案していると。
「あのー」
杏寿郎の後ろから炭治郎が顔を覗かせた。
「お取り込み中なところ申し訳ないんですが、煉獄さんですよね?」
「そうよ! この人が煉獄杏寿郎! 何か用事があるのよね! 部外者の私がいては邪魔になるでしょうから──」
お弁当ご馳走様と言いながら、彼の両手からするりと抜けてみせる。
「君! せめて同じ車両に!」
後ろから声をかけられたが、更に前の車両に移動するとそこにはしのぶと珠世が待っていた。
「鬼を見つけました」
天井を指差し。
「この上です」
「わかったわ。行きましょう」
転移して列車の屋根の上に移動した。
風の精霊に融通してもらって、中にいる時と同じように行動することが出来る。
「やぁ、随分と早いお出ましだね」
ニィと笑って出迎えられた。
「俺がこの無限列車を動かしている鬼だよ。どうする? 戦ってみるかい?」
なぜか既視感を覚える。
「ユリさん、私たちで相手をしても宜しいですか?」
「……」
珠世もしのぶも身構えていた。
「えぇ、お願い」
頷いて2人を見送る。彼女らがあの魘夢に勝てば何か変化が起きるはずだ──。
○ ○ ○
ざわざわざわざわと人の声がする。
ここは駅? 閉じていた目を開くと駅のホームに私たちは立っていた。
何か違和感を感じる。
しのぶは状況を理解すると同時に日輪刀を背中に隠していた。私の姿は杏寿郎からいつもの姿に戻っていた。杏寿郎と呼びかけると、
『君の中にいる。また戦わねばならないことになったら俺が表に出よう』
彼は私の中にいることが確認できた。良かったとほっと息をして視線を上げると少し離れたところにいた非常に見覚えのある人物と視線があった。
「胡蝶!」
私から後ろにいるしのぶに声をかけて、こちらに向かって一直線に歩いてくる。
「煉獄さん?」
しのぶも一瞬複雑な表情を浮かべたが、すぐにいつもの様子で。
「随分大荷物ですが、煉獄さんはこれから任務ですか?」
彼は両手に大きな四角柱状のものを風呂敷で包んだものを持っている。しのぶとの会話は続いた。
『あれは無限列車に乗り込む直前の俺だな』
それはわかるけど。なんでそこに私やしのぶがいるのよ。めちゃくちゃじゃない。
『それはそうだが、状況がそうなのだから仕方があるまい』
おそらくここにも鬼側と監視者側の存在がいてこちらを狙ってくるだろう。そこはしのぶも珠世も理解しているはずだ。
「胡蝶は?」
「私は今日非番なんです。なので女友達と出かけることにしまして」
そうかと頷きながら、
「そこの白百合を思わせるあなたからは初めて会った気がしないな。今が任務中でなければ少し話しをさせてもらいたいところだが」
「あらあら、こんなところでまさか煉獄さんが女性を口説かれるとは」
「あぁ、いや。
胡蝶のご友人ならまたお会いする機会があると信じよう。俺の名は煉獄杏寿郎。結婚してほしい!」
思いもしなかった言葉が続き、
「はい?」
思わず驚きの声が出る。彼の両手が塞がっていなかったら手でも取られて言い寄られていそうだったが、なぜ今顔を覗き込まれながら求婚されるのか。
●47
「ん?」
珍しく杏寿郎の顔がみるみる赤くなった。
「いや、その──おかしいな。本心の方が出てしまったようだ」
「煉獄さん? 任務が続いてだいぶお疲れなのではないですか?」
笑いを堪えながらしのぶが言う。
「そんなことはない!
