【完結】旅する物語 白百合異聞   作:masuda028

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【鬼滅の刃/煉獄杏寿郎】
無限列車編のその先に。

※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。


43仕舞い編66〜70

●66

 

「──っていう感じで、煉獄さんたちのいる場所まで向かったの!」

 戦いの後、しばらくして私はしのぶちゃんとユリさんを誘って出かける機会を設けた。

 しばらくといっても数ヶ月ぶりぐらいになるだろうか。三人とも同じ頃に懐妊してしまい、体調が落ち着く頃まで待っていたらだいぶ遅くなってしまって……。

 

 以前、藤の家として協力してくれていたおうちが旅館として営業するようになり元隊士には格安で使わせてくれると聞き。三人で集まって話しをするのなら、そこを利用するといいだろうと小芭内さんが手配をしてくれた。

 

 にしても、おかしいわ。

 ユリさんと煉獄さんの出逢った頃のお話しを聞かせてもらおうと思っていたのに私ばっかり話してしまって──。

 でも二人共よく笑って、真剣に話しを聞いてくれるものだから。ついつい居心地が良くて、話すことに集中してしまっていた。

「あの時のお話しはこれぐらいにして、ユリさんから煉獄さんと出逢った頃のお話しも聞いてみたいわ」

 ちらりと視線を送るとユリさんはちょっと渋い顔をしている。

 聞いちゃいけない話題なのかしら。でもそこも含めて非常に気になってしまう。

「私も伺いたいと思っていますよ。

 そういえば、女性に年齢を聞くのは失礼かもしれませんが。ユリさんはおいくつなんでしょうか?

 煉獄さんとユリさんの様子を見ていると、もしかしてユリさんの方が歳上なのかなと思うこともあるんですが」

 誰も今まで口にしなかった話題をしのぶちゃんがユリさんに聞いてくれている。

 どんな返答があるのか──私はごくりと喉をならした。

 ユリさんは静かに手元の湯呑みに口をつけて、お茶を飲んだ後に。

「別の世界の人々が助けに来るなんて出来事を目の当たりにしたのだから、私が普通とは違うぐらいは思っているでしょう?」

 そんな風に言うのだ。

 しのぶちゃんと顔を見合わせた後、頷きつつも──。

「何をもってして普通というのか、定義が難しいですが。我々には出来ないことが何か特殊な事情で出来る方だとは思っています」

 しのぶちゃんが言う。

「ユリさんは煉獄さんの大事な人だし! 私達にとってもお友達……親友? 戦友? だし!」

 なんと言ったらいいか、ユリさんからは私達とは違うからといった諦めにも寂しさにも似た雰囲気を感じたけど。私は必死に違わないわ! 大好きだから! と思いを伝えた。

「戸籍上は今十九歳となっていたかしら。けれど、今までどれだけ生きてきたのかと聞かれたら──」

 指を三本作ってみせる。

「え? 三歳?」

 ユリさんは首を横に振った。

「三十。いえ──もしかして三百でしょうか?」

「大体だけれどね。元からどれぐらい生きたかなんて意識しないものだったから。

 まぁでもこの身体の肉体年齢は十九ぐらいだから戸籍の情報はあっているといえば、あっているのかも」

 私としのぶちゃんはほぅと感心するような吐息をする。

「だからつい杏寿郎を子供扱いしてしまって──」

 あぁとユリさんが頭を抱えた。

「えっ! 子供扱いするとどうなってしまうの?」

 つい聞いてしまう。

「俺はもう子供じゃない。子供ではないことを証明するとか言い出して」

 表情と雰囲気から察するにそういうことかしら。あの煉獄さんが。ユリさんとそんな風に!?

