マルドゥック・マジック~煉獄の少女~   作:我楽娯兵

54 / 73
セコンド・ピアット31

 17時28分

 

 黒犬の眷属/兄弟――引き連れ屠る紅色の王子。

 ナナと離れ子犬たちと戯れる――犬たちの蹴りを交わしながら脳に溢れる思考を感じる。

 興奮/高揚/不安/恐怖――佐渡島と同じあの感覚。死と共に歩く戦場の道。

 

「っふ!」

 

 犬の蹴りを屈み避ける――股下に向ける銃口。発砲。

 体の中心を貫く二十グラムの弾丸/決定的な致命傷――放出する荷電粒子。

 機械化した肉体を破壊し脳天から突き抜ける。

 後ろに回りこまれる/深紅のCAD。「爆裂」が牙を剥く。

 犬たちの目には見えない弾丸――食い殺す。めきめきと嫌な音を立て爆発。

 轟音。

 地上より離れた壁面世界で戦闘を繰り返すナナの銃撃――砲火に似た銃音。

 喰らい付いている黒犬――付いてはいけない離れた世界。

 己の世界は地上――群がる犬たち。

 掴みかかる一匹/腕を払いのける――一本背負い。CADを犬の腹にねじ込み引き金を引く。

 地面に付く瞬間犬は炸裂し将輝の体は人工血液の白に染まる――赤い血とは違ったペンキのような臭いが体に染み付く。受身をとりながら素早く敵を選別―膝をついた状態で敵の腹部に荷電式の弾丸を二匹の敵に二発ずつ叩き込む。

 人工的な臓腑を焼き、眼から煙を上げ死んでいく――出来るだけ顔を見ないようにする。

「爆裂」では顔を見るも何もない/形が残らない――死んだ後の目を見なくてすむ。

 銃は違う決定的に止めを刺せるが形は残る/後悔とも違う――罪悪感を通り越し相手の呪いのように心を蝕む。

 快感にも近い/優越的な、相手の上に立っている――根源的な人間の持ちうる攻撃本能が刺激される。

 死と隣り合わせの状況は人を狂わせる――虚無が暗黒面(ダークサイド)に将輝を呼び込む。

 引き金を引くが弾がでない/弾切れ――得物の変更/CAD――本領の発揮。名残惜しさを残し拳銃を渡されたホルスターに収める。

 大きく息を吸い込む。引き金を絞る。

 奇妙な音と炸裂の業火――無抵抗の市民をマシンガンで虐殺しているような感覚に襲われる。

 強ち間違ってはいない/それに等しい――虐殺だ。ウフコックが与えた価値観が葛藤を強くする。

 昔なら違った筈だ。これは虐殺か?/国を守るためだ――大義名分を背負っている/十師族の一族である俺はやらなくてはならない。これは敵だ/愚図が馬鹿な知恵を使って武器を持ったに過ぎない。

 全部師族の使命――〝君をナナと同じ火種に死者を捧げ続ける哀れな存在に落ちてほしくない〟

 俺は誰のために死者を捧げている?――国民のため/全国民なんて顔も知らない。相手も知らない。

 賞賛のためか?――違う/上っ面な感謝は虚しいだけ。何も知らない上層軍人の嘘を張り固めた賞状なんてほしくはない。

 司波さんのためか/半分そうであって違う――振り向きもしない女のために命を張るのか?。

 何のためだ――ふいに見えた道の先。

 小さな人影/小柄で華奢な体――真っ黒な服/右手に携えた緋色と赤色が混じる美しい刀。

 黒服から覗く白い肌/僅かな膨らみを帯びた胸――無表情の口元/目元が隠された顔――つるりと卵のようなマスク。そしてナナと同じような燃えカスのような灰色の髪。

 少女の体に隠れていた左腕に握るものが見えた――真っ黒な果実/スイカぐらいの大きさ、人の頭ぐらいの大きさ。少女は果実を自分の頭の上にそれを掲げる/滴る赤い汁で口元を濡らしながら飲む――その正体が分かった。

