前半はよしお視点。最後の場面は三人称になります。
夕焼け空から、月が見えはじめる時刻。オレ達は、姉ちゃんの高校の最寄り駅の近くで行われていたお祭りで手に入れたおみやげを持って、越谷家を訪ねた。
今日は両親ともに泊まり込みの仕事で、家には帰ってこない。それを聞いたおばさんが、「うちに泊まっていくといいよ」と言ってくれたので、越谷家に泊まることになった。
オレ達が来たということで、なっちゃん曰く「普段より豪華」な夕食を食べ、その後は風呂もいただいた。
さて、そろそろ寝ようかという話になった時。
「じゃあウチの部屋で、みんなで寝ようよ! その方が面白そうだし!」
なっちゃんが、そんな提案をしてきた。
「いいねー! それ、楽しそう!」
「それじゃあ早速布団敷こうぜ!」
「よっくんは、すーくんの部屋で寝てね♪」
「あ、ハイ……」
姉ちゃんの一言によって、最終的に姉ちゃんたち三人はなっちゃんの部屋で寝て、オレは卓と二人で寝ることになった。
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夜になり、廊下を歩いてると、小鞠ちゃんとバッタリ出くわした。
「なんで夏海の部屋の前にいるのさ、よっくん……」
丁度反対側から歩いてきた小鞠ちゃんが呆れたような顔をして立っている。
「よっくんはお兄ちゃんの部屋で、男二人で寝るって決まったでしょ……」
「いやぁだってさ、まだ九時前なのに、卓の奴もう寝ちまってさ……」
だから改めて言ってやろう。
「せっかくオレが来てるのに薄情じゃね? オレ、久々にこの家に泊まるってことでテンション上がってるんだよ? この胸のワクワクの行き場はどうすんだよ!」
「知らないよ」
端的に言えば、眠れなかった。
「だからって、こっちに来ないでよね」
「別にいいじゃん。寝るまでちょっと遊ぶだけだし」
「……前みたいに、私の布団に勝手に入ってくる気じゃないよね!?」
「勝手には入ってなかっただろ? 『これから一緒にオトナになろうぜ?』て声をかけてから入ったじゃん」
「声をかけたからって良いわけじゃないからね!」
「オレ、母ちゃんからも日頃から『早くオトナになりなさい』って言われてるんだよ?」
「それはしっかりしろって意味でしょ!? 一々変な解釈しないでくれる!?」
小鞠ちゃんが顔を真っ赤にしながら怒鳴っている。なんでだろう、小鞠ちゃんだって日頃から大人のお姉さんになりたがっている癖に……。
「その声はよっくん? 部屋の前で騒いでないで入って来なよ」
二人で話し込んでいるとふすまの向こう側からなっちゃんの声が聞こえてくる。
「本当!? ほらほら! なっちゃんも入ってきて良いって言ってんじゃん!」
「えー……、ちょっと夏海、早く寝ないとお母さんに怒られちゃうよ?」
「まあまあ小鞠ちゃん、そんな長居はしないから、じゃあ、お邪魔しまーす!」
ガラガラ……
――ブン!!
「うおっ!?」
――バフっ!!
「ふぎゃっ!?」
ふすまを開けた瞬間、ただならぬ気配を感じたと思ったら、白い物体が飛んできた。オレはそれを間一髪で躱した。
「ち、避けたか……、やるじゃん、よっくん……」
「不意打ちとは随分な対応だな、なっちゃん……」
「ちょっと夏海! 私に当たってるんだけど!?」
どうやら飛んできたのは枕だったようで、小鞠ちゃんが枕を持って抗議の声を上げるが、今はそれどころじゃない。
「丁度良いところに来たね、よっくん! 今から枕投げ大会を開催するぞー!」
「そうきたか、確かにこのまま寝るのも勿体ないと思ってた所だ。いくぞ!!」
「ちょっと二人とも? あんまり騒ぐと、おばさんに怒られるよ?」
「ふむ、確かに姉ちゃんの言うとおりだ。なら極力騒がしくならないようにターン制方式にするぞ!」
「なるほど、さっきウチが投げたから今度はよっくんの番って事だね?」
「そういうことだ。いくぞ! かつて全米を席巻した、トルネード! 投法だ!!」
――バシっ!! しかしおれの渾身のストレートは、なっちゃんに片手で止められた。 くそ、真っ正直過ぎたか、次はフェイントを入れて投げるとしよう。
「ふふん、甘いね! ウチが枕の投げ方ってモノを見せてあげよう!」
今度はなっちゃんのターン! 勢いよく振りかぶって……
「見よ! 必殺!! 夏海ちゃんダイナマイトピローアターッ」
――バンッ!!
勢いよく振り抜いた腕が、そのまま襖にぶつかった。
「がっ!? 痛ったぁ……!!」
「なっちゃん!? 大丈夫か!?」
オレは急いでなっちゃんの所に駆けつけて腕を取って確かめた。
「だっ!? だだ、大丈夫だよ、よっくん……! いやぁ失敗失敗……」
なっちゃんは一瞬オレの顔を見上げたあと、慌てたように視線を逸らした。
ふむ、腕には痣はできていないようだけど、少し顔が赤いな。痛みをこらえてるのか?