「でもたまに子供扱いされて喜ぶ時もあるのよ……」

 よくわからないわと呟いて、ユリさんは再び湯呑みに唇をつけた。

 しのぶちゃんがユリさんの湯呑みに追加のお茶を注ぐ。

「そんな私が生活していた世界に、まだ幼い頃の杏寿郎が召喚されてきたのが事のはじまりね。

 事細かに話そうとすると夜が開けてしまうけれど」

 ちらりとユリさんが外に視線を向けると、いつの間にか日が沈む頃になってしまっていた。

 朝からずっと一緒にいたのに。あっという間の時間になってしまった。

「今度は泊まりでのお出かけも良いかもしれませんね」

 しのぶちゃんがそう言った。私もそれだわ! と目を光らせる。

「お許しが出るかしら?」

「もしくは女子部屋、男子部屋で分かれてのお泊まりとかなら!」

 なんて会話を弾ませていると、襖の向こうに人の気配がして失礼しますと声がかかる。

「旦那様方がお迎えにいらっしゃいましたが──」

 覚えのある声が遠くから聞こえてきていた。

「はい! すぐ行きます!」

「残念。またの機会に聞かせてくださいね」

 三人で席を立ち、片付けをはじめる。

「どうして私と杏寿郎が出逢った頃の話をそんなに聞きたいの?」

 心底不思議そうにユリさんが聞くので、私はしのぶちゃんと顔を見合わせ。

「私は好奇心です。

 あの煉獄さんが、ユリさんに惹かれた理由が出逢った頃のお話しを伺えばよくわかるのではないかと思って」

 まずは笑顔でしのぶちゃんが言った。

「私は恋のお話しが聞きたいの! 出逢った頃の二人がどうやって仲良くなっていったのか! そんなお話しを聞いてときめきたい!」

「──恋?」

 私が言った言葉にユリさんは少し俯くようにして、指先を口元に添えながら恋という言葉を反芻する。

 

 ○ ○ ○

 

 ユリが少し歩きたいと言うものだから、手を繋いで少し歩くことに。

「寒くはないか?」

 念のため外套を持ってきたが、大丈夫だとお礼を言われる。

「杏寿郎」

「うん?」

「二人共、私と杏寿郎が出逢った頃の話が聞きたいというのよ。

 そういうものなの?」

「女性の会話というものは俺にとって想像でしかないが。恋愛に関する話題で盛り上がるのは男女共通のものかもしれないな」

「男も恋愛に関する話題で盛り上がるの!?」

 俺の心を覗いているのか、若干引いたような様子でユリが驚いている。

「こら、勝手に人の心を覗かないでもらえるか」

 笑いながら言う。別にユリになら心を覗かれて構わない。特別やましいことなどないのだから。

「恋愛といっても、女性は女性同士で精神的な話を聞きたくて。男性は男性同士で肉体的な話をしたいのね」

 ふーんとどこか関心のある様子で。

「蜜璃は私とあなたの出逢った頃の話が、恋の話だと思っているみたいだったわ……」

 ユリの次の言葉を待っていると、声がかからないので顔を向ける。じーと俺を見上げるユリと視線が合った。

「あの頃からあなたは恋をしていたの?」

「何を急に」

 にやけてしまいそうになり、口元をおさえる。

「私もあなたに恋をしていたのかしら──」

 俺から視線を外して、どこか遠くを彼女は見つめていた。

「あの頃の俺はまだ自分のことにいっぱいいっぱいで、心が繋がっていたはずなのに君のことをよく理解出来ずにいた」

 繋いでいたユリの手を引いて抱きしめる。

「口吸いを強請って、あの頃の君を少しぐらい困らせても良かったかな」

 親指で彼女の下唇に触れ、

「あの頃もそんなことをしたいと思っていたの?」

「いいや、あの頃は何も知らない無邪気な子供だったから。君と共にいられるだけで、満たされていたんだ。

 ──俺も欲深い大人になってしまったか」

 ユリの腹に触れる。その場所は新たな生命を宿しており、俺が触れると内側から蹴られたような衝撃があった。

「こうして二人で歩いて帰るのもいいが。

 そろそろ俺の足で帰ろうか」

 彼女の身体を抱き上げる。俺の肩にユリも手をかけてくれて。

「そんなに早く走らなくていいから。今日は少し夜風にあたりたい気分なの」

「心得た」

 走りながらユリとの会話を楽しめる速度で夜を駆ける。

 

「杏寿郎、みて」

 彼女が空を指した。月も星も輝いて見える。

 綺麗ねとユリが呟いて、二人で同じ気持ちでいることが嬉しかった。

 

 

●67

 

 義勇さんと小指を繋いで隣を歩く。

 薄暗い森を人が行き来するために整えられた道。

 

 私を迎えに来た彼の右手には提灯があった。ゆらゆらと揺れる光は周囲に影を作る。隊士であった頃は決して使わなかったものだ。夜闇に慣れること。目で認識できないのなら別の方法で、暗闇の中戦わなければならなかったから。

 

「先ほどの──」

 不意に言葉が紡がれて、慌てて彼の横顔に視線を向ける。

「女将と随分親しげに話していたな」

 特別表情を変えずに、前方を見たまま義勇さんは言った。

「えぇ、以前あの藤の家を訪ねたことがあったので。義勇さんは覚えていませんか?」

 夫婦として山越えをする任務を私と義勇さんとで担当することになり、夫婦と見えるような格好をあの藤の家で用意してもらったのだ。

「あの時は妊婦を装ったんでしたよね」

 大きくなった自分のお腹を撫でる。今は眠っているのか静かなもので。

「女将さんが、水柱様が大分変わられてと驚かれていました。

 なので、それほど変わっていませんと言っておきましたよ」

 にっこりと笑いかけると、ちらりとだけ視線を向けて。私がそう思っているのならそれでいいと横顔に書いてある。

 

