マルドゥック・マジック~煉獄の少女~   作:我楽娯兵

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セコンド・ピアット14

 人混みの中ナナと将輝は進んでいた――狭い通路の先に。

 無数に立ち並ぶビルは計画もなくそこに立ている――小さな島に無理やり押し込んだ老化が進んだコンクリートの塊。いつ崩れてもおかしくはない、あちこちにひびが入っている。

 ビルとビルの隙間は、やはりそういうのが好きなのだろう闇市が立ち並んでいた。

 薄暗がりに何人もの住人が掘っ建ての店を作っていた――威勢のいい声が響く/売っているものは怪しいものばかり。

 乾燥した葉っぱ/銃の撃発部品に――隠そうともしない違法薬物/スラム街の住人は堂々と針付きの注射器をセットで買う。

 もう見なくなった現物紙幣――電子マネー、マネーカードにほぼ移行した日本では二万三万の金額を見るのはそうそうない。それどころか紙幣を小中学生は紙幣は過去の物、教科書に載っている程度にしか知らない者もいる。

 

「Пожалуйста, дайте мне его」「Дайте мне деньги」

 

 一角で激しい言い争いをしていた――客の一人が100ルーブルを店主に叩き付けその場で薬を打ちはじめた。

 それを見ているだけでうんざりした。

 この能登島難民街は三種類の通貨が使用されていた――円/元/ロシア・ルーブル。三種の国の人間がいるこの場所では当然なのだろう。ある店では円しか使えず/ある店では元、ロシア・ルーブルしか受け付けない店もあった。だが決まって電子マネーは受け付けなかった。

 答えは簡単だ、この場所ではただの電子媒体でしかないのだ。

 機械化によって急激に成長した技術は個人の体でプログラミングが可能にする。そういったことは無論犯罪にも利用される。

 一攫千金を狙う馬鹿が擬似的な電子媒体を電子マネーに似せ利用した――すぐにバレ御用に。それ以前に政府が実施していた電子マネー法に引っかかっていた。

 スラムの住人は政府の人間からは認識したくない(モザイク)人間達だった――人口統計を採るにしても難民は含まれない。完全な消えた存在(ノット・イグジスト)だった。実質的な無国籍化であった。

 住民登録も何も無い/口座が作れない=電子マネーの発行が出来ない――おのずと紙幣に戻ってしまう。

 物が存在するなら起こってしまう=盗難――そして法がない人間達が作った法は、殺してでも自分の物は守れという究極的なものだった。

 呆れ返ってしまうほど単純で明確な方法――銃が普及してしまう。そのせいでここに来てもう5回も銃声を聞いた。

 一発目は心臓が飛び出るぐらいほど驚いた――ナナがその様子を見て笑った。

 

「おちょくられてるのよ。あなたどう見ても難民じゃないもの」

 

 引き笑いを返すしかなかった――そんな調子でここ数時間あちこち引っ張りまわされていた。

 電脳技師探し――中々その技師が見当たらなかった。歩き回る、そして一つ見つけた――野崎のビル街にあると。

 気味の悪い店を通り過ぎる――十数人が一つのテレビに必死に喰らい付いていた。

 

「見てはダメよ、あなたも落ちる」

 

「何だあれ?」

 

「デジタル・トリップ。あの人たちは、今いい夢を見てるのよ。あなたもあの夢に入りたくないでしょ?」

 

 恍惚の表情を浮べる難民を尻目に奥に入ってく/長い通路の先にあった電脳技師の店。

 薄白いく明滅する電灯――やけに綺麗な扉をくぐる。病室/無菌室――病院のような雰囲気の店に義体が吊るされていた。

 ホルマリンのような水に浸かった義眼/大亜細亜連合製の型落ちの違法出力の義手――真空パックのように包装された壊れたヒューマノイド・ホーム・ヘルパー。四方の壁に備え付けられたガンカメラが将輝とナナに標準を合わせる。

 

「......なんだい」

 

