竜姫の弟子 新進のコラレ   作:通勤

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緩やかに流れる

 勇者ヒンメルの死から20年 

 中央諸国 工商都市ツァーンラート

 

「うへぇ……」

 

 たくさんの魔導書と羊皮紙、それに何やらよくわからない草や石に囲まれ、思わず声が漏れました。

 

「毎日、毎日、毎日、座学ばっかり。師匠、もっと実践的なことがしたいよ」

 

「なんだ、まだ一週間程しか経っておらぬではないか、魔法の鍛錬の基本は座学だ。それに、お主は魔法の行使に関しては申し分ない。見習いにしては……だが」

 

 わたしの言葉に、師匠は顔を上げて言いました。その手元では糸と針を、せっせと動かしています。

 

「というか師匠、それは何をしているんですか……?」

 

「ん、編み物だが?」

 

「えー……」

 

 さも、何かおかしいのか、といった様子で聞き返して来ないでほしい。師匠が編み物、正直言って、まったくイメージに合っていません。

 最初出会った時の印象通りの清楚な人であったのなら、違和感はありませんでしたが、この数日で師匠は、わがままで活動的な人であると分かりました。まさか杖の注文が終わった後、日が傾くまで街の中を、引きずり回されることになるとは。

「まあ、良い。そろそろ頃合いか」

 

 師匠は手元の糸と針を机に置くと、立ち上がりました。

 

『小さな幻を作る魔法』

 

 師匠が呪文を唱え杖を振ると、羽ばたく白い鳥が1羽、あらわれました。正直、地味な魔法でもったいぶるようなものでは、無いように思えます。

 

「その顔、得心がいかぬようだな。簡単そうに見えるか?」

 

「はい、簡単な魔法でも、あたり一面に花を咲かせたりできるのに、小さな幻を作るだけなんて……」

 

「そうだな、確かにそう見えるだろう。だが、やってみれば分かる」

 

 私の言葉に、師匠は目を閉じると、口元を緩ませました。

 

「『小さな幻を作る魔法』あ……あれっ……?」

 

 私の使ったその魔法は形にならず、弱弱しい光がふわりと散っただけでした。

 

「この魔法は一見、簡単そうに見えるが、実際は此れでいて中々に高度だ。『小さな幻を作る魔法』」

 

 もう一度、師匠が魔法を使うと、今度は師匠の上から色とりどりの花びらが、ひらひらと舞い散りました。

 

「そして、極めて応用が利く。魔力の操作、柔軟な発想、魔法を形にする確固たる意志、この道を往くのに必要な物だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者ヒンメルの死から21年

 

「こうして、上部の高温部から株の低温部へ、熱を移動させるわけだ、分ったかい?」

 

「うん、お爺ちゃん」

 

 私は頷き、羊皮紙にペンを走らせていきます。紙面上をすらすらとペンが走り、やがて羊皮紙1枚が文字で埋め尽くされていきました。

 

「では、今日はここまでにしようか」

 

「うん、分かった」

 

 お爺ちゃんによる、今日の講義が終わりました。私は目の前に広がった技術書やら何やら、を片付け、お爺ちゃんも、見本の模型を片付けていきます。

 

「ねぇお爺ちゃん……前、言ってた師匠が命の恩人だって話、詳しく教えてほしいな。師匠に聞いても、いつもはぐらかすんだよね」

 

「師匠には聞けなかったか……確かにあの人は、自分の事を語りたがらない。分かった、コラレ、話してあげよう。と言っても、儂自身あの日の事ははっきりとは覚えておらんのだが」

 

 所々、事実とは異なるかもしれない、そう前置きすると、お爺ちゃんはゆっくりと語り始めました。

 

 その日は、特に寒くも熱くも無い秋の日だった。いつも通り流れていくと、誰もが思っていたであろう日常は、けれど唐突に壊された。

 その時、儂は皮を剥いた果実の枝を紐で縛っていた、冬を越すための保存食を作るためだ。そんな折、酷く慌てた様子で母がやって来た。私が住んでいた村は魔族の襲撃に遭ったのだ。母に手を引かれ、魔族から隠れて村の外へと逃げようとしたのだが、すぐに見つかってしまった。

 母は私の背を押し、儂が逃げる時間を稼ぐため魔族へと向かっていった。儂はそこで起こった事が怖くて、振り向く事も出来ず、唯々何もかもを振り切るように走った。そして、村の外れ、共有の石窯が設けられた小屋にたどり着いた。しかしその時、視界の端でチラリと何かが光ったかと思うと、突如小屋が崩れてきた。