 ムーバルスーツのヘルメット/割れたプロテクターから見える魔法師だった物の驚きと恐怖に染まった眸。

 ぐるりと少女の顔が将輝方を見る――赤く染まった口元を鮮やかな色の舌先が舐める。

 国防軍人の首を捨て走る――ぞっとするような殺気が背中を舐める。

 犬たちの相手も放り投げあの子を先に殺さないといけない――将輝の心が警鐘を鳴らす。

 途轍もない速度/少女は走る――踏み込む度にコンクリートは砕ける/足、もしくは四肢を機械化している。

 あっという間に少女は犬の群れに到達する――白い鮮血が散る/舞う。

 鮮やかな軌跡を描き振るわれる緋色と赤色の刀――神楽よりも有名絵画よりも綺麗な軌跡。内より湧き出る欲望が形を得たような存在。

 突然の奇襲に統率が失われる犬の群れ。暴力的な殺意(エロース)は放すことなく平等に(さつい)を配る。

 反撃に試みた一匹――後ろに回りこむ。別の犬に刀を振るう少女――少女の頭を狙い足刀蹴り。

 暗転――火種の飛び火/刀の軌道が変わる。

 切断――L字の軌道を描き背後の犬を輪切りにする。

 切断――軌道に乗った刀が軌道に描き出す奇矯な湾曲/正面の犬の左肩から右わき腹に抜ける。

 切断――瞬時に引き戻し鋭い突きをが別の犬の喉に、横に裂かれZ字を描いて四等分に切り分ける。

 将輝は、その緋色の日本刀に唖然となる。

 剣の素人でも分かる可笑しな刀の軌跡/肌に感じる奇妙な風の流れ――一瞬にして無数の敵を切り殺す技量/狂気。

 少女が刀に付着する白の血液を振るい払う。振るった刀がビル影に差し掛かる瞬間、刃の部分とは違う色を放つ赤色(せきしょく)の鎬地に青白い線が浮き上がる。

 真っ直ぐ切先から棟に向かい緩い反りを映し出す光/対なる緋色の刃=日緋色金(ヒヒイロカネ)

 全く別の素材が使われている/青白い光――ぱっちとほんの僅かな放電。

 そうか! あれは流体制御デバイスか! だからあんな可笑しな軌道が作り出せるんだ!

 将輝の驚嘆――それをもっと詳しく言い換えるなら、こうだ。

 あの刀は日緋色金(ヒヒイロカネ)で出来ている。その刀の鎬地に別種の素材、誘電体バリア放電を起こす制御デバイスを使っているのだ。制御デバイスが作るプラズマ。プラズマ内の荷電粒子が電場により加速され中性粒子と衝突し、壁面に水平なジェットが誘起されす。軽量でいて機械的可動部がない簡単な制御デバイスが刀が切り分けた空気を吸い寄せ、刀を振りたい方向へ振り易くする。手首の僅かな力加減で急停止や軌道調整、急激な方向転換、最適角度も保っている。航空機の翼や風力発電にも使われている――プラズマアクチュエーターだ。

 四肢も機械へと転身し力加減も自由自在――きっと柄の内部も趣向を凝らしているに違いない、握り方しだいで制御デバイスに掛ける電流を調整し風の流れを制御、思ってもいない方向から恐ろしい刀を振るうだろう。

 まさに悪鬼の如き少女が持つに相応しい張形(ディルドー)――銃や魔法にも劣らない、旧世代の武器が悪意によって返り咲いた。

 悪鬼の牙や爪よりも凶悪な張形(ディルドー)/将輝の目にはそう見えた。

 あれはやばい、この場にいる何よりもやばい――相手にしたら間違いなく殺される。

 足が震え逃げ出そうとする――唐突に背後から強烈な光が届く。

 後ろで戦っているナナが魔法を使って犬の親玉に向かい魔法を撃っている――ナナを残して逃げ出すのか?/奥歯を噛み締め踏み止まる。

 CADを少女に向ける――30人近い機械化した武装難民をすべて切り殺した少女。機敏に将輝の向けた殺意に反応する。

 姿が視界から消える――微風と共に少女が将輝の懐に飛び込んできた。

 身震いする強烈な重圧(プレッシャー)が向けられる――緋色の閃光が胸を撫でる。

 CADを胸元に――衝撃と風切り音/飛びのく。

 深紅のCADは銃身から両断にされ、感応石も斬られている。復元もできないほどの痛手。

 思考の最中にも少女は殺意を向けている――あるいは好奇心。

 有無を言わせない連撃――紙一重で避けきる/避けきれないものも。

 ケブラーベストも布切れ同然/少女の唇が三日月形に歪む――目の前に現れる。

 胸元のネクタイを掴まれる。

 

(殺される!)

