学園を卒業し、煉獄杏寿郎を探す旅路の途中で。
※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
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『もし君に彼を探す気があるのなら、きっと長い旅になるだろう。
夜空に輝く星々から、たったひとつを探すように。
それでも、続けていればいつかは君の杏寿郎と再会できるはずだ』
管理人はかつて私にそんな言葉をかけてくれた。
学園を卒業して旅立ってから、いくつの年月を過ごしたのか。振り返ってみれば無極牢で過ごした時間は、杏寿郎がいてくれたからなんとかなったのかもしれない。
共に過ごした時間だけ、杏寿郎という存在は私の一部になっていた。だから、彼との別れは、半身を失うほどの痛みを伴った。
……杏寿郎にとって私はどういう存在だったのだろう。
彼は学園での記憶を封じられて帰っていったから──私が感じたような苦しみは感じなかったのかも。
……それならそれでいいんだと考えるようにしていた。太陽のように輝く彼が、迷いなき瞳で人を導く彼が、誰より真っ直ぐに生きられるなら──
学園にいた頃よりも、一人でいた頃よりも、自身の存在を保つための魔力消費が気になってしまう。
もしここで魔力が尽きたら? 別の世界に渡る途中で魔力が切れてしまったら?
私は誰にも気付かれないまま消滅してしまう。
誰かに気づいてほしいわけじゃない──ただ、杏寿郎に……
『俺は君のことを一番に考えるよ。だから、もう君を見捨てた奴のことなんて忘れていいんだ──』
やめて!!
違う。私は見捨てられてなんか──
『杏寿郎は君を見捨てたんだ。待っているだなんて人任せにして』
違う!!
一度でも思わなかったかと言えば嘘になる。それでも私は彼に認めて貰ったから──不安な気持ちに蓋をして、せめて潔くいられたらと思っていたのに──
「よかった! 目が覚めたのだな!」
私はゆっくりと閉じていた目を開いた。日本家屋のどこか、布団の上。声をかけてくれた人物は窓際に立ち逆光で表情が見えない。
「──杏寿郎?」
「あぁ、そうだ。長い旅をして俺に会いに来てくれてとても嬉しいぞ!」
「……うん」
「君はこの世界に来て、偶然たくさんの人々に認識されてしまい、魔力供給の過多と情報量の多さに処理が追いつかず意識を失ってしまったんだ。
──しばらくの間、それらの能力は使わずにいた方がいいだろう!」
「そう? そうね。そうする」
杏寿郎は私に近付いてそっと手をとった。
「長い旅で疲れたろう。眠らなくても良い君だというのはわかるが、眠るように目を閉じて外部からの刺激を遮断する時間を設けるといい──」
「うん。いいかもしれないわね」
ぞくりと何か寒気を感じる。
「寒くはないか? 外は雪が降っているんだ。君といた頃は見かけなかったが、君は知っていたかな?」
「え? えぇ……旅の途中で見かけたわ」
「──君に名を付けたのは俺だったな? 俺もまだ当時の記憶が鮮明に思い出せないところがある」
杏寿郎は私の頬に片手で触れて、言葉を続ける。
「この特別な再会を祝す意味で、今後君をユキと呼んでも良いだろうか?」
⚫︎7
朝になっても目覚めないユキをおぶって、一度家に帰ることにした。意識を失っていることで、人の関心を遠ざける魔法の効果が薄くなっているらしく、移動中にいらぬ詮索を受けるようになった。
特にこの場所ではユキの売値はいくらだと聞いてくる声掛けが多く辟易していると……。
「おや、お美しいお嬢さんだ」
また声がかかった。もう少しで遊郭を出るところで、ため息をついて無視しようとするが──。
「うちの生き人形と比べてどちらが美しいか。見て行きませんか旦那」
これまでの声かけとは違った台詞が続いた。ちらりと声のした方に視線を向けると、そこにあったのは見世物小屋。
「胡乱な巡り人か──」
呼び込みをしていた男と視線が合う。
「いやはや、なんとも浮世離れした美しさですね」
「触れるな!」
ユキに気安く触れようとした男と距離を取った。どこか不自然な間合いのつめ方だ。
「天から舞い降りた女人ならば、いずれは帰ってしまうでしょう? 旦那の手には負えないのでは?」
糸目の男の表情は笑顔のまま、こちらの腹を探ってくる。
「──笑止。彼女はもう俺のものだ」
「そうですか? しかし、背中の女人は別の方のことを想っているようですが──」
