無限列車編のその先に。
※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●76
「判断が早い!
わかっていたことだけれども!」
ユリが顔をしかめて自身の額に指先をあてながら言う。
頸を斬られて鬼舞辻無惨は死んだ。
「呆気ないもんだなァ」
鞘に入った日輪刀を肩に担いで、不死川実弥が不敵に笑い。
「帰るぞォ」
続く言葉にユリは横に首を振って。
「まだよ」
短く言葉を返す。
鬼舞辻無惨が鬼となったこの時代に、ユリは俺と不死川だけを連れてきた。
特に宇髄は物見遊山に行くような気持ちが強かったらしく、ユリからは論外と突っ撥ねられていたわけだが。
「別世界への干渉は、なるべく最小限が望ましいのよ」
「最小限?」
首を傾げる。
別世界から来た俺たちを助けるためにやってきた彼らは、かなりの人数だったわけだが──。
「数を増やせばそれだけ影響力を増してしまうから、演算が複雑になるのよ。送り込む先に私がいるから多少は楽が出来たかもしれないけれど」
と、ここまでが回想。
まだ帰るつもりのないユリに改めて視線を向けると、見覚えのない赤ん坊を抱いている。
「それで次はどうするんだァ」
「鬼舞辻無惨ほどの人物がこんな序盤にいなくなってしまったら、これからの物語が大きく変化してしまう。そうなるとこの世界そのものの力の消耗が激しくなってしまうわ」
先ほどユリは頸を斬られた鬼舞辻無惨に近寄り、何かしていると思ったらこの赤ん坊を抱いていたわけだが。
「この子に活躍の場を提供しましょう」
首が座った頃と思わしき赤ん坊を両手で掲げユリは言う。
「あァ?」
「その赤子は結局何者なんだ?」
ふふふとユリは笑って。
「この子は鬼舞辻無惨の善性なの。
育てる環境が悪いと元に戻ってしまうけれど、今は私と精神を繋げているしかなり具合が良いわ」
狛治とユリが共にいた頃の状態に近いというとだろうか。
「こちらの世界では鬼と呼ばれた彼らが、世直しをする存在にしようと思って」
改めて赤ん坊となった鬼舞辻無惨を両手で抱え、人差し指を向けながら赤ん坊に話しかけるように彼女は言う。
「だから先ほど鬼舞辻無惨を追ってきた彼らに対して、鬼と呼ばれたことを否定しなかったのか」
「これぐらいの時代だと、自分たちとは異なる存在を鬼とか妖怪と称する頃だから都合が良いのよ。
まずは下地を作って、その後は彼に頑張ってもらいましょう」
「その赤ん坊が育つまでこの世界に留まるつもりかァ?」
「流石にそこまで悠長に時間はかけられないから」
彼女の腕の中で赤ん坊が三歳ぐらいの年齢まで急速に成長する。
「数日様子をみましょう。それと──」
「?」
「あとは名前ね。鬼舞辻はそのままでもいいけど、彼の名前は有衡(ありひら)としましょうか」
○ ○ ○
「やったね! お兄ちゃん! また有衡様に褒められて!」
妓夫太郎の隣を歩く梅の方が、褒められた妓夫太郎よりも喜んで嬉しそうにしていた。
ここは鬼の隠れ里。
鬼は人々の悪事を見逃さず、正しいことを成すために力を使うという。
「やぁ、二人とも久しぶり。今日も良い天気だね」
「童磨様!」
梅はにこにこと笑いながら、扇を手に現れた童磨の元に駆け寄る。
「君たち二人が眷族になりたいと言った時はどうしようかと思ったけれど。杞憂だったようで良かった。
女性に暴力を振るう奴を懲らしめたんだって?」
頷いた妓夫太郎の頭に手を置いて、よしよしと童磨が頭を撫でる。妓夫太郎は視線を彷徨わせて恥ずかしそうに俯く。
童磨は以前、不正に収益を得ていた役人から取り上げた金銭を貧しい人々に分け与えていた際にこの二人と知り合った。
ただ感謝してくれる人々が普通だがこの二人は違い。自分たちも同じように誰かを救える存在になりたいと言い出したのだ。
鬼は人より老化が遅く長命で、血鬼術という不思議な技が使える者もいる。
