学園を卒業し、煉獄杏寿郎を探す旅路の途中で。
※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
7竈門炭十郎との邂逅1〜5
このお話は策動編というものを書き終えた後ぐらいに書かれました。
タイトルを竈門炭十郎との邂逅とはしていますが、竈門炭十郎との邂逅時に起きた出来事の物語となっております。
最終編の仕舞い編でも関わってくるところがございますので、頭の片隅に覚えていてください。
●1
日々、少しずつ身体が思うように動かなくなってきた。自身の身体がとても重く、呼吸をすることがやっとだ。末の子が生まれたばかりで、家のことも手伝ってやりたいのに──。
ごほごほと咳き込むと血の味が口の中に広がる。
生まれた時から長くは生きられないと言われていた。ここまで生きられただけでも長生きした方だろう。
「……」
向けられている視線に気付きそちらを見ると、白い服を身に纏った女性がこちらを見ていて視線が合う。
「あぁ、とうとうお迎えがきたか──」
誰に言うでもなくそう言うと
「違うわ。あなたが勝手に死にかけているだけよ」
と、女性は言った。気の毒だとも、憐んでいるとも思っていない平坦な口調で。
「そうか、君はお迎えではないのか。
ならばこの死に損ないの話し相手でもしてくれるのか?」
彼女の身に纏った服はかなり上質なものだ。物盗りだったとしても、こんな家に奪う金品だってありはしない。
「しないわ。そんな意味のないこと」
「そうか、意味がないか──」
自嘲気味に笑う。
「ふたつ、あなたに問います」
一体何を問うてくるのか、俺は彼女に再び視線を向けた。
「ひとつ、あなたが死んだ後にあなたの家族が酷い目に合うとわかったらどうする?」
「なにをそんな」
突拍子もないことだった。それは俺が死んだら家族が苦労することは理解している。でもだからといって死んだ後のことなどどうすることも出来ない。
「酷い目っていうのは殺されたり、血で血を洗うような争いに巻き込まれること。
──そうね死んでしまったら、どうすることも出来ないわね」
「うん?」
違和感を感じた。まるで彼女の物言いは俺の思考をよんだような──。
「口に出すのが面倒なら、思ってくれるだけでもいいわ」
間違いではなかった。かなりの精度で彼女は俺の思考をよんでいるらしい。
「ふたつめ。もし生きながらえることが出来るのなら、あなたは家族を助けるために宿命に抗う?」
「当然だ」
思考と同時に言葉にした。仮に命が続いたとして、愛する家族の危機を黙って見過ごせるはずがない。この身を犠牲にしても抗うだろう。
「もし仮にあなたの身体の不調を治してあげたとして、あなたは私の言う事を信じてくれるかしら?
私はね。あなたを利用しようと思ってここに来たの。胡散臭いでしょう? 私と一緒に鬼退治をしてほしい」
俺は顔を綻ばせる。彼女の発言は俺の想像をこえていた。身体の不調を治す? 鬼退治をしてほしい?
まるで御伽噺の中に迷い込んだみたいだ。
「死ぬ前に君と話せて良かったよ。
なかなか面白い話をする」
「私は本気よ?」
彼女はようやくここで声をわずかに荒げた。
「そうか、それは悪かった。
君は俺に鬼退治をさせたいんだな。
いいだろう。俺の役は何だろう? 犬だろうか? それとも猿?」
「どちらでもいいわ。これは約束だから、違えるならあなたの命をあるべき場所に戻します」
「あぁ、約束しよう」
布団越しに、軽く彼女が俺の胸に触れた。たったそれだけで身体が、胸が炎のように熱くなる。
ほんの一瞬そう感じただけで、俺の身体を長い間苦しめていたものが消え去ったと理解できた。
「病魔に侵される前の身体にしたわ。しばらくの間、急激に成長していくでしょう。よく食べて鍛錬なさい」
布団から飛び起きて、彼女の前に土下座して頭を下げる。今までは視界も曖昧で、彼女の姿はよく見えていなかったと認識できた。なんと美しく、輝いてみえる人だろうか。天女か女神か──この世の者とは思えない。
「──出発まで1日だけ時間をあげるから、家族への挨拶と旅立つ準備を整えて」
そう言うと、彼女は姿を消したのだった。
○ ○ ○
父親が急に元気になって、家の中から彼の家族の喜ぶ声が聞こえてくる。
木陰に座ってぼんやりと空を見上げた。
いくつもの世界を巡り、いくつもの時代と場所を渡り歩いても私の杏寿郎と再会することはなかった。
私が探している杏寿郎は、あの時に出逢ったたった1人の人だから──。
管理人からは途方もない話しだと聞かされていた。
私は、ほんの少しだけ疲れてしまって今までとは違うことを試してみようと思ったのだ。
煉獄杏寿郎という人物にまつわる物語は、彼と会っている頃から既に認識していたし、彼を探して旅する内に大半を把握することが出来ている。
その中で日の呼吸というものが、物語の鍵となるならそれに関する知識を深めれば再会できる確率が上がるのではないか?
