無限列車編のその先に。
※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●56
杏寿郎が寝ている部屋まで三人で戻り、正座したふたりを相手に刃物を持っている時に抱きついてはいけないし、近くに水辺など危ない場所がある時もいけませんと言って聞かせた。
「ごめんなさい……」
悪いことをしたという自覚はあったようで、正座も自分たちからしていて十分反省した様子ではあったが。
「でも母上が、身投げしそうだとふーが言うから──」
心外という顔でふーがひーに視線を向けている。
「あなたが行動したことに、何か理由があったからとしても、その理由を口にすることはただ責任逃れしようとしているようにしか聞けないわよ」
ぐっと言葉を呑み込んで、ひーは俯いてしまった。心なしか髪の毛すら元気なくへたれている気がする。ふたり共落ち込んでいるのはよくわかるのだけれど。
「私たちのことを心配してここまで来てくれたのよね?」
涙ぐんでふたりは何度も頷いた。
「それはとても嬉しいのよ。ありがとう」
顔を見合わせて少し小さな声で。
「「なら抱っこしてくれる?」」
両手を広げると、立ち上がると同時に駆け寄って抱きついてきた。
「まだ鬼退治は終わらないの?」
「いつ帰ってくるの?」
早く帰ってきてほしい。そう思っているのはよくわかった。
「そうね。もう少しかかりそう──」
ふたりを抱きしめ返しながら言うと、
「父上は? なんでそこで寝ているの?」
「あまり寝息も聞こえないし、なんかこわいよ母上」
ふーはぎゅうと私に抱きついてくる。ひーは杏寿郎を心配するように視線を向けている。
「起こしてもいい?」
「──それがいくら声をかけても起きないのよ」
「寝ていることに意味があるの?」
ふーは不思議そうに私にそう訊ねてきた。むぅとひーが顔をしかめる。
「俺は父上を起こした方がいいと思う」
「気持ちはわかるけれど──」
「そうだ!!」
ひーは目を見開いて何かを閃いた。
「?」
「母上が父上にちゅーすればいいんだよ!!」
「えぇ?」
いきなり何を言い出すのか。
「もうちゅーしたの? 母上とちゅーすると父上はいつもすごく嬉しそうにしているから、寝ててもきっとすぐ起きるよ!」
私からそれでも起きなかったという言葉が出なかったので、ひーはすっかりその気になって私を杏寿郎の近くに連れて行こうとする。
「いや、そんな都合良く目を覚ますわけが。
ふーも何か言って?」
うーんと考えこんだ様子のふーがこくりと頷いて言った。
「ひーの直感なら上手くいくかもしれない」
そんなことを言うのだ。
「いやいやいや、ふたりとも? 私が唇を重ねたぐらいで杏寿郎が目覚めるわけが──」
「「早くちゅーして!!」」
ハッと何か気付いた表情でふーは、ひーの目を後ろから両手で隠し自身の両目も閉じた。
「ほら、みてないよ!」
「みえない!」
「……」
ため息をついて、眠っている杏寿郎を覗き込む。
眠っている相手をキスで目覚めさせる?
それはとてもドラマチックだねぇ。
そんな言葉が聞こえてくるようだった。
物語を理解して、先をよむ能力は管理人であれば計り知れない。
管理人がこの場に短剣を出現させたことは、その選択が最も相応しいと判断したということなのだろうけれど──。
俯いて頬にかかる髪の毛を耳にかける。
「杏寿郎──」
両目を閉じて唇同士を触れ合わせると。
──あぁ、これで最も辛い目にあうことになる。
短剣が崩れ落ちる気配を感じ。
同時に、力強く抱きしめられた。
○ ○ ○
鬼舞辻無惨。
この戦場で唯一生き残った者。
まだ夜明けまでには時間がある。
今夜は普段よりも雲が厚いらしい。
遠く雨が降っているような、土が濡れた匂いを感じていた。
瓦礫の山、転がる死体の数は数えきれないほど。
炎柱、杏寿郎と呼ばれていた男だけは散々暴れた末に倒れて動かなくなった。
いくら傷付けても傷が塞がるものだから、いっそ取り込んでしまおうかと思っていたところだ。
しかし、得体の知れないあの女がこの男と同化しているようだから。もしかしたら内側から悪影響があるかもしれないと注意深く様子を窺っていると──。
光と共に女が姿を現した。
「「……」」
無言で視線を交わす。
「──私の勝ちだ」
女の顔に表情はなく周囲に視線を向けている。
「無駄だ」
