無限列車編のその先に。
※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●71
ユリから聞いていた宿舎を訪れると、入り口で見張りをしていた二人に捕まった。
忍び込むことも出来ただろうが、ユリは俺と話しをしたいがために手の込んだことをしているのだから堂々としていればいいと言われている。
見張りの二人の内一人が懐から何か人相書きのようなものを見てもう一人も頷き合い。俺を宿舎の中へ案内すると言い。
一人はその場に残り、もう一人は警戒しつつ俺の様子を窺って。
「部外者が立ち入って良いものなのか?」
念のため確認すると、今日だけは特別なのだと回答がある。
所々で案内役と別の軍人とすれ違うが、案内役が敬礼をするような相手はチラリとだけ俺に視線を向ける者いないように無視をする者などまちまちだった。
そうして宿舎の敷地内の建物の前まで案内されると、俺と同じような浴衣姿の男が一人。
腕組みをしてこちらを見ている。
案内役がその姿のを視界におさめると緊張し、移動速度が上がった。
「やぁ、待っていたよ」
片手を上げてこちらに声をかけてくる。
「君たちの祭りを盛り上げる為にちょっとした趣向を考えてみたんだが。
君がきてくれたのであれば、あくまで祭りを盛り上げることに徹するよう指示をしよう」
柔らかい髪質だが髪色は俺と少し似ていた。
案内役に指示をして退場させる。
「……特に他意はない。ただ少し話がしたいだけだから」
どうぞと建物の入り口を開けながら、彼は俺に背を向けて先に中にはいっていった。
向かい合うように机を挟んで座り。
妙に窮屈な部屋で彼と会話をすることになった。
「私は黄泉國 晴臣(よもつくに はるおみ)という。
君とは遠縁の親戚なんだが──ほとんど会ったこともないから知らないかな」
にこりと笑ってみせるその表情からは、人の良さが伝わってくるようだ。
「──私の祖先は鬼狩りだった。
だから口伝だが鬼殺隊のことを聞かされていて知ってはいる。
私はそうした何らかの繋がりがある人物が、軍や警察にいるからこそ鬼殺隊は今日まで続いてきたのではないかと思うが。どうだろうか?」
「……」
「数百年追い続けた宿敵を打ち倒した。それだけでも凄いことだと思った。そうして最後に追い詰めた人物に血筋という縁があるのなら、是非とも会ってみたいと思うことは当然だと思わないか?」
にこやかに話す男だ。表面上は。もしこの場にユリがいたら彼をなんと評価するだろう?
「ただ俺と会うためだけならば、親戚として訪問すればいいだろう」
彼はふぅと小さく息を吐いて、頭を横に振る。
「そうしても会えるのは、遠い親戚としての君だけだから──」
あくまで鬼殺隊の柱としての俺と会話をしたかったとでもいうように彼は口を噤んだ。
「当代の産屋敷殿は先見の明がある。特殊な背景があるからか、短命であるかわりに特殊な力に恵まれる一族だ。
そうした能力を我々のために使ってもらうこともあった。そういう協力関係もあるからこそ、組織の秘匿性も高まっていた」
「……」
「祝いの場を本気で邪魔するような動きをすれば、当然その特殊な力で察知される。産屋敷殿の能力以外にも、そういう危険を予知することが出来るようだと情報を入手していたからこそ実行したのだけれどね」
机の上に両手を置いて、彼は静かに言う。
「──提案をしよう杏寿郎、君も私と同じ帝国軍人にならないか?