……いや、今はそういうことにしておこうか。それではまた白百合の君、どうか俺のことを覚えていてほしい」
杏寿郎は四角柱の風呂敷包みを両手に持って無限列車に入っていった。
改めて周囲を見回す。
「どうしたのですか?」
珠世に声をかけられ、
「この駅はこんなに暗かったかしら?」
「日が暮れましたから、そろそろ灯りもつく頃かと思いますよ」
しのぶの言った通り駅の明かりが点いていく。
何か違和感を感じていた。
──胸騒ぎがする。
○ ○ ○
椋寿郎とルリに連れ出されて、今は大きな猫の背に乗って雲の上を走っていた。
振り落とされないように猫の毛を掴んではいるが、強い風は感じるものの落ちてしまうような不安は不思議と感じない。
「いけいけー!」
片腕を振り回しながら、椋寿郎も楽しそうにしている。ルリは地上を気にしていたが、
「ひー。あれを見て、鬼たちが悪さしてる」
椋寿郎の片袖を引いてルリが指差した方は確かに騒がしい。
「近づいてみよう!」
2人が言うには2人の父上、つまりは俺の兄上が意識を乗っ取られるような攻撃を受けていてその様子が精神世界にいるとまるで現実に起こっているかのように見えるというのだ。一方は鬼と、もう一方は世界の意志だと言っていたか。
近づいていくと、鬼と人が何人もいて戦っていた。
人の方からは兄上に似た雰囲気を感じたが、兄のように日輪刀を持って戦っている者はおらず鬼側が圧倒的に勝っている印象だ。
「よし! いってくる!」
むんと身体に力を入れると椋寿郎の姿が光って兄上ほどの背丈に変化した。
そのまま猫の背から地上に降りて刀を振り回し応戦している。
「椋寿郎は強いんだね」
ルリの姿も姉上を思わせる女性の姿に変化していた。椋寿郎の姿を目で追いながら時折手をかざして、鬼の攻撃が椋寿郎に届かないようにしているらしい。
「ひーはそこまで強くはないと思う」
「えぇ? どうして──」
「だって呼吸が使えないもの」
ドキリとする。まるで自分のことを言われたようで。
「ひーの持ってる刀を見て、あれは日輪刀ではあるけど色が変わっていないでしょう?」
「……」
確かに刀の色は昔、自分が手にして色の変わらなかった刀と同じ色をしている。
「勢いはいいの。運や勘が良くて、誰からも愛される。どちらが煉獄家を継ぐのか母上からは2人で決めていいって言ってくれたけど──」
「え?」
聞き返すとルリはしまったという表情を一瞬だけした。
「わー! 駄目だ! ふー! 俺じゃ手に負えない!!」
椋寿郎が大きな声でそう言うと、ルリが深く息を吐く。
「やる気はあるのよ。でも運や勘だけでやるには限界がある」
ルリの姿が消えた。
次の瞬間には椋寿郎の隣に立っている。
そして一瞬にして2人の立ち位置が変わったと思うと、目の前にルリが帰ってきた。
「あーびっくりした。あんなに強いとは思ってなかった」
先ほどよりも表情が柔らかい。
それになぜか胸が大きくなっている。
「ルリ?」
「? あぁうん。姿が変わったからね」
にこにこと笑いながらこちらを見ていた。
「椋寿郎の手伝いをしなくていいのか?」
「ふーは強いから問題ないよ」
言うのと同時に椋寿郎のいたところから炎の柱が出現する。
「わーすごーい」
ルリは手を叩いて喜んでいた。
「椋寿郎は呼吸が使えないんじゃ?」
「ふーは使えるから」
「?」
2人はお互いのことを椋寿郎、ルリではなくてひーとふーと呼んでいる。産まれた時から2人の様子を見守ってきたけれど、寝ている場所の位置が変わっていたり極端に愛想が良い日悪い日が入れ替わる時があって──。
「いいなーふーは、なんでもわかるんだ。それにすごい努力家で、きっと出来ないことなんて何もないんだよ」
炎の柱が消えると見事に輝く赫刀を手にした椋寿郎の姿があった。
●48
姉上が2人をひーとふーと呼んでいるのを聞いて、兄上からひーとふーというのが2人の胎児名なのだと教えてもらった。ひーが長男で椋寿郎、ふーが長女でルリだと思っていたのだが実際はどうやらそんな単純な事ではなく。
この精神世界で2人は姿を替えてみせた。
