アニメでは、この次にあかねちゃんが登場するのは最終回なので、今回が実質的に最後のあかねちゃん回になります。
前半はよしお視点、後半はあかねちゃん視点でお送りします。
今日は休日。あかねさんが我が家に来て、姉ちゃんとフルートの練習をしている。
そこにれんげも加わって、家の中にはフルートとリコーダーの音色が響いていた。
そんな音をBGMに、受験生のオレは方程式を解いている。
この前、先生が取り寄せてくれた模試では、合格ラインぎりぎりだった。試験本番が近づいてきたことを意識するようになって、不安も少しずつ出てきている。
今は、本番になると手が止まってしまう計算問題を中心に、いつもより多めに出された宿題と向き合っていた。
――コンコン
そんな時に部屋のドアが叩かれる。なんだろうか?
「はーい、入ってまーす」
「いや、トイレじゃないんだから……、よっくん、開けるよー」
姉ちゃんの呆れた声が聞こえてくる。そのままドアが開いた。
「今からみんなで外に行くんだけど、よっくんも来る?」
「うーん、外かー……」
オレは思わず腕を組んで考え込む。魅力的な誘いだが、勉強が順調とは言えず、素直に楽しめるか分からない今、オレは乗り気にはなれなかった。
「なんだよー、ウチらも行くのに来ないのかよー! このマジメくんめー!」
「ちょっと夏海、よっくん勉強してるみたいだし邪魔しちゃ悪いでしょ……」
返事を渋ってると、背後から不満げな声とそれを窘める声と共に見慣れた顔が現われる。越谷姉妹だ。
「なっちゃん? それに小鞠ちゃんも、いつの間に来てたん?」
「こんにちは、よしお先輩、私もお邪魔してます」
「あ、蛍ちゃん、いらっしゃい」
すると蛍ちゃんまで顔を出した。あかねさんとれんげだけかと思ったら他のみんなも来ていたのか、文字通りの全員参加だな。
「最近随分と根を詰めてるみたいだから、ここらで気分転換なんてどうかな? これから外であかねちゃんが演奏会をするんだけど?」
「せ、先輩、プレッシャーをかけないでください……!」
……ほう、それはそれは。
「そういう事ならオレも見逃すわけにはいかないな。楽しみにさせて頂きます。あかねさん!」
「うぅ…、よしおくんまで……」
オレが少しからかうように笑顔を浮かべて答えると、あかねさんが不安そうにしながら胸に手を当てた。ふむ、あかねさん照れ屋だし、みんなの前で演奏するのは、まだ恥ずかしいんだろうな。
――――――――――――――――――――――――
秋も中頃、そろそろ冬も近くなる頃だが、今日は日差しもあり、暖かさも感じられる。木々が赤や黄色に色づいた森の中。全員が揃って、フルートを構えるあかねさんに注目していた。
「い、行きます!!」
あかねさんが勢いよく息を吸い込んで……
――ピィィィィィッ!!
普段の練習で見事な演奏を披露しているとは思えない、沸騰したやかんみたいな音が周辺に響いた。
「あかねちゃん! 大丈夫!?」
「きき……、緊張と暑さで頭がボーッと……」
姉ちゃんは顔を真っ赤にして目を回しているあかねさんに駆け寄った。
「えっと……、また別の日でも構わないけど……?」
「い、いいいいいや、私はやるよ、小鞠ちゃん!!」
小鞠ちゃんも心配そうにしながらあかねさんを励ましている。オレも何か言うべきだな……そうだ!
「あかねさん、その……とりあえず何も考えずに好きな曲を吹いてみてください!」
「えっ?」
オレの即席のアドバイスにキョトンとするあかねさん。オレ自身もこれが正しいかは分からないけど、とりあえず言葉を続けよう。
「誰かが見てるとか、恥ずかしい思いをするかもとか、考えるから何も出来なくなるんです! 他人の反応なんか放っておいて、自分のやりたいようにやってください!」
「よしおくん……」
あかねさんがじっとこちらを見る。……あかねさんだけじゃないな、みんなこっちを見ているな、何だろう? オレ、何か変なことを言ったか?
「……流石、みんなが見てる前で、ひか姉に公開告白かました人間は言うことが違うなー」
「なっちゃん!? 今その話は関係ないからな!?」
なっちゃんの言葉に姉ちゃんと小鞠ちゃんの二人も、うんうんと肯いてやがる……、いや、なんでオレの恥ずかしい過去が掘り返されてんだよ!?