 カウンターに座る店主/顔を見てぎょっとする。

 削ぎ落とされたような瘦せた頬/右目周辺が焼け爛れ白く混濁していた/左目はそこに納まっていたがもっと別なものも周囲についていた。

 左目の上下に別の目が付いていた/縦に並んだ目がぎょろぎょろ動き気味が悪かった――憂いを佩びた店主の雰囲気/外を歩いていれば幽鬼にでも間違われるに違いない。

 

「......あんたか」気だるそうな声でナナを三つの目で見る。

 

「私を知っているみたいね」

 

 のろのろとした動きで店主はカウンターの引き出しから手帳のようなものを取り出す――開き見せる。

 

「警察省公安庁――もぐりの刑事さん?」

 

「......刑事と言っても、もう二年も報告をしていない。......死んだと思われてるだろうよ」

 

 笑い話をするかのように呟く――店の扉にロックをかけた。カウンターから出て店の奥へ消える――手招き。

 

「行きましょ」そういいナナが続く。

 

 店の内装を見ながら答える。「あ、ああ」

 

 機械的――内装はどこか管理されたように義体が並べられていた。工場のようにも見える。

 奥にナナと刑事が話をしている――情報屋についての居場所。

 

「......カルタヘナの天使が、なんてこの難民街で十師族を連れて歩き回っているんだ」

 

「そこの彼に09が適応されてるからよ。09ライセンスの仮取得の申請が通ってるから今は私の協力者よ」

 

「......そうかい。で、何が聞きたいんだい?」

 

「話が早くて助かるわ。この辺りで元『失楽園』の科学者を知らない? それか彼がこの店で買った購入履歴(キャッシュ)を提供して」

 

「......あの”ルイスの鷹“かい? すまいが知らないな。彼はうちではハードは買わない、義体も電脳もガイノイドも」

「そう」残念そうに呟くナナ。

 

「......無関方面の電脳屋に聞いてみなよ、あそこは電脳パッケージも多く扱ってる、ガイノイドの改造も――」

 

 店の扉が唐突に開いた――外から無理やり電子ロックを解除された/身構えた。

 数人の男達があるものを運び込んできた。

 

「見四賀の旦那、商品の換金だ!」

 

 威勢のいい声で受付近くに置かれた医療台に商品を置いた――男達の背で隠れたそれを覗き込んだ。

 思わず吐き気が込み上げてきた――腑分けされ別々に容器に詰められて人の体だった。

 指から臓器、皮膚から舌、骨にいたるまで全てがばらされ運び込んできた――隣にナナが来て耳打ちをする。

 

あれ(、、)はまだ生きてるわ、容器に底の交換装置が体液を交換してる。爪も伸びるし、垢も出る。)

 

(なんであんなことを!――)

 

(天然物の生体パーツは何処でも高級品よ。ダークタウンだと売られた人たちの臓器が出回ってる。)

 

(臓器移植にしても、骨や肉は必要ないだろ!)

 

 僅かにナナが溜め息をついた。

(骨は学術的価値がつく、肉は食べるのよ)

(人の肉をか!)

(食べて感じちゃう人もいるのよ)

 

 冷静に答えたナナ――将輝は内心許せなかった。人倫を外れた行為に怒りを感じていた。

 ナナに手を引かれ店を出た。

 

 

 ***/****

 

 

「なにそんなにカリカリ怒ってるの?」

 

「人が人を食べるんだぞ! こんなこと許されないだろ!」

 

「人が生きるためよ。生きてれば腹も減る、食べ物がなかったらゴキブリでも毟ってでも食べるのが人よ。それがたとえゴキブリじゃなく人の肉だったとしても」

 

「それでも――」

 

「死の淵に立てば分かるわよ。どうやっても生きたくなるから。餓死ならなおさら人の肉でも食べるわ。それでも食べないのは聖人君主よ」

 

「だが、――合成食品も今はあるだろ」

 

「言ったでしょ、食べて感じちゃう人もいる(,,,,,,,,,,,,)って」

 

