【完結】旅する物語 白百合異聞   作:masuda028

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【鬼滅の刃/煉獄杏寿郎】
学園を卒業し、煉獄杏寿郎を探す旅路の途中で。

※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。


9竈門炭十郎との邂逅11〜15

●11

 

 それでは藤の家に帰ろうかとすると、何かに気付いたようにユリが歩みを止めた。

「どうした?」

「炭十郎が何か厄介なことに巻き込まれたみたい。転移するわよ」

 眉間に皺を寄せてそういうと、俺に片手が差し出され握り返す。

 周囲の様子が一変した。たくさんの逃げ惑う人々、場所は先日買い物で立ち寄った浅草だろうか。

 炭十郎殿が1人の男と取っ組み合いをしている。

「おぉ、ちょうど良いところに。困ったことになってなぁ」

「その男は鬼ですか?」

 男は炭十郎殿に上手く噛みつけないと判断し、逃げる人々の方へ向かおうとするがそれを阻まれている。

「なるほど。いつもの鬼とは違う気配を追ってみたら、相手に気付かれてその場にいた人を鬼にされたってこと?」

「その通りだ。1人はなんとか意識を失わせることに成功したんだが、こいつともう1人」

「逃したの?」

「なにせ目の前で鬼にされたものだから、何か人に戻せる方法があるのではないかと思ってな」

 ユリは倒れている1人と、炭十郎殿が押さえつけている鬼の頭に順番に手をあてていった。

 押さえつけられていた鬼は手が触れるとがくりと意識を失い倒れ込む。

「とりあえずこれで何をやっても意識は戻らないでしょう。珠世、部外者というわけでもないのだし少しは協力したら?」

 ユリが誰にともなく声をかけている。

「珠世様を呼び捨てにするとはなんと無礼な!」

「──懐かしい気配を感じたと思ったら、やはり貴女でしたか」

 突然2人の男女が逃げ惑う人々を背景に浮かび上がるように姿を現した。

 女性が懐かしげにユリに声をかけると、男の方は気まずそうに口ごもる。

「その2人はひとまず私たちが匿いましょう。逃げた1人を追ってください」

 珠世と呼ばれた女性は、腕を出すと自身の爪で腕を傷つける。

 

 血鬼術 視覚夢幻の香

 

「かーちゃ、あっち」

 ヒカルが建物のある方を指差している。

「杏寿郎、行きましょう」

「うむ」

「炭十郎は珠世と一緒に行動して」

「心得た」

 

 ○ ○ ○

 

 ヒカルと額を合わせ正確に位置を把握したユリが俺たちを連れて再び転移した。

 長屋の一角が騒がしい。ヒカルも騒がしい方を指差している。

「急ぎましょう」

 そちらから逃げてくる人もいたが、同じ方向に向かおうとしている俺と同じぐらいの年頃の少年の姿があった。ちらりとこちらを気にした様子だったが、特に言葉をかけることなく走っていく。

 