いくら傷を癒すことが出来るといっても、死んだ者を生き返らせることまでは出来ないはずだ。
「ここまで柱を失ってしまえば鬼狩りも組織としては壊滅したも同然──」
女が小さく笑っていることに気付く。
「気でも触れたか?」
泣いて命乞いでもするようなら、手駒に加えることも考えはしていたが。
「あなたにとっての私は、その程度の存在としか思われていないのよね。
そう。別にそれで構わないわ──」
やはりこの女は読みきれないところがある。
「私は運命を覆す。叛逆の魔女よ。
死が確定するのは魂が死を受け入れた時、この場に留まる魂は誰一人として諦めてはいないわ」
膝をついて両手を合わせ、何か祈るような動作をするとこの空間そのものが女を中心にして静かに動き始めた。
何か仕掛けようとしている。
しかし、発動までは時間がかかるようだ。
それならば、今ここで命を絶つべきだと判断した。
両手を振り上げ女の首を断とうと腕をしならせると、光と共に再び姿を現す者が。
「そうか。ここでようやく俺の出番か──」
耳につけた飾りがカラカラと音を立てる。
小さく猫の鳴き声が聞こえるようになった。
「沢山の者が、お前の手にかかる姿を見ていたよ」
深い悲しみと、
「この世界では俺の大事な家族も、お前が手にかけたのだと思うと──」
怒り。
「竈門炭十郎、推して参る」
抜刀する動作の途中で、胸元から小さな白い猫が飛び出した。きょろきょろと周囲を見回してから、一直線に走っていく。
猫が向かった先は、もう一人の杏寿郎が倒れていた。
小さく鳴きながら頬を舐めると、杏寿郎の肉体を癒す。
「──君か。俺を心配して癒しの力だけを送ってくれたのだな」
猫の頭を撫でると、吸い込まれるように猫の姿が消えてしまった。
先ほどまでの激闘で彼の刀は折れてしまっている。
「竈門少年、君の刀を少しの間貸してほしい」
黒刀を手に炭十郎の横に並び立つ。
鬼のいなくなった世界で、最強と称される二人は称された通りに鬼舞辻無惨を圧倒した。
しかし、夜明けはまだ遠く──。
光の呼吸
女の身体が引き上げられるように高く高く上空に浮かんでいった。
劫ノ型 神憑り
空間が震える。
いくつもの帯のような色が女を円状に包んでいき。
完成した球体は──
天照大御神
まさに太陽のような輝きで周囲を照らしてみせた。
●57
おやと周囲を見回す。誰も彼も世界を渡ったようなのに、俺だけが取り残されてしまった。
「炭十郎」
こっちに来いとばかりにユリに手招きされて近付く。
「どうした? 具合が悪そうだな」
彼女の顔色は悪く、頭が痛いのか片手を頭にあてて顔をしかめており。
「向こうの世界の様子を探っているのよ。
こちらから随分人を送り込んだから、だいぶ展開に変化があってね──頭の中をかき混ぜられてるみたいで……」
ふらりと倒れそうになるユリの腰を咄嗟に支えた。
炭治郎たちも槇寿郎も駆け寄ってきてくれたので、ひとまず彼女を預けるが。
ユリは俺の袖のあたりをぎゅうと握った。
「あと少し、調整が必要みたい」
もう片方の手を掴んだ袖のあたりにかざしていると、そのあたりがあたたかくなってくる。
「何をしているんだ?」
ユリが手を離すと、小さな白い猫が爪を立てて袖に捕まっていた。
「癒しの力を託すわ。ほんの1人分、誰を癒すかはこの子が決めるでしょう。そろそろあなたも送るわ」
顔色が悪いどころの様子ではなかった。心配して声をかけるが、頭を横に振って聞き入れてはもらえない。
「あなたはどれほどの人々が鬼舞辻無惨の手によって殺されようとも。決して、助けに入ってはいけない」
……あなたにとっては、とても辛いことでしょうけれどとユリが視線を落とす。
「でもそうしなければ誰も救うことが出来なくなってしまう。
──私を信じてくれる?」
「今更何を言うのかと思えば、初めて会った時から疑うことなど一度だってなかったさ」
そう、信じることなど当たり前で。
彼女がいてくれるから俺がこの場にいられるのだから。
ふたりで微笑みあった。
「今という時はわかるんだな?」
「えぇ──起死回生の一手には時間がかかるの。
その一手はあなたがいなければ出来ないことだわ」
「それは責任重大だ」
頭をかく動作をしながら笑う。
仔猫の身体を片手で支えると、爪をしまって手の中に収まってくれたのでそのまま懐に。
ちょうど良い場所を見つけたのかしばらく動いた後に丸くなったようだ。