 髪を短く切って、以前よりは表情を作ってくれるようになった。けれど言葉足らずなところは相変わらずで、何を考えているんだろうかと思うことは増えた気がする。

 それでも──子供が出来たと伝えた時は随分驚いた顔をして義勇さんなりに喜んでくれていましたよね……。

 悪阻のひどかった私を気遣ってくれていたし。

 

 ただ最近、ちょっと出掛けてくると家を空けることが多くなった。

 子供が出来てからは夫婦としての触れ合いはまったくなくなって、ふらりといつの間にか戻った彼の着物から何か女の香りがすると気付いた時は目の前が真っ暗になったものだ。

 浮気は男の甲斐性というけれど。まさか義勇さんが?

 問いただす事も出来ず。もやもやとした気持ちのまま日々を過ごしていたところ、蜜璃さんからお誘いの声がかかり今日になった。

 当日会うまでは義勇さんの事を二人にも相談しようかとも思っていたが、実際会ってみるとそんな悩みとは無縁そうな二人に聞かせられそうな話題ではなく……。

 

 蜜璃さんユリさんとの時間は、良い気分転換になりましたが──。

 

 こんな気持ちのままではお腹の子も可哀想だ。

 

 ……私はなんて軟弱な女になってしまったのだろう。

 

 すぅと深く息を吸い込んで立ち止まると、繋いでいた小指が離れた。

「どうした?」

 義勇さんがすぐに立ち止まり、私の方を見る。

「誰か他に良い方が出来たのなら、正直に言ってください」

「?」

 彼が他の女性と親しげに話している姿を想像してしまう。そんな想像をしたくなくて、頭を横に振りずっと心に決めていた事を口にする。

「この子は私一人で育てます」

「しのぶ。何を言って──」

 ここで初めて義勇さんは狼狽えたような表情を見せた。

「私たちを置いて朝から夕方頃までよく出歩かれているじゃないですか。

 どなたかと会っているのでしょう?

 私というものがありながら、お相手はあなたを妻帯者と知っていて──」

 一気に思っていることを口した方がいい機会だったというのに。ぐるぐると思い悩んでいたことが涙となって溢れてしまう。

「義勇さんの……馬鹿!! 大馬鹿者!!」

 感情のままに叫ぶと、周囲の木々から沢山の鳥が飛び立っていった。

 

 どうしてこうなってしまったのだろう?

 

 戦いの後、真っ先に駆け付けてくれたあなたを見た時はすごく嬉しかったのに──。

 

 ○ ○ ○

 

 先ほどまでの雨雲が嘘のように。ユリさんの神楽が始まると彼女を中心に、円状に雲が取り払われていった。

 炎の柱が天と地を結ぶと、鬼舞辻無惨は空中へ投げ出され身動きが取れなくなったようだ。

 ゆっくりと陽の光に身体を溶かされて、鬼舞辻無惨の断末魔の叫びは人々の歓声へと変わる。

 

 終わったと安堵の息をつく。

 偶然、隣に炭治郎くんがいて微笑み合った。

 

 彼はいま鬼舞辻無惨との戦闘に再び加わる為、ちょうどこのあたりを走り抜け向かう途中だったらしい。

「はぁ、良かった。みんな無事で──」

 涙を拭うように袖で目のあたりを拭っていたが、ふらりと倒れそうになった炭治郎くんに肩を貸す。

「大丈夫ですか?」

「すみません。おかしいな……なんだか目眩が」

 そう言ったかと思ったら次は胸のあたりを抑えて、苦しげに私の肩から離れ座り込んでしまった。

「炭治郎くん?」

 何かざわざわと胸騒ぎがする。

 周囲の人々の歓声で、私の声などかき消されてしまうぐらいこの場所は喜びに満ちているというのに。

 目の前で苦しむ彼の気配が変わりつつある。どうしてそんな状態になるのか、鬼舞辻無惨は先ほど消滅したはず──。

 

「しのぶ!!」

 炭治郎くんの肩に手を置いて声をかけようとした私の名を口にしながら、冨岡さんが間に入り炭治郎くんと距離を取った。

 

 先ほどまで私がいた場所に立ち上がった炭治郎くんの手刀による攻撃が放たれて、その衝撃で周囲の人々が吹き飛ばされる。

 