 長屋のある一室の前で、先ほどの少年が女性と取っ組み合いをしている。女性は少年を強い力で投げ飛ばし、部屋の入り口を体当たりで壊して侵入していった。

「やれやれ」

 長屋の壁に叩きつけられそうになった少年を包むようにユリが障壁を張ったようだ。

「なんだこれは!」

 じたばたと少年は手足を動かしている。

「私たちは中に入りましょう」

「おい! こら! 待て!」

 身動きのとれない少年を無視して、中に入り刀を抜こうとすると

「杏寿郎、抜刀禁止。

 こんな狭いところで振り回したら人に当たるわ。体術の訓練もしていたでしょう? 成果を見せなさい」

 ユリにそう言われた。部屋の中は子供たちがいきなりの来訪者に慌てふためき逃げ回っているようだ。血の匂いもする。そして部屋の中がとても暗い。

「夜目がきかないのは不便なものね」

 ユリが片手をくるくるとまわして部屋の中に向けると蛍のような光が数個生まれて飛んでいく、部屋の中がうっすらと明るくなった。

「母ちゃん!?」

 天井に張り付いた女性を見て、中にいた少年の1人が声をあげた。

「杏寿郎、あれを拘束して」

「わかった」

「やめろ! 母ちゃんに何するんだ!」

 先ほど声をあげた少年が部屋に入ろうとした俺にしがみつかれたが、

「悪いんだけど、ちょっと外にいてね」

 後ろから首のあたりを掴まれて強制的に外に追い出されたらしい。

「あらひどい。怪我人が沢山」

 部屋のいたるところに傷を負った子供たちがいた。

 ユリが怪我をした子供の方に歩みを進めると、天井に張り付いていた女性がユリに飛び掛かった。

「かーちゃ! 危ない!」

 肩に掴まっていたヒカルがユリを庇う。爪で引っ掻かれた。

「ヒカル!」

 ヒカルの血が周囲に飛び散ると同時に女性が苦しみ始めた。

「杏寿郎、拘束して」

「あぁ!」

 なんとか女性を身動き出来ないように動きを封じると、先ほどしたようにユリが女性の頭に手をあてて意識を失わせてくれた。

 

「待てよ! 母ちゃんをどこに連れて行く気だ!」

 女性を背中に背負って外に出ると、先ほど壁に叩きつけられそうになった少年と家の中にいたが外に転移させられた少年が一緒にいた。

「杏寿郎、とりあえずここにも隠を呼んでくれる?」

 ユリが俺の耳元で囁いた。こくりと頷いて指笛で要を呼ぶ。

「あなた達の母親は悪い病気にかかってしまったの。残念だけど回復するまでは一緒にいられないわ。

 それも気になるだろうけど、部屋の中にいる弟妹達を心配したらどう?」

 2人は顔を見合わせて部屋に駆け込んでいく。

「変に動かしたりしないようにね」

 中に入っていった2人の反応をみるにどうやら彼らの弟妹達の息はあるらしい。良かった。

「何にやにやしているのよ」

「失われるかもしれない命が救えたとしたら、それはとても喜ばしいことだなと思ったんだ」

「──そう。

 あら? いつの間に怪我をしたの? 治す?」

 ユリが俺の頬に軽く触れた。触れた手に僅かに血液がついている。

「これぐらいなら平気だ。

 要、早く隠を呼んできてくれ」

 足元に降り立った鎹鴉にそう言うと小さく鳴いて飛び立った。

 

 

●12

 

 杏寿郎とヒカルが発熱し体調を崩してしまった為、珠世の隠れ家に身を寄せることになった。

 

 いま私は珠世と2人で、額を合わせて情報共有をし終えたところだ。

「なるほど。今のあなたはそういう立場で、この物語に関わっているのですね──無惨を倒すことを目的としているなら私も協力は惜しみません。

 なぜもっと早くに声をかけてくれなかったの?」

 珠世は少し拗ねたような口調で私に言った。

「「物事には何事もその時というのがあるのだから──」」

 2人で声を揃えて言うと、

「いつもあなたにそう言われていたわね」

 ふふと珠世は笑っている。

 不意に彼女は真顔になり、

「熱を出した2人のことが心配なのですか?」

 そう聞いてきた。

「心配しているように見える? 別にいざとなれば発熱する前に戻せばいいのだし──」

「必要以上に力は使わないようにしていると言っていたあなたですから。そんなことも出来ればしたくはないのでしょう?

 2人についていてあげて、私が調べて必ずつきとめます」

「ありがとう」

 私がお礼を言うと、珠世は少し驚いた顔をした後に僅かに微笑んで席を立とうとしながらぽつりと。

「もしかしたら何らかの血鬼術の影響を受けているのかもしれないと思っているの。杞憂であれば良いのだけれど──」

 

 ○ ○ ○

 

 まだ頭が痛いが、なんとか熱は下がったようだ。

 外が明るい。朝になったようだが、ここはどこだろう? 上体を起こして周囲を見回そうとすると、俺の右手をユリが椅子に座りながら握ってくれていることに気付いた。俺が起きたことに気付いた様子もなくまだ寝ている。嬉しい。そしてふと、自分の手や腕に違和感を感じた。彼女と手を繋いだことは今回が初めてではない。ユリの手が小さすぎる。俺の手が大きくなったのか?

