血湧き肉躍ってこその戦い......だったのだがな   作:シズネ

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プレビューを閉じたら編集画面ごと消え、完成したエピソードが跡形もなく消えていく……
そういう小さな絶望の積み重ねが、人を大人にするのです。



6話:魂の因果

 

雨上がりの湿った風が、ビルの屋上を吹き抜ける。

 

神奈川県川崎市、キネマシネマ。

変死体が発見された映画館の屋上で、七海建人と虎杖悠仁、そしてうちはマダラは、残穢の主と対峙していた。

 

「ギャアアアアッ!」

 

それは、呪霊と呼ぶにはあまりに歪な存在だった。

人の形を無理やり引き伸ばし、粘土のように捏ね回したような醜悪な造形。

 

「……不愉快な呪力だ」

 

マダラが吐き捨てる。

写輪眼には見えている。その「モノ」の内側で、魂のような火が苦しげに揺らめいている様が。

 

「私がやります」

 

七海が鉈を構えるより速く、マダラが踏み込んだ。

 

「消えろ」

 

術など必要ない。ただの正拳突き。だが、その一撃は鉄塊すら粉砕する威力を持つ。

マダラの拳が、異形の頭部に突き刺さる――その寸前だった。

 

ピタリ。

 

不可解な現象が起きた。

マダラの拳が、まるで見えない壁に阻まれたかのように、対象の寸前で急停止したのだ。物理的な壁ではない。マダラ自身の肉体が、意思に反して「攻撃動作」を強制的に中断させられた。

 

——体が、動かん……?

 

マダラが目を見開く。

その隙を突き、異形が鋭い爪を振り下ろす。マダラは舌打ちをし、バックステップで回避した。

 

「マダラさん!?」

 

虎杖が驚きの声を上げる。あのマダラが、あんな動きの遅い攻撃を仕留め損なうなどあり得ない。

マダラは自分の拳を睨みつけた。金縛りのような感覚。これは——『縛り』だ。

 

——なぜだ? 相手は呪霊のはず……

 

「下がっていてください」

 

七海が前に出る。呪力を纏った鉈の一閃。異形の腕が切断される。

だが、死体は消滅しない。紫色の血を流し、肉塊となって転がるだけだ。

 

「……やはり」

 

七海が死体に歩み寄り、その手首を持ち上げる。そこには、高価そうな腕時計が巻かれていた。

 

「虎杖君、マダラさん。落ち着いて聞いてください……彼らは、『人間』です」

 

「……!」

 

虎杖が息を呑む。マダラは、不快そうに眉をひそめた。

 

——なるほどな……。オレの身体が止まったということは、中身は『人間』判定か。

 

マダラに課された天与呪縛『人間への攻撃不可』。

それがセンサーとなり、目の前の怪物が、呪霊ではなく「加工された人間」であることを証明してしまった。

 

「死体ですらない……か」

 

マダラは、転がる肉塊を見下ろす。死者ではない、生きた人間を異形の兵器に変える術式。

 

「……ここまで卑劣な術を使う輩がいるとはな」

 

前世で犬猿の仲だった“ある男”を思い出しながら、マダラはそう吐き捨てた。

 

 

 


 

 

 

どこまでも広がる青い空、白い砂浜。寄せては返す波の音が心地よい、南国のリゾート地。

陀艮が展開する領域の中で、羂索はパラソルの下、ビーチチェアに寝そべっていた。

 

「……妙だね」

 

羂索が、手元の資料を見ながら呟く。

 

「何が~?」

 

波打ち際で遊んでいた真人が、濡れた体をプルプルと震わせながら近づいてくる。

羂索は、マダラの九州での戦闘データと、高専内部に潜ませた内通者からの情報を照らし合わせていた。

 

「マダラ……彼には『人間に手出しができない』という天与呪縛があるらしい」

 

「へぇ。じゃあ人を傷つけないことで、彼は何を得ているの?」

 

真人が無邪気に問う。

 

「そこだ。縛りとは等価交換だ。何かを犠牲にして、力を得る」

 

羂索は続ける。

 

「だが、呪術師とは元来、呪いを祓い人を守るものだ。『人を傷つけない』という誓約は、術師にとって当たり前の行動規範であり、強大な力を得るほどの『代償(デメリット)』にはなり得ない」

 

「ふうん。言われてみればそうだね」

 