「童磨様! うちの畑で採れた西瓜はいかがです?」
「くれるのかい? それはありがたい」
「後でお兄ちゃんと持っていきます! 今日は暑いから、日が暮れたら畑にたくさん水撒きしないと」
ね! と、妓夫太郎に声をかけて梅が手を繋いで走り出す。妓夫太郎が童磨に向かって礼をしてから同じように走り出した。
「さて、有衡様に次の指令を貰いに行こう」
いつもどこか不機嫌そうな彼は、遠い昔に置いていかれたことが納得出来ずにいるらしい。
「誰からも慕われて、手に入らないものは何もないというのに」
そういう人だからこそ、自分たちには持ち得ない悩みがあるのだろうとは思うが。
太陽の光はきらきらと輝いていて、水田の水面も美しい。
「まるでこの世界に祝福されているようだ──」
目を細め誰に言うわけでもなく言った。
●77
心地良い温もりを感じながら目を覚ました。
朝か──。
上体を起こして腕と背を伸ばす。
「──杏寿郎」
横で寝ていたユリが眩しそうな表情で俺の名を口にした。
「お誕生日おめでとう」
昨夜日付が変わった時も言ってくれた言葉。
「ありがとう……」
再び布団の上に横になり彼女の身体を抱いて口付けていると、庭から鳥の羽音が聞こえてくる。
「キョージュロサマ!」
外を確認すると要とちょうど目があった。お互い朝の挨拶をして、
「オタンジョウビ、オメデトウゴザイマス!」
木の実のついた枝といくつかの花が縁側に置かれていた。どうやら何度か往復して持ってきてくれたらしい。
「ありがとう!」
要にお礼を言っていると上を羽織ったユリが隣にやってきた。
「あら、白菊も手伝ったの?」
「カァ」
小さく鳴きながらユリの足元に白菊が近付いてくる。
「なるほど! それで以前よりも量が増えていたのか!」
白菊にも礼を言う。
「──今日は忙しくなりそうね」
二人と二羽で木の実を食べていると、ユリがぽつりと言うので首を傾げ。
「戦いが終わって、頻繁に会うことも少なくなっているでしょう? お祝い事で主役があなたなのだから──」
「キョージュロサマ!」
要に呼ばれて向いた先には沢山の鎹鴉たちがいた。
どうやら皆各々文を持ってきてくれたようだ。
「まずは着替えましょうか。その後は届いた文を読んでる内にすぐ朝餉の時間になるわ」
さぁと先に立ち上がったユリに腕を引かれ部屋に戻る。
「ちちうえ」
目を覚ました椋寿郎と視線が合う。ルリも目をこすっていて今にも起きそうだ。
「今朝は皆早起きだな!」
朝の挨拶をしながら椋寿郎を抱き上げて微笑んだ。
○ ○ ○
「ユリ、大変だ。誰からの文にも今日来訪すると書かれている」
まだ届いた半分も読み終えていないが、開く文全てに誕生祝いの文言と本日の来訪について書かれていた。
「それはそうでしょう。私の方にも事前に杏寿郎の誕生日には、杏寿郎が家にいるようにしてほしいと連絡があったから」
「そうだったのか!」
着替えを終えて移動する。
「あの戦いが終わってから誰の誕生日もいつも賑やかじゃない。先日の伊之助の誕生日を思い出して」
そういえばそうだった。炭治郎の住んでいる山で相撲大会をしたことを思い出す。
「兄上、お誕生日おめでとうございます」
千寿郎が俺の姿を見るなり言ってくれた。おひつから炊きたての白米をよそってくれている。
「煉獄さん! お誕生日おめでとうございます!」
「おめでとう」
そして蜜璃と小芭内がいた。
「朝からすみません。今日はなんでか凄く早くに目が覚めてしまって」
「ありがとう! まさかこの時間から二人に会えるとは思わなんだ」
「今日は張り切ってお手伝いしますね!」
まずはこれをと小芭内から折り畳んだ紙を手渡される。開いてみると……今日一日の予定がびっしりと書かれていて。
「輝哉様の来訪から他の柱、隊士たちが訪れる予定だ。多少の運動は身体に良いとは聞くが、蜜璃に無理をさせるわけにはいかない。何かあれば俺に言え」
