【完結】旅する物語 白百合異聞   作:masuda028

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【鬼滅の刃/煉獄杏寿郎】
無限列車編のその先に。

※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。


40仕舞い編51〜55

●51

 

 閉じていた目を開くと列車の中にいた。右手を5歳頃の姿になった椋寿郎が繋いでくれている。

「ここは──」

「無限列車の中だよ」

 真剣な顔つきで周囲の様子を窺いながら教えてくれた。無限列車、聞いたことがある。しばらく前に兄が任務に赴いていたはず。

「行こう。まずはひーと合流しないと」

 列車の中はとても静かで、乗客の誰もがみな眠っていた。

「──みんな眠らされてる」

「起こさなくていいのかい?」

 何か嫌なことが起こりそうな奇妙な予感がして。

「起きないよ。彼らの魂がここにあるわけじゃないし。この場所はどうやら父上が体験した過去の出来事が主体になっているようだから」

 ほらと椋寿郎が乗客の一人に触れようとするが、そのまますり抜けてしまった。

「行こう」

 手を引かれて再び歩みを進める。

 前の車両に移っていく。そうすると小さく泣き声が聞こえてきた。椋寿郎と顔を見合わせてから、先ほどより早く歩く。

「……母上」

 親指をくわえながら、5歳頃の姿になったルリが姉上の膝の上にしがみついて座り泣いていた。

「ひー約束が違うぞ。父上と母上が帰ってくるまで泣かずに頑張ろうと2人で決めたじゃないか」

 そう言う椋寿郎の目にも涙が今にも溢れそうだ。

「だってぇ。父上と母上みつけたんだもん──」

「見つけたのは姿だけだ! 俺たちの父上母上はもっと深い場所にいる。こんなところで、すがって泣いていても少しも役に立ちはしないんだぞ!」

「椋寿郎の姿をなら我慢できるけど、ルリじゃ我慢できないよぉ」

「俺はルリの姿でも我慢できる!」

 強い口調で言うものだから、ルリはびくりと身体を震わせると更に大粒の涙をぼろぼろとこぼし始めてしまい。俺は懐から手ぬぐいを取り出すと涙を拭きながら背中をさすってあげた。

 ひーは感情豊かで、ふーはそこまでもないのか。性別が違うとそういうところも異なってくるらしい。

 

 突然──大きな音を立てて、列車の屋根が吹き飛ばされる。

 

「おやおや、様子がおかしいと思って見に来たら。

 これは随分可愛いらしいお客様たちだね。俺は魘夢──」

 前の車両の屋根の上に立ち、こちらを見ながら魘夢と名乗った燕尾服のような服装をした男が言う。

「無惨様が足止めをしろといった女は、予定通り夢の世界に進んだかな。しかし、俺の一番のお気に入りをあっさりこの空間から追い出してしまえるなんて理解し難い能力の持ち主だ」

 椋寿郎が俺たちを庇うように立ち再び姿を変えた。

「猗窩座殿、これが我々の最後のお役目となるでしょう。ご協力いただけますか?」

 後方の車両の屋根にもう一人、刺青をした男が現れる猗窩座という名前らしい。異質な気配、現れた2人が鬼であることは俺にだってわかった。

「ふー……」

 不安げにルリが椋寿郎に声をかける。

「ひーここが踏ん張りどころだ。この父上と母上をあの2人から守りきらなくては──」

「!?」

 ごくりと息をのむ。

「叔父上、大丈夫です。既に母は奥へ進む手がかりを掴んでいる。だから俺たちが時間を稼ぐのは、ほんの僅かな間で足りるはずです」

 俺の不安を感じ取って椋寿郎が言う。2人の鬼の瞳には文字が刻まれていて、よほど強い鬼なのだとわかった。

 

 炎の呼吸 壱ノ型 不知火

 

 魘夢に椋寿郎が斬りかかる。

 

