彼らの優しさの秘密は何か?何故あんなに躊躇う事なく人に親切に出来るのか?その強さの原因とは?
この世界の人はみんな他人に優しい。
よくある異世界転移で突然飛ばされた僕のこの世界の第一印象はそれだった。
事実、学生服のまま、手荷物も持たず、なんなら財布すら持ち合わせていなかった僕が、こうして温かい部屋で温かい食事にありつけているのだから疑いの余地はない。
いきなり知らない土地に飛ばされたのだから始めの頃はかなり混乱して錯乱状態だった。
そんな僕に、ただそこに通りがかっただけの人が、「大丈夫だよ」と優しく声を掛けてくれて、自宅へご招待してくれた上、食事を振舞ってくれたのだ。
あまりに親切にしてくれるのでキョトンとしている僕に、「何があったかは知らないけど、まあ話したくなったら話せば良いよ。いつまでも居て良いから。」と何も聞かずに受け入れてくれる。
夜になると、もう遅いからとベッドまで貸してくれた。
翌朝もそんな調子だったが、流石に居た堪れなくなり、
「いつまでもお世話になっている訳にもいかないので、ちゃんと働いて自立しようと思います。この辺りに仕事を斡旋する様な施設はありますか?」
と聞くと、
「すぐに自立しようとするなんてえらい!」
「ちゃんと働こうという姿勢が素晴らしい!」
とやたらと褒めてくれた。
そして、その日の朝食後には何か働き口を探そうと、この世界の職安のような場所に連れて行ってくれ、
「この人なら安心だから」
とその施設の係の人を紹介してくれたのだ。
係の人も、親身になってくれて、元の世界では親の脛をかじるだけのぐーたら学生だった僕でも出来る初心者歓迎な仕事を一緒に考えてくれた。行くアテのない僕の為に住み込みが可能な仕事って条件だったからなかなか見つからなかったけど、なんとか探してくれ、紹介先の仕事場に初めて行く時も一緒について来てくれてた。
職場の人達も良い人だらけだった。
元の世界でいう牧場のような職場だったけど、慣れない僕に付きっきりで仕事を教えてくれたし、ミスしても「ドンマイ!」と励ましてくれ、上手くいった時にはちょっとした事でも滅茶苦茶褒めてくれた。すぐにとはいかなかったけど、少しずつ仕事を覚えていった。今では職場の近くに部屋を借りてそこから通う様になった。部屋の保証人には職場の親方がなってくれた。
その頃には、僕もこの世界の人達がなぜ他人に優しく出来るのか、その原因が分かるようになっていた。
この世界の住人は皆んな必殺技を持っているのだ。
いや必殺技と言えば格好良いイメージだけど、そんなに良いものじゃない。どちらかと言うと呪いに近い。
この世界に来て何度か目にしたけど、必殺技の技名を高らかに叫ぶような事も無く、派手なエフェクトもない。必殺技の発動者が技を使った瞬間、相手と発動者がボヤッとした半透明の蜃気楼の様に空気がモヤモヤと揺らいだ半円形の空間に一瞬包まれ、すぐさまモヤモヤがそのままスーッと消えると相手と発動者は死んでいるのだ。
そう、この必殺技は使うと相手だけじゃなく自分も死ぬのだ。
自分の命を犠牲にしてでも殺したい。
そういう相手にしか使わない伝家の宝刀。
抜いたら全てが終わってしまう禁断の技。
それをこの世界の住人は全員持っているのだ。
一見、恐ろしい話の様に聞こえるが、実は逆である。
使えば死んでしまう技なんて普通、誰も使わないのだ。
でも、相手が死んでも良いほどこちらを恨んでいたり、人生に絶望して自暴自棄になってしまっていたとすれば、必殺技を使う事に何のためらいも無いだろう。
だからこの世界の人は、人に恨まれない様に人に優しくするし、辛くて自暴自棄にならない様に知らない人にも親切にする様になったのだ。
人と自分を殺す物騒な必殺技を持つが故に、立場や身分に関係なく他人の命を自分の命と平等に考えられる様になったのだ。
また、自分自身にそういった切り札があるという事で堂々としていられる。
これがこの世界の人たちの優しさの秘密であり、強さの源なのだ。
僕は違う世界から来たから必殺技は使えないけど、彼らと共に生活していく中で、彼らと同じ様に他人を尊重して強く生きたいと思える様になっていた。
しかし、突然、この世界と別れる事になる。
仕事からの帰り道、今日は贅沢をして近所酒場で名物のチキン料理でも食べようかと思案しながら歩いていると、急に光に包まれ、ふわっという浮遊感と共に宙に浮んだと思った瞬間、ビューンっと空に向かって飛び出した。
来た時と同じ様に、突然元の世界に戻されたのだ。
元の世界に戻ったと気付いた時、異世界への望郷心から号泣した。
優しい世界での暮らしに慣れ親しんだ僕には、元の世界は厳しく辛いものだった。
力のある者が一方的に弱者をいたぶり、食い物にする。
弱者は反撃の術すらなく、耐え忍ぶしか無い。
地獄の様な未来を思い、恐怖で絶望しそうになった。
でも、異世界での生活のおかげでなんとかやって行けそうだ。
僕も必殺技を身につけたからだ。
僕はカバンにナイフを入れた。
何かあったらこいつで相手を殺す。
当然僕も社会的に死ぬけど、そうなっても良いと思ったならば僕は躊躇しないだろう。
そう覚悟を決めた時、僕は少し堂々と胸を張る事が出来た。