「うむ! 世話になる!」
蜜璃もユリも身重な時期だ。お互い無理をさせたくないという気持ちは共通のものらしい。
「ほら、杏寿郎」
ユリに言われて席につく。
椋寿郎はユリが、ルリは父上が食事の世話をしてくれるようだ。俺はひとまず先に食事を進めて、二人と交代しないといけない。
「今日ぐらい気にしなくてもいいのに」
とはユリも言ってくれているが。
朝から俺の好物ばかりだった。
「千寿郎、ありがとう」
礼を言うと千寿郎は嬉しそうに微笑みを返してくれる。
「朝は食べてきたけれど、千寿郎くんのご飯は美味しいわ〜。いくらでも食べられる!」
蜜璃が嬉しそうに頬張っていた。
○ ○ ○
「わー! ちっちゃい! 可愛いわー! っと、こんな大きな声を出したら起こしてしまうわね」
両手で口をおさえて後半は声をひそめて蜜璃が言う。
しのぶと義勇の赤ん坊がすやすやと寝息をたてていた。
椋寿郎、ルリも自分より小さい存在が珍しいのか近くに寄ったまま声も上げずにじーと見守っている。
「身体の具合はどう?」
にこにこと蜜璃と我が子を見つめるしのぶに声をかけ。
「はい。普段家のことは義勇さんがしてくれますし、楽をさせてもらっていますから」
元気ですよと両手でこぶしを作り胸の横で構える。
出産の予定日としては来月だったが、しのぶと義勇の赤ん坊は二ヶ月ほど早く生まれてしまった。
蝶屋敷の面々が出産には立会い。何かあった時のためにと義勇は私までその場に連れて行き。
産み終えたしのぶの身体の不調と、産まれたばかりの赤ん坊に対してほんの少しだけ力を貸した。
「しのぶちゃん! この子のお名前をもう一度教えてもらってもいい?」
「もちろん。その子の名前は信義(のぶよし)です」
「信義くん! 素敵なお名前ね!」
「色々名前を考えていたんですが、義勇さんに全部却下されてしまって。最終的にお互いの名前から何か文字を取ろうということに……」
しのぶは独特な名前をつけることがあるそうだ。それは実子に対しても同じだったらしい。
こんな名前にしようと思っていたという名前を次々聞いて蜜璃の顔色が悪くなっていく。
「まぁまぁいいじゃないの。その子は信義というのだから」
突然襖が開いて義勇が入ってくる。
「しのぶ、炭治郎たちが来た」
「もう! いきなり開けずに声をかけてから開けてください」
「この部屋に招いていいだろうか?」
しのぶが私と蜜璃に確認し。
「一度に大勢は駄目ですよ」
「わかった」
義勇に連れられて炭治郎、禰豆子と共に杏寿郎もやってくる。
「しのぶさん! お久しぶりです」
しのぶがにこやかに微笑みを返していた。
「あら、休憩時間になったの?」
「ずっと応対が続いていたから少し休むように言われてな」
部屋に入るなり椋寿郎とルリを腕に抱く。
「御茶菓子も沢山いただいたのよね。何かこれはというものはあった? 私たちもおこぼれに与りましょうか。お茶をいれてくるわね」
「私も行きます!」
私と蜜璃が立ち上がった。
「……」
しのぶに背中を押されて義勇も立ち上がる。
部屋の外に出ると、
「あ、光柱!」
「恋柱! ユリさんも!」
「水柱!」
庭にいた隊士たちから声がかかる。
いつにも増して家中が賑やかだった。
「やはり俺も行こう!」
杏寿郎が椋寿郎とルリを抱いたまま出てくると、歓声が上がる。
「休憩になるの?」
「共に行動した方が君だって喜んでくれるだろう?」
微笑んでそう言ってくるので、やれやれと微笑みを返す。
「ははうえ」
「ちゅー?」
椋寿郎の頬に口付けると違う違うと首を横に振る。
「ちちうえ、ちゅー」
杏寿郎を指差して言う。
「しないしない」
「しない?」
はてと首を傾げているが、どうしてそうなるのか。
「後でしてもらうからいいんだ」
そんなことを言いながら椋寿郎の頭を撫でている。
「あら!」