「──つまらん。ただ寝首を搔くなどと」

 猗窩座が座席の背もたれの上まで来てぽつりと呟く。近くで見ると何故かどこかで見かけた気が。

「お前、杏寿郎と似た髪色をしているな。少しは戦えるのか? ──聞くだけ野暮か」

 俺の言葉を待つより前に、猗窩座はどこか納得した様子だ。

「刀を持つ才能に恵まれなかった弱者よ。このまま邪魔をせずにいるのなら、手をかけずにいてや──」

 言葉を言い終える前に、成長したルリの拳を顔面に受けて猗窩座が後方に吹っ飛んでいった。

「弱くないもん!!!」

「なんだお前は!! 俺は女とは戦わ──」

 再び言い終わる前にルリの拳が振り下ろされる。ギリギリのところで躱してみせた。

 呼吸の素質はなくとも、ルリはある程度の体術の心得があるらしい。猗窩座がルリに一撃を加えようとしているが、紙一重で避けている。

 どうやら猗窩座はルリを傷付けようとはしていないようだが、思った以上に追いついてきていることに興味を抱いてきたようだ。

 距離をとって構え直しながらユリに向かって声をかける。

「女にしておくには惜しい動きだ。俺は猗窩座。

 お前の名を聞いておこう」

「猗窩座ぁ? 私は煉獄ルリ! 猗窩座って何よ! ちゃんと本当の名前を名乗りなさいよ!」

 は? と猗窩座が驚いた顔をした。

 俺も突然ルリが何を言い出したのか理解できずにいるといきなり姿が消え、

「お姉ちゃんはそんな子に、育てた覚えはありません!!!」

 猗窩座の顎めがけて、下から上に拳を突き上げたルリの姿があった。

 

 ○ ○ ○

 

「さて、邪魔者にも退場してもらったことだし」

 どれどれと透明な壁に触れる。

『ユリ』

 なぁに? 私と一緒に行動している杏寿郎が声をかけてきた。

『先ほどの女性は?』

 言葉の通り退場してもらったわ。

『それはそのようだが、良かったのか?』

 気になるの?

『何か彼女に危害を加えてしまったとしたら、俺に責任があるのではないかと思ってな』

 杏寿郎は考えすぎ。無限列車の一件の時にあなたはあの女に精神の核を破壊されそうになっているの、殺されるのと同じぐらい危険なことよ。首を掴んで痣になったぐらい正当防衛だから。

 それに私があの場にいた者の身体の不調は治しているのだし、あなたが彼女の首を痛めつけた事実はないも同然よ。

『そうか』

 何度も同じ夢をみて首に痣が出来るのも、無意識に自分で自分の首をしめているだけだし。

『なるほど』

 杏寿郎、私はさっきの女ともう二度と関わりたくないわ。あなたの精神の核を見たぐらいで特別な縁があるように思っていたことがわかって、今すごくもやもやした気持ちになっているの。わかってくれる?

 

 ──何を笑っているの?

『まさかここまで妬いてくれるとは思っていなかったから』

 妬いてませんー。杏寿郎が私を一番に想ってくれているのは知っていますし。

『それでも、もやもやした気持ちになるぐらいは気にしてくれるのだろ』

 愛いなと杏寿郎は笑っていた。

 

 透明な壁に両手で触れていると手の間の空間が揺らいでひょっこりと虎が顔を出す。

 無意識領域内の案内人を呼んでいたのだが、それがこの虎のようだ。毛先が炎のように揺らいでいる。杏寿郎使う呼吸の型の中に炎虎というものがあるから、それのイメージなのねと頭をよしよしの撫でると気持ち良さそうに目を細め。

 ごろごろと喉をならして、虎は私のいる方に身体を出してきた。鼻をひくつかせながら、顔を近付けてきて私の身体に擦り寄ってくる。

『人懐っこい猫のようだ。熱くはないか?』

 猫というには大きすぎるけど。精霊と同じね。私に敵意がないから普通に動物の毛のように感じるわ。あたたかい。

 抱きしめて顔を埋めると優しい温もりを感じる。

 目を細めていた虎がゆっくりと体重をかけてきた。

「わわっ」

 座り込んだ私の顔をべろべろと舐め始める。

「もう。こんなことしている場合じゃないんだって。

 わかった。わかったから」

 こちらからも抱きしめて撫でてあげると更に舐められ。

 

