俺が犠牲になればいいだけなのに、魔法少女たちがそれだけは許してくれない 作:ミケル バッシカ
僕は上条恭矢(かみじょうきょうや)、美樹さやかの幼なじみ。昔はバイオリンをやっていたが手の怪我でプロは断念。みんなに黙って遠くに転校したのだが訳あって見滝原に帰ってきた。
駅前は相変わらず、人が多い。夕方の空気は冷えていて、吐く息が白くなる。ああ、こういうのだけは昔のままなんだなって、変なところで実感してしまう。
改札を出たところで、視界の端に見覚えのあるピンク色が揺れた。買い物袋を抱えて、周りをきょろきょろしてる女の子。……鹿目まどか。
名前を呼ぶのに、少しだけ喉が引っかかった。帰ってきたことを、誰にも言わないままここまで来たのは僕だ。今さら「久しぶり」なんて、都合が良すぎるのに。
「まどか……だよね。久しぶり、覚えてるかな?小学校の頃、家が隣同士でよく遊んでたよね」
言ってしまった。言葉が、駅の雑踏に吸われていく。まどかは一瞬だけ固まって、それから目を丸くした。次の瞬間、スイッチが入ったみたいに顔がぱっと明るくなる。
「え……えっ!恭矢くん!帰ってきてたんだ……!」
うわ、近い。まどかがそのまま勢いで飛びついてきて、僕は反射的に体勢を崩しかける。抱きつく力は昔と同じで、遠慮がない。
「おっと……久しぶり」
軽く返したつもりだったのに、胸の奥が妙にきゅっとなる。まどかは離れない。むしろ、言いたいことを抱え込んだまま、僕の服をぎゅっと掴む。
「……どうして、黙っていなくなっちゃったの……?私、寂しかったんだよ?私だけじゃなくてさやかちゃんも……」
分かってたのに、言われるとちゃんと刺さる。
「ごめんね。あの時はもう何もかもどうでも良くて……」
口に出した瞬間、自分でも嫌になるくらい弱い言い訳に聞こえた。まどかはゆっくり腕をほどいて、僕の顔を見上げる。目の奥が、優しいのに痛い。
「……そうだ、その……手は……」
その言葉で、現実に引き戻される。僕は誤魔化すみたいに息を吐いて、右手を差し出した。
指先が勝手に震える。止めようとしても止まらない。指を動かすだけで、神経がじくじくと主張してくる。
「……見ての通りだよ」
まどかの視線が手に落ちる。触れたいのに触れられない、みたいな手つきで宙をさまよって、結局ぎゅっと自分の指を握った。
「治らな……かったんだね……」
胸の奥が、少しだけ冷たくなる。僕は頷くしかなかった。言い訳も希望も、もう出てこない。
「……うん。でももういいんだ。僕は他にやるべき事を見つけたから」
言い切ったはずなのに、まどかは「え?」って顔をしたまま、首を傾げる。そりゃそうだ。突然すぎる。
「やるべき事?」
僕はまどかに向き直る。ここで中途半端に笑ったら、たぶん全部が崩れる。だから、変に真面目な顔を作った。
「まどか、君は家族や友達を大切にしているかい?今の人生を尊いものだと理解している?」
まどかは少しだけ驚いた顔をして、それから真剣に頷いた。迷いがない。羨ましいくらい。
「……うん。パパもママもタツヤも、さやかちゃんも恭矢くんもみんな大好きだし大切にしてるよ」
……僕も、か。胸の奥がふっと軽くなる。だけど、軽くなった分だけ、次に言うことの重さが増す。
「……僕もかい?嬉しいね。なら――」
僕は、無意識にまどかに背を向けたまま、首をぐい、とひねり顎が少し上げる。
「今とは違う自分になろうだなんて、絶対に考えちゃダメだよ」
言葉だけは優しく言ったつもりなのに、まどかの目が少しだけ揺れた。
「……似たようなことを最近ほむらちゃんにも言われたな」
まどかの呟きに、思わず足が止まる。
「ほむら……もしかして暁美ほむら?」
「恭矢くん、ほむらちゃんのこと知ってるの?」
驚いたようにこちらを見るまどかに、俺は肩をすくめる。
「まあね。同じ病院に入院してたからたまに検査とかが一緒になることがあって。当時は数少ない同年代の患者だったからよく話したよ」
あの白い天井、規則正しい心電図の音。その隣で、本を読んでいた無口な少女の姿が自然と脳裏に浮かぶ。
「そっか……ほむらちゃんも小さい頃から心臓の病気で入院してたって言ってたもんね」