「かーちゃ?」

 ヒカルがユリを呼ぶような言い方で、低い男の声がした。上体を起こして声のした方に視線を向けると、同じように起き上がりユリのもう片方の手を握っている半裸の体格の良い男がいた。俺をみてむっとしたような表情をしている。

「起きて! 変な男いる!」

 そう言ってユリの腕を引いて抱き寄せた。

「誰が変な男だ! ユリを返せ!」

 言った自分の声にも違和感を感じる。しかし今はユリを取り返す方が先だ。

 ぐいと繋いでいた腕を引っ張りユリを抱き寄せる。

 とんと腕の中にユリが収まった──これは。

「かーちゃを返せ!」

 全裸の男が飛びかかってきた。俺とユリの間に割って入ろうとする。

「こら、何をする!」

 ユリを強く抱きしめて引き離されまいとした。

「うぅ」

 寝ている彼女が苦しそうな声を上げる。

「離せ!」

「?」

「断る!」

 ユリがいつの間にか目覚めていた。これだけ煩くしていれば嫌でも目が覚めるだろう。俺ともう1人の男の顔を交互に見たかと思うと、困ったような表情をして姿が消えた。

「ユリ!」

「かーちゃ!」

 周囲を見回して彼女の姿を探す。ユリは部屋の隅に転移していた。

 男が彼女の姿を見つけると、駆け寄ろうとしたのでそれよりも早くユリの元に駆け付けて再び抱き締める。

「ひぇ」

 腕の中のユリが変な声を上げた。

「なんだなんだ? 朝から騒々しい」

 炭十郎殿が部屋のドアを開けて中に入ってくるなり、俺たちの姿を見て絶句した。

 隙あらば男はユリを俺から奪おうとする。彼女を取られまいと必死に攻防を繰り返していると──

「あなた達! とりあえず服を着なさーい!!」

 2人の男の胸板に挟まれながらユリがそう叫んだ。

 

 どうやら俺とヒカルは血鬼術の影響で、大人の姿になってしまったようだった。

 

 

●13

 

 大人用の浴衣を貸してもらい袖を通した。

「で、2人が杏寿郎とヒカルだというのはわかったが」

 炭十郎殿がそう言いながら俺たちを交互に見る。

「かーちゃ、ちっちゃいねー可愛いねー」

 ユリはヒカルの膝の上に座っているのだが、居心地が悪そうだ。ヒカルはユリを小さいと言っているが、彼女の大きさは変わっていない。彼が大きく成長している為そう見えるだけで、そして中身が子供のまま変わらない分たちが悪い。

「昨日鬼化した方の血鬼術の影響のようです。

 おそらく日の光を浴び続ければ戻るとは思いますが」

 珠世という鬼が困ったような表情でそう言った。

「ヒカル、今は大事な話をしているんだ。

 ユリに気安く触れ──続けるのは良くない」

 俺を敵を見るような目でみると、ヒカルはベーと舌を出した。そして見せつけるようにユリの身体に触れている。

「ヒカル」

 炭十郎殿に咎めるように言われてようやくベタベタ触るのはやめたが、今度は後ろからぎゅうと抱きしめてユリの首のあたりの匂いを嗅いでいるらしい。

「ヒカル、少し話しをしようか」

「話し? なんの?」

「俺の話しを聞けばユリともっと仲良くなれるぞ。ユリには内緒の大事な話しだ」

 そう言われてヒカルはしばらく考えた後にユリを解放した。

 

○ ○ ○

 

 ほどなくして炭十郎殿が柱に就任した。

 

 討伐数を稼ぐために鬼の気配を察知したユリに言われ、西に東に飛び回った夜もあるという。

 年齢と入隊した時期でみると異例中の異例としか言いようがない。異議を唱えた柱もいたが、誰も炭十郎殿に勝てる者はおらずその場にいた誰もが見聞きした中でも最強の男が柱となったのではないかと思わずにはいられなかった。

「君の使う呼吸はヒノカミ神楽というそうだね。だとしたら何柱と呼ぶと良いのだろう」

「日柱、それしかありえないわ」

 お館様の発言をユリが遮る。

「でも日柱という呼び方を公にしてはいけない。だってあなた達の宿敵が最も出会いたくないのは日の呼吸の剣士なのだもの。だからひとまず炎柱でいいでしょう。ひとつの世代に同じ呼吸の使い手が2人柱になっていることもあったでしょうし」