 そういいナナは刑事の言った電脳技師がいる無関方面に向かいだした。

 よくわからない嫌悪感が込み上げる――死生観差異/粗悪な環境で生きている――強かであるといえば耳にいいがやっている事といえば人間の生活とは到底思えなかった。

 薬に更け、銃をそこらで撃ち、死体を徹底的に辱めるような商売。まともな環境で生まれた一条将輝だからこそ許せなかった。

 

「難民よ聞け! 世界を歪ませているのは魔法師だ! “人主正教”は断固として魔法師

中心社会を許したりはしない!」

 

 路地を練り歩くように宗教関係の人間が大声を上げ、言葉を掲げている――後ろに続く難民達も声を上げた。“魔法師中心社会反対 魔法師を消せ!!”

 暴論的な言葉は今は俺の心に刺さった――唐突に腕を引かれた/驚く。

 

「行くわよ、将輝」

 

 俺は引かれるがまま足を動かす/声を上げ続ける集団に目が向き続けた。

 

「ただの人間主義よ。気にすることない」

 

「あぁ」弱弱しく答えた俺の言葉にナナが謝った。

 

「ごめんなさい」

 

「なんで謝るんだ、君は何もしていない」

 

「あなたの気分を悪くした、もう少し配慮すべきだったわ。あなたが正道を進む人だってことを」

 

「別に君を責めてる訳じゃない。ただ許せなかっただけだ」

 

 どう言葉を代えそうか悩んでいるナナ――続ける。

 

「人間が人間らしい生活を出来ていないことが許せなかっただけだ」

 

「今の時代難民は何処にでもいる......」

 

「人として生きることを願うよ。師族として人として」

 

 そういった途端ナナが足を止めた――耳を澄ませる様に目を瞑り何かに集中した。

 インカムから響く金色のネズミの声。《敵意の匂いだ。ナナ、一条将輝》

 ナナの声もインカムから届く。《わかってる。将輝ゆっくり付いてきて》

 ナナは俺の腕に抱きつく――急な行為に心臓が飛び出そうになった。

 

「な、ナナ」裏返りそうな声で聞く。

 

《黙って、ゆっくり付いてきて。あの道を曲がったら走るわよ》

 

 ゆっくりとしたペースで廃ビルの中に入る――曲がった途端走りだした。

 走り出すと同時に後ろから慌しい足音が聞こえた/明らかに複数――金属が打ち合わさる音が聞こえる=機械化の可能性。

 

「どうするんだ、ナナ」

 

「こっちに土地勘がない。撃退するわよ」

 

「撃退ってどうやって。こっちは魔法も使えないぞ」

 

「こうするのよ」

 

 そう言いナナは走りながら路地の角に備え付けられた配電盤を叩いた――すぐにその場を離れた。

 突如ショートした配電盤が火花を上げ爆発した。それと同時に天井の電灯全てが明滅し光を失う。

 

「何をした」

 

「配電盤を操作(スナーク)したのよ。行くわよ」

 

 腕を引かれながら暗がりを走り抜ける――行く先が一切分からないはずなのに、ナナはわかっているかのように走り続ける。

 実際は暗がりでもナナは分っていた周囲数メートルの地理が肌を通して――理解(,,)していた。

 再度角を曲がり相手を撒こうとする――追っ手の目も義眼が暗視カメラに切り替わり確りと追ってくる。

 廃ビルの狭い通路を出る――大通りに向かう。

「昇るわよ」ナナはそう言い四肢と脳に埋め込まれた装置に火を入れる。

 二人をすっぽりと覆う重力(フロート)――壁が地面に変わる。態勢が崩れてしまう/倒れそうになりながら着地する。

 あちこちに点在する廃ビルのテラスを飛び越えながら昇る――ビルを乗り越え反対側の路地に。

 別の三人の追っ手が行く手を塞いだ――構わずにナナが突撃した/銃も構えず。

 相手も銃を使えないのか素手でナナを捕らえようとする――ナナに向かい伸びた腕が突如痙攣を起こす。

 足を払い倒れる/なおも痙攣――他の二人も飛び掛る。ナナがビルに伸びるクレーンを操作(スナーク)/二人が空中で薙ぎ飛ばされる。壁に激突した二人は手足、首の方向がおかしなことになっていた。