愛する家族に、共に戦った仲間に、そして──
「いってくる」
ユリと視線が合う。
頷きを返すと共に彼女が両手を広げると、不思議な輝きが身体を覆って重力を感じなくなった。
向かった先で、いくつもの戦いを見届けることになった。俺たちの世界とはまったく違う戦いが繰り広げられる。
見覚えのある隊士もいたし、見覚えのない隊士もいた。とても不思議な感覚だった。
まるで夢をみているような。
そして驚いた。杏寿郎が二人いたことだ。
こちらの世界の杏寿郎が鬼舞辻無惨の攻撃を受けようとした時は助けに入ろうとしたが、懐の猫に爪を立てられて思いとどまった。そうなることもわかっていて、ユリは俺を送り込んだというわけだ。
こちらの世界にいたユリが暴走した杏寿郎を助けるべく姿を消した。
そこからはたくさんの者が傷付き倒れていく。
鬼舞辻無惨との戦いは彼女がいなければ当然そうなる。わかっていたことだが、何も出来ないことが歯痒く思った。
死んだ人間が見守るというのはこういう状態か。
この世界にもかつて俺が生きた時代があっただろう。この世界での炭治郎は鬼となった禰豆子を人に戻すために刀を持ったと聞いた。
頑張れ、頑張れとどれほど彼らを鼓舞してもこの場は鬼舞辻無惨と操られた杏寿郎が圧倒してしまい。
杏寿郎が倒れると同時に周囲が静かになった。
戦場に立つのは鬼舞辻無惨ただ一人。
倒れた杏寿郎の近くに、光と共にユリが姿を現した。
「「……」」
無言で鬼舞辻無惨と視線を交わす。
「──私の勝ちだ」
勝ち誇ったように鬼舞辻無惨は言った。
ユリの顔に表情はなく、周囲に視線を向けている。
俺に気付いているのかわずかな間視線が合う。
「無駄だ。
ここまで柱を失ってしまえば鬼狩りも組織としては壊滅したも同然──」
ユリが小さく笑っている。
「気でも触れたか?」
「あなたにとっての私は、その程度の存在としか思われていないのよね。
そう。別にそれで構わないわ──」
わずかな沈黙。
「私は運命を覆す。叛逆の魔女よ。
死が確定するのは魂が死を受け入れた時、この場に留まる魂は誰一人として諦めてはいないわ」
膝をついて両手を合わせ、何か祈るような動作をするとこの空間そのものがユリを中心にして静かに動き始めた。
『起死回生の一手には時間がかかるの』
何か仕掛けようとしている。彼女が言っていたことを思い出す。
──今なのだなと理解することが出来た。
鬼舞辻無惨を前にそんな無防備な姿を見せるのも、俺がいるとわかっているからしているのだと。
鬼舞辻無惨が両手を振り上げ女の首を断とうと腕をしならせ。
「そうか。ここでようやく俺の出番か──」
耳につけた飾りがカラカラと音を立てる。
懐の猫が反応するように小さく鳴きはじめ。
「沢山の者が、お前の手にかかる姿を見ていたよ」
見ているだけで何もしてやることが出来ず歯痒かった。この世界の俺も見ていたとしたらきっと同じ気持ちでいただろう。もしこの場にいるのなら、どうか共に戦ってくれ。
何か普段感じたことのない気配を感じた。
「この世界では俺の大事な家族も、お前が手にかけたのだと思うと──」
悲しみと怒り。しかし俺の心はとても静かだ。
この世界の俺の感情が流れ込んできているようなそんな気がした。
「竈門炭十郎、推して参る」
この世界の鬼舞辻無惨がどのように戦うのか。
その様子はずっと戦いを見ていたので理解できた。
腕そのものが刃物のようになっており、それを伸縮させ時には数を増やし攻撃してくる。
ほどなくして杏寿郎が駆け付けた。
あの小さな猫は彼を助けるために送り込んだというわけだ。
呼吸を合わせようと努力する必要もないほど、杏寿郎はごく自然に円環の中に入ってきた。
それが出来るように槇寿郎と共に己を研磨し続けたのだから。
あの日、旅をした三人が揃った。
こんなに心強いことはない。
──しかし、ユリは何をするつもりなのか。
光の呼吸
戦いの合間にユリの方を向くと、彼女の身体が引き上げられるように高く高く上空に浮かんでいくところだった。
劫ノ型 神憑り
空間が震える。
いくつもの帯のような色がユリを円状に包んでいき。
完成した球体は──
天照大御神
まさに太陽のような輝きで周囲を照らしてみせる。
天照大御神? 日本神話の最高位の神様じゃないか。多様な神格を持ち、最も知られている神格が──太陽神。
鬼舞辻無惨が悲鳴を上げて光から身を守るために肉体を膨張させた。
