大陸歴3985年より始まる戦乱において、英雄に届かず運命に翻弄されてしまった一兵士の青年に訪れる悲劇の視点から世界の一面を読み解いていきましょう。

狼人族の村で育った主人公は、幼少期から不穏な空気を感じながら成長する。
赤い瞳の少女で大司祭のカリスマにより、村は急速に軍事国家化していく中、主人公も戦士として鍛えられていく。
時は大陸歴3985年、ついに大陸全土への侵攻が開始され主人公は戦場でその恐怖と現実を目の当たりにすることとなる。


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本作はsteamで販売されている"Demigoddess!"の二次創作作品となっています。
記載された出来事は公式設定ではなく作者の個人的な思想と感想から生まれております。

あと、第1話とか表示されますがこれ短編で1話限りです。どうやってこれ消すんでしょう。


第1話

 

巡る歳月は十二で刻まれる。

 

暁が閉ざされた世界に始まりを告げる。

暁にもたらされた霜が世界を白く染め上げる。

霜が消え、大地が芽吹く。

成長した花々が世界を彩る。

深く育った緑豊かな大地が恵みをもたらす。

変化を告げる風が雷雨を呼び起こす。

雷雨過ぎし天を色鮮やかな虹が繋ぐ。

止まらぬ熱は炎となりて。

すべてを照らす陽の光は静かに沈み始める。

暗く冷える世界に抵抗する秋蛍を見届ける。

空に、海に、山々に、森に、大地に、陰りが訪れる。

そして全ては氷に包み閉ざされ終わりを告げる。

 

その世界はただ一つの大陸で構成されていた。

十二の月に祈りを捧げ、あるいは感謝し、翻弄されながら懸命に様々な種族が生きていた。

人間、光エルフ、闇エルフ、ドワーフ、ゴブリン、オーク、トロル、狼人族、ルフ(小人)族、人魚、竜族、リザード族、妖魔、果ては魔族、そして生物には属さない不死なるものに封印されし存在に外宇宙からの侵略者。

あまりにも狭すぎるその世界に、生き過ぎていた多種多様な種族が衝突を生むことは必然だったといえる。

繰り返されてきた物語。

しかし歴史はついに転換点を迎え、ただ一つ繁栄する超種族が生まれ立つ。

その時の訪れは大陸歴3985年暁の月。

世界に覇を唱え全てを統一し支配せんと運命的な偶然により、様々な種族が同時に戦乱を巻き起こし始めた。

 

 

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 その森は人里、人族が住まう商業都市から遠く離れた地に存在した。

 商業都市から何日と掛けて歩いた先、水平線の先が見えないほど広い湖を左手に、空を舞う者と土に愛されし種族を除きすべてを拒絶する険しき峰を右手に、真っすぐ進んだ先にあるかろうじて人が立ち入れる光差し込み実りを蓄える青々とした森。

 その奥深くを掻き分け道なき道を進んだ先、人族の目では碌に見渡すことができない暗く深き森を更に進んだ先、慈悲溢れる暖かな光差し込む狼人の領域は狼の森と称されている。

 野生の狼を友とし、同時に支配する狼人族が住まう地であり村である。

 狼人族は基本として狩猟民族である。森の果実等も食すが基本は狩りをして生きる種である。主な狩りの対象は野生動物となるが状況に応じて他の"人"・"亜人"族も対象となる、人族からは第2種危険種族として扱われている。危険な種ではあるが人族と一部の物好きな狼人族では交易も行われており平穏な余においては辛うじて問題は発生していない。

 

 ある時、双子の姉弟が産まれた。それは村の大司祭の家系に産まれた指導者を約束された狼の子供達。その誕生は後の世を大きく荒らす破滅の序曲。

 

───大陸歴3970年 暁の月。

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 狼人族は早熟性である。子は齢10を過ぎると成人とみなされ20を過ぎて壮年、30過ぎるは老人であり40に至れれば其れは生き字引、長老と称される。

 その集落の統治体制は現在、議会独裁制と呼称するしかない、人族には凡そ理解できない構造をしている。

 統治者にして独裁者の立場となる、狼人族が大司祭率いる神殿派。

 議会の構成要素にして村の防衛となる狼人族戦士団。

 議会からは距離を置いているが村のために戦士団と共に戦う呪い師を供出している呪術師団。

 嘗ては1票の重みこそ違えど何かがあった際には議会の合議をもって事を決めていた村は今、たかが9歳の小娘にして赤い瞳を輝かせる大司祭の一存で全てが決まる。

 前大司祭が5年前突如全権を譲り渡すと高らかに宣言し、突如隠居した。40をいくつも過ぎた長老がである。

 それから1年で狼人族戦士団は忠誠を大司祭へ捧げ、次期リーダーとして小娘の弟を指名した。流石に成人もしていない小僧を即リーダーにするような真似こそしなかったがこの時から戦士団の幼年兵(訓練兵)は他より厳しく逞しく教育された。

 その成果は直ぐに村の全体へと広まり、認められるまでそう時間は掛からなかった。

「───勘弁してほしい」

 たった一度だけ。彼がそう呟いていたことを知っているのは彼と共に幼年兵として戦士団に属し彼を慕っていた一人の少年。

 

───大陸歴3979年 霜の月。

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 村の中ほどに青々として辺り一面に白詰草が咲き乱れる大広場、其処に赤い色の資材が積まれ始めた。少年にはまだ鉱物の知識もなくその赤い資材はただ不気味であり恐怖を想起させる。

 道を歩く。天候は日により差はあれど深い森の隙間を縫うようにして挿していた暖かな光は年々、暖かさを失っていたように感じている。いずれ差し込むのは光ではなく暗いなのではないか、少年は日々訝しんでいる。

 戦士団の訓練を消化する。戦士団の仮想敵など定期的に増える家畜化していない隣森の狼と、時々村に迷い込む大熊程度だったはずだ。 「来るべき我らが幸福のために!」 こんなくだらない言葉をいつから叫び熱を上げるようになった。少年は辟易している。

