「ね、どこか行こうよ」
 
 三冠を目前に、ミスターシービーはそう言った。
 菊の開花を待ち侘びる京都にて、トレーナーは彼女の気ままな足取りを追いかける。
 いつも通りの、けれどほんの少し特別な逢瀬が二人を待っていた。


※2024/10/20 プリステ38Rにて頒布された合同誌「天高く馬肥ゆる秋」にて寄稿した短編小説になります。

 



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叙情、旅情、菊蕾

 

 

「ね、どこか行こうよ」

 

 十一月。晩秋の冷たい風がはらりと葉を落とし始めた頃。京都七条、JR京都駅付近。トゥインクル・シリーズに出場するウマ娘のために用意された、URAが運営する宿にチェックイン。隣の部屋から入ってきたミスターシービーが声をかけると、彼女のトレーナーは荷解きの手を進めつつ、彼女の方を向いた。

 

「一応聞いておくんだけどさ」

「うん」

「今日一日休養に充てるつもりは?」

「ない!」

 

 シービーは当然と言わんばかりに言い切った。開口一番の言は提案ではなく決定事項だった。昨日まで菊花賞に向けた追い込みのトレーニングを行い、今日は東京から京都に前日入りしたのだ。本来トレーナーとしては休養させるべきではあるのだが。

 

「わかった、行こうか」

「そうこなくっちゃ」

 

 流石に自分の身体のことはシービーとて理解しているはずだし、何より彼女の在るが儘を縛るつもりもなかった彼は二つ返事で応じた。

 

「……でも、珍しいな。君なら俺に言う前に出かけていると思っていたけれど」

「まあね。きっと他の日ならそんなこともあると思うけど──、」

 

 そう言って言葉を切る。彼女の翠玉色の瞳は小首を傾げる彼を写していた。

 

「ふふ、せっかくだからさ。今日はここでやろうよ。行き先当てクイズ」

「え」

 

 彼のキャリーバッグにかけていた手が止まる。呆気にとられた彼を見て、ミスターシービーはいたずらっぽく笑った。

 

***

 

『……はははっ! それ、面白いね! うん、じゃあ当ててみてよ!』

『よし、わかった!』

 

 トレーナーがミスターシービーと契約を結んだのが今から一年と半年ほど前。それから数日ほど経った頃。彼女という人物の考えを理解する為に、休日に出会ったシービーの行き先を当ててみようと考え、彼女を連れて各地を歩いた日があった。結末としてはまったく当たらなかったが、そんな出来事を面白がったシービーが極稀にその日の自分の目的地を当ててみせるよう彼を試すようになったのだった。

 

「さて、じゃあ出発しよっか」

 

 今日はどこに連れて行ってくれるのかな? と、トレーナーを責っ付くシービー。秋も深まり初秋と比べてずいぶんと涼しい季節となったが、京都市街地は年中人の行き来が多い。そんな場所に既にクラシック戦線も二冠を達成し、一躍時のウマ娘となったミスターシービーの姿など、目撃されようものならば、すぐにでも噂が広まって、行き先当てクイズどころではなくなる。そんな懸念回避のための変装のつもりか、それともただそんな気分だったのか、彼女は普段の私服と合わせてレンズが少し大きなラウンドフレームの伊達メガネを掛け、普段使いとは別の帽子を被っていた。とはいえミスターシービーというウマ娘から放たれる隠しきれないオーラは健在のようで、即バレとはいかないものの、時たま通行人の視線を引いていた。

 

「うーん、そうだな……」

 

 トレーナーはスマホで地図アプリを開き周囲の情報を調べ、思案する。彼らが今いるのは京都駅中央口前。画面の右上の時間は正午を示していた。まずは近場から攻めてみることにしよう。そう結論付けたトレーナーは、周りを見回しているシービーを見た。

 

「とりあえず、ご飯にしようか。リクエストはある?」

「んー……じゃ、せっかくだし和食が食べたい気分かな。サクサクの天ぷらの定食なんか食べられたら最高だね」

「なるほどね。じゃあそれで行こうか」

 