 

 思考が叫んだ――力強く引っ張られる。

 想像もしていなかった敵の行為/無理やり屈まされた将輝――少女が半ば強制的に接吻する。

 心臓が飛び跳ねる――殺し合いのさなかの行為/少女とのキスは悪魔との接吻に感じられた。

 突き放すように放される/笑みを絶やさない少女はいつも間にか鞘に刀を戻している。

 そっと柄を握る――悪寒/死の火種が背中を焼く。

 

「バイバイ。お兄さん」少女はそう言った。

 

 柄を強く握り締める/発砲音。

 高速で打ち出される刀――一瞬だけ見えた鞘/銃の機関部のようなものが内蔵されている。

 パイルバンカーのように杭を撃ち、刀を射出したのだ。

 斬られる――無駄だと分かっていても自然に体が自分を守る。

 瞬間が永遠に感じられた――綺麗な軌道を描く刀。居合いのように鞘から抜かれる。

 避けきれない。ゆっくりと接近するそれが将輝の左腕に触れた――バターでも斬るようにすんなり抵抗もなく切り込まれる。

 気づけばすでに左腕は将輝の体から切り離され空を舞っている――何も感じない映画のワンシーンを見ているようだった。遅れて痛みが押し寄せる。

 抉るように断面が空気に晒される/血は刀で焼き塞がれている――焼け焦げ肉が焼けた香ばしい匂いがする。

 

「―――――――ッ!!」

 

 喉から迸る絶叫――目が飛び出るほど眸を見開き痛みを訴えてる。

 ナナの悲痛な声が聞こえた。

 

 

 ***/****

 

 

「将輝ッ!」

 

 悲鳴のような声が出る――騒ぎ立てていた虚無の囁きが嘘のように消える。

 胸の奥底に突き刺さる鈍い痛み/無意識に彼の元に走る。

 黒服の少女=雌豹は嬉しそうに笑みを浮かべ走り出す。

 刀を棒切れのごとく振り回す――無邪気な笑み/滲み出る殺意。

 横薙ぎの一閃――重力(フロート)を展開/飛翔。

 雌豹を飛び越し将輝の元に――彼をこの場に置いておきたくなかった。逃げなければ。

 保護証人や09の方針も関係なく彼をこの場から遠ざけることを選択する。

 腕を伸ばす――切り落とされた腕を拾う。彼を担ぐ。

 緋色の閃光。

 ふくらはぎが抉られる――痛みを噛み殺す/重力(フロート)で覆う――走り出す。

 走るたびに抉られた足に痛みが走る――それ以上に痛かった胸の底。

 担ぐ将輝が揺られる度に上げる痛みの声――腕に握っている将輝に繋がっていた肉で出来た物。

 泣き出しそうになりながら走る。

 

「鬼ごっこ! 私もやる。私が鬼ね! お姉ちゃんは逃げて!」

 

 雌豹が嬉しげな声を上げながら追いかけてくる――コンクリートを割る音が近づいてくる。

 いつもならなんてことはない/重力(フロート)を使い逃げ切る。

 そんな簡単なことももう頭の中から消えている――逃げなきゃいけない/将輝を遠くに/彼を死なせたくない!

 真横に来た雌豹――五六口径が咆哮をあげる。

 裂けんばかり笑顔/奇妙な軌道を描く日本刀――金切り音。

 五六口径弾が両断される――雌豹の後ろのビル壁が爆発する。

 重力(フロート)を展開――壁面世界に逃げ出す/海岸方面へ走る――ビルを乗り越える。

 ビル壁に唐突に亀裂が走る――炸裂/細かな破片が飛び散る。

 逃げても無駄/そういった表情を浮かべている。必死に考える。

 ウフコックに強制的にコマンドを送りつけ無反動砲に変身(ターン)させる――発射。

 重力(フロート)を厚く張る。

 爆発。

 衝撃が重力(フロート)の壁を揺らす/雌豹の姿は見えない――死んだとも思えない。

 背を向け走る――敵の気配なし/見方の気配なし/負傷者二人。

 海岸沿いの公園――将輝を降ろす/急いで治療にかかる。得意ではない治癒魔法――斬られた腕を引っ付けようとする。

 ひどい顔を浮かべていた――涙を目に溜めくしゃくしゃになった髪。

「治って、直って、なおって!」

 将輝が薄っすらと目を開ける――弱弱しい笑い顔。ナナには死の影に思えさらに不安を煽られた。

 無意識の奥底で火種に薪がくべられる――幼く嬉々とした声が遊びまわった。

 視界を埋め尽くす火が子供の形になる/同じ被験者たち――煉獄の薪たち。

 

(直したいの?)

