コロラドの山奥にある、ひっそりとしたロッジ風のホテル。
レオン・S・ケネディは、アリアスとの激戦が決着した後、逃れるように、この場所に戻り、休暇とやらの続きをしていた。
心身ともに疲弊しきった体を引きずり、ただ静かに時間が過ぎるのを待つ日々。
グラスに入ったウイスキーを傾け、窓の外の、今のレオンの気分にはもったいないような、緑の美しい景色をぼんやりと眺める。
脳裏には、ディエゴやアリアスの歪んだ笑みが焼き付いていた。
その日も、レオンはソファに深く身を沈め、目を閉じていた。
ドアをノックする音に、レオンはわずかに眉をひそめる。
ルームサービスだろうか、と不承不承ながらドアを開けると、そこに立っていたのは、見慣れた赤毛の女性だった。
「レオン!」
はつらつとした声が、静寂に包まれた部屋に響き渡る。
クレア・レッドフィールド。
彼女の姿に、レオンは一瞬、呆然とした。
「クレア……どうしてここに?」
レオンの声は、自分の想像以上に嗄れていた。
クレアは心配そうにレオンの顔を見つめ、ゆっくりと部屋に入ってくる。
その手には、温かいコーヒーの入ったマグカップと、焼きたてのパンが入ったバスケットが抱えられていた。
「クリスから聞いたのよ。あなたが少し、落ち込んでるって。だから、無理にでも連れ出した方がいいって」
クレアはそう言って、レオンの前にマグカップを差し出した。
湯気とともに漂うコーヒーの香りが、凍てついたレオンの心を少しだけ溶かす。
レオンはマグを受け取り、その温かさを両手に感じた。
「……悪いな、こんなところまで」
そう言いながらも、レオンの胸には不思議な感覚が広がっていた。
クレアがここにいる。
つそれも、この疲弊しきった自分を訪ねて。
最後に顔を合わせたのは、トールオークスの事件の前だった。
あの後、再び死地をくぐり抜ける運命の中に身を投げ込んだ俺には、彼女と間接的に連絡を取ることはあっても、直接会える機会はなかった。
それなのに、こうして目の前にいるクレアは、あの時と変わらない、力強い眼差しで自分を見つめている。
クレアはレオンの隣に座り、窓の外の景色を眺める。
「ここは素敵ね。静かで、何もかも忘れられそう」
クレアの言葉に、レオンは小さく息を吐いた。
本当に、何もかも忘れられたらどれだけ楽だろう。
だが、彼らの生きてきた世界は、そんな甘さを許さない。
それでも、クレアが隣にいるというだけで、レオンの張り詰めていた心が、わずかに緩むのを感じた。
自然に隣にいてくれるクレアの存在が、レオンの心をじんわりと温めていく。
「何か話したいことがあったら、いつでも聞くわ。無理に話さなくてもいいけど」
クレアは多くを語らず、ただレオンの隣に寄り添ってくれた。
その無言の優しさが、レオンには何よりも心地よかった。
静かなコロラドのロッジで、二人の間に温かい時間が流れ始める。
そしてレオンは、クレアが来てくれたことに対して、言葉にできない喜びを感じていた。
「最近良く考えるんだ」
レオンはぼそりとつぶやいた。
「俺は子供の頃、どんな大人になりたかったのか?」
クレアが不思議そうな顔をしながら聞く。
「どんな風になりたかったの?」
「どんな大人になりたかったのかか?」
レオンは眉をひそめながら 答えた。
「少なくとも、今みたいな人生は望んでいなかった。」
レオンはマグカップに手を伸ばした。
「もし、あのままだったら…」
レオンはマグカップを両手で包み込んだまま、ぽつりと言葉を紡ぎ始めた。その声は、深いため息のように重い。
「今回の件で、本当にうんざりしてる。立て続けに、あんなことが続くと……自分が何をやってるのか、分からなくなる時があるんだ」
クレアは何も言わず、ただレオンの言葉に耳を傾ける。
「俺は、ただの警察官になりたかった。ラクーンシティの、ごく普通の警察官として。あの街で、穏やかな日常を過ごしたかった。事件らしい事件もない、平和な毎日を」
レオンの視線は、遠い過去を追うように宙を彷徨っていた。
「もし、あのまま、あの悪夢のような夜が来なかったら……。もし、俺がラクーンシティのR.P.D.(ラクーン市警)に、予定通り配属されてたら、どうなってたんだろうって、よく考える」
言葉を区切り、レオンはクレアの方へと顔を向けた。
その瞳には、切なさと、ほんの少しの夢が宿っている。
「もし、君が、あの頃の俺の隣にずっといたら……」
