今日は久しぶりに、直接教えたい事があると師匠に呼ばれて、街の近くの草原を訪れる事になりました。空は程々に雲が流れ、快晴というわけではありませんが、良い日和だと言えるでしょう。
「大陸魔法協会に目を付けられた以上、お主にも最低限の自衛程度なら、出来るようになってもらわねばならなくなった。正直気乗りせんが、『
師匠は、杖に体を預ける様にして、気怠げに立ちながら言いました。
「ずっと思ってたんですけど、何でそこまで『
これまで何度か師匠に直接教えを請おうとしましたが、その度に適当にはぐらかされ、流されてきました。
「ふむ……お主、実際に戦ってどう思った?」
「えっ……?」
師匠の問いの意味が、一瞬分かりませんでした。戦いの感想が何故、一般攻撃魔法を教えない理由になるのか。けど、わざわざ聞くということは何か意味があるはず。魔族との戦いを思い返します。
そう、あの時は何もかもが無我夢中で、必死に魔族に喰らいつこうとして、そして……
「怖かった……」
搾り出すように私は呟きました。間近に迫る死の実感、今思い出しても凍えるように血の気が引いて、身体が震えます。すると、ふわりと柔らかく師匠に抱き締められました。
「そうだな……お主はそれで良い、それが人として正しい。だが、余は違う。余は殺す事も殺される事にも何の忌避感も無い。どう足掻いても戦場から離れられない……戦いなど、そんな者に任せておけば良い」
その声色はどこかか細く、しかし重みを伴っていました。師匠が頑なに踏み込まれるのを嫌っている過去、その重みの一端が見えた気がしました。
「そんなわけ……そんなわけないじゃないですか……! 怖くないって、ならなんでそんなに辛そうなんですか……!? 辛いなら辛いって言って下さい。頼りないかもしれないですけど、それでも……!」
「ふぅ……辛くないのは事実だ。だが……その気遣いには感謝する。ありがとう……」
師匠はどこか諦めたように息を吐き、目を閉じました。
「さて……では、まずは見本だ。『
師匠が杖を空に向けて突き出すと、収束した魔力の光線が放たれました。相当加減しているのか、基本的な魔法らしい随分と平凡なものです。わたしも同じように空へ杖を向け、魔法を使います。
『
「はぁ……お主……随分と練習していたようだな……これはこれで話は早いか……まぁ、良い」
師匠と同じように光線が空へ向かって放たれました。その様子を見た師匠は、じとりと目を細め、声を低めました
「『
「え……」
わたしは言葉に詰まりました。『
「……速さでしょうか?」
「そうだ。今、現在であればそれが正しい」
「現在であれば……? どういうことですか?」
どうやら、合っていたようです。しかし現在であればという言葉が気になります。
「そうだな。では、この魔法の歴史、それをその始まりから話していくとしよう」
そう言って、師匠が軽く空気を小突くように杖を振るうと、魔族の姿が投影されました。『小さな幻を作る魔法』わたしも得意な師匠が編み出した魔法です。
そこに映し出木のたのは、頬まで裂けたかのような大きな口、眼球の姿のうかがい知れない細い目、そして山羊の様な角の異様な姿の魔族です。実際の大きさは分かりませんが、恐らく相当大柄だと思えます。
「今から50年……いや100だったか……? まぁ良い、それはさして重要では無い。クヴァールという名の魔族が猛威を振るった」
クヴァール……それがこの魔族の名前なのでしょう。
「そ奴の魔法に、当時の人類のありとあらゆる魔法に対する防護策が、完全に無力だった。恐らく魔族込みであったとしても、当時それを防ぐことが出来たのはマハトや魔王など、極少数の者だけだっただろう。それが人を殺す魔法、今広く攻撃に用いられる一般攻撃魔法の原型だ」
人を殺す魔法、恐ろしく物々しい響きです。当時から他にも攻撃魔法はあり、それらによって犠牲になったであろう人も大勢いるでしょうに、その代名詞となっている。