 父がユリに意見出来るはずもなく、炭十郎殿は炎柱と名乗ることに。顔合わせの後には炎柱同士、父上と話しがあるというこで俺は久しぶりに家に帰ることになった。

 

「杏寿郎、あなたは立ち会わなくて良いのですか?」

 自分の部屋で特に何をするでなく考え事をしていると、部屋の外から声がかかる。

 立ち会うというのは、いま炭十郎殿と父上とで新たな技を編み出そうとしていることについてだろう。

「どうしました? 姿が変わったとはいえ、中身は杏寿郎のままと聞いていますが」

 部屋を出て母の側に近づくが、自分が母を見下ろしていることに違和感しか感じない。

「鬼の使う術というのは不思議なものですね。この間までまだ小さかったあなたが、急に大人の姿になるのですから。

 ──あのお方と行動を共にして、何か感じることがありましたか?」

 母は俺を見上げて声をかける。

「母上に話して聞かされた時から、俺は彼女の在り方が不思議でなりませんでした。

 どうして彼女は俺たちを助けてくれるのか、それで彼女は幸せなのだろうかって。行動を共にして彼女にとって誰かを何かを助けるということは、生きるために呼吸をするのと同じように当たり前にしていることだとわかりました」

「……」

「しかし、そうして旅を続けても彼女はずっと満たされず不安や焦りを感じているようで」

 言葉に詰まる。どうしたらいいかとずっと悩んでいたことだったから。

「杏寿郎はあのお方の助けになりたいと思っているのですね。とても立派なことです。言葉にならないことを1人で思い悩むことも時には必要ですが、言葉にならない気持ちのまま話してみても良いのではないでしょうか? あのお方はいつ我々の前からいなくなるかわからない存在と聞いています。

 口にしなかった想いは、思ったよりもずっと後まで心に残るものですからね」

 どこか遠くを見るように母が言う。その様子はユリがここにはいない誰かを想って言葉を口にした時に似ているものを感じた。

 

 縁側に座り、つまらなさそうな表情をしているユリを見つけた。庭で木刀を手に手合わせをしている炭十郎殿と父を見ている。

「──ユリ、大事な話しがある。少し時間を貰えないだろうか」

 

 

●14

 

