「毎日生命線を彫刻刀で延ばしてる俺が死ぬわけないだろ」「手相以外の知識を捨てて来たのは分かりました」   作:遺書の切れ端

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高校3年6月12日 月曜日
週3誘拐


 

 天気予報が俺に雨と囁いてくれて、傘を確かに持ってきていた。

 

(それにも(かかわ)らず、傘立てからマイ傘が消えている)

 

 学校前のコンビニにちょっと入っている間に、ひどい。きっと、ここの治安維持は機能はしていないんだ……だから俺も他人から奪って郷に従おう。

 

「ふむ、こいつでいいや」

 

 とりあえず1番新しそうなのを選んだ、どうせ盗むなら駄菓子屋より銀行の方が効率が良い。

 

「それ私のなんだけど」

 

「ごめん、間違えた。よくあるよね、あるある」

 

 謝罪に対しての早さは持ち合わせているが謝罪の誠実さは忘れてきた。イーブン。ドロー再試合。

 

「『これでいいや』とか言ってたわよね?一言くらい謝れないの?」

 

(第一声目が謝罪だったのに……耳だけ お経を書きわすれたのだろうか、馬耳の方かもしれない)

 

「濡れて帰りたくなかった!誠に反省してるよ、マジ誠」

 

 雨粒達も小さく跳ねて俺を応援してない。薄情者達よ。

 

「正直に言っても駄目なものは駄目だから」

 

 あとは弁護士とかに相談して欲しい、加害者と被害者が話してても百合カップルと同じく生産性が無いとか前時代思考になっちゃうよ。

 

「どうしたら解放してくれる?しかし まわりこまれまくってるんだけど」

 

「はぁ?私 別にボス戦じゃないし」

 

「じゃあ逃げる、あばよ」

 

「待ちなさい、美咲とはどういう関係なの?」

 

「誰だよ美咲って」

 

「アンタ嘘しか吐けないの?ベーカリーで会ったでしょ……?」

 

(確かに二人居たような気がするが、いくら思い返してもパンの味しか思い出せない、パン以下の印象の分際で話しかけるなよ)

 

「同じ学校の人、それ以上でもない。それ以下はあるかもしれん」

 

「なるほどね。で、いつになったら私の傘を手放すの?」

 

「……」

 

「……」

 

 お互いに竜王戦並の沈黙、この例えを使ってみたかった。将棋のルールは知らないけど黙る時間が長くなるほど真剣に物事に打ち込めるのは素晴らしい、俺もワクワクを思い出そう。

 

「こうなったらビーチフラッグで蹴りを着けるしかねえな……」

 

 けりをつけるの『けり』は蹴りではなくて、和歌や俳句の『~~けり』の終わらせる意味の方らしい。ただこの場合は蹴りたいので合っている。

 

「何でそうなったの!? ビーチもフラッグも無いし……そもそも私がそんな馬鹿な真似する訳ないじゃない……」

 

「はぁ……負けるのが怖いのか?いいんだぞ、幼少期に海で溺れて人魚に助けられた話をしても」

 

 砂漠に取り残された会社員を見るような目で煽る。

 

「そういう問題じゃないから」

 

 ()えて傘を地面に投げる。

 

「ほら(ほどこ)しの傘やるよ、良かったねー濡れないねー」

 

「っ!元々私のだし!!いいわよ!負けた方が死になさいよ!」

 

 煽り耐性が無さすぎる、心配だ。

 

(誘拐とか週3回でされてない?身代金足りてる?)

 

「いいだろう、そこまで言うならやってやるよ。コンビニのトイレ前からスタートな」

 

 雑誌の中でも手前はポピュラーな(たぐい)、奥の方は実在すら分からない都市伝説生物まみれの棚、そこからのスタート。その真横のトイレだけ使って何も買わないのとビーチフラッグする客ならどちらが店員は嬉しいのだろうか。

 

「店員に怒られない?」

 

 何を馬鹿なことを。

 

「ここの店員は西高校の制服を注意しないぞ?」

 

 西高の治安を舐めるな。

 

「周知の底辺民度で恥ずかしくないの???」

 

「そんなヤツはうちの高校選ばねえよ」

 

「それもそうね……って私、東高なんだけど注意されるわよね?」

 

 っち、誰の許可を得て脳みそを回転させてやがる。だが気づいたところで遅い。

 

「もう既に勝負は始まってるんだよ」

 

 お互いにトイレの前まで着いた。

 

「これだからウェストの卑怯者は……」

 

「ええーwまさか名門東高校の生徒が西高前のコンビニでビーチフラッグしないよなww」

 

 時代が時代なら軍師になっている、民衆はついてこなそう。指揮系統が戦う前に負けて終わるか。

 

「くっ……! で、でもフラッグじゃなくてアンブレラだし!セーフよ!」

 

「なんでもありかよ」

 

「それで!スタートの合図は?」

 

 スタンディングスタートのフォームを取るパン以下、こっちはクラウチングスタートで対抗するか?