蜜璃が声を上げた。小芭内が隊士数名を連れてお茶をいれてきてくれたようで。
「よう! こっちに案内されてな。邪魔するぜ!」
「お邪魔します」
「「しまーす!」」
続いて天元が三人を連れて登場。もうすく実弥と行冥も到着するらしい。
「……」
杏寿郎の横顔に視線を向けて──喜んでいるようで良かったわ。
◼️ ◼️ ◼️
いつもご覧いただきありがとうございます。中の人です。
連載中、杏寿郎さんのお誕生日だったことに気付いて急遽このお話をご用意しました。
鬼退治の終わった世界で、誕生日のお祝いは毎度賑やかなのかなーと思いつつ書いてみた感じです。
お誕生日おめでとうございます。
●78
ユリが鬼舞辻無惨の善性だと言って俺たちに紹介した赤ん坊は、数日の間に成長し姿を変化させている。
一時はどうなるかと思っていた衣食住も、ユリがこちらの世界の住民からこの人という相手を選んで交渉し上手いことなんとかしてしまった。
物語として状況を認識し、最良の方法を選択しているのだとしたらこうなるのかと妙に納得する。
三日目の夜、十歳ぐらいの姿になった有衡は帰ってきたユリの近くに座り微笑みながら会話を楽しんでいるようだ。
「茶ァでも飲むかァ?」
実弥がお茶の入った湯呑みをお盆にのせて持ってきてくれた。
「ありがとう。彼との生活はどうだ?」
湯呑みを受け取りつつ、隣に座った彼に話しかける。
「善性だとはいっても、元はあの鬼の頭領だァ。
変に行儀良くされても何か裏があるんじゃないかと疑っちまうなァ」
「それはそうかもしれないな」
俺とてユリと話す有衡から目が離せずにいた。
彼女が大丈夫だと言っているのだからもう少し彼を信じても良いのだろうが。それでも俺や実弥が警戒していることを咎めないのは、そうしていても構わないということのようで。
「お前たちがいない間にあれに教育をと言われたが、なかなかそんな気にもなれなくてなァ。一日毎に姿を変化させる相手に何を教えたらいいんだか」
「その事に関しては、子供の姿の内は身の回りの世話をするだけでいいと言われていたじゃないか」
「まぁなァ」
「ユリがいない時の彼はどうだ?」
「静かなもんだなァ。俺が頸を斬った相手だと理解しているからか、にこりとも笑いやしねェ。俺としても愛想良くしてほしいわけでもないからちょうどいいけどよォ」
なるほどと頷きを返す。ともすれば彼にとってユリはやはり特別な、第二の生き方を与えてくれた母と呼びたくなるような相手なのかもしれない。
有衡がユリに対して共に風呂に入ろうと言い出したので止めに入る。
彼は俺に対して反発してくることが多い。ユリを味方につけようと彼女の腕に抱きついたりもしているが、流石のユリもそこは絆されたりせずに断ってくれた。
ただ限られた時間なるべく共にいる時間を増やしたいのだと涙ながらに有衡から言われてしまい。それなら寝る時は一緒にということになり……。
喜んでユリに抱きついた有衡が、ユリの死角から俺に対して向けた表情は自分が独り占めしてやったという邪悪な感情が顕になったように感じられて──。
「おい煉獄」
実弥に肩を掴まれて正気に戻る。
……危うく日輪刀を手にするところだった。
「よもやよもやだ!」
俺の声にユリが振り返る。
彼女が少し呆れたような表情をしているのは気のせいではないだろう。
寝る時は俺と実弥が交代で起きて見張りをしていた。
夜中に起きて布団から出てきたユリに促されて二人で縁側に移動する。
実弥と有衡が別々の布団に寝ているとはいえ同室に残すことにはなるが、部屋の外から気配を窺えば問題ないか。
「まったくあなたも実弥も疑り深いわね」
「いくら君から彼が鬼舞辻無惨の善性だと言われても、正直受け入れ難いものだぞ」
「気持ちはわかるけど」
むぅとユリが表情を曇らせる。
「それに君と彼が仲良く話しているところを見せつけられるのも、気分が良いとは言えない」