方々から人の声がするようになる。
「まさか太陽そのものになってしまうとは」
これは驚いたと、上空を仰いで見る。
太陽と同じでとても直視できない。
「炭十郎殿、これで良かったのでしょうか?」
鬼舞辻無惨の様子を気にしながら杏寿郎が声をかけてきた。
「何か嫌な予感がするのです。
しかし──彼女を心配するのは俺の役目ではありませんね」
杏寿郎が視線を向けた先には、倒れたままの彼がいた。
まもなくこの世界の杏寿郎が目覚めるだろう。
○ ○ ○
あたたかい──陽の光を浴びて。
縁側でユリが膝枕をしてくれている。
彼女が俺の頭を優しく撫でてくれた。
とても心地良く微睡んでいると。
「煉獄! おい! しっかりしろ!」
宇髄の声が聞こえてきて、慌てて飛び起きた。
周囲を見回し状況を把握する。
「──夜が明けたのか?」
にしては不自然だ。
この明るさは夜明けというより、真昼の明るさのように感じる。
「ユリは?」
集まってきていた者たちの中に、彼女の姿がないことにはすぐ気がついた。
「あれだとよ」
宇髄が上空に浮かぶ太陽を指で指す。
「隠れて見ていた嫁達についさっき聞いたんだ。
光の呼吸、神憑り、天照大御神、確かにそう聞こえたらしい。
鬼舞辻無惨はこの光から逃れるために暴れ回ってるらしいが、逆にそれしか出来ない状況で。
なにせ人手が多いからな。よく陽に当たるようにしているというわけさ」
「そうか──」
「ほら、お前ら煉獄は見ての通り無事だったんだ。散れ散れ!」
宇髄が手を降りながら、集まってきていた人々を散らす。その人たちを押し退けながら近づいてくる者がいた。
「煉獄杏寿郎! 杏寿郎はいるか!」
「赤龍! お前も無事だったか」
良かったと声をかけようとしたところで胸ぐらを掴まれる。宇髄が止めに入ろうとしてくれたが大丈夫だと声をかけ。
「今すぐあれをやめさせろ!!!」
赤龍が焦っているのがわかる。あれというのが、上空にいるユリのことを指してしるのはすぐにわかった。
「どういうことだ?」
思わず聞き返すと、赤龍は目を見開いて感情をあらわにする。
「見てわからんのか!?
あれは魔力を使って自分自身を変換している。
あの光の源は──ユリの命そのものなのだぞ!!」
●58
「まったくあんな得体の知れない奴に、ユリを助ける為ならなんでもするだなんて言うとはな。
流石に肝が冷えたぜ」
俺の隣で宇髄が言った。
「ユリを助ける為ならなんだってするさ。その言葉には嘘偽りもない。そんな風に言う相手は選ぶがな。
赤龍はあぁ見えて信頼に値する相手だ」
「そうなのか?」
「ユリのことを一番に考えてくれている。
俺と彼女との関係を無理に壊そうとしたことも──」
顎に手をやり首を傾げ。
「出会った時の一回きりだから」
「あるんじゃねーか!」
「神として人々に慕われるほど、面倒見の良い男だぞ。
それに俺たちが知らないことを知っているし、出来ないことも出来たりする」
彼がユリを救えるならとっくに救っているだろう。しかし、あえて俺に声をかけにきたということは俺にしか出来ないことなのだ。そして、きっと監視者の力を使わずに解決せねばならないことに他ならない。
「にしても、ユリを助ける為に戦力を半分に分けるとはな──」
「助けたいと思ってもらえるのはありがたい」
胡蝶を中心に隠たちも加わって計算を続けていた。
そうですね。それでいきましょうと言葉をかけて、胡蝶がこちらに向かって足早に歩いてくるなり行う。
「私の得意分野は医学であって物理ではないんですが」
「いちいちそんな計算なんぞしなくても、やるだけやってその後考えるでも良かったんじゃないか?」
「いいえ。この光の下ではどんなひどい落ち方をしても回復するでしょうけれど。
失敗したり時間をかけるだけユリさんに負担をかけてしまう可能性が高いと思います。
悲鳴嶼さんは無惨戦の方に参加されていますから、打ち上げ役は宇髄さんで宜しいですね?」
「おう! 全員ド派手に打ち上げてやるぜ!」
落ちる前に上に飛ぶ、先に飛んだ仲間を足場に更に高く。宇髄は水の上を歩くのと同じことだと笑って言っていたが。
「ユリさんのところまで届いたとして、どうされるんですか?」
「説得する他あるまいな」
ふと胡蝶は微笑んで。
「覚悟を決めた女性ほど頑固なものはないですよ」
そんな風に言うのだ。
「でもでも! 愛する殿方から何か言われたら、きっとときめいてしまうものだわ!」
