そんな夢に向けて歩む彼女は、女の愛も知っていく
山合の温泉街。あちこちから温泉の湯気が立ち込め、レトロな建物が縦へ縦へと伸び足を運んだ観光客を取り込んでいく。この町への3度目の観光であるフサイチパンドラも、この温泉街の一等いい旅館へと今日やって来た。10畳ほどの広い客間に浴衣で寝転がり、フサイチパンドラは思考を巡らせていた。
つい先ほど、風呂上がりに気が付いた違和感。今日の観光はこれまで自分が行ってきた観光とはまた異なる楽しみ方。スマホを取り出し、今日撮った写真を眺める。ずらっと並ぶ写真には決まって、自分とトレーナーの顔が映り込んでいる。…顔、いいなぁ。
そんな甘い感想がつい、脳裏に浮かんでくる。どうしてか、今まで気にも留めてなかったのにこうして写真を眺めていると彼の意外と整った顔立ちに胸がざわつく。
「アイちゃん…わかんなくなってきちゃったよ…」
さらにフォルダを遡って出てきたのは、1年ほど前にここに来た際撮った写真たち。その写真には、普段と違って自分が映ることは一切ない。アーモンドアイの様子がひたすらに写真へ収められていた。顔ハメパネルにすっぽり顔を収めている彼女。温泉卵の匂いに怪訝な顔をしながら頬張る彼女。卓球で共に来たラッキーライラックを打ち負かす彼女。…寝顔は自分が先に寝てしまったため激写することは叶わなかったが、見返せば微笑みがこみあげてくる楽しい思い出たちだった。
さらに思い浮かべるのは以前家族と共に来た時の記憶。両親が嬉しそうに自分の無邪気に笑っている様子を撮っていたことを思い出す。
写真を撮ってもらった1回目、写真を撮ってあげた2回目、そして写真を一緒に撮る3回目。初めての感覚に、パンドラは戸惑っていた。
「んぁ~…トレーナーのバカァ。なんであたしの事放って行くかなぁ~」
湯あたりしたから部屋で休むと半ばトレーナーを追い出したのにこの言い草である。それでも今日の悩みの種として、トレーナーに文句を投げつけたい気持ちは十分溜まっていた。
そんな理不尽な怒りをぶつけられた本人は現在、旅館を嬉々として探検中である。
「お~これ美味しそう!パンドラも食べたら元気になるかな?」
つくづく呑気で担当思いな男である。
『レッツ!ゴー!プリッファイッ!』
ぼんやりとした、黒い靄の中にいるような今の状態で悩んでいても答えは出ない。逃げるように、パンドラは何週目かのプリファイ見返しを始めた。旅行の移動中も少しずつ見返しており、現在は話の中盤。追加で戦士が増えたり、新しい力でパワーアップしたりとパンドラも見ていて一番楽しい頃合いだった。
『は~ウチど~しちゃったんだろ。アイツのこと考えたら…ドキドキしちゃって…』
ブルーカラー担当の子が夕暮れの教室で友人らに自身の迷いを吐露するシーン。戦いの最中にすら迷いが過ってピンチを迎えてしまうほどだった彼女が、自身の恋を晴らしパワーアップする名シーンであり、パンドラもお気に入りだったのだが…。
「…これあたしも?」
今日は見方が違った。彼のことを考えるとドキドキしてしまう。戸惑い、他のことが手につかないくらい考えてしまう。思い当たる節しかない。今日の出来事なのだから。
気になってしまえばもう止まらない。スマホに流れる映像が目に入らないくらい、パンドラの思考はトレーナーのことでいっぱいになっていた。自分のことを無条件に信頼してくれて、我儘を受け入れてくれ、そして自分の身勝手にも完璧な手助けをしてくれる。いつもそばに居てくれて、背中を押してくれて、前を向けない時は受け止めてくれる。そんな存在。大切で大切でどうしようもない存在。それが、彼。
真剣に仕事をしている姿がカッコいい。トレーニング終わりに見せる笑顔が眩しい。ご褒美として自分の頭を撫でてくれる手が大きくて温かい。作ってくれる料理が美味しい。応援する声が勇気をくれる。お菓子のセンスがいい。背がおっきい。
尽きぬ好きなポイントを延々と挙げていると、少し大きめの足音が聞こえてきた。若干わざとらしく音を立ててるが、癖までは変えられていない。トレーナーのことで頭がいっぱいのパンドラが気が付かないはずがなかった。彼の足音だ。部屋の前で音は止み、代わりに声が聞こえてくる。