「少し休憩するか」
「そうだね……。ん?二人ともどうしたの?」
オレとなっちゃんが腕の方ばかり気にしている横で、姉ちゃんと小鞠ちゃんがジト目でこっちを見ている。……なんだ一体?
「どうしたのさ、二人とも? まるでウチが何かをやらかしたみたいな――っ!!?」
なっちゃんが後ろを振り向いたら、赤い顔が一気に真っ青になって、この世の終わりみたいな表情になった。
オレもなっちゃんの視線の先を見たら、なんとふすまに穴が開いていた。
「う、ウチの、せいでは、ナイデス……そこんとこ、よろシャス……」
「いや見てたから……」
「あんなに見ろって言われればね……」
姉ちゃんと小鞠ちゃんの目は冷ややかだった。
「や、やばい……やばいやばい……!! ふすまに穴開けちゃった! どうしよう……、母ちゃんにバレたらマジでヤバい……、姉ちゃん、交代して……」
「交代ってなに!? 私なにも関係ないじゃん!!」
越谷姉妹のやりとりを他所に、オレはあてもなく部屋を見回してると、離れた場所に貼られていた絵が目に入る。
それは、笑顔の二人がクレヨンで優しく描かれた絵だった。
「あ、この絵! なっちゃんとあおいちゃんだよね!? これ、沖縄旅行の時れんげが書いてたやつか! すげー上手いな……!」
それを見て、思わず感慨にふけった。
……あおいちゃん、元気にしてるかな? 沖縄か……何もかもが懐かしい……。
「ちょっとよっくん!? 今はそれどころじゃないから現実逃避しないで!? それに、その絵を見るの初めてじゃないよね!」
「なっちゃん、今日はもうぐっすり寝よう? そして明日元気になったら怒られよ?」
「このちゃんまでウチを見捨てないで!!」
「見捨てないでって言われても、どうしようもないんじゃ……」
確かに、一度壊れた物は二度と元には戻らない。人生諦めが肝心という言葉もある。しかし、しかしだ。
「なっちゃん、とりあえず時間稼ぎだ! なんでも良いから穴を隠せる物を探せ!」
「おっけー!!」
それは、できる限りのことをやり尽くしてから言う言葉だ。みっともなくても最後まで足掻いてやる。
……だってオレもなっちゃんと一緒に枕投げしてたから、完全に同犯じゃん! 何度経験しても、おばさんに怒られるのは怖いんだよ!
「よっくん、丁度良い紙を発見したよ!」
「でかした! とりあえず貼ろう!」
なっちゃんは机の上に置かれていた紙を手に取り、四隅にセロテープを貼ると、そのまま穴の開いた襖へ貼り付けた。
「よ、よし、これで……」
「……って福笑いじゃん!!」
それは、姉ちゃんがお祭りで手に入れた福笑いだった。
「だ、大丈夫かなぁ、姉ちゃん……? これ、ポスターだって思ってくれるかな……?」
「無理なんじゃない? だってポスターじゃないもの」
「じゃあ、笑う門には福来たるで……あ!」
そういえば福笑いの袋の中に、目と鼻と口のパーツが入っていたのを思い出す。のっぺらぼうは可哀想だし、ちゃんと顔も作ってあげるか。
――ペタペタペタ……
「いや、顔を付けても意味ないから」
「あーもう! 顔付けるならちゃんと見てからやりなよ! 目の位置とか、いろいろおかしくなってんじゃん!」
「いやだって、正しく貼ったら福笑いの趣旨から外れちゃうし……?」
「よっくん、変なところで真面目だよね」
「な、何はともあれ穴は隠せた。後は……母ちゃんが急に入ってこないように、つっかえ棒をしておこう!!」
「そんなものあるのか……?」
「えっと、確かこの辺に……あった! アサガオの、えーっと……、アレ!!」
「おー! あの……、……蔓を巻き付ける棒的なヤツだな!」
正式名称は知らん。今は調べてる場合じゃ無いし。
「これをふすまに挟んで置いてっと……よし、セット完了!」
ドアが開かないようにアサガオの棒を襖の間に挟むと、なんと即席のストッパーとなった。流石なっちゃん!
「そんな事したって怪しまれるだけじゃない?」
「その時は"思春期"もしくは"青春"の一言で押し切る!」
とりあえず応急処置はこんな所か……あとは……
「姉ちゃん、後はどうすればいいかな!? なんとかして……!」
「なんとかしてって……、もう普通に謝った方が良いと思うけど?」
それはあくまで最終手段だ。なんかこう……なんでもいいからこの状況を打破できるような案プリーズ!