「これまで登録のなかった“ぽっと出”の術師が特級呪霊を瞬殺……。虎杖悠仁のような受肉タイプではなさそうだし、突然呪術に覚醒したというのもイマイチ腑に落ちない。長い呪術の歴史でも、聞いたことのない事例だ」

 

「ヘ〜。要するにそのマダラって奴は、()()()()()()()()()()()()()()()ってこと?」

 

「……! なるほど、それは面白い。本来イレギュラーな、ここに在ってはならない異物。その存在をこの世界に保障するための縛りだとしたら……確かに辻褄は合うか」

 

羂索はサングラスをずらし、少し楽しげに口角を上げた。

 

「存在の保障?」

 

「彼は、世界というシステムに弾かれないよう『(アンカー)』を打たれている状態なのかもしれないね」

 

よく分からないと言いたげな真人の顔を覗き込む羂索。

 

「まあ、いずれにせよ……真人、君の力は彼の弱点になる」

 

真人の顔に、嗜虐的な笑みが浮かんだ。

 

 

 


 

 

 

再び、雨上がりの街角。

映画館を出た七海、虎杖、マダラは、今後の方針を話し合っていた。

 

「私はこの残穢を辿り、犯人のアジトを特定します」

 

七海が冷静に告げる。そして虎杖に向き直った。

 

「虎杖君は、現場にいたと思われる高校生……吉野順平に話を聞きに行ってください。重要参考人として保護する必要があります」

 

「分かった。任せてよナナミン」

 

「その呼び方はやめなさい。今度言ったらひっぱたきますよ」

 

七海はピシャリと言ってから、マダラを見た。

マダラは腕を組み、二人のやり取りを見ていたが、ふと口を開いた。

 

「オレもその小僧の方へ行くか? あるいは……」

 

マダラの言葉を遮るように、虎杖は反応した。

 

「いや! マダラさんはナナミンと行って! 絶対!」

 

「……あ? なぜだ」

 

マダラが眉を寄せる。戦力的に考えれば、手練れの七海よりも、未熟な虎杖の方にマダラがついた方が安全なはずだ。

しかし、虎杖は真剣な顔で指差した。

 

「だってマダラさん、顔も雰囲気もラスボスじゃん! 高校生、絶対ビビって話してくんないよ!」

 

「……」

 

場に沈黙が落ちた。

マダラの背後に、見えない怒りのオーラが揺らめく。

七海が小さく咳払いをした。

 

「……否定できませんね。マダラさんが同行すると、一般人への聞き込みが『尋問』になりかねません。威圧感が強すぎます」

 

「……フン」

 

 マダラは不服そうに鼻を鳴らした。

 

「いいだろう。……七海、案内しろ。元凶の顔を拝みに行くぞ」

 

「はい。気張っていきましょう」

 

こうしてチームは二手に分かれた。

 

 

 


 

地下水道。湿った空気と、腐敗臭が漂う暗闇。

七海とマダラが歩を進めると、奥から軽薄な声が響いた。

 

「やあ、いらっしゃい」

 

ツギハギだらけの青年——特級呪霊、真人がそこに立っていた。

 

「君たちが噂の術師?」

 

「……貴様か。人を弄ぶ外道は」

 

マダラが前に出る。

 

「消えろ」

 

——速い。

 

七海の目でも捉えきれない速度で、マダラが真人の懐に入る。道中にいた改造人間など、視界に入れるまでもなく最小限の動きで回避済みだ。

呪霊相手なら、縛りは関係ない。その拳は確実に真人の核を砕く——はずだった。

 

「おっと」

 

真人が口を大きく開ける。そこから吐き出されたのは、ボールのように丸められた数体の「改造人間」。

それらが瞬時に膨張し、マダラの拳の軌道上に肉の壁となって立ちはだかる。

 

——ピタリ。

 

再び、あの現象。マダラの拳が、改造人間の皮膚に触れる寸前で、強制的に停止した。

 

「……ッ!」

 

「あはは! やっぱり!」

 

真人が無邪気に笑う。

 

「君、これ壊せないんだ!」

 

マダラが硬直した、その一瞬の隙。真人の手が、マダラの胸へと伸びる。

無為転変。魂に触れ、形を変える必殺の術式。

 

「君も改造してあげるね」

 

真人の掌が、マダラの胸に触れた。その瞬間——。

 

「ギャッ……!?」

 

悲鳴を上げたのは、真人の方だった。

バヂヂヂッ! と、触れた掌が焼け焦げたように煙を上げる。

 

