今後、多分色々起きるのでしょうね。
でも連載予定はありませんm(_ _)m
「次、ヴァリエール嬢」
コルベール先生の声に、わたしは肩をびくりと震わせた。
むかしから聞き慣れているはずの自分の名前が、今だけはやけに重たく響く。
──ぜったいに失敗なんて、できない。
さっきまでのクラスメイトたちの召喚。
みんな、そこそこ立派な魔獣やら精霊やらを呼び出していた。
ドラゴンだの、グリフォンだの。
そのたびにヒソヒソとした声が背中を刺す。
(ゼロのルイズにできるのかしらねぇ)
(どうせ爆発オチでしょ)
きゅっと唇をかみしめて、わたしは杖をかざした。
「わ、わたしの名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!
五つの力を司るペンタゴン!古き契約に従い──」
いつも通りに、完璧に暗唱してきた詠唱。
それしか、わたしには誇れるものがない。
詠唱だけは誰にも負けない。
「あるべき姿に従いし、わたしの前に現れなさい――
我が使い魔よ!」
最後の一節と同時に、魔法陣がまばゆく輝く。
胸が高鳴った。今度こそ、今度こそ──!
……と思った瞬間。
ドゴォォォンッ!!
大地が揺れるほどの爆発。
視界が真っ白になって、顔に砂と煙がぶつかってくる。
「また爆発だ…」
「やっぱりゼロだよ」
耳障りな声が、煙の向こうから聞こえてくる。
「う、うるさいわね……!」
むせ返りながら杖で煙を払うと、そこには。
「……な、なに、あれ」
クラスメイトたちのざわめきが、一瞬にして変わった。
嘲りから、ざらついた驚愕へ。
煙の中心に立っていたのは──
粗末な黒いマントのようなコートを羽織り、
全身、傷と筋肉でできているみたいな、大きな男。
背中には、鉄の板をそのまま削ったような、ありえないほど巨大な剣。
「人間?」
「平民か?」
「いや、あんなの……兵士でもあそこまでは……」
ざわめく声が、どこか怯えている。
(人間……? でも、魔法陣が反応したってことは……)
わたしは喉を鳴らしながら、一歩前に出た。
だって、これはわたしの召喚。この人は、わたしの──
「……あんた。こっちを見なさい!」
黒い髪の男が、ゆっくりと顔を上げる。
その目が、わたしを刺す。
冷たい。
底なしの闇を、無理やり人間の形に閉じ込めたみたいな目。
一瞬、背筋に氷の針を差し込まれたみたいに震えた。
でも、ここで怯んだら、笑われる。
わたしはヴァリエールの三女なのだ。
「こ、これより契約の儀式を行います!
ひ、ひざまずきなさい!」
男はぴくりとも動かない。
近くのキュルケがくすくす笑った。
「ルイズ、犬にでも言うみたいだったわよ?」
「うるさいわね!」
頬が熱くなる。
それをごまかすように、わたしはドカドカと男の目の前まで歩き、
ぐっと見上げた。
(……近くで見ると、もっと大きい⋯でも、関係ないわ!これは儀式なんだから)
「聞こえないの? ひざまずきなさいって言ってるの!」
わたしが声を張り上げると、男はわずかに片眉をひそめただけだった。
何か言った気配はあるけれど、意味のある音には聞こえない。
「……外国の平民かしら?」
周りの声が、またクスクスと笑いに変わる。
そのすべてが、わたしの神経を逆なでする。
「いいわ、もう! だったら無理やりでもやってやるんだから!」
わたしは男の胸元をぐいっと掴んだ。
想像以上に固い。岩でも掴んでいるみたい。
「っ──」
わずかに驚いたように、男の喉が鳴った。
その隙を逃さず、わたしはつま先立ちになって、その唇にぐっと顔を寄せる。
「これで契約よ!」
周囲から、どっとどよめきが上がる。
「ルイズがキスした!」
「相手、あんなこわいのに!」
わたしだって、好きでやってるわけじゃない。
これも、立派なメイジになるために必要な通過儀礼なのだ。
……その瞬間。
「っ……な、な、なにこれぇっ!?」
男の左手の付け根が、眩しく光った。
付け根?付け根だ。左手の鎧の隙間から光が漏れている。
そこから炎のような赤いルーンが、皮膚の下に焼きこまれていくのが見える。
ただのルーンじゃない。
見たこともないほど複雑で、鋭くて、まるで呪いのような、禍々しい紋章。
と同時に──世界が、変わった。
さっきまで“音”にしか聞こえなかった男のうなり声が、
急に、はっきりと言葉として頭に飛び込んでくる。
「……チッ、何をしやがる」
「えっ、しゃべった!?」
さっきまで何を言っているかわからなかったはずなのに、
今は完璧に、トリステイン語に聞こえる。
(これが……契約の効果? それともルーンの力?)