 誰もが皆、信じられないといった表情をしていた。

 冨岡さんだけが冷静に炭治郎くんが鬼となったことを受け入れて、冷静に周囲の隊士や隠に指示を出している。

 

 私を少し離れたところに置いてからは、ぽんと頭に手を置いて視線も合わせることもないまま戻っていってしまった。

 ──私も何かしないとと、立ち上がる。

 

「物語の悪役は、引き際が悪いと印象も悪くなるのよね。鬼舞辻無惨が炭治郎の身体に入れた自身の血液を媒体に、乗っ取ろうとしているわ」

 声のした方を見るとユリさんが宙を歩いていた。金糸の刺繍が細やかな巫女服を身に纏っている。

「!?」

「どうしようかなとも思ったのよ?

 あなた達だけでも解決できることに、わざわざ関わるべきなのかって。

 まぁでもここまできたら……出し惜しみをするのも意味のないことよね」

 ユリさんが小さく狛治さんを呼んだ。

 狛治さんはほんの数秒の間で、この場に登場し炭治郎くんの背後をとり自由を奪い地面に押し倒す形で拘束する。

 

 光の呼吸 参ノ型 花あかり

 

 神楽を舞う動作でユリさんが身体を動かすと。

 季節外れの桜の花びらが、どこからともなく現れて消えてゆく。

 その花びらひとつひとつが、淡い光で作られており陽の光を克服したはずの炭治郎くんがその花びらが身体に触れると苦しそうな声を上げ続け徐々にその声は小さくなっていった。

「これはどういう──」

 ユリさんに話しかけると、

「なんてことはないわ。ほんの少し時が戻るような仕掛けを術式に組み込んだだけよ。

 ──それだけで十分」

 

「お兄ちゃん!」

 隠たちに連れられて竈門禰豆子さんが現れ、炭治郎くんに駆け寄る。

 どうやら人に戻す薬は上手く効いてくれたようだ。

 狛治さんが炭治郎くんの拘束を解く。炭治郎くんは倒れたまま気持ち良さそうに眠ってしまっていた。

 

 

●68

 

 白無垢姿の私の相手をしながら、別世界から来た胡蝶カナエは私よりも幸せそうに微笑んでくれていた。

 ──そうして時々思い出し笑いもしている。

「ふふふふ」

「もう。

 その思い出し笑いはそろそろ終わりにしてもらえませんか?」

 何を思い出して笑っているのかは明確で。

 あの戦いの後、すぐに冨岡さんは私を抱き上げてお館様の元へ馳せ参じた。

 そして、私は彼からまともに求婚されたこともなかったというのに、冨岡さんはお館様へ私と結婚することを告げたのだ。

「だって、あの時のみんなの顔が忘れられなくて──」

 ちょうどその頃、お館様の身辺警護をしていた彼女はその様子を目の当たりにしてしまい。事あるごとに思い出し笑いをしているのである。

「ごめんなさいね。

 あの時のしのぶの驚いた顔も、どうしても忘れられなくて」

 ずっと一緒にいたけれど、あんな表情は初めて見て──と、また笑うのだ。

「いけないわ。

 このままではお式の間ずっとにやけてしまう。気持ちを切り替えないといけないわね」

 自身の頬を何度か軽く叩いてから大きく深呼吸を繰り返し、彼女は真面目な表情を作る。

「私は冨岡くんのことをよくは知らないけれど、こうしてあなたが夫婦になろうとしている相手だから間違いのない相手だとは思っているのよ」

 視線を合わせながら言葉が紡がれ。

「──いつまでもみんなを待たせるわけにはいかないわ。紅をひいてしまいましょう」

 何か言葉を言いかけて、本来言おうとした言葉とは別のことを言っている気がした。

 筆を使って慣れた手付きで紅をひいてくれる。

「しのぶ、とても綺麗よ。

 不思議ね。あの時、冨岡くんがしのぶと結婚するとお館様に言わなければ私がこうして今あなたに紅をひくこともなかったでしょう。

 ずっと考えていたの。あなたと私と二人だけが生き残った世界で、もし私が生きていたらどんな気持ちで今のあなたに言葉をかけるだろうかって──」

 音もなく彼女は涙を流していた。

 そうして涙を流す姿を見てはいけないような気がして、目を伏せて次の言葉を待つ。

「しのぶの幸せは私の幸せ。

 どうかいつまでも幸せにね」

 大事な事を言う時は、いつも頭を近付けて普段より少し静かな口調で姉は言葉を口にしていた。

 彼女も普段同じようにしているのかもしれない。

 そんなやり取りに胸が熱くなった。

「ありがとう」

 ──姉さん。

 彼女を姉と呼んではいけない。私の姉はただ一人。あの日私の腕の中で息を引き取ったのだから。

 けれど別世界を生きる彼女が、私たち姉妹を想ってくれることは嬉しく思う。

「そうだわ! もし冨岡くんに泣かされるようなことがあったら、ユリさんに言いなさい。

 何かあった時に私が力になれるようにお願いしておくから。ね?」

 涙を指先で拭って、微笑みながら彼女は言う。

 世界を行き来するような力がユリさんにはあるから。彼女の言う通り、ユリさんに頼めばまたこの別世界から来た胡蝶カナエとは会うことが出来るのかもしれない。

 

