マルドゥック・マジック~煉獄の少女~   作:我楽娯兵

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セコンド・ピアット11

「便覧たる逆光はディスプレイに映るパラチオンのコンマ1秒半!」

 

 意味を成さない言葉を叫ぶ生徒/手に持つシャークペンシルは今にも自分に突き立てしまいそうなほど危うい。

 何かに取り憑かれたように歩みを進める――論文コンペスタッフが使っていた幾何学室。

 荒々しくドアを開け周囲を見渡す――あまりのことに警備隊の皆が手を出せない=怯えきった表情。

 

「どいてくれ!」刺股を構え狂った生徒を取り囲む警備隊を押しのける。

 

 幾何学室の中にちらりと見える見知った顔――一人の少女を庇うように居る。

 吉祥寺真紅郎――将輝の親友は三島灯子を庇っている――それをまた取り囲むように五人の生徒。

 それもまた機械のような笑顔を浮べていた。

 

 叫ぶ――「ジョージ!」

 

 その声に反応しジョージはこちらに顔を向ける/将輝の顔を見て少し安心したような顔つき。

 

「将輝!」

 

 にわかに動き――取り囲んで一人が動く/片手に持つモップを高らかに天に掲げる。

 

「人工衛星のまどろみは、サイオンのディスカウットセールの兆し!」

 

 バットでも扱うかのように勢いよく振り下ろす――猛烈な勢いでモップは灯子の頭に向かう/ジョージが動き彼女を庇うように頭に抱きつき守る。

 にわかに閃光――将輝の顔の真横を青い閃光が通過していく。

 真っ直ぐモップを持った生徒に着弾する――生徒の体が僅かに震える。ばたりと倒れる。

 何かと思い後ろを振り返る/警備隊の皆も。

 悠然とした立ち姿/真っ黒な大型拳銃形態の特化型CAD――露出した機関部から青いサイオンの光が漏れる。

 ナナだった/容赦なく生徒に向かい魔法を使った。泡を吹いているあたり死んではいないのだろう。

 おかしくなった生徒は体を動かさず首だけを向ける――顔に貼り付けたような無機質な笑顔は未だに消えず――叫ぶ。

 

「ウランの旋風はレイノルズ数の感涙と糞尿! 還元冷夏の異臭はユートピアの商業主義!」

 

 その叫びを合図に狂った者達はCADを取り出す――通常なら一般生徒の携帯が禁止されているはずのもの。

 異常な速さでコマンドを入力し魔法を発動――巨大な振動を発生させる。

 振動は将輝/ナナ/警備隊を襲う――音、衝撃、強烈な光/振動系統に纏められた魔法は乗積魔法(マルチプリケイティブ・キャスト)として皆を襲う。

 ナナは咄嗟に重力(フロート)を展開し、目と耳を塞ぐ/将輝は幾何学室と廊下を隔てる壁を盾に耳を塞ぐ。

 目を潰す光――耳に突き刺さる音。衝撃は警備隊を幾人か吹き飛ばし、窓ガラスを無残に割っていく。

 音も光も衝撃も同時に収まる――ナナが動く。

 天井や壁を走らず、床を走り幾何学室に飛び込む――机を足場に飛び上がる。

 後方から飛来するガラス片――集団の陰に隠れるようにもう一人の狂った生徒が魔法を使用している。

 ガラス片は一直線に、弾丸のような速度でナナを目指す/身をひねるナナ――CADでガラス片を叩く。飛び散る細かな破片。

 空中で魔法を発動――発射。生徒の一人を目指し輝きながら飛翔――生徒は近くにある椅子で防ぐ。

 くるりと体を回転させ床に着地するナナ/左足を庇うように。再度数人の生徒がCADを操作――さっきの乗積魔法(マルチプリケイティブ・キャスト)

 将輝――手元にCADが無い。集団に向かい走り出す/ダメもとの賭け。

 自己トレーニングで見よう見まねで覚えた技――中国武術の中では割と有名な技。完璧にしようとは思わない/ただ隙を作るためだけのもの。

 相手の手前で踏み込む――掌底打ちを右脇腹に叩き込む/しっかり足を踏ん張り地面で反動を受け止める。

 突き飛ばされる一人――気を失う。他の者が動く。

 別々に持つ武器(えもの)/バット/テニスラケット/デザインナイフ。頭を傾け/身を動かす。

 鼻頭を掠めるバット――ブリッチのような体勢でテニスラケットを避ける。倒れこむ。

 腹を目指しデザインナイフの切っ先が突き立てられる。転がるように避ける。

 閃光。

 デザインナイフを持った生徒が嘔吐する――襟元を掴まれ引っ張られる。

 