甘露寺が急に会話に参加してくる。伊黒がどうしてもこちらに参加するよう言ってきたのだった。
「煉獄さん! 私も頑張ります!」
「あぁ、宜しく頼む」
熱意に満ちた眼差しを見つめ返しながら、頷いて言葉を返し。
「そんなに何度も出来るようなことではありませんから。続けて二回挑戦して上手くいかなかった場合はもう一度──」
「必ずその二回までで成功させよう」
両方の拳に力を込めた。
宇髄、甘露寺、胡蝶その間を補う形で何人かの隊士たちも協力してくれることなっている。
「煉獄さん!」
炭治郎と善逸もこちらに参加してくれることになった。
「全力で足場になりますから! 思いきり踏みつけていってください!」
善逸はめちゃくちゃ痛そうなんですけどーと言いながら顔を青くしている。
「うむ。頼りにしているぞ!」
──あと少し届かない。
高さの最長で両手を仰ぐが熱を感じるだけで空を切る。
着地に向けて意識を切り替えようとしたところで、足下から短く悲鳴やら苦しんだような声やらが聞こえてくるようになった。
「炭治郎! 丸くなりやがれ!!」
「はっ! はいっ!!」
落下しかけていた炭治郎の身体を途中まで登ってきた宇髄が全身を使って投げ上げてくれる。
「煉獄さん!」
「すまない!!」
遠慮せずに踏んでいってくださいと言われた言葉の通りに額を踏ませてもらう。満足そうに笑って炭治郎が落下していく姿が見え。
最後の最後で俺をあと少しの距離を繋いでもらいユリのところまで届くことが出来た。
かなりの熱を放っている。
手をつけたところからジュウと肉の焼ける感覚が。
『やはりな。仕方ない』
赤龍が姿を変化させて赤い布のようになり、球体を包む。
『──これで手をかけることが出来るだろう』
痛みに堪えるようなそんな声だ。
球体にしがみついて話しかけた。
「ユリ、俺の声が聞こえるか?
後は俺たちで何とかする。ありがとう。もう大丈夫だから──」
手探りに球体を探るどこも同じ作りなのか、赤龍の布をしっかりと掴んでいなければ落ちてしまいそうだ。
落ちてしまえばこうしてまたユリに話しかけることが難しくなる。
慎重に指先で探った。上部が他よりも柔らかく感じ、指を入れて穴を広げ覗き込む。
「ユリ」
胎児のように身体を丸めて、全身を光らせていた。
「ユリ!」
再び一度声をかけて、ようやく顔を上げてこちらを見てくれる。
もう元通りにはならない。そんな悲しみにも似た感情が伝わってきた。
「構わない。どんな姿でも君がいてくれるなら、俺は受け入れる!」
迷いなく片腕を入れると熱による負傷と再生を何度も繰り返す。しかし、そんな痛みも全身を犠牲にしているユリに比べたら大した事ではないのだ。
「後は俺たちでなんとかする。
俺たちを信じて、術を解いてくれ」
球体の強度が変化する。先ほどよりも柔らかくなったようだ。彼女が許してくれるのならと、もう片方の腕もユリに向かって差し伸べる。
「帰ろう!」
笑って言った。
先ほどまでの明るさが嘘のように、空は雲に覆われており激しく雨が降るようになった。
ユリの身体を抱きかかえて落下したが、落下の衝撃を少しでも減らすために幾重にも布が広げられていたので大事には至らない。
彼女の全身は黒く炭のようになっていたが──呼吸も確認できるし、隙間からうっすら皮膚のようなものが確認できた。きっともうじき目覚ますことが出来るだろう。
赤龍の赤色の布に覆われてはいるが心もとない。俺の羽織もユリの身体にかけた。抱きしめて耳元で囁く。
「ユリ、少しの間離れるぞ」
駆け寄ってきた胡蝶にユリを預け立ち上がるが、
「煉獄さん、お気持ちはわかりますが貴方の羽織は持っていってください」
確かに戦術的な意味合いもある。
「その羽織を身につけた煉獄杏寿郎こそが炎柱、私たちを勝利に導く灯火となるでしょう?」
胡蝶が自身の羽織をユリの身体にかけて、俺の羽織を手渡してきた。
感謝の言葉を返して受け取る。
「安心してください。ユリさんには煉獄さんがすごーく心配されていたと伝えておきますから。
ぎゆ……いえ、皆さんのこと宜しくお願いしますね」
静かに微笑んで、いってらっしゃいと言葉が続いた。
○ ○ ○
「やれやれ、ユリの援護がなくなった途端に傷を負わされるとは」
竈門炭十郎はまともに刀が握れなくなるぐらいの深い傷を負わされた。
「──後は俺たちに任せてほしい」
