【完結】旅する物語 白百合異聞   作:masuda028

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【鬼滅の刃/煉獄杏寿郎】
無限列車編のその先に。

※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。


47仕舞い編86〜90

●86

 

 海岸に簡易に設置された屋根のある小屋に寝かされていたらしい。そして、

「申し訳ございません……」

 と何度も丁寧にかなた様に謝られた。謝らなければならないのは俺の方だというのに──。

 

 事の発端は肝試しが二名一組で行われると聞き、俺の相手となる人物が産屋敷かなた様だった。たまたま兄貴が俺に声をかけにきた時と、俺とかなた様がお互いが相手だと知る機会が同じで。

 かなた様が俺の姿をみて怯えたような様子を見せたところを兄貴に見られてしまった。

 どういうことだと兄貴に聞かれたら嘘はつけない。

 あの藤襲山で俺がかなた様を相手に刀を寄越せと暴力を振るったことについて正直に話した。

 

 そこからはかなた様が許してくれるまでと殴る蹴るが続き……実は最初の一撃を前に、かなた様は兄貴を静止しようとしてくれたが。

 一度やると決めた兄貴を止められることはなく──。

 急所の殴打は意図して外されていたとはいえ、あの兄貴の体術を受け続け意識を失うこととなってしまった。

 

 そうして、気付いた時にはかなた様が濡れた手拭いで俺の殴られた場所を冷やしながら様子をみていてくれたらしい。

 お礼を言うと、帰ってきた言葉は謝罪の言葉で。

「謝らなければならないのは俺の方、かなた様に謝られる事なんて何も──」

「いいえ、いいえ──。

 隊士の皆さんが少しでも発言しやすいようにと、人ではなく人形のように振る舞っていたわたくし達が悪いのです」

 藤襲山の時とは違い、その言葉にはどこか悔やむような悲しそうな表情を伴っていた。

 どういうことなのかと問うてみれば、かなた様は産屋敷の家に産まれた者がどのような教育を受けて、どのように振る舞うようになるかを教えてくれた。

「わたくし達にとっては当たり前のことが、そうではないと教えて貰ったのはつい最近のことです……」

 長年の悲願が叶い鬼のいない世界となって初めて彼女らも呪縛から解放されたということか。

「この旅行に参加することになったのも、そうした今までにはなかったことを経験するためのひとつなんです。こうしてわたくし一個人が隊士の方とお話しすることなんて今までありませんでしたから。

 ……玄弥様がどんな方なのか、聞いてはいたんです。とてもお優しい方だと。だからあの時にわたくしが変に怯えたりしなければ良かったのに」

 本当に申し訳ございませんと改めて深々と頭を下げられて参ってしまった。

「かなた様、様付けなんてやめてください」

「あら、それなら玄弥さんも様付けをやめていただけますか? 産屋敷の人間とはいっても今や敬われるような時代は終わったのですから」

 ふと微笑んでみせる表情は年相応のやわらかなもので、自分が見てはいけないようなものを見ている気がして視線を逸らす。

「──わかりました」

「このまましばらく休んでいれば肝試しの時間も終わるでしょう。だからそれまでゆっくり休んでいてください。わたくしは替えの水を汲んで参りますね」

 俺の血で汚れた水の入った手桶を持ち立ちあがろうとする彼女に。

「待って」

 咄嗟に声をかける。

「俺のことは構わず、かなたさんは別の人と行ってくればいい」

 そうだ。わざわざ一度恐い思いをさせられた男よりもっと相応しい相手がいるはずだと思った。

 彼女は少し驚いた表情をしたが、頭を横に振り。

「別の方とというご提案は他の方からもいただきましたが──断らせていただきました。

 玄弥さんが実弥さんの拳をうけて倒れたのは、わたくし達に非がありましたから」

「非なんてありません」

「先ほどお伝えしたはずですよ」

「それでも、藤襲山での出来事は俺がカッとなるような奴じゃなければ起きないはずのことでした。謝るのは俺の方です。すみません──いえ、申し訳ございませんでした……」

 正座をして深々と頭を下げる。

「──わたくしのところに時々花を持ってきてくれる鎹鴉がおりました。その鎹鴉は決して言葉を交わさず。花だけをわたくしの元に置いていきました。

 その花がなぜわたくしの元に届けられるのか、最初の頃はわからなかったですが。花の名前を調べる内に花言葉というものを知って、もしかしたら玄弥さんが花を持たせているのかなと思っていたんです」

 顔を上げて彼女がどんな表情をしているのか、確認するのも身の程知らずだと思った。

「……」

 俺の言葉を待っているのか、沈黙の時が訪れる。

「先ほどは久しぶりにお会いして、とても背が大きくなられていたので。少し驚いてしまって。それだけなんです……」

「行きましょう!」

 顔を上げて勢いよく立ち上がり手を差し出す。

「どこに?」

「肝試しです」

 自分のせいでこれ以上迷惑をかけたくなかった。

「──本当にもう大丈夫なのですか?」

 手桶を置いて俺を心配するように見上げて。

「体だけは人より丈夫なので」

 鬼の血肉を一時は受け入れた身としては、こういった時の回復力は期待が出来る。

「あ、でも──」

「?」

「俺と行きたくないっていうならやめましょう」

 急に自分が自惚れているような気がして、差し出した手を握り戻そうとして。

「行きましょう」

 握りかけた手に彼女の手のひらが重ねられた。

「お互いを知るには、まずは行動を共にしないといけません。私は玄弥さんのことを知りたいと思っています」

 そういえばこうして女性と手を重ねることも自分にとっては経験のないことだったと気付くと──。

「あら、お顔が赤くなってしまいましたが。殴打された影響でしょうか?」

「いや、大丈夫──っス……」

 ──情けない。

 空いている方の手で顔を覆い、軽くため息をついた。

 

