「…………………ん?」
パチクリ、と瞬きをする。夏真っ盛りの街の日々を過ごしている中で、とりわけ忙しい訳でも暇な訳でもない日々を送っていた。しかし気がつくと広大な…図書館?っぽいところに来ていた。
「……どこまであるんだ…?」
上に、下に、右に、左に、前に、後ろに……上下に対して言うのはおかしいが、地平線の向こうまで消えるほどの巨大な本棚があった。左右にはところどころ通れる通路があるのだが、結局変わらない。まるで全方向に鏡合わせにしたかのような無限に続く空間。
「…俺、何してたんだっけ?そもそも…」
こうなったであろう原因である直前の記憶が出てこない…もしまた記憶喪失でもなければ、俺の最後の記憶は布団に入った時である。それより前は海に行くリムルさんを見送ったくらいなのだが……それも明日には帰ってくる。
「…………」
流し見しているだけだが、本の表紙の側面にはタイトルは書いていない。取り出してきちんと面を見ないと、タイトルは分からないだろう。
「というかこれ下はどうなってるんだ…?」
普通に歩いているが、下にも本棚は続いている。こんな場所で降りたくなったらどうするつもりなんだマジで……と思っていると…ふわりと一段下がった。急に来るなよびっくりしちゃう。
「……んー…」
1冊、手に取る。何かのヒントになるかも知らないと、俺がそう感じたのだ。というか解決策がまるで分からない。なんかアクションを起こさないと。
「タイトルは………『井沢静江』?」
異世界の、それも女性名だろうか。著者も何も無い、タイトルだけの本。何となく開き、読もうとページを開き………俺の頭に、激痛と『ある物』が浮かんでは消えていく。
「ッづぁ…!?」
大容量のデータパックを送られた感じ。ダメだ視界も働かない。しかし俺は、彼女の『全て』を見た。頭から終わりまで……そう、ページを開けた瞬間…この女の人生が流れ込んできたのだ。だからどうという訳では無いが……痛い。
「……なんだよ、これ……」
チカチカする中で、本を戻していき…新たな1冊を手に取る。そこに書かれていたのは……人の名前ではなかった。タイトル『大賢者』である。こっちは読んでも何ともなかった……いや、どういうスキルかは書いていたが。
「……ちょっとマシになってきたな。けど人名が来たら回避しとくか……」
頭を振り、本を取っては別の本を取るというのを繰り返していく。人名ならば読まずに戻す。スキル名なら読む。と繰り返していくと…段々それ以外の本もあることに気がついた。
「人類史拷問集だとか、情事集…年齢、年代、性別、国、その全部で分けられてる……」
因みにタイトル読んだだけで、中身は読んでいない。恐らく開けた瞬間さっきと同じようなことになる。改めて思うが…何だこの空間。不思議な本ばっかりだな。
と、しばらく歩いていると……目の前に凄い大きな黒い……
「こんなところに客が来るとは思わなかったが…」
「……初対面の人に言うのもなんですけど、ここどこですか?それに、あなた誰ですか?」
向こうに敵意はなさそうだけど、それはそれ。原因かもしれないと考えると警戒してしまう。警戒するだけで、何ができる訳でもない…ということに今気がついたのでどうしようか悩むが。スキルが発動しない。何でだ。
「俺は………今は名もないオークだ。ここがどこかと言ったな…ここはある者のスキルの中だ」
「………………はぁ…?」
スキルの中ってなんだよ。って思った瞬間に、一冊の本を渡された。『
「……まぁ理解はしましたよ?なんで俺がここに来たんです?」
「…恐らくミスだろうな。俺も偶然ここに辿り着いた所を手伝わされているが……存外、悪くない職場だ…」
「ミスって……」
「少し前に、何者かのスキルを受けたようでな。その際にこの空間にある本たちが全てバラけてしまったのだ。今我らで整理しているところだが……大体2ヶ月ほど、整理し続けている」
えっぐいくらいブラックな職場じゃん。いや、そうならざるを得なかったということか?今度ここリムルさんに紹介して、整理整頓手伝ってもらってもいいかもしれない。
「……まぁ、それなら俺も手伝いますよ。いつ帰れるか分かりませんし」
「君はすぐに帰れそうだが……助かる」
そう言って俺はその人と別れて、適当に散歩していく。よく考えたらどうやって直せばいいのかも分からないが、何故だろう……分かる気がする。
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道中、それなりの人とすれ違った。ペストマスクみたいなのをつけてた人や、さっきの人とおなじオークの人達。ペストマスクの人以外は落ち着きながら仕事していた。ペストマスクの人は殴りかかってきたので、殴り返してしまった。
と、そこで気づく。ここはスキルの一切が使えない空間の様だ。それに全員の身体能力も均一にされている。足して割った数字で平均…ではなく、全員1にされてるようなイメージと思ってもらったらわかりやすいだろうか。