 道端に積み上げられた頭蓋骨を拝借する。狼人族には名誉の戦士を遂げた者、天寿を全うした者、不幸にも病没した者、それらの遺骨を用いて積み上げ弔う風習があった。しかし今拝借した骨はそれらには属さない。憎悪に塗れた骨が積み重なっている、いずれは塔になるだろう。

 狼人族が住まう森を東に進んだ先。人族が踏み入れることのない森の奥地には狼人族とは異なる森の奥地に住まう種族がいる。其れは完全なる狩猟民族、同族も含め人・亜人族を問わず狩り尽くす暴虐の種トロル。

 狼人族が戦士長曰く、後の来るべき時に備え大司祭様は彼のトロル部族すべてを支配する大王と密約を結んだという。断交し、いつ侵略してくるかを警戒していた相手と契りを交わしたその対価の一部が、先ほど少年が拝借した骨というわけだ。何があればそうなるのか、村の変化はまだ幼さ残る少年の心を蝕んだ。

 村の川沿いを進み、ウシガエルを捕まえる。川から少し外れた植物の群生地で呪いに使用する薬草を採取する。少年は戦士団に属していたがとある交友から呪いに関しても他の戦士団より理解があった。そのことをよく他の大人に馬鹿にされたりもした。女々しくも呪術の真似事をと陰口を叩かれることもある、しかし少年は気にもしなかった。この行為は表向きではないが、親しき友人であり兄のような存在でもある戦士長が認めているのだ。

 少年は獣道ではあるが道なりに、外へ外へと進む。些細なことから一生を左右するであろうことまで、悩んだ時に会いに行く、いつものように土産を携えて。

 

 狼の森の外れ。少しだけ切り開かれたその地にはポツンと、木で組まれた簡素な家が建っていた。人気はほぼなく、しかし時折人が訪ねてくるのだろう、玄関へと続く道は舗装されていないが適度に踏み固められている。

 常人が嗅げば思わず咳き込む臭気がその家の煙突を通じてあたりを漂っている。家の周りをよく見ると番犬代わりであろうか、住人が飼っているであろう狼が庭で生育している植物を見守っている。

 家が光を遮り影となっている暗がりに、偏屈な呪い師の女はいた。彼女は村に属さず、呪術師団に属さず、大司祭にも属さない。

 村と関係を断っているわけではない。降りすぎる雨を止める祈祷、重病に患う患者のための祈祷等、村から依頼を行うことも多い。呪術師団の力では手に負えない事態が起こった時に彼女は頼られる。

「いるか、婆さん」

「誰が婆じゃ小僧、たびたび来よって───暇しているから都合は良い、茶でも飲んでいけ」

 馴染みのやり取りと共に、少年は呪い師の家へと入る。家の中は乱雑で煩雑、猥雑だ。言葉を選んで表現するならば生活臭が漂う。ただし足の踏み場にも困る有様で、様々な毒物や薬草、呪い師が仕込んだ呪符に書き連ねた巻物、飲みかけの湯呑に投げ出しっぱなしの下着類等、いずれも少年にはもう慣れたものだ。

 目の前でどこで仕入れたものだろう、亀を逆さに吊るし上げ甲羅を火で炙る。十分に熱が回ったのだろう、亀が手足に頭を伸ばし苦しそうに蠢いているところでその首を掻き切り、流れた血を貯める。一通りため込み終わるとその血を用いて呪い師は家の中に意図的に作られた、むき出しの地面に陣のような図形と文字を描くと吊るしていた亀を手に取り、全力で甲羅から地面へ叩きつける。

 呪い師が少年に向かい手のひらを上に向けて差し出した。先ほどの奇行はどうやら要望に先んじた占い、卜占の一種だったようだ。少年は道すがら集めてきたしゃれこうべ、ウシガエル、マンドラゴラと呼ばれた薬草を渡す。

「聞きたいことを言え、しかしほぼすべての答えは小僧にとって辛く苦しいだけの解となるだろう」

 少年は尋ねた。"準備された赤い資材"・"村の熱狂"・"トロル種との密約"・"来るべき時"。それらはどこから来ているのか、そして村は今後どうなっていくのか。

 呪い師は答えた。始まりは12年前、事が動き始めたのは8年前。行きつく先は大陸を覆いつくすことになる戦争を予知していると。その過程で様々な種族が散り、今ここで生きている我らもまたそのほぼ全てが滅ぶことになる。むしろ滅ぶことができればまだましかもしれないと、よくわからない言葉も付随した。

「出来ることならば、今すぐ家族でこの森を抜け出し遠く離れた別の森にでも移住しろ。さもなくば遠い将来、小僧は紅い肉に蝕まれ取り込まれ、絶望に包まれることになる。…? なぜここまではっきりと像が浮かぶ、そして浮かんだ像が理解できない?? 紅い肉とはなんじゃ」

 彼女は戸惑いながらも、微かに目に涙を浮かべながら少年の頬を撫でる。その瞳に浮かぶは憐憫と…決意。少年は足りないながらも彼女の思いを汲み、しかし変えることができない内容も含まれていたことからせめて強くなる。死なず、守れるようにと答えた。

「私はこの地を去る…精々足掻け。」それが少年にとっての彼女の最後の答えだった。別れた後、数日後には森外れの家は住人不在となった。

 

───大陸歴3982年 芽の月。

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 かつて大陸に存在した人族の城塞都市がある。

 都市国家として破格の軍勢を持ち、その地は近隣の国家から支配されることがなかった。そして、またその都市も軍事力を持って他を侵略することはなかった。共に繁栄せんとばかりに近隣の都市国家と商業同盟を設立し、自らを守る城壁を解体した。

 城塞都市オブシディアと呼ばれたその都市は、城塞都市改め商業都市キャルナハと呼ばれ現在まで現存している、いや現存していた。

 