 ──ひとしきり舐め終えると満足そうな顔でようやく離れてくれた。

「うぅ……何かこう完全に、においを上書きされた感じがするわ」

『……非常に申し訳ない』

 虎が私を見上げながらまわりを歩いている。

「背中に乗ってほしいのね」

 背を撫でるとごろごろと喉を鳴らしてくれた。よいしょとまたがってバランスをとる。

「それじゃあ、お願いできる?」

 ガウと小さく鳴いてとてとてと歩き始め、見えない壁を潜り抜けるとだんだんと加速していった。

 

 

●52

 

 ──胸騒ぎがする。

 

 椋寿郎もルリもよく戦ってくれていた。

 しかし、産まれて間もない2人が鬼相手に圧倒的に足りないものがあった。それは経験だ。

 鬼たちはいくつもの勝利と人々を糧にして、瞳に文字を刻まれるまでに至っているはず。

 この場所ではより強く自分の勝利を信じられた者の方が強い影響を与えることが出来る。ほんの少し時間稼ぎをすれば問題ないと言っていたが、本当にそうだろうか?

 誰より2人が勝てる姿を想像しなければならないのに、彼らが必死に抗おうとする姿に涙すら浮かべてしまう。

 

「何がお姉ちゃんだ! 俺に姉などいない!」

「言ったもん! 今度は私の母上から産まれてきたいって! だから私の方がお姉ちゃんなんだもん!」

 ルリと猗窩座の攻防はよくわからない言葉の応酬が続いている。

「もー! このわからずや!!」

 猗窩座の短い胴着を掴んでルリが頭突きをすると、ほんの一瞬鬼の姿が揺らいで見える。

「──狛治さん?」

 無意識に口にしていた。

 ほんの一瞬見えた姿は、確かにある日兄上が連れ帰ってきた狛治さんだった。俺の声が届いて猗窩座はどこか狼狽えた様子だ。ルリからの攻撃も受け流すばかりで反撃をしなくなった。

 

「猗窩座殿は女とは戦わないお方だとは聞いていたが、まさか本当だったとは。

 それなら、そろそろお遊びは終わりにしようか──」

 魘夢が列車に触れると、壁も床もぶよぶよとした肉塊に覆われた。

 椋寿郎もルリも突然現れた触手に手足を拘束され。

「戦ってやる必要もないんだ。

 俺たちがしなくてはならないことは時間稼ぎ。ついでにあの女の身体を傷付けることが出来たら更に意味があるというだけなんだから。猗窩座殿が女に手をかけることが出来ないのなら俺がやるよ」

 魘夢がゆっくりと近づいてきた。

 

 だめだ、だめだ、だめだ!

 何のためにここにいる!

 

 俺はこんなところまできて、まだ幼い2人が必死で抗っているのに。膝をついて涙目になり蹲っているだけで良いわけがない!

「お前──」

 立ち上がり両手を広げて兄上姉上を庇うように立った。

「なるほど。知らないようだから教えてやるけれど。

この場所に魂ごときているお前たちは、ここで殺されてしまえば魂が傷付いて以前のように生活できなくなってしまうよ? 今まで幸せに平和に暮らしてきたんだろう? 良いのかい? それらを失ってしまっても」

 魘夢が顔を覆うようにかざした手には口があって、その口の中から出された舌が俺を馬鹿にするようにべろりと動く。

 

 ○ ○ ○

 

 無意識の空間が簡素だということは、それだけ裏表がないということかしら。

 自分の無意識の空間がどうなっているのか。

 私の場合は暗くて複雑に入り組んでいそうだなと思っていると、私を乗せて走っていた虎がゆっくりと停まった。がうがうと話しかけられる。

「着いたのね。ありがとう」

 よしよしと撫でながらおりると、杏寿郎の精神の核がふいと近付いてきてくれた。

「私がわかる?」

 話しかけると言葉を返すように澄んだ音が響く。

『どうするんだ?』

 この精神の核と私が預かっているものを共鳴させて、一気に最深部まで進むわ。

 多少強引に進むことにはなるけれど、このままここで足止めされ続けるより余程──。

『どうした?』

 あの子たちが千寿郎まで巻き込んでこちらに来ているみたい。額に指先をあててため息をついた。

『よもやよもやだ』

 しかも今あの子たちは魘夢の触手に捉われて身動きがとれなくなっているようだし。

『ならば俺が君から離れて助けに行こう!』

 ……それもいいけれど。千寿郎がここにいるならもっと別の方法があるわ。

 