そんな風に思った。根拠のない話だけれど。
物語への干渉は極力最小限にするよう教わった。
しかし、その教えに逆らって私はこの世界に留まり炭十郎と行動を共にすることにしたのだった。
●2
炎柱 煉獄槇寿郎の住む屋敷へ向かう道中。
「私は、炎柱以外と会うべきだと言っているのに」
隣を歩く彼女が不機嫌そうにそう言った。
「仕方がないじゃないか。炎柱殿が一番、現在の柱の中で話しやすく柱となった期間がそこそこ長いというのだから」
「いっそ産屋敷のところに直接出向けばいいのよ」
「流石にお館様と呼ばれ敬われている人に、直接会いに行くのもな。
なぜそこまで炎柱との関わりを避けたがるんだ?」
「それは──槇寿郎が日の呼吸を毛嫌いしているから。だから言い方には気をつけなさい」
彼女は白い頭巾を被って俺と距離をとる。
「一緒には来てくれないのか?」
「なんでもかんでも私を頼ろうとしないで」
「手厳しいな」
「うちに何かご用だろうか?」
家の前を掃き掃除していた少年が声をかけてきてくれた。
「お会いする約束までは出来ていないんだが、俺は竈門炭十郎という。鬼殺隊のことで槇寿郎殿と話しをさせてもらいたいのだが」
「父上と? 少し待っていてくれ! 時に炭十郎殿!」
「なんだろうか?」
「いま誰かと一緒にいなかったか? 白い服を着た誰かと」
「はて、なんの話か」
やはり妖の類か? と少年は首を傾げている。
「失礼した! いま確認してくる! 待っていてくれ!」
箒を手に玄関の扉を開けて、少年は家の中に走り込んでいった。
○ ○ ○
煉獄家の屋根の上で炭十郎と槇寿郎の会話を聞いている。音として聞いているわけではないので、別にここにいなくてもいいのだが。帰る時に離れすぎているのも何かと面倒なので、この場所にいることにした。
にゃあと1匹の猫が音もなく近づいてきて頭をすり寄せる。
カタンと物音がした。
それは梯子を立てかけた音で、音のした方に視線を向けるとひょこと見覚えのある髪色が見え──
「やはりここにいたのか!」
あまりの大声に、猫は驚き走り去っていく。
「猫の気配にしては様子がおかしかったから、見に来て正解だった! 君は誰だ? どこから来た?
俺は煉獄──」
「やめて!」
杏寿郎と出逢ってしまった。この世界の彼は私と無関係なのだから、出逢わない方が良かったのに──。
屋根の上にあがってまっすぐにこちらに向かって歩いてくる。
「隣に座って良いだろうか? 俺は君のことがもっと知りたい! 初めて会ったばかりだが、俺は君のことを──かなり好いているようだ!」
こちらの想いを気にする様子もなく、目の前の少年は私との距離を詰めてきた。
「ならせめて名前を、君の名を教えてくれないか?」
「──名前なんてないわ」
「それでは何かと不便だろう。では君は百合の花のように美しく可憐な人のようだからユリと名乗ると良いのではないだろうか?」
「だから、やめてって言ってるの!」
その時、強く風が吹く。
立ったままでいた彼は、バランスを崩して下に落ちそうになる。
「杏寿郎!!!」
私は腕を伸ばして彼の身体を抱きしめ、そのまま一緒に落下した。しかし、地面に落ちきるまでに一度転移をして落下の衝撃をなくす。
彼は私の胸に顔を埋めて気を失っていた。
このまま忘れてくれればいいけれど──。
縁側に気を失ったままの彼を寝かせて、私は再び姿を消した。
●3
刀の扱いを覚えた炭十郎は、藤襲山の試練も難なく終えてその後順調に鬼殺隊の階級を上げていっている。
「手斧まで無理を言って日輪刀仕様で作ってもらっているくせに、今では刀の方しか使わないのね」
「扱いやすいものの方が良いかと思ったが、そういうものでもなかったからな」