――ギィ……
「んなっ!?」
「え、なに? どうしたの?」
「静かに!! 姉ちゃんは聞こえないかな……? この遠くの床が軋む音を……」
「いや、ぜんぜん聞こえないけど」
――ギィ……ギィ……
「この音……!? 間違いない!! 母ちゃんがウチの部屋に向かっている!!」
なっちゃんも気づいたようだ。
「くそっ! 気のせいじゃ無かったか……マズいな……まだろくに作戦も立ててないのに……!」
「二人とも、よく聞こえるね」
「長年のトラウマじゃないかな」
「だ、大丈夫……福笑いで穴は隠したし……ふすまには、つっかえ棒もしている……」
「けど、それは延命措置でしかないよ、なっちゃん……」
「だったらどうすんの……?」
「とにかく、オレが外に出て数分くらい時間を稼ぐから……! その間に何か作戦プリーズ!」
「よ、よっくーん……!!」
なっちゃんの叫びを聞きながら、オレは後を託して廊下に出た。
――――――――――――――――――――――――
よしおが出て行った後の夏海の部屋。
「なんか、外に出て行っちゃったね……」
「もう素直に謝った方が楽だと思うけど」
最早この状況を半分楽しんでいる小鞠とこのみが、暢気な会話をしている。
その横では、夏海が祈るように両手を握っていた。
(防衛戦略は完璧! とにかく今は母ちゃんを部屋の中に入れるわけにはいかない……信じてるぜ! よっくん! アサガオのアレ!!)
「あ、おばさん! こんばんわ!」
「よっくん、ここで何してんの?」
「あ、いやぁ、ちょっとトイレに……」
「トイレはこっちにはないんだけど?」
「そ、そうでしたね、あはははは……」
「……なんで逆方向に歩いてたの?」
「人間、たまに自分がどこへ向かっているのか、分からなくなる時ありますよねー……?」
「……もう寝なさいな」
「はい、スイマセン……」
――スタスタスタ……*1
結局よしおは物の一分と持たなかった。
――ガラガラ
「こら、あんた達、夜なのにやかましいよ!」
そしてアサガオの支柱は、何の役にも立たなかった。
(よっくん…アサガオのアレ…もう信じねーから……)
「あ、これはこれは母上! ちょうど今から寝ようと思ってまして!」
「そんな事言って……、来なかったら夜更かししようとしてたでしょ」
「いえ! そんなことはございませんが! 睡魔ギョインギョインなんで!!」
「……あんた、なんか様子おかしくない?」
「およよ!? 心外ですなー! ウチ、いつもこんな感じですけども!?」
「……またなんかやらかしたんじゃないよね?」
雪子は、夏海との会話中、すぐに穴を隠すために貼った福笑いが目に入る。
「? なんなのこれ? 福笑いなんて貼って……」
「あぁ! い、いや、それは別に……、よっくんがその、えっと……」
夏海の慌てぶりを見て、雪子は何かを察したように苦笑いを浮かべた。
「あー、もしかして夏海、ふすまを破ったのは自分だと思ってる?」
「…………えっ?」
「実はその穴、今日の昼に掃除してたら、掃除機をぶつけちゃってね……明日になったら直そうと思って放って置いたんだけど……、言ってなくてごめんよ?」
「そういえば夏海が枕を投げるのは見てたけど……」
「その前からふすまが破けてるかどうかは確認してなかったね」
「……てことは、ウチがふすまを破ったって事じゃない……?」
「みたいだねー」
そのやりとりに、心配そうに部屋の入り口から様子をうかがっていたよしおは、安心した様子で部屋に入ってくる。
「よ、よかったー……」
「あ、よっくん外にいたんだ?」
「そりゃあ、あんな状況で安心して部屋に帰れるかよ……」
ホッと一息ついた弟の様子にこのみも呆れたような口調だ。
「い……いよっしゃー! 夏海ちゃん勝訴なりー!!」
夏海は当然のように大喜び。すぐ近くの小鞠の肩をたたいてウザ絡みを始める。
「ほらほら姉ちゃん! だから言ったじゃん! ウチのせいじゃないって! ウチは嘘つかないんだよー!」
「いや、あれは絶対罪から逃れようとして言ってたじゃん」
「いやー助かったー……、一時はどうなることかと……」
そして穴を隠していた福笑いへと近づく。
「さて、ウチの無実も証明できたし! こんな福笑い、いらねー!!」
――ビリィィィッ!!!
「あっはっはっはっはー!!」
セロテープでつけた福笑いの紙をふすまから勢いよく剥がした結果、当初の穴よりも遙かにデカい大穴が出来上がってしまった。
「はっはっはっは!!」
大笑いする夏海をよそに、その場の全員が、出来上がった大穴を無言で眺めている。
「……あ、オレ、もう卓の部屋に戻るから……おやすみなさーい……」
よしおは逃げるように、この場を去った。
「はっは…………は?」
夏海は笑顔を張り付けたまま無言になり、当初より遙かに大きくなった穴を見つめて固まってしまう。
笑う門に福は来なかった。