 しかし、冨岡さんに私が泣かされる?

 そんな様子は想像も出来なかった。

 

 これから私は義勇さんと二人で、鬼のいなくなった世界で共に支え合いながら生きていくのだと信じて疑わなかったから。

 

 ○ ○ ○

 

 人の想いは積み重なって形になる。

 義勇さんを疑う気持ちは、その想いを歪ませてあの頃は想像も出来ない形となってしまっていた。

 

 私が言った言葉を聞いて、義勇さんは傷付いたような表情を浮かべる。

 

 ──どうして? 裏切られたのは私の方なのに。

 

「……何か言ったらどうですか?」

 

 正直、なんと言葉を返されても受け入れられない気がした。肯定されても否定されても、彼のことを信じられなくなっていたから。

 それでも事を進めるには彼から何かを受け取る必要があった。義勇さんが沈黙しているので、ため息をついて俯き涙を拭っていると。

「!?」

 まばたきの合間に義勇さんが近付いてきて、抱き締められていた。

「なんのつもりですか!」

 提灯は先ほど彼のいた足元に落ちていて。

「……すまない」

 謝罪の言葉が聞こえてきたので、私は抱き締め返すこともなく身体を強張らせた。

 

「「……」」

 

 長い沈黙の時間。

 お互いの心音が聞こえる。

 

「──先ほどの謝罪は、不義に対するものではない。そもそも俺は不貞を働いてはいないから」

 そんな風に言うので、私は彼を見上げて睨みつけ。

「疑われているなら、どんな言葉を口にしても無駄な事だ。だからまずは謝った。

 しのぶを不安にさせ、ありもしない疑いをかけさせたのは俺だ」

 義勇さんが私の背中をさする。

「身籠もっている間は不安定になると聞いてはいたが、一人でいた方が気楽だという言葉をいつまでも真に受けるものではなかったのだな」

 悪阻がひどい頃、ずっと気遣われているのが申し訳なくてそんなことを言った気が。

「どこに行っていたか。

 それがわかればひとまず落ち着いてくれるか?」

 そう聞いてきたので、迷いながらも小さく頷いてみせる。

「俺は宇髄の家にいた」

 宇髄さんの家? つい先日赤ん坊が産まれたと聞いていたが。

「ずっとですか? ほぼ毎日だったじゃないですか──」

「産まれたばかりの赤ん坊は、一日一日表情をかえるものだ。俺は赤ん坊の世話をしたことなど一度もなかったから」

 朝から夕方頃まで、彼は宇髄さんの家に産まれた赤ん坊を観察し世話を手伝いに行っていたと。そういうことらしい。

「どこに行って何をしているのかぐらい話していってくれても良かったのでは?」

 ぎゅうと彼の腕を掴む。

「……産まれたばかりの俺たちの赤ん坊を立派に世話してみせたかった」

 私のことを驚かせたかったとでも言いたいようで。

「はぁ、まったく。

 柄にもない事をしようとするからですよ」

 力を抜いて義勇さんに身体を預けると、お腹の子も聞いていたらしく強く腹を蹴ってきた。

 その蹴りが彼にも伝わったのか、不思議そうな顔で少し身体を離すと私の腹のあたりに手をあて。

「今度出かける時は私も一緒に連れて行ってくださいね。私だって赤ん坊の世話をするのは初めてのことなんですから」

「あぁ、そうしよう」

 と言いながら優しい微笑みを返してきた。

 

 義勇さんと片手同士を繋いで再び歩きはじめる。

 薄暗い森を人が行き来するために整えられた道。

 