レオンは、ゆっくりと語り始めた。
「朝は、二人で一緒にコーヒーを飲んで、君は大学か、どこかへ出かけていく。
俺は制服に着替えて、パトカーに乗って街を巡回する。
大きな事件なんてなくて、せいぜい、自転車が盗まれたとか、飼い犬が迷子になったとか、そんな些細なことばかりで。
昼休みには、署の近くのサンドイッチ屋で、適当なものを買って済ませるんだ。
午後のパトロールの合間に、市民と世間話をして、子供たちにキャンディをあげたりする。
夜は、俺がちょっと遅くなっても、なぜか君が家にいて、夕食を用意して待っててくれるんだ。
他愛ない今日の出来事を話しながら、飯を食う。週末には、二人で街の公園を散歩したり、映画を見に行ったりして……」
レオンの言葉は、まるで絵を描くように、穏やかな日常の風景を紡ぎ出す。
それは、彼らが決して手にすることのできなかった、あまりにも平和で、温かい夢だった。
「ただ、そんな普通の日々を、君と過ごしたかったんだ」
そう言って、レオンは再び遠い目をした。
その言葉の奥には、これまでの激しい戦いの中で、彼がどれだけ普通の幸せを望んできたか、そして、その幸せをクレアと共に分かち合いたかったという、深く秘めた感情が込められていた。
レオンが紡ぎ出した、あまりにも具体的で、そしてあまりにも穏やかな「もしもの世界」。
それは、クレア自身も心の奥底に秘めていたかもしれない、決して叶わぬ夢のようだった。
10年ぶりに再会したレオンが、これほどまでに脆い、素の感情を露わにするとは、クレアは想像もしていなかった。
いつもはクールで、どんな時も冷静に任務をこなす彼が、今、目の前で、普通の暮らし、そして自分との穏やかな日常を夢見ていたと語っている。
クレアは、持っていたマグカップをそっとテーブルに置き、レオンの言葉にじっと耳を傾けていた。
彼の声は次第に小さくなり、最後の「君と」という言葉は、ほとんど独り言のようだった。
クレアの瞳が、驚きと、そして切なさに揺れる。
彼がここまで追い詰められていたこと、そして、その心の奥底に、こんなにも優しい願いを抱いていたことに。
同時に、自分をその「もしもの世界」の隣人に選んでくれたことへの、戸惑いと、静かな喜びが胸の中に広がる。
「レオン……」
クレアは、思わずといった様子で彼の名前を呟いた。
その声には、驚きと、彼への深い共感が入り混じっていた。
彼女は、この10年間で、レオンがどれほどの苦悩を抱えてきたのかを、今、初めて真に理解した気がした。
クレアはそっと、レオンの手の上に自分の手を重ねた。
彼の荒れた、そして少し冷たい手に、クレアの体温が伝わっていく。
この触れ合いが、レオンにとってどれほどの慰めになるだろうか。
そして、クレアは、ゆっくりと、しかしはっきりとした声で言った。
「そんな風に……考えてくれていたなんて。ありがとう、レオン」
彼女の顔には、温かい笑みが浮かんでいた。
まさかこんな形で、レオンからこんなにも個人的な、そして優しい感情を向けられるとは夢にも思わなかった。
その言葉の一つ一つが、クレアの心に深く沁み込んでいく。
レオンは少し驚いたようにクレアを見つめた。
感謝されるとは予想していなかったのだろう。
「……君は、どうだったんだ?」
レオンは、クレアの目をまっすぐに見つめ、尋ねた。
彼の視線は、クレアがこの10年間、何を考え、どんな夢を見てきたのかを知りたがっているようだった。
クレアは窓の外の景色に目をやった。
レオンが描いたラクーンシティの穏やかな日常。
今の自分と、その想像の中の自分を、ゆっくりと比べ始める。
「私も……」
クレアは、静かに話し始めた。
「あの夜、ラクーンシティに兄さんを探しに行った時、もしあのまま、あの悪夢が始まらなくて、R.P.D.の新人警察官のあなたに、平和な街で出会っていたらって……私も考えたことがあるのよ」
彼女の声は、レオンと同じように、切なさと、しかし温かい響きを帯びていた。
「きっと、最初は偶然、街で何度か顔を合わせて、少しずつ言葉を交わすようになって。私が19歳だったあの頃、きっとあなたは、ちょっと不器用で、でも一生懸命な、街の人気者のお巡りさんだったでしょうね」
クレアの顔に、柔らかな笑みが浮かぶ。
それは、あり得たかもしれない、甘く優しい未来の絵だった。
