井芹仁菜の鏡像は何を見る?   作:鏡合わせ

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アンダーグラウンド

 バイトを終えたアタシは冷えきった心を癒すために、息を吐いた。

 

「今日は……練習もないしビールでも飲んで帰るとするか」

 

 短期バイトの連続とはいえ、こうもバイトで重労働を強いられるというのは大変なもんだ。

 冷え切った心を癒すためにやっぱりビールは必要だよな。仁菜の奴には最近止められてばかりだが、今日は一人だし帰って宅飲みするのも、ちょうど短期バイトの給料日だったこともあるしラーメン屋でビールを飲むのも悪くない。

 

 自分の心の中で相槌を打ちながらも、納得を示すと連絡が入って来る。

 

 

『お酒を飲まずに帰ってくださいね』

『お前はアタシの母親か』

 

 ツッコミをつい入れてしまう。

 

『桃香さんがまた乱闘騒ぎをされたと言われたら、呼ばれるのは私なんですよ!?』

『そこは善処する……』

 

 全く覚えてないが、前にポストを仁菜と話しかけたりしていたことがあったらしい。

 極めつけに違う日には居酒屋で飲んでいたときに乱闘騒ぎを起こして、補導されかけたとも言っていた。ロックなんて警察の補導を受けてなんぼだなんて、昔のアタシだったら言っていたかもしれないが、流石に今のアタシでも補導をされるのをまずいと自覚している。

 

 幾ら、ロックと言えど警察のお世話になるようじゃバンドを続けることが難しくなるからな。そこは流石に気をつけなくちゃいけないよな……。今更になって後悔しつつも、アタシは電車の扉が開いたのを確認すると、一人乗って来ていた。

 

「ん……?」

 

 乗ってきた奴に見覚えがある。

 服装は至って、カジュアル。

 

 特徴的な銀髪、いいシャンプーでも使っているのかそれなりにいい匂いはしている。

 間違いないな……。

 

「椿だったよな?」

 

「え?!嘘!?桃香さ……ご、ごめんなさい!!」

 

 いきなり声を掛けられて、大きな声を出そうとしていたのを自分の手で押さえる椿。

 こうなるのも無理はないな。仁菜の奴の場合、自分の方から話しかけて来たりしていたからこういう感じの反応は新鮮ではあるけどな。

 

「いいよ、それより次の駅で降りないか?」

 

「次の駅で……ですか?」

 

「ああ、ちょっと話がしたくてさ。仁菜のこととか、トゲトゲのことはどう思っているのかと知りたいところもあるんだよ」

 

「ぜ、全然構いません!よろしければお願い致します!!」

 

 椿は畏まって、アタシに頭を下げて来る。

 こう見ると、普通に温厚な奴ではあるっぽいが、仁菜のことになるとどうしても熱くなってしまうって感じに見える。特にダイダスのことになると、周りのことが見えなくなるのはかつての仁菜そのものだ。

 

 こりゃあ、ダイダスの話に触れたらとんでもないことになりそうだ。

 あいつらはあいつらなりに頑張ってはいるが、どう触れるべきか。智が言っていたようにこのままにしておくってのも流石にまずいかもしれないが……。

 

 

 

 

 踏み込むべきか……。

 悩みどころではあるよな。

 

 

 

 

 

 

「あ、あの……本当に奢って貰っていいんですか!?」

 

 ラーメン屋に二人でやって来ていた。

 いつもならもうちょい脂っこいものとかを頼んだりすることは多いけど、仁菜のファンの子を連れてきている以上あっさり系のラーメン屋に連れて来ていた。

 

 店内も清潔感溢れる場所で、落ち着いて食べれる場所に近い雰囲気なのを選んだ。

 こういうラーメン屋だとか早く帰れが飛び交うことも余裕であるから、出来る限り選んだ。まあ、苦労はしたが……。

 

「ああ、構わないよ」

 

「すみません、ありがとうございます!それで井芹さんのことでしたよね!?」

 

 頷いて返す。

 椿は頼んでいたあっさり醤油チャーシュー麺の半券を容赦なく、店員に渡している。全く、こういうところ遠慮しないのは流石に仁菜に似ていないかもしれない。そういえば、あいつは牛丼すら知らなかったな。

 

「ラーメン知ってるか?」

「さ、流石に知ってますよ!!」

 

「なるほどな、仁菜の奴とは違って温室育ちのお嬢様じゃないって訳か」

「え?井芹さんってお嬢様だったんですか!?」

 

 そういえば、仁菜が自分のことをMCで話すなんてことはあまりしたことは……いや割としていたことはあったな。対バンのときとかはそうだったし……な。

 

『教室から助けに向かう途中、嬉しかった。なんか誇らしかったし、そんな私が好きでした』

 

『私、何一つ後悔してません。桃香さんの歌があったから、強くなれたし……』

 

 あいつは語っていた。

 ライブのとき、一度はルパに自分語りをウザいと否定されていたがあのときはちゃんと自分の心のままに、意志に沿って言葉にすることが出来ていた。なによりも、自分の友人であったヒナっていう子にも繋がる何かを得ることが出来た。

 

 ロックは人と人の繋がりをより強硬にするものだ。

 

「や、やっぱりそうだったんですね!」

 

 水を勢いよく飲んでから、椿の目が輝いている。

 

「え?あいつ、自分の温室育ちのこと話してたことあったか?」

 

