竜姫の弟子 新進のコラレ   作:通勤

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 相も変わらず牛の歩みな進行だと思いますが、お付き合いいただければ幸いです。


出会いは薄明りの下

 わたしとその人が出会ったのは、よく晴れた暖かい日の事でした。その日は私の10歳の誕生日、ずっと本格的に魔法を習いたいと言っていた私に、おじいちゃんが誕生日プレゼントだと言って家庭教師を付けてくれたのです。

 始めて見たその人は、女の私でもドキドキするくらい綺麗な人でした。腰まである長い銀の髪は、日の光を受けてきらきらと輝き、彫刻のような端正な顔は冷たい美しさを放っています。その顔立ちとはどこか不釣り合いにも感じられる柔らかいほほえみは、どこか寂し気に見えました。

 

 勇者ヒンメルの死から20年 

 中央諸国 工商都市ツァーンラート

 

 その人との出会いから一週間、師匠の身の回りの整理も落ち着き、初めての訓練が行われる事になりました。

 

「ふむ……それなりだな」

 

 わたしが防御魔法を使うのを見ると師匠は、頬を少し緩めて言いました。始めて出会った時と同じ姿でしたが、ひとつだけ違いがあります。その額から湾曲した角が生えているのです。

 

「魔法は祖父からか?」

 

「はい、と言っても基礎だけですけどね」

 

「あろうな、あれには魔法の才は無かった。教えられても、基礎だけだろう。お主は優れた才がある。アドラー生まれのガルーダか……」

 

 師匠は懐かしむように、目をつむりました。最後の言葉は何かの例えでしょうか、人との文化の違いを感じます。

 

「ところで、お爺ちゃんとはどういう関係なんですか? お爺ちゃんは恩人としか、教えてくれなくて」

 

「どういうか……そのままだ。余は死にかけていたあ奴を救い上げ、少し魔法の手解きをした……それだけだ」

 

「じゃあ、別れたのは……? お爺ちゃんは師匠のこと語るとき、いつも寂しそうでしたし、今の師匠もです」

 

 わたしの言葉に、師匠は視線を下げ、少し考え込む様にした後、口を開きました。

 

「まるで、あ奴と余が恋仲であったかの様な言い方をする。だが……そうか……全ては時間が解決する。今となっては些細なすれ違いだ」

 

「すれ違い?」

 

「さて、御喋りは此処までだ、もう一度やって見せよ」

 

 師匠に強引に話を打ち切られ、言われた通り、魔法で障壁を張ります。何度も繰り返してきた動作、一切の淀みなく流れるように行い、正直、これまで師匠であった、お爺ちゃんよりも上手くできる自信があります。

 

「ふむ……(ヴェス)第六階位の攻(ジスト・ル・バン)火炎(フォレム)灼熱(ハイヒルト)爆裂(バズカ)──火球(フォーデルカ)

 

 師匠は魔法を使う私をちらりと見ると、おもむろに呪文を唱えました。杖の先端から小振りなリンゴの実位の大きさの火の玉が放たれます。突然師匠が、魔法を使った事には驚いたけれど、小さな火の玉くらいなら、簡単に防げる自信があります。

 

「え……」

 

 火の玉は障壁に触れた瞬間、爆発を起こしました。障壁を回り込む様にして迫る火の手に対して、どうにか反応し、正面だけだった障壁をぐるりと周囲を覆う様に展開します。

 

「あつっ……」

 

 どうにか防いだものの、炎は腕を掠め、その熱さに思わず腕を引きました。

 それにしても、いきなり攻撃魔法を使うなんて、師匠は見た目に依らず恐ろしい人なのかも知れません。いや、そもそも角が生えている時点で、人では無いのですが。

 

「ん……見せてみよ」

 

「何をっ?」

 

 不意に師匠に手を掴まれ、引き寄せられました。その手は意外にも、無数のたこがあり、ごつごつしていました。

 