「私の場合は、大学に通いながら、バイクの整備に夢中になってるの。
汚れた作業着で署の前を通りかかって、あなたに『またバイクいじってるのか?』なんて呆れられながらも、優しい目で見守られたりして。
休日は、一緒にカフェで他愛ない話をして、映画を見たり、古着屋巡りをしたり……
兄さんを心配させながらも、二人でこっそりデートしたりして。
夜は、疲れて帰ってきたあなたに、私が手作りの簡単な料理を振る舞ってあげたり。
きっと、私は、今みたいに危険な場所を飛び回るんじゃなくて、あの街で、あなたと、ごく普通の幸せを、穏やかに育んでいたんじゃないかなって……」
クレアの瞳には、遠い夢のような輝きが宿っていた。
彼女もまた、この過酷な運命の中で、温かい平凡な日常を、そしてその隣にレオンがいる世界を、心のどこかで強く願っていたのだ。
「そんな毎日が、きっと私にとっての本当の幸せだったんだろうなって、思うわ……」
クレアは、そう言って、レオンの手を握る手に、そっと力を込めた。
彼の手の温かさが、今、確かにそこにあった。
レオンは、クレアの言葉に静かな衝撃を受けていた。
まさか、あのクレアも、自分と同じように、これまでの10数年間、叶わない「もしもの世界」を夢見ていたとは。
しかも、その夢の中に、自分がいたということに、レオンの心は大きく揺さぶられた。
「……そうか」
レオンは、絞り出すように呟いた。
その声には、驚きと、深い理解、そして、言葉にならない感情が入り混じっていた。
彼は、クレアの重ねられた手に、ゆっくりと自分の指を絡めた。
そして、レオンは、クレアの瞳をまっすぐに見つめ、ゆっくりと、しかしはっきりと語り始めた。
「俺は、正直、この先あと何年、こんな戦いを続けられるか分からない。
自分でも、このままずっと戦い続けるのかって、時々、途方に暮れることがある。でも……」
レオンは、言葉を選ぶように一呼吸置いた。
彼の視線は、クレアの目から離れない。
「でも、もし、今から10年後、俺たちがこの戦いを、少しでも終わらせることができていたら……」
レオンは、まるで、クレアが語った穏やかな日常に、少しだけ希望を灯すように、未来の景色を描き始めた。
「たぶん、俺はもう、第一線からは退いて、誰かのために静かに、できることを探しているだろうな。
小さな街の、普通の警官に戻ってるかもしれない。それか、全く違う場所で、教師をしていたりとか……」
レオンの口元に、微かな笑みが浮かぶ。
それは、今の彼からは想像もつかないような、穏やかな夢だった。
「そして、その隣には、バイクの整備が趣味の、ちょっと口うるさいけど、太陽みたいに明るい女がいて……。
疲れた俺に、『まだやってるの?』なんて言いながら、コーヒーを淹れてくれるんだ。
週末には、二人でドライブに出かけたり、誰かの手助けをしたり……
きっと、穏やかで、静かな、でも温かい毎日を送ってる。
これまでの、血と硝煙にまみれた日々とは、全く違う、優しい時間が流れているだろうな」
レオンの言葉は、彼の心の奥底に秘められた、真の望みを露わにしていた。
それは、過去の夢の続きであり、クレアとの再会によって、新たに形作られ始めた、未来への希望だった。
そして、レオンは、クレアの手をそっと握りしめ、まっすぐな瞳で彼女を見つめた。
「クレア。君は10年後、何をして、どうなっていると思う?」
その問いかけは、ただの未来への好奇心だけではなかった。
彼の瞳の奥には、確かな願いが込められていた。
「そして……これからの10年に、俺は、君の隣にいるのか?」
レオンは、その問いに、クレアからの答えを、静かに待った。
彼の表情には、この先の二人の関係を、真剣に、そして深く考えていることが見て取れた。
レオンからの予期せぬ問いかけに、クレアの心臓は大きく跳ねた。
彼の言葉の一つ一つが、まるで彼女の胸の奥深くにある、最も秘めた願望に触れたようだった。
10年後の自分。
そして、そこに彼がいるのか、と。
クレアは、レオンの握る自分の手を見つめた。
彼の言葉が描いた未来の風景は、クレア自身の夢とも重なり合う。
「10年後……」
クレアは、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、今までの感傷的な表情とは違う、強い決意が宿っていた。