「パンドラ、体調はもう大丈夫そうかな?」
「ん~」
「入ってもいい?」
「い~よ~」
相部屋だというのに自分の部屋でないかのように扱う彼の態度へ嬉しさと寂しさを覚える。覚えたモヤモヤをすぐ思考の外へ追いやり、パンドラはトレーナーの方を向く。
彼の顔は少し緩んでおり、何やら楽しいことがあった様子だった。無邪気な笑顔に頬の上気を覚えながらもパンドラは尋ねる。
「なぁ~にぃ~トレーナー♡随分嬉しそうじゃん♪」
「あぁ、さっき売店とかの方見てきてさ」
ガサゴソと手に提げた紙袋から取り出したのはこれまた紙で個包装された饅頭。白、茶の二色があり包装の中央には温泉のしるしが焼かれている。いわゆる、温泉饅頭というやつだ。
ふかしたてだろうか。まだほんのり蒸気を纏って湿った包み紙を見ていると食欲が掻き立てられつつも、彼が買ってきた意図を問う。
「お饅頭?どしたのこれ」
「これ食べたら元気になるかな~って」
あっけらかんと言い放つトレーナーの思いやりに彼女の顔が弾ける。愛されている、大切にされている。その愛情をこうして実感できる。それだけで、胸が満たされていく。
「あたしこしあんがいい~」
「はいはい。これね」
差し出してきたのは白い方の饅頭。…そうではないだろう。これまで3年歩いてどうして急にそうボケてしまうのか。いつもの調子が戻ってきたパンドラが頬を膨らませじっとトレーナーを見つめる。
「む~、トレーナー!」
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないでしょ♡ほ~ら♡」
一切自身の手を動かそうとしない姿勢に、トレーナーもようやくお姫様の思惑を理解する。呆れつつも、いつもの甘ったれた声と我儘が戻ってきて一先ずの安堵を覚える。包み紙を丁寧に剥いてみれば、ほんのり蒸気が肌を撫でる。真っ白に輝く饅頭はつやがあり、お手頃な価格以上の味が期待できそうだった。
「熱いよ?」
「い~の♡」
我儘なお姫様に餌付けをすべく、あ~んと声をかけながら腕を伸ばす。つられてあ~と声を漏らしながら、パンドラはがぶりと一口、饅頭をかじった。
はふはふと舌で饅頭を転がしながらもパンドラは少しずつ咀嚼し味蕾を満たす。1分ほどかけ、最初の一口を飲み込むと目を輝かせ次の一口を強請る。
「めっちゃ美味いじゃんこれ♡♡トレーナー♡もう一口!」
再びあ~と口を開き彼の手を待つ。同じように餌付けすれば、頬を膨らませ笑顔を弾けさせ甘味を嬉しそうに堪能する。
「すっごいねこれ♡あったかくて、なんていうか…温泉♡温泉の味する♡」
興奮のあまりふわっとした形容をするパンドラに苦笑しながらも、トレーナーも自分の分を食べてみる。まずは温かさ。温泉の蒸気で蒸された生地はふわふわしており温かい。さらに黒色の饅頭特有の黒糖の味。深みのある甘さが老いつつある舌を程よく刺激する。そして何よりも、うっすらする硫黄の匂い。臭すぎるほどでもなく、ほんのり風味が感じられる程度。だが確かにパンドラの食レポ通り、温泉の味と言いたくなる一品だった。
「美味しいね!!」
「うん~♡トレーナーも天才じゃ~ん♡♡」
トレーナーも笑って味を称える。自身のセンスを、そして3年共に歩んだ担当と味わえるこの時間を称え、2人は共に笑い合いながら饅頭を味わう。
______
饅頭を食べ終え、現在時刻は16時。夕食は18時に来るため、どうも暇な時間が訪れた。もう一度温泉に浸かってきてもいいが、パンドラ的にはもう下手に一人になって考える時間になってしまうのはこりごり。トレーナーと楽しく騒がしい時間を過ごしたい気分だった。
「ねぇ~トレーナー。暇~」
客室に置かれた少し上等な椅子に腰かけルームサービスのお菓子をポリポリ食べているトレーナーにもたれかかる。脚にしがみつくようにぐで~っと抱き着くともうトレーナーは動けない。お気に召す提案をするまで拘束される運命なのだ。