 

(えっマジでやるの、恥ずかしい、日和ってきた)

 

「次に客が入ってきたらと思ってたけどさ……やるよ。もうビニール傘買うわ」

 

「は?逃げる気?」

 

 睨んでくるパン、戦闘準備が出来ていただけに肩透かしを食らったらしい。パンなのに食らう方なの草。フォームを崩して向き合ってくる辺り本当に分かってないな。

 

「だって、恥ずかしいじゃん。傘一本程度で駆けっこって……プリティーダービーかよ」

 

 その時を待つ。

 

「ぷ、ぷりてぃー?」

 

「らっしゃいませ」

 

 客が入った瞬間、

 

 

──俺は全力で走った。

 

 

「なっ!」

 

 自動ドアの前で勝利宣言をする。

 

「合図は伝えたから お前の負けーw」

 

「ノーカンよ!!ふざけんな!傘返せ!泥棒!」

 

「ビニール買っとけw雨で体温下がってるからレジ前のホットスナックも本日オススメw!動いて無い身体を温めとけw」

 

「美咲に言って株を落としてやるから!!」

 

「これ以上何も失いませーんwじゃあな!ビニール傘予定女!」

 

「ムカつく!!!!!!」

 

「心地良いな!人の傘は!!!」

 

 俺は自動ドアの前で草パンを煽りまくったが、やはり店員には注意されない。西高は終わってるな。

 

 

 

 

 俺は濡れてない身体で手洗いうがいを済ませてリビングへ家宅捜索しに行く。殺人事件の日は雨になりがち、証拠が流れやすいから大抵の未解決事件は雨の日。

 

「あっ兄おかえりー」

 

 リビングのドアを開ける音に反応した世恋が、顔だけひょこっと出してソファから寝っ転がりながら一瞥(いちべつ)してきた。

 

「なんで俺の傘が玄関にあるんだ? 犯人はこの中に居る」

 

(じっちゃんの魂を賭けるぜ)

 

「コンビニに兄の傘あったから借りちゃったーありがと」

 

 ソファでだらけながらスマホを見てる妹は悪気が無い風に応えた、こいつかよ。ばっちゃんも賭けよう。

 

「お前のせいで東高校での俺の悪評がまた増えただろ」

 

「無難に終わる人生よりマシ!がんば!」

 

 涼しい顔で無邪気に適当な返事だ。本当に俺の妹なんだろうか? 少しは兄の品行方正(ひんこうほうせい)さを見習え。

 

「傘の持ち主は東校生徒らしいんだけど、知り合い居る?」

 

 妹は『んー』と考えながら、じゃなくてスマホで動画を見ているな。こっちは動画の合間らしい。

 

「塾に何人か居るー」

 

 妹が学習塾に通ってるのは初耳。本当に家族に興味ねえや。

 

「玄関に西藤家に相応しくないブランド傘があるから返しといてくれ」

 

 高そうな見た目だから、もし形見とかなら闇討ちされそうだ。こうなったらもう闇を消すしかない。

 

「まいねえむいず?」

 

 正しくない英語だが妹を責められるほどに自分も正しくなかった。

 

「名前は贅沢品だからな」

 

「兄さー、そういうところあるよねー、あほー」

 

 美咲さんに聞きに行くという手段、もしくは美咲に丸投げするのも有るがそんなに会いたくない相手だ。そう言えばコタツをそろそろ文芸部にぶち込まれそうだから、その時でいいか。いちよう解決策を提示する。それが大人、英語にするとアダルトマン。

 

「今日から お前の傘だ」

 

 最適解を出した、実に面白い。ででででーんででででーん、窃盗と冤罪の螺旋(らせん)

 

「盗品を押し付けないの! 私知らなーい、いち抜けた!」

 

 抜けられたらしょうがない、隠蔽工作を始めよう。隠蔽工作はじめました。

 

「バレないように家に眠らしとくか」

 

 子守唄は任せろ。

 

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