鬼を打ち倒した今、次なる脅威に備える必要がある。君は戦闘能力だけでなく、戦場における分析判断能力、人を導く能力もあるんだ。それらの能力を更に高め活かすことがここであれば出来る」
以前、そんなことを別の相手に言われたことを思い出す。
『素晴らしい提案をしよう。
──お前も鬼にならないか?』
○ ○ ○
「それで? なんて返事をしたのよ」
既にわかっているだろうにユリは俺の膝の上に頭を置いてそう聞いてくる。
その会話の後、晴臣は共に祭をまわるつもりだったようだが断って帰ってきてしまった。ユリと別世界から来た俺と合流し家に帰り今に至る。
「即答する必要はないと言うから、保留にしてある」
「──そう」
「それで、俺としたい話というのはどういう内容だろうか?」
別世界から来た俺が言う。
「君が俺なら歴史に関する知識はそれなりにあるのではないかと思っている。俺の世界と君の世界がどれほど違うのか比べてみたいんだ」
「杏寿郎、それは意味のないことだわ」
ユリが言う。
「あなたは今の状態が正しい歴史とは異なるものになっているんじゃないかと思っているようだけど。
そこにいる彼の世界と起きた出来事が違っていたとして、その事実に良いも悪いもない」
仰向けに身体の向きを変えて、俺の顔に両手を伸ばし。
「自分の知る歴史が正しいから修正する。それは彼らの考え方よ」
彼らというのが、事あるごとにユリの邪魔をしようとする社という組織の背広姿の男たちをさしていることはすぐにわかった。
「なんて傲慢だろうと私は思うのだけれど。
杏寿郎の監視者の力も方向としては似ているものだから、余計にそういう発想になってしまうのね」
「……」
「考えてもみなさい。私と再会した時のことを。
上弦の参との戦いの後、私と再会しなかったら? 生き残ることが出来たと思う?」
「上弦の参との戦いとは?」
別世界の俺が不思議そうに聞き返すが、それにはまた後でねと言葉を返している。
「多くの世界では、煉獄杏寿郎はその時に亡くなっているでしょう。
そんな中で例えば兵役がある時代のずれや、呼び名など組織名の変化が早かったり遅かったり、他国と特殊な戦闘をしている事なんて他と比べるだけ意味のないこと。
正しいって何? 正しい歴史であれば神様にも愛される? そんなことはないわ。
私たちを物語として俯瞰するような存在も、結局はまた別のひとつの物語に囚われているだけなのだから」
ふと笑って。
「本当に何ひとつ異常のないまさに正しい歴史の物語があるとするのなら、何か私たちが知りもしない素晴らしいことがあるのかもしれないけれど。
──そんな事はどうでもいいの。
何かが間違っていても少しぐらい歪でも、私は共に過ごした物語(あなた)が愛おしい」
彼女の口から紡がれた言葉は、まるで愛の告白のように聞こえて。ユリの身体を抱きしめる。
別世界から来た俺がごほんと咳払いをした。
●72
──鬼舞辻無惨が死んだ。
消滅したといった方が正しいのかもしれない。
ユリが天上の雲を容易く取り払い、眩く差し込む陽光が視界を満たして。
ふっと身体が軽くなったような?
胸に手をあてる。
以前、ユリが言っていた身体の核になっている鬼舞辻無惨の残滓がなくなったのか。ともすれば自分はいつまでいられるのだろうかと、周囲の歓声を上げている人々とは真逆の表情をしていることは明らかだった。
しかし、興奮し喜びを分かち合う人々に俺の思いは伝わらない。身体を叩かれ、時に抱き締められ、ありがとうありがとうと何人もの人々に声をかけられ触れ合う内に、俺も感謝の言葉を返せるようになる。
束の間の興奮はやがて落ち着いて、相手が光柱の狛治だということがわかると人々は恐縮した様子で謝りながら離れていってしまった。
以前のように無意識にユリに声をかけるが、彼女の声はもう聞こえない。杏寿郎を助けに彼の精神世界へ向かう際に戻って来られないかもしれない可能性があるからと繋がりを断たれてしまっており。
繋いでいた手を急に離されたような、寂しさを感じずにはいられなかった。
『狛治なら大丈夫よ。恋雪の選んだ人だもの』
ユリにかけてもらった言葉を思い出して、少しでも人々の力になろうと自分を奮い立たせる。
「手伝おう」