───大陸歴3985年 花の月。

 大陸で栄華を欲しいままにしていた人族の街は呪狼軍ファラ・ウーイルを名乗る狼人族による不意の強襲を受け、商業同盟の第47代目代表の命と共に崩壊した。

 

 大陸歴3985年暁の月に狼人族とトロルは共に行動を開始した。狼人族は西を周り、トロルは東を回る。道中にふさがる障害を互いに制圧し征途の果てで再び出会い雌雄を決しよう。これこそが長年に渡り世界へ秘匿していた野望の盟約。

 行動を起こした狼人族の進軍は神速であった。彼らは人族を遥かに凌駕する圧倒的な筋力・体力・瞬発力を備える。

 彼らの兵装は扱う武器こそ人の身の丈程もある重厚なものであるが身を守る装具は衣服の身である。故に人族であれば何日も何日も掛けて進まねば辿り着かない道程も後のことを考えないのであれば掛る時は実に五分の一へと短縮された。

 商業同盟、正式にはニーヴ商業連盟と言う、人族である彼らもまた大陸歴3985年暁の月に人族による大陸統一を掲げ、侵略戦争を準備し始めていたのだが彼らにとって狼人族は悪辣な商人が不等な取引で希少な毛皮等を搾取するための対象に過ぎなかった。故に狼人族を敵とは見なしていなかった。そもそもが侵略戦争を行うという発想を自分達以外に持っている可能性すら考慮していなかったのだ。

 連盟が準備をし近隣制圧へ兵を出して3か月、手薄になっていた商業都市へ闇夜に紛れ難なく侵入した呪狼軍はまず戦士団による弓と呪術師団による業火をもって内側より連盟を攻撃した。準備不足の連盟を構成していた兵団は金銭で雇い入れ始めていた傭兵と、街の集金を行っていた徴税人しかおらず十分な抵抗を行う余力はなかった。

 ある者は弓に貫かれ、ある者は業火により塵も残らず焼き尽くされた。決死の抵抗で呪狼軍へと肉薄した兵もいたがなまじ肉薄できてしまったがために、己の持つ剣ごと叩き切られ地に伏すこととなった。

 連盟の代表は商人にして政治家であり戦士ではなかったが、自ら剣を握りこの危機に際し兵と共に戦った。或いは戦わずに逃亡を図っていればその運命は変わっていたのかもしれない。政治家のままではいられず、兵と共に戦ってしまった英雄は齢12、人族基準で言えばまだ少年である呪狼軍の戦士に打ち取られた。

 少年期を終えた呪狼軍の戦士に苛烈で血生臭い青春が訪れる。

 最初で最後の、仲間たちと勝利の美酒を分かち合い酔いしれるのだ。

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───大陸歴3985年 緑の月。

 

 青年は首魁を打ち取った功績をもって戦の才能を認められた。

 戦に勝利した後は盛大に祝い、数日間嘗ての商業都市において宴が催された。

 宴の後、戦士団はさらなる進軍のため都市を出たが青年は神殿からの勅命により都市に留まることとなった。勅命は都市の狼人族に合わせた改造及び近隣の平定。

 この大陸において、街や集落を形成している土地以外のあらゆる場所は害獣や魔物が跋扈する危険地帯である。征途を成すためにも、また民草の安全を確保するためにも青年は奔走する。

 青年は新たに幼年兵を中心とした部隊を発足させると訓練を兼ねて近隣の平定を堅実に達成していった。併せて都市の整備された区画を実に四分の三程破壊し嘗て自らが済んでいた住んでいた狼の森と同様の環境を作るべく木々を植えていった。

 木々の生育に要する膨大な時間は呪術師団及び神殿司祭の祈祷や儀式の力を用い、強引に短縮され都市は深い森に沈んだ。街に住まう人族にはただ生存するだけでも厳しい環境となってしまったが呪狼軍として人族の弾圧は行われず奴隷階級として生存は許された。

 都市の改造を終えた後、青年は先へ進んでいた戦士団本隊への補給網を整え食料や武具を前線へと送り出した。

 数か月後、前線へ送りだしたはずの部隊が帰ってきて青年へ報告した。「本隊が消失し、任務を達成できなかった」と。

 都市よりも遥か西の前線より、灰が緩やかに舞い降りて来る。青年の目に、嘗て見た光はもう見えない。

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───大陸歴3986年 風の月。

 

 この大陸からエルフ種族が消えた。

 エルフとはこの世界に空気のように満ちている、魔法や呪いを行使する際に消費する目に見えない資源、一般的に"マナ"と呼ばれる資源の行使が得意とされる種族である。2つの部族と称するのが正しい、部族の共通項は眉目秀麗・容姿端麗という言葉で評価されることが標準であること。差異として、白き肌を持ち光に属する性質が強く魔法を得意とする種、青白い肌と闇に属する性質が強い種に別れる。それぞれを光エルフ族、闇エルフ族と呼ぶ。

 エルフ族は世界一の巨木にして最古の世界樹ユグドラシルより生まれたとされる。その後長い年月を経て光エルフ族はそのままユグドラシルに定住し、闇エルフ族は故郷ユグドラシルを遠く離れた地へ移住していた。人族の学者が語る一説にはユグドラシルに満ちるマナが闇エルフ族には体質として合わなかったため、もしくは長い年月の中で合わなくなってしまったがために闇エルフ族は自らが生存するための土地を探し移住したのではないかと提唱されている。

 共に目立つことを良しとせず歴史の表舞台へ上がろうとはしなかった二つの種族はしかし、否応なく戦火に晒される。

 光エルフ族は狼の森より遥か北北東に位置していたが大陸歴3985年暁の月より征途を開始したトロル族と熾烈な生存競争を長きに渡り繰り広げたが最終的に蹂躙され、全ての民草がトロル族の食料となり、ユグドラシルそのものも文字通り焼かれることとなった。