 炭十郎殿や父のいる前で話す内容でもないと思い、彼女の手を引いて裏庭まで移動してきた。

「ユリ、俺は──」

 振り返り、周囲に人がいないことを確認して言葉をかける。

 彼女の指がひとつ俺の口の前にあてられた。

「あのね。なんていうか、今の杏寿郎みたいな人から言われる言葉って大体決まっていて。

 話しの腰を折るようなら申し訳ないんだけど。結婚を前提に付き合ってほしいとか、妻になってほしいとかそういう話題なら口にしないでもらえる?」

 頷く。そんな言葉は幾度となくかけられていただろう。そんなことは想定済みだ。

「ふーん。だとしたらどんな提案をしてもらえるのかしらね」

 俺の思考などお見通しだろうに、ユリはそんな風に言ってみせる。

「俺は君の力になりたい」

「むぅ」

 僅かに警戒するような表情をして距離をとられた。

「君の不安を取り除きたいんだ」

 そこまで言うとそこまで警戒するような様子はなくなったようで、

「──どういうこと?」

「君と共に眠りについた時に、君が旅を続けることに不安を感じていると知ることが出来た」

 顎に手をあてて視線は下を向き、考え込むような表情。

「そう、それで?」

「君はいずれこの世界から旅立つだろう。そうして旅立った先で何か困ったことになるようなら、この俺がいるこの世界を頼ってほしい」

「教えたはずよ。私の旅は一方通行、同じ世界なんて万にひとつも訪れることはないのよ」

「いや、前に君は言ったはずだ。想像出来ることは必ず実現出来る術があると」

「……なんだ。結局、私任せなんじゃないの」

 呆れ顔のユリ。

「それで? もしそんな都合良くこの世界に戻る事が出来るようになったとして、杏寿郎は私にどんな見返りを要求するつもり?」

「何もいらない」

「は?」

「君に母を助けてもらっているから。

 そして、この世界から君が旅立ってもなお、いつか言葉を交わせる機会があると思えるならそれで十分だ。

 ──俺は誰より君の幸せを望んでいる。

 君が笑顔でいられるなら、それでいい」

「──そう。わかった。

 なら早く元の姿に戻るといいわ。その姿がかわる術の影響が元のあなたにどう影響するかわからないのだし。いつ会えるかもしれない私を待つなら長生きしたいでしょ」

 そんな風に言うのだ。

「ユリ、待ってほしい」

 呼び止めて彼女の身体を抱き寄せる。

「この姿でいると、前にも増してこちらを見ようとしないな」

「そんなこと、ないわ」

 こちらに顔を向けて視線が合うと、慌てて視線を外して小声になった。

「君にとっての杏寿郎はこの姿で、この姿であれば君に愛でてもらえるということか?」

「ち、違いますー! 離して!」

 力を込めて俺の腕から逃れようとするが、その程度で逃れられるような抱きしめ方はしていない。

「なら、この姿の俺を避ける理由を教えてほしい」

「……」

「嘘、偽りはなしで頼む」

「私は、その姿の杏寿郎と会ったことはないの。知っているだけで。

 杏寿郎がその姿で私のために戦ってくれたことを後から見て知って、炎を纏って戦う姿がとても美しかったから──」

「……よもやよもやだ。

 まさかそういう事とは──ではこうして君に触れるのも俺が初めてかな」

 彼女の頬に握るように丸めた指で触れ、触れた途端にユリがかぁと頬を赤くするので思わず解放した。

「まさかそんな表情が見られるとは思わなんだ! すまない!」

 俺も顔を赤くして狼狽えながら言う。別に謝らなくてもと小声で言うが、ユリはふいと向こうをむいてしまった。

「君が望むことならなんでもするが、嫌がることは決してしない」

「本当に?」

「男に二言はない」

「そう」

 振り返ったユリが悪戯っぽく笑う、見惚れていると腕の中に飛び込んできた。

「よも!?」

「違う世界のあなたでも、やっぱり杏寿郎は杏寿郎なのね」

 俺の胸板に顔を擦り寄せて、僅かに見える表情はとても嬉しそうだ。

「ユリ、君から抱きついてくれるのは嬉しいが付き合っているわけでもない男女がこのように距離を詰めるのは──」

「嫌?」

 彼女の両手が俺の両頬に添えられて、上目づかいにそう問われる。

「ん゛ん゛っ! 君が良いのであれば構わないが!」

 かといって抱きしめ返すことも出来ずにいると、

「杏寿郎ォ!!」

 敵意剥き出しのヒカルがこちらに走ってくる。俺はユリを抱き上げると部屋から部屋に逃げ回ることになった。背後から襖やら障子を壊しながら近づいてくる音が──

「おやめなさい!!」

 母が俺たちを叱りつけるように声を張った。仁王のような覇気を感じる。追いついてきたヒカルがその姿を見ると、小さく息をのみ身を縮こませる。

 

 その後、母の前で正座をしてひたすら諭されることとなった。

 ヒカルは途中で耐えきれなくなり、泣きじゃくりユリの胸に顔を埋めているとみるみる身体が小さくなっていく。

「まぁ! 体格のわりに幼い印象はありましたが、まさかこれほど幼いとは」

 ユリに抱かれてすやすやと寝息をたてるヒカルの頭をそっと撫でて。

「幼子のしたことであれば仕方がありません。後始末は大人の責務です。

 杏寿郎、その姿でいる内はあなたも大人として扱いますからそのつもりで」

「はい」

「──もし孫が生まれたら、こんな気持ちになるのでしょうか」

 眠るヒカルに視線を落とし、母は穏やかに微笑んでいた。

 

 

●15

 

 鳴目が忌々しい神楽を継承する者たちを見つけたと報告してきた時は、ようやくこれで安息の時を迎えることが出来ると思った。

 先日浅草で、長髪をひとつに束ねカラカラと耳飾りを鳴らしながら歩く亡霊をみた時は思いもしないことに少し驚いてはしまったが。

 

 この夜、その者たちが暮らす家を訪れて私が直々に彼らの生命を断つ。

 

 無限城から転移した先は雪山だった。

 視線の先に荒屋が見える。

 