 ○ ○ ○

 

 眠っている二人を見守りながら心地よい眠気を感じていると、突然の揺れを感じて二人に覆い被さった。

 ほどなくして揺れがおさまり、目を覚ましてしまった二人と視線が合う。

「驚いたか? いま地震があった。地震は地中にある岩盤のずれにより生ずるものだが──今回はどうやら違うようだ」

 先ほどまでは感じなかった良くないものの気配を感じる。

「うー?」

「まずは着替えてくる。何かあれば声をかけてほしい」

 二人は思い思いに伸びをしてあくびをしていた。旅行鞄には何かあった時のためにと鬼殺隊の隊服を入れておいた。

 手早く着替えていると──。

「いーうぇ」

 椋寿郎が俺を呼ぶ。

「このにおいは……」

 出かける直前によく出るというあれか。出かけてからするよりは今出たのであればそれがありがたい。

 よしとおむつを交換しようとすると椋寿郎の微妙な表情の変化に気付いて開こうとしていた前を更に布で覆った。あたたかな熱が広がっていく。

「小の方は今からだったか。

 うむ。すっきりしたようで良かったな。

 ルリは大丈夫か?」

 ルリはまだ半分眠っているような状態のようだ。今は再び目を閉じている。

 椋寿郎のおむつをかえて、自分の着替えも終えて。

 ──さて、二人をどうするか。

 いざとなればユリか俺がこの場にすぐ戻ってくることも出来るが、赤ん坊二人を置いて行くのは良くない。

 それに二人からは自分達を連れて行けという強い意思を感じる。

 

 緊急事態ということもあり宿の従業員に預けるというのもひとつの手ではあるが、奥まったところで隠れているのを発見した彼らはひどく怯えた様子でとても赤ん坊の面倒をみることは出来ないように見えた。

 椋寿郎もルリも俺から離れまいと改めて隊服をぎゅうと掴んでいる。

「何をそんなに怯えているのですか?」

 片膝をついて彼らに問いかけた。

 元々この場所を旅先に選んだ理由が、観光地としてそこそこの人気と知名度がある以外にもうひとつ。

 原因不明の神隠し事件、ある一定の周期でその時島にいた年若い女性たちが姿を消してしまうのだという。

 旅行に参加する隊士たちにはいつどんなことが起こるかわからないことは予め説明し、各自準備を怠るなと案内してある。

「私たちが話しに聞いた神隠しが起こる日は、こんな夜なのです。赤い月が夜空を独占し、どこからともなく啜り泣くような声が聞こえる。こんな夜は決して出歩いてはいけない。朝までこうして身を寄せ合って乗り切るしかないと言い聞かされてきました……」

「ぶー」

 ルリが不満そうに声を漏らす。何か思うところがあるらしい。

「そうですか。あなた達は今までずっとこの夜を恐れてきたのですね」

「……」

「ならばこの夜を今日で最後にしましょう!!」

 はぁ!? と彼らは目を見開いて、立ち上がった俺を見上げる。

「まさかそんな」

「一体何を──」

 不安がる彼らには、今どんな言葉をかけても仕方がない。冷静に割り切る自分がいる。

 どんな夜でも乗り越えてきた。

 ──それに今は一人じゃない。

 皆のことを考えると自然と笑顔になった。

「行こう」

 腕の中の二人に声をかけるとやる気に満ちた眼差しを向けてくれる。

「その子達も連れて行くのですか?」

「我々が預かりましょうか?」

「どこで何が起きるかわからない状況だ。それならば連れて歩いた方がいいだろうと思っている」

 ではこれをと幅の広い柔らかな布を手渡され。その布の片側を強く縛って首と片腕を通すと、身体の前に大きな袋が出来た。

 椋寿郎とルリがその袋の中に入って嬉しそうな声を上げ。

「なるほど! これなら片腕は使えそうだ」

 礼を言ってその場を後にした。

 

 

●87

 

 炭治郎は大きな声を上げた。後から教えてもらったがどうやら冷たいこんにゃくが顔に貼り付いたらしい。

 暗闇の中、息を潜めて気配を窺う──そんな鬼と戦う時の姿とは嘘のように炭治郎は大いに驚き、笑って楽しんでいるように見える。

 そうして今も驚かす役をしていた人と親しげに言葉を交わしながら笑い合っていた。

 肩を叩きあって盛り上がっていたが、驚かす役をしていた人が私に視線を向け戸惑ったような表情で謝ってくる。

「すみません、こっちだけで盛り上がっちまって。まだ先は長いので頑張ってください」

 そんな風に私たちに声をかけて、暗がりに戻っていってしまった。

「行こう」

 炭治郎が手を差し伸べてくれるので、自分の手を重ねる。

 そしてゆっくりと歩き出した。

「炭治郎──」

 手を繋ぎ前を歩く彼の背に声をかけて。

「うん?」

 炭治郎は振り返って私を見た。

「私」

 色々な考えや感情が渦巻いて、思うように言葉にならない。繋いでいない方の手を握って胸の前に置いて。

「「……」」

 上手く言葉が紡げない。今度は沈黙してしまっていることが気になってしまい──。

 たまらなくなってぎゅうと両目をつぶった。

 