「私はね、きっと、今と同じように、この世界からバイオテロをなくすために、できることを探し続けていると思う。
でも、もう一人で突っ走るようなことはしない。ある人と協力しながら、前に進んでいきたい」
クレアは、そう言って、レオンの目をまっすぐに見つめた。
その「ある人」が誰であるのか、彼の瞳は確かに理解したはずだった。
「その人と、少しずつ、愛を育てていきたい。一緒に笑って、一緒に悩んで、時にはぶつかり合って……でも、どんな時も、お互いを支え合って生きていきたいの」
クレアの声は、穏やかでありながら、確かな響きを持っていた。
彼女が描く未来は、彼らの過去がそうであったように、決して楽な道のりではないかもしれない。
しかし、そこには、確かな温かさと、深い絆があった。
そして、クレアは、さらに言葉を続けた。
その表情は、少し照れながらも、揺るぎない願いに満ちていた。
「そして……10年後には、妻となって、子供を抱いていたい。
たとえ、この世界がどんなに危険な場所であっても、その子に、少しでも平和な世界を残してあげられるように。
そして、守るべき家族がいるからこそ、もっと強く、前向きに進んでいけると思うから」
クレアは、レオンの手を握り返し、彼の瞳に、その想いを込めるように見つめた。
彼女の描く未来は、レオンが思い描いていた「普通の幸せ」と、驚くほどに重なっていた。
そこに、彼が「隣にいる」未来が、明確に示されていた。
その言葉は、レオンの心を深く震わせた。
彼女が、これまでの戦いと苦悩の先に、そんなにも温かく、具体的な未来を望んでいることに、そして、その未来の中に、確かに自分がいることを示唆していることに。
クレアは、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、今までの感傷的な表情とは違う、強い決意が宿っていた。
クレアは、レオンの手を握り返し、彼の瞳に、その想いを込めるように見つめた。
彼女の描く未来は、レオンが思い描いていた「普通の幸せ」と驚くほど似ていた。
レオンは、クレアの言葉を静かに受け止めた。
彼女の決意に満ちた眼差しと、未来への願いに、彼の心の奥底に眠っていた何かが、ゆっくりと溶け出すのを感じた。
「そうか……」
レオンの声は、先ほどまでのような疲弊は感じられず、むしろ穏やかで、少しだけ弾んでいるように聞こえた。
彼はクレアの手を握りしめたまま、その瞳をじっと見つめた。
「もし、その未来が現実になったら……」
クレアは、ふっと笑みを浮かべた。
そして、少しだけ悪戯っぽく、レオンに尋ねた。
「ねぇ、レオン。もし10年後にあなたが誰かと結婚していたら、子供は何人くらい欲しい? 性別はどっちがいい?」
レオンは、クレアからの突然の具体的な問いかけに、一瞬だけ目を見開いた。
普段は任務のことばかり考えている彼にとって、そんな個人的な未来を具体的に想像する機会はほとんどなかっただろう。
しかし、クレアの問いは、彼の心に温かい光を灯した。
彼は少し考え込み、それから頬を緩ませて答えた。
「うーん……そうだな。何人って決めるのは難しいな。でも、最低でも二人はいて欲しい、かな。賑やかな方がいいだろ?」
レオンは、空いている方の手で、顎を撫でた。
「性別は……そうだな、男の子と女の子、一人ずつとか。兄妹で、きっと色んな騒動を起こしてくれるんだろうな」
彼の声には、これまでになかった、穏やかな親としての想像が滲み出ていた。
「じゃあ、奥さんはどんな人?」
クレアは、レオンの顔を覗き込むようにして尋ねた。
彼女の視線には、期待と、そして少しの好奇心が宿っていた。
レオンは、クレアの問いに、再びふっと笑みを浮かべた。
その視線は、クレアの瞳に吸い込まれるように、じっと彼女を見つめている。
「俺の妻は……きっと、誰かのために、真っ直ぐに突き進んでいくような、情熱的な女性だろうな」
レオンは、ゆっくりと、しかし確実に、その「妻」の特徴を語り始めた。
「少し強気で、危なっかしいところもあるけど、周りを明るくする太陽みたいな存在だ。困ってる人を見ると、放っておけない優しい心を持っている。そして、バイクの整備が趣味で、ガレージで油まみれになってることも多いけど……」
レオンの言葉は、まるでクレア自身のことを語っているかのようだった。
クレアは、彼の言葉を聞くにつれて、少しずつ表情を変えていった。