隠達がこの場を復旧させようとしているところに声をかけると、そんな! 申し訳ないです! と口々に言われたが気にせずに身体を動かす。
ユリと彼女にも見守られている気がして、胸のあたりがあたたかくなった気がした。
○ ○ ○
「おかえりなさい」
次の日の明け方、杏寿郎の家に帰ってくるとユリが声をかけてきてくれた。
「ただいま戻りました」
片膝をついて頭を下げる。
「改まってどうしたの? 疲れたでしょう」
含むような微かな笑い声に顔を上げて、気付いたら立ち上がり彼女の身体を抱き締めていた。
「あらあら、やっぱり人には精神を繋いだままでいるのはやっぱりあまり良くないみたいね」
よしよしと頭を撫でられて、
「寂しくなってしまった?」
自分がしてしまったことが急に恥ずかしくなった。ユリから離れると三歩ほど距離を取り、
「すみません……」
謝罪する。
「これから洗濯をしようと思って」
「俺も一緒に!」
「そう?」
彼女の足元に置いてあった籠を慌てて手にした。
「俺が汲みましょうか?」
井戸を覗き込みユリが囁いている。
「大丈夫よ。また協力してくれるって」
彼女が井戸から顔を離すと、水流が井戸から姿を現した。ユリが腕で指示するように動かすと洗濯桶の上に水流が移動し、竜巻のような渦を巻き始める。
ユリはその水流に石鹸を投げ込むと次から次に洗い物を投げ込んでいった。
「これは使わないんですか?」
俺が手にしたのは洗濯桶と共に持ってきた洗濯板。
「いらないでしょう。だってこの方が楽だし。手だって荒れないわ」
洗濯桶と洗濯板でユリが洗い物をする姿も想像できなかったが、まさか彼女がこんな風に洗濯をしていたとは。
「この洗い方だと普段より石鹸の減りが早いらしいの。どういう洗い方をしているんですかと千寿郎からは聞かれたけど。内緒ね」
自身の唇に人差し指をあてて、ユリは微笑む。
「「……」」
しばらくの間、水流の中の洗い物を見つめて。
「そろそろかしら」
ユリが水流の中に手を入れて石鹸を取り出し、呼応するように水流の中から泡が分離した。
先ほどまで全体が白っぽくなっていた水流の色が元通りの無色に戻り再び竜巻のように渦が出来る。
「最初は嫌がられたけど、なんとか頼んでやってもらえるようになったのよ」
彼女が頼んだ相手というのは、おそらくあの井戸の中にいた水の精霊というものだろう。
「終わったらちゃんと綺麗な状態に戻すからと、約束してね」
「──流石です」
「「……」」
再び水流の中の洗い物を見つめて。
「こうして見守っているのも暇ね。
何か別の事でもしようかしら。でもそうすると洗濯はどうしたのかと聞かれてしまうし」
ぼんやりと独り言のようにユリが言い。
「あの──」
「……」
視線が向けられる。気まずい。
「俺はお役に立てたでしょうか」
「──私が役に立ったとでも言葉を返したら、それならここで自分の生命を終わらせてほしいとでも言うつもり?」
俺が思っていることなど見抜かれていて押し黙る。
それでもユリはこちらを見たまま言葉を待ってくれた。
「この安寧が約束された世界で、俺は生きる資格がありません。強くなりたいという自分勝手な考えで、沢山の人々を手にかけたのですから……」
ユリの表情はかわらない。かなしむわけでも、怒るわけでもなく。俺の心をよんでいるのだろう。
「生きる資格って何なのかしら。誰が決めるの?」
「それは、神様とか──」
そう返すとユリが微笑む。
「神様ねぇ。誰か知らない第三者が、あなたは生きる資格がないと判断していると?」
「……はい」
「でもあなたはここにいるわ。私とこうして言葉を交わしている。
誰かがその生きる資格を決めているとして、その資格があなたにないと判断していたって生命を奪うようなことは出来ないのよ。それなら気にしなければいいじゃない」
「そういうことではなくて」
「いつ死ぬかもわからないままでいるよりは、私に幕を引いてほしいとでも?」
「……」
沈黙は肯定の意味だ。口に出さずとも彼女にはわかってしまう。
「いつ死ぬかわからないのが人生じゃない。あなたも他の人々もかわらないわ」
「それは、そうですが──」
まだ煮え切らない俺に対して、ユリはふぅとため息をつく。
「人として生きた頃の罪を意識してしまう?