 

「──どうして結婚するのか。ですか?」

 ある日の師範に私は尋ねた。

 どうしてそんな質問をしたのか、蝶屋敷の皆と買い物に出かけた際に人々に見守られ幸せそうに笑う白無垢姿の女性を見かけたからだったかもしれない。

「なかなか難しい質問ですね」

 難しい質問。師範ですか回答に迷うものなのかと思考する。

 私に視線を向けて一呼吸。

「これという回答があるものではないからですよ。おそらく人によってだいぶ回答が違ってくるでしょう。

 興味があるのなら聞いてみては? 雑談のひとつとして盛り上がるかもしれませんね」

「師範は結婚されるとしたら?」

「私ですか? ……そうですねぇ。今のところそんな自分の将来を考えるような余裕はありませんが」

 師範はどこか遠くをみるような様子で、誰かのことを考えているようだった。

「私は人の世話を焼くことにやりがいのようなものを感じるようなので、そういう手間のかかるような人でずっと一緒にいたいと思う人がいれば多少は検討するかも──なんて、あえて口にするものでもありませんね」

 くだらない話ですと最後は苦笑いをして。部屋の扉が叩かれた。

「アオイです。お話し中すみません。ユリさんをご案内しました」

 どうぞという声かけに扉を開けてアオイが姿を見せる。私をチラリと見て、私には特に何も声をかけず。

「失礼しました」

 お辞儀をしてアオイは部屋を後にした。

「ユリさんこんにちは、お身体の具合はいかがですか?」

 おかけくださいと声をかけながら、問診の準備をしている。

「あぁ、カナヲ。先ほどの質問をユリさんにこそしてみると良いのではないですか?」

 にこりと微笑んで師範は私に声をかけた。

「ユリさんは既婚者ですから、明確な理由を聞かせてもらえると思いますよ」

 師範とユリさんを交互に見る。

 そう言われても、私はユリさんに対して質問を投げかけられるほど親しいのかと困惑してしまい。

「何か質問があるのなら、私で良ければどうぞ」

 微笑んでユリさんが声をかけてきてくれる。

 それだけで私は発言を許されたようなほっとするような気持ちになった。

「あの──ユリさんはどうしてご結婚されたんですか?」

「彼がそれを望んだからよ」

 彼というのは当然炎柱のことだろう。

「あら、それだと別にユリさん自身は結婚する気はなかったように聞こえますね」

「私は杏寿郎と共にいられるならどんな形でも良かったから」

 師範と私は顔を見合わせる。

「結婚するということがお互いがお互いを選んだと周囲に認識させる方法としては適しているようだけれど。男の方がそういう形式を重んじるというのも興味深いものよね。性格かしら」

「それはユリさんが放っておいたら他の誰かに言い寄られてしまうからでは?」

 軽く握った拳を顎のあたりに寄せて、師範は笑い混じりに言った。その発想はなかったといった様子でユリさんも表情で反応を返している。

 その後は師範もそういう意味では言い寄られるのではないかという質問に、柱を口説こうなんて度胸のある人はなかなかいないのでそこまで気にしませんからねと会話が続き。

 

 いつか私自身が自分の将来を、誰かこの人と添い遂げたいと思えるような理由を見つけられたらと私はその時初めて意識した。

 

 

 どれだけ長いこと沈黙していたか。

 自分が今どういう状況で、言葉に詰まり沈黙していたかを思い出す。

 炭治郎はどんな表情をしている?

 何も言えないでいる私を蔑んだ目で見下ろしているのではないかと思う気持ちが強くなり、視線を下に向けたままでいると。

「カナヲ、大丈夫だ。俺だって上手く話せない時もある。そういう時はとりあえず頭に浮かんだこと、なんでもいいから言ってみるのもいい。

 それにもし言葉が口から出なくても──」

 視線を向けると、真っ直ぐに私を見る炭治郎と視線が合った。

「俺はカナヲがなんて言おうか考えているのをただ待つ時間も好きだぞ」

「……っ!!」

 向けられた笑顔が太陽のように眩しくて。

「炭治郎は……誰にでもそういうこと言うの?」

「えぇ? 誰にでも言ってるつもりはないけど……」

 首を傾げて考えこむような様子だ。きっと無自覚に彼はそういうことを言う。

 何故だかとても心の中がざわついて、繋いでいた手を離して一人で先に歩き出す。

「カナヲ! もしかして怒っているのか? そんな気に障るようなこと──」

 ぐらりと足下が揺れた。地震だと気付いた時には、後ろから炭治郎に抱き締められており。

 

 ──揺れがおさまると炭治郎に声をかけようと思って視線を向けると、周囲にざわざわと不気味な気配を感じるようになった。

「なんだ? さっきまでとはまるで雰囲気が違う」

 炭治郎の言葉に頷く。遠くに聞こえた人の悲鳴が、聞き間違えであってほしいとつい思ってしまった。

 

 ○ ○ ○

 