そう言えば、何だかワイルドになったベニマルさんみたいな人達もいた。ちょっと老けてたようにも思えるけど、あの人の親族って確か俺が来るよりも前の戦いで亡くなっていたような……間違えて声かけちゃってたけど…ベニマルさんのことを聞かれたから、仲良く過ごしてるって答えたら幸せそうな顔をしていた。もしかして…って思ったけど、敢えて考えないことにした。さっきまでのやり取りを考えるに、いてはいけないのは俺の方だ。そして恐らくこの空間は『そう言った』人達がいる空間なのだろう。ならば、黙ってた方がいいのかもしれない。
「……この本は…向こうだな」
イメージして、放り投げる。そうすると勝手にどこかへと飛んでいく。ここは本も俺たちもイメージで何とかなる世界観なのだろう。そう落ち着きつつも、ある程度手伝いをこなしていた時……『それ』はあった。
「━━━━『虚色の原初、ハイド』…?」
俺と同じ名前。しかし見慣れぬ文字列が手前に着いていた。なんだこれ、2つ名?それとも同名の別人の本か?なんて困惑していたが…取り出した本一冊分の隙間、そこにも驚愕の文字列があった。俺は、無性に寒気を感じてそこにあった本全てを引っ張り出していく。そうして目立つもの全て抜き取ってから…少し、異常だと他人事のように感じていた。
「…………なんだ、これ…?」
『迷宮女王配下、ハイド』『天撲の使徒、ハイド』『天撲滅殺人、ハイド』『鏡の魔女盟友、ハイド』『帝国序列除外0番、ハイド』『魔神の子供、ハイド』『好事家のお眼鏡、ハイド』『魔素溜り出身、ハイド』『原初の赤三配下が一人、ハイド』『獣人ハイド』『遊び相手その2、ハイド』……これでも1部だ。他はもう読んでもないのに頭が痛くなってきたからタイトルすら見てない。恐ろしいのは同じタイトルに2回目だとか3回目とか振られてるのもあるので、本の量が凄まじいことになっている。まとめろ1冊に……じゃなくて。
「同名多すぎないか…?」
現実逃避だと思われても仕方のないことを言う。いくらなんでも現実味がない、同名にしたって多すぎる。そもそもこの空間は何なんだ。意味がわからない……と頭を悩ませていたその時、後ろに明確な気配を感じた。
「ッ!誰━━━」
「振り向かないでください」
ピタリ、と俺の動きが止まる。後ろにいるのが誰かは分からない。声からして女性だろうか?どこかで聞き覚えのあるような声だが…しかし、ピンと来ない。
「……残りはどこにあるかと思っていましたが…この本達、固まって来ていたのですね」
そう言われた瞬間、俺と同じ名前が書かれた本達が一斉に遠くへ飛んでいく。どうやら後ろに人物はあの本達を気にしていたらしい。だが……解せない。何故だ?
「お手伝い、ありがとうございました」
「……そりゃ、どうも……ついでにここから帰る術を教えて欲しいんですけど」
「…あぁ、それは問題ありません」
「なんで?」
「私が帰すからです」
その言葉の直後、俺の意識が微睡む。ある位置初めて感じる睡魔だろう。いつもは意識をオンオフしてもらっていたから……いや、しかしこれ俺やばい様な━━━━
「……おやすみなさい、ハイド…にしてもまさか無理やり出てきたところに意識をOFFにしたと思ったら…引きずり込んじゃってたなんて……でもそのお陰で整理は終わったし……」
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「━━━ふぁ、朝か」
《おはようございます》
何故か変な夢を見た気がする。しかし内容は覚えていない。にしても最近にしては珍しく、先生が出てきてくれた。嫌われたのかと思っちゃったよ。
《スキルの整理を行っていました……が、この度終わりました》
「そう?ならよかった、嫌われてないようで何より」
先生に嫌われたら俺はまともな生活が送れないことが判明している。故に俺は先生に頼らざるを得ないのである……と、そういえば今日リムルさんに呼び出しされてたな。正確には全員だったけど。なんて言ってたっけ……
《記憶を参照……本日をお盆休みにする、という話しですね》
お盆……先祖が帰ってくるやつだよね。きゅうりに乗ってやってきて茄子で帰るっていう。
《まぁおおよそその認識で大丈夫です》
でもそれ異世界の日本の知識でしょ?魔物達に納得してもらえるのだろうか…いやまぁ適度な理由つけて行くんだろうけどね。しかしそういう事なら…俺はゆっくりするしかないかな。学校も休み、ってことになってるし。
《近頃例のカタキの仲間達がこの街に留まっているらしいので、彼らと手合わせしたり話をしたりするのはいかがでしょうか》
…なるほど、それはありかも。んじゃあそうしようか…じゃ、行こうか先生。お盆休み発表するみたいだしね。
《場所は街の中央です》
ありがと。
………ということもあり、先生は無事に俺とちゃんと会話してくれるようになったのでした。