「──千寿郎』

 

 彼の心に語りかける。

「姉上!?」

『今あなたの心に直接話しかけているの。私の声が聞こえるわね?』

 千寿郎が頷く。

 あの子たちに何を言われてここまで来たのかわかっているわ。2人を心配してついてきてくれてありがとう。

 この窮地から逃れるために、私の言葉に集中して、しっかりと想像するのよ。

 

 条件が揃えば、あなたは誰よりも強くなれるのだから──。

 

 ○ ○ ○

 

 色変わりの刀、日輪刀を手にした時。

 日輪刀の色が変わらなかったことは、今でも鮮明に覚えている。

 

 泣いて狼狽える俺に、兄上は優しく言葉をかけてくれたけれど──。

 

 煉獄家の男として生まれて炎の呼吸の才能に恵まれなかったことで、俺はいつか兄上と共に鬼と戦うんだという夢が叶わなくなってしまい。

 

 しばらく自問自答する日々が続いた。

 そして自分の弱さを嘆いた俺に、

 

「強さとは、肉体に対してのみ使う言葉ではない。

 千寿郎はきっと何か別の才能に恵まれているのだろう。急くことはない。時間をかけて探してみよう。

 それに──俺にとっては、千寿郎がいてくれるだけでいいんだ。いてくれるだけで十分な意味がある」

 

 兄の言葉を思い出す。

 

 炎の呼吸の才能がなかったから、俺が戦いの場に出ることはなかった。

 俺が最も長く過ごしている場所、生まれ育った家。

 

『あなたが無限列車に乗車していることはありえないこと。いつものように家にいる自分を意識して、目を閉じて感じれば鮮明に思い出せるはずよ』

 

 チリンと音がする。

 聞き慣れた風鈴の音だ。

 

『慣れない場所で相手に合わせて戦う必要はないのだから──』

 

 

●53

 

「うわぁ!!」

 突然、放り出されたように地面に尻餅をついた。

「……あいたた」

 服の汚れを払いながら立ち上がり、周囲の状況を確認すると。

「ここは──」

 見慣れた家の前にいた。しかし、どこかいつもより薄暗いような雰囲気を感じるのだが。

 今はまだ夜明け前か? 心なしか薄明るい。きょろきょろと見回していると何か庭の方が騒がしいことに気付いてそちらに向かった。

「むむーっ!!!」

 5歳頃の姿になった椋寿郎が洗濯物に巻きつかれて苦しそうにしている。

「大丈夫かい!?」

 肉の触手で捕われた時は助けることは難しかったが、これならと濡れた衣服や布を解していく。

「ぷはぁ、苦しかった! 早くふーを助けないと!」

 またいつの間にか入れ替わっていたらしい。

「俺が男になった方がまだ自力で抜けられるかもしれないからって、叔父上が場面を作り替える時にかわってくれたんだ!」

 ふー! どこだー! と大声を上げながら走り回っているが──。

「……」

 小さく何か聞こえた気がする。

「椋寿郎!」

 口の前に指をあてて、静かにするように指示してみせると。

「叔父上こっち!」

 椋寿郎が微かな物音を聞き取ったようで、俺を手招いてから走り出した。

 

「ふー!」

 椋寿郎と共にたどり着いた部屋の襖が開いていて、中には家中の布団が集まったのではないかというぐらい布団が詰まっている。小さな手が辛うじて見えたので、慌てて腕を入れて空間を作り。

「椋寿郎、こうしてルリが息が出来るようにしてあげるんだ! その間に俺が布団を上から畳んでどかしていくから!」

「わかった!」

 椋寿郎が両手を布団の隙間に入れて空気を少しでも送ろうとしてくれている。よし今の内に──。

 懐に入れていた紐で手早く襷掛けをすると、ひとつずつ布団を畳んで縁側に積んでいった。

 

 いくつか目の布団をどかして──よし、これでだいぶ軽くなったはず。

「ふー! 大丈夫か!」

「……あつかった」

 椋寿郎に抱きかかえられるようにしてルリが引っ張り出された。ぐったりとはしているが痛いところはないらしい。

 一体どうしてこんなことに?

