普通の料理を作る話   作:緋色

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勢いで書いた
後悔はしていない


薙切えりなの場合

 シャペル先生からB評価を取った生徒がいる。

 シャペル先生はA評価以外はD評価にすると公言し実施する厳しさでは随一な先生の為、B評価を取るというのは異常事態としかいいようがない。

 そういう噂が遠月学園でまことしやかに囁かれることは学校という場所ではありえなくもない話なのであろう。

 ただ、その噂のせいで面倒な奴に目を付けられるとは思っていなかっただけで……。

 


 

「あなた。料理を作りなさい」

 

 先輩から譲り受けた厨房で放課後のグダグダタイムを満喫しようとしていた所で食の魔王の血族が前触れもなくやってきた。

 薙切えりな。

 日本の食にかかわる分野に多大なる影響力を持つ一族で遠月学園の総帥の孫であり、本人も神の舌と呼ばれる一流の美食しか受け付けない繊細な味覚を待っているとか、高級料亭やレストランとかから毎日のように味見の依頼が来る才媛とのことだ。

 

「人の厨房に来て開口一番に何言ってんだ。薙切の姫様と秘書子。あんたら忙しいと聞いてるんだが」

 

 少なくとも一学生の下にやってくるほど暇な人物とは思えない。

 

「私は緋沙子だ。えりな様の御予定が先方の都合で空いてな。前々から気になっていた貴様の料理を味見しに来たのだ。感謝しろ」

「気にされるのも感謝する要素も微塵もなくね…?こちとらど平民の成績普通ぞ?」

「それを決めるのはえりな様だ」

 

 マジかよと本人の方を見ると訝しむ様に見られていた。

 

「シャペル先生の授業で一度だけあなたの料理を見たわ。シャペル先生が散々苦悩してA評価を下すなんて初めて見たし。評価も悪い所は無いのにあの歯切れの悪い評価は異常でしょう」

 

 確か『何一つ悪い点は見当たらない。見当たらないが…。間違いなくAではあるのだがAにすべきではないような…』だったか初の実習以降毎回これなのでああいう芸する人なだけではなかろうか。

 厳しいというより変な人である。

 

「あなたが遠月学園に相応しい人間か見極めさせて貰います」

「学生のお前にそんな権限ないやろ。それとも魔王の血族そこまで好き勝手できんの?拒否権ある?」

「ここの厨房を勝手に私物化してる生徒がいるそうね」

「……作れば見逃してくれるわけね。食材なんかあったかなぁ」

「実力次第よ」

 

 何か言ってたが聞こえないふりをして冷蔵庫の食材やらおいてある調味料を確認する。

 その合間合間に来客には違いないので一応粗茶を淹れて出しておく。

 ……買い置きほぼないから野菜炒めぐらいしか作れそうにないな。

 何も出さない方がキレられそうなのでちゃっちゃと料理を作ってお帰り願おう。

 


 

 料理の道を志す者は荒野を突き進み彷徨うようなもの――というのは間違いだと思う。

 レシピ通りに作ればレシピ通り作れるのが料理なのだから、つまりやるべきことは荒野を耕し開拓する事であろう。

 丁寧に荒地を耕すように料理に相応しい食材の切り方をし、耕した土地を育てる様に火加減調整し、作物を育てる様に水や調味料を足していく。

 店に並ぶのが規格の通ったもののように、悪い点を潰していけば必然的に食えるものにはなるのだ。

 減点がなければ100点なのは至極当然のことである。

 そしてそれを繰り返していけば作物の出来が良くなるように料理のレベルも上がっていくに決まっている。

 

 御飯が炊き上がるのとスープと野菜炒めができるのは同時であった。

 

「お待ちどおさま」

 

「これは……」

「野菜炒め定食って事で」

 

 三人分のうち二人前を二人の前にサーブし自分の分を置いて席に着く。

 

「見た目は庶民料理――ニオイは普通――」

 

 顔をしかめる様に料理を見る薙切と秘書子。

 

「人に料理しろと脅迫し(ゆすっ)ておいて食べずに判断とかするわけじゃないよな?」

「不味ければ退学にします」

 

 恐ろしく不吉なことを吐いて薙切は箸を伸ばし――

 

「うん…まぁ悪くはないんじゃない?」モグモグ

「意外としっかり作られてるし…でも別に美味しくはないわね」モグモグ

「The平凡と言うか不味くはないけど別に食べられると言うか…」モグモグ

「可もなく不可もなくって感じね…うん、本当にそれだけ…」モグモグ 

「物凄い不味くはないし美味しくはない、でも食べられる…」モグモグ

「うん……不味くはないわ…」モグモグ

 

 一口ごとに味を分析しているのか何か言いながらモグモグと箸を進める薙切を秘書子があり得ない物を見るような目で見た後、意を決して秘書子も口に運ぶ。

 

「……普通だな。悪くはない。決して悪くはない。だが……」

 

 二人して何かしらブツブツといいながら箸を進める。

 

「完食してるじゃん」

「は!?」

 

 なんだかんだ言って全員完食していた。

 神の舌とやらは美食以外は一口で受け付けなくなると聞いていたが――噂は噂か。

 普通に食べきってるし。

 

「あ、無くなっている」

「食べきってしまった……!?」

「完食するくらいには美味しいって事で」

 

 結論は出たのでさっさと皿を回収して皿洗いに向かう。

 

「いえ美味しくは」

「神の舌が完食してるのに?」

「それはそうなのだけど!?でもこれは美食と認めるわけには――!」

「完食してるのに?」

「う!?」

「じゃあ不味かったのか?」

「不味くはないわ」

「そこは即答すんのか。ツンデレか」

「違うわよ!…コホン。普通ね。アドバイスする余地もないわ。まあ次に食べに来るまでに精進しなさい」

 

 そう言って立ち去る薙切を唖然と見送りかけた秘書子は慌てて薙切について行って出ていった。

 

「相当好き嫌い激しいと聞いていたんだが…噂は噂か」

 

 台風一過って感じである。

 また襲来するような不吉な事を言ってた気もするが絶対に気のせいである。

 なんかどっと疲れたのでもう帰ろう……。

 


 

 新戸緋沙子は驚愕していた。

 

(えりな様があの料理を完食した!?)

 

 神の舌=味の是非を絶対的な正しさで理解する味覚を持つ主は料理の腕も専門家ではなくあらゆるジャンルを専門家の必殺料理(スペシャリテ)相当に仕上げる腕前を持つ。

 それゆえにエリート意識が高く庶民的な料理には繊細な舌では不味いと吐き捨て喉が通ることもない――はずだったのだ。

 彼の作った料理は普通であった。

 恐らく百人いれば百人が普通に食べきれる料理である。

 だが、その中にえりな様も含まれるという事が異常事態。

 99人が気付かないような雑味ですら気が付き独特な例え(ゴリラと混浴してるような味など)で一刀両断する。――今回もそうなるとばかり思っていたのだ。

 幸いなのか不幸なのか。えりな様は今回の異常事態にまだお気づきではない様子。

 あの男は成績優秀であれど尖った所はなく、えりな様の目指す選ばれた美食の為の贄となるはずだった……が。

 

「また――か」

「?どうしたの緋沙子」

「なんでもありません。えりな様」

 

 えりな様は気が付いておいでなのでしょうか。

 あの男の料理をまた食べるつもりであることを……。




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