わたしが戸惑っていると、突然、空気が重くなった。
ズン、と胸の奥に鉛を詰め込まれたような圧迫感。
ただそこに立っているだけのはずの男から、
肌を刺すような殺気が吹き出したのだ。
「ひっ……!」
一番近くにいたわたしが、思わず一歩引く。
それで、やっと視界の端に映った。
周囲のクラスメイトたちの顔が、一斉に強張っている。
「な、何よ、今の……!」
「やばいぞ、あいつ……!」
コルベール先生が慌てて前に出てきてくれる。
「ル、ルイズ君! すぐに杖をおろしなさい!
召喚は成功している! 契約も、終わったようだ!」
先生の声で、ぱちんと何かが切れたみたいに、殺気がふっと薄くなる。
男は、わたしの方を見下ろしたまま、低く吐き捨てた。
「……勝手な真似をしてくれる」
でもその言葉が、はっきりと理解できる。
それが、少しだけ悔しい。
(勝手なのは、どっちよ……)
胸の中で小さく毒づきながら、
わたしはぐっとあごを引き上げた。
「いい? あなたは今日から、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔よ!」
その名乗りに、男の目がわずかに細くなる。
「ああ、そうかよ……ご主人様、ねぇ」
皮肉の混ざった声色が、なぜか耳に残った。
---
──また、血の臭いだ。
腐った獣のような匂い。
黒い霧のようにまとわりつく、憎悪と怨念。
いつもの夜と同じだ。
あの烙印が、また何かを呼び寄せていやがる。
「チッ……」
ドラゴン殺しを肩に担ぎ直した、その瞬間だった。
世界が、裂けた。
視界の端に黒より暗い闇が走る。
胸の奥の烙印が焼けるように熱を持つ。
(門、か──? あの化け物どもか?)
構える間もなく、床が足元から消えた。
落ちる、という感覚さえ曖昧なまま、気づけば。
──土の匂い。
──石と、風の匂い。
目を開けると、見慣れない空があった。
城壁。塔。制服じみた服を着た連中が、ぐるりと周りを取り囲んでいやがる。
(……どこだ、ここは)
ざわざわとした声が、耳を打つ。
「~~~~?」
「~~~!」「~~~~~!!」
言葉の形はあるのに意味が抜け落ちる。
違う土地の言葉、なのか。
もっとも、この世界かどうかも怪しいが。
目の前に煙を上げた地面。
その中心に自分が立たされているようだ。
(召喚……儀式、ってやつか)
あまりにもわかりやすい。
こんなものは、何度も見てきた。
魔女。宗教屋。異端の儀式。
呼び出された“何か”は、大抵、ロクな目に遭わない。
煙の向こうから、一歩踏み出してきたのは、
やけに姿勢のいい、小柄な娘だった。
ピンクの髪。
精一杯つり上げている顎。
肩で息をしながら、こっちを睨み上げている。
長ったらしく喋っているが、なんだ?
