秦谷さんだけじゃないですけど、せっかく出身地決まってるなら少しくらい方言聞いてみたいです。
彼女は天才で、そして問題児だった。──いや、「だった」じゃない。今どうなっているのか僕は知らないけれど、多分今も問題児だ。だから断言できる。
出会った頃から、すでにあののんびりした空気をまとっていた。隣にいるだけで、僕まで何もかもサボりたくなるほどだった。けれど彼女は不思議な人間で、やると決めたことは必ずやり遂げ、気づけばすべて終わらせている。
そういうところは心から尊敬している。彼女が本気になった時の勢いは、誰でも歯が立たないほど圧倒的だ。陽よりも月よりも、彼女こそが一番に輝きを持っている──僕はそう信じている。
ただ、彼女たち三人が揃っていたときは、誰が一番なんて関係なかった。あの三人は、それぞれの輝きで互いを照らし合っていた。眩しさが三つ揃った瞬間だけは、彼女も他のふたりも同じ強さで輝いていた。今でもそう思っている。
──そのグループが見られなくなった。それなのに、君はひとりで前へ進んでいる。···それが、どうしようもなく胸の奥をざわつかせた。
──────
「美鈴も初星学園に進むん?」
「ええ。まりちゃんとりんちゃんと一緒に優勝すると決めましたので」
「そうなんや。···なんか寂しくなるね」
「まあっ、私のお世話から逃げていたあなたがそんなこと言うなんて」
「最近は逃げてはないやん。それに僕が逃げても普通に捕まえてたやん···初めは恥ずかしくて逃げてたことくらい許してよ」
「もちろん。あおくんのお世話は楽しかったですし、逃がすつもりもありませんでした」
「そういうところ怖いわぁ。中学じゃ手毬と燐羽くらいにしときや。···お世話ついでに、あの2人のことよろしくね。放っといたら問題しか起こさんやろし」
「ふふ···その中に、私は入っていないのですか?」
「え、うん。美鈴は迷惑のライン分かってるやん。手毬は悪気なく人に迷惑かけるし、燐羽は分かってても止まらんし」
「···あなたの私の評価が思っていた以上に高くて、驚きました」
「そう?僕の美鈴への評価は高いよ。どれだけ一緒にいると思てるん?僕ら
「────確かに。あなたとは長い付き合いですね」
「何が不満なんかは分からんけど、そうそう。君のことは長く付き合わんと分からんやろけど、その分、僕は分かってるつもりよ」
「分かってないことも多いですけどね」
──────
小学校から中学校へ上がるとき、僕は母親みたいな人を失った。──と言っても勝手に僕の人生に生え、勝手にいなくなったような存在やから、プラマイゼロではあるんやけど。
普通に産まれ育ってきた僕を捕まえたのが、秦谷美鈴という名のわがままの女王だった。強欲で嫉妬深くて、そういう性格が刺さる人にはたまらなく魅力的な、恐ろしい女の子。その付き合いは幼稚園にまで遡る。気づけば、僕の生活には彼女がいた。意味がわからないが何故かいた。──僕の思春期の原点は、多分あの子やね。
恥ずかしさと理不尽さで逃げ出そうとしても、いつの間にか彼女は追いつき、僕を捕まえる。普段はのんびりしているくせに、あの脚力はどこから湧いてくるんだろう。本当に理解不能だ。
──まぁもう彼女は京都にはいんし、僕は自由にいられてるからいいんやけどね。···でも、さすがにちょっと、ほんのちょっとやけど退屈やなぁ···
──────
「もしも『SyngUp!」をふたり同時にプロデュースしたら···どうなるか。考えたことはありましたが、まさか、こんなにキツいとは」
秦谷さんと月村さんが賀陽燐羽さんに勝ったことは良かった。···良かったが、ここまで疲労が溜まるとは思っていなかった。──中等部でどうやってユニット活動ができていたのか本気で疑問に思った。
「まあ、まるでわたしたちが問題児であるかのように」
「あとひとりくらい、がんばっていけませんか?ユニットは絶対組みませんけど、ソロでなら···あなたになら···
私たち3人をプロデュースさせてあげてもいいよ」
「いや無理···もう限界···」
「泣くことないじゃないですか!?」
「あらあら···ダメですよ、まりちゃん。その人は···わたし
「──ふーん、へー···美鈴ってそうなんだ」
「な、なんですか、その言い方···」
「別に。美鈴って、そーなんだあ~って。葵あおいが聞いたら悲しむなあ〜って思っただけ」
「も、もう!あおくんは関係ありませんし!怒りますよ、まりちゃん!」
「葵?」
知らない名前が出てきて少し戸惑った。そういえば、この2人以外の中学時代の交友関係は把握していない。
高等部で聞き覚えがないため、中等部にいるのかはたまた辞めてしまったのかと思った。
「ええ。
「そ、そうですか。···その槍木さんはアイドルに誘わなかったんですか?」
「葵が?まぁ顔は整ってますけどアイドルって感じではないですね。突出した才能はなかったですし、友達付き合いが上手いくらいですね」
「まりちゃん。たぶん···プロデューサーはあおくんのこと女性だと思ってるんじゃないですか?」
「ということは槍木さんは男性なんですね」
