魔族との戦いから数日が経過し、重症のわたしはその間、自室のベッドに横になったままとなっていました。
「師匠……?」
「なんだ……?これか?」
声を掛けると、師匠は机の上の籠に盛られたりんごの実を差し出しながら返事を返しました。
「いただきます。いえ、そうでは無くて……なんでわたしは、まだ寝たきりなんですか? 師匠なら完治させることも簡単ですよね……?」
「ふむ……それか、確かにその程度の怪我、余にとっては造作も無いこと。しかしだ、お主は魔族相手に大立ち回りを演じた、怪我なぞ関係無く休むべきだ。それに……」
そこで師匠は一旦言葉を切ると、オレンジを一房口に入れ、言葉を続けました。
「強力な回復魔法を用いて強引に活動するなぞ、必要に駆られた時だけで十分だ」
「そういうものなんですか……」
低い声で含蓄含んだように話す師匠でしたが、わたしにはいまいちピンと来ませんでした。
「さて、少し重要な……」
「コ~ラレ?」
師匠の言葉を遮るようなタイミングで、唐突にノックも無しにフリューが、部屋に入ってきました。
「あ、師匠さん。どうもー」
「ん……? ああ、確かお主は……さて、どうしたものか……」
「あれ? おじゃまでした?」
「いや、良い。どうせ、第三者に聞かれて困ることは話さん」
入って来たフリューに一瞬、師匠は考えるように目を細めましたが、すぐに表情を戻すと、椅子に座るよう促しました。
「えっと、どうもです」
遠慮がちにフリューが椅子へ腰を下ろすと、師匠は続きを話し出します。
「如何せん此度は、悪目立ちし過ぎた。随分と面倒な相手に目を付けられる異になってしまった」
「面倒な相手……ですか? それは一体?」
面倒な相手、師匠がそこまで言うとは何者でしょうか、魔族を倒した事で目をつけられる事になっている辺り、恐らくは魔族なんでしょうが、並の相手では返り討ちのはずです。七崩賢、とかでしょうか?
「大陸魔法協会だ」
「「大陸魔法協会っ!」」
師匠が出したその名前に、わたしとフリューの声がハモりました。
大陸魔法協会、それは大魔法使いゼーリエが設立し、2000近い魔法使いが所属する、大陸最大の魔法使いギルドです。
「って、何……?」
「えー……」
わたしと一緒に驚きだったという声を上げておいて、大陸魔法協会とは何かと尋ねるフリューに、なんとも気まずい沈黙がその場に流れました。
「ざっくり言ってしまうと、この大陸の魔法使いを管理している団体だな」
本当にざっくりしたというか、間違ってはいないけど、何か微妙に実態とは異なるような説明です。少なくとも管理している、というのは実態と異なるように思えました。
「ふ~ん、で? なんで、お2人は所属してないの?」
「えっと、わたしが入ってないのは、加入申請をしに行けないからかな。この街と協会との折り合いが良くなくて、この街じゃあ、支部も無いからね」
そう、この街と魔法使いとの折り合いはすごく悪い、この街で発展する機械技術は、彼ら魔法使いたちにとって奇異なもので良く思われておらず、ましてやわたしのお爺ちゃんはその機械技術の先駆者、協会に加入するのは非常に気まずいものがあります。
そして師匠に関しても、というか師匠はさらに彼らに近づくことが出来ないでしょう。
「まぁ、余は俗世から身を引いた、隠者故だな。そもそも、この手の権威におもねってやるのは面白くない」
「隠者って、師匠さん人嫌いとかじゃない、じゃないですか。よく市場横の広場で物語を歌ってるし」
そう、フリューの言う通り、師匠は間違いなく人間が好き。ただ、だがらこそお爺ちゃんが呼び寄せる前、普段は人を避けて生きてきたのでしょう。人間を愛するからこそ、人間とは交わるべきではないと考えている。わたしの想像でしかありませんが、間違っていないはずです。
「ふふ、そうだな。ただ、今回の件でそういう訳にもいかなくなったということだ。とは言え、今は友人同士水入らず、話は終わったし邪魔者は退散するとしよう」
そう言って、師匠は部屋から出ていきました。
「なんか大変なことになっちゃったみたいね? 体、もう大丈夫?」
「うん、大丈夫。ふふっ……ありがとう」
「どうしたの笑って?」
「だってフリュー、昨日も一昨日も同じこと言ってたんだもの」
フリューはあの日から、毎日こうしてわたしの様子を見に来てくれています。
「当然でしょ。あんた、あの日は本当に真っ青で、ほんとに死んじゃうんじゃないかって思ったんだもの」
「うぅ……それは、ごめんなさい。けど、もう大丈夫、傷はとっくに塞がってるし、もう痛みもないもの」
「それならいいんだけど、ほんとにっ! 無理しないでよね」
フリューが語気を強めて念押ししてきます。
「うん……約束する。もうあんなに怖い思いなんてしたくないもの」
わたしは柔らかくうなずきました。
「それならよし! 所でさ、大陸魔法協会が面倒な相手って、どういう事なんだろうね? 倒した魔族の仲間に目を付けられました~って方が、あたしだったらよっぽど嫌だな」
「あ~……それは多分……」
これはどう語ったものか、わたしはそこで言葉を詰まらせました。師匠が魔族より人間の組織の方が厄介だと考えているのは、敵対してはいけないから。力ではなく、それこそ政治家のように権謀術数で戦わなければならないからでしょう。師匠の戦い方はすごく素直なやり方で、搦め手を使わず正面から押しつぶすような戦い方、力での戦いでもそうなのなら、政略的な交渉なんて尚更でしょう。
当然それだけではなく、師匠が魔族である、という事情も大きく関わってはいるでしょうが。
「師匠、話し合いで解決とか、苦手みたいだから」
流石に苦しい言い方でしょうか……
「あ~、なんとなくわかる気がする。あの人、割と自分の都合だけで生きてる所あるし。基本的に善性なんだけど、自分のやりたいことが最優先というか」
フリューは納得できた様子で頷きました。正直、師匠の正体についてどう語るべきか、悩んでいましたので、助かりました。
「ん~これ、ウマっ!」
何気無い所作で、フリューがお見舞いの品の果物に手を伸ばし、口に1切れほおり込みました。
「えー……それ……いくんだ」
師匠が持ってきてくれた果物はあまりにも沢山で、1人ではとても片付かないので、食べる事は全然良いのですが、普通に桃とかぶどうとかではなく、まさか全く素性の分からない大きな毛虫みたいな見た目のを、躊躇なく口にするとは。
「ほら、コラレも食べてみなって、見た目と違っていけるよ」
「う……」
フリューがその白い果肉を差し出してきます。師匠が危険性があるような物を持ってくる訳も無いし、フリューも普通に食べていたので、問題なく食べられるはずですが、これを口にするのは見た目的に抵抗があります。
「ええい……ままよ!」
わたしは意を決して、それを口に入れました。
「あ……美味しい……」
意外にも、もちもちとした食感で爽やかさ酸味と甘味がありました。