「えぇっ!? なにその話!? 凄い気になる!!」
「私も私も!! 凄く聞きたいです!!」
「同じく!」
しかもあかねさんと蛍ちゃんが凄い勢いで食いついてるし……、れんげも目を輝かしてやがる……。このままだとあかねさんの演奏会なのに、オレの黒歴史の発表会になってしまいそうだ。
「はいはい、話が反れてるよー」
姉ちゃんがパンパンと両手を叩いて軌道修正をしてくれた。
助かった……。
「その話は、あかねちゃんが一曲吹いてくれたら、聞かせてあげる♪」
助かってなかった……。
「姉ちゃん!?」
「あ、もちろんよっくんの口から話してね♡」
「嫌だよ!?」
「あかねちゃんが、みんなの前で頑張って演奏するんだよ? よっくんも恥ずかしいだろうけど、頑張らなきゃ!」
「うん! 多分あかねさんも、一緒にされたくないんじゃないかな!? ……だよね!? あかねさん!!」
オレは同意を求めてあかねさんの方へ向いた。
「よしおくん……頑張ったんだね……! わ、私も、恥ずかしいけど頑張るよ!!」
あれ? 何この反応……? オレ、これから恥ずかしい思いをすることになるんですけど!?
オレの疑問と抗議は流されて、あかねさんは深呼吸を始めてしまった。……言いたいことは山程あるけど、仕方ない、黙って見守るとするか……。
――――――――――――――――――――――――
気を取り直して深呼吸した私は、再びフルートを口元へと運んだ。
思い出すのは、夏休みのある日。練習日を一日間違えて来てしまった日のこと。先輩の家の前で途方に暮れていた時によしおくんに見つかってしまって、私が、練習日を間違えて来てしまった事が先輩に知られたくないというわがままを聞いてくれて、れんげちゃんの家に案内してくれた時の出来事だ。
あの日、れんげちゃんの家の玄関を開けるなり、出迎えてくれた、れんげちゃんのお姉さんで、私と同い年のひかげちゃんを見るなり、よしおくんは、凄く嬉しそうな顔をして、勢いよく飛びついて抱き付いた。
その後、ひかげちゃんと、東京の話で盛り上がった途中でよしおくんは、ひかげちゃんに話しかけた。
『あー、実はさ、ひか姉……』
『ん、どうした急に?』
『えっと、その……』
あの時、よしおくんは、多分ひかげちゃんに告白しようとしたけど、言葉が出なかったのだろう。
(あの後、ちゃんと告白出来たんだね……!)
自分の想いを伝えるのは凄く恥ずかしい……。それが愛の告白ならば尚更だ。
よしおくんはあの時、自分自身を"意気地の無い男"だと卑下していたけど、とんでもない! よしおくんは凄い! ……みんなの期待の視線を受けて、未だに緊張して演奏できない私なんかとは違って……
「あかねちゃん、いつも通りにやれば良いよ」
みんなの視線に尻込みしてるとき、このみ先輩から声を掛けられた。
改めてこのみ先輩の顔を見る。いつも通りの優しい笑顔。この顔を見たら自然と穏やかな気持ちが沸いてくる。
(いつも通りにやる……自分のやりたいようにやる……)
このみ先輩の今の言葉に、さっきのよしおくんの言葉と併せて自分に言い聞かす。
……うん、いける!!
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結論から言えば、みんなの前での演奏は上手くいった。少なくともミスはしなかったと思う。
演奏が終わった後、改めてよしおくんから、ひかげちゃんに告白した時の話を聞いた。詳しい話を聞くと、よしおくんがひかげちゃんに告白したのは三年前の事で、学校の校庭で、衝動的に行ったらしい。
「――で、結果はお腹にキツい一発を受けてオレは撃沈! いやぁ、もう自分でも笑っちゃうくらい見事なフラれっぷりだったな!」
よしおくんが、やや自虐的に、まるで武勇伝でも語るように笑っている。
「ほんと、突然告白しだすからビックリしたよ」
「よっくんは、ノリと勢いだけで動いてるからなー」
小鞠ちゃんが呆れたように言って夏海ちゃんも思い返すように腕を組んで続ける。
「ひか姉、容赦ないんな」
れんげちゃんが、しみじみと呟く。
「でも、よしお先輩らしいと言えば、らしいですね」
「いやぁ、それほどでも!」
蛍ちゃんまでそう言うと、よしおくんは嬉しそうに胸を張った。
「よっくん、多分褒められてないからね!」
このみ先輩のツッコミに、よしおくんは一瞬だけ固まった。
「ってか、もう三年も前の話だし、この話はここで終わり! 過去は振り返らない!」
「反省くらいはしないと、また似たような失敗をすることになるんじゃないかな?」
「あーあー! きこえなーい!」