(ザス)第二階位の快(ゼガ・ロ・オン)地精(グラド)治癒(イーア)――地快(アルドメディカ)。これで良し、痛むか?」

 

「へ……? 痛くないです」

 

 師匠が魔法を使うと、腕の火傷はきれいに消え去っていました。

 

「さて、今回はここまでだ。余はこの街が見てみたい、お主が案内してくれ」

 

「えっと、もう? まだわたし、何も教えてもらって無いんだけど……」

 

「あぁ、お主の実力は見せてもらった。それに、お主の杖も用立てねばならんだろう」

 

「杖? 杖ならこれがあります。わざわざ買う必要なんて」

 

 私の手には、古い樫の木から削り出された捩じくれた杖があります。お爺ちゃんが、魔法を始めて教えてくれた時にプレゼントしてくれた、大切なものです。

 

「それはお主の祖父の杖だろう?」

 

「ええ、お爺ちゃんがくれた、私の宝物です! 他の杖を使うなんて考えられません」

 

「そうか、そうだろうな。だが杖は用立てるべきだ、お主が本気で魔法使いとしての道を往くのであれば」

 

 師匠は淡々と私の言葉を切って捨てました。

 

「なら、聞かせてください。なんでこの杖じゃダメなんですか?」

 

「その杖はお主に合っておらん。欠け身の者が剣を得た所で欠け身のまま、道具というのは自身に合ったものである必要がある」

 

「でも……」

 

 わたしの口から声が漏れます。これを手放すことなんて考えられません。

 

「ふぅ……それを使うにしても、お主に合わせるべきだ」

 

「え……? これを使っていいの?」

 

「……。 (ヴェス)第十二階位の変(トゥベルフ・ア・ラギ)変化(フォーシェイフ)変質(カンビオ)変化(フォーシェイフ)変容(アラギ)――変身(フェアエンデル)。行くぞ、はようしろ」

 

「はいっ……!」

 

 その額の角を消し、歩き出す師匠に続いて、わたしも歩き始めました。

 

 

 

「えっと……こう……か?」

 

 わたしの真似をするように、師匠は駅員さんに切符を切ってもらい。私の後に続いて、列車に乗車しました。街に出てからの師匠は、屋敷での落ち着き払った姿が嘘であったかのように、そわそわとしていてまるで子供のようです。

 

「これほどの人を乗せて動く箱、素晴らしいな。かつての余は、遠くから眺めている事しかできなかった……」

 

「そうですね、わたしもそう思います。お爺ちゃんも始めて動いた時の事を、何度も語ってくれました。それと、ゆくゆくは他の街とも繋げたいとも」

 

 そう、これはお爺ちゃんが創り上げた物です。いや、この列車どころか、この街自体がお爺ちゃんが創り上げた物と言っても、過言では無いかもしれません。お爺ちゃんが発明した道具は、この街の人々の生活を支えています。

 

「それで、お主、何故魔法を学ぼうと思った?」

 

「え……?」

 

 ずっと車窓から景色を眺めていた師匠は、不意に振り向くと言いました。その視線は私を射抜くように、真っすぐに見据えています。

 

「正直に言おう。魔法などより、お主の祖父の技術の方が優れている。それでもお主は何故、魔法を学ぶ?」

 

「お爺ちゃんの技術の方が優れている、ですか? そんなこと無いと思います。だって、空を飛んだりとか、辺り一面を花畑に変えたりだとか、魔法の方がすっとすごくて、たくさんのことが出来ます。それに、機械は誰にでも使えます……わたしはわたしにしか出来ないことがしたいんです」

 

「なるほど、要するにお主は特別で在りたいと……まあ、誰しもそう思う事はある。安心しろ、動機が不純だの何だのと、理由を付けて降りるなどとは言わぬ。但し、祖父の魔動機術師としての技術も学べ。そこにお主の求める物がある」

 