まどかはどこか納得したようにうなずいた。
「ほむらは学校では大丈夫?結構内気で人見知りだから苦労してるんじゃない?」
俺の中にある“暁美ほむら”は、外の世界にうまく馴染めるタイプには思えなかった。
「え?えっと、全然そんなことないよ。文武両道で美人で、ちょっと怖いけどみんなかっこいいって言ってるよ?」
予想外の答えに、思わず目を見開く。
「文武両道……?運動もできるの?」
「うん!体育の授業でハードル飛びで県大会も目指せるんじゃないかって先生が言ってた」
県大会。あの細い体で、心臓に爆弾を抱えていたはずの少女が。
「へえ、すごいね。さすがほむらだ」
口ではそう言いながら、内心では整理が追いついていなかった。
自分の知ってるほむらのイメージとかけ離れすぎている。
まさかとは思うけど……。
もしアレ絡みならマミ姉に聞くのがベストか……。
「恭矢くん?」
「……あ、ごめんね。なんでもない。まどかはやっぱり可愛いなって」
咄嗟に口をついて出た言葉に、まどかは目を丸くする。
「か、かわ!?」
耳まで赤くなるのがはっきり分かって、少しだけ可笑しくなる。
「その赤いリボン。似合ってるよ」
「か、からかわないでよ……」
視線を逸らし、小さく抗議するその仕草が、昔と変わらなくて胸が痛んだ。
「本心なんだけど……」
夕暮れに、短い沈黙が落ちる。
その静けさの中で、俺は改めて思う。
――戻ってきてしまったんだな、この場所にも、この日常にも。
人通りの少ない帰り道。足音だけがやけに大きく響き、嫌でも背後の気配を意識させられた。
「止まりなさい」
その声を聞いた瞬間、俺は小さく息を吐いた。予感はしていたが、やはり来たか。
「噂をすれば……だね。久しぶりほむら。今の姿も綺麗だけど、僕は三つ編みメガネなほむらも好きだったな」
「……!だ、黙りなさい」
強い口調とは裏腹に、わずかに視線を逸らす。その反応に、胸の奥で何かが緩む。
照れているところを見ると根っこはそんなに変わっていないみたい。
「さっきまどかに言った言葉はそっくりあなたにも言えることよ。今とは違う自分になろうだなんて考えないで」
忠告の形を取っているが、そこに混じる切実さは誤魔化しきれていない。
「……それは君にも言えることだ。おそらく、君はもう取り返しのつかないことをしてしまった。でもまだ最悪の自体は避けられる」
言葉を選びながらも、俺は一歩踏み出す。
「僕と一緒に来てよ、ほむら。僕なら君を救える」
一瞬だけ揺れた瞳が、すぐに鋭さを取り戻す。
「断るわ。私には果たさなければならない目的がある」
その声音に、覚悟の重さが滲んでいた。
「君はどこまで知っている?僕が何をしようとしてるか、もしかしてバレちゃってたりするのかな?」
「全て知っている。だからこそ私はあなたを止めているの。あなたは私にとってまどかの次に……」
言葉が途切れた、その一瞬を逃さず、俺は決断する。
「どうして知っているのかは知らないけどその記憶は消させてもらう」
オレンジに光る宝石、擬似ソウルジェムを握り、そばにいたまどかの顔へと近づける。光が脈打つように瞬いた直後、まどかの身体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「……驚いたな。動揺しないあたり、僕がまどかに何をしたかまでわかってるんだ」
「記憶を消したんでしょ?厄介な能力ね」
どうしてわかる。なぜ知っている。
このことを知っているのは僕と、これを作ったアイツだけ。そしてアイツが自ら情報を漏らすとは思えない。
彼女たちは条理を覆す存在。であれば……ほむらが知っていたのは僕の能力だけじゃない。
あそこに現れて僕になんの反応も示さなかった。それどころか、僕がこの時間この場所にいることを把握していた。
何より、僕と同じ助言をまどかにもしていた。
つまり、少なくとも――。
「未来を見てきた……のかな?」
「……」
沈黙が肯定の代わりに答える。
「図星だね。未来予知、あるいは時間遡行の類か。もし後者なら厄介極まりない。前者であることを願おうか」
街灯の下、二人の影が重ならないまま、静かに対峙していた。