このみ先輩の言葉から逃げるように、よしおくんは両耳を塞いだ。いろんな意味で私には真似出来ないな……。
でも、三年前か……。だとすると……。
「じゃあ、夏休みのあの日の告白は、リベンジだったって事?」
「ん? 夏休みのあの日って?」
「ほら、私がれんげちゃんの家にお邪魔した日によしおくん、ひかげちゃんに告白しようとしてたじゃん!」
よしおくんは覚えてないみたいだったので、改めて私が説明をする。
「よっくん、そうなの?」
「え? そうだったかな?」
「いや、なんで疑問形なの……」
「いやだってあの時に告白なんてした覚えなんて……、……あ!!」
このみ先輩の問いかけに困った顔で答えてたよしおくんだったけど、どうやら思い出したらしい。
「あれか! 確か、ひか姉と同じ高校を受験するって事を言おうとして、言えなかったな! そういえば!!」
「……えっ?」
「あの時、オレも東京の高校に行くって宣言しようとしたんだけど、いざ言おうとしたら、急に恥ずかしくなってさー!」
「東京の高校……? よしおくん、東京の高校へ行くの?」
「あ、はい! その為に毎日勉強頑張ってます!」
どうやら私は、いままで勘違いをしていたらしい。
「毎日その辺を歩き回ってるのを見かけるんだけど?」
「それはホラ! 気分転換ってやつだよ!」
「よっくん、いつも気分転換してんな……」
「余計なお世話だ!」
小鞠ちゃんと夏海ちゃんの指摘に対して、どこか楽しげに反論しているよしおくん。
だけどよしおくん、高校は東京に行くのか……。そうなったら、もう気軽には会えなくなっちゃう……。私はその事実に少なからず寂しさを覚えた。
――――――――――――――――――――――――
――夜の富士宮家。
「明日は何時くらいまで家にいるの?」
「あ、夕方くらいには帰ろうかと……」
「おっけー、明日も少し練習だね。じゃあ電気消すねー♪」
「はーい」
今日と明日が連休ということで、私はこのみ先輩の家に泊まることになった。
電気が消え、私は布団に横になる。隣では、先輩がベッドに入っている。
思えば、この一年間、このみ先輩にはたくさんお世話になった。
フルートのことだけじゃない。上手く出来ない時には背中を押してくれて、私ひとりでは出来なかったことも、先輩がいてくれたから頑張ることが出来た。
そんな先輩も、もうすぐ卒業してしまう。
……来年からは、どうなるんだろう。
先輩がいなくなったら、私がここに来る理由もなくなってしまうのかもしれない。
せっかく、この村のみんなとも仲良くなれたのに……。
そんなことを考えていると、先輩から声がかかった。
「あかねちゃん、起きてる?」
「? なんですか?」
「私、大学に行ってもフルート続けるつもりだからさ。来年もまた一緒に練習しようよ」
「……っ!! はい!!!」
「うわ! びっくりした! もう夜だから静かにね……」
「あわわっ、す、すみません……」
嬉しくて、思わず声が大きくなってしまった。
「ごめんねー、寝ようとしてた時に話しかけて」
「い、いえ……、大丈夫です!」
「……ありがとね、あかねちゃん」
「どうしたんですか? 改まって」
「ふふ、言ってみただけ♪ よーし、明日も練習だし、早く寝ようか」
「は、はい!」
「じゃあ、おやすみー」
「おやすみなさい」
……良かった。
私、またここに来て良いんだ!
――――――――――――――――――――――――
――翌朝の富士宮家。
朝食を食べて少し休んでいると、れんげちゃんが早々にやって来た。
「おはよう、れんげ。今日は早いな!」
「よっくんおはようなん! 笛の練習に来たのん!」
「そうか、ほれ、あがれあがれ」
よしおくんが、れんげちゃんを先輩の部屋へ案内する。その後を追うように、私も部屋へ向かった。
「それじゃ、オレは部屋で勉強してるから」
「ありがと♪ じゃあ私は飲み物を用意してくるね」
「はーい!」
部屋を出て行くよしおくんとこのみ先輩に私が軽く返事をすると、れんげちゃんが私の顔をじっと見つめていた。
「どうしたの? れんげちゃん」
「あかねちん、昨日よりなんか楽しそうなん。なんか良いことあったん?」
「えっと、まぁ、ちょっとだけ!」
昨日のことが、少し顔に出てしまっていたのかもしれない。
「それより、今日はどの曲練習する?」
「んっとなーウチはこの間の――」
「れんげちゃん、ジュース持って来たよー」
「おー! ジュース!!」
このみ先輩が戻ってくると、れんげちゃんは嬉しそうに声を上げた。
今日も昨日までと何も変わらない、いつもの一日が始まった。
そして、次の曲が始まるのです。
次回の予告 ハノケチェン!