私はね。復讐を間違っているとは思っていないの。だってそれだけ憎まれるようなことを相手がしたんだから。復讐は何も生まないなんて、自分勝手な個人の妄想でしょ」
「ユリ、そんなことを言っては杏寿郎が」
「真っ向から意見交換をしたことはないから、私の予想だけど。彼だってどちらかといえば復讐することは否定しないでしょう。
生きとし生けるものを最も激しく駆り立てる感情は、怒りだと教わったわ。
鬼であった頃のあなたが、本当に強者と戦いたいというなら相手を怒らせれば良かったのに。そうしなかったのは心のどこかで昔のことを覚えていたからなのでしょうね」
「あなたは俺を責めないのですか?」
「そこまで狛治を追い詰めたのは相手じゃない。
無関係な人まで惨殺したのはやりすぎだとは思うけれど。それにしたってそこまでさせたのは相手のせいよ」
「……」
「罪を罪とも思わないような相手であれば、そのように対処するけれど。あなたは自責の念に駆られ罰させるべきだと思っている。
誰もが皆死ぬことが平等な罰にはならない。
──あなたにとっては生きることが贖罪なの」
「……わかり、ました」
「好きなようにしなさい。
なんて、そんな風に言われることもあなたにとっては不安なんでしょうけど」
やはり見透かされている。
「それならひとつ指針をあげましょう。以前会った恋雪を覚えている?」
頷きを返す。昔愛した人と同じ名のそれなりに歳を重ねた女性だ。
「恋雪とは手紙のやり取りをしているのだけれど、最近一人で生活するのもなかなか難しいみたい。手伝ってあげてはどうかしら?」
「!?」
「もちろん、彼女が住んでいる場所とこちらと往復するような生活をするでもいいわ」
考えてみてと言葉が続く。
「さて、次は干さないといけないのよね」
袖を捲るが今度は水流の中に手を入れるわけではないようで。
次は風の精霊に協力してもらって、次々に干していった。水の精霊に言えばすぐに乾いた状態にできるのでは? と聞いたところ。洗濯物にくっついたまま蒸発するのが楽しいというものもいるのだと教えてもらった。それにすぐ乾いてしまったらこうしていることが知られてしまうでしょうと、ユリは悪戯好きの子供のように笑ってみせるのだった。
●73
ユリが玄弥の健診を行なっている。
普段、胡蝶がしているやり方を真似ているようだが、ユリ自身がやらないよりはやっておくかといった雰囲気を出していて何とも言えない光景だ。
鬼舞辻無惨との戦いを終えて、声をかけてまわっている際にユリが俺に小声で言った。
「早く帰りたい気持ちはあるけど、もう少しだけ貢献しましょうか──」
視線の先には不死川兄弟、お互い背を向けるようにして言葉を交わしているが。どちらもいつお互いに声をかけようかと探り合っているような様子で。
「なんでお前の世話を俺がするんだァ! とっとと帰りやがれ!」
実弥が会話している相手は、別世界から来た向こうの世界の風柱らしい。
「彼と似た姿のご子息がいたから、それで会話をしているのではないだろうか」
別世界から来た俺がそう言うので、なるほどと頷きを返す。
「お前にとっては死んだ父親が帰ってきたようなもんだろうが! 衣食住ぐらい面倒みろ! なんでこいつは良くて俺は駄目なんだ!」
こいつというのは見慣れない隊士のことを指しているらしい。
そんな様子を隠たちとやり取りしている悲鳴嶼さんの側にいる玄弥が気にしていた。
「杏寿郎、実弥にもう少し近付いてちょうだい」
俺に抱き上げられたままユリが指示を出す。
「おう、久方ぶりだな」
近付くと別世界から来た風柱の方が先に反応した。
「そいつが探してたっていう方の杏寿郎か。確かにどこか常人とは違う雰囲気を感じるような──」
値踏みするような視線から庇うようにユリが俺に抱きついてくる。
そんなに警戒するような相手なのか。
「とって食ったりしねぇよ」
がははと笑いながら彼女の頭に触れようとするので、何の気なしに距離を取った。彼の手が空をきる。
「──何か用かァ?」
俺たちの様子をみていた実弥が言う。
「玄弥の診察を行いたいのだけれど、あなたの家はここからまだ近かったでしょう? 使わせて貰えないかと思って」
ユリの申し出に実弥はしばらくの沈黙の後、了承してくれた。
「それと、彼らはしばらくこちらの世界に滞在することになったから。あの二人はあなたに面倒をみてほしいの」
「!?」
──そうして、最終的には別世界から来た風柱を自由にする方が危険というユリの意見に賛同する形で実弥が監視することになった。