深手を負った炭十郎と入れ違う形で、こちらの世界の煉獄杏寿郎が現れる。
「ユリは無事なのか?」
別世界から来た杏寿郎は思わず声をかけた。
自分自身とよく似た存在が隣にいるというのが、お互いひどく奇妙に感じる。
「無事だ。そう信じている」
ずっと雨は降り続いていた。
「──集中」
聞き慣れた呼吸音。
夜明けまで、この雨雲が晴れるまで戦い続ける覚悟でこちらの世界の杏寿郎はここに来た。
その意図を汲んで、別世界から来た杏寿郎も立ち上がる。
「「炎の呼吸」」
言葉や視線を交わさずとも、不思議と動きが合わせられる。
炎の呼吸による攻撃を繰り返し。
──ヒノカミ神楽
二人の手にした刀が赫く輝き、鬼舞辻無惨を切り刻んでいった。
●59
──大爆笑。
大きなスクリーンを独占して、炭酸飲料とスナック菓子を食べながら物語の行く末を見守っていた。
「めっちゃ笑うてはるー」
人を駄目にするクッションに身体を埋めながら収集家が引いていた。ドン引きというやつだ。
「だってさー。最高じゃないか。監視者のやつ中途半端にボクの真似して、しかも普通に失敗してるのがさー」
あー笑いすぎてお腹痛い。
炭酸飲料をストローで飲み込んで再び笑いが込み上げてくる。だめだこりゃ。
「えぇ? どういうことなんです?
あの短剣は管理人が出したものでは?」
「あれは監視者がボクというキャラクターを利用して配置したものだよ。煉獄杏寿郎の内部までよく理解したからこそ出来たことだろうが。それでもボクの足元にも及ばなかったわけ。
たかが世界ひとつ分の監視者の力じゃ、そんなもんだろうけど」
ペロリと唇についた塩分を舐めとると、アルコールが欲しくなってくる。
「収集家、所蔵の酒を振る舞っておくれよ」
「えぇ!? まさか最初からそれが狙いです!?」
「いいだろー? 今は非番中だしさー」
人を駄目にするクッションの上から手を伸ばして、収集家の頬を突く。
「ぶあ、うあ、やめてくだせい」
あーとかうーとか言いながらもゲートを開いてくれるようなので手を引っ込めると。
「誰ですか! 勝手に施設を私用に使って!」
よく通る声が劇場内に響いた。
「おい。収集家、入り口の鍵はちゃんと閉めておけよ。
劇場での大声はマナー違反では? 先生」
形の変わる大きなクッションの上で寝転がりながら、近付いてきた教職者と視線を合わせ。
「ひぃ忘れてますた」
わたすはいないものとして扱ってくだせいと収集家はクッションに顔を埋めていないふりを決め込んでいる。
「……貴女たちだとわかっていますけれども。
彼女を見守るような集まりなら、私にも声をかけてくださっても良かったのでは?」
はぁとため息まじりに教職者は言う。
「はいはい。声はかけておくべきだったね。悪かった悪かった。今からでもご一緒するかい?」
指をパチンと鳴らすと教職者用のクッションが出現。
教職者は優雅にそのクッションの上に座った。
「それで? いまどういう状況なんですか?」
「まさにラスボス戦中だよ。監視者も隙あらばユリちゃんを取り込もうと必死でね」
「あぁ、そうそう。
なんで監視者はわざわざ管理人になりすまして短剣を出現させたです?」
収集家にはわかんないかーと視線を向けながらも。
「そりゃユリちゃんが煉獄杏寿郎を傷付けられないと理解していてってことさ。
人魚姫のように、あのナイフで自分を傷付けて精神の海に飛び込みでもしたら監視者はユリちゃんを難なくゲットできたというわけ。
ユリちゃん的にもここで煉獄杏寿郎にどどめを刺して魔女としての真の覚醒をするのもひとつの手だとは思ったみたいだから。そういう迷う時間もあってベストだったよねぇ」
我々がおしゃべりをしている間にユリちゃんは煉獄杏寿郎にキスをしているところだった。
○ ○ ○
「む゛ー!!」
唇を重ねた瞬間に、杏寿郎の意識が戻ったことはすぐにわかったのだけれど──。
両腕で抱きしめられたりして簡単に離れられなくなってしまい。とりあえず逃れようと四苦八苦している。先ほどから。
杏寿郎! ここぞとばかりに力入れてきて。もう!
しかも軽く噛むぐらいでは、さほど気にもしないものだから余計にどうにもならず。
「あれ? なんかばたんばたん音してるけど」
「母上、父上おきた?」
ふたりは本当に目を閉じているからか、何が起こっているやらわからないといった様子だが。
子供たちの声が聞こえたでしょう!!