 そんな会話をしながら二人は中央口を横切り、横断歩道を渡る。それから碁盤の目のように建つビル郡を通り過ぎ、大通りを挟んで対面側にある大きな家電量販店のある通りを進むと東本願寺の外縁の見える七条通に出る。居酒屋や中華料理店、焼肉店などが並ぶ道を進んでいくと、やがて彼女のリクエストを満たせそうな店を見つけたので寄っていくことにした。

 店内に入りカウンター席裏のキッチンから店員に促され、奥のテーブル席に着くと、それぞれ料理を注文した。

 

 さて、本題に戻る。トレーナーはミスターシービーからの「問題」について考えを巡らせていた。思えば彼女と契約してずいぶんと経った。自由奔放な彼女に着いていく毎日を過ごしていく内に、少しずつ彼女の価値観や考えを理解できるようになってきた気がしている。けれども気まぐれな彼女の行き先が一〇〇パーセントわかるかというとそうでもない。もとより空を飛ぶ鳥が次に留まる枝を言い当てるようなものだ。それをバカ正直に行おうとしている自分はその鳥が飛ぶ姿にどうしようもなく魅せられているらしい。ともかく今回も行けるところまで行ってみよう──。そんなことをトレーナーが考えていると、注文していた料理がテーブルに並んだ。

 

 端的に説明すると日替わりの天ぷらとアサリが入った味噌汁にご飯。漬物と天つゆがついた定食だ。揚げたての天ぷらが二回に分けて提供され、前半は旬の魚に蓮根、ちくわの磯部天に獅子唐が並ぶ。

 その後しばらくしてかしわに海老天が二尾、さつま芋といった定番の天ぷらが運ばれてくる。ここまで提供されても千円に届かない程度と手頃な価格帯だったのは関東に住む人間としては意外に感じた。東京で同じようなものを頼めば半額以上は高いのではないかと思わなくもない。

 

「お、のり天いくらのカナッペだってさ。気になるね」

 

 と、シービーが目を付けたように変わり種のメニューもいくつかあるらしい。偶然見つけた場所だがここも「クイズ」の答えになるのではないか──?

 という話をいつの間にかカナッペを頬張っているシービーに振ってみる。

 

「ほん? うん、そうだね、天ぷらもサクサクでジューシーだったし、まさしく丁度追い求めた天ぷらって感じ! レースが終わったらまたここに行くのもいいかもね」

「ということは……?」

「答えはハズレだけどね~」

 

 トレーナーは脱力する。一発で当てようと思ったんだけどな、と呟く彼を見てシービーは笑った。

「アハハッ、でも、いい線は行ってたと思うよ? でも、まだ足りない(、、、、、、)かな?」

「足りない?」

「ふふ、じゃあヒント。今アタシはご飯も食べたし……少し動きたい気分かも?」

「……! じゃあ、ここなんてどうかな?」

 

 そう言って会計を済ませると、トレーナーはシービーを思い当たる場所へと連れて行った。

 

***

 

 先程までの道のりをそのまま進み、大きな横断歩道を二回ほど渡ると大宮通と交差する場所に出る。そして八条通のある方へと進むと花水木の街路樹が並びはじめ、そこから遊歩道を進むとやがて梅小路公園にたどり着く。

 公園に入ると芝生が広がる広場でレジャーを過ごす人々や京都水族館を目当てに来た観光客の姿が目に入る。案内板には園内地図の他に季節に合わせて紅葉のイベントが告知されていた。

「へえ、広くて開放的な場所だね。散歩するのに良いチョイスかも。水族館も気になるし後で観に行きたいな」

「辺りを見回ってみる?」

「うん、そうしようかな」

 そんなことを話しながら二人は遊歩道を歩きはじめた。周囲では丁度イルカショーの公演を行っていたのか、ときおり水族館からアナウンスの声が聞こえたり、ランニングしている地域のウマ娘や人々が二人とすれ違ったりした。

 途中ビオトープとして形成されている森を沿うように小道を通ると、木漏れ日が差し込むランニングコースに繋がる。付近では小川が静かに流れ、その先では子どもたちが水遊びをしていたり、テントを持ち込んでミニキャンプを行っている人もいた。

 

「良いところだね。あそこなんか紅葉がたくさん植わってて綺麗だ。お? めずらしい、蒸気機関車が走ってる。やっほー」

 