 建物の下敷きになった儂は、何が何だか分からないまま、体の熱が引き、手足の痺れと共に視界が暗くなっていった。

 

 意識を失ってどれくらい経っていたのか、何もかもが崩れ落ちた中に、儂は横たわっていた。そんな儂を、覗き込むようにしてその人、後の師が立っていた。

 儂は村の人々はどうなったのか、貴女は何者なのか、などと問いかけたが、その人は何も答えず、逆に日の光が眩しく感じないか、喉に違和感は無いかなどと聞いてきた。儂は問い掛けの意味する所が分からず、なんとも無いと答えると、その人はそうかと小さく呟き、儂の問いに答えてくれた。

 

「魔族は皆、余が殺した。だが、村人は……そう……引き戻すことが出来たのはお主だけだ……」

 

 その日の事は、記憶の奥に仕舞い込まれ、所々で抜け落ち、曖昧に成ってしまっている。けれど、その言葉と、その人の影になってよく見えない表情は、酷く印象に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者ヒンメルの死から22年

 

 ここ暫くの間、師匠の姿を見ていません。確かに師匠は神出鬼没な所があり、ふわりと姿を消してどこかへ行ったかと思うと、その少し後には屋敷の庭で、どこからか持ち込んだテーブルで1人お茶を飲んでいたりします。ですが、1週間以上も帰って来ていないのは、始めてのことです。

 

「いや~それ、あんた心配しすぎでしょ」

 

 呆れたように、私の友達であるフリューが言いました。

 

「そうかな?」

 

「そうだよ〜。師匠って、あの若い女の人でしょ、恋人の所にでも入り浸ってるんじゃないの?」

 

「恋人かぁ、師匠に限って、それは無いんじゃないかな」

 

 確かに師匠は若い見た目をしていますが、内面は老人のそれである所が多々あります。前に年齢を聞いたら、200か500、好きな方を選べと、意味の分からない返しをされたのをよく覚えています。魔族の500歳が人間にとってどれくらいの年齢に当たるのかは、分かりませんが、間違いなく若くは無いように思います。

 

「そう? まぁ、そのうち戻ってくるでしょ。あの人、本当に気まぐれだし。いつだったかも、うちの弟妹(きょうだい)相手に、吟遊詩人みたいな事してたし」

 

「そうだといいんだけど……けど、確かに心配しててもどうかなる訳じゃないし、そうだね、うん」

 

 心のスイッチを入れ替えるように、わたしは大きく頷きました。

 

「元気が出たみたいで良かった。じゃあさ、今日もあんたの魔法見せてよ」

 

「良いけど、前見せた時からそんなに変わってないよ」

 

「それでいいのよ、この街の魔法使いなんて、あんた達だけなんだから、何度見たって新鮮よ。はぁ、私も使えたらなぁ」

 

 以前はフリュー、師匠に自分にも教えて欲しいと頼んだそうですが、才能が無いと、にべ無く断られたそうです。

 

「すー……はー……」 

 私は大きく深呼吸して、針の様に意識を尖らせ、杖の先端に意識を集中します。魔力によって、全身の産毛が逆毛立つような感覚が広がり、左手の指先がパチパチと火花が散ります。

 

『小さな幻を作る魔法』

 

 杖を振るうと、その軌跡に沿って虹が掛かりました。

 

 

 

 

 

(ヴェス)第十五階位の破(フィブレド・イ・レス)魔力(マナ)消去(ドレナス)無効(ナシン)消失(ヴァン)――完消(キルフェンレクト)

 

「世界に根を張り、広がっていく呪い……恐らく把握しているの余だけ。行使者の姿は言わずもがな、姿すら知れぬ……まぁ良い、どちらが先に焦れるのか、我慢比べといこう」

 

 

 

 勇者ヒンメルの死から23年

 

「うーん……」

 

 わたしはお爺ちゃんの工房の敷地の片隅に設けられた、私の自身の工房で作業机に向かって、模型と向き合っていました。それは木で組み上げられた骨組みに薄い紙の翼膜が貼り付けられた、鳥というか竜というかを模した物です。

 1年ほど前から練習を続けている空を飛ぶ魔法が、上手くいかない私は、一旦魔法の練習を切り上げ、飛行機械の開発に手を割いているのでした。

 しかし、そちらの方も上手くいっているとは言えません。高い場所から発進させれば、山越え丘超え、動力の魔力が切れるまで、真っすぐ飛び続けられますが、地面から飛び立つことが出来ません。

 

「……随分と煮詰まっているようだな」

 

「師匠」

 