 彼の右手には提灯があった。

 地面に落として側面が燃えてしまい、大きく口を開けてまるでお化け提灯のよう。

「私たち、遠目から見たら幽霊のように見えてしまうかもしれませんね」

 軽く鼻をすすって、自分がまだ涙目のままという自覚はあった。

「幽霊ならばまだいい方でしょうか。

 鬼がいた頃であれば、通りすがりの隊士に勘違いされそうで──」

「鬼であれば夜目がきく、こうして提灯を持って歩く必要もない。それにわざわざ手を引いて歩く意味もないのだから」

 それもそうだ。

「……昔、提灯を持った姉と夜道を歩いたことがある。今日あったこと、明日は何をしようかと。

 そんな他愛のない話をしながら。

 俺にとってかけがえのない思い出だ。しのぶと共有したいと思っていた」

「そう──ですか」

「少し目を閉じるといい」

 そう言われて目を閉じる。

 少しの間歩き続け……。

 

「しのぶ」

 

 声をかけられて両目を開くと、私と義勇さんは開けた場所に立っていてそこからは月も星もよく見える。

 提灯の火は私が目を閉じている間に消してくれていたので、暗闇に慣れた私の両目は先ほどよりも遠く瞬くそれらをよく捉えることが出来た。

 

 ──綺麗。

 

 私が口にするよりも前に。

 

「月が綺麗だ」

 私の身体を後ろから抱きしめて、義勇さんが耳元で囁いた。

 

 

●69

 

 屋敷の周囲を見回って帰ってくると、

「おかえりなさいませ」

 別世界から来たという瑠火が起きており俺に声をかけてきた。

「──あぁ、今帰った」

 先ほどまでの鬼たちの襲撃が嘘のように、辺りは静かになっている。

 このあたりを襲う必要もないと判断したのか、鬼舞辻無惨が逃げ果せてこの夜に無理をする必要もなくなったのか──。

「……」

 今晩は何が起きるかわからない。

 昔のように寝ずに一晩過ごすつもりでいたが。

「どうされましたか?」

 瑠火がわずかに微笑み問いかけてくる。

「いや、その──」

「立ったままでいなければならない理由もないでしょう? 座られてはいかがです?」

 彼女がいること自体予想外のことだった。

 外の様子が窺える場所に、日輪刀を置いて腰掛ける。

「君は……どうしてこちらの世界に来たんだ?」

「こちらの世界に来るには条件があったので、まともに戦うことの出来ない私でも何かお役に立てるのではないかと思い参りました。

 ──夫には強く反対されましたが」

「夫というのは」

「はい。私のいる世界にいるあなたのことです。槇寿郎さん」

 彼女の世界でも俺は瑠火と結ばれたらしい。

 先ほど別世界から来たという杏寿郎もいたし、それほどの違いはないのか。しかし──。

「君のいた世界では、君は病にかからなかったのだな……」

 顔色も良く、変に痩せているわけでもない。

 あの頃のまま、ある程度年齢を重ねた美しさが彼女から感じられた。

「……」

 瑠火は少し考えこむような様子を見せて。

「別の世界の話は、あまりしないようにとは言われていますが。

 私も病にかかりました。おそらく瑠火という人物は病に伏して死ぬ運命にあるのでしょう」

「!? ならどうして君は生きている!」

 息をのみ、俺の瑠火も生きる術があったのかと思わず声を荒げた。

 人差し指を口の前にあてて、瑠火は起きる気配のあった椋寿郎の身体をぽんぽんと優しく触れる。

「私は運が良かったのです。

 偶然に偶然が重なって夫が私の病を治してほしいと頭を下げた相手が、本当に病を治せた。それだけのこと」

 そんな──どうして彼女の世界の俺はそんな病を治せる相手を見つけることが出来たのだろう。もう死んでしまった彼女を取り戻すことが出来なくても、いつか瑠火と同じ病を子や孫が患ったら?

 やはり詳しく聞こうと息を吸うと、

「私から話せることはこれぐらいです」

 これ以上は話せないと釘を刺された。

「この世界の私が死んでから、あなた達がどうしていたかを考えていました。

 槇寿郎さんは刀を手に戦うことが、まだ出来るのに──諦めてしまったのですね。

 ……責めるつもりはありません。

 大義のための死は尊く価値のあるものかもしれませんが、共に寄り添う者なら生きて幸せでいてほしいと思うもの。ただあなたが家族からも目を背けていたことに関しては黙っていられません」

 部屋の空気が凍りつく。彼女は静かに激しく怒りをあらわにしていた。

「どうしてそう思うんだ」

「私は日頃、あなたと共に生活しているのですよ?

