「毎日生命線を彫刻刀で延ばしてる俺が死ぬわけないだろ」「手相以外の知識を捨てて来たのは分かりました」 作:遺書の切れ端
翠の臓物は痕が残らない
(いっそ天体観測でも始めるか?)
適当に自室で寛ぎながら、そんなことを思う。膨大な時間の浪費の仕方に悩みながら、緩やかに無駄な1日を積み重ねて
(望遠鏡……っと、1万前後か)
スマホでネットショップの空欄に入れてみたが安いな。肉眼でも星は見えたり見えなかったりするから、あと一押し要因が欲しい。
(そもそも星は見られたがっているのだろうか)
勝手に見つけられたら名前もつけられて、探索もされて、俺が星だったら親と勘違いするね。
「兄!ゴキブリ!!」
そして勝手に自室を探索してくる妹も居る、プライバシーは死んだのだろうか。妹の……
「ついに我が家は俺をゴキブリ扱いし出したのか……」
とにかく
「違うって!リビングのエアコンの上!!」
大体の黒光生命体は室外機とエアコンを架け橋にしてやってくると聞いた。暑くなってきたしな\ジメジメした所が好き/とカサカサして楽しんでそう。
「もう居ないから気にすんな」
逃げ足が速いのでもう居ないだろう。俺は来るものは拒まず、去る者は追わず。これがソシャゲのギルドのよくある鉄則だ、皆が皆同じ熱量でプレイしていない、トップはノルマが有って回転率が凄いけど。あのギスギスノルマ会議の最中に追放されそうだったから『どのキャラから生まれたい?』と議論がすり替えてなんとか生き延びたのも記憶に新しい。
「それ見えないだけで潜在的に居るからね!?」
世の中の善悪みたいな話をされた、だがここで負けたらいけない、何故なら望遠鏡がまだ届いてないから。見つからないからと存在すら否定されるのか。
「いったいゴキブリも俺も お前に何をしたんだよ」
害虫だって生きるのに必死なんだ、俺だって見かけたら殺すのに必死になる。
「なんで肩持ってるの!!はいスプレー!殺っちゃってきて!」
こういう時にしか頼られないのが兄という存在らしい、主に雑用が仕事である、もちろんサービス残業。
*
やはりエアコン周りで姿は確認されない、いちよう柊によくする追い打ちを発動しとく。
(しゅー)
逃げ出す気配が無いということは
「出てこない、虫と共存しよう」
俺は妹に降伏の勧告を
「バルサン持ってきたよ!」
殺意が高い、争った相手を根絶やしにするタイプだ、ならばその殺意に応えよう。
「今6時で父と母は8時頃だから、ギリだな」
バルサン作動からの換気までの時間を計算する。共働きだった気もしなくもない、母は数時間前に居て出かけた可能性もある。家族の生活リズムが把握出来てない兄はお嫌いですか?俺は嫌いだ、つまり自分が嫌いだ、そして嫌われてる自分を愛そう。
「焚こうよ、このままだと寝れないし!」
うちの妹は殺意の衝動が抑えきれないらしい。
「リビングで寝ないだろ」
「正論うざー」
妹がバルサンを抱えながら舌を軽く出して『ゔぇー』と抗議してくる、正しさはいつも責められる。悲しいよ。さて、人間らしく世論に流されるか。
「とっとと食べ物を廊下に出して、焚いて、換気まで帰ってくる前に終わらせるぞ」
1時間作動して1時間換気で行くか、煙タイプのバルサンだと2、3時間必要だが水タイプなら短めで早い、ただ効果は煙の方が高い。ゴキブリでは無いので本当なのかは知らないが。
「冷蔵庫はいいんだよね?」
「まあ平気じゃね、俺そこから食べないからどうでもいいや」
人ん家の冷蔵庫を開けるのは勇気が必要、自分の家の冷蔵庫には勇気以上の理由が必要。リビングに久しぶりに踏み入れた、別に出禁ではない。似たようなもんだ。
「えー、家族で囲んで食べようよー。もう今暇なんでしょー?」
(天体観測してる人が全員暇だと思っているのか?まだ始めてないけど)
望遠鏡を覗き込みたくて目がうずうずしてるぜ。
「母の日でギリだったわ」
カーネーションを渡した日を思い出す、妹と一緒に渡して逃げようと思ったが、せっかく買ったのでもったいない気がした。
(意味はある。無いよりかはある)
帰巣本能とサンクコスト、親だけじゃなく子供も親に辞められない感情。
「マジ? 結構いつも通りに見えてたよ?」
いつも通りじゃない行動をしてるのに、いつも通りに見えるのはいつも通りでは無いのだ。
(ゲシュタルト崩壊しそう、ゲシュタルト組立しないと)
「その生温かい視線含めて辛いわ。いっそ家から閉め出してくれねえかなあぁ」
「はいはい、さっさと焚くんでしょ、運んで運んでー」
端的に感情は流されて急かされる、運ぼう。引っ越しセンターになるぞ、なろうなろう理想になろう、明日なんて平等に来ると思うな。
「兄使い荒いな、どっかの後輩思い出した」
「口より手ー」
このあと無茶苦茶手を動かした。
「この虫の名前を聞くだけで嫌な人も居ますよね、配慮とかないんですかね?」
「序盤に暴力事件スタートダッシュ決めてるのに今更ゴキブリが嫌な人居るか?」
「確かに先輩が平気なのに虫が平気じゃない人なんて居ませんよね」
「言葉のバルサンじゃん」
「この程度で死んでくれないじゃないですか」