 俺が一人不思議そうな顔をしていると、二人が俺に話しかけてくる。

「叔父上はすごいことをしたんだよ!」

「……そうだよ。空間のかきかえなんて余程の意志の強さがないと出来ないよ」

「えぇ?」

 二人がすごいすごいと褒めてくれるので、思わず照れてしまったが。

「でも、鬼が消えたわけじゃないよ」

 ルリも椋寿郎も注意深く周囲を見回して……にしても妙に埃っぽいな。こほと小さく咳をした。

「鬼はきっとこの場所のどこかにいるはずだよ」

「叔父上と敵対しているのは変わらないはずだから、おうちで叔父上がいつも戦ったりしているものに姿が変わってるんじゃないかな?」

 俺が普段戦っているもの? どういうことだろう。

「なんか変な匂いするね」

「うん。臭いね」

 臭い臭いと二人が言うので、家の中を見て回ることにした。

 

「俺わかったかも!」

 突然、椋寿郎が大きな声で言う。

「何がわかったんだい?」

「鬼がどこにいるかだよ!」

 どこか得意げに彼は言葉を続ける。椋寿郎が言うには鬼たちはこの空間そのものに取り込まれて姿を変えて存在しているのだという。

「この埃っぽさとか、普段ならないはずの汚れとかそういうのが鬼なんじゃないかって!」

「そんなまさか──」

 笑ってそう返したが、椋寿郎の言葉を黙って聞いていたルリが。

「私もそう思う」

 ぽつりと言った。

「ここは叔父上が作り出した場所だから、叔父上が最も対処しやすい姿に無理矢理変化させた可能性が高い──つまりこの場所でやるべきことは」

 二人が俺の側まできて見上げてくる。

 

「えぇと、つまりは大掃除をしろっていうことかな」

 

 ○ ○ ○

 

 以前、兄上と姉上の会話を盗み聞きしてしまったことがある。

 

 盗み聞きするつもりはなかったのだが──。

「ユリ、君は人の長所短所を見事に言い当てることが出来ると噂になっているようだな」

「そうね。光柱になって以降、そういう内容で隊士と話しをすることは多いわ。人と話しをするのは好きな方だし、なるべく時間を作るようにはしているけれど。

 ──千寿郎について話したいの?」

 姉上の口から自分の名前が出たので、つい気になって息をひそめてしまった。

「あぁ、君から千寿郎はどう見えるのかと思ってな」

「杏寿郎の弟」

「いや、そういうことではなく」

「何が得意で何が不得意かなんて、わざわざ私に聞くほどじゃないでしょう。人は言語化しないと納得しないところがあるから厄介なものね」

 姉上のため息が聞こえてくる。

「千寿郎が家事が得意なのは、やはり才能だろうか?」

「才能ねぇ。才能があったとしてもある程度の努力がなければ才能と呼ばれるほど周囲に認識されないものだけど。

 そういえば先日、お手伝いさんからこんな話を聞いたの。以前、千寿郎は教えてもいない家事についての知識があって驚いたんですって」

「それは千寿郎が事前に学んでいたということか?」

「そうかしら。私は違うと思う」

「というと?」

「あなた達の母親が、千寿郎がまた幼い時におぶったり近くに寝かせて家事をする時に今どういうことをしているのか。どうしてそれをしなくてはいけないのか話して聞かせていたんじゃないかって」

「そんなまさか」

「お腹にいても母親や周囲の声は聞こえるのよ。成長して言葉の意味を理解して無意識に身についている。そういうことだってあると思うわ。

 ──あなたにはあまり効果がなかったようだけど」

 姉上は小さく笑っているようだ。

「そういうところも含めて、何を身につけて何を成すかということよ。何か得意であることに気付いても、それが自分にとって遠ざけたいような事であればわざわざしないでしょう?」

「なるほど。

 では次は君が普段椋寿郎とルリにどんな話を聞かせているのか聞かせてほしいな」

「うーん。それが、普段から精神世界で会って普通に会話をしているものだから。現実世界で何と声をかけるかは困っているというかなんというか。

 ふーは学術書の音読をしてほしいというのだけれど、ひーは御伽噺の読み聞かせがいいと言ってきていて……」

 