 息子たちとのやり取りも当然何度も目にしています」

 眠っている千寿郎に視線を落とし。

「この働き者の手を見て、私の知る槇寿郎さんであれば行動を起こすでしょう。この手のまま放置されていたとすれば、関心すら向けてもらえずにいたと私は判断しますが間違っておりますか?」

 返す言葉もない。押し黙った俺の姿を見て肯定と捉えたのか。瑠火は千寿郎を優しく見つめていた。

「荒れた時期はあるけれど、途上といったところでしょうか。

 ──槇寿郎さんならば大丈夫ですよ。

 夜が明けて帰還する息子夫婦に何と言葉をかけるのか……責務を全うしてくださいね」

 ふふと口元を隠しながら彼女は笑った。

 

 ○ ○ ○

 

 話しがあると呼ばれて、父の部屋にやってきた。

 

 鬼舞辻無惨との戦闘を終えて迎える最初の夜だ。

 思えば父に呼ばれて部屋を訪れるのは初めてかもしれない。

 柱に就任したことを報告した時は、父は俺に背を向け横になっていたが──。

 

 もうすぐ休む時間になるが布団は部屋に敷かれておらず、向き合うように座布団だけが置かれていた。

 促されるままにその内のひとつに腰掛ける。

「概略は聞いているが、詳細をお前から聞きたい」

「はい!」

 嬉々として俺は話しはじめた。身振り手振りを交えながら。

 

 そして全てを語り終えると。

「なぜ──最後に炎の呼吸を使ったんだ?」

 厳しい顔をしたまま父は俺に問いかけた。

「それが最善と判断したからです!」

「──そうか」

 父は下を向くと片手で自身の顔を覆う。

「父上?」

 落胆させてしまっただろうか? 心配して近づくと、

「お前は誰も成し得なかったことを成したのだから、誇っていい」

 確かにそう聞こえた。

 父の言葉が嬉しくて思わず抱きついてしまう。

「こら! なんだ! いい大人が!」

「良いではないですか! たまには!」

 力比べで負ける気はしない。強く抱き締めていると、父上の方も同じようにしてくれた。

「よく鬼舞辻無惨を討ち果たし、無事に帰ってきたな……」

「!!」

 更にそんな言葉をかけてもらえて。

 

「はい!!!」

 俺の声に驚いたのか、椋寿郎とルリが泣く声が聞こえてきた。

 

「声を控えろ! 今はもう夜だぞ!」

「申し訳ございません!

 しかし──俺は嬉しいのです。あなたから労いの言葉をいただけたことが」

 俺の腕を軽く叩いて、父上が俺の腕の中から逃れる。

「──そうか。まだ時間はあるな?」

 そうしてごそごそと、収納から酒瓶を取り出した。

「特別な日にと用意しておいたものだ。

 お前が結婚した時も、お前の子供が生まれた時も上手く時間を作れなかったが。

 今夜ぐらいは付き合ってくれるか?」

 

「はい!!!!」

「だから声が大きい!」

 

 そんなやり取りをしながら、楽しい時間を過ごした。いつか千寿郎が成人した時も、同じように過ごしたいという父の言葉にも力強く返事をしてしまい。

 泣き続ける赤ん坊2人を抱いたユリと千寿郎が様子を見に来た時は、自分がいかに浮かれてしまっていたか気付いて反省した。

 

 

●70

 

 浴衣姿の天元と、別世界から来た同じく浴衣姿の杏寿郎が横並びに座って会話をしている。杏寿郎は口を噤んだ虎のお面を顔の横につけていた。

「なるほど、鬼はいなくなっても別の脅威が現れたわけか」

 別世界から来た杏寿郎の話しを聞き、天元は次から次に質問を繰り返し。

「こら、それぐらいにしておきなさい。言ったでしょう? お互いの世界のことは、なるべく情報交換しないようにって」

「そうはいっても、俺たちの今後に関わってくるかもしれないなら──」

「関わりません。

 この杏寿郎の世界と、天元のいるこの世界はまったく別物よ。むしろ別の世界のことを知ってしまったことで展開が変わってしまうかもしれないんだから」

 天元はちぇと不貞腐れたように腕を頭の後ろで組んで簡易的に敷かれた畳の上に寝転がる。

 

 鬼を退治したその翌々日。

 大々的に祝勝会など出来るはずもなく。

 しかし、人々の何かしたいという気持ちを汲んで方々でお祭りが開かれることになった。

 

 動物のお面を着けるもしくは黒い布を腕に巻くことが鬼殺隊の一員という証となっており、そうしていると飲食などが無料になるという計らいだ。

 私は白猫のお面、私の杏寿郎は口を開けた虎のお面を身につけている。

 