「そういえば、『名前気に入ってるけど、女性に間違われるんは癪やわぁ』って言ってたっけ?」
「ふふ···あおくんのその言い方懐かしいですね。久しぶりに会いたくなりましたね。──プロデューサー?」
「傲慢すぎませんか?」
絶対ユニットでは見ないと心に決めた。
── ── ──
「──あなたが美鈴のプロデューサーさんですか?」
「ええ。急なお誘いだったのに来ていただけて嬉しいです」
「まぁ幼馴染ですしね···美鈴はちゃんとやってますか?──たぶんサボってると思うんですけど」
「···はい。小学生のときからそうだったんですか?」
「美鈴はずっと変わってないですよ。ずっとのんびりしてて、本気出せばすごい子って感じです」
「秦谷さんとはいつから?」
「さぁ?僕が知りたいです。──知らん間に僕の生活の一部になってました」
「それは···すごい長い付き合いですね」
「ですね。──今はその美鈴がいなくなって自由ですけど、ちょい寂しいかもです」
「まあ、私もあおくんがいなくて寂しかったですよ」
「···いつからいてたん?」
「私の話をし始めたときからですよ」
「そないですか、美鈴はやっぱりよう分からんね」
久しぶりに見る彼女は、何も変わっていなかった。少しはやる気が出ているようにも見えるけど、たぶん本質は何も変わっていない。
「···私がいなくなってからも、ちゃんとご飯は食べていますか?」
「いや普通に実家やしね?母親のご飯食べとるよ」
「あおくん反抗期でしたし、お母様のご飯を食べていないんじゃないかって思ってました」
「僕、母親に反抗期はなかったよ。ただ美鈴に対しては反抗期やったのかもね」
「···そうですか」
少しだけ、彼女の目が細くなる。
「では、今はもう反抗しないんですか?」
「今はもう捕まらんしな」
「捕まえますよ」
間髪入れずに返ってきたその言葉に、思わず笑った。ほんとに何も変わってない。
「···ほんま、変わらんなぁ」
「ええ。変わりませんよ。あおくんのことは、昔からずっと──」
そこで彼女は、ほんの一瞬だけ言葉を切った。
けれどすぐに、いつもの調子で続ける。
「放っておけませんから」
──ああ、ほんま変わらんなぁ。
ライブは、正直よく分からなかった。でも、分かったこともある。
彼女は、誰よりも前に出ていた。
ひとりでも、ちゃんと立っていた。
──それなのに。
ステージを降りて、控室に会いに来た僕の前に来ると、あの頃と同じ距離に戻ってくる。
「どうでした?」
「···まあ、すごかったんちゃう」
「随分と雑な感想ですね」
「しゃーないやん。あんまよう分からんし」
「そうですか」
少しだけ不満そうにしながらも、彼女はすぐに表情を緩めた。
「でも、来てくれましたよね」
「まあね、呼ばれたし」
「呼んだら来るんですね」
「
その瞬間。
彼女の動きが、ぴたりと止まった。
「···また、それですか」
「ん?」
「
いつもと同じ、ゆったりした声のはずなのに。
どこかだけ、温度が違った。···幼馴染というワードが嫌いなんやろか。
「それの何があかんの?」
「──ダメに決まってますよ」
はっきりと、そう言い切られた。
「私は、あおくんを
視線が、まっすぐに突き刺さる。
逃げる余地なんて、最初からないみたいに。
「あなたが誰と話そうが、誰と仲良くしようが、本当は全部気になりますし」
「いや重···」
「他の人に取られるくらいなら、いっそ閉じ込めてしまいたいと思うこともあります」
「いや怖···」
「でも、それをしたら嫌われますから、我慢しているだけです。今も私の監視下にはおいてませんしね」
さらっと、僕の幼馴染はとんでもないことを言う。
けど、冗談に聞こえなかった。
だから、僕は少しだけ息を吐いてから、口を開いた。
「なあ、美鈴」
「はい?」
「それさ」
一歩、距離を詰める。
「ただの友情で説明つくん?」
彼女の目が、わずかに揺れた気がした。珍しいこともあるものだ。
「それとも恋心なんか、はっきりさせてくれんと困るんやけど」
逃がさないように言葉を重ねると、沈黙が待っていた。
いつもなら、すぐに返ってくるはずの言葉が来ない。
本当に珍しく、彼女が言葉に詰まっていた。
「···あおくんは」
ゆっくりと、彼女が口を開く。
「どちらだと、思いますか?」
「質問で返さんといてーや、自分で考えてよ。分からんから聞いてるんやし」
苦笑しながらも、目は逸らさない。少しでも逃げる余地を与えたら、逃げそうだと思った。
彼女は少しだけ考えるように目を伏せて。それから、ふっと笑った。
「──それなら」
顔を上げて、いつもの調子で言う。
「もう少しだけ、このままでいさせてください」
「は?」
「友情か、それとも違う感情か」
くすりと笑う。
「決めるのは、もう少し後でもいいでしょう?」
その余裕のある言い方に、思わずため息が出た。
「···ほんま、ずるいなぁ。何がいいんか分からんけど、『うん』って言うしかないやん。ほんまに強欲やし傲慢やね」
「ええ。知ってます」
そう言って笑う彼女は。
やっぱり昔と同じで。
でも、どこかだけ。
少しだけ、大人になっていた。