 

「将輝、そいつ連れてきて」ナナが泡を吹き痙攣を続ける男を指差す。

 

 言われたと通りに襟首を掴み引きずる――機械化した肉体/重く運び辛い。

 ナナの足元に来たところでナナが屈んだ/何かを探すように男の首元を探している。

 

「おかしいわね......プラグが無い」

 

「それよりここで往生していいのか。さっきの奴等が来るぞ」

 

「ビルを挟んでるのよ。入り組んだここならもう少し掛かる」

 

 ナナはそう言った/男の耳をめくった。「ここか......」

 

「なにがだ?」

 

「電脳に接続するプラグよ。ほら――」

 

 耳朶の裏に隠すように設えたマルチスロット――次世代型の義体は首筋に設えているはず。

 

「旧世代型よ。もしは愛玩人形(ガイノイド)なんかのビジュアルを損なわないためにここに付けるのよ」

 

 ナナはそういいスロット部分に指を当てた――男の痙攣がさらにひどく、大きく震えだす。

 ナナの目から光が消えた。

 

「何をしてるんだ」

 

《こいつの電脳に入っている》インカムからウフコックが語りかける。

 

「それ専用の機械をナナは持っているのか?」

 

 《持っていない。人工皮膚(ライタイト)と電脳の規格を無理やり合わしているんだ》

 

「大丈夫なのか?」

 

《大丈夫じゃない。失敗すれば脳を焼かれる》

 

 冷静に落ち着いた口調でそれを告げたウフコック。慌ててナナを止めようとする。

 止める前にナナの目に光が戻る――質問を投げかけてくる。

 

「将輝。あなた携帯端末持ってる?」

 

 急な質問におずおず答える。「あぁ......」

 

「貸してくれない?」

 

 言われるがまま尻ポケットに収めている携帯端末を渡す――ナナは受け取った瞬間、地面に叩き付け踏み潰した。

 

「ちょッ! なにするんだッ!」

 

「追われだした原因はこれよ」

 

 早足で歩き出したナナ/後ろに続く。

 

「携帯端末が原因?」

 

「ええ、あれにハッキングを受けたとよ。身分情報から口座に入ってる金額全てを知られたわね」

 

「待て待て! そんな事が可能なのか?」

 

「今の時代、学生がかつあげに合うより、社会人が携帯端末にハッキングを受けて口座からお金を抜かれるほうが確率的には高いのよ?」然も平然と答える。「それがここで十師族のあなたが狙われないわけが無い。帰ったら銀行口座と電話番号個人情報全て変えるべきね」

 

 思わず頭が痛くなった――情報化が進んだ社会で起こる事件/ありうる可能性=ハッキングによる被害。

 年間でも起こる件数は日本でも一億件を越える。

 利便性は同時に不利益も呼んだ――電脳犯罪/電子機器による犯行。

 身体だけではなく携帯や己が持つ電子情報も守らねばならないと考えると胃が痛くなる。

 何もかもおかしな世界で愚痴の一つでも零したくなる。肩に水滴が落ちる。

 ぽつぽつと周りに落ち出す水滴=雨――空を見上げた。真っ黒な雨雲が空を覆っている。

 徐々に強く雨が降る/思わず溜め息が出た――ナナの金切り声。

 

「見ちゃダメ!」

 

「ど、どうした......?」

 

「酸性雨よ。目に入ったら大変なことになる」ナナは甲斐甲斐しく対環境用フードを俺に被せた。

 

「どうするんだ。どんどん雨が強くなるぞ」

 

「仕方ない......ホテルに入るわよ、今日はもう雨が止みそうにない」

 

 そういい難民街のホテルに向かった。




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