そして現実世界でも性別を入れ替えるようなことが出来ているようで……なんでそんなことが出来てしまうのかとても不思議で。
しかも口調も姿が変わることで一人称までわざわざ変えているようだから、2人の姿をよく見ないとどちらがどちらかわからなくなってしまう可能性がある。
「ふー!! カッコいいー!!!」
地上に足をついた猫から飛び降りたルリが、キャーと声を上げながら納刀し終えた椋寿郎に抱きつき。
周囲にいた鬼は全て消滅していた。
「ひー。もういい。
わかった。わかったから──」
いたたたたと椋寿郎が声を上げて、何やらミシミシと軋むような音が。
「ルリ、それぐらいにしておいた方が──」
控えめに声をかけると、拗ねたような表情で唇を尖らせながらルリは渋々椋寿郎から離れた。
「叔父上ありがとうございます」
「いや、お礼を言われるほどのことではないよ。むしろお礼を言わなければならないのは俺たちの方だろうし──怪我はないかい?」
「はい」
先ほどまでの椋寿郎と違って表情が見るからに硬い。それに遠目からはわからなかったが、近付いてみるとそこまで背も高くなく華奢な印象だ。
「すごいと思うよ。炎の呼吸を使いこなして、まるで君たちの父上のようだった」
そうだ。目の前の椋寿郎は炎の呼吸を使いこなしているように見えた。素直にそう伝えれば硬い表情も和らぐのではないかと思ったが。
「いえ──俺の呼吸は、まだ父の足元にも及びません」
小さく早口でそう言うと背を向けてしまった。
「もー! ふーはもっと自分が頑張ってるって素直に認めようよ! いっつもこうなんだ。私が褒めてもそんなことないって言うばっかりで!
叔父上、気を悪くしないで。嬉しくて喜んではいるの」
耳元でルリが小さな声で、
「ほら、ふーの耳が赤くなってるでしょ?」
と教えてくれたのだ。
「シロおいで」
椋寿郎が先ほどまで乗っていた猫を呼ぶ。先ほどの戦いで開いた大穴を見ながら何か調べてくれている。
「何をしているの?」
ルリが小走りに椋寿郎の隣に立って大穴を屈んで覗き込み、上目遣いの視線を向け。
俺も2人の近くに近付いた。大穴に吸い込まれるように風が吹いていて、
「どうやらこの場所が他より脆くなっていて、鬼たちは父上を乗っ取るためここから奥に向かおうとしていたようなんだ」
「なるほどね!」
「俺たちは外から来たから匂いを感じないけど、シロならこちら側で呼び出しているから匂いがわかる。
──この先に母上がいるぞ」
「そうなの!? じゃあ早く行こうよ!! 私、先に行く!!」
判断が早い!?
驚きの速さでルリは次に進むことを決断すると、1人で大穴に飛び込んでいってしまった。
はぁと大きなため息が横から聞こえてくる。
「ひーはいつもこうなんだ。もう少し慎重にといつも言っているのに──」
「俺たちも行かないと」
「はい」
椋寿郎はシロの頭を撫でてまたなと声をかけていた。
「連れて行かないのかい?」
「ここを移動できるのは俺たちだけのようです。
ほら、シロの毛並みを見てください。俺たちの衣服や髪のように風の影響を受けていないでしょう?」
そう言われて注目してみると、確かに椋寿郎の言う通りだった。
「次の場所でまた移動が長くなるようなら呼び出せばいいので、あまり気にしないで。
──といっても、今の姿では出来ませんが」
その言葉の意味が今なら理解できる。炎の呼吸を使って戦うことは椋寿郎の姿でしか出来ない。逆に戦いの手助けをしたり空を飛ぶ猫を喚んだりするのはルリの姿でしか出来ないということなのだろう。
つい椋寿郎の顔を見つめてしまい。
「叔父上? なんでしょうか?」
「いや、君がいてくれてとても心強いなと思って」
そう言うと、椋寿郎はほんの少しだけ困ったように笑ってみせてくれた。
○ ○ ○
『こちらの世界であれば、太陽を気にせずにいられるのは嬉しいですね』
ある時、駅のホームで眩しそうに夕日を眺めながら珠世がそう言っていたことを不意に思い出した。
──現実の世界ではありえないことだ。
「どうしました?」
駅員に声をかけられ、応対を終えたしのぶが声をかけてきた。
「……もっと早くに気が付くべきだったわ」
額に指先をあてて目を閉じて軽く頭を横に振る。