 掛けられた声に振り向くと、ポットとカップを持って師匠が立っていました。私が模型を脇に除け、机の上を空けると、師匠はポットの中の液体をカップに注ぎます。すると、すっと胸の透くようなさわやかな香りが広がり、埃臭い工房の臭いを上書きしました。

 

「出来うる限り手を尽くし、八方塞がり。ならばこそ、弟子に手を差し伸べるのが余の役目だ」

 

「ならばこそって……ずっと見てたのなら、もっと早く助けてくれても良かったじゃないですか」

 

「それではお主の為にならぬだろう。お主が手を尽くすことが何よりも肝要だ」

 

 師匠は、私の不満をさらりと流すと、カップに口を付けました。それを見た私も、カップに口を付けます。

 

「美味しい……師匠変わったお茶ですね、これなんですか?」

 

 カップの中の液体は、透明度の高い褐色で、口に含むとまず苦みがあり、酸味と甘みが余韻をもって広がります。そして何よりも、すばらしい香りが口から鼻へと抜けます。

 

「あぁ、これはコーヒーだ。大陸南方の島に行った時に手に入れた。極浅煎り、風味は軽く酸味が強い。それに砂糖を加えてある」

 

「コーヒー……えっ!? これが……ですか?」

 

 コーヒーと言えば、泥水の様に真っ黒で、舌が曲がるかと思えるほど苦い液体の筈です。これは苦みはごくわずかで、透き通ってカップの底が見える。

 

「こんなコーヒーが……」

 

 わたしはクイと一気に残ったコーヒーを飲み干しました。

 

「それで師匠、私には何が足りないんでしょうか?」

 

「ふふ……それはお主が掴む事、余に出来るのはその切っ掛けを与える事だけでしかない」

 

 師匠は意味深に笑みを浮かべました。

 

「さて、ここでは狭い。場所を移そう」

 

 

 師匠に付いていくと、街の近くの草原に案内されました。今日も若草の匂いを乗せた穏やかな風が、吹いています。

 

「さて、では飛ぼうか」

 

 師匠はおもむろに変身を解くと、わたしのすぐ後ろに立ちました。

 

「え……? あの……」

 

 そして、わたしの腕の下から手を通して抱き寄せると、バサリと翼で空を打つ音を立て、飛び立ちました。

 

「ちょっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 わたしの叫びを他所に、師匠はぐんぐんと上昇し、街を見下ろす様な高さまで来ました。ふわふわと浮いているようで現実感が無いのは、突然のことを飲み込めていないからだけでは無いはずです。

 

「師匠ぉ、せめて何するかは教えてくださいよぉ」

 

「ん……?ああ、それはすまなかったな」

 

 私が半泣きで懇願すると、師匠は高度を落とし、ゆっくりと地面に降りました。着地の仕方は柔らかく、衝撃など感じられないほどです。

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃないです……」

 

 地上に降りても体の震えが止まらず、膝が笑っています。

 

「スー……ヒュー……スー……ハー……」

 

 わたしはゆっくりと深呼吸をして、息を整えようと努めました。ゆっくりと息遣いが、落ち着くのを感じます。

 

「落ち着いたか?」

 

「どうにか……」

 

「では、行くとしよう」

 

 師匠は、またわたしを抱えると飛び上がりました。そして、今度はただ上昇するのではなく、錐揉みしながら上昇し、続いて急降下します。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 続いて、連続でループを描いたかと思うとそのまま上昇、幸い目を回すほどの速度ではありませんが、私の尊厳を垂れ流すことになりそうです。

 そして、上昇からピタリと止まると、師匠は信じられない行動に出ました。

 

「では、鳥に成ってくると良い」

 

「へ……!? ウワァァァァァァァッ!!」

 

 師匠は、私のお腹に回した腕を放しました。空宙に放り出されたわたしの体が、地面に引き寄せられるように落ちていきます。体に打ち付けるように流れてくる風が、恐怖でひと際冷たく感じられ、そして時間が引き延ばされるようにゆっくりに感じられます。

 

「ど……どうにか……」

 

 恐怖で真っ白になりそうな思考をどうにかつなぎ止め、意識を研ぎ澄ませ魔法の行使を始めます。イメージするのは、風を受け止める大きな帆。しがみつく様に杖を固く握りしめ、半ば叫ぶようにして呪文を唱えました。

 

「『空を飛ぶ魔法』!」

 

 体に衝撃が来て、その場に私の体を止めました。

 

「ふむ……上手くいったようだな」

 

 下から上がって来た師匠は、満足そうに眼を細めて言いました。

 

「ししょっ……?」

 

 わたしの口から出ようとした文句は、喉元で止まりました。師匠の手が優しく私の頭に乗せられたのです。

 

「良くやった」

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