 一方の闇エルフ族も、狼人族と一進一退の攻防を繰り広げていたが終焉の時を迎えようとしていた。

 

 闇エルフ族は闇に属する"マナ"を好む。世界樹ユグドラシル遠く南西の果てにある"マナ"が滞留する森の奥、外界と空気を隔てる洞窟の奥底深くを長い年月を掛けくり抜き居住地を建立していた。

 その地は天然の要塞であり、侵入者を拒み続ける悪意の迷宮であった。狼人族の戦士団本隊が消失した原因と考えられたため、商業都市キャルナハの改造を終えた青年は新たに編成した本隊を以て闇エルフ族の要塞へと進行を開始していた。

 もともとが軽装の兵で構成されている狼人族は、地下深くに掘られた迷宮の支道から次々現れては弓を、そして破壊の魔法を射掛けてはすぐさま逃げ帰る闇エルフ族のゲリラ戦術を前に甚大な被害を出していた。

 進行は何度も阻まれ、屍を積み上げながら支道を一つずつ塞ぎ進軍していた狼人族戦士団の様子はある時を境に大きく変貌していた。潰した支道の先から闇エルフ族の悲鳴が聞こえるのだ。そして、ある時を境に奇襲は狼人族へ届かなくなっていた。

 青年は数少ない生き残った手勢を引き連れ奥へ奥へと進行を進める際に迷宮内を灰が漂っていることに気づいた。灰が霧の如く宙を舞い迷宮内を満たしている。これも闇エルフ族の魔術だろうか、手勢へ灰を吸い込まないように指示し慎重に歩みを進める。

 視界の外から闇エルフ族の暗殺者達による凶刃が青年達を襲う。しかしそれらは一つも彼らに届くことはなく灰に包まれ途中で地に落ち或いは消失した。襲撃を受けた戦士団が凶手の方へ視線を向けるとそこには苦悶を浮かべ身を限界を超えて捩らせている者たちがいた。

 彼の者らは脂汗を滴らせ、震え、涙を流し、体液を流し、穴という穴から血が噴出し始めると咥内から灰色の、異形の触手が飛び出した。呆然とそれらを見つめていると続けて眼窩から、耳から同様に触手が飛び出し最後には闇エルフだったその肉体は引き裂かれ、灰の肉と称するしかない物で構成された正体不明の獣が姿をあらわした。

 余りに理解を超えた出来事に狼人族戦士団は恐怖したが、それでも辛うじて身構え未知の怪物へ立ち向かおうとしたその時、目の前に現れた怪物はその身を塵の如く崩壊させ灰となり霧に溶けて消えていった。

 混乱を極める中、行く道の先々から悲鳴が、叫びが響き始める。異常事態ではあるが千載一遇の機を逃すまいと青年は周りを鼓舞し、道を進み始めた。

 

 黒きエルフの宮殿と呼ぶに相応しい、迷宮の奥地に石造りの建造物が現れた。

 宮殿内部では何者かが戦い続けているのか剣戟の、そして魔法の弾け引き裂き焼き尽くさんとする破壊の轟音が響き続けている。

 この場も灰の霧に満ちている、そしてこの場で誰が戦っているのかは不明であるが該当するとすればそれは闇エルフの首魁である。

 機に乗じ襲撃を行うべく青年たち狼人族戦士団は道を駆ける。宮殿までの道中には、宮殿から逃げ出そうとして途中で死んだと思しき闇エルフの亡骸がいくつも転がっていた。その体は先に出会い引き裂かれた凶手と同じようにその全てが体を引き裂かれていた。

 宮殿の中へと入るも青年たちは会敵することはなかった。相対するはずの者たちは道すがらすべて裂かれた肉となり歩みの障害物と成り果てていたからだ。

 かくして宮殿最奥へと消耗を抑えやってきた戦士団は、たった一人で何十にも及ぶ灰の怪物を切り裂き吹き飛ばし続ける英雄を目にする。闇エルフの首魁───魔将と呼ばれている男。

 

 青年の目に映る光景は過去に見たことがない戦場だった。

 魔将は絶えず剣を振るう。その一振り一振りが鈍く禍々しくそれぞれ違う色の光を放つ。放たれた光は周囲の霧を払い、霧に交じり揺蕩う灰を切り裂き貫き、宙空を走り壁に届けばその壁を砕き爆ぜ散る。

 切り裂かれた灰は地に怪物を形取りながら降りると裂かれた傷もなかったかのように集団で魔将へ襲い掛かる。そして再び禍々しき光の剣に払われ吹き飛ばされ、再び繰り返す無限に続く地獄がその場を支配していた。

 傍から見ると永劫に続くかのように見える景色は、其の実魔将が優位となってきている。灰の再生するまでの時間と距離が少しずつ伸び始めてきているのだ。魔将はその場を動かず、消耗を最小限に抑え一心不乱に眼前の灰を全て消し尽くすまで切り捨てる算段をしている。

 灰の怪物は正体不明であるが、この機に乗じ首魁を打ち取ることができなければ恐ろしき光の剣閃は狼人族を駆逐するだろうことを確信した青年は残った手勢と共に襲い掛かる。

 乱入者に気づいた魔将はしかし、成すこと変わらずと灰を切り裂くのと同じように狼人族戦士団をも切り裂いていった。そこに誤算があったとすれば灰の怪物達が狼人族を正面から身を挺して切り裂かれながらも守ったことである。さらに奇怪なことは狼人族を守ろうとする瞬間の灰の怪物はその姿形が先遣の狼人族のそれであった。

 混乱に陥るのは魔将だけではなく狼人族戦士団も同様であったが好機を逃すことはなく戦士団の切っ先いくつかは魔将を裂くに至った。だがその剣は魔将を討つには至らず、直後魔将から改めて放たれる光の嵐により青年と、幾人かを除きすべての狼族戦士団の首が飛んだ。