珠世としのぶが顔を見合わせた。
鬼も世界の意志も、私を杏寿郎の最奥の部屋に行かせたくないのだ。つまりある意味ふたつの勢力の目的は合致している。
「──時間稼ぎ」
最終的に杏寿郎が、意志のない操り人形の監視者となってしまえばいいのだから。鬼の存続など、今まで存在することを許してきたのだし世界にとってどうでもいいことなのだったのだ。
私をここで足止めする。そのために2つの勢力は協力している可能性だってある。
事あるごとに迷っていたのは、どちらを選んでも先に進めないことを知っていたからだった。
「そんなまさか」
珠世もしのぶも信じられないという表情をしている。
「よく思い出して、この駅にいる記憶はこんな風に暗くて今まさに灯りがつくような時間だった? もっと明るい時があったでしょう?」
「──確かに、言われてみれば」
「ではどうします? 列車には乗らずに別の手を考えますか?」
短く汽笛が鳴る。出発の時間が近い。
「2人とも手を貸して」
2人の手をとって目を閉じ、集中する。私たちの記憶は改竄することができても起きた記録をどうこうすることは出来ない。いくつも枝分かれしてきた出来事を物語として読み返し──ふぅと息を吐いた。
「大丈夫ですか?」
「問題ないわ。巻き戻される条件と、やっていないことにあたりをつけたから。
ひとまず列車に乗りましょう。まずはそこからよ」
いきましょうと声をかけたところで、
「珠世さんとしのぶさん?」
こちらを見つめ不思議そうにしている炭治郎の姿があった。
●49
無限列車の特別車両内。机を囲んで、しのぶから炭治郎たちに現状と現実の様子を話してもらった。
なぜしのぶからなのかというと、この場での彼らと私は何も接点がないから。そしてどこまで話せばいいかと事前に聞かれもしたが、ここは並行世界というわけでもなく流れを変えることで未来を変質させる心配もないのだからありのまま話せばいいと言ってある。
特別車両に入って早々に禰豆子が炭治郎の背中の箱から外に出てきてしまって、しのぶからの説明が終わるまで私が遊び相手をすることになった。
「──というわけです」
目を閉じてしばらくの沈黙。考え込んだ炭治郎は目を開くと、
「わかりました。信じます」
にこりと笑って言った。
「突拍子もない話だし、そもそもしのぶさんと珠世さんが一緒に行動していた事には驚きましたが。
いま聞いた事情の通りならそうなるだろうと思うし──何より皆さんを疑いたくなるような理由がないので、俺は信じます」
善逸、伊之助にも声をかけてくれて2人も私たちの存在を受け入れてくれた。
「それに禰豆子が遊んでもらって、こんなに嬉しそうにしていますし。
良かったな禰豆子、たくさん遊んでもらって」
「むー!」
にこにこと笑う禰豆子の頭を撫でなから炭治郎も嬉しそうにしている。
「俺たちも何か協力したいところですが、本当にいいんですか?」
変に協力してもらうと駅まで戻される可能性がある。彼らにはこのまま無限列車の任務を遂行してもらえれば良い。
炭治郎に促されて渋々禰豆子は箱の中に入っていった。名残惜しそうに小さく手を振るので振り返す。
「炭治郎、お前なんで? しのぶさんは鬼殺隊の柱だし俺も面識あるけど。珠世さんとも知り合いで、なんでユリさんともわかり合ったように会話してるんだよ。
お前だけこんな美女たちと縁があるってずるくない!?」
はじめの内は小声だったのに、最後の方は感情的になり声が大きくなってしまった善逸。しのぶに冷ややかな視線を送られて青ざめていた。
「俺たちは早く煉獄さんと合流しよう」
「ようやく主の腹の中を進むのか! 待ちくたびれたぜ!」
猪突猛進と声を上げて伊之助が我先にと走っていく。善逸がその背中を追いかけて、最後に炭治郎がこちらに頭を下げてから廊下に続く扉を閉めていった。
「さて、今からは私たちの時間ね。
──手短にいきましょう」
3人で顔を見合わせて頷く。
○ ○ ○
会話を終えて、私一人で彼らのいる車両に移動する。
どの車両の乗客もよく寝ていた。
──縄で手を繋がれて、杏寿郎たちも夢の中だ。
「むー?」
