勇者ヒンメルの死から24年 工商都市ツァーンラート近郊
「あれは……」
飛行機械の実証試験を終え、帰路に就いていた私は、街にほど近い林で魔族たちに遭遇しました。この位置から見えるのは3人ですが、これで全員かはわかりません。
私は身を屈めると、音を立てないよう足を滑らせるように木の陰に身を隠し、息を潜めて魔族たちの観察を始めます。街の衛兵に伝えるにしても、魔族たちの目的が分からない事にはどうしようもありません。
「……街……面しろ……だが……ない……」
魔族たちは何か相談をしているようですが、この位置からでは途切れ途切れどころか、内容の一部しか聞こえません。しかし、彼らは何か物々しい雰囲気で、とても友好的といった様子には感じられません。
わたしは街に戻るため、這いずる様に移動を始めます。しかしその瞬間、魔族の声がこちらに向けられました。
「何時まで、そうしてこそこそと隠れているつもりだ? なぁ……小娘?」
魔族はとうにわたしに気づいていて、なんのつもりか、気づいていないふりをしていたようです。わたしは観念したように、彼らの前へと姿を現します。
位置が変わったことで、彼らの姿をはっきりと確認できるようになりました。人数は全員で5人、背の高い男性が2人と中肉中背の女性が1人、そして少年と少女です。
「小娘、貴様魔法使いだな?」
そう言って、目の前に立ったリーダー格の男性は値踏みするような視線を、こちらに向けて来ました。細やかな刺繍が施された衣服に、緩くウェーブがかった長い髪、貴族的な印象さえも受けます。そしてその額には魔族の特徴である2本の角がはえていました。
「ええ、ですが、それがどうかしましたか……?」
「お前達は下がって見ていろ」
その言葉に、わたしを取り囲むように立つ4人の取り巻き達が、少し下がりました。
「私はな、小娘。これまで幾人もの魔法使いを殺してきた。」
「降参しろとでも言いたいんですか……?」
「いや、小娘、存分に藻掻いてみせろ。すぐに終わってしまうのでは退屈だ、お前はどれだけ持ってくれる?」
「っ……!『小さな幻を作る魔法』」
わたしが作り出すのは、鏡のような質感の無数の花びら。彼ら魔族たちの視界を塞ぎ、その隙を突くようにして飛行魔法で空中へと身を躍らせます。
魔力視を行ったところ、魔族たちは私よりも格上、その上に数も多い。幸いにして実力が上であるがゆえの油断、そこを突いての撤退が最適解のはずです。
『鉄の茨の魔法』
わたしを挟みこむようにして、無数の棘の付いた金属のロープが、獲物に喰らいつく蛇の様に襲い掛かってきました。
「っ……く……!」
辛うじて魔法を防ぎ、さらに高度を上げます。高度を上げれば、衛兵が気づいてくれる可能性が高くなってくれるはずです。
「逃げるか……だが、いつまで持つかな?『鉄の茨の魔法』」
「しゅふぅぅぅぅぅ……! すぅぅぅぅ……!」
上下左右、4方向から迫る魔法を、すり抜けるように回避し、魔族のリーダーから距離を取るように飛びます。しかしその思惑も虚しく、今度は正面から、突き出される槍のように魔法が迫ります。
「っ……!」
障壁を展開し防御、どうにか凌ぎましたが、ほんの少し遅れていれば串刺しにされていました。しかし、安心する間の無く魔族の追撃、薙ぎ払うように振るわれるそれを、飛行魔法を切って自由落下することで高度を下げて回避、ローブの裾を魔法が掠めました。
「なかなか飛ぶのが上手いようだな。だが、私たち魔族は小娘、貴様たち人間とは年季が違う……」
必死になって振り切ろうとしても、振り切るどころか距離を取る事すら出来ていません。頬を掠める風がひと際冷たく感じられました。
「逃げるばかりでは、つまらんぞ? 『鉄の茨の魔法』」
「すぅぅぅ……!……しゅふぅぅぅぅ……!」
魔族の攻撃の激しさが増しました。それはまさしく暴風雨、左下から薙ぎ払われかと思えば、背後と正面から真っすぐに迫り、それを防げば、今度は逃げ道を防ぐようわたしを取り囲いながら迫ってきます。
「っ……!」
一撃が左腕を掠めました。目を向けると袖が切り裂かれ、血がしたたり落ちていきます。しかし、気にしている暇はありません。私を取り囲むように6本のロープが迫ります。
「んんぅぅぅぅぅぅ!」
全方位に障壁を展開し、強引に編み上げられた魔法の結界をこじ開け、抜けだします。しかしそこからさらに追撃、障壁で防ぎますが、このままでは先に魔力が切れてしまいます。幸いにも攻撃を捌き続けて来て、ちらちらと攻撃の間に見え隠れする隙を見つけました。
「ふぅぅぅぅ……」
息を吐き、意識を研ぎ澄ませます。チャンスは一度限り、師匠は教えることを遠ざけているようでしたが、自己流で学んだ、基礎的な攻撃魔法。基礎的だからこそ詠唱が早く、ほんの一瞬の隙を突くことが出来ます。
『鉄の茨の魔法』
矢のように迫る魔法を障壁で防御、電撃の様に詠唱を行います。
『
「何っ……!?」
「やった……」
収束された魔力の光線が、目の前の魔族を貫きました。多分やったはずです。
『鉄の茨の魔法』
「え……!?」
魔法の鋼線が、私の脇腹を貫きました。じくじくと傷が痛み、口の中に血の味が混じります。
「なんで……? ゴフッ……」
「この程度で魔族を殺せるとでも……?生憎だが小娘、人間と違って、われら魔族は頑丈だ。終わりだ小娘……『鉄の茨の魔法……!』」
8本の棘を伴った魔法の茨が迫ります。防御も回避も出来ない、終わりです。ああ、最後にお爺ちゃんに今日の成果を見せてあげたかった……
「……、……ん?」
しかし、いつまでたっても、わたしの最期は訪れませんでした。目を開ければ、そこには大きく広げられた銀灰色の翼がありました。
「師匠……!」
すらりとした長身、美しい銀の髪、そして、威厳を感じさせる優美な角、わたしの師匠である魔族が、障壁で致死の一撃を防いで、確かに立っていました。
あまりの熱さに冷たいと錯覚してしまう超高温の炎のような、魔力を全身から迸らせ、朗々と呪文を紡いでいきます。
「――
衝撃に視界が揺れたかと思うと、すさまじい熱量と光が周囲を覆いました。そして、世界を覆う白が晴れた時、魔族たちの姿は跡形もなくなっていました。
「ん……!」
「えっと……師匠……?」
「良かった……」
次の瞬間、わたしは振り向いた師匠に、抱きしめられました。その力は強く、痛いぐらいでしたが、その温かさが心地よく、わたしは目をつぶってなすがままにされていました。