「CADも無しに無茶をしますね」怒りを感じる声――釣りあがった目から確りと感じる怒り。

 

 言い訳――「援護だよ。あの体勢からだとナナも危なかっただろ?」

 

「そうだけど......」

 

「ならお互いだ。――それより、倒れた奴等が復活してるぞ」

 

 足が震えながら立ち上がる生徒――ゲロをぬぐい真っ赤な血交じりの唾を吐く生徒。

 目の焦点が合っていない/そんな状況でも笑顔は消えず。

 

 ナナの恐怖の声。「嘘でしょ――」

 

「そんなに怖いことか」

 

「怖すぎよ。さっき撃った魔法は脳を揺らす魔法よ。人為的に脳震盪を起こさせるもの、なのになんで立っていられるのよ」

 

「また撃って動けなくしたら――」

 

「あなたわかって言ってる? そんな事したらSISが起こるわよ、早く立って」

 

 指示通りに立つ――笑顔を浮べた狂った生徒たちはこちらを観察している様子。

 

「そのSISが起こったらマズイのか?」

 

 溜め息。「少しは医学を齧るべきね将輝。セカンドインパクト症候群の略よ」

 

「あ、」

 

 セカンドインパクト症候群(second impact syndrome)――脳震盪を起こした後、短期間に2度目の衝撃を受けることで脳に重大な損傷が生じ、重篤な症状に陥ること/致死率は50%以上。助かってもほぼ確実に障害が残る。

 それ以前にナナの撃った魔法は硬膜下血腫、硬膜外血腫などになる可能性がある/それが起こっても、尚彼等は膝を伸ばしたっていた。

 機械化もしていない生身の体/脳――それ以前に体事態おかしい。ナナの恐怖はそこから来ていた。

 

「朝焼けの人工臓器は裁縫道具のパンカスの破片と重粒子の印刷用紙!」

 

 一斉にこちらに向かい走り出す生徒達――白兵の構え。ナナとの組み手を思い出す。

 ナナも構える。体勢を低く/左足を後ろに隠すように。

 一人がラケットを振り上げる――片腕で捌く。鳩尾に一撃/吹き出す唾、嘔吐。

 ナナがデザインナイフを持った生徒の足を払う/倒れたと同時にデザインナイフを持った腕を押さえナイフをもぎ取る。

 さらに一人がバットを振り回す――後ろに後退するナナ。生徒の叫び。

 

「饗宴なる暗黒はヴェルミ・チェッリの天啓なり!」

 

「っ!」

 

 その叫びにナナが反応した――その言葉に気を散らし無理な体勢で左足を着く/体勢が崩れる。

 横ぶりのバットがナナの右脇腹を殴る――重く、くぐもった音が響く/ナナの顔が歪む。

 

「ナナ!」

 

 相手をしている一人の足を払い倒す――ナナに向かい走る。

 パットを持った一人の顔に上段後ろ回し蹴りを叩き込む――脇腹を押さえ苦しげなナナ/嫌な汗をかき、口から涎が垂れる。

 

「大丈夫か」

 

「大丈夫な訳ないでしょ......ッ。後ろ!」

 

 ナナの声で後ろを振り向く――先ほど蹴りを入れた者以外立ち上がり嬉々とした笑顔を浮べている。

 

「化け物かよ――」

 

 叫ぶ――最後の声。「天を煽ぐは悪夢と現の写し鏡!魔法と現の生体臓器!」

 

 そう言い走りだす五人――幾何学室を飛び出す。

 

「追うわよ......」

 

「残ってろ、そんな状況で何が出来る」

 

「いざとなれば重力(フロート)を張るわよ」

 