私の接近に気付いて善逸の前の席に置かれていた背負い箱の中から禰豆子が転がり出てくる。
「大丈夫?」
床に転がった禰豆子を手助けすると、彼女はこくりと小さく頷いて。
「少ししたら炭治郎を起こしてほしいのだけど」
「むー!」
任せてといった様子で拳を掲げてくれた。
「さてと」
杏寿郎の隣、奥側の席が空いている。炭治郎が気を効かせて空けておいてくれたらしい。
杏寿郎の前には顔色の悪い三つ編みおさげの女が、彼の手首と自分の手首を太い縄で結び座っている。炭治郎と同じぐらいの歳だろうか。しかし少女と呼ぶには相応しくないような……。
その女の隣には炭治郎が、何度か通路で倒れそうになった青年と背もたれを隔てて背中合わせに座り縄で繋がれ眠っている。
縄の下をくぐるのも、飛び越えるのも難儀だったから──転移。
すとんと杏寿郎の隣に着席し、彼の左手と自分の右手を繋いだ。指を絡めると優しく握り返してくれて、思わず微笑んでしまう。
『本当に行くのか?』
私の中の杏寿郎が心配してくれている。
えぇ、だってこの方法ぐらいしか出来ることがないのだもの。正直、何か罠があるのではないかとかなり疑ってはいるわ。それでも──手を繋いだ杏寿郎の、精神の核の力を借りて現実世界の杏寿郎の深部に進む。
何度も色々な方法を試して、この場面では鬼を退治しても先に進めないことがわかった。
いま手を繋いでいる杏寿郎が会う度に不自然に好意を向けてくれていたのも、繰り返しに気付かせるためだと思うと微笑ましい。
珠世としのぶはこの空間の維持に影響している概念としての鬼と戦ってくれていた。そうしてもらうことで、この場を支配している魘夢の力も弱まってくる。
大丈夫。きっと上手くいく。
私が杏寿郎を、必ず守ってみせるから。
●50
どうして私ばかりがこんな目に──。
誰からも疎まれて、運にも見放されていた私は魘夢という鬼の協力者になった。
鬼殺隊という組織が、いずれ自分を殺しに来るからその時だけ少し協力してほしいと言われて。はじめは人殺しをしろと言われるのかと思ったけれど、その協力の内容は夢の中に潜入し精神の核を破壊してこいというひどく現実味のない話だった。
「意外と簡単だったわ」
初めて精神の核を壊してきた時、取り返しのつかないものを壊してしまった。そんな気持ちも少しはあったかもしれないけれど、私は笑っていた。志高い鬼狩りの命を守る最後の砦を自分の手で壊してやった。どこか誇らしい気持ちの方が明らかに強かったと思う。
「そうかい」
何か言いたげにニヤニヤと鬼は笑っていた。もっと人間の協力者を増やせばいい。そう進言したのも私だ。
一度に何人も鬼狩りがやってきたら、私一人で壊してまわるには時間がかかる。
「そうだねぇ。考えておこう。
ほらご褒美だよ。おやすみ──」
鬼の膝に頭を置いて目を閉じた。
誰からも好かれて愛される自分、なに不自由なく幸せな世界。私はもうこんな束の間の夢の中でしか幸せを得ることが出来ないのだから。
──そんなささやかな幸せも、私はあの夜に奪われた。
ここが夢の中だということは、とっくにわかっている。あの鬼が倒された夜に、精神の核を破壊するため潜入した男の夢だ。
上手くいかなかったから? 精神の核を今度こそ破壊すればこの夢が終わるのではないか。そう思って何度も行動しているのだが、今まで一度でも成功したことはない。
精神の核を見つけて、破壊しようとする瞬間にいつも首を掴まれて息苦しさを感じながら目覚めるのだ。
──最悪。
起きてもまだ喉に手をかけられた感覚がある。
最近はこの同じ夢ばかり。眠るのすら億劫になるが、いつもいつもいつの間にか夢の中にいることに気付く。
無限列車の一件が終わってからは、しばらく夢もみずに寝れていたはずなのに──。
あの夜、首を掴まれた痕が残っていたなら男に恨み言のひとつやふたつ言ってやろうかと思った。炎柱 煉獄杏寿郎という男は人格者で責任感の強い人物だと聞いたから──しかし、あの夜の明け方。強い光を身体に受けてからは、首の痕や身体の不調がなくなってしまった。醜い身体中の傷痕や、青や黒のしみはそのままに。