 敗北し倒れ気を失おうとする青年の最後に目にしたのは、魔将が剣を振り切り見せた隙を霧の宙から現れ、大剣でもって魔将を刎ねた戦士長の姿であった。

「なぜ貴方が、ここにいるのか」

 青年の声に応えず、戦士長は霧の中消えていった。

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───大陸歴3986年 虹の月。

 

「我が愚弟が消えてから時を重ねたが、まさか魔将を屠る戦士が新たに生まれるとは僥倖だ」

 闇エルフとの決戦後、その場にいるはずのない狼人族が大司祭、本人が告げた。

「手厚く称えよ、宴を開き勇者の誕生を祝おうではないか!」

 芝居がかった口調で述べる口上により狼人族は熱狂する。

 闇エルフの拠点を制圧した狼人族戦士団はその数を両手で数えるほどになっていたが救助された後、呪狼軍の支配する森へ帰路についていた。

 搬送される道中、青年は答えの出ない思考を繰り返し、反芻する。

 戦士長は確かに闇エルフの宮殿に存在した。なぜか。

 存在した戦士長は間違いなく宮殿の戦場には到着時点でその姿はなかった。にもかかわらず霧の中から出てきた。なぜか。

 戦士長は大司祭に己が生存を明かしていない、なぜか。

 現在の帰路においては見当たらない灰と霧、それは宮殿に充満し我ら狼人族戦士団を助けていた…ように見えた、なぜか。

 灰の怪物は間違いなく狼人族ではない。しかし身を挺して我らを庇い立てた時に狼人族のように見えた。なぜか。

 大司祭は最前線に赴いていた、なぜか。

 大司祭は、燃えるような赤い瞳を輝かせ宝物を見つけたような目で我々生き残った戦士を見ていた、なぜか。

 いずれも答えは出ない。

 帰路を数十日、月も変わろうかという頃大司祭から直々に密命を受けた。

「盟約に反し、贅を貪る醜悪な同盟者を暗殺してもらうぞ、狼人族が"血の聖戦士(ブラッドウォリアー)"よ」

 その日、青年たちは狼人族戦士の最上位階の栄誉を手にしその運命最後の道へと続く階段を上がる。

 見慣れてきたはずの森には、地獄の戦場を支配した灰と霧が立ち込めていた。

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 少年はある日、夜更けに集落の外へと向かっていた。変わり者の呪い師と会話をするためだ。

 いつも以上に暗く何も見えない獣道、しかし歩きなれていた少年は闇夜にも恐れず変わらず歩を進めていた。その体は木々草花に掛からず音も立てず、野生の獣をしても見つけることは叶わないであろう。

 それ故、それは少年に気づくことができなかった。そして少年は見てしまった。

 呪い師の元へ向かう途中の川沿いにて闇夜の中輝く赤い瞳が浮かんでいる。その先には大熊が一匹、興奮し立ち上がりながら赤い瞳と対峙している。

 初め大熊は獲物を見つけ興奮しているのだと思っていた。しかし直ぐにその考えは誤りであったと気づく。大熊は立ち上がり大きく唸り声を上げているが対峙している者へは近寄らない。それどころか下がろうとしているのだ。

 大熊が下がればその分赤い瞳は近づく。大熊が止まれば同じく止まる。その赤い瞳は、位置を見る限りまだ幼い狼人族のようでもあった。そのような瞳を持つ狼人族は一人しかいない。

 少年は急ぎ離れ、大人の狼人族戦士を呼ぶべきだと動こうとしたが体はいうことを聞かなかった。動くこともできず、声を上げることもできず、ただ闇に隠れている少年は見ることとなる。

 いよいよもって進退儘ならず覚悟が決まった大熊は眼前の狼人族に襲い掛かると、その大きな体は裂ける音と共に弾け、噴出した血しぶきも地に落ちることなく紅い霧となって宙へ消えた。肉は残らず血も残らず。大熊が存在した証拠はこの世界から消失した。

 その場に立ち尽くした狼人族の少女はつまらなさそうに大熊がいたところを蹴り払うと無邪気に笑いながら呟く。

「ダメだよ家畜風情が飼い主様に手を出しちゃ。私は偉いんだ、すごいんだ、すべてを支配するんだ。その時ようやく皆が気づくんだ」

 少女は踊る。その赤い瞳は空を見上げていた。

「すべての家畜に神なんていない。なぜかって、私が神だからだよ。皆の神に私がなるんだよ。見えないけれどそこにいる君もそう思うでしょう?」

 少女が翻り少年の方を見た、その先にすでに少年はいなかった。見つかれば死ぬ、恐怖が少年を動かしていた。

 その日からしばらくの間、呪い師の所へ少年が訪れることはなかった。そして赤い瞳は少年の心を縛る恐怖の象徴となった。

 

───大陸歴3979年 炎の月。

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───大陸歴3987年 陽の月。

 

 狼の森よりもさらに東に位置する森。その領域は端に大きな山々が連なっている。麓には人的に掘削された大穴がある。この大穴こそが大陸でも悪辣にして暴虐の種トロルの王が住む居城、大岩窟城である。

 トロル族は大陸を北上する形で呪狼軍との盟約に従い征途へと立っていたが、光エルフ族を蹂躙した後トロル族の支配者である大王は密かに自らが居城へと戻っていた。

 北の戦線にはトロルの戦士たちが赴いていたが、大王は殲滅したはずの光エルフを一部捕虜として居城へと持ち帰り、非戦闘員である治療士と呪い師に光エルフの飼育もとい繁殖をさせては。ひたすらに光エルフ食を堪能していた。