「違うんです!私、感じ取れていたんです!井芹さんの歌声から自分を解放したい!自分が正しい、譲りたいって思えるような何かを感じ取ることが出来たんです!!」

 

「変な話をしていますよね!!ご、ごめんなさい!でも……そう思ったんです!師匠!」

 

「し、師匠!!?」

 

 師匠という呼び方に困惑を示していたが、音楽というものは時には人と人の繋がりを結び強くする効果があると言われている。

 

 アーティスト同士だけじゃない。

 それが隣に立っている、座っている同じファンだとしても。SNSだとしても、人との繋がりを作るものだ。

 

「師匠か……まあそれはともかく運命の華とかからやっぱり思ったのか?」

 

「はい!私は運命の華は勿論のこと、空白とカタルシスはトゲトゲの集大成のような気がするんです!」

 

「へぇ、集大成か?」

 

 渡されたジョッキを手に取り、ビールを飲む。

 やっぱり、バンドをやっているときとこういう瞬間のために生きているって気がするよな。アタシは椿に話を続けようとさせる。

 

「あの曲は井芹さんの魂そのものだと思うんです!あの曲があったから、井芹さんは強くなれたんです!だって、話を聞いたんですけどあの曲は井芹さんが初めて自分で作詞した曲なんですよね!?」

 

「なら、それって井芹さんの全てが詰め込まれているってことじゃないですか!?あの楽曲があったから、井芹さんの感情が見えた。全ての井芹魂が見えたんです!私も譲らなくていい、正しいと思えたものを信じればいいってなれたんです!」

 

 椿の言っていることは正しかった。

 あの曲は初めて仁菜が自分の意志で作り上げた楽曲。他の楽曲は明らかに違うものだ。もし、この場に居たら仁菜はダイダスのことで複雑になるかもしれないが、聞かせてやりたいという話だな。

 

 にしても、井芹魂って……。

 まあ、こういう奴らしいと言えば、らしいかもしれないが。

 

 アタシは頬を緩ませながらも、ラーメンを受け取る。

 椿も同じようにラーメンを受け取る、アタシの方はあっさりとした塩ラーメンを頼んでいた。やっぱり、こういうビールに似合うラーメンは塩に限る。

 

「美味しいですね!これ!!」

 

「だな、服にラーメンのスープついてるよ」

 

「え!?あ、ああ!ご、ごめんなさい!」

 

「ゆっくりでいいよ」

 

 みっともないと思ったのか、急いでおしぼりで拭こうとしている。

 それを見てゆっくりでいいと伝えると、顔を赤くしている。

 

 ラーメンの汁を飲んでから、このあっさりとした味はやっぱり北海道の味に限るなと感じながらも、意気込むためにもビールを一旦飲み干す。覚悟を決めるためにも、飲んだ後は力強く置いて椿の方に視線を向ける。

 

 

 

 

「なあ、椿?お前はダイヤモンドダストのことを石ころって言ってたよな?アタシのことはどう思ってるんだ?」

 

「な、ななな何を言っているんですか!?桃香さんはあんなドブの匂いをしたアイドルバンドを辞めて正解だったんですよ!!」

 

 手を掴んで、それは違うと否定してくる。

 智が言っていた通りだ。椿はもしかしたら、自分の見ているものしか信じていないのかもしれない。今のダイダスを否定することは、過去のダイダスを否定することにも繋がる。

 

 仁菜も似たようなことを言っていたが、辞めて正解だったまでは言ったことはない。

 まっ、あいつの場合は自分で始めたバンドじゃないですか!?って激昂してきたことは確かだったけど……。

 

「あの……桃香さんはもしかして今のダイダスと関わりあるんですか?」

 

 ほんの僅かだけ悩む。

 勿論、ナナ達と連絡なんか取っていない。これからのダイダスのことはあいつらが決めること。今はもう辞めたアタシの意見なんて必要のないものだ。

 

 だとしても、此処で「はい、そうだ」と言い切ることは超簡単なことだ。

 だけど、もし智が言っていたことを信じて見るなら恐らく椿が取る行動は……。

 

 

 

 

「無くはない……かもな。対バンを出来たということはそういう可能性もあるだろ?」

 

 敢えて挑発することをしてみる。

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけないでください……!!」

 

 力強く響いていたのは椿の声だった。

 

「桃香さんが辞めたのはあんなバンドをくだらないと思ったからですよね!?自分が信じるものに従ってくだらない媚び媚びバンドを抜け出したんです!!それって……」

 

 

 

 

「いいことじゃないですか!!?」

 

 椅子を思いっきり倒していて、周りの客や店員からは明らかに異質な目で見られている。

 一応謝罪をしたが、椿は自分は間違っていないという視線をアタシに向けている。なるほどな、仁菜の奴との違いは明確に見えたなこれで。

 

 仁菜はダイダスをアタシのバンドだと語っていたが……。

 椿は辞めたこと自体が正解だと語っている。どうしてこうも自分の意見が正しいと信じ切れるのかは分からないが……。

 

 これはこれでロックで面白いと思いつつも……。

 

 

 

 

 仁菜、お前はこいつを導けるか?

 もし、否定じゃ無くて導けるならそれこそが紛れもなくアタシは……。

 

 

 

 

 

 

 

 音楽そのものだとアタシは信じてる。

 

 

 

 

 

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