「それはやきもちというやつ?」
「さぁ? どうだろう」
言いながら先に座っていたユリの横に腰掛ける。
「どうして実弥をこちらの世界に連れて来たんだ?」
「こうなることがわかっていたからよ」
「それはわかる」
「実弥は優しい人よ。有衡の教育係にはちょうど良いの。
──わざと人を挑発するような話し方をしているけれど、もう悪ぶらなくていいんじゃないかと話したら気が向いたら直すと言っていたわ。根はすごく素直なのよね」
どこか遠い目をして微笑みながら言う彼女の横顔が、蟲柱の姉でかつての花柱カナエと重なって見えた。故人や各々の大事な者を相手にしているような特性は人として生活する上では危険ではないかと今更ながら思う。
「そうかしら?」
また心の中をよんで言葉をかけてくるし──。
「このあたりはちゃんと先の内容を認識しているからそのままにしているのよ。
まぁでも戦いも終わったし、彼らを送り返す一件まで終わったら何も知らない頃の私になった方が杏寿郎の眉間の皺が増えなくて良いかもしれないわね」
微笑みながら眉間に指を向けてくるので、そのまま腕を引いて抱きしめる。
「記憶を失っていた頃なんて遠い昔のことのように感じるほど、今の君はもとの状態に戻れていると思っていいのか?」
「えぇ、あなたとユニゾンしてあなたの中にいる私に関する情報を反映したから」
「──そうか」
「「……」」
「俺は記憶喪失であろうがなかろうが、相手が君であれば心配もするし嫉妬もするぞ」
抱きしめられていたユリが身体をふるわせて笑った。
「なにそれ」
「だとするならちゃんと自衛が出来るという意味で今の君でいてくれた方がいいのかもしれないな。
唐突に記憶喪失になってみせて狼狽える俺を見たいというなら仕方がないが」
「そんなことしないわ」
「ならば良し」
彼女と唇を重ねて抱きしめると、ようやくこの別世界に来てから心から安堵したような気がする。更に求めたい気持ちがあることに気付くが──今この時間は任務中、いや任務としているわけではないが何が起こるかわからないところでこれ以上はと葛藤していると。
「──続きは帰ってからね」
そう言ってユリから甘えるような口付けをされ、離れていってしまった。彼女の香りが薄れていく。
「もっと有衡には学んでもらわないと。
あなたや実弥が警戒するような相手だと思わせるのも良い経験だし」
「ふむ」
俺は顎に手をやり考え込む仕草で。
「楽しみね。こちらの世界がどうなるのか」
振り返りユリは微笑んだ。
●79
「あれぇ? おかしいなぁ」
仕入れてきた食材を運んでいると、祖母の姿がなくなっていた。
「お母さん、お婆ちゃん見なかった?」
厨房で食材を切り分けている母に声をかける。
「さっきまでここにいたわよ。庭で烏の声がしたから追い払いに行ったのかも」
「えぇ?」
ふくと名前を呼ばれたけれど、仕込みをする前にまずはいくつ弁当を用意するか決めないといけないのだ。
その役割は祖母から自分に引き継ぎをしているところだったから、まだ私が勝手に決めてしまうわけにもいかなくて。
「お婆ちゃん?」
庭の方に気配を感じて顔を覗かせる。
ちょうど祖母が烏に何か餌を与えていたところだった。
「お婆ちゃん! 駄目だよ! 烏は頭がいいんだからそんな風に餌をあげたらここは餌をくれる家だって覚えられちゃう!」
仲間を連れてこられたら大変だ。大きな声でそう言うと、烏は驚いたように飛び去っていった。
そんな烏に祖母は深々と頭を下げており。
どうしたんだろう? 呆けてしまったのではないかと心配しつつ近付いた。
「ふく、どうしたんだい?」
「どうもこうも、明日のお弁当いくつにするかって話。今日は市場でじゃなくて帰ってきてから決めようって話したじゃない」
「そうだったね。そうだったそうだった」
うんうんと頷きながら言葉を返してくれる。
「それで? いくつにするの?