 どこから集めていたのか、大岩窟城の周囲には様々な種の魔物が放し飼いにされており同胞でさえも近づくことは容易ではなかった。

 故に、組織的抵抗ができなかった大王が殺害されることは必然であった。

 その日、大岩窟城の周囲には霧が立ち込め著しく視界を制限し、また魔物の嗅覚や聴覚も漂う灰に包まれ正常に機能することはなかった。

 視界不良の中を悠々と、しかし物音ひとつ立てずに進むは血の聖戦士率いる狼人族の戦士団精鋭。難なく大岩窟城へ忍び込むと大王目指し突き進む。人気のない居住地を奥へと進んだ先には怠惰に光エルフの子供を貪る大王。

 大王の周囲も霧と灰に包まれていたが当人は気にもせず、より正しく言うならば敢えて気にしないように務めていたようにも青年には見えたという。その姿はまるで現実逃避し何かからひたすらに、ただひたすらに目を背けていたと後に語った。

 嘗てたった一人で300にも及ぶ敵対者を一人で打ちのめしたとも言われる大王は難なく狼人族戦士団の手にかかりこの世を去った。たった一つの呪詛を残して。

「剣で死ねるだけワシはまだ幸せなのだ。貴様らは死ぬことすらできずに地獄を彷徨うだろう、あの怪物によって…」

 怪物とは何のことか、青年には既に察しはついている。しかし忠を尽くし有用であることを示せているならば魔の手に掛かることはないはずと信じ周りを助けるために働き続ける。

 

 大王の死後、大岩窟城の奥をさらに進んだ先にて捕虜となっていた光エルフ族と非戦闘員のトロル種が発見されたがそれらは青年の心的古傷を抉ることになった。1年前に闇エルフ族の居城にて見た時と同じようにそれらは体がはじけ飛びあたりにどす黒い染みを残している。

 そうして大岩窟城に生き残りがいないことを確認した呪狼軍は、残った魔物を殲滅し新たにトロル族の森へと領域を広め入植を開始した。残されたトロル族は居城を取り返すことなく、散り散りに大陸各地へ去っていった。

 呪狼軍がトロル領域への入植完了を示す象徴として狼人族が崇め奉ってきた狼神を称える記念碑を建立し入植し数か月、異変は起きた。

 大岩窟城を中心として木々が一斉に枯れ始めた。続き大地は渇き、草花は緑から灰へと染まっていく。枯れた木々には灰が纏わりつき陽の光通らぬ闇の森を構築する。

 次の司令が下ることがなかったため大岩窟城に駐留していた青年と狼人族戦士団は地域が変わりゆくさまをただ見つめるしかなかった。そして変わりゆくのは地域だけではなく入植した狼人族にまで及ぶ。

 狩猟にでた狩人が集落に戻ることなく、消えた。森へ果実を採取に向かった民草が消えた。果ては練兵中の幼年兵が彼らの目の前で突如苦しみ出したかと思えば体が灰になり塵として宙空へと溶けていった。

 恐怖と絶望が集落を襲い、残された人々は日に日に発狂し消えてゆく。今では旧トロル領も霧と灰に埋もれた。

 生き残っている戦士団を束ね、青年が大岩窟城を放棄することを決意した時、全てが遅すぎたことを青年は知る。

 大岩窟城を出た彼らの周囲には数えきれない数の怪物が、灰の津波となって今にも襲い掛かろうとしていた。戦士団が意を決して武器を取るがしかし、灰の怪物たちは襲い掛かることはなく、ただ一か所だけ道を開けた。ただひたすらに進めと言わんばかりに。

 その方角は狼の森、恐る恐る戦士団が怪物たちが開けた道を、灰色に染まり枯れているのに生きている草花の覆う道を歩いていく。灰の怪物たちを追い越そうとする時に彼らは見てしまった。灰の怪物だった者たちが行方不明となっていた狼人族の者たちの姿を形どり戦士団へ手をもじった触手を振っているのを。

 助けるために、共に生きてきたはずの民草が、戦士たちが、今や彼らを取り囲む灰の怪物なのだ。

 

 失意と絶望に打ちのめされた青年たちに、しかし歩み続ける以外の選択肢はなかった。

 霧と灰は彼らの周囲から消えることはなく、いつまでのその姿形が消えることはなかった。

 幾日か経過し狼の森見えてくる。

 嘗て暖かな光が差し込んでいたその領域はその影なく辛うじて景色が見える程度にしか光を通さない。その村は灰に染まり外を出歩く狼人族もいない、今となっては陰鬱にして邪悪が常に漂う魔の領域と化していた。

 狼の森に到着してもなお戦士団が霧と灰から解放されることはなかった。道中で抑圧に耐えられなくなった若い戦士が発狂し灰の元へ立ち向かった時、戦士は瞬く間に灰の仲間入りをすることとなった。

 その出来事が、抵抗の無意味を悟らせ残された戦士団を歩かせる。行きつく先には、天をも呪うかの如く聳え立つ死骸という名の憎悪が積まれた塔が二つ、塔に挟まれる形で、鮮血が資材となったのかと思わせる程に禍々しい紅で作られた祭儀場。

 其処は本来、瑞々しい白詰草が咲き乱れていた大広場。現在は茶色く枯れた白詰草が咲き乱れている大広場。

 枯れた広場には宴会用に机が並べられ常ではありえない量の豪勢な料理が敷き詰められ賓客を待っていた。

 そして、何より賓客を待ち望んでいたのは祭壇の上から戦士団を見つめる一足先に一人で宴会を始めていた大司祭。

 全ての元凶は戦士団たちが制圧した土地から集めたであろう金銀財宝装飾品などで身を包み、半ば酔いしれながら戦士団へ労いの言葉を掛け祝福の言葉を紡ぐ。

 この祝福はただの呪いである。ふと、狼の森を昔に去った師の言葉を青年は思い出す。

 届かなかった。

 守れなかった。

 青年の心は完全に打ち砕かれた。

==== 9 ====

 

 

==== 10 ====

───大陸歴3988年 蛍の月。

 