 そんな風に話されているのを聞いて、俺は家事をすることが以前よりもっと好きになった。

 もしかしたら姉上の言うように、物心つく前に母から聞いた言葉が自分の中で生きているのだとしたら。それはとても素敵なことだなと思ったのだ。

 

 

●54

 

 二人共嫌な顔ひとつせず積極的に手伝ってくれていた。今はまだ二人共現実世界では赤ん坊だけれど──。

「叔父上どうして笑っているの?」

「近いうちに現実世界でも、こうして一緒に大掃除をするようになるのかなと思って」

「えー? そりゃするよ」

「誰かが必ずやらなきゃいけないことだし」

「お掃除してきれいなお家の方が良いもの」

「そうだね」

 頷きながら二人の頭を撫でて。

「早く終わったら別のことも出来るし」

「いかに早く丁寧に終わらせるか考えると楽しい」

「そうか」

 自分とはまた違った考えを持っていることがわかって驚いた。

「にしても掃除ってこんなに大変なの?」

 こびりついた黒いものを布で擦りながら椋寿郎が言う。

「普段からちゃんときれいにしていれば、ここまでにはならないよ」

「叔父上! こんなの見つけた」

 そう言ってルリが持ってきたのは蝶のマークが入った洗浄液だった。手に取ってみると使い方や注意事項が細かく書いてある。

 手にした時に何度かお会いしたことがある蟲柱の胡蝶さんを思い出す。

「悪い感じはしなかったから持ってきたのだけれど──」

「うん。これは特別な薬剤みたいだ。濃さに気をつけて少し使ってみようか」

 藤の花の香りがしそうなその薬剤は、まさに効果的だった。

 

「あはは。面白い」

 椋寿郎が笑っている。不思議なもので一部屋しっかり掃除しきると、小さくうめき声のようなものが聞こえた後に部屋全体が輝いて見えるからだ。

 

「叔父上、この場所どこか見落としがあるのかな? まだ暗い感じがするの」

「どれどれ?」

 手分けをして、時には協力して大掃除をしていく。以前はお手伝いさんと一緒にしていたことだが、今では俺の年末の大仕事だ。

 

「なかなか大変だね」

「叔父上はいつも一人でやっているの?」

 二人が額の汗を拭いながら聞いてくる。

「兄上が──君たちの父上が、一緒にしてくれることもあるけれど。鬼殺隊の任務はいつあるかわからないから」

「そうかー。でも今年からは大丈夫だ」

「うん。鬼退治は今夜終わるもの」

 顔を見合わせて二人が笑っていた。

「ほら、叔父上も頑張らないと!」

「そうそう。ここでちゃんと大掃除できなかったら勝てる戦も勝てなくなっちゃうから」

 にこにこと笑顔で。

「でもまだしばらく現実世界じゃ一緒に出来ないからなー」

「まずは自力で歩けるようにならないと」

「父上母上と祖父上も一緒の大掃除は、なんだかとても楽しそうだね」

 無邪気に笑ってみせるので、

「──そうだね」

 思いがけず涙が溢れてしまった。

「叔父上どうしたの?」

「洗剤が目にしみたの?」

「うん。そうかもしれない」

「大変! ひー! 急いでお水を──」

 二人を抱きしめて、

「ありがとう」

 感謝の言葉を口にする。

 彼らにとっての当たり前が、俺にとってあまりに優しくて幸せな内容だったから。

 いつ兄上が帰らぬ人となってしまうか、不謹慎だと思っていても一人でいる時はつい考えてしまい。実際そういう夢は度々みていて……無限列車の任務の後、棺に納められた兄の姿を何度も──。

 二人共不思議そうな顔をしていたが、微笑みながら抱きしめ返してくれた。

 

 ○ ○ ○

 