小腹も減ったし峠の茶屋で何か食べようと言うので向かっていると、茶屋の近くに不機嫌そうな顔で立ち尽くしている見覚えのある姿があった。
炎を模した羽織に鬼殺隊の隊服、そして何より杏寿郎と同じあの髪色である。
「槇寿郎殿!」
炭十郎が声をかけると、槇寿郎はこちらに向かって走り寄りそのままの勢いで土下座をした。
「槇寿郎殿? いかがされた?」
「──助けて欲しい」
「……」
「炭十郎殿の同行者は病も治すことが出来ると聞いた。俺の妻を、瑠火を助けてやってほしい!」
炭十郎が私の方を窺ってくる。彼には前から伝えてあったから、こんな風に助けを求められても応じないとわかっているはずなのに。
「槇寿郎殿、道を歩く人も気にされるでしょうから──」
「いいや! 妻を助けるにはもう方法がない! いつ死んでしまうかもしれない彼女を助けられるなら、俺は何だってする!」
いくら炭十郎が声をかけても、槇寿郎は土下座をやめなかった。
時折顔を上げてこちらを見てきた時の、顔といったら──彼の方が死期の近い病人のような様子だ。
「槇寿郎殿──」
何か言いかけた炭十郎を片手で控えさせて私は言った。
「わかったわ。何でもすると言ったわね?
ではあなたがそんなに妻を助けたいと思っているのなら、病を治す対価として息子を1人私に捧げなさい」
槇寿郎が顔を上げて驚いた顔をする。
「おい、それはいくらなんでも」
炭十郎は私に声をかけるが、そんなことは今どうでもいい。
「妻の命の代わりに息子を手放す覚悟があるなら、また頭を下げに来ればいいわ」
親は子供を守り育てていくものだと知っている。子供を寄越せなどと言ったら諦めるだろうと思ったのだ。
槇寿郎は言葉に詰まり、土下座をやめて立ち上がった。
○ ○ ○
そして数日後、ある藤の家に滞在していると
「炭十郎殿がここに滞在されていると聞いて来た!」
よく聞いたことのある大きな声が聞こえてくる。
まさかと思っていると廊下を走る音が近づいてきて
「ユリ! 探したぞ!」
襖を開けて杏寿郎が入ってきた。
「な、なんで」
「俺は自分の意思でここに来た! 母を病から救ってもらい、気になる相手のそばにいられるなら何も問題ないからな!」
「いやいやいや、何言ってるの?」
「それで俺は君のなんだ? 俺をどうするというんだ?」
ぐいぐいと近づいてくるので、両手で遠ざけながら言葉を紡ぐ。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。あなたの親はここに来ることを承諾しているの?」
むっと言って彼の動きは止まった。どうやら両親の会話を盗み聞きしてここまでやってきたようだ。
「あなた1人の独断では、力を貸してあげられないわ」
あぁ驚いた。炭十郎も先ほどまでのやり取りが聞こえてきたからか慌てて部屋に戻ってきている。
「では俺が両親を説得してくればいいんだな!」
そう言って部屋を出て行こうとするので、
「待ちなさい!」
ここから彼の家まで何日かかるか。こんな幼い姿でここまで一人で来たというのが信じられなかった。
「あなたの親も心配しているでしょう。送ってあげるから──炭十郎、ここを出る準備をして」
その後、旅支度を整えた私たちは杏寿郎の家まで転移した。
心配した父母にもみくちゃにされている彼を遠目でみつつ、今晩は彼の家に泊まらせてもらうことになる。
杏寿郎は必死に両親を説得しているようだった。頑固さは親に似たのかどちらも一向に折れようとしない。
散々遅くまで意見の対立を、声だけでなく意識の中まで聞かされていた私は寝静まった夜に彼の母親の身体の不調を治してしまった。
自然と治ってしまったことにすれば、杏寿郎が私と一緒に行動することもないだろうと思ったのだが──。