「鬼化の症状はないようだけど。
心配なら人化の薬をしばらく飲んでおくといいでしょう」
しのぶに伝えておくわねとユリが言う。
「あなたの身体には吸収された鬼の細胞がまだ残っている状態だから、それが完全になくなるまではなるべく心穏やかに生活しなさい。
鬼の細胞はあなたの負の感情に反応するから、怒ったり悲しんだり……あとは過去に後悔していることがあるのなら、ちゃんと向き合った方が良いわ」
ありがとうございますと礼を言って玄弥は部屋から出ていった。
「まるで医学の心得があるような物言いだったな」
少し離れたところに座っていたので、玄弥の退室を見届けてからユリの隣に座る。
「あら、知識はあるのよ? ただ診察なんてしなくても理解できてしまうのだから、仕方がないじゃない。
……帰るにはまだ少しかかりそうね。
鎹鴉に文を運んでもらいましょうか」
「要を呼ぼうか?」
「白菊の方がちょうど近くにいるようだから呼びましょう」
そうして、ユリが白菊の相手をしている間に俺が文の用意をした。普段から簡易の文箱を携帯しており、ちょっとした内容であれば書いて送ることが出来る。
「いつ頃帰れるだろうか」
「お昼すぎぐらいになりそうね」
そのように書き記す。
縁側に座りユリと楽しげにやり取りしている白菊に、折り畳んだ文を持って近付くと白菊はすぐに気付いて近付いてきて。
白菊はユリの選んだ鎹鴉だと聞いていた。
藤襲山での一夜の後にユリには最も実力のある鎹鴉がつくはずだったが、彼女はそれを断ったらしい。
その名の通り白菊は色素の薄い鎹鴉の中でもかなり目立つ存在で、彼女の鎹鴉にならなければ誰からも見向きもされずその生涯を終えていたかもしれない。
脚に文を巻いて結ぶと、白菊は俺とユリに声をかけてから飛び立っていった。
「なぜ白菊という名をつけたんだ?」
以前、俺が彼女をユリと呼ぶようになった時のように見た目で名付けたのかなと思いながら言うと。
「何故だと思う?」
ちらりとこちらを見て、そんな言葉が返ってきたので単純に容姿が理由というだけではないようだと。うむむと考えこむ。
「──菊という花の名前を聞いて、縁起でもないと思う人もいるようだったけれど。
真実、誠実という花言葉のある花だし印象だけで判断するような人は二の次に。私たちは私たちを信じてくれる人には誠実であろうとつけたのよ」
「なるほど、良い名だ」
片腕で彼女の身体を引き寄せてから、両腕で抱き締めて。
「杏寿郎」
困ったように俺の名を口にするが。
「光柱として狛治と行動を共にすることも少なくなるようなら、今後君と共にいるのは俺の役目だからな」
ふぅむと息をすると、腕の中で両目を閉じて身体を預けてくれた。
「ずっとこうしていたい気持ちはあるけれど、もう少し手伝わないといけないみたい。杏寿郎に立ち会ってもらってるけどそろそろ向こうも限界で──」
ドカンと大きな音がする。
「音のした方に行きましょうか」
やれやれと呆れた様子のユリを抱き上げながら立ち上がった。
○ ○ ○
「おうおう、実弥。
そんなもんかお前の実力はよぉ」
中庭で別世界から来た風柱と実弥が戦っていた。
物置の壁が壊れていたので、先ほどの音はそこにどちらかが吹き飛ばされた時の音だったようだ。
「……まったく呆れてしまうわ。
この場で怪我をしたのであれば私が治す必要はないわよね」
ユリがうんざりといった様子で言った。
お互い手にしているものは木刀だが、一切手を抜いていない。
「ふたりともやめなさい!」
彼女が声を上げると、彼らの動きが止まる。
「特に実弥、目の前にいるそいつはあなたの実の父親というわけでもないのだから。
ただ揶揄われているだけだということが、わからないわけではないでしょう?」
目の前の相手もにやと笑ってみせるので、実弥は戦う気が失せたのか木刀を下げた。
「意地悪ね。他の世界でも実の息子にするように構うの?」
「なんとでも言えばいい。俺はそういう風にしか相手をしてやれないんでね。
──俺のいる世界じゃあんなに仲良しな兄弟がぎくしゃくしてるもんだからよ。それを指摘したらこうなったんだ」
実弥が背を向けて遠ざかり、彼に聞こえないぐらいの小さな声で言う。
「わかっているわよ。まったく物事をよく理解しないまま行動するとそうなるんだから。
暴力で何でも解決できると思わないで」
はいはいと聞いているのかいないのかといった様子で。