おわり! おわりー!!!
「……ここまでか」
ようやく口が自由になった。
一呼吸おいて再び抱き締められる。
「君が即決しなくて良かったと、安堵するのはこれが初めてかもしれないな」
杏寿郎の声が聞こえたので、ふたりも目を開いて立ち上がると走り寄ってきて抱きついてきて。
「母上も父上も」
「無事で良かったぁ」
「ふたりともここまでよく来られたな」
ふたりの頭を撫でながら、
「大変だったよ」
「そうだよ。すごく大変で」
「そうかそうか」
みんな嬉しそうに笑いあっていた。
この子たちがいなければ、私はこの選択をしなかったかもしれない。
「またみんなでぎゅーしようよ」
「母上も一緒に」
杏寿郎が子供たちと一緒に私も抱きしめてくれた。
「──ありがとう」
「あぁ、ありがとうだな」
え? という表情で子どもたちは顔を見合わせていたが。満更でもない様子で笑顔になった。
その後、一足先に私だけ現実世界に帰ることになり。
ふーとふたりの帰り方について考え方や方法を助言してから浮上する。
私と杏寿郎。ふたりでいることを続けるには、今後もそれなりの困難が待ち構えていることは容易に予想できた。
──けれど、もう大丈夫。
どんなに苦しむことがあっても、きっと杏寿郎が何とかしてくれる。
そんなこの物語の結末を一足先にみることが出来たから。
○ ○ ○
その後、ユリちゃんの大技を見て三人でどよめく。
「見たかい今の! いやーカッコイイなー」
思わず手を叩いて称賛し。
「なんだよ」
そんなボクの姿を見て教職者は小さく笑っていた。
「貴女がそこまで感情豊かに物語を楽しむ姿を見るのは随分久しぶりで──」
「ボクは本来純粋に物語を楽しむタイプなんだよ。
君とは違ってね」
「えぇ、そうでした」
そんなボクらの会話は耳に入ってはいない様子で、収集家は心配そうに。
「これで終わりですか? なんだかそれだと呆気ないようなー」
「馬鹿いえ、こっからだ」
その後、煉獄杏寿郎の呼びかけと命懸けの行動によって救い出されたユリちゃん。しかし、身体そのものすら糧にするような術式だったから全身炭化してしまっているような状態だ。
魔女であるならば、火炙りになり命を落とすなんてよくあることだろう。
ボクらが魔女と呼ばれる由縁は、得体の知れない力を持った怪しい女だから。力業で物事を捻じ曲げ、畏怖される存在。
誰が見てもボクらを魔女と呼ぶ事が多いから、ボクらはらしさを突き詰める。
けれどね。
ユリちゃんにはそれだけじゃない別の一面があるわけさ。彼女を心配する人々、彼女の復活を信じる人々そういう想いが積み重なれば──。
ボクらはどうしたって、そういう想いに応えたくなってしまうんだから。
●60
教生院家──。
「お嬢様! 夏火お嬢様! お待ちください!」
使用人たちの静止を振り切り馬車に乗り込む。
何か胸騒ぎのようなものを、この夜は感じていた。
寝付けずにいると情報屋から一報が入り。
鬼舞辻無惨が産屋敷邸を襲撃。
それだけならまだ家にいたかもしれない。
しかし、市街地まで範囲が広がり夜明け近くになってもまだ戦いが続いていることを知ってしまってからは行動を起こすことにした。
吉原での一件では住む場所をなくした人々に、翌朝の炊き出しなどが役立っていたと報告にあったはず。
今回は何が必要になるのか、よく考えて──。
遠く、雲よりも低い場所で太陽にも似た光を放つ球体が現れた。
あまりの眩しさに目を庇う。
「夜明け? まさかそんな」
雲に隠れていた太陽が見えたにしては方向も角度もでたらめだ。
ユリ、あなたが何かしているの?