「もっかい温泉入って来たら?」
「や~」
「マッサージする?」
「それじゃいつもと変わんないじゃん!」
パンドラは特別をご所望しているようだ。そう簡単に提示できるなら苦労はしない。何か妙案は無いものかとトレーナーは眉間をつまみ記憶を辿ってヒントを探る。漁って漁って漁って、思い出した。
「旅館の2階にゲーセンあったけど、行く?」
「ん~行く♡」
だらけて少し緩んでいた浴衣を着直し、エレベーターに乗って向かえばそこはレトロの空間。少し色あせ、茶色がかった看板や所々塗装が剥げた某ヒーローの乗り物に乗れる設備。ひいてはどこぞの太鼓のゲームはアップデートすらされてない年季の入り方だ。
彼らが目を付けたのはかの有名なちょび髭兄弟のレースゲーム。おあつらえ向きに2台並んでいるたえめ当然…。
「パンドラ、勝負しよっか」
「にひ~♡そんな簡単に天才に勝てると思うなし~?」
余裕綽々、そんなパンドラの鼻を明かすためにトレーナーは100円を機体に投入し座席に座り込む。パンドラも同じく、トレーナーに渡された硬貨を入れてふわりと座席に座った。
「免許持ち舐めるなよ~」
「ペーパードライバーに負けるわけにはいかないし!」
「そこそこ運転してるわ!」
この温泉地にやって来た方法は電車である。
「ふふ~ん一周~♪」
「なんのこれしき!」
ブザーがなりレースが開始して2分も経たないほど、パンドラは自身の才能をフルに生かした天才的テクニックを見せつけトレーナー以下とアイテムボックス一区間程度の差をつけて一周目を終える。
対するトレーナーも、ゲームセンター筐体特有の操作性に苦しみながらもコンピューターとは逆転を簡単に許さない程度のリードは作っている。
二周目に突入。淡々とハンドルを操作するパンドラは余裕の赴くままトレーナーの画面をチラ見しようと目を動かす。その時だった。彼の顔が目に入る。真剣な瞳で画面を見つめる彼についつい操作も忘れて見入ってしまう。
「うぎゃっ!?」
「隙だらけだぞ~」
ぼ~っとしていれば当然隙だらけなわけで。だらんと握っていたハンドルから強烈な振動が伝わってくる。トレーナーの投げた妨害アイテムがパンドラに直撃したのだ。ぶるぶると震えるハンドルに驚きながらも、意識をゲームへ取り戻してレースを再開する。
乙女の純情を弄ぶ卑劣なトレーナーのプライドをへし折ってやらなければ!先ほどの見惚れ具合はどこへやら、誰かさんによく似た負けず嫌い全開の容赦ないテクニックが見せつけられる。
「天才舐めてっからそうなるんだし」
「くっそ~!もっかい!もう一回!」
「何度やっても負けないかんね!」
再びコインを投入しレースを開始する。基本パンドラ優勢だが、そこになんとしてでも食い込もうとするトレーナーの根性が光る。
やっぱり彼の真剣な顔が好きだ。こうして真面目に、バカ正直に打ち込む姿を見ていると…心が弾む。そこそこ器用なのに負けず嫌いで、諦めが悪くて一生懸命。そんなトレーナーが面白くて愛しくてたまらない。まだまだ彼を知りたい。永遠に隣にいて、隈なく知って、隈なく知られたい。アーモンドアイへの気持ちとはまた違う形で、でもはっきりと感じる愛おしさ。疲れた時は自分の腕で癒してあげたい。悩む時は一緒に悩みたい。応援されるだけでなく、一緒に夢を叶えたい。
「トレーナー」
「…?どうしたの、パンドラ?」
乙女は今日、初めての感情を知った。まだ好きを口にするのは恥ずかしいが、まず一歩。その気持ちを受け入れた。フサイチパンドラは恋を知った。
レース開始のブザー音が鳴り響いた。
え~過去に私はフサイチパンドラにはトレウマないと言いましたね。温泉にありました。温泉にあったんです。見つける難易度は高いのでほぼここでネタバレしましたが、いつか皆さんも自力で温泉イベ見てね…
甘やかされてきた子供が努力と知って母としての愛に目覚めた女の子が最後のこれから知るのが恋愛なのいいよね…
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