一方、実弥は玄弥から水で濡れた手ぬぐいを渡されていたところだった。
「……風柱こちらを使ってください」
受け取りながら短く感謝の言葉を言って離れていく。
「身体は大丈夫なのか?」
「えっ、うん」
「そうか。良かったなァ……」
「……」
玄弥が視線を彷徨わせる。まだ何と言ったものか迷っているようだった。
「俺ずっとずっと前から謝りたかった。
俺たちのために兄ちゃんがどれだけ頑張ってくれてたかやっとわかって。
一緒に頑張ろうなって、声かけてくれて俺も一緒に頑張ってたつもりだけど兄ちゃんは俺の知らないところでもっと頑張っててくれてたんだってわかってさ。
ごめん。ごめんよ──」
「……」
背を向けたまま実弥は黙って聞いている。
「ずっと俺が役立たずで兄ちゃんの足を引っ張ってた──」
「違う。俺が力不足だっただけだ。お前が気にすることじゃねぇ」
「……」
「お前はこれからどうするんだ。悲鳴嶼さんのところに世話になるのか」
「俺、俺は──」
玄弥の口からは次の言葉はすぐには続かなかった。言葉に詰まって俯いて両目を閉じている。
「ゆっくり考えればいい。俺だって急に目的を失っちまったからなァ」
実弥は玄弥の頭に軽く手を置くとそう言った。
「こっちの世界の俺がどうだったのかは知らんが。あいつと俺がやってたことは同じことのようだな」
「というと?」
思わず別世界から来た風柱に聞き返す。
「いわゆる願かけよ。鬼から遠ざけることで、鬼と関わることがないような願いをかけていたってわけ」
彼の口からではなくユリがそう言った。
●74
夢の中で俺は、瞳に文字の書かれた鬼たちをもてなした。
そういえば、そんな昔話もあったなと頭の片隅で思ったけれど。昔話では鬼を油断させて頸を斬っていたのだったか──。
現実の世界で出会っていたら相手にすらされないか、気付く間もなく殺されていたかもしれない鬼たちを俺の日常という彼らにとってありえない場所へ招いて普通なら決して口にすることのない人としての食事を提供し涙を流させた。
その涙は彼らが俺を認めてくれた証として、とても誇らしい気持ちにさせてくれて。
『人にも色々な人がいるように、鬼だって色々な鬼がいるのよ』
姉上が何故そんなことを言ったのか、その時は理解出来なかったけれど。
俺の作った料理を食べて涙してくれた彼らのことを、もう少しだけ理解してみたいと思った。
ある時ふと、椋寿郎とルリがいなくなっていることに気付く。家の外では真昼のような強い日差しを感じ。
魘夢と猗窩座の二人は、頷き合うようにして立ち上がった。
「──夜明けだ。人として生きていた頃を少し思い出したよ。といっても、これだけ美味しいと感じられるものを食べたことはなかったけれど」
「強さとは肉体に対してのみ使う言葉ではないと、杏寿郎が言った理由を理解することが出来た」
猗窩座は微かに笑って。
「しかし、覚えておくといい。その強さは恵まれていたから手に入れられたものだ。
現実は誰もが平等なものではない。そうですよね? 猗窩座殿」
魘夢の言葉に猗窩座が頷く。
「苦痛に歪んだ表情を見てみたいとまったく思わなかったと言えば嘘になるけれど、そうさせなかったことは誇るといい」
さようならと片手を上げて魘夢の姿が消える。猗窩座という鬼の姿も消えそうになった。
「あの! あなたは狛治さんと何か関係が?」
背を向けるようにしていたが、声をかけられて向けられた視線は狛治さんの様子そのままで。
「俺が今語るべきことではない。
──似た鬼がいたこと。少しでも奴を按じる思いがあるのなら忘れてやってくれ」
「……」
「……千寿郎、世話になった」
姿が音も無く消える。
猗窩座という鬼が、俺の名を知っているはずがない。つまりはそういうことなのだろうかとしばらく考えたが、人が鬼になることがあっても逆があるのかどうか……炭治郎さんは妹の禰豆子さんを人に戻すために鬼殺隊に入ったと聞いたし──。
ぺちと突然顔を誰かに叩かれた。
続けてぺちぺちと小さな小さな手で、
「うわ、え? なに?」
両目を閉じて顔を両腕で庇うようにしたがぺちぺちと叩かれ続け。
「!?」
両目を開くと寝ていた俺を、赤ん坊姿の椋寿郎とルリが覗きこんでいた。
「あうー」
椋寿郎の口からよだれが落ちてくる。
「わ! 待って! 待っ──」
たぱー。
わー。あったかいー。
……手ぬぐいで顔を拭いて、仰向けに寝転がる二人に視線をやり。夢の中の話。じゃなかったんだよな?
