民生委員。
それは、地域住民の身近な相談相手として、生活上の困りごとを抱える人たちに寄り添い、必要な支援や行政サービス、関係機関へ「つなぐ」役割を担う方々です。厚生労働大臣から委嘱された非常勤特別職の地方公務員である。と辞書にはある。
要するに地域で困った事、
例えば、
「親が寝たきりになってしまったけど、公的補助はあるのか?」
「近所にあるゴミ屋敷をなんとかして欲しい」
「粗大ゴミを捨てるにはどうすれば良いの?」
などの住民の困り事に役所のどの部署に行けば良いですよとか、デイケアを紹介するなど助言をしてくれる親切な人。
それが民生委員である。
非常勤とはいえ公務員なんだなどと浮かれる勿れ、365日24時間、こんなググれカスと言いたくなるような相談に乗らなきゃいけない上、無報酬。タダ働きなのだ。
しかも、やれ講習会だ、やれ報告会だと平日の昼間に招集される上、守秘義務だな服務規程だの、がんじがらめにされるのだ。
この理不尽かつブラック企業真っ青な奴隷契約は3年も続く。
こんな馬鹿げた役職、当然、誰もやりたがらない。
そもそもまともに働いている現役世代には到底務まるはずのない制度なのだ。
こんな制度が大正時代から実に100年以上も維持されている事に驚いてしまう。大和時代の防人並みに個人の事情を無視しまくったおかしな制度である。
なり手が少ない為、一度民生委員になってしまうと2期、3期とズルズル引き伸ばされる。私が住む地域の民生委員さんも御多分に洩れず5期も引き延ばされた挙句、先日ついに79歳の天寿を全うされた。
そこで問題なのが次の民生委員を誰がやるのか?
という問題である。
私の住む地域では、私の住むマンションから代々民生委員を輩出しているらしい。事実私の住むマンションは十数棟のマンモスマンションで、この辺りの住人の半数以上がこのマンションの住人なので、地域の役割もこのマンションの住人で積極的に担っていこう!という事らしい。
そして、これもこれまでの慣習に倣うと、マンションの理事会の参加している理事の中から民生委員を選出するというのだ。
運悪く、今期の理事をやらされていた私としては泣き面に蜂。散々、やれ子供会だの、マンションの植え込みの剪定だの、クリスマスのイルミネーションだのを貴重な休日を潰してやってきた上に、今度は民生委員だと!ふざけるな!と叫びたくもなる。
しかし、である。
私は今年で40才のど現役。働き盛りで仕事もバリバリこなしている。そんな私が民生委員をやる暇なんてあるはずも無く、流石にお声は掛からないだろうと安心してたら、
「民生委員、あんたやってくれんか?」
と隣の棟の去年現役を退いて、今は年金暮らしの山田さんが私に話を振ってきた。
「何を言っているんですか!私には会社があるんです!この理事の仕事だって休日がメインだからなんとかやっているのに、平日にしょっちゅう呼び出される民生委員なんて出来るわけないじゃないですか!」
予想していなかった為、つい声を荒らげて言ってしまう。
「いやいや、理事会の時もいつもしっかりやってくれてるし、あんたが適任だと思うな」
私の剣幕もなんのその、相手も自分がやりたくないから必死である。私は戦略を変えて、山田さんに押し付ける事にする。山田め!やられたらやり返せだ。
「それなら山田さんこそ、毎回休まず理事の行事に参加して立派だと思ってました。確か去年定年でお仕事は今更てらっしゃらないんですよね?民生委員どうですか?」
途端に焦り出した山田は汗を拭き拭き、
「いやあ、私は先月腰をやっちゃいまして。民生委員なんてとてもとても。」
と言い訳をする。
その言い訳を聞いて、他の爺さん婆さんも口々に、
「私は最近、持病がぶり返しちゃってねえ。」
「私は膝が悪い」
「10年前に手術したし、また再発したら迷惑かけるから」
と民生委員を出来ない理由を我も我もと主張する。
私も引くわけにはいかない。
「何をおっしゃいますか。前任者の佐藤さんなんか体中あちこち悪くしてたのに、5期もやってたじゃないですか!大丈夫ですって!」
と更に煽る。
爺婆連中は歴代の民生委員が皆年寄りだった事を思い出し、体調不良路線では勝ち目が薄いと踏んだのか、
「いやいや。体が言う事を聞かんのよ。それに隣町の民生委員さんは40代の若い人がやってるらしいけど、いやー若いからフットワーク軽いってみんな喜んだらそうな。」
「そうじゃな。若い人が相談に乗ってくれたら、なんと言うか…、なんか活気があってええな」
と若い人が民生委員をした方が良いという方向に話を持っていこうとする。
私と同じく現役世代の山口さんがこの流れを変えようと、
「でも民生委員って、結局、皆んなの相談に乗る仕事ですからね。ある程度の人生経験が無いと…。それに今の若い人はネットとかで自分で解決しちゃうから、相談してくるのは年長者が大半だそうですよ。だから若い人だと結構舐められて言う事聞いてくれないとか」
年配者である必要性について説いてくれる。
「そうですよね。民生委員に頼る人の大半が年長者なら、我々若輩者には荷が重いですな。」
と私も便乗する。
形勢が逆転した事を察した年長者達は、
「じゃがのう。老い先の短いわしらに、今更働けと言うのは酷な話じゃよ」
と、同情を買う作戦に出る。
そこで現役世代組からシングルマザーの鈴木さんがもう我慢ならんという感じで、
「まあ宜しいですね。年金暮らしで悠々自適なんて。私どもは働かなきゃ、すぐご飯食べられなくなっちゃいますからね。民生委員の仕事なんてしてる暇あったら子供の学費の為に残業しますよ。こっちは毎日ギリギリで働いているのに、民生委員なんて余計な事して、会社に迷惑かけて辞めさせられたらどうするんですか?今時、会社クビになったら同じ条件で雇ってくれる会社なんて無いんですよ!」
仕事に家事にと1人でやらなきゃ行けない鈴木さんの実感のこもった叫びに、流石の年寄り達も反論出来る雰囲気では無くなり、民生委員には山田さんが選出された。ザマぁ。
…と思っていたら、山田さん、交通事故であっさりあの世行き。
そして、再びマンションの理事会が行われて、
「民生委員なんて引退した人がやるべきでしょ!」
「年寄りを労る気持ちはないのか!」
醜い押し付け合いが始まるのであった。