 意味深な祠にユリが平然と入っていってから小一時間。墓場から抜け出てきたような亡者がゆっくりとこの場に集まりつつあった。

 祠に入る前にユリが邪魔が入るようだから、適当に相手をしておきなさいというからそれなりの準備はしておいたが──。

「死人相手にどう戦えってんだ。どうすりゃ動きが止まる?」

 木の上から様子を見ていたが、草を結んで作った罠に普通に引っかかり倒れる。

「起き上がるほどの知力はないか」

 不気味な存在だ。素手で戦うっていうのも気が引ける。もとがかなり古い死体のようだから、打撃で潰してしまえばいいかと思案していると……。

 真っ暗な祠からユリが姿を現す。

「お早いお帰りで」

 横に降り立って声をかけ。

「時間稼ぎでなんとかなったようね」

「全速力で走ってくるような相手じゃ、また対応が違ったがな。それで? お目当てのものはあったんだろ?」

 当然という視線が返ってくる。俺が見てみたいと言ったからわざわざここまで持ってきてくれたらしい。

 手のひらを重ねゆっくりと開いた間に錆びた小刀が浮いて出現する。

「なんだか禍々しいな」

「それはそうよ。憎しみとか悲しみとかそういう感情がこれでもかと凝縮されているのだもの」

「それをどうするって?」

「送るわ。この世界から切り離されてしまえば、もうこの世界には干渉できないから。

 こういうものを喜んで引き取ってくれるあてがあるの」

 ユリが再び小刀ごとその手のひらを重ねると、先ほどまで存在していたことが嘘のようにその小刀は呆気なく消えてなくなった。

 同時に周囲にあった濁った気配が吹き飛ばされるように消える。

「あとはこれの繰り返し、あと三つは確実に送らないといけないわ」

「へいへい。次はどちらにお連れしますかね?」

 あっちよと指差した方に向かって、ユリを抱き上げて向かった。

 

 

●88

 

 私と肝試しを共に行くことになったのは、一人の鬼殺隊士だった。私のファンだと言ってくれて、道中も熱心に会話を続けてくれて。

 小芭内さん以外の殿方と手を繋ぐなんていつぐらいぶりかしらドキドキしてしまう。

 そんなことを考えながら肝試しに参加していると、本物の幽霊が現れた。

 どうして本物かと気付いたかといえば、共に行動していた彼が不用意に近付いて昏倒したからに他ならない。

 私だって彼が近付かなければ、誰か隊士の一人が扮装しているのだろう。凄く出来が良いわ! 本物みたい! なんて思っていたかもしれない。

 繋いでいた彼の手から温もりが消えて、顔色が真っ青になり。いけない! と思って引き寄せようとした時には倒れこんでしまった為に慌てて繋いでいた手を離して左腕で抱え込む。

 日輪刀で幽霊を相手に戦うことが出来るかしら……。

 腰に差した日輪刀を手にしようと──。

 

『!? ないわ!!』

 

 このあたりにいつもあったところを手で叩くけれど、それで日輪刀が現れるわけもなく。

 幽霊としばし見つめ合い。

 

 ──ユリさんとしのぶちゃんとのやり取りを思い出す。平和になってからというもの何かと口実を作って集まっては、お茶を飲んだりお菓子を口にしたり。その日の話題はこの旅行についてだった。

『旅行先としてはかなり良い場所のようですが、なかなか背景情報が気になりますね』

『そのおかげでかなり安く提案してもらったと聞いたわ。鬼殺隊の柱と上位階級の団体旅行だから、その背景情報にある事件も解決できたら更に優遇してもらえるよう交渉していたみたい』

『あのおふたりなら喜んで旅先に選びそうな──』

『でしょう?』

『いざという時の準備をということでしたが、私はどうしましょう? 日輪刀は必須の持ち物ですか?』

『そ、そうなの?』

 食べかけの桜餅を慌てて飲み込んで会話に参加する。

『うーん』

 その手の準備はもう男手に任せてしまっていいのでは? とユリさんは言っていた。なんだかんだでそういうことで頼りにされると嬉しいようだからと言葉が続いたので、小芭内さんに帰ってから相談してみるとユリさんの言葉の通り嬉しそうな様子で、いざという時は小芭内さんが私を守ってくれると約束してくれた。

 

 しかし、今は非常事態。

 小芭内さんとは別行動中である。

 

 ユリさんは本当に必要になった時はどうにか取り寄せることも出来るからと言っていたけれど。今はその本当に必要になった時に該当しないらしい。

 日輪刀がないことに気付いて慌てふためいた姿を幽霊に見せてしまい……私は頬を膨らませた。

 だとしたらここは──。

 

「逃げるが勝ち!」

 

 全身をバネのようにしならせて人一人を抱えたまま幽霊から距離を取った。

 

 ○ ○ ○

 

 要と白菊の協力もあり、ユリとは早く合流することが出来た。両手を広げ彼女の身体を抱き締めると椋寿郎もルリも顔を出してユリに抱きつく。

「あらあら、もうこんな遅い時間なのにまだ起きているの?」

 二人に声をかける責めるような様子もなく、少し呆れたような口調で。

「非常事態だからな!」

 ふとユリは微笑みを浮かべ。

「いきなり幽霊や動く死体に遭遇して狼狽えている隊士もいるようね。良い肝試しになったかしら?