 言うことを聞かず――生徒が行った方向に向かう。五人の生徒とナナと将輝の足音が技術棟に響く。

 上に向かう生徒達――追いかける/胸騒ぎ――階段が嫌に長く感じる。

 上るごとに嫌な予感が増していく――地獄に登って行くよな。

 にわかに衝撃。

 金属が壊れる音――思考が嫌な考えを提案する――”施錠してある屋上に行くドアを壊した“

 

「嘘だろ、悪い冗談はやめてくれ――」

 

 階段を上りきる――施錠されているはずのドア自体が消えてなくなっている。

 綺麗に茜色に染まった空が美しかった――柵を越えた生徒達が一列に並んで手を繋いでいる。

 

「蒼穹の暗転に向かい、本月本日を持ってヴェルミ・チェッリの悪夢の導きにより。――いざ逝かん!」

 

 そう言い天に両手を上げる/体が傾く――叫ぶ。

 

「やめろッ!」

 

 生徒達の体が建物の陰に消える――数秒後に何かが水風船が割れたような音が聞こえる。

 女子生徒の悲鳴が木霊した。

 

 

 

 2095年10月25日(火) -国立金沢中央魔法科病棟

 

 僅かに疼く右脇腹――バットで殴られた部分が痛む。

 昨日起こった事件/発狂事件――自体の収拾で学校は論文コンペまで休校。

 ナナは詳細を調べる――加害者の状態=一人を除いた五人は自殺未遂。

 五人全員、同時に飛ぶ/五人の障害者が出来上がる。

 一人――頭から落ち側頭葉の一部を喪失。言語の理解能力が著しく低い記憶が出来ない人間に。

 一人――両足から着地。両足の切断=一生、車椅子での生活/両親が泣き崩れている。

 一人――全身を激しく打ち付ける。全身麻痺――回復の見込み無し。

 一人――肋骨が肺に突き刺さり、脳の一部を打撲/脳死に近い状態に――機械化の提案/臓器移植の提案。

 一人――重度の鬱病/自分がしたことを認められず=幼児退行。

 全てが壊れぐちゃぐちゃになってしまった人生/戻らない過去――変えられない現実。見舞いに行くことが不謹慎にさえ感じてしまう。

 ドクターや09メンバーに報告――”加害者がヴェルミの名前を叫んだ“

 こんな所で聞くとは思わなかった/メトロに潜む闇の名前――これにも大亜細亜連合が?

 論文コンペを襲うにしてもあまりにも出すぎた行動/死人が出る一歩手前――しかも魔法科の高校生をターゲットに。

 この事は間違いなく警察を通し国防軍――独立魔法大隊の耳に届く=ばれることを恐れていない?

 火之迦具鎚の件で企みは大まかには把握しているが、何を持って襲う意味があるのだろうか。

 

「ナナ」

 

 将輝の声で顔を上げる/病室の前――1407号室の文字。ノック。

 中から幼い声が聞こえる――「どうぞ~」

 ドアの電子ロックが開く/三島灯子の病室――発狂事件に巻き込まれショックで気絶/軽いP T S D(心的外傷後ストレス障害)の症状。悪化を恐れ入院。

 魔法師見習いは国の宝と言わんばかりに厚生施設の利用状況は異様なまでに優遇されていた。

 確かに将来国を守る中軸になるかも知れない/ここまで優遇されればどこか疎外感のようなものも感じてしまう。

 

「大分落ち着いたようね。灯子」

 

「うん。真くんが来てくれてるから」

 

 将輝の驚き。「ジョージが?」

 

「そうだよ。今ジュース買って来てもらってる」

 

 何とも微妙な、言い表し難い顔をしている将輝――どこか後ろめたそうな。

 特に話しことも無く他愛もない話に盛り上がる/真紅朗も戻り話に参加する。

 昨日の騒動が嘘だと思いたい/しかしここから数ブロック離れた隔離病棟では狂った生徒たちは拘束され治療を受けている。

 時間も過ぎる――夕方頃になる。面会時間も終わりに近づく。

 ドアがノックされる――入ってくる人物=沖山清吾。

 生徒の見舞いをしにきたそうだ/実質は仕事をサボる理由が欲しいだけ。

 

「医者の話じゃあと二、三日だそうだ。微妙な薄味病院食を楽しめや」

 

「はーい」

 