そのせいで何のために鬼に協力していたのか話す理由もなくなり、馬鹿正直な結核を患っていた男だけが関係者として残ったのだが。
もう鬼に関する出来事を忘れかけていた時。
偶然街であの男とすれ違った。
身なりの良い格好をして、幸せそうに微笑みながら女性と腕を組んで歩いている。
女は百合の花のような、上品な美しさと思わず視線で追いかけたくなるような不思議な色香を纏っており。
自分と関わった人間は、皆なんらかの不幸にあっていて不幸なのは自分だけではないからと、ずっと自分を慰めて生きてきた。
見つめ合い笑い合い。幸せそうに好き合っている2人の姿を見て──見せ付けられて。私は自分自身が踏み躙られたような気がして。胸の中にどす黒く叫び出したくなる感情が生まれたのだ。
女の方と一瞬だけ目が合った気がした。
しかし、声をかけられるはずもない。
見窄らしい私に声をかける理由もない。
あいつらは私が手に入れられないものを持っていて、そうして私のことを馬鹿にしているんだ。
どうして私ばかりがこんな目に──。
今もまたあの男の夢の中、今度こそ精神の核を破壊する。そうすればきっと彼らの幸せも失われるだろう。確証もないのに私はそう思っていた。私のような暗い表情で、あの女が悲しめば私はきっと心底嬉しく思えるはずだと。
○ ○ ○
手探りで無意識の空間との境目を探していた。
不思議なもので、一度として同じ場所から行けたことはない。
「見つけた──」
これ以上先に進めない。透明な壁がある。
あの鬼から手渡された錐は、この夢の中にいる時は必ず手の中にあった。だからこそ余計に、この男の精神の核を今度こそ破壊せねばと思わせる。
大きく振りかぶり突き立てようとした瞬間。
「まだそんなことを続けているの?」
背後から声がかかった。女の声だ。
錐を持った腕が、まるで掴まれたように静止する。
振り返りながら錐を声の主に突き刺そうとした。夢の中で声をかけてくるようなものは自分たちにとって敵だと聞いていたから。
「あら危ない」
瞬きの瞬間、私は地面に転がされ空を見上げていた。
「なっ──」
「ふーん。魘夢特製の道具なのね」
手にしていたはずの錐は奪われていて、
「返しなさいよ!! それがなきゃ、精神の核を破壊出来ないじゃない!!」
慌てて起き上がり、掴みかかる勢いで近付くが躱される。
「どうして?」
目の前の女は、あの日煉獄杏寿郎と共に歩いていた女だった。
「私が夢から覚めるためよ! そしてこんなつまらない夢じゃなく! もっと別の夢をみるんだから!」
そしてこの女に私のような奪われる悲しみを味あわせてやる!
「──そうなの」
ひどく冷ややかな目線を向けられていることに気付く。全身の毛穴が開いたような妙な寒気を感じていた。
「あんた何者よ。この場所で、こんな風に口がきけるのは本人しかいないって聞いたわ」
「関係ない。私が誰であろうと、あなたにわざわざ教えてあげる義理はないでしょう?」
「なら邪魔しないで!」
「あなたは私と杏寿郎の関係を知っているのに。それでよく邪魔をするななんて言えるのね」
ギリと歯を食い縛る。
「だったら! あんたはどうするっていうのよ。私を殺す? どうせ出来ないでしょう! あんたと私じゃ、覚悟が違うのよ! 覚悟がね!」
いっそ首でもしめてやろうかと飛び掛かるが、その勢いがそのまま利用され背負い投げられる。
「ぐっ!」
背中を強く打ち付けて思わず声が漏れた。
「あなたは私のことが余程嫌いなのね。
直接会話したこともない相手をよくそこまで嫌いになれるものだわ。感心してしまう」
「馬鹿にしてる!?」
「感心すると言っただけだけど?」
のらりくらりと会話すらまともに成り立たない。
「あなたは私に憎まれたいのね。杏寿郎を私から奪いたいということ?」
「はぁ?」
「当たらずとも遠からずといったところかしら」
「そんなわけ──」
ないと思った。けれど、あの精神の核を初めて目にした時の気持ちを思い出してみる。この女と仲睦まじい姿を見て、どうして裏切られたような衝撃を受けたのか。
「……」
沈黙する私を見下ろす女の視線は先ほどと変わらない。とても冷たいものだ。