「それが解明、研究され人類に広く扱われていく様になる。だがこの当時の『
「速い必要が無いから、ですね」
ありとあらゆる防御が無意味なら、防御の隙間を縫うための速さなんて必要ありません。
「そうだ、当時の『
師匠は小さな木の的を取り出すと、地面に置き、呪文を唱えます。
「
もやのような魔法のベールが、的を覆います。師匠は小石を掴み、それに投げました。ひゅっと音を立てて飛んだ石は、ベールに触れると勢いを失って地面に落ちました。
それを確認した師匠は、今度は的に向かって杖を向けます。
『
杖の先端から放たれた光線が、的を弾き飛ばしました。それは極めて出力を絞られ、事実として的の表面には小さな傷だけ、威力からすれば的に掛かった防御魔法に防がれてしまうはずです。
「このように人を殺す魔法は、魔法防御を擦り抜ける様に貫通し、正に必殺の代名詞だった。しかし、やがて防御魔法や防具の耐魔法加工の発展により、その優位性は消失する。当然、それに対抗し『
「つまり……いや……違う……」
問いの答えは両方とも、現在であれば速度、過去であれば威力と言いかけて、言葉に詰まりました。わざわざ行った答えが分かり切ったような問題。一般攻撃魔法と呼ばれるまで研究、発展が行われた魔法。
「そう……」
師匠が私に教えてくれた『小さな幻を作る魔法』それを師匠は魔法使いの全てが試されると言いました。一般攻撃魔法もまたそうではないでしょうか。つまり……
「拡張性……極めて応用が利く点、それこそが今も昔も変わらない『
「その通りだ」
師匠は満足そうに、目を細めて頷きました。
「そしてその上で、『
そう言うと、師匠は大仰に腕を開いて杖を構えました。
『
杖の先端を中心に花弁のように配置された魔法陣から、無数の光線が濁流のような勢いで連射されました。洗礼や鮮やかさといった言葉とは無縁の、荒々しい粗野なやり方、思わず私の口から言葉が漏れます。
「魔法使いの戦い方じゃない……」
そう、これを例えるのであれば、力自慢の巨漢がただただ技術も何もなく、力任せに武器をやたらめったら振り回すようなもの、知性も何もあったものじゃない、頭の悪いやり方、けどこれが歴戦の魔法使いが、長い時間を掛けてたどり着いたものであると、知ったうえで考えると、ある種の合理性が伺えます。
防がれてしまうのであれば防がれればいいと割り切って、威力や精度を切り捨て速度に振って、相手に防御を強制させる。この速度であれば相手は、反撃ができませんし、魔族たちを一撃で消し飛ばしたあの魔法のように、師匠であれば現代の防御魔法を容易く貫通できる魔法が使えます。
「これが、余の『
わたしの『
「分かりました、師匠。ところで、師匠はクヴァールと戦った事があるんですか?」
「いや、余は奴と対峙した事は無い」
これは意外でした。死の代名詞とまで言えるほどの被害を出した魔族、当然師匠も戦ったものだと思ったのですが。
「それは何故ですか?」
「まず、余が南方へ移動してきたのは、魔王が討たれた後の事で、活動範囲が奴とは被っていなかったのが1つ。それと、余が討つべきではないと、友に止められたからだ」
「倒してはいけない? それと友達ですか……?」
師匠の友人、師匠は相変わらず過去をあまり語ってくれませんから、気になる言葉です。
「討ってはならぬ言葉の意味は、後になってみれば簡単なことだった。『|人を殺す魔法《ゾルトラーク』は、人が魔族に対抗するための剣として、必要だったから。しかし、それは後になってからの事、あ奴は誰よりも先を見通す目を持っていた」
「その人は一体……?」
「ふふ……そうだな、その質問に答えるのはいつかまたの機会にしよう。恐らくはそう先では無いはずだ」
師匠はやっぱりというかなんというか、意味深にはぐらかしてしまいました。