俺は二人と兄上の精神世界に行って──。
あうあうと二人で何か話している様子は、赤ん坊そのもので。先ほどまで流暢に話していた成長した二人の姿にはほど遠いように感じるけれど。
外は明るくなっていた。
雨戸を開けてこようかと考えていると、カァと小さく声がする。
この声は──。
「白菊!」
庭に姉上の鎹鴉が、文を運んできてくれたようだ。
文の内容を読んで、届いた文を抱き締めるようにして書かれていた内容を反芻する。
縁側に人の気配を感じて振り返ると、
「母上! 兄上たちが、鬼舞辻無惨に勝ったそうです! 兄上も姉上もご無事で、帰ってくると!」
陽の光を浴びているからか、姿はきらきらと輝いて見えて。その人物は頷き微笑んでくれた。
あれ? 俺はどうして彼女を母上と呼んでしまったのだろう。俺の母はとっくに──。
溢れた涙で視界が歪む。なぜだか急に悲しくなった。
「千寿郎さん。どうかしましたか?」
俺の向いていた方とは別の方向から、瑠火さんが二人を抱いてやってくる。
「姉上の鎹鴉が、文を運んできてくれました──」
袖で涙を拭い。
書かれていた内容を伝えた。
○ ○ ○
「むっ」
家に近い場所までユリを抱きかかえたまま走っていると、腕の中のユリが何か気付いたように声を上げた。
「どうした?」
「ちょっと止まって」
「ふむ」
後ろを走る別世界から来た俺に合図をしてから、止まるとユリが地面に足をついた。
そうして俺の腕をとってこうして伸ばしてこんな感じでと、先ほどまで彼女を抱えていたような腕のかたちにすると。
「?」
「みっ」
腕の間に赤ん坊が突然現れた。
「ルリ!?」
ユリも俺の腕の下に両手を添えてくれていたので、なんとか落とさずにいられたが。
「自力で歩く前に、転移を習得してしまったみたいね……」
やれやれといった様子で呆れ顔だ。
「出来てしまったのは凄いことだけど、私が良いと言うまで使っては駄目よ」
ルリの頭を優しく撫でながらユリが言うと、
「うー」
小さくて声を上げて応えていた。
家の中が騒がしい。
赤ん坊の泣き声は椋寿郎だろうか。
「ルリー! ルリー!」
千寿郎がルリを探して家の中を走り回っているようだ。
ちょうど玄関近くまで来た時に、中から出てきた父と遭遇し。
「千寿郎! こっちだ! ルリがいたぞ!」
バタバタと走ってくる足音が聞こえてくる。
「ルリ! 良かった。心配したよ……。
兄上姉上!?
今戻られたのですか! おかえりなさい!
別世界から兄上が来ていたのは、きっと何かの間違えだったので──」
「いま帰った!
俺ならもう一人いるが」
俺とユリの背後から別世界から来た俺が顔を覗かせると、千寿郎はなぜか卒倒した。
●75
月明かりの夜。
その医者が、私の病を本当に治す気があるのかと最近は疑いはじめていた。
用意されてきた薬の説明を聞き口にする。
どの薬も少しも話して聞かされた効果を発揮することなく、発熱や眩暈などを引き起こし体力を消耗させた。
私は人としての当たり前を得たいだけなのに、なぜこうも苦しまねばならないのだろうか──。
「もう良い」
ぽつりと私は言った。
いつものように診察しに来ていた医者が驚いたように目を見開く。
「いいえ、いいえ。大丈夫です。
いま作っている薬が完成すれば、必ずやあなた様はあなた様の望むものを得ることが出来るでしょう。
だから今日のところはこの薬を飲んで、休んでください。よく眠れますよ」
にこりと微笑み、飲みやすいように折り畳まれた薬袋を開いてこちらに渡してくる。
「その薬はいつ出来るというのだ! 出来もしない薬をいつまでも待たせおって!」
差し出されていた手を持っていた薬ごと薙ぎ払うと、医者は情けない悲鳴を上げながらひっくり返ったが私に赦しを乞うように土下座し頭を床にこすりつける。
「お怒りはごもっともです。いつまでも薬を完成させることの出来ない私が悪い──」
ふんと鼻を鳴らして医者を蔑んだ目で見下ろした。
「ですが、どうしても。薬を完成させる為に材料がひとつだけ足りなくて……」
「完成していないとお前は言うが、不完全であったから何だというのだ。お前は今まで散々ろくに効果のない薬を私に飲ませてきたではないか」
「そんなことはございません!」
「出せ」
「は?」
「その未完成の薬を出せと言っている」
「そんなご冗談を──」
薬箱のひとつを後ろに庇うようにするので、私は医者を体当たりで遠ざけると薬箱にあった薬を次から次に口にし始める。
喉が焼けるように痛み、全身がドクドクと脈打つような感覚があった。
「おやめください!」
医者が私の身体を押さえ付け、静止させようとするも先ほどまで臥せっていたことが嘘のように力が漲ってくる。
あぁ、やはりこの医者は初めから私を治すつもりもなく悪戯に自作した薬物を飲ませて楽しんでいただけなのだと気付くと、頭も身体もひんやりとした何かに包まれたような冷静さを取り戻した。
「──様?」
私の名を呼びながらこちらの様子を窺うそれに、もはやなんの価値も見出せなくなり。
──死んでしまえばいい。
手刀を振り上げて振り下ろす。
たったそれだけのことで、それの頭蓋から心臓のあたりまでが開かれて周囲が鮮血に染まった。
そうしてそれらの血液が冷えて固まりはじめた頃。
女の悲鳴が。
我に返ってその女を振り返って見たが、女は走って逃げ果せた後だった。
このままここにいてもいらぬ詮索を受けるだけかと、今までろくに出たこともなかった外界へと走り飛び出す。
身体が軽くなり、どこまででも走っていけるような力が漲っている。
私は心から笑っていた。
ようやく手に入れた自由。
走り続けられる身体。
恐れることなど何もない。
しかしなぜだか急に──腹が減った。
「あれまぁ、何か凄い音がしたと思って見てみたら。どうしたの?」
粗末な一軒家から1人の女が顔を覗かせる。
「どこからか逃げてきて、お腹空いてるの?