「鬼は外!」

「福は内!」

 大掃除を終えて、更に何か出来る事がないかと探したところ。豆撒きをしようということになった。

 時期を無視してやることに意味があるのかどうかと迷ったが、夢の中の話みたいなものだのだし気にしなくていいんだよと椋寿郎に言われて、そうだなと納得した。

 俺が鬼役をやろうかとお面の準備をしていると、先ほどまで聞こえていた二人の元気な声が聞こえなくなってしまい──慌てて二人の姿を探す。

「椋寿郎! ルリ!」

「「叔父上!」」

 豆の入った枡を持ったままの二人が俺の方に走ってくる。良かった無事だったと思ったのも束の間。

 庭に二人の人影があった。

「やぁ、また会ったね。俺たちの力を別のものに変換して片付けるなんて面白いことをするじゃないか」

 魘夢と猗窩座だ。

「……」

 猗窩座は狛治さんのような雰囲気があるが、こちらを拒絶するような感覚があるので狛治さんではないようだけれど……。

「どうやら俺たちは客としてもてなしてもらうためにここにいるようだけれど。

 嫌だよねぇ? こうして擬態している時のような人に近い姿をしていても、俺たちは結局鬼なのだし──」

 にやにやと笑いながら魘夢は言う。まるで俺たちを試しているみたいに。

「……いいえ」

 驚いたように椋寿郎とルリが俺を見上げた。

 鬼としての力を掃除でなんとか出来たのだとしたら、次は彼ら自身に対して何かしないといけないのだろう。

 

「叔父上! 言われた通りにお茶をだしてきたよ」

 次の舞台は台所だ。振り返りありがとうとお礼を言って向き直る。

「なにしてるの?」

「よく味が染みるように面取りをしているんだよ」

 包丁で丁寧に食材を加工していく。

「鬼のために食事の準備をするなんて」

「そうだね。変な感じはするけど、彼らが人であった頃に食べていたものを口にして少しでも懐かしい気持ちになってくれたらとは思うんだ」

 二人が感心したような表情になり、

「私も何かしたい!」

「俺も!」

「じゃあ、これをちぎっておいてもらえるかい?

 こうして、細かければ細かいほどいいよ」

「「はーい」」

 こうして誰かと調理をするのも楽しいなと思っていると、あっという間に仕上げてしまった。

 

 味見は出来ていない。俺も椋寿郎もルリも生きている人間は精神世界で夢の中にいるのと同じ、味や香りを認識することが出来ないから。

「ふーん。見た目は良さそうだけど」

「……」

「恐くはないのかい? この料理が気に入らなかったら、俺たちはお前たちを殺してしまうかもしれないよ」

 どんなものを作るか悩みはしたが、普段通り一汁三菜を意識して用意した。それに日頃作っているものであれば、たとえ味見をしなくてもいつもの味になるとも思ったからだ。

 俺たちが特に怯えた様子も見せないので、魘夢はつまらなそうな顔になり。

「君たちも一緒に食べるんだ?」

 呆れたように言う。

「そうだよ! 食事はみんなで食べた方が美味しいんだもん!」

 椋寿郎が元気にそう言うので、俺も微笑んで頷く。

「それじゃあみんなで」

「「「いただきます」」」

 魘夢猗窩座からは流石にいただきますの発声は聞こえなかったが、猗窩座の口元はもごもごと少し動いた気がした。

 

 ──結果は。

 用意した食事はきれいに平らげられ、残された食器たちが雄弁に物語っている。

 

 途中から少し涙目になっていたのも、何か昔を思い出していたのかもしれない。

「美味しかった?」

 椋寿郎に覗き込まれるようにそう聞かれて、

「…………美味かったさ。ご馳走様」

 魘夢は赤くなりながらも小さな声で言ってくれた。

 良かった。これでもう大丈夫。

 猗窩座とも視線が合う。狛治さんとはじめて出会った頃のような迷いのようなものはまだ感じるが。先ほどよりもずっと距離は近くなったようだ。

 

「──御粗末様でした」

 

 次は風呂の用意でもしてこようか。

 

 俺の手料理を喜んで食べてもらえたことが嬉しくて、彼らをもっともてなしてあげたいと思った。

 

 

●55

 