うちはマダラは異世界からの転生者(イレギュラー)である。

しかし、それは彼の魂の“異質さ”の一端にすぎない。

 

前世は大筒木インドラの転生者として生を受け、その死後、穢土転生・輪廻転生により蘇生。さらに、十尾を抜かれたことで二度目の死亡。

 

幾重にも塗り固められ、複雑怪奇に絡み合った因果と魂の質量。それは、特級呪霊・真人の無為転変の力を遥かに超えていた。

 

「な、なんだこれ……!? 混ざって……いや、積み重なって……!?」

 

真人は慌てて飛び退き、自身の腕を押さえる。魂の形を変えるどころではない。触れただけで、こちらの魂が圧し潰されかけた。

マダラは動じず、冷ややかに真人を見下ろす。

 

「オレの魂に触れるか。……身の程を知れ」

 

「ッ……!」

 

真人は警戒の色を強める。盾があれば攻撃はされない。だが、こちらも迂闊に触れればタダでは済まない。

ならば――。

 

「じゃあ、君はどうかな?」

 

真人の標的が、七海へと切り替わる。

 

「マダラさん、下がってください!」

 

七海が前に出る。マダラは舌打ちをし、バックステップで距離を取った。手出しができない以上、邪魔になるだけだ。

真人の腕が鞭のようにしなり、七海を襲う。

 

—7対3……!

 

七海が鉈で迎撃し、腕を切断する。だが、真人は痛みを感じる様子もなく、切断面からさらに肉を変化させ、七海の腹部へと手を伸ばした。

 

ペタリ。

 

掌が、七海の横腹に触れる。

 

「……!」

 

ドクン、と七海の心臓が跳ねた。死の感触。魂に直接干渉されるおぞましさ。

だが――体は弾けなかった。

 

「へぇ」

 

真人が感心したように声を上げる。

 

「魂を呪力で覆ったね? 無意識だろうけど」

 

七海はバックステップで距離を取り、冷や汗を拭う。腹部には手形の痣が残り、内側から焼かれるような痛みが走る。

 

——今のは、魂を守った……? いや、たまたまだ。次はこうはいかない。一度触れられただけでこれだ。二度、三度と触れられれば、確実に形を変えられる。

 

マダラは縛りで攻撃できない。物理攻撃は効かず、耐久戦は死を意味する。

 

——ここで祓うしかない。

 

七海は腕時計を見た。針は、18時を回ろうとしている。

 

「……これから先は、時間外労働です」

 

七海がネクタイを緩め、呪力を膨れ上がらせる。

 

——ほう……自らに枷を嵌め、それを解く反動で出力を底上げしたか。

 

マダラは目を細めた。七海から溢れるエネルギーの質が、明確に変化したのを感じ取ったからだ。

 

「速やかに終わらせましょう」

 

七海が跳躍する。

鉈に込められた呪力が、地下道の壁そのものを捉えた。

 

十劃呪法(とおかくじゅほう)瓦落瓦落(がらがら)』」

 

破壊された壁が崩落し、濁流と共に真人の頭上へ降り注ぐ。

広範囲の破壊による強制終了。

 

「っと、危ない危ない」

 

真人は瓦礫を躱しながら、楽しげに笑う。

触れられない魂を持つ男と、魂をガードできる手強い術師たち。

 

「いいデータが取れたよ。……また遊ぼうね」

 

真人は崩落の混乱に乗じて、排水溝の奥へと消えていった。

残されたのは、瓦礫に埋もれた哀れな死体たちと、鉈についた血を振るう七海。

そして、拳を握りしめ、ただ立ち尽くすことしかできなかったマダラ。

 

「……不便な身体だ」

 

地下水道の暗闇に、マダラの苛立ちを含んだ呟きが木霊した。

 





——1級術師・七海建人は語る。

現場への移動を急いでいたため、その場ではスルーしましたが。……虎杖君、注意した直後に私のこと「ナナミン」って呼びましたね?

初対面から数時間でニックネーム呼び。あのコミュニケーション能力の高さには驚かされますが、訂正するタイミングを完全に逸しました。

まあ、五条さんのふざけた絡みに比べれば、彼なりの親愛の情を感じるだけマシ……でしょうか。いや、やはり次は注意しましょう。



ちなみに……彼がマダラさんをどう呼ぶかについては、考えたくもありません。もし『マー君』などと口走った日には……横にいる私の胃に穴が空きそうですから。
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