突然現れたあなたに杏寿郎様を奪われて、あなたを知らない頃のわたくしはどれほどあなたを憎んだか。
そんな気持ちも全て知った上で、あなたはわたくしと真正面から戦ってくれた。
あなたのことをろくに知らない頃のわたくしなら、こんな大事な戦いの中で不謹慎にもあなたの死を望むようなことを考えていたかもしれません。
──けれど、今は違う。
ユリはわたくしが唯一認めた、わたくしのたった一人の大事な親友。
彼女はわたくしの出来ることを、全力でしてみればいいと言ってくれた。
「お嬢様! 夏火お嬢様! お待ちください!」
動きやすい服装に着替えて、使用人たちの静止を振り切り馬車に乗り込んだ。
何が足りないのか、何を補うべきなのか現地に行けば容易にわかるはずだ。
先ほどまで周囲を明るく照らしていた歪な太陽は、唐突に姿を消した。その消滅を天が悲しむように土砂降りの雨が降り始め。
○ ○ ○
「蟲柱──」
言葉を促され、雨除けの設置を頼んだ。
煉獄さんからユリさんを預かって、私はどうしようというのか。
後は私たちだけで何とかするから休んでいていいだなんて言ってしまえるだけの余裕がない。
かといって、早く目覚めてほしいなどとこの場にいる皆を救った彼女に対して言えるほど厚かましくもいられない。
「胡蝶、ユリの様子は?」
別働隊を指揮しているはずの宇髄さんがやってきた。
「全身大火傷の状態、というには少し違うようで」
顔の前に手をやり呼吸を確認している。
「意識は戻らないのか」
「はい」
彼女の額に手を置いて、
「ユリ、俺はお前を信じている。
ここにいる誰もがそうだろう。自身の身を犠牲に太陽にだってなってみせるド派手な奴が、これで終わってしまうはずがないってな」
宇髄さんは言った。
「前に魔力切れで眠り続けていた時も、杏寿郎がずっと抱き上げて生活して声をかけてたって聞いた。今もそういう状態かもしれん。ここで寝かせているよりは人を呼んで声をかけさせよう」
あと狛治の奴はどこにいるんだ? と周囲を見回して宇髄さんは走り去った。
その後、宇髄さんに声をかけられたのか隊士や隠がやってきてユリさんに声をかけていく。
中には彼女の姿を見て泣き出す者まで──。
ユリさんの身体を支えるのを代わるといってくれたけれど、私はこれだけは自分の役目のような気がして交代する気になれず。
遠くで戦いの続く音がした。
時折炎が見えるのは戦っているのが煉獄さんだからかもしれない。
「ユリさん──」
あなたがいてくれたから私がここにいられるんです。
「ユリさん」
もう夜が明けてもおかしくない時間なのに、こんなに雨が降っていて。
「……」
両目を閉じると言葉に出来ない想いが涙になって溢れてくる。
よしよしと頭を撫でられる感触に驚いて目を開くと、ユリさんと視線があった。
ぱらぱらと彼女の身体を覆っていた黒く炭化した組織が落ちていく。
「ユリさん、大丈夫なんですか?」
言葉を返そうとしてくれたようだが、上手く声にならないようで軽く首を傾げた後に。二回ほど頷いてくれた。
ユリさんの目覚めに気付いた周囲の人々から歓声が上がる。
「おぉ、思っていたよりは早かったな」
歓声を聞きつけて宇髄さんが戻ってきた。
「準備万全だぜ」
片膝をついてうやうやしくユリさんの手を取ろうとして──。
「まだ目覚めたばかりですよ?」
「そこまで乱暴に連れて行こうとはしてないだろ」
手を取るか取らないかユリさんに委ねていると言いたいのだろうが。
心配してユリさんの様子を窺うと、大丈夫とでも言うように微笑んでみせて。宇髄さんの手をとった。
「よしよし、それじゃあまずは着替えか?」
宇髄さんに軽々抱き上げられたが、ユリさんは首を横に振る。
「? じゃあどうすんだ?」
ユリさんは周囲を見回してある場所を指差した。
○ ○ ○
──遠く歓声が聞こえる。
彼女が目覚めたのだとすぐ理解することが出来た。
別世界から来た俺と視線を合わせ、距離をとると不死川と悲鳴嶼さんが入れ替わるように攻撃をはじめてくれた。
次々入れ替わる必要があるかと周囲から聞かれたが、その必要はないと言葉を返し。
ひと息ついた。
「どうした?」
雨の滴を拭いながら、
「間もなく雨が止む」
とても降り止むような印象のない強い雨が降り注いでいたが、俺はそう言った。
「──そうか。
君が言うならそうなのだろう」
それでと、言葉を促される。
雨が止むことを伝えるだけならば攻撃の手を止める必要がないからだ。
「鬼舞辻無惨を打ち上げる」
空中であれば身体を隠す術もない。
飛び散る肉片に気をつけるとしても、この戦いを見守る視線は多く。対応できると判断した。
「ふむ。わかった。
ならばまた合わせよう」
特に異論もないようで、彼は頷きと共に言葉を返す。
正直、いまが鬼舞辻無惨との一戦の最中でなければ色々彼を問い詰めていただろう。
何を思ってここに来たのか、彼は先ほどユリを庇うように立っていたりもして、ユリが俺を見限って別世界から来た俺を選ぶなんて万に一つもないだろうが──。
「君」
眉間のあたりを指差した別世界から来た俺に声をかけられる。
「しわになるぞ」
爽やかに微笑まれながら言われ、浅く息を吐いて俺も笑った。