 あの荒屋にいる者を屠さえすれば、身の安全が保証されるのだから。

 完膚なきまでに、一片の慈悲もなく、この手で。

 

「こんな夜更けに、家人に声かけもなく、無断で入ろうとするような輩は、招かれざる客としか言いようがないな」

 荒屋に入ろうと手をかけようとした矢先に声がかかった。

 声のした方を慌てて振り返る。

「やあ、お前が鬼舞辻無惨だな。

 まさか本当にここでお前を迎え討つことになるとは──そんなに俺の大事な家族を、亡き者にしたいのか?」

 以前、浅草で見た亡霊と似た容姿をしていた。

 まさかあの時の亡霊は亡霊などではなく──。

「俺は竈門炭十郎。世界を渡る尊いお方の願いのために、今宵お前の命を貰い受ける」

 その男は一部の隙もなく、殺意も悪意も感じさせず、ただ私を倒すという信念だけを向けてきた。

 今まで狩る側でいたはずの私が、狩られる側の恐怖を感じているなど──。

 

 血鬼術 暗中八陣

 

 周囲に濃密な、何者かの気配を感じる。

 ざわざわと何か囁き合うような、そんな音が頭の中に響くのだ。

 

 上弦下弦の鬼たちよ! いや、全ての鬼はここに集え!

 思考の中で指示を飛ばすが、

 鳴目! 早く私を無限城に!

 何の反応もないのだ。

「なんだこれは!」

 炭十郎という男の剣撃が始まっている。

 この剣技には見覚えがあった。

「さぁ、まだ始まったばかりだぞ」

「ぐっ」

 両手が斬り落とされるが、瞬時に生やす。

 この男にはこの姿ではとても敵わない。姿を変えなければ、しかしそんな時間も──。

 

 ○ ○ ○

 

 ヒカルの血鬼術を見届け、

「いいわ。これで無惨は孤立した。

 後はここに朝日がさすまで足止めするだけよ」

 愈史郎という鬼が作った呪符を額に貼って、俺もユリもヒカルも他の柱も隊士たちも皆周囲に待機している。

「さっそく逃げようとしてるじゃない。敵は炭十郎だけではないと気付くもの時間の問題ね。杏寿郎場所を移動して、3時の方向」

 掴んでいるヒカルも一緒にユリを抱き上げて移動した。腕の中のユリが俺を見上げてぽつりと、

「まさかこの夜でさえ、その姿のあなたと行動を共にするとは」

「心強いだろう?」

「……そうね。良い思い出になるわ」

 彼女が俺を見たのはほんの一瞬、ユリの視線は炭十郎殿と無惨の戦いを見据えていた。

 炭十郎殿は十分隙のない立ち回りをしているが、それでもほんの僅かな隙を見つけて無惨が攻撃を仕掛けてくる。そんな僅かな隙をユリが障壁を張って防いでいるのだ。

 この日のために他の柱も含めて取り組んできたこと。それは流れるような連携だ。

 炭十郎殿はヒノカミ神楽であれば一晩中舞えるということだったが、それは相手がいる状態で出来ることではない。無惨も歴戦の鬼であるがゆえに神楽の動きに合わせ場合によってはその動きを見切り、一撃を与えてくる。

 そうした一連の流れが相手によって防がれてしまい炭十郎殿の身体にも疲労となって現れるだろうというのがユリの見解だった。

「別に炭十郎一人で戦えと言っているわけではないのよ。その鬼と戦いたいという人は、いくらだっているでしょう?」

 そう言葉を続けたユリに、俺たちは頷きを返すしかなく。

 

「無惨と連絡が取れなくなったこと、そろそろ鳴目とかいう鬼にも気付かれるわ。まずはなるべく最短最速で各個撃破! この山で起きていることを悟られないように!」

 出現位置はユリが先読みし、その場所を愈史郎の力で共有する。

「次、花柱と風柱でなさい!」

 ユリとヒカルを抱き上げながら戦場を駆ける。

「思っていたよりも早い段階で我々の出番となりましたね」

「いいじゃねぇか! 血が滾るぜぇ!」

 俺の身体に触れながらユリは物語を読むと同時に、正にいま物語を紡いでいた。




ここまでご覧いただきありがとうございました。

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