 そこで列車が止まりました。窓から見える看板には商業地区と書かれており、この駅が私たちの目的地だと示していました。しかし、師匠は列車が止まり降りることが出来るのに動き出そうともしません。私の方を見つめたまま、私の返事を待っているようです。

 そのまま数秒の空白が流れ、わたしは気づき、声を上げてその手を引きます。

 

「師匠、目的地です。降りますよ!」

 

「ん……そうだったのか。では案内を、な」

 

 師匠の手を引き、列車を降り、人のごった返す駅を出ると広場があり、その先に無秩序に建物が立ち並んでいます。それらは様式も材質も違って、それぞれ、赤、黄、緑と様々な色に飾られていました。あたりは呼び込みをする店員や、談笑する恋人、はしゃぎまわる子供達と、大人から子供まで様々な人々が行き交っています。

 とりあえず、広場から伸びる大通りを進むことにしました。正直、わたしも商業地区に詳しいとは言えません。というか、勢いに任せて連れ出されてしまいましたが、まだ子供の私だけで大丈夫なんでしょうか。

 

「その、お爺ちゃんに街に行くことを話さなくて良かったんでしょうか?」

 

「問題ない、お主に関しては全て任せると言われている」

 

「うーん、それならいいんだけど……」

 

 今の師匠には何となく、不安があります。そう考えていると、いつの間にやら、師匠が屋台の前へと移動していました。

 

「ふむ、これをふたつ。ああ、そうしてくれ」

 

「ありがとうございましたー」

 

「ほれ、お主の分だ」

 

 困惑するわたしの口に、師匠は屋台で買ったものを押し込んできました。

 

「ん……もふ、もぐもぐ」

 

 ふわふわと柔らかくてほんのりと甘い味、この街ではありふれた間食として愛されている卵焼き串です。

 

「うむ、実に良いな。これの甘味は砂糖に依るもの、砂糖など最後に口にしたのは、はて……何時だったか」

 

「最後って……師匠、いったいどういう生活をしてきたの?」

 

「ふふっ……」

 

 わたしの質問に、師匠は柔らかく笑いました。

 

「それは追々、話す事にしよう。だが、砂糖が庶民の口に入るまで普及したのは随分と最近の事。さらに言えば、今でも手に入らぬ地域は多い」

 

「そうなんですか……私なんにも知らないですね」

 

 わたしにとっての世界とは、この街の中だけの狭いものだったのだと、気づかされました。

 

「お主はまだ幼い、これから多くの事を学んでいくさ」

 

 いつの間にか師匠が先を進み、私がその後を追いかける形になっていました。勝手知ったる庭のように、ずんずん師匠は進んでいきます。

 

「案内してほしいって言ってたのに、道……分かるんですか?」

 

「いや、知らん。だが……」

 

 そう言って師匠は立ち止まり、大通りから路地への曲がり角にある建物へ視線を向けました。

 

「見つけた」

 

 興味なさげにも思える、平坦な口調で師匠は言うと、まっすぐそちらへと歩いて行きます。それに付いて私も歩いて行くと、木地の壁に灰色の屋根の建物、入り口に掲げられた飾り気の無い看板には、『宝石の杖』と書かれていました。

 

「いらっしゃい、本日は如何様ですかな?」

 

 入口の扉をくぐると、店主らしい老人が穏やかな声色で迎えてくれました。その人は、ふわふわとした柔らかな口ひげを上品に整え、鼻先にちょこんと小さな丸眼鏡を引っ掛けた、優し気な見た目をしています。

 

「彼女の杖を用立てて欲しい」

 

「ほう……魔法使いの卵の門出に立ち会えるとは、私は実に幸運だ。では、小さなお嬢さんどうぞこちらに」

 

 お爺さんに促され、テーブルの前に立ちました。お爺さんは店の奥へ入っていくと、シンプルな木の杖を持って戻ってきました。

 

「まずはこちらを、材質は黒檀、表面は鏡の様に磨き上げられた真っすぐな物」

 