 ……そろそろ終わりにしましょう──」

 片手を上げて開いた手のひらをゆっくり閉じて拳を作ると。

 各所で爆発が起こる。そして地面が揺れ、海岸沿いが騒がしくなり。

「なんだぁ!?」

 気をつかって隠れてくれていた宇髄が慌てて姿を表した。

「ここで起きた事件を解決するのでしょう?」

「解決っていっても──」

 突如振り下ろされた何かを避けるため俺はユリを抱き上げてから、宇髄も高く跳んだ。

「なんだぁ?」

 土煙がはれて見えたのは、大きな大きな蛸の触手。何百年と成長した木の幹よりも遥かに大きい。その触手は何かを探すように蠢いている。

「蛸の化け物との戦闘かよ。そうだとするならやはり得物が欲しくなるな」

 着地して周囲の様子を窺っていると。

「天元は他にやることがあるわよ」

 俺が抱いていた赤ん坊二人を抱き上げると、宇髄の方へ二人を運び。

「なに!?」

「「!?」」

 椋寿郎もルリも宇髄に手渡されて驚いた顔をしている。

「ここからは俺と煉獄のド派手な共闘がはじまる場面だろうが!」

「無手で立ち向かうつもり?」

「それは──まぁいいか。任せろってお前たちが言うならな。ルリぃ今日も別嬪さんだなぁ」

 天元がにこやかにルリの頬をつついていると、みるみるルリは渋い表情をしてぷいと顔を背けた。

「なんだ? 今日は機嫌が悪いのか? 椋寿郎はご機嫌なのにな」

 椋寿郎は笑っているが、俗にいう愛想笑いというやつのように見える。

 その間にルリは天元の腕から逃れ、転移をしてユリの腕の中に。彼女の服を掴んで必死に離すまいとしている。

「大丈夫よ。ほんの少し天元と一緒にいてくれる?」

 ユリがかけた声に頭を左右に振って頬を膨らませ。

「宇髄に預けられるなんて聞いてないとでもいうような反応だな」

 首から下げていた布を外して天元の首にかけてから、俺はルリの顔を覗き込みながら言った。

 天元は再び受け取ろうと近付いてきて、

「いつもは機嫌良くしてくれてるのに、どうした今日は?」

 ふむとユリは思い立ちルリの耳元で小さく囁くと、ルリはむーと声を上げて彼女の服を握るのをやめた。ユリはよしよしとルリの背をさすっている。

「母と共にいたいという気持ちはわかるぞ。出来る限り早く帰ってくると約束しよう」

 ユリと視線を合わせて頷き合い、ルリと椋寿郎の頭に優しく触れながら言った。

 

 

●89

 

 ──何か胸騒ぎがして、兄の部屋を訪れた。

 床の間には戦いが終わったあの日からずっと日輪刀が置かれている。なぜか今回の旅行には羽織と隊服だけは持っていくことにしたようだが……。

 

 兄上も姉上もご旅行中、鬼のいなくなった世界で何かあるなどと考えたくもない。

 月明かりの夜、こんなに不安を感じるのはいつぐらいぶりだろう──兄の部屋に入ると力無く座り込む。

「椋寿郎、ルリ……」

 今回の旅行には二人も同行していた。二人はまだ赤ん坊、以前みた夢の中のような不思議な力はきっとまだ使えないはずだ。こんなことなら誘ってもらった時に同行を希望すれば良かったか──。

「──眠れないのか」

「父上」

「久しぶりにゆっくり眠れると思ったが、いなければいないで眠れないものだな」

 どうやら父も同じような理由で眠れずにいるらしい。

「心配することもないだろう。あぁして刀は置いていったんだ」

「──はい」

 床の間に飾られた日輪刀は平和の象徴──。

 そう言った兄は帯刀せずに外出するのはまだ違和感を感じるがと笑っていた。

「お互い眠れないのであれば……少し昔話でもするか。横になりながら話していればいずれ眠くもなるだろう」

 そう言うと、父は俺の部屋に向かうようだ。

「父上?」

「ひとつの布団で寝るわけにもいくまい。お前の布団を部屋まで運ぶぞ」

「はい!」

 返事をして微笑み。

 

 明日の夜にはみんなきっと無事に帰ってくる。

 こうして心配していたことも、きっと笑い話として話せるだろう。

 

 ○ ○ ○

 

 幽霊から逃れるべく距離を取ろうとしている時に、小芭内さんが助けに来てくれた。

「小芭内さん!」

「蜜璃!」

 私と同じように肝試しの相手を脇に抱えている。後ろ手に私たちを庇い周囲の様子を窺うと、小芭内さんは私の方を向くと優しく微笑んで安堵の息を漏らす。

「無事で良かった。

 海岸沿いには巨大な蛸が出現している。なぜか女人を触手で巻き取り海中に連れて行こうとするらしい」

「気をつけるわ!」

 私の声に頷くと小芭内さんは脇に抱えた隊士を地面に落とす。落とされた隊士はぐぇと蛙が潰れたような声をあげていた。

「俺と同じ速度で走ることも出来ない足手纏いは──」

 ネチネチと言葉が続く。素敵。

 

 ──不意にひんやりと冷たい気配を感じた。小芭内さんと視線を合わせ目配せをし。

「幸い化け物どもは、この日輪刀で追い払うことが出来る。

 ──来い。化け物ども!」

 小芭内さんが抜刀した。

 

 私たちを守るようにして小芭内さんが戦ってくれている。私たちが逃げてきた幽霊とは別に次々と現れては小芭内さんに斬られて姿が見えなくはなるけれど。

 