「それでは、行って参ります!」
万全の旅支度を整えた杏寿郎が、私の隣に立っていた。
「なぜに」
眉間に皺を寄せて悩む表情をする。
「どんな方法でも助からないと言われていた母が元気になったのだから、それは君のおかげだろう。ならば受けた恩は返さねばならん!」
私が病を治せるか半信半疑だったところが、全快したことで息子を安心して預けられるという判断にかわったらしい。
「達者で暮らせよ」
「はい! 必ずユリと幸せになります!」
呆気にとられている私の表情をみて、彼の両親も炭十郎も笑いを堪えている。
「何を言っているの?」
「共に行くということなら、そういうことじゃないのか?」
「そういうことってなによ?」
それはその──と、言い淀んで頬を赤らめる。
「あーもう! 知らない! 勝手にして!」
私が姿を消すと、杏寿郎は慌てて周囲を探し始め
「杏寿郎、大丈夫だ。彼女は姿を消していても、いざという時はちゃんと出てきてくれる。我々は我々で共に行動すればいいさ」
炭十郎にそう声をかけられて、杏寿郎は改めて家族に別れを告げて旅立つ事となった。
●4
鬼と戦う際に、最初は私が鬼に狙われることが多かったが攻撃が当たらないと判断されると次に杏寿郎が狙われることが多くなった。
「炭十郎、杏寿郎をなんとかして」
「なんとかしろと言われてもな」
「ちゃんと鍛えて! 足手纏いでしょう。今のままじゃ」
「あぁ、そっちか。
──とは言われてもな。俺は育手に教わったわけでもないし、剣術を教えるほどの知識もないから」
「ユリは強い男の方が好きなのか?」
「!?」
背後から声がかかる。
「なぁ、強い男であれば俺を認めてくれるのか?」
「教えない」
袖を引かれ問われたが、ぷいと顔を背けて短く答えた。
「なら、炭十郎殿! 俺を次の最終選別までに鍛えていただけないだろうか!」
「ちょっと、何を急に──」
「鬼殺隊に入って柱になる! 父もそうして母に求婚したと聞いた。なら俺もそれに倣う!」
唖然とする。
それから日々、杏寿郎は炭十郎に教えを乞うた。
炭十郎の使う日の呼吸は舞を基に継承していったものだから、見取り稽古を中心に行なっているようだ。
そして眠る間も惜しんで刀を振っていた。
○ ○ ○
最終選別の知らせが入り、杏寿郎だけで藤襲山に向かうことになった。
「最終選別の藤襲山で、一番強い鬼を倒してくる!
そうして無事に帰ってきたら、まずは俺の目を見て話しをしてくれないか?」
私の手を取って、杏寿郎は真剣な顔でそう言った。
「……考えておく」
「うむ!
では炭十郎殿! ユリのことを頼みます!」
「あぁ、気をつけて行ってくるんだぞ」
「はい!」
杏寿郎の歩いていく姿を見送って。
「君と会って旅を始めたのは私の方が先で付き合いと情の深さはそれなりかと思っていたが、今は彼の方が君を近くに感じているようだな」
ぽつりと炭十郎が言った。
「おかしな話ね。杏寿郎にとって私は得体の知れない異世界人でしかないのに──」
「俺と共に藤襲山を訪れたように彼に同行しなくて良かったのか?」
「──大怪我でもして、家に帰ればいいのよ」
「そんな思ってもいないことを口にするべきではない」
炭十郎は私の頭に手を置いて、
「心配なら共に出向いて見届けてくるといい。俺は今のところ鬼と戦っても負け知らずな、鬼殺隊の精鋭だそうだから。
もし万が一命の危機が発生したら、君が駆け付けてくれるまで必死に時間を稼ぐよ」
そう言って笑った。
「別に心配なんてしてないから」
「そうだな」
「ただ少しだけ──どれだけ強くなったのか、様子を見に行ってもいいかなとは思っているわ」
「あぁ、それがいいだろう」
一呼吸おいて炭十郎が言葉を続ける。
「ただ、ひとつだけ俺と約束してくれないか?