 

――直したい!

 

(これをした子を倒したいの?)

 

――殺したいに決まってる!

 

 八人の子供たちが困り顔を浮かべた。

 相談をするように集まり話し合う、すぐに決まった。

 

(わかった! その子を倒そう!)

 

 そういった一人の子が集団の外に行く――笑顔を浮かべて手を振った。

 

(バイバイ! さようなら!)

 

 すっと姿を消した――名残惜しそうな笑顔が無意識に残る。

 ふと心の奥底に灯った火がすべてを飲み込む――業火に昇華していく。

 肉が焼ける/血液が沸騰する――肉体の主導権はすでに意思の中にはなく、別のものに入れ替わっていた。

 悪意の聖火が浄化を求め基底現実に火を灯した。

 

 

 ***/****

 

 

 抉るように痛みが襲う――失った左腕を探すようにしきりに周囲を探す。

 激痛と狂いそうな不安感/佐渡島で味わわなかった戦場の恐怖。

 死と隣り合わせである事を今更に感じる――ナナのおぶさり揺られる。

 飛んだり跳ねたり/爆音がしたり轟音がしたり――もう何も考えていられなかった。

 腰のホルスターに収められる拳銃に弾が一発あるなら俺は頭を撃っている――撃ってくれ。

 どんどん軟弱になる――自分は無能なのかと錯覚する。

 彼女に、ナナに助けられてばかりだ――今降ろされたら走れない、走りたくない。

 埃と硝煙の匂い――かすかに潮の匂い/波音。

 降ろされる――涙で濡れたナナの顔が見えた。

 斬られた腕を押さえるように治癒魔法をかける――断面にむずむずとした感覚/途轍もなく痒くなる。

 治癒魔法の一時的な副作用とはいえこの痒みは気が狂いそうだった。

 呻きのような痛みと痒みを抑える声が漏れる。

 

 聞こえるナナの祈るような叫び。「治って、直って、なおって!」

 

 のた打ち回らないように体に力を入れる――首が横を見た瞬間、絶望が見えた。

 煤を払いながら歩く華奢な矮躯/墨を落とし込んだように真っ黒な装束――緋色と赤色で象られた日本刀。

 燃えカスのような髪に付着した煤を叩き払う――日本刀が僅かに放電する。

 諦め――安堵/そろそろ疲れてきていた。これで眠れるような気がした。

 ふっと笑顔が零れた――ナナの腕に力がこもる。

 ゆるゆるとした動きで一歩一歩近づいてくる少女――どこか心の底で叫ぶものがある。

 釣りあがる口元が見える――これが俺の加熱限界(ヒーティング・リミット)か?

 ゆっくりと持ち上がる日本刀――まだ燃焼範囲(バーニング・ゾーン)を広げられるはずだ。

 夕日に同化した日本刀――発火点(フラッシュ・ポイント)燃焼範囲(バーニング・ゾーン)加熱限界(ヒーティング・リミット)は超えていない。

 CADを操作し衝撃緩和の魔法を使用する/力のかぎりでナナの傍らに置かれる(ウフコック)を掴み取る/馬鹿でかいリボルバーに腕が絶えられない事が解っていた/魔法で出来るかぎり衝撃を和らげる――少女に向かって撃った。

 釣りあがった口元から笑みが消えた/振り下ろされ弾丸と刀が触れ合った――衝撃と炸裂。

 後ろに飛びのく少女/弾丸の破片がマスクに小さな割れ目を入れる。

 肩が外れ力なくリボルバーを握る右腕が落ちた。

 驚いた表情の少女――割れたマスクの下から覗く血の色をした瞳。怒りに歪んだ顔。

 

「......っは、ざまあみろ......」

 