 キリが無いみたい。

 ──やっぱり私も日輪刀を持ってくれば良かった。

 そうすれば小芭内さんと共に戦えるのに。

 小芭内さんの勝利を信じて祈るようにして両手を組んで彼の姿を視線で追っていると。

 不思議な光の輪が突然目の前に現れた。

「!?」

 こちらを害する様子もなく、なぜか呼ばれているような気がして恐る恐る指先を近付ける。

「恋柱!」

 私を静止するように声をかけられたが。その光はまるでユリさんを思わせるような優しい光で、この状況を変えてくれるのではないかと思った。

 ふと光の中から見覚えのある刀の柄が現れたので、私はそれを掴んで一気に引き抜く。

「これは──」

 私の刀だけど……印象が少し違う。

 鞘から抜いてみると──よく手入れはされているけど、まるで年代物のようで。不思議に思っていると頭の中に鬼舞辻無惨との死闘の様子が映し出される。

 あぁ、そうか。この刀は違う世界の私が使っていたものなのだわと気が付くと。その刀からぬくもりを感じるようになった。

 この世界ではね。鬼舞辻無惨を倒すことが出来たけれど、今また別のものと戦わねばならなくなってしまって──お願い。私と一緒に戦ってくれる? 私の大事な人を、小芭内さんを助けたいの……。

 

『──それはとっても素敵ね!』

 

 なぜだかもう一人自分がいるような気がした。

 

 力強く背中を押されたように立ち上がる。

「なんだかとっても心強いわ!」

 

 恋の呼吸 伍ノ型 揺らめく恋情 乱れ爪

 

 広範囲に刀を振るって攻撃を加え、驚いた様子の小芭内さんと顔を見合わせ私からは微笑みを返した。

 

 ○ ○ ○

 

 ユリを抱き上げて山頂目指して駆け上がる。

「──あれがその大蛸か」

 海岸沿いが見えてくると、まるで島ひとつ動いているような印象の巨大な塊が見えてきた。

「戦況は?」

「自分で見ればいいじゃない。

 私は監視者の力を預かってはいるけれど、杏寿郎のものなのだから好きに使っていいのよ?」

 ふぅと呆れたような吐息がユリの唇から漏れる。

「その力は君がいたから得たものだ。

 この戦いは人智を超えたもので間違いないな」

 俺の腕から降りながら、

「えぇ、あの大きさの蛸が日常的に姿を現すことはないでしょう? 散々暴れ回ってあれが海に帰っていったら残された人々は津波のせいとでも言い伝えるのでしょうね。

 ──大丈夫よ。あれ相手にあなたが監視者の力を使って戦っても誰に咎められるものではないわ」

「うむ!」

 監視者の力を使って戦うといっても無手で戦うわけにもいかない。そして俺の日輪刀は家に置いてきてしまっているし──置いていくことを告げても彼女は特に反対する様子もなかった。目配せをするとユリは、はいはいと返事をして自身の胸の前に手をかざす。

 そうして彼女の手のひらの間から生まれた光の輪の中に俺は無造作に右腕を入れた。

「んんっ!?」

 ユリの口から驚いたような声が漏れる。

「ちょっと杏寿郎、まっ──」

 頬を赤くして、吐息を荒げて。その様子はまるで──。

「すまなかった!!」

 急いで右腕を引き抜いてユリの両肩に手を添える。

「急にいれるから──」

 はぁはぁと肩で息をしていた。

「腕をな! こんな風にしてはいけないものとは知らず。悪かった!」

「もう。複雑な術式を展開する時は強引に干渉しないでもらえる?」

 申し訳ない気持ちのまま深く頷く。

「手をかざして来いと念じるだけでいいのよ」

 やってみてと促され、その通りにしてみると……見知った刀の柄が現れた。掴んで引き抜き慣れた動作で腰にさす。

「君の中にいた時に気配を感じてはいたんだ」

 ユリと出逢った頃の思い出。彼女の世界にあった妖刀を無理矢理自分の刀に置き換えて使わせてもらった。

「所有者がいるものを収集しておくわけにはいかないっていうから私が預かっていたの」

 遠い昔に倉庫番をしていた彼女のことを言っているのだろう。ユリは思い出すように遠い目をしながら言った。

「さぁ、皆が待っているわ」

 次は監視者の力をユリから返してもらわなければならない。

「力だけを返すよりも、いっそユニゾンしてしまいましょう。個別で行動するよりも状況変化に早く対応できるし」

 言いながら身体を近付けた彼女の腰に腕を回して抱き寄せる。

「リードしてくれるの?」

 ふくみ笑いをするユリが、顔を近付けただけで真っ赤になっていた幼いあなたが懐かしい……とでも思っているような様子だった。俺を見上げ両瞼を閉じてみせ──無防備だなと思いながらユリの顔の輪郭に、片方の手のひらを添える。そうして額ではなく唇同士を重ねると、多少驚きはしたようだが受け入れてくれた。

 

 

●90

 

 まだ千寿郎が生まれる前のこと──。

「父上!」

 縁側に座りお茶を飲もうとしている父に声をかけた。

「どうした?」

 俺の方に視線を向け、言葉を返すと同時にお茶を口に近づけ。

「父上はどうして母上とご結婚されたのですか!」

 ブッと音を立ててお茶を噴き出していた。

「何を急に!?」

「急ではないです! 以前から俺は訊ねていましたが、今はまだ知らなくてもいいと言われてきました!」

 真っ直ぐに父の目を見て言う。

 常々俺は生活の中で、夫婦になるということが理解できなかった。時には生まれも育ちも違う相手を選んで生涯寄り添うなんて、どうしてそんな判断が出来るのか。理解出来ないことはまず身近な両親に聞くべきと思い、ここ数年訊ねてきたが未だに教えてはもらえず。