 ランニングコースの外側の方から、近くの博物館から発車したSLが通り過ぎる。乗車していた子どもにミスターシービーが手を振っている。幸い、子どもは彼女の正体に気づいていないようで、無邪気に手を振り返している。そんな様子を見てどうか周りに気づかれませんように──とトレーナーは密かに祈った。

 

 森林のコースを抜けると先ほどの遊歩道に戻る。周りは小さな遊具場や園内喫茶店などがあり、それなりに賑わっていた。

 とはいえ時刻も十五時を回ったころで、冷たく澄んだ秋の空気もやわらかな物静かな色へと変わっていく心地がしていた。

 

「お、ねね、あそこ、ここの庭園があるんだってさ」

 

 シービーが指さしたのは「朱雀の庭」と書かれた有料庭園の入口だった。ちょうど案内板で紅葉のイベントが告知されていたエリアだった。

気になるのかと思いトレーナーが「行ってみる?」と問うが、彼女は「うーん、そうだな……」と少し考える素振りを見せ、「いや、いいかな」と答えた。

 

「紅葉は気になるけどね。まだ今じゃないから(、、、、、、、、、)さ」

「まだ……?」

 

 彼女の言葉に小首を傾げるトレーナー。それを余所にミスターシービーは「そろそろ水族館行ってみようか」と彼の手を取ると、そのまま遊歩道に戻って京都水族館へと入っていくのだった。

 

 ***

 

 

 入ってすぐのチケット売り場へ向かい、大人用と高校生用のチケットを購入する。トレセン学園の学生証を提示したときに受付のスタッフが一瞬動揺する素振りを見せたが、平静を装って二人を誘導したことで事なきを得た。十一月の土曜日は三ヶ月ほど前の夏休みシーズンと比べて混雑していない様子だが、客足はそこそこにいるようだった。

 そのまま入場ゲートを通り、進んで行くと冷暗な空気と共に、川辺の環境を再現した水槽が二人を迎えた。

 

「キミがオオサンショウウオか。……おや?…アハハ! キミたち伸し掛かりあって岩みたいになってる! お、キミは流木みたいな姿勢だねえ。小の字の模様があるしこのパネルの子かな?」

「やたら端っこに集まってるな……。おしくら饅頭でもしてるみたいだ」

「確かにぽいね。重くないのかな? 一番下の子」

 

 二人の眼の前ではオオサンショウウオが座布団のように何匹も重なっている。夜行性で日中は集まって暗がりでじっとする習性故の現象なのだという。

 

「あ、オオサンショウウオと背くらべだって。161cm……エースとどっちが高いのかな」

 

 巨大なオオサンショウウオのぬいぐるみを縦に立て、その横に身長の示す看板が置かれている。ミスターシービーはぬいぐるみの横に立って言った。

 

「君と同じくらいだし彼女の方が高いんじゃないか?」

「それもそっか。次は……オットセイだってさ。観に行こうよ」

 

 誘導パネルに従い屋外エリアへ。岩の隙間のような飾りをあしらった大きなアクリルの水槽はオットセイを下から覗き込むことのできる作りになっており、奥には円柱状の水槽と大きな水槽がつながった形の水槽でアザラシがぷかぷかと浮かんでいた。

 その側には売店が経営されており、備え付けられたテラス席に座った人々がそこで買った食べ物を口にしている。

 

「ふぅん、オオサンショウウオアイス……ちょっと気になるかも」

「この時期にアイス?」

「この時期にこそだよ。寒くてもコタツの中でアイス食べたりするでしょ? まあまだ十一月だし出すには早いけどね~」

 

 再び屋内に入ると海洋生物を展示していた大水槽のエリアが広がる。特徴的な帽子で有名な魚類学者が採集した京都の海の魚が静かに泳いでいた。扇状にぐるりと進むと再び外に出る。道なりにスロープを進んでいくと────

 

「あっ、ペンギン! ……あの子ちょっとルドルフに似てない?」

「コウテイペンギンじゃなくてケープペンギンだけどね」

「でもなんか堂々としてる感じとかそれっぽくない?」

「言われてみれば……?」

 

 そんな会話を余所に推定シンボリケープペンギンは妙なオーラを放ちながらプールに飛び込んでいった。きっと群れの未来のボスになるかもしれない。そんな風格であった。

 再び屋内に入るとそこかしこでクラゲが泳ぐ水槽が広がっていた。

 