君は意味のないことだと思うかもしれないが、男にはやると決めた時は一人でやりきらねばならない時がある。それが杏寿郎にとっては今だと思うから──。
どうか見守るだけにしてやってほしい。怪我を負っても時間をかければ治すことが出来る。そういった経験も人には必要なんだ」
「理解し難いけれど、知ってはいるもの。
成長するためよね」
炭十郎は静かに微笑んで私を見送った。
●5
寝る前のわずかな時間、母によく御伽噺を聞かせてもらっていた。
「そうして、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし──」
本を閉じて母がこちらを見ると、俺と視線が合い微笑む。
「今夜は最後まで聞くことが出来ましたね」
「はい! とても面白かったです!」
「それは良かった。杏寿郎もいずれは一人で本を読んでみると良いでしょう」
「はい!」
「そういえば、杏寿郎は聞いたことがありますか? この煉獄家に代々伝わる守り神の話を」
「守り神ですか? 知りません!」
「そうですか。では母が教えてあげましょう。
煉獄家に生まれた男子には神の守護があると聞きます。あなたのひいひいお爺様もひいお爺様も、命の危機を救ってもらったことがあるとか」
「どのような姿をしているのでしょうか?」
「白い衣を身に纏った天女のような美しい容姿をしたお方だそうですよ。嘘かまことか私が知る術はありませんが、もし杏寿郎が守り神に会う事があったら母のかわりにお礼を伝えてください」
「それはなぜですか?」
「もしあなたが会う時は、あなたの命が救われた時でしょうから」
そう言いながら母は優しく俺を寝かしつけてくれた。
俺もいつか命を救われるのだろうか?
守り神だと会ってすぐわかるものだろうかと考える内に、俺はいつからか白い服を着た幼い少女の夢にみるようになった。
どこか西洋のお城のような場所で、俺には理解できない不思議な術が使える彼女。そんな見知らぬ場所の名も知らぬ少女の生活を見守る内に、いつか会って言葉を交わしてみたいと思ったものだった。
そしてあの日、炭十郎殿と共に歩いてきた時はたとえ姿がかわっていてもすぐに夢の中のあの少女が成長した姿だとわかった。
もっと彼女のことが知りたくて声をかけても拒絶されて、とてもかなしかったけれど──屋根から落ちかけた俺を助けようとして教えてもいない名前を口にしてくれるのは運命だと、思うじゃないか。
○ ○ ○
ユリと炭十郎殿と行動を共にするようになってから、俺が真っ先に身につけたのは気配を消すことだった。気配を消さなければユリに話しかけることも姿を目にすることも出来なくて必死に習得していたように思う。
その気配を消せることが、この藤襲山でも大いに役立っていた。
藤襲山の最終選別については、父からもどんなものかは聞いていた。
どんな形であれ7日間生き残れば認められるのだが、俺はユリと一番強い鬼と戦って勝ってくると約束したから、他の参加者を襲おうとしている鬼を捕らえて強い鬼に関する話を聞いたりもして。この藤襲山で最も強い鬼は、手鬼という鬼だと知ることが出来た。なんでもその鬼はこの選別の最終日にしか姿を現さないらしい。
最終日の夜、強い鬼の気配を感じてそちらに向かうと狐のお面をつけた少女が何本も手を生やした肉塊に捕らえられて悲鳴を上げているところだった。
不知火の足運びで距離を詰め、盛炎のうねりの息遣いで刀を振るうとなんとかその少女の手足を掴んでいた鬼の手を斬り払うことが出来た。そのまま少女の身体を抱きとめて手鬼と距離をとる。
少女の身体はひどく震えていた。それはそうだろう。彼女はまさに今あの手鬼に手折られるところだった。命を失う危機に直面して、自我を保てるような者の方がこの藤襲山では少ない。
彼女を地面に下ろそうとしたが、ぎゅうと着物を掴まれた。
「──このままではあの鬼と戦えない。離してもらえないだろうか?」
狐面の少女もすぐになんのことか察しがついたようで短く謝り手を離して、自分から下におりてくれた。手足の痣が痛々しい──もしかしたら骨まで傷ついているかもしれない。彼女は痛みを感じたのか辛そうにしている。
「なんだお前は? お前の技はわずかに炎が見えていたな。俺は水の呼吸の使い手にしか興味がない。その小娘を置いて逃げるなら見逃してやるぞ」
そう言って手鬼は笑う。
「君に興味を持たれずとも、俺には君と戦う理由がある。この藤襲山で一番強い鬼だそうだな」
「あぁそうだよ。江戸時代、慶応の頃に捕まえられて今までずっと生き長らえてきた。藤の花の牢獄で40人は喰ったなぁガキ共を」
「そうか、ならばこの煉獄の赫き炎刀で必ずお前を倒してみせる」
「その娘より小さいなりをして言うじゃないか。どうせお前も俺には敵うまいよ。ここに来たことを後悔しながら死ねばいい。俺はお前のようなすました顔をしたガキの手足を痛めつけながら引き千切るのが好きなんだ」
再び手鬼は笑う。笑いながら、いくつもの手で俺を捕らえようとした。