「……まだ教えてはいただけないのでしょうか」

 母に訊ねたこともあったが、異性である私より父に聞いた方が参考になるだろうからと言われてからはずっと父に聞くようにしていた。

 しばらくの沈黙の後、

「──いずれお前が年頃になれば見合い話がくるだろう。その相手と結婚して、子を成しこの煉獄家の炎の呼吸を継承させることがお前の義務であり責務だ」

 父は不機嫌そうに言う。

「あら、槇寿郎さん。その言い方では杏寿郎が誤解をしてしまいますよ?」

 母が洗濯籠を持って庭にやってきた。

「俺だって親からはそう聞かされていた」

「あなたがお見合い相手と結婚していたら、私はここにいないではないですか。杏寿郎の聞きたいところはきっとそういうところですよ」

「どういうことでしょうか?」

 父は見合い相手と結婚しろと言っていたが、母は父の見合い相手ではなかったらしい。

「瑠火さん! そんなことを言って杏寿郎が見合いを断るようなことをしたら──」

「あなたが出来たことなのですから、息子にもきちんと説明しておくべきでしょう?」

 母にそう言われ、父は普段しないような渋い表情をしていた。

「俺が瑠火さんと──お前の母と出逢った頃はちょうと見合い話が持ちかけられるぐらいの歳の頃だった。日々の任務に追われこれといった出会いもなく。色恋に興味もなかった俺は、言われるままに親が選んだ相手と結婚するものだと思い込んでいた──」

 

 ──父の話しは難しく全てを理解するには当時の俺には難しかったが。

 

「──特別な相手が誰にでも必ずいる。その人が俺にとってはお前の母だった。

 俺は落雷のような衝撃として理解することが出来たが、人によっては植えた種を育てるようなお互いを慈しむような生活を続けることで自覚することもあるだろう。お前はどうだろうな──」

 父が俺の頭に手を置いた。くすくすと母上が笑っている。

「落雷のような衝撃? それは雷をこの身に受けてみればその感覚は理解できるでしょうか?」

「そうではない! ……まずは色々な出会いを経験してみることだ。興味を持ち共に歩んでみたいと思う相手と出会うことで、自然と特別かそうでないかの区別がつくようになる」

「わかりません!」

 がっくりと父は肩を落とした。だからまだ早いと言っていたのにと顔に書かれたような表情をしていて。

 しかし、俺の方こそ聞きたかったことが聞けたわけではなかったので同じような表情をしていたのかもしれない。

「杏寿郎、案ずることはありません。

 この人という感覚がわからないということは、まだそういった出逢いをしていないのでしょう」

 洗濯物を干す手を止めて、母上が縁側に座っていた俺たちの方に歩いてきて言う。

「母もそうでした。心惹かれる出逢いなんて絵空事でしか存在しないと思っていましたから──」

「母上にとって父上はどのように感じられたのですか?」

 俺の隣に座った母はちらりと父に視線を送ってから、俺にそっと耳打ちをした。母には父が輝いて見えたらしい。

「早くこの人という相手が見つかると良いですね。

 といっても婚姻するには杏寿郎はまだまだこれから、まずはもっと歳を重ねないといけませんが。

 ……あなたも私も長生きしないと」

 父上に視線を送りながら母は言う。

「そうだな。この腕に孫を抱くまでは鬼相手に負けていられん」

「まぁ気が早い」

 父も母も笑っていた。俺も一緒に笑った。

「──杏寿郎が相手に選ぶのはどんな人物なのか、こんな会話をしているとつい考えてしまいますね」

「うーん。杏寿郎が選ぶような相手か……想像もつかんな」

 左右に座る二人を俺は交互に見て。

「どんな相手でも親の立場から何か言いたくなるかもしれませんが──きっと反対は出来ないでしょう」

 不意に母に抱きしめられて両目を閉じる。母の鼓動と温もりを感じた。

 

 ○ ○ ○

 

 あの日を境に父は変わってしまった。

 

 母が亡くなった後、これからは三人で強く生きていこうと言葉をかけてもらったが……。

 

 ある任務から帰られて数日、父が部屋に篭る日々が続く──。

 

 母が生きていた頃から付き合いのある女中さんが、心配して声をかけたりもしてくれたが父はひどく当たり散らしその女中さんが再び家を訪れることはなかった。

 ──女中さんが残していってくれた食糧を細々と食い繋いで、明日こそはきっと父が部屋から出てきてくれると千寿郎に声をかけて眠りについた。

 

 母が息を引き取った時、父は任務に出ていて最後を看取ることが出来なかった。

 

 ……帰ってきた父は、部屋に母と二人きりになると涙を流していた。父が涙を流す姿を見たのは初めてのことだった。

 

 俺と千寿郎も最後を見届けられたわけではなく最後に交わした言葉は就寝前の挨拶だけで、当たり前に続くものはないんだと改めて強く思うようになった。

 

 父と母は愛し合っていた。お互いが特別で支え合って生きていた。

 

 ──まだ俺には理解できないことだったが。

 

 

 その日は千寿郎と眠りについたはずだった。

 

 なぜだか強い光を感じる。

 朝になったのかと思ったが、不自然な眩しさだ。

 

 なんとか両目を開こうとして、ようやく目が慣れてきた頃。認識できたのは白い服を着て何か棒状のものをこちらに構えた俺よりも少し歳上の女性の姿。

 例えるならそう、まるで白百合のような──。

 

 姿を視界におさめた時、なぜだか胸が強く高鳴った。

 

 何故だろう。

 

 心の臓を鷲掴みにされたような感覚。そして、見覚えすらないはずの女性が輝いて見えるのか。

 

 

 俺とユリとの出逢いは突然だった。

 

 