ちょうどいま握り飯を作っていたところだったから、良かったら食べる?」
隙間から女は握り飯をひとつ手の上にのせて差し出してきた。
あぁ、美味そうだと思った。
握り飯ではなく。
その女の腕が。
「早くとってもらわないと腕が痛くなっちまう」
女の笑い声が聞こえた。
くれるというのだからいただこう。
その女の腕を掴むと痛がるような声が聞こえたが、気にすることなく──。
「やめろォ」
首にひんやりとしたものが充てがわれていた。視線を向けるとそれが刀であることはすぐにわかり女の手を自由にする。
役人か? それにしては私が接近に気付かぬとは。
「こいつの面倒は俺たちでする。その握り飯は引っ込めてくれ」
「は、はい!」
握り飯ごと女の手が引っ込んだ。
俺たち? こいつ一人ではないということか。
「弱いな。しかし、こんなもんかねェ」
振り向きざまに手刀を振ったが、その男に当たることはなく。白い髪に傷だらけの顔、見たこともない男にだったが。
「……」
その瞳に宿る憎しみは確実に私に向けられたものだと理解することが出来た。
○ ○ ○
「はぁ良かったわ〜。お館様も、輝哉様もご無事で」
柱合会議が終わって、蜜璃がにこやかに言った。
「ひとまず最後の柱合会議だっていっても、終わった気がしないよな」
頭の後ろで腕を組んで天元が。
「鬼を倒してしまったのですから、鬼殺隊を存続しなければならない理由はひとまずありませんからね」
元蟲柱としてしのぶも参加していて、
「しかし、お館様をお館様とお呼びするのも今回限りと命ぜられても恐れ多いと感じてしまうものだ」
「様付けもしなくていいだなんで、ほんと気が引けてしまうわ!」
小芭内と蜜璃が隣あって言葉を交わしている。
「ひとまず祝いの席も終わったら、慰安旅行でも企画しようぜ! 一緒に飲み食いして裸の付き合いでもすればまた身近に感じるだろうよ。なぁ悲鳴嶼の旦那」
「南無阿弥陀仏……」
行冥はいつもの念仏を口にしているが、口元は笑っており。
「ユリ、あれはいつ元の世界に帰るんだァ?」
実弥に肩を掴まれる。私の隣にいた狛治が、念のため身構えてくれたが大丈夫よと視線を向け。
「我が物顔で家にいやがるもんだからよォ。
顔を合わせる度にやり合ってきりがねェ」
私の肩から片手を離し、その手で頭を掻きながら視線を外しながら言う。
「そうはいっても嬉しそうだな!」
「嬉しくねぇよ!!!」
杏寿郎に指摘され、実弥は赤くなりながら反射的に言葉を返し。
「そうね。ひとまず別の世界へ行く道を開くことは出来たわ」
ならと言葉が返ってきそうになったが。
「けれど、彼らを元の世界に帰すには人数も多いし。たまたま繋がった世界がちょっと気になってね。実験がてら行ってみようかと思って」
「初耳だぞ!?」
杏寿郎が両肩を掴み。
狛治も心配そうにそわそわし始めた。
「どんな世界だっていうんだァ?」
「あら、気になる?」
他の柱も私たちの会話を聞いて気になりはじめたようだ。
「時は平安、まだ鬼がいなかった時代。
鬼舞辻無惨が鬼として覚醒するかしないかといった頃よ」