ただ、自分を指さし、次に自分を顎でしゃくる。
(……こいつが、元凶ってわけか)
手を伸ばせば、首くらいは簡単に折れそうな、華奢なガキだ。
だが、取り巻きの連中と周囲の建物。
得体の知れない空気の流れ。
ここがどんな場所かも分からねぇうちに、
勢いで斬りかかるのは悪手だ。
だから、睨み返すだけにしておいた。
その視線に、ガキが一瞬だけ怯んだ気配がある。
それでも、引かない。
何かを叫び、杖を握りしめ、地面を一歩踏み鳴らした。
聞き取れない言葉の意味は、なんとなく想像がつく。
──ひざまずけ。
──命ずる。
──これは儀式。
どえせそんな感じだろう。
言葉は違えど、この手の奴らは大体同じだ。
「……」
ガッツは動かない。
命令されて従う筋合いはない。
周りの連中が、笑ったり、囁いたりしている。
その音はすべて、遠くに聞こえた。
こんな連中、いざとなりゃまとめて斬り払える。
問題は──
(烙印が、静かだな)
いつもの化け物の気配はない。
血の臭いもしない。
だが、空気に漂う何かはこの世界が“普通”じゃないことを教えてくる。
ガキが苛立ったように歩み寄ってきた。
胸ぐらを掴まれる。
人間の腕にしては驚くほど力が弱い。
ただ、鼻先まで近づいた顔には、
不安と意地とプライドがゴチャ混ぜにこびりついて見えた。
(……そうかよ、お嬢様)
次の瞬間、そのガキはつま先立ちになって
ガッツの顔にぐっと自分の顔を押し付けてきた。
やわらかい感触。
触れた。
と、同時に──
焼けるような痛みが左腕を走る。
生身の左腕の先に痛みが集中している。
「ッ……!」
反射的に目をやると、皮膚の下から赤い線が浮かび上がってくる。
紋章。印。呪い。
(またかよ……)
あの烙印とは違う。
だが、同じだ。
勝手に刻み付けられ、勝手に運命を捻じ曲げる“印”。
怒りが、喉までこみ上げる。
「クソッ……てめぇ、何を──」
言いかけて、ガッツは、息を飲んだ。
さっきまで意味を持たなかった音が、
突然、頭の中に、はっきりとした言葉として落ちてきたのだ。
「しゃ、しゃべった!?」
目の前のガキが、目を丸くしている。
その声も、もう聞き慣れた言語のように聞こえる。
トリステイン語なんて名前は知らないが、
少なくとも「今ここで通じる言葉」に、強制的に書き換えられたのはわかった。
(ルーンのせいか……)
左腕の先が、まだじりじりと熱を持っている。
その熱と一緒に、体のどこかで、鎖のようなものが締まる感覚があった。
“守れ”。
“この小娘を”。
“お前の力で”。
そんな命令が、言葉にならないまま、骨の髄に刻み込まれる。
胸の奥に、濁った怒りが沸騰した。
「……勝手な真似をしてくれる」
思わず吐き捨てる。
今度はちゃんと言葉になったそれを、ルイズが受け止めてしまう。
びくっと肩を震わせ、それでもガキは、顎を引き上げた。
「いい? あなたは今日から、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔よ!」
堂々とした宣言。
言葉だけなら、立派なもんだ。
(使い魔、ね……)
そんなもんは、これまで嫌というほど見てきた。
鎖。首輪。主と奴隷。
ただ、今回は違う。
左腕の呪紋が、ひどくいやな形で脈打っている。
──それが、気に入らない。
「……ああ、そうかよ。ご主人様、ねぇ」
皮肉を込めて答えると、
小娘の顔がほんの少しだけ、安堵でゆるんだ。
それを見て、ガッツは心の中で舌打ちした。
(……面倒なとこに、来ちまったな。あいつらは無事だろうか)
だが、斬るに斬れない鎖を刻み付けられた以上、
しばらくはこの茶番に付き合うしかなさそうだった。
続かない・ω・