 大司祭が一通り祝福の言葉を述べた後、左手を高く振り上げる。

 合図に合わせ憎悪の双塔が光り輝く。塔に積まれた頭蓋の眼窩が紅く怪しく光り戦士団を見つめ照らす。

 間もなく彼らの明日はなくなった。その足は動かずまるで石となったかのように。すべての命運は狼人族が大司祭に握られたのだ。

 紅い瞳を輝かせ、頬を紅潮させた大司祭は言う。

「今、君たちは英雄となる。その血を、肉を、全てを神へ捧げ1000年の栄光と繁栄を私の元へもたらすだろう」と。

 大司祭は愚弄する。

「もちろん、君たちの神等という紛い物ではなく、ここでいう神とは私自身である」と。

 大司祭は語る。

「灰の魔物たちを見ただろう、初めてあれを使役したのは闇エルフを殲滅するときだった。あれらに飲まれることなく君が魔将を打ち取ったときのことはよく覚えている。大変興奮したよ。同時に、それほどの勇者がいるのならば私の悲願は成就すると確信した」

 弟君がいれば十分に叶っただろうにこの上何を望むのか。青年は勇気を振り絞り問いただす。

 ため息をつきわざとらしく首を振る大司祭。続けて語る。

「あれには灰の軍勢を使役させるつもりだった。故に我が眷属として霧を支配する能力を与えたのだが知らぬところで死んでいるとは使えない男だった。それだけ魔将が傑物だったと褒めるべきかもしれないがな」

 青年は微かに、希望が残っていることを知る。

 目の前の怪物は、狼人族の英雄であった戦士長が生きていることを知らない。

 大司祭が意気揚々と開戦からの数年にわたる暗躍を語るが青年の意識はすでに大司祭から移った。如何にして未来へ希望を繋ぐか。

 青年に最後の勇気が宿る。動かなかった足はいつの間にか硬直から解放され動くようになっていた。

 悠然と語り続ける大司祭の不意を突くように、大剣を振りかぶり一足飛びに大司祭へ飛び掛かる青年。しかしその切っ先は届かない。

 青年が飛び掛かった瞬間、大広場の机上に並べられていた様々な料理その肉が増殖し、姿を変え青年を捕らえたのだ。赤く怪しく光る肉の触手は青年だけではなく動けないままであった戦士団もまとめて捕まえる。

「すばらしい、実に素晴らしい!」

 大司祭が身悶え体をくねらせながら叫ぶ。

「恐怖に抗い抵抗するその意志力、君こそ真なる"血の聖戦士(ブラッドウォリアー)"! そうそう、理解頂けてないと思うので説明しよう。この呼び名は称号ではないよ。凡俗は灰の戦士へと落とした。君達も見てきた灰の魔物がそれだ。これから君たちはアレとは違う、私が認定する本物の血の怪物となり聖戦士としてこの世界を蹂躙してもらう」

「こ…ここまでして貴様は何がしたいんだ」 青年が締め上げられ苦痛に呻きながらも尋ねる。真意を理解し未来へつなげるために。

「すべてを支配する。狼人族も、人族も、竜族も、ドワーフも、トロルも、他の塵芥どもも全て。そして程々に家畜として飼い生産活動をさせる。私はそれを搾取して永遠に快楽に生きるのさ。わかりやすい俗物だろう? だが頂点は常に一つ、神はこれぐらい傲慢でいいのだよ」

 自分たちの指導者であった大司祭が想像を絶する傲慢にして邪悪であったことをいまさらながらに痛感する青年と戦士団。その終わりが今訪れる。

「話が長くなったが今宵は良き時間を過ごしたよ。君には過去に言ったかもしれないな、最後の時だ。家畜に神なんていない、これから哀れな君達の神として私が命じよう、其の全てを捧げ私のためにこの大陸の全てを蹂躙せよ」

 大司祭の練り上げる"マナ"が青年たちを襲う。

 彼らの体は足の末端から皮膚の内側にある肉が増殖し皮膚を割き紅く大きく膨れ上がる。神経も末端から少しずつひき潰しすり潰し割いていく。

 間もなく祭儀場は絶叫と、狼人族だった戦士たちから噴出する血の雨で紅く染め上がる。彼らの周りを取り囲んでいた灰の怪物たちも紅く染まっていく。

 戦士たちだったものは身の丈大人10人分を優に上回る、トロルも竜族も上回る大きな紅い肉の触手が蠢く何かへと変貌した。

 辛うじて胴体に単眼を備えた紅い肉でできた触手の集合体。それは全てを呪い全てを血に変え全てを食らい尽くす血の魔物である。

 中でもひと際巨大で他の血の魔物より二回り以上大きい個体がいた。強く大きいその巨体のうち頭に位置するであろう部位の触手には生前の肉体がそのまま浮き出ている。それは青年の成れの果てであった。

「なんだ…? ひと際巨体でよくできているが本来の肉体が残っているのか。これも特別強い個体と考えれば許容範囲か…まぁ面白いからいいか」

 大司祭が改めて意思表示をする。再び征途が行われる。

 今度は狼人族とトロルではない。狼人族の皮を被った邪悪な魔人率いる血と灰の大軍勢で構成された真なる呪狼軍。この瞬間、大陸の戦乱は種族間抗争ではなく支配の魔人と大陸全土の生存闘争へと変わったのだ。

 

 苦痛が体を襲う。苦痛の度に大地が削れ、木々は倒れ、動物はひき潰されその肉は全て紅い肉へ吸収される。

 苦痛が体を襲う。様々な鉄が肉を貫き、破壊の魔法が魔物を襲う。抵抗したモノや人々は漏れなく血に染まり灰の中に消えた。

 苦痛が体を襲う。何か月もの月日が経ち嘗て青年だったものは景色が見えるようになった。

 眩しい。光が体を焼き仄暗い憎悪に奮い立つ。生けるものを潰さねばならない。捕食しなければならない。思いが募る。

 本当にそうか? 体のどこかで否定する心が沸く。ふと見えたように感じたのは、山の上から自身を見つめる二人の狼人族の目。

 うち一人の狼人族女性その瞳には憐憫が浮かんでいる。もう一人の狼人族男性からはこちらへ来いと言われたような、ひと際巨大な紅い肉はそう感じた。

 血と灰の軍勢の先頭に立っていた血の魔物は急に進行方向を変えると、後ろを付き従う軍勢もまたそれに倣った。

 本来、進行するはずだった大陸中央部から逸れ、呪狼軍は辺境へと向かう。

==== 10 ====

 