 それを最後に部屋を後にする――真紅朗とも別れる。

 移動――エレベーターの到着を待つ。ほつりと沖山が口を開く。

 

「お前達。ここに来た理由は三島の見舞いじゃないだろ」

 

 お見通しといった口調。「他の五人だろ。あわよくば無傷の一人の識閾検査に同席でも考えてたか?」

 

「そうですよ」隠さず答える。

 

「やっぱりか…、お前等二人はやばい事に首を突っ込みたがる性質らしいな」

 

 頭をぼりぼり掻く。「何か聞かなきゃお前等みたなのはとことん調べ上げて勝手に行動するからな」溜め息を吐く。「何が聞きたい?」

 

「彼らの体に起きた異変の全て」

 

「俺だって守秘義務がある。全ては無理だ」

 

「では生徒たちが発狂した要因は?」

 

「さあな。尿検査ではそれらしい薬品成分は出なかった。でも識閾下(しきいきか)に面白い症状が出ていた」

 

「症状?」

 

「誇大妄想症候群だ」

 

 誇大妄想症候群(Overdone delusion Syndrome)――情動干渉系魔法の干渉を受けた者に発生するとされる認識障害。感情を改竄されたことで起こる無機物への多大なる恐怖、興奮、破壊衝動/極端に傾いた感情によって心停止や自傷行為などの自己破壊/識閾下に刷り込まれる情動干渉系魔法は簡易的なサイコセラピーやカウンセリングでは判別が難しく、時として境界性パーソナリティ障害や解離性障害など誤診されがちな精神疾患。

 魔法で生まれた見えない爆弾――そんなものを頭の中/感情に埋め込まれた。

 何のために?――国防軍への挑発?

 

「識閾検査機が診断したんだ間違いないだろう。でもこの仮説は一つの理論で消去される」子供にものを教えるような口調/学校外ではこの口調はやめてほしい。

 

「街灯スキャナーとサイオンレーダーに魔法を使った時点で引っかかる」

 

「正解だ。でもそういった報告は警察からも一切来ていない」

 

「狂う原因が一切無いと」

 

「あるとしたら環境要因だろな。全員普通科だ」

 

「差別意識からの性格豹変?」

 

「さあな、そこまでは分からなかった。だがあそこまで性格、もとより精神を豹変させるには要因が小さすぎる。もっと大きな要因があってもいい。思考パルスを読み取るのは難しすぎる」

 

 エレベーターが着く/ナナと将輝は入る――沖山は残る。

 

「気をつけて帰れよ。最近、能登島のアウトローが出張ってきてるらしいからな」

 

 エレベーターのドアが閉まった。

 

 

 ***/****

 

 

「情動系の一切を使わない何かって事か」

 

 病院を出た帰り道――将輝が口を開く。

 

「魔法かどうかも怪しいですよ。薬物でもない、魔法でもない。犯人は洗脳装置でも持ち歩いているかも」

 

「全国津々浦々、人を洗脳するためだけにか......馬鹿げてる」

 

「そう、馬鹿げてる。でも他に私は想像が出来ない」

 

「サイオンレーダーの網を突破したとか?」

 

「どこにそんな大穴が?無いわよそんな穴」

 

 頭を掻き知恵を搾る将輝――出ない様子。

 

「それよりも考えることはどうして彼らがCADを持っていたかよ」

 

「それは家からの持参したものだろ?」

 

「あのCADは汎用型だけど軍事モデルだったは。一般人の手には間違いなく届かない代物よ」

 

「誰かからの差し金か」

 

「その可能性が高い」

 

 傾きだした日差しが目に刺さる/肌が何かを捉える。金属質な肌触り。

 

 咄嗟に振り返る――柄の悪い男たち/深く被ったチロリアンハット/口元をマフラーやネックウォーマーで隠した姿。

 全員が全員、服の色を黒で統一している――一人が前に出る。

 

「ようやく見つけたぞ。魔法使い」

 

 隠した口元を出す――上顎に届くほどの金属パーツ=違法機械化の証拠。

 

「弟の仇だ。お前等やるぞ」

 

 それを合図に後ろに控えていた男たちの足が変化した――内蔵されていたパーツが展開/収納されている金属製のローラーブレードが姿を表す。

 

「鳴いても叫んでも、殺してやるよ」




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