 手渡されたそれは、真ん中がほんのり膨らんだ形で、色は深い黒と鈍い赤とが入り交ざりマーブル状になっています。滑らかな木の感触は、私の手に吸い付くようでした。

 確かにお爺ちゃんの形見より、私に合ったものであると言えるのでしょうが、それでも私は言わなければいけない事があります。

 

「その……」

 

「ふむ、どうやらこれはお気に召さないようだ。お嬢さん、どんなものが好みなのかな? いや、違うね。お嬢さん、その杖見せてみなさい。大丈夫、悪いようにはしない」

 

「えっと……はい……」

 

 おずおずと両手で杖をわたしが差し出すと、お爺さんはそれを手に取り、ゆっくりと様子を確認していきます。しばらく眺めると、大きくうなずき杖をテーブルに置きました。

 

「分かりました、これを調整しましょう」

 

「出来るんですか!」

 

 わたしは喜びに身を乗り出しました。

 

「はい、調整には一週間ほど戴きます。お代は受け渡しの際に、どうぞこちらにサインを」

 

「ふむ……これは、お主が自身で書くべきだな」

 

 師匠は、店主のお爺さんから受け取った紙を私に渡してきました。わたしはペンを取ると、ゆっくり大きく息を吸い、ゆっくりと紙の上にペンを走らせていきます。始めての経験、大人の階段を昇ることのように感じます。

 コラレ、それがわたしの名前です。

 

「ほう、この名前は……貴女がエンダン様のご令孫ですかな?」

 

「えっと……ご令孫?」

 

「孫という意味だ」

 

 私の疑問に、師匠が補足を入れてくれました。

 

「そうですよ、私のお爺ちゃんはエンダンです」

 

 初対面の人であっても、わたしの事を知っているのは、珍しいことではありません。確かにお爺ちゃんは偉大な人物だと思いますが、孫娘である私は特に何か有るわけではありません。

 

「しかし、エンダン様と魔法は、いささか対極にある様に思いますな」

 

「いや、そうでもないだろう」

 

 わたしもお爺ちゃんが、簡単なものではあるものの、魔法を使えると知ったとき、同じことを思いました。けど、その言葉に師匠が反論しました。

 

「魔法の行使を機械によって代替する。形はどうであれ、才の無い人間であっても魔法を扱う事が可能だ。魔法の恩恵を万人が受けられる様に……それは今現在、使われている魔法技術の祖たる、フランメの理想に近しい」

 

「ほう、それは。確かにそうかもしれませんな。いやはや、彼は私等にとって、商売敵と言っても過言では無いもので、少し色眼鏡を掛けていたのやも、知れませんな」

 

「では、任せよう」

 

 師匠は軽く手を上げると、お店の出口へ歩いて行きます。

 

「えっと、よろしくお願いしますね」

 

 わたしはひとつお辞儀をしました。

 

「これからもご贔屓ください」

 

 杖屋さん? いえ、魔道具屋さんを後にした後、師匠に付いて、街のあちこちを回って行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで……わざわざ余に連絡を取ってきた訳だ、お主……何時まで持つ……?」

 

 

「……、やはり把握されておりましたか。医者が言うには、持って数年だそうで……今はまだ何ともないのですが、すぐに目に見えて体調が悪化すると」

 

 

「そうか、(ザス)超階位の快(トランザル・ロ・オン)地精(グラド)消去(ドレナス)治癒(イーア)再生(リナシタ)生命(ラーファト)――地生(アルスメアドルニカ)

 

 

「これは……?」

 

「少なくともお主の孫、あの娘が15になるまでは生きろ。魔法を教える条件として、お主の技術を学べと言ってある。これから先、間違いなくお主の技術があの子には必要になる」

 

「それはそれは、相変わらず強引な人だ。分かりました、それにワシも残り少ない時間、あの子に思い出を作ってやりたい」

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