 

==== 11 ====

───大陸歴3989年 陰の月。

 

 辺境都市カルペノ。

 大陸外れに位置する自然の要害に囲まれた都市。経済的発展度合いは低く、特徴は辺鄙ながら平和であること。

 現在の大陸における人族最後の拠点である。

 血と灰の軍勢が大陸全土を蹂躙する中、戦闘し、敗北し、それでも生き延びた者たちが最後に集まる拠点でもあった。

 人族のみならず、生き延びたトロル族にオーク族、ドワーフ族もあつまり反抗作戦を執り行おうとしている。

 反抗軍の盟主はそれぞれ"破軍"・"必殺"・"天剣"・"竜殺し"と呼ばれる人族の英雄である。

 

 反抗軍と呪狼軍の戦いは何か月にも及んだ。

 人類の機構兵器をドワーフとオークが改造し防衛の要として都市の城壁へ配置する。その要撃はすべてが灰に包まれ威力が減衰したが巨体である血の魔物を足止めするには十分な役目を果たした。

 肉体的に人族より屈強なオーク・トロルの混成部隊が灰の怪物と斬り合う。彼らは長年の戦いから灰の魔物に遠隔の攻撃は物理・魔法ともに通用しないことを学び、その鋼の肉体を武器として代償を払いながらも灰の軍勢を退けた。

 圧倒的に巨大な血の魔物に対しては、人族がドワーフ族と共に作り出した機械人形を壁とし、囮にしている間に英雄達の突貫という無謀な少数精鋭策でもってこれを打ち取っていくことに成功していた。

 ただ一匹、超巨大な血の魔物を除いて。巨大過ぎたために、どのように攻撃しても反抗軍では致命傷を与えることができなかったのだ。

 

───大陸歴3990年 陰の月。

 

 辺境都市カルペノでの反抗軍と呪狼軍の1年に及ぶ抗争は突然終止符が打たれた。

 一向に打ち取ることができなかった血の魔物が、都市の城門上に現れた二人の狼人族を見ると動きを止めた。

 狼人族の男が城門から霧となり舞い空を舞う。血の魔物の前に現れるとその大剣でもってただ一つ、人の肉体が浮かび上がる触手を切り裂いた。

 その斬撃単体では致命傷にはならなかったが、その触手はそのまま斬られた肉を"竜殺し"の前に自ら差し出した。

 何らかの罠を疑った反抗軍ではあったが、目の前の機会を逃した場合はいずれ自らの壊滅が訪れると理解していたため、意を決して残った肉を斬り飛ばした。

 こうして、超巨大な血の魔物は滅びその肉体は塵となって消えた。かつて魔物の元となった狼人族の青年がいた証は何も残ることはなかった。

 

 その後、辺境都市カルペノ及びその周辺に呪狼軍が訪れることはなかった。

 大陸の半分ほどが灰と霧に覆われてしまったがその先を進行してくることはなかったのだ。

 こうして、大陸の実質支配権は呪狼軍に奪われてしまったが他の種族が滅び去ることはなかった。

 偽りの平和と安寧が訪れた。

==== 11 ====

 

==== 12 ====

───大陸歴4991年 氷の月。

 

 後にかつての呪狼軍大司祭は語る。なぜ大陸統一を果たさず半分で満足したのか。

「満足などしていない。ただ目的を果たすのに十分な財を手に入れたからめんどくさい鼠の住処を残してやったに過ぎない」と。

 現在、魔姫として君臨する彼女は狼人族ではなく全家畜の神、吸血鬼の女王を称し帝政貴族国家を築き上げている。

 そして現状に飽きてしまった。どのような贅沢も1000年続けば飽きることを1000年掛けて実証したその女は再びの戦争を準備し始めようとしていた。

 歴史は繰り返す。かつて彼女自身がニーヴ商業連盟に行ったように、先に反乱という形で攻撃を行われることとなる。

 今だ大陸に真の平和は訪れない。

==== 12 ====

 

 

 

 

───大陸歴3991年 ??????。

 ある呪い師の独白。

 

 私は気づいていた。3970年のあの日生まれた双子の、あの子娘はまだ瞳が紅く染まってはいなかった。

 紅く染まっていたのに気づいたのは3975年、全司祭が全権を小娘に移譲して1年。

 あの時には既に狼人族ではなく別の何かになっていたのだと、気づき手を汚していれば今の惨状は起こっていなかった。

 私は全てが恐ろしくなって逃げだしてしまった。そのため本来なら犠牲にする必要もなかった小僧を最悪の形で犠牲にしてしまった。

 歴史は変わらないがもしも願うことが許されるなら、過去を誰かが正しく導いてほしい。狼人族に新しい道を、可能性を示してほしい。

 平和でなくともよい、ただ全ての種があの怪物に支配される家畜のような運命だけは間違っている。

 

 後日、呪い師の死体が発見された。

 その足元には儀式の陣が敷かれ、自ら首を槍で刺していた様子だったという。

 儀式に込められた祈りは、近くて遠い、様々な世界で観測されることになる。

 

- 終 -

 

 




もし少しでも興味を持っていただけたなら、ぜひ"Demigoddess!"をプレイしてみてください。
もっと多くの物語性が眠っていることを感じ取れることでしょう。
既に遊ばれている方へ。
けっこー頑張って小ネタを詰めてみました。皆様もぜひ癖を露出させましょう。

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