「毎日生命線を彫刻刀で延ばしてる俺が死ぬわけないだろ」「手相以外の知識を捨てて来たのは分かりました」   作:遺書の切れ端

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高校3年6月07日 水曜日
試行錯誤を食べる蟻は百合


 

「さよならです、先輩。もう二度と来ないことを祈ります」

 

 文芸部のドアに手をかけて先輩に侮蔑の目を向けて宣告する。

 

「それ平日毎日聞いてるんだけど、壊れかけかよ」

 

「早く思春期から大人になってください」

 

 文芸部のドアを閉めて西棟の廊下から靴箱への道を歩きながら、ついつい後ろを何度か振り向いて歩いてきた長い廊下を確認してしまう。

 

(こんな遠くへ追いやられた部室で先輩は一人で今何してるんでしょうね)

 

(破られたなら怒ってもいいと思う)

 

(酷い事を言われたら悲しんでもいいと思う)

 

(無理な命令をされたら拒否してもいいと思う)

 

 私の中では疑問が止まらない日々、そんな理解出来ない言動への憂いが溜まる。

 

(切り替えよう、私には関係ない)

 

 

──あの人はもう卒業するのだから

 

 

 それまでの関係、そう自分へ言い聞かせて昇降口へ足を向け直した。

 

 一緒に私の家に不法侵入してきたクラスメイトを思い出す、第一印象は決して良くないものでは無かった。

 

 中井さんは誰にでも明るく分け(へだ)てなく接してくれていて、顔も性格も良い、教室で人気者。

 

(天上人と言えるような人だった気がします)

 

 今ではそれが返上されるどころかブラックリストに入っているような有様ですが……。

 

 家に押し掛けて以降ずっと中井さんの様子がおかしい、というより情緒が見るからにヤバいです。ずっと授業中も昼休みもブツブツと一人で喋ってる。

 

 誰も話しかけなくなった現状に、私は一度心配して声を掛けたのを激しく後悔した。

 

 

今やり取りを思い返してみても──

 

 

 

 

 

 

 昼休みのチャイムが教室内に鳴り響き、私は数日間ずっと気になっていた中井さんを、爆弾処理班のごとく恐る恐る距離を図りながら様子を見ていた。

 

(ちょっと前までは人だかりが出来ていたんですがね……)

 

 そんなことを(つゆ)にも思えない姿勢で相変わらず何かに憑りつかれてるように考えている。

 

(あれに今から私は近づくんですかね?)

 

 防犯観念を含めての動機調査と私の知らない先輩を知っている可能性、色々と考えていると放置は良くないですよね。これも全て言い訳かもしれません、でも、

 

「……GPSの時も何故触れられた?抱きつける?克服した?何故ドアを壊さ「あのー、大丈夫ですか?中井さん」

 

(あ、まだ昼休みなのに家に帰りたいです)

 

 中井さんの目の焦点がこちらに合わせられる。どうやら他の人とは違い、無視はされませんでした、それはそれで困りますね。

 

 心配していたのは大義名分欲しさだけで、私はやった感の自己満足で終わりたいだけの、

 

(嫌なんですよ)

 

「アオイさんはどうしてドアを壊さなかったと思われますか?」

 

(私の家の話ですかね)

 

 それしか特に接点がありませんし、誠実に応えれば許してもらえるはずです。

 

 

──そもそも怒ってるのでしょうか?

 

 

 嫌な、その先の気配を感じ取り言葉を慎重に取捨選択する。

 

「自宅のドアを壊されたら困るのですが……そもそもアオイって誰ですかね……?」

 

 おずおずと恐れ入りますと返事を献上してみます、大丈夫です。無難に終わらせられます。

 

「そうなると、なるほど。これは確信が欲しいですね、そうですか」

 

 目つきがおかしい。何故か笑ってる口元といい、もう帰りたい気持ちで心中が埋まってます。文芸部で(つちか)った危機察知能力が黄色信号を示唆(しさ)してますのでここはさっさと帰還しましょう。

 

「げ、元気になったみたいで良かったです、では!お元気で」

 

 その場から離れようとした瞬間、中井さんの手が私の腕を掴んだ。

 

 黄色信号は気づいたら一気に真っ赤に燃え上がっていた。

 

「今度、文芸部にお邪魔させていただきます」

 

(邪魔するなら来ないでくれませんかね……)

 

 顔だけが私の知っていた時の中井さんに戻って来ましたが、この愛想の良い顔も前後の出来事次第では意味合いが変わりますよね。

 

(そもそも今度っていつの話なんでしょう?)

 

(それまでビクビクして過ごせと?)

 

 中井さんの目的は十中八九私では無いです、大人しく贖罪の山羊(スケープゴート)を差し出しましょう。先輩を守る義理なんて無いですし。

 

「わかりました!中井さんが来る日は予定を作っときますので!!日時指定してもらえればすぐ二人きりにさせます!させてみせます!」

 

 死地に足を踏み入れたくは無いです、私は新人衛生兵さながらに上司の理不尽な命令を遂行するつもりで威勢良く返事して帰り、たいんですが、腕が離されませんね……。ジュネーブ条約で衛生兵に攻撃してはいけないと明確に定められているんですけど……?

 

「ありがとう、貴音ちゃん。恥ずかしいからここでの会話は先輩に言わないでね?」

 

「全部忘れました」

 

 念を押すように私の腕を掴む力が強くなったとかも覚えてません。

 

(おかしいですね、ここは文芸部じゃないんですけど、(なん)で腕が痛いんですかね)

 

 

 

 

 

 

(絶対に私は被害者です、今思えば先輩がモテてる時点で厄介事なのは確定していたんですよね)

 

 渡り廊下の窓から差し込む夕暮れに晒されながら警戒心が(おろそ)かになっていたのを反省する。

 

(顔は悪くないんですが、それ以外が悪質過ぎて目に余る通り越して良い面が目に入らないんですよね、元から無いのかもしれません)

 

 そして抱きつかれた時の凄く嫌そうな顔、私より嫌そうなのは本当に失礼です。

 

 キ、口づ……接吻の時もお互いにほぼ同時に拭いていた、ならしなければいいと率直に感じますが。

 

(先輩の行動理念が私の理解の範疇(はんちゅう)に存在していない)

 

「はぁ……」

 

 何故振り回されてしまうんだろう、こんなに迷惑で邪魔で憎くて心地良い、どうせまたこの道に来てしまう。やはり定期カウンセリングは大事ですよね。

 

「アオイ……」

 

 色?人?なんでしょうか?

 

 私は決して先輩に夢中になってはいない、ただ先輩が見ている『なにか』に夢中になっている、気になっているだけ、それが悔しい。

 

 漫画の1巻目を開いたような、理解の乏しさ、これからへの期待、この好奇心は私を殺すかもしれない。

 

「でも、そこに漫画があるなら読まないなんて選べませんよね普通」

 

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