 二人の杏寿郎を連れて、私はその方々のお祭り会場をまわっているわけだが。今は天元の担当する地区の休憩所で、別世界から来た杏寿郎との会話に釘をさしたところだ。

「しかし、そちらの世界でも柱がいるならこの宇髄天元も音柱としてド派手に活躍してるんだろ?」

 不敵に笑って天元は言ったが、杏寿郎は対照的な困惑した表情を浮かべ。

「いや、俺たちのいる世界に音柱はいない。

 君とはこちらの世界で初めて会ったな」

 そんな言葉を返した。

「……そうかよ」

 考え込むように口元を手でおさえて、私にちらりと視線を向ける。

「なに?」

「いいや、なんでも」

 ざわざわと外が騒がしい。

「うむ! 皆、世話になった! 俺は次の会場に行かねばならん!」

 杏寿郎の声と共に、退場を惜しむ人の声が聞こえてくる。

「いま戻った!」

 入り口を開いて閉じて一直線に私の側に近付いてきて抱き付かれ。

「杏寿郎」

 においから察するに大量のお酒を勧められ、更には食べ物も勧められたようだ。事前に決めていた通り、勝手に消化した。

「うぅー」

「大丈夫? 飲み食いする前にどうにかする方法もあるのに──」

「皆の好意を記憶しておくためには、実際に飲み食いする必要があるからな。それに飲み食いする前にどうにかしてしまったら俺は制限無く飲み食い出来てしまうぞ」

 やれやれとため息をついて、私は杏寿郎を見上げ微笑む。

「祭りの主役は忙しいな」

 天元が笑いながらそう言って立ち上がった。

 杏寿郎と入れ替わりに、今度は再び彼がこのお祭り会場の顔になる。

 

 ○ ○ ○

 

 鬼を倒し終えた鬼殺隊はどうなるのか。

 炭十郎と旅した世界は、別の脅威と戦う組織として存続することになった。

 しかし、もしこちらの世界にそうした脅威が現れなかったとしたら?

 

 戦いが終わって間もなく、とある陸軍関係者がお忍びで産屋敷邸を訪れていた。

 同日その来訪を察知して、私も杏寿郎と同じ敷地内に滞在している。

 

 それなりの資産家であれば、そういう組織からは簡単に目をつけられてしまう。

 

 上手いこと内密に、良い関係を築いていたとしても。その組織の存在理由がなくなったのだとしたら別の組織として機能することを期待されてしまうわけで。

「はぁ、面倒だわ。いっそ記憶を消して終わりに出来ないかしら」

 ぽつりと言った私の言葉に頷きを返しながら、杏寿郎は真面目な顔をしている。

「得体の知れない組織があったとして、その存在を知ったら杏寿郎はどうする?」

「どんな組織なのか調べるな」

「そう。そして次にどれだけ利用価値があるのか把握したくなるでしょう」

 襖越しに声がかけられた。

 お茶を持って私がその場に出向くことになっていたからだ。相手の考えをよむ一番の方法は頭に近い場所に触れることだが、距離が近ければ近いほど考えや物語をよむことが出来るから。

「……」

 何か言いたげに杏寿郎が私の手を掴んだが、微笑み返すと離してくれた。

 

 そうして使用人になりすましてお茶を出しながら、訪れた軍人たちの情報を集めることに。

 

 所作に関しては使用人から教えてもらっているから何も問題はない。私という存在に関しても、特徴のない人物ぐらいになるように印象操作をしている。

 

 大体知りたいことは知れたしと、お茶出しを終えて退室しようとしたところで──ふらりと倒れそうになるふりをしてみせると。

「!」

 私のことを一番鋭い視線を向けて迎えた人物が、片膝立ちになり抱きとめてくれるという結果になった。

「すみません、ありがとうございます」

 慌てて謝ろうとするふりをして額を打ちつける。頭をおさえながらすみませんすみませんと退場して。

 

 そこまでして入手した情報が──。

 

 夕方から夜になったお祭りの会場には、子供の姿はなく大人だけが残った。

 

 その会場に鬼の面を被った者たちの姿。

 彼らから敵意を感じて、隊士たちは身構える。

 

 ○ ○ ○

 

「それで? そろそろ祭りも終盤、招かれざる客とやらがそろそろご登場か」

 天元が私に言った。

 それぞれの会場には事情を伝えた柱を必ず一人は配置するようにしてある。

「えぇ、ただ倒してしまうのは簡単だけど──」

「相手に花を持たせつつ退場してもらうんだろ?

 まったくもって面倒な話だが仕方がない。この音柱様が直々に相手をしてきてやるぜ。お前たちは?」

「私たちは本隊を相手にするわ」

 上手く撤退を促せたらいいんだけど。

「行きましょう」

 二人の杏寿郎に声をかけて、私たちは本部のある宿舎へ向かった。




ここまでご覧いただきありがとうございました。

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