目の前に指先で輪をつくり、俺たちを見る男。
──好いた女に別の想い人がいたら。
そんな会話を以前桑島と話したことを思い出す。
「自分が好いた相手なら、奪ってしまえばいいだろう」
木刀を手に持ったまま素振りをやめずに俺は言った。
「えぇ? 煌寿郎はそういう人なの?」
「そんなたられば話を今する事に何の意味がある」
不機嫌に一瞥する。
「いや、そういう価値観の共有って大事だよ。それに色んな人の恋愛観を知っておけば勉強になるし」
「……」
「俺ならまずは少しでも好きになってもらえるように努力するかなぁ。花を贈ったり、美味しいものを一緒に食べたり──」
頭の後ろで両手を組んで、まるで本当にそうだったらどうするのかを考え遠い目をして桑島は言う。
「まわりくどい」
顔をしかめる。桑島は相手に優しくしたい。尽くしたいという気持ちが強いことは、これまでの異性に対する行動で容易に理解できた。
「そりゃあ! 煌寿郎に比べたらまわりくどいかもしれないけど! 好きになった女の子には──」
そうやっていいように使われて、その内に借金でも背負わされて、それでも桑島は尽くす愛を続けるのだろう。
ふと違和感を感じて周囲を警戒する。
老若男女、沢山の人々が俺たちの周囲を囲っていた。誰もこちらを見ていないのに見世物小屋へと足を向かわせる。まるで強制されるような形で。
⚫︎8
見世物小屋の中には、広く区切られた場所と、狭く仕切られた場所がある。外に面した場所では曲芸が行われており、人々が歓声を上げていた。
屋根のある場所はあえて薄暗くなるようにしているようで、蝋燭の光が足元を照らしていた。
いくつか見せ物を視界に入れて歩いていくと、
──生き人形。
先ほど糸目の男が言っていた人形だ。確かに美しいが、ユキには及ばない。
蝋燭の炎の揺らぎで一瞬人形が笑ったように見える。
「どうです? 美しいでしょう?」
生き人形の影から男がゆらりと現れたように感じた。
「これが元は人間のように動いていたと言ったら、旦那は信じますか?」
男の言葉に違和感を感じる。人間のように動いていた? 生きていたら……ではなく?
俺の疑問を察知しているかのように男はにやりと笑ってみせた。
「旦那、次の一幕は人形を使った劇などいかがでしょう?」
再び人の流れが発生し、無理矢理次の部屋へと誘われる。
その人形劇はよくある内容だった。
天から舞い降りた女の羽衣を、天女に懸想をした男が奪い夫婦になるという内容だった。ただその男があまりに善良で、どうすれば女と夫婦になれるか思案中に、あの糸目の男のような人形が羽衣を奪ってしまえばいいと唆す以外は。
──人々は劇が終わると、満足げに部屋を後にしていった。
部屋の中には意識のないユキを背負った俺と、先ほどの糸目の男だけが残った。
「──今の話、どう思いました?」
「どう、とは? ありふれた昔話だろう。お前のように教唆する者がいなければ、羽衣を奪うなど思い付かぬような意志の弱い男だったが──」
糸目の男は目を見開き、
「そう! そうです! その通り! あなたのように強欲で聡明な知恵者であったなら、あの男は容易く天女を手に入れていたでしょう……やはりあなたは私が見込んだ通りの人なのかもしれない。
ねぇ、旦那──」
ほんの瞬きの瞬間に距離をつめ、睨め付けるように俺を見上げて男は糸目に戻った。
瞬きの間に音もなく距離をつめるなんて、常人には決して出来ないことだ。
「人生とは舞台、人は皆役者という言葉がありますが──」
「まわりくどいぞ! 言いたいことがあるなら、はっきり言えばどうだ? ユキに仇なす者なら容赦せん」
とは言ったが、意識を失ったユキを背負ったまま戦ったとして勝算があるわけではなかった。ユキを亡き者にしようとするにも、これほど隙のない動きをする相手だ。だとしたら俺を何か試しているのだと容易に想像がつく。
男は微笑みを浮かべたまま「ふむ」と息をついた。
「まわりくどい……ですか、そうですね意図的に遠回しな会話をしているわけでも、それが楽しいわけでもないし、ここはひとつスマートにいきましょう。あなたが背負っている魔女を譲ってはくれませんか?」
「は?」と声を上げたくなるところをぐっと堪える。心の臓を鷲掴みにされたような息苦しさを感じて、冷や汗が首筋を伝う。
「──嫌だ」
譲ってくれと男は言った。ならば譲らない選択肢を選ぶことも出来るはずだ。
