ふたりもまた、情景の一部に溶け込んでいく。
テーマパークで疲れ切った身体をいじめてくる、申しわけ程度にクッションの入った座席。
レールの隙間を通過しては、座席が跳ね上がる。もう少しスピードを落としてくれてもいいだろうに。山奥でエサになりたい輩しか、この時間は乗ってこない。
真正面の大きな窓から望めるのは、双子の山にたたずむ夕陽の姿。『さよなら』と手を振っている。あの間に大声を出せば、やまびこは返って来るのだろうか。
運転席の後ろには、小銭を入れる箱がついている。列車のクセして、車内でお金を払わなければいけないのだ。飛び降りるだけでいい都会ものがうらやましい。
「
俺が呼びかけても、はきはきとした返事はかえってこない。それどころか、右肩にやや柔らかい重しがのしかかっている。
朝日が昇る前から、べっとりくっついては笑顔の乱用をしていた優花。おねむになるのも致し方ない。今日できたお宝は、あとで見せることにしよう。
チャレンジしてみた、と自慢していた初々しい茶髪は、俺の手の甲にまで届いている。彼女が寝言を漏らすたびに、くすぐられて落ち着かなくさせてくるのだ。
優花のほっぺたは、夢見心地のまっピンク。美味しいものを食べているのか、口の端からは透明な粘性のあるものが垂れていた。服にかかってしまうが、まあ許す。
彼女のぐうたらが晒されていないことが、俺にとっての幸いだ。写真にでも取られてSNSにアップされては、彼女が全世界に共有されているようで腹立たしくなる。親しくもないオジサンに見られてほしくない。
毛布をかけてあげたくなる、意識の抜けた優花の身体。まぶしくなるカジュアルな白の服は、さすがの太陽も太刀打ちできないだろう。
優花の首に腕をまわした。引き寄せると、奥で生まれた温かみが直に伝わってくる。
無断で写真を撮ってしまおうか。アルバムで残っていたら、優花は頬を震わせて笑ってくれるか、それとも口をとんがらせて削除ボタンを押してしまううのか気になる。
車内には、ふたりきりの世界。騒がしくしなければ、運転士の迷惑にもならないだろう。
スマホを起動し、彼女を倒さないようレンズを構える。今起きたら? 言い訳してなかったことにしてしまおう。
シャッター音とともに、彼女の表情が緩んだ気がした。ベージュの肌を引っさげて、優花が旅行しているところに行ってみたい。
「……この列車は、まもなく……」
表情ひとつ変わらない自動放送が、俺の思考に入り込んできた。乗換案内など、してくれるはずがない。
列車の汽笛が空気を揺るがした。シルエットになった四本足がスキップしていく。こっちは人間様なんだ、帰れ、帰れ。
秋の香ばしさに溶けていく恋人を見ていると、こちらまで視界がぼんやりしてきた。いけないと舌を噛み、先導する者としての意識を保つ。
ーーー夢を乗せた列車は、ゆっくりとブレーキを踏んで元の世界へと帰っていく……。