「先に謝っておきましょう。あなたが私たちにひどく強い負の感情を持っていると気付いたから、こんな風に何かの機会にあなたを呼び出せるように仕掛けておいたの。その影響もあって、あなたはこの夢の中に度々閉じ込められてしまっていた」
「あんたのせいだったの!?」
「私だけのせいじゃないわ。そもそも負の感情をあなたが向けなければ良かったのよ」
「なんなの? やめてよ! もう解放しなさいよ!」
はぁと大袈裟に女はため息をついた。
「あなたは自分がどれだけ自分勝手で我儘か気付いていないのね。
別に私はあなたを無視して先に進んでも良かった。でもこうしてわざわざ話しかけてあげているのは、どうしてだと思っているの?」
「わかったわ!」
沈黙のまま軽く顎を前に出して、次の言葉を口にするように促してくる。
「私に嫉妬しているんでしょ!! そうに決まってる!! あんたの大事な相手の精神の核は、私だけが知っているんだから!! どこにあってどんな形をしているのかも!! 私だけが!! 知っているんだから!!」
ふーふーと肩で息をする。言葉を叩きつけるように言ってやった。
「──不正解」
眉間に皺を寄せて、軽く目を閉じて指先を額にあてる仕草。女は私に呆れている。
「あなたはもっと反省なさい。鬼に協力して、死ななくても良い人が死んでしまう理由を作ったのだから」
「偉そうに! 私に説教しようっていうの!?」
「──あなたがどう思おうと別にどうでもいいわよ。ずっとそうやって当たり散らして生きてきたのなら、ここにいるのも当然の結果ね」
「私がここにいるのはあんたのせいでしょ!?」
「なら、あなたがこれ以上この夢をみないようにしてあげましょう。そしてあなたが周囲に憎しみの感情を向け続ける限り、私たちと関わらないようにしてあげる。それとも私たちがあなたから負の感情を向けられ続けなければならない理由がある?」
この夢を二度とみなくていい。この女とあの男と二度と関わり合うことはない。願ってもないことだ。それなのに──。
「──いや」
急激に周囲が更に寒くなったような、えもいわれぬ不安を感じて脚が震える。
「あなたと話しをしているとね。すごく疲れるのよ。彼が万人の幸せを願うような人だから、私もなるべくそうするようにしているけれど。あなたの目に私はどう映っているかしら? 恐ろしい魔女のように見えているのなら、そう振る舞っても面白いかもしれないわね」
にこりとここで初めて女は笑った。とても美しい笑顔だった。そして笑顔でいるのに、今までで最も私に怒りの感情を向けられている気がした。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
まともに立っていられなくなり地面に膝をつく。なぜか私は謝罪の言葉しか口に出来なくなっていて。
目の前のこの女が、私にとって何より恐ろしいもののように見えた。ずっと私を支配していた母の姿が重なって。
「あなたは杏寿郎の精神の核がどんな形か知っていて、場所も知っていることが特別なことだと思っているのよね」
無意識に頭を横に振るが。そうだ。私はそれだけがこの女に勝っていることだと思っ──。
「──これでしょう?」
女が胸元をはだけさせると、胸のあたりから光が溢れてくる。人の頭ほどの球体が女の身体から、私が今まで何度も破壊を試みて出来なかったあの男の精神の核があった。
「今は私が預かっているの。かわりに私の核を彼に預けているわ」
「そんなこと出来るわけ──」
「出来る出来ないをあなたが決めるの?」
おかしな話ねと言葉が続く。
「別世界の杏寿郎と遭遇したことで、驚いて繋がりが途絶えてしまったけれど。ちゃんと元あった場所で落ち着かせてあげれば大丈夫」
赤子をあやすように両手で抱えて慈しむような視線を向けている。何のことを言っているのか、私には理解できない内容だった。
「それでは──さようなら、三つ編みのお嬢さん。
過去は変えられなくても、未来は変えられるもの。今まで上手くいかなかったのなら、違う考え方を意識してみなさい」
私の頭に手を翳される。瞼が重くなり、私の意識は闇の中に消えた。