「そうですよねぇ……でも、その気持ちは本当にあなたの意思でしょうか?」
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「何を言っている?」
糸目の男は同じ言葉を再び口にした。
「その気持ちは本当にあなたの意思かとお尋ねしました。魔女は恐ろしい存在なのです。『こうあるべき』という事実を、面白おかしく捻じ曲げてしまう。
そう──人の心さえも」
人差し指を自身の口の前に置いて、黙っていろとでもいうような仕草を見せる。
「この世のありとあらゆるものは、物語として形になっています。あなたと私がこうして会話していることさえ、一人の創造主が向き合って生み出している。
それは、とても価値のあるモノです。
創造主が創り出した物語は、創造主の魂すら分け与えられたモノかもしれない。そんな尊いモノが、魔女によって穢されていいはずがない」
男の言葉には強い怒りの感情が含まれていた。意志の弱い人間なら泣いて謝りたくなるような静かな激情。
「邪悪な魔女は、狩らなければ」
ふと微笑む糸目の男。
「しかし、あなたはある意味幸運な方ですね。そうして意識を失った魔女を背負って運べるほど魔女との距離が近い。魔女にとって物語の中の登場人物など、使い捨ての駒にすぎないのに」
男の口ぶりには違和感があった。
「彼女は人探しをしていると言っていた。力のある魔女ならそんなことをしなくてもいいんじゃないのか?」
「あぁ、それはあなたに対するパフォーマンスでしょう」
「ぱふぉうまんす?」
「気を引こうとした演出ということです。その魔女は今までの魔女とは違う影響を物語に与えると見定結果が出ていましてね」
ふむと考え込み。
「なら、あなたがその魔女を利用するといい。魔女が探しているという人物になりかわって、魔女にあなたを強化させるんです。そうすれば社のエージェントにだってなれるかもしれませんよ? 好意を持った相手を力でねじ伏せるような求愛が、あなたの好みなのでしょう?」
糸目の男はにっこりと微笑んで言った。
「…………」
背負ったユキの存在は儚く、守りたくなるような愛らしさがある。しかし、利用してしまえと口にするこの糸目の男の方がよほど邪悪な存在に見えて仕方がない。
「信じていただけないのは仕方ないですね。我々は物語の登場人物と馴れ合うようには出来ていないので──ただ、あなたのやろうとしている事を応援したい気持ちにはなりました。この物語は既に魔女の手にかかり改編されてしまった。ともすれば、我々も他の物語を守るような手を考えるしかないのです」
糸目をうっすらと開いて視線を合わせながら、男は俺に小さな薄汚れた手鏡を手渡してきた。
「それは朧鏡。対象が心を許すような存在と見間違えさせる、魔女の能力のひとつを封じた呪物魔装というものです。その魔女にはうってつけの品でしょう?」
「いらん! そんなもの!」
「そうでしょうか? その魔女はあなたの言葉に傷付いて意識を失うほどのショックを受けた。ならば、その魔女の希望を叶えてさえやれば、あなたはずっとその魔女を飼い殺せますよ。
──羽衣なんて、奪ったら燃やしてしまえば良いのです」
簡単でしょうと糸目の男は、自信たっぷりに言葉を締めた。
⚫︎10
『待っている』
と、私のために戦って最後に微笑んでみせた杏寿郎。学園にいる間、度々彼の残した想いに触れて自分を励まし続けた。
『もし君に彼を探す気があるのなら、きっと長い旅になるだろう。
夜空に輝く星々から、たったひとつを探すように──』
かつて管理人の口から紡がれた言葉。夜空に輝く星々のように物語は数多く存在する。本としての形になっているもの、なっていないもの──口伝や噂話のような、語られた時点で「物語」として成立するものも含まれる。煉獄杏寿郎が登場するいくつもの物語、それだけで途方もない。
気負って俯きそうになる私を励ますように、
『それでも、続けていればいつかは君の杏寿郎と再会できるはずだ』
管理人は私にそんな言葉をかけてくれた。
──前を向いて進むと決めた。どんな試練が待ち受けていても、必ず乗り越えてみせると。
長い旅のなかで、杏寿郎に似た人と出会うこともあった。似た雰囲気の人、声が似ていたり、背格好が似ていたり、言動が似ていたり。マルチバースとか、そういうものもあると知った。
でも、最後に会ったあの人は──なんだかとても怖い人だったな……なんて名前だったっけ?