最近人の往来が活発になってきてるみたいだけど、まだ行楽時期というわけでもなし五十か六十ぐらいにしておく?」
「百二十」
祖母の眼鏡がキラリと光った。
「は? ちょ、ちょっと。お婆ちゃん。それじゃあいま家にある食材全部使い切るようじゃない」
「そうなるね」
「そうなるね。じゃないわ! 倍の数作るならそれだけ早起きもしないといけないし。どうして急に──」
「お得意様から注文が入ったんだよ」
家にいた母からそういう注文の連絡が入ったとも聞いていない。ほとんどの時間、自分は祖母と一緒にいたしそういった注文はなかったはずだ。
「さぁ、まずはしっかり仕込みをしないといけないね」
袖をたすき掛けにして家の中に戻っていく祖母はやる気に満ちていて、とても数を考え直すように言える雰囲気ではなかった。
○ ○ ○
「お弁当ー! お弁当はいかがですかー?」
翌朝の早朝からお弁当を販売しているが、特別沢山売れているわけでもなく……あれほどの大量のお弁当が一気に売れたのは、命の恩人が買っていってくれた時ぐらいしか私は知らない。
お得意様からの注文って、一体いつどこであったのかしら? もしかしてあの命の恩人が、またこの駅に現れる? そんなまさか──あれから一度だって彼の姿を見たことはなかったし。
……もし今日沢山お弁当が売れ残るようなら、本気で祖母の心配をしなければならないと思っていると。
視界の隅に見覚えのある髪色があり、驚いてそちらに視線を向けた。
「あーーー!!!」
なんだなんだと周囲の人々から視線が向けられたが、それどころではない。
「あなたは──」
「やぁ、弁当売りのお嬢さん」
赤ん坊を腕に抱いて、着流しを着てはいるが羽織はあの日身につけていたものだ。足元に旅行鞄が置かれているので、彼がこれから列車に乗って出かけるのか誰かの見送りかもしれない。
「あ、えと」
相変わらず目力が強い。
「お久しぶりです……」
「あぁ、久しぶりだ。この駅に来るのも──」
周囲を見回し目を細めている。彼の腕に抱かれた赤ん坊は私の方をじっと見ており。
「可愛いね。お母さん似かな?」
微笑みながら覗き込むと、むーと声を上げながらくるりと顔を背けてしまった。
「うむ! その通りだ!」
なんだろう。なんだか少しがっかりしたような? この人のお父さんはお婆ちゃんが見間違えるほどそっくりだったけど、この人の子供はこの人には似てないのか。そりゃそういうこともあるだろうけど──。
「ユリ!!」
片手を上げて誰かを手招いていた。私も彼の見ている方を振り返ってみると。
息をのんだ。
よく容姿の美しい女性を立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花と例えるが、彼がその人をユリと呼んだ通りの女性が道着姿の男性を付き従わせてこちらに向かって歩いてきていた。
そしてその女性が抱いた赤ん坊は──。
「う! う!」
「ここが駅よ。めずらしいわね」
腕に抱かれたまま周囲を次々指差しして嬉しそうに声を上げており。そして──。
「そっくり〜〜!!」
命の恩人がそのまま赤ん坊になったと思えるぐらい。その赤ん坊の特徴は彼にそっくりだった。
その後、やはり大量のお弁当を注文していたのが彼だとわかり。祖母と一緒に台車に乗せてお弁当を運んできた。
彼の仲間と思わしき人々が列車の中から入れ替わり立ち替わりお弁当を選んで持っていてくれる。
「まぁ、それでお弁当を?」
彼は鬼退治を生業としていた仲間たちと旅行に出かけるらしい。
「はい。悪さをしていた鬼は退治しましたから」
「──そうですか」
目に涙をためて祖母は彼と会話をしていた。
「次は家族で旅行に行こうとも話しているんです。その時もまた宜しくお願いします」
「えぇ、喜んで」
「そろそろ列車が出発するみたい!」
汽笛が鳴る。
「おっと、では残りはこの風呂敷に包んでいただけますか?」
懐から折り畳まれた風呂敷が取り出され手渡される。
風呂敷に包まれたお弁当を両手にしっかりと持って、彼は列車に乗り込んでいく。
「お気をつけて!」
「はい!」
振り返り笑顔で返事をしてくれた。列車がゆっくりと動き出す。
両手を振って彼らを見送った。
「もう鬼はいないんだって」
ぽつりと祖母が言うので。
「そうなんだ。すごい人たちなんだね。帰りにまた会えるかな」
「会えるかもしれないね」
顔を見合わせて微笑みあった。
彼らに買ってもらう分も含めて残っていたお弁当も全て買ってもらえて。
「売るものがなくなってしまったし、今日はいつもより早いけど店仕舞いにしようかね」
「うん! お母さんにも早く話して聞いてもらいたいし! ……ところでお婆ちゃん。いつあの人から今日のお弁当を頼まれたの?」
「あぁ、鬼狩り様は烏を使って文を届けてくれるんだよ。鎹鴉というんだって」
「烏? 烏ってもしかして昨日きてた──」
●80
蝶屋敷の庭で。
会える……会えない……会える……会えない……。
花の花弁を眺めながら、心の中で繰り返す。
「カナヲ」
「……」
「どうしました?