 杏寿郎の精神の核に触れながら彼らの様子を探っていたけれど。

「千寿郎は上手く鬼二人を相手に立ち回ったわ」

 口角を上げて微笑む。

『よもやこのような手があったとは』

 一緒に行動している杏寿郎も感心した様子だ。

「私、チェスより将棋の方が好きなの」

 彼にとっては思いもしないことだっただろう。

「私たちのお手伝いも上手くいったでしょうか?」

 しのぶが姿を現しながら声をかけてくる。彼女は鬼の成分によく効く薬剤を提供していた。

「鬼の私が豆を炒って提供するというのも面白いものですね」

 珠世は大豆を炒って、それとなく誘導するように升に入れて置いていて。

 二人が関わっていたことにより、更に鬼に対する効果が高まったともいえる。

 

「さて、次は私の番ね」

 深く深く集中して──。

 

 監視者の力を最も強く感じるところ、そこを目掛けて転移をした。

 

 ──真っ暗。

 

 周囲を囲われて息苦しさを感じるけれど、精神世界だから死んでしまうことはない。

 

 杏寿郎、ここで私が預かっているあなたの精神の核をこの場に出すわ。

『そうするとどうなる?』

 現実のあなたが自我を取り戻せる。

 それでも監視者は取り込もうとするでしょうけど、こんなに近くに私もいるのだしそんな事はさせない。

『それは心強いな』

 ……あなたともここでお別れね。この状態で帰るわけにもいかないし。

『うむ。次に会う時は──思いきり君を抱きしめよう』

 

 胸の前に手のひらをあてて、出てきてと声をかければ眩い光と共に球体が現れる。

 近付こうとする闇を焼き斬る勢いで、光は眩く周囲の闇を晴らした。

 

 闇が晴れればなんということはない。先ほどまでいた場所と大差ないところに私は立っていた。

 

「思っていたよりも時間がかかってしまったけれど、これでようやく帰れそう」

 共に行動した杏寿郎も精神の核を外に出す時に一緒に外に出したから、記憶の共有をして更に安定しただろう。

 

 いま外はどうなっているのか。

 時間がかかればかかるほど、彼らが苦戦することになっていたからと意識を外に向け──。

 

 

 ──まだ、終わっていないよ。

 

 

 どこからか声がした。

 同時に足下が崩れるような感覚と共に意識を失ってしまい──。

 

 ○ ○ ○

 

 目を開くと、そこは彼の家だった。

 以前、彼の家をベースに作った私の部屋かと一瞬思ったがそうではない。

 

 彼の部屋、彼が寝ている布団の横で私は目を覚ました。

 

「杏寿郎──」

 布団に入って彼は寝ている。

 死人が着るような白い着物を着て。

 

 彼が書き物をする時に使う机の上に、見慣れない西洋の短剣が置いてある。

 

 嫌な予感がした。

 

 その短剣を手にしたらわかる。そんな確信を持って手に取った。

 

 浮かんできたのは人魚姫の終盤、王子に裏切られた人魚姫を心配して姉たちが自分たちの髪を代償に魔女から短剣を手に入れ渡してくれる場面。

 

 そうきっとこの短剣は彼の身体にまだ残っていた管理人の魔力が姿を変えたものなのだろう。

 けれど──。

 

「私は杏寿郎に裏切られてなんかいないわ」

 

 監視者の力を手にした彼と今後も共に歩もうとすることが、どれほど危険なことかわかってはいる。

 

 それならばいっそこの短剣で自分の胸を突いて、彼とひとつになってしまえばいいとでもいうのか。

 

 

 愛する人の幸せを想って死ねることは幸せ。

 

 

 かつての私はそう思っていたし、今でも心のどこかで思ってはいるけれど……。

 

 この場所に他にあるもの。庭の池が実際よりも深さがわからないぐらい深くなっていた。彼の精神の海に繋がるようになっている。

 つまりは短剣で胸を突いてここに身を投げれば、それだけで事態を終息できてしまうのだが。

 

 

 深い青色の水面に視線を向けていると、

「「だめー!!!」」

 頭と両足に突然抱きついてくるものがいた。

「母上! だめ! はやまっちゃ!」

 苦しい。顔に身体が必要以上に密着されている。

「ひー! 力入れすぎ! 母上苦しそうだから!」

 どうやら頭にしがみ付いているのがひー、両足に抱きついているのがふー。

 苦しいやら足の自由がきかないからでふらふらとしてしまい。

「落ちちゃう!! 落ちちゃうよ!!」

 ふーが私の身体を支えながら叫んでいた。




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