「ここがクラゲワンダー……それとクラゲ研究部だって。こんなに小さいのがここまで大きくなるんだ。夏合宿のところの海にもこんなクラゲがいたのかな」

「そういえばあっちで流れ着いたカツオノエボシをゴールドシップが踏んづけてひどい目にあっていたな」

「うわ、痛そう~」

 

 斯様な調子でシービーとトレーナーは展示を見回っていく。と、とうとう終点のショップコーナーへとたどり着くのだった。

 

「アッハハ! この子すごく大きいね。持って帰ってお土産にしちゃおっかな」

 

 身の丈ほどもあるオオサンショウウオのぬいぐるみを抱えると、ミスターシービーは会計を済ませた。

 ショップコーナーを出た頃には時計はまだ十七時を指しているというのに、西日が街並みの彼方に落ち、冷やかな秋風が立っていた。 

 

「ふう、楽しかったね。どの展示も綺麗で面白かったし、何よりこんなお土産も買っちゃったし」

 

そう言ってシービーは買い物袋を少し上げる。オオサンショウウオのぬいぐるみは大きさのあまり持ち帰り用の袋からはみ出してつぶらな瞳で顔を出していた。そんな彼女の様子を見てトレーナーは手応えを感じる。彼から見て彼女も楽しんでいるようだったし、きっと今度こそシービーのお眼鏡に叶うのではないか? と半ば確信する。

 

「正解はここだった?」

「ふふ……ファイナルアンサー?」

「……ファイナルアンサー!」

 

 彼女の問いにトレーナーは自信を持って答える。彼の返答を聞くとシービーはほんの少し間を置いたあと、「……ざーんねん♪」と返すのだった。

 

「ま、また外した……」

「あははっ、でも楽しかったのは間違いないよ? いつもなら正解を挙げてもよかったかもね」

 

「いつもなら?」と不思議そうに問うトレーナー。ミスターシービーはそれに答えず、蠱惑的に笑った。

 

「じゃ、答え合わせ、しよっか」

 

 そう言って彼女は彼の手を引くのだった。

 

 ***

 

 午後十七時三十分。京都駅近くのショッピングビル。その一角。ミスターシービーに手を引かれるまま着いて行った先には色彩豊かな着物が並ぶ店があった。

 

「……ここは?」

「まあ見てて。あ、すみませーん、この時間に予約したミスターシービーなんだけど……」

「予約……?」

 

 怪訝な顔を浮かべるトレーナーを余所にシービーは応対する店員と何言か話す。

 そしてしばらくすると彼女は「ほら、行こ?」と言って店の中へと入っていく。トレーナーも言われるままに入ると、店内の色鮮やかな錦の色彩が彼の視界を埋め尽くした。

 

「着物のお店?」

「……の、レンタル店。流石に勝負服でもないのに実家から着物は持ってこれないからね。でもこういうのも悪くないよ。じゃ、店員さん。この人の分もよろしく」

「かしこまりました」

「ゑ」

 

 硬直するトレーナーを両隣からぬるりと店員が数人現れる。そして彼の身を固めると、そのままズルズルと試着用の一室へと連れて行く。

 

「ちょ、え、何!? 誰!?」

「着付け師です」

「なんで着物持ってるんです!?」

「あなたに着せるからです」

「訳が分からない……っ!? た、たすけてシービー!!」

 

 うわああぁぁぁ……と動揺の余り悲鳴を上げて消えていくトレーナー。それを見送ったミスターシービーは何事もなかったかのようにウィンドウに並ぶ着物を選ぶのであった。

 

 それから一時間半後。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………。な、なんだったんだ」

 

 試着室からよろよろと出て、来客用の丸椅子に座るトレーナー。その様子とは裏腹に藍鼠色の着物はきっちりと身につけている。あの着付け師集団の賜物によるものである。買い物袋から顔を出すオオサンショウウオも彼の姿を見てその丸い瞳をきらきらと光らせていた。

 

「というかシービーはなんで僕にこれを……?」

「お、いいね。似合ってる。やっぱりアタシが見込んだ通りだ」

「シービー? なんで急に着物なん、か……、」

 

 そんな彼女の声を聞き、振り返ったトレーナーの言葉は尻すぼみに、立ち上がろうとした足はロボットダンスのようにぎこちなくなっていった。

 