「朝……」
目を覚まし、ゆっくりと布団から起き上がった。学園に杏寿郎が残した彼の部屋で目覚めたような不思議な感覚。
旅をしすぎたせいか、魔力の使用を制限していると記憶の順序があやふやになることもある。あれはいつの世界の出来事だったのか、どの時代だったのか、ふとした瞬間にわからなくなるけど──ここはもう学園じゃない。私は杏寿郎と再会したのだ。思わずふふと微笑んで──ハッとした。杏寿郎がいないわ。起きるなら声をかけてくれればいいのに、しばらく休んだ方がいいと言って、私のことを甘やかしすぎだわ。どこか慌てた様子の精霊たちが、気配だけで何か伝えようとしてくるのがわかる。
「大丈夫よ。心配しないで、もう杏寿郎と再会できたんだから、おやすみの間は私一人でもなんとか出来るから──」
中庭に人の気配を感じた。
「杏寿郎?」
部屋を出てそちらに向かうと木刀で素振りをしていた人物が一人、私を見て頬を赤らめる。私はその時初めて自分が随分と浴衣を着崩してきたことに気付いて、背を向けて身なりを整えた。
「おぅ──兄上なら、鍛錬で走りに出かけられています」
「そう。教えてくれてありがとう。あなたは──」
「えぇと、弟の千寿郎です」
「あなたは一緒に行かなかったの?」
「ユキさんが兄を鍛えてくださるので、今では走る速さも剣の腕も適わないですよ」
千寿郎は困った様子で微笑んでみせる。
「え?」
私が不思議そうに見つめると、千寿郎は「しまった」と言わんばかりの顔をした。
「あはは、いや言い間違えました。忘れてください」
恥ずかしそうに笑って頭を掻く。
「千寿郎は思っていたよりも背が高いのね。杏寿郎と同じぐらいかしら?」
「えっ? はい。そうですね。背ばかり大きくなってしまって──」
穏やかに微笑んだ千寿郎としばらく見つめ合う。その優しい眼差しには杏寿郎らしさを感じてしまい、つい黙り込んでしまった。
「──ユキさんは、杏寿郎さんを好いてらっしゃるんですね」
急にそんな風に言われて、
「そ、そうね! そうなのかも! 杏寿郎は私にとって恩人だし、私を認めてくれた初めての人だから──」
千寿郎は私に近付いてきて腕を掴んだ。
「それなら! それならやはり──」
何かを言いかけた千寿郎の口を、走って帰ってきた杏寿郎が片手で塞ぐ。
「いま帰ったぞ!」
「杏寿郎! 心配したのよ? 起こしてくれたら良かったのに──」
杏寿郎が微笑んで私に向き直った。
「気持ち良さそうに眠っていたから、起こしてしまうのも申し訳なくてな。ゆっくり休めただろうか?」
「えぇ、休めたわ。ありがとう」
何気ない日常が、今日もまた始まる──そんな気がした。