彼の言葉の端々から、自分自身が浮かび上がってくることに気づき始めていた。
「口うるさい、なんて言ったけど……実は、俺のくだらないジョークにも、付き合って笑ってくれる、懐の深い奴なんだ」
レオンの目は、クレアから離れない。
その瞳には、隠しきれないほどの温かい感情が溢れていた。
「朝は、コーヒーの香りで俺を起こしてくれて……」
そこでレオンは、にんまりと口元を緩ませ、さらに続けた。
彼の声には、冗談めかした響きと、しかし確かな本心が混じり合っていた。
「そして、夜は……疲れて帰ってきた俺を、ベッドで優しく抱きしめてくれるような、温かい妻だ。時には甘く、時には激しく、お互いの存在を確かめ合って、深い愛を分かち合う……そんな、最高のパートナーだろうと」
レオンの言葉に、クレアの顔がみるみるうちに赤くなる。
彼が何を言いたいのか、彼女には手に取るように分かった。
それは、まさに、彼らの間に流れる親密な空気の中でしか言えないような、大胆で、しかしどこかロマンチックな願望だった。
「ちょ、コラーッ!レオン!」
クレアは、思わずといった様子で、レオンの腕をバシバシと叩いた。
その声には、怒りというよりも、恥ずかしさと、そして彼との距離が縮まったことへの戸惑いと、隠しきれない喜びが混じっていた。
「俺だって男だ」
レオンは、クレアの反応を見て、満足そうに笑った。
彼の疲弊していた表情は、すっかり晴れやかになっていた。
クレアの頬は熱く、心臓は高鳴っていた。
レオンが語る「最高のパートナー」像は、紛れもなく彼女自身だった。
そして、その大胆な言葉の裏にある、彼自身の願望が、クレアの心を強く揺さぶった。
レオンは、クレアの手をそっと引き寄せた。
二人の間にあったわずかな距離が、ゆっくりと埋まっていく。
「クレア」
レオンの声は、先ほどまでの冗談めかした調子とは打って変わり、真剣な響きを帯びていた。
彼の瞳は、クレアの視線から決して逸らさない。
「俺が描いた10年後の未来に、君がいてくれて、本当に安心した。そして、君が描いた未来にも、俺がいたことに……何て言えばいいか、言葉が見つからないくらい、嬉しい」
レオンは、クレアの頬にそっと手を添えた。
彼の指先が触れる場所から、温かい熱が広がっていく。
「これまでの10年間、俺たちはそれぞれ、想像もできないような過酷な道を歩んできた。でも、これからの10年間は、違う。俺は……」
レオンは、深く息を吸い込んだ。
「これからの10年間、君と一緒に過ごしていきたい。どんな困難が待ち受けていようと、二人で乗り越えて、君が望むような、温かい未来を、俺が守りたい」
彼の言葉は、告白であり、そして、守りたいという強い意志の表明だった。
レオンの目は、真剣そのものだった。
クレアの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
それは、喜びと、これまでの苦しみが溶け出したような、温かい涙だった。
彼女もまた、この言葉をずっと待ち望んでいたのかもしれない。
「レオン……私もよ」
クレアは、震える声で答えた。
彼女も、レオンの手をそっと握りしめた。
「私も、これからの10年間、あなたと一緒に過ごしていきたい。時にはあなたが私を支えて、時には私があなたを支える。そうやって、お互いに協力しながら、前に進んでいきたい」
クレアは、レオンの瞳をまっすぐに見つめ、強く頷いた。
「そして、10年後に、私たちが望む未来を、あなたと二人で、この手で掴みたい」
レオンは、クレアの言葉に、安堵と、満ち足りたような笑みを浮かべた。
彼は、クレアの体をゆっくりと引き寄せた。
クレアもまた、迷うことなく、レオンの胸へと飛び込んだ。
二人の体が、固く抱き締め合う。
銃弾や血の匂いではなく、互いの体温と、安堵の息遣いが、ロッジの静寂に満ちていく。
長い間、孤独な戦いを続けてきた二人の魂が、今、ようやく互いを求めて一つになったようだった。
そして、レオンはクレアの顔をそっと持ち上げた。
互いの視線が絡み合い、言葉にならない想いが通じ合う。
コロラドの緑深い景色が広がる窓の光が、二人の顔を優しく照らしていた。
レオンは、クレアの唇に、ゆっくりと、しかし確かな約束の誓いのキスを落とした。
それは、10年の時を超えて、二人の未来を繋ぐ、温かい約束の始まりだった。