 後になって彼女との出逢いは、以前父母から聞いた特別な人との出会いについて話した内容を思い出されて一人で気恥ずかしくなったものだ。

 

 

「──煉獄さん?」

 しのぶが俺の前にお茶を置きながら声をかけてきた。

「何か考え事ですか?」

「少し昔を思い出していた」

「そうでしたか」

 微笑んで頷いて、皆の方に向き直る。

「ほらほら皆さん! いくら居心地が良いからといって旅行帰りに煉獄さんのおうちでこんなに長居をするのは失礼ですよ。いま配っているお茶を飲み終わったら帰り支度をしてください」

 手を叩きながら声を上げて。

 旅行帰り沢山お土産を持ち帰ることになり柱の面々が荷物持ちを請け負ってくれた。俺一人でも持ちきれる量だったが、俺は土産ではなく子供を抱いていろと言われてしまい。

「離れがたい気持ちはわかりますけど。小さな子供のいるおうちに長居をするものではありませんよ」

 ばらばらと返事がかえってくる。

「──にしてもすごかったわ〜。最後の一斉攻撃。みんなの技が花火みたいにとっても色鮮やかで」

「何回言うんだよ」

 蜜璃に宇髄が手の甲を軽くあてようとするが、

「それだけ美しかったということだ」

 間に入った小芭内がその手から蜜璃を庇う。

「あの蛸の化け物は女の人を連れて行こうといていたけど、なんの意味があったんだろう……」

 ぽつりと無一郎が言った言葉に。

「私も気になっていたの!」

 蜜璃がいち早く反応する。

「嫁さんでも探してたんじゃねぇのか?」

「南無阿弥陀仏──」

 帰り支度を始めていた二人も反応した。

「女性全員を連れて行こうともしていなかったようですね。現に私は見向きもされませんでしたし」

「私も! 刀を持って戦っていたからかしら?」

「それを言うなら俺の嫁の一人も見向きもされなかったって後から聞いたぜ」

 蛸の触手が女性たちをなぜ海に引きづり込もうとしていたことが話題になり。

「それについてはユリから聞いている! 実は──」

 

 ○ ○ ○

 

「思っていたより遅くなってしまった」

 部屋に戻ると灯りがまだついていたので、声をかけながら中に入った。

「ちーうえ」

 布団の上で眠たそうに身体を起こし椋寿郎が声を上げる。

「うむうむ。父上だぞ。

 待っていてくれたのか。それはすまなかった。もうどこへも行かないから、ゆっくり休むといい」

 抱き上げてぽんぽんと優しく背中をたたいているとすぐに寝息に変わった。

「この後どう生活をしていくかという話題でも盛り上がったんだが、君から聞いていた蛸についての話題でな」

「話してきたのね」

 ルリと一緒に横になって寝かしつけていたユリがこちらに視線を向けて言う。

「あの蛸は身籠もっている女性は襲わなかった。

 蛸は体内で赤ん坊を育てる発想がないから昔故郷を旅立った同族ではないと判断していたから──ということだったな」

「そうよ」

「めでたい話しだと思っていたが、人によってはそうでもなかったようだ。実弥は義勇を般若のような形相で追いかけていたよ」

「それはそうでしょう。しのぶは実弥にとって妹のようなものなんだから」

「確かにそうらしい。しかし結婚してからのことだ。そこは喜ぶものなのでは?」

「複雑な男心というやつでしょう」

 ユリに言われ、ふぅむと考えこむ。

「……旅行はどうだった?」

 続けてそうユリに尋ねられ、

「とても良いものだった! 君はどうだ?」

「そうね。大勢でわいわい行動するのは普段なかなかないことだし楽しめた気がするわ。この子たちも海で遊ぶのは楽しかったようだし、沢山の人たちにちやほやされて嬉しそうにしていたもの」

「次は家族旅行を企画しよう!」

「はいはい。平和になった世界を満喫するのは良いことね」

 椋寿郎をルリの横にそっと寝かせてから、おいでとユリを呼ぶ。胡座をかいた俺の膝の上にユリが座り腕で腰を抱いた。

「──ねぇ」

「うん?」

「あなたなら、この物語の終わりがあるとすればどんな言葉で終わらせる?」

 俺の胸に頬をつけて彼女は言う。

「そうだな──ありきたりだが、煉獄杏寿郎はユリと家族・仲間たちと共に末永く幸せに暮しました。

 というのはどうだろうか?」

「──そうね。そういう結びの方が私も良いと思う」

「沢山の子宝にも恵まれて、と追加してもいいぞ」

 顔を見合わせて微笑み合うが、俺の表情とは違いユリの表情にはどこか呆れたような様子も窺えた。

 彼女の身体を抱きしめて、

「ありがとう」

 感謝の言葉を口にする。

「……」

 ユリは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 いつだったか、この物語は俺のための物語だと君は言ったが──俺はこの物語はユリの物語だと思っている。別の世界でうまれた君が、俺と出逢い今に至る物語。その過程で俺は何度も救われた。感謝の言葉ひとつで足りるはずもない。

「ユリ」

 愛する君の名を口にすると、わかっているといった様子で両目を閉じてくれる。末永く幸せであるように願いを込めて唇を重ねた。

 

旅する物語 白百合異聞 仕舞い編 終幕




ここまでご覧いただきありがとうございました。

この続きは呪術廻戦の二次創作"五条悟との邂逅"に続きます。
毎日連載も五条悟との邂逅の方で続けていきますので、良ければお付き合いください。

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