「どう?」

 

 彼の目の前には当然の如くミスターシービーの姿があった。見慣れた担当ウマ娘。しかし先ほどまでの私服から打って変わり、質の良い墨色の生地に、夕焼けのような楓柄をあしらえた着物に、紅白の牡丹の帯をリボン結びにして着付けている。彼女の絹のような黒鹿毛の長髪にはトレードマークの小さなハットの他に二輪の薔薇の簪が飾られていた。

 

「……っ、その、すごく綺麗だよ」

「ありがと。びっくりしたでしょ?」

「そりゃ、まあね。……それで、ここがシービーの行きたかった所?」

「ん? ううん。違うよ。正解は今から行くところだね。着いてきて」

 

 あ、この傘借りるね、と店員に告げたあと、ミスターシービーは和傘を持ってトレーナーを連れて再び京都の空に出るのだった。

 

 ***

 

彼の前を歩く彼女の履く下駄がからころと小刻みに石畳を叩く。跳ねるように、戯れるように。気まぐれな足取りで境内を歩く。彼女が広げる赤い和傘が揺れる。辺りはすっかり電気の明かりで光るようになった灯籠が子規の句の如く楓の葉を浮かべている。

 

「こんなところ、よく見つけたな……」

「この間京都新聞杯の時にね。地元の人に聞いてみたんだ。そしたらここが穴場だってさ」

 

 彼らがいるのはとある寺院の境内。この頃の京都の寺院はどこも紅葉シーズンで夜間の拝観が行われており、どこも紅葉のライトアップを売りにしている。そのため京都水族館付近にある東寺や四条の八坂神社と高台寺、清水寺などは今頃ひどく混雑している。一方で彼らのいる場所などは知る人ぞ知るという穴場らしく、人の通りもそれなりだった。

 

「まあ、混んでいるところは好きじゃないし。かといって紅葉を観に行きたい気もないわけではなかったからさ。聞いていた通りで良かったよ」

「じゃあ、ここが?」

「うん、そう。ただ──、」

 

 正解はね、とミスターシービーはふと呟いて、振り返る。たったそれだけの所作。彼の前で見返る彼女の姿にトレーナーは思わず息を呑んだ。誤解を恐れずに言うならば見惚れたと言っても良い。月明かりと灯籠の光、そして時折舞い落ちる楓の葉のステージに立つ彼女の姿は、どこまでも艶やかであった。

 

「アタシだけなら、ここには来なかったかな」

「……それは自惚れてもいいってことか?」

 

アハハ、ご自由に、とミスターシービーは笑った。

 

「実際、キミはいつも気分屋なアタシを満たしてくれて。我が儘なくらい好きに走るアタシの姿を夢だって言ってくれて。キミといると一瞬、欠けたピースがピタッとハマることがあるんだ。それが良いことなのか悪いことなのかわからないから、答えとしてはどうしようもないんだけどね」

 

 シービーは続ける。

 

「だから結局、アタシはアタシの思うままに生きるしかない。……でもまあ、こうしてたまたまアタシの気分でやったことでキミが喜んでくれるなら、悪い気はしないかも」

「いや……嬉しいよ。こうしてシービーと過ごせるのは」

「そう? なら良かった。まあなんだかんだ言ってキミのことは気に入ってるからね」

 

そう言って、トレーナーに背を向けるシービー。彼の顔をふと思い浮かべると、落ち着かない心地のままふと呟いた。

 

「……ゆ。──なんてね」

「何か言った?」

「ううん、なんでも。……ちょっと、今から走りたくなってきたな」

「この格好で?」

「ウマ娘用だから走っても大丈夫らしいよ? 着物も下駄も」

 

「さ、行こうよ。着いてきてくれるでしょ?」

 

 どこまでもさ。彼女がそう言った後、二人は寺院から去り夜の京都へと去っていく。それは菊がまだ蕾であった日の出来事だった。

 

 翌日。彼女は大地を弾ませ、菊を咲かし、三つ目の冠を手にしたのだった。

 

 

 

 

 

 戯れに 駆ける我が身を 夢と云う

         君の言の葉 紅葉(もみじ)色に燃ゆ

 

 

 

 

 


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