今日はしのぶ様が久しぶりに戻られるから待ちきれずにいるんでしょう」
洗濯籠を脇に抱えながら、アオイが声をかけてきた。
私が会いたいと思っていた相手は──。
「違いましたか? それならそれでも良いのですが。
──いけませんね。しのぶ様からカナヲのしたいことを見つけるまでは見守るようにと言われているのに、つい決めつけるような発言をしてしまって」
真面目な顔で気を悪くさせてしまっていたら謝りますと言うので、頭を横に振った。
──私はどうしたいのだろう。
姉さんたちの意志を継いで鬼と戦うこと。
その目標を失って、私はまた以前の私に戻ってしまったような気がしていた。
洗濯物を干しているアオイに声をかけて、同じようにしようとしても断られてしまう。
「いえ、手伝ってもらうほどではなかったので。もう干し終わりましたから。
隊士の皆さんが療養されていた頃に比べると、こんなものかと思ってしまいますね」
猪突猛進、猪突猛進と遠くから声が近付いてくる。
アオイもそのことに気付いて、口元を僅かに微笑ませ。
「さて、次は食事の用意をしないといけません」
足早に中に戻っていってしまった。
「猪突!! 猛進!!」
今でもまだ時々壁を壊しながら入ってくることがあったが、この日は壁を跳躍で飛び越え目の前まで走ってくる。
「!?」
脇にしのぶ姉さんを抱えていた。
「うはははは! どうだ! 早いだろう!」
腕を上に上げて誇らしげに声を上げており、しのぶ姉さんは突然解放されたようだったが流石にそのまま地面に落ちることはなく脚をついて立ち上がった。
「はい。とっても早かったですよ。助かりました」
心配そうに見つめていた私の視線に気付いて、にこりと微笑みが向けられる。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい!」
私は駆け寄って抱きついて、しのぶ姉さんは少し驚いたような表情をしていたが。
「……」
抱きしめ返してくれた時の表情を盗み見ると、嬉しそうに微笑んでくれていた。
○ ○ ○
しのぶ姉さんの部屋に移動して向かい合うようにして会話をしていると、決戦前のやり取りを思い出す。
しかし姉の口から出た内容は、思いもしないことだった。
「旅行──ですか?」
「えぇ、柱と近しい者たちで行こうかということになりまして。行き先や内容は宇髄さんと煉獄さんが考えてくれることになりました。カナヲも行きたくはありませんか?」
「わ、私は──」
どうだろう。姉や他の柱と行動を共にしたい?
そう思っているだろうか?
自分はどう思っているのか。どうしたいのか考えて考えて……。
その考える時間は当然沈黙となってしまい。
「……」
「まだ返事をするまでには時間があるので、ゆっくり考えてみてくださいね。鬼との戦いが終わって、以前のような交流は少なくなってしまいました。
カナヲには特に私の結婚に関して率先して手伝ってもらいましたから、私としても責任を感じているんですよ」
しのぶ姉さんの幸せのためならと自分が出来ることは何でもやった。それがどうして責任を感じることになってしまうのだろう。
「戦いが終わって、カナヲが誰かと親しくなる時間を私のために使わせてしまいました。そういうことです」
見透かしたようにしのぶ姉さんは私に言葉を続けた。
ドキリとする。
そうして思い出したのはある人の笑顔だった。
「カナヲは私の継子として旅行に参加するとして、他の継子にも声がかかっていると思いますよ。
まずはこの旅行について、少し話しをしてくると良いかもしれませんね」
そう言いながら旅行の概略が書かれた紙が差し出される。
しのぶ姉さんが何を言いたいのかようやく理解することが出来た。
「──私なんかが」
ん? としのぶ姉さんが笑顔のまま首を傾げる。
「カナヲは私たちの大事な妹ですよ。当然幸せになってもらわないと」
よしよしと頭を撫でられて、心に生まれた温かなものは瞳から雫となり頬を濡らした。