 悪態が漏れた/斬られた腕に熱を感じる――ナナの腕がどんどん熱くなる。

 

「ナナ、ナナ!」

 

 叫ぶように呼ぶが反応は返ってこない。

 周囲の風景が揺らめく――加熱するナナ/頬に銀色の粉が見える。

 割れたマスクから覗く目がさらに驚く/怒りで満ち満ちていた表情が一変して笑顔に戻る。

 

 嬉しさで頬を赤く染めながら声を上げる。「お姉ちゃん……お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!! やっぱり失敗作じゃなかったんだね!! 出来損ないじゃなかったんだね!!」

 

 少女は何かに期待を抱くように叫ぶ――ナナは加熱し続ける。

 押さえられる腕/振り払いたくなるほど高熱になる――彼女を止めようとするが声が出ない。

 その姿はすでにナナではなかった――目は虚ろに/火を纏う姿。火の神を思わせた。

 後ろからかくれんぼをしているかのように、七人の子供の形をした火が現れる。

 ナナと将輝を取り囲み守るように陣形を組みだす――巨大な大火に姿を変えた。

 押し寄せる熱風――脳の中に直に届く囁き。

 

 ――殺す。――死ね。――くたばれ。 

 

 ――お前なんてくずだ。――助けて。――いい子にしてれば痛くはしないよ。 

 

 ――実験体だこれは。――不良品だよ。

 

 ――哀れだね。――死ね。――誰も助けてくれない。――もう大丈夫だよ。――7番歩け。

 

 ――死ぬんだみんな死ぬんだ!――ハンプティ・ダンプティ 落っこちた。

 

 ――救世主。――肉の焼ける匂いはもう飽きた。――将輝!!

 

 ナナの心の叫び、記憶が流れ込む――頭を壊すかのように負に満ち溢れた幼少期。

 〝私の周りは死に近いものだったわ、幼少期は特に〟――ようやくこの言葉の意味が理解できた。これの事だったのか。負の流れが一つの業火にくべれる/浄化の火――煉獄に。

 公園の木にとまっているカラスが鋭い声を上げた/火に当てられたように燃え上がる。

 

煉獄よ(パーガトリー)、浄化の炎を!!」

 

 日本刀が煌いた――複雑な軌道を描く。

 業火に刀を差し込む/G字を描き掻き分ける――業火から無数の火で出来た腕が伸びる。

 無数の手は少女の手から刀を毟り取る/腕も/服も/足も。

 白い肌が見えた――迸る鮮血/すぐに蒸発し鉄の香りが立ちこめる。

 腕は心臓に、顔に伸びる――少女は火の腕に噛み付く。

 口元は焼け爛れる――痛みを感じていないのだろう、それでも笑いを絶やさない。

 

「鉄を溶かして、正しいイデアを取り戻そうよ! ねえ! お姉ちゃん!!」

 

 叫びを上げたる――業火にと飛び込んでくる。

 焼けた口元から伸びる鋭い八重歯が迫る――動きが止まる。

 片足を千切られた状態でも器用に立ったまま止まる――空から落ちる神が一人。

 真っ白なムーバルスーツ/黒の大型拳銃形態CAD――金の刻印が見えた。

 左のCAD――Giustizia Il giudizio(正しき裁き)

 右のCAD――Giustizia Depurazione(正しき浄化)

 神のような姿――少女が嬉しさを爆発させる。

 

「お兄ちゃん!! お姉ちゃんは出来損ないじゃなかったよ!!」

 

 まだ繋がっている腕を掲げ呼びかける少女――神に祈りを捧げる亡者の姿。

 (テューポーン)は地に降りる――片腕と片足を失った黒い聖女を抱きかかえる。

 

 宥める様な声。「フミ、もう帰る時間だよ。鋏はもうこの横浜にはいない」

「はーい......」拗ねたように口をすぼめ答えた少女。「もっと殺したかったのに......」

 

 空に戻る(テューポーン)――浄化の火はそれを止めようと手を伸ばした/亡者が天国に手を伸ばすように。

 熱風――不快なほどクリーンな熱が体の中を通り抜ける。

 将輝を襲ったナナの思考のような感触/驚くほど何も感じなかった。

 同じように(テューポーン)の周囲で燃焼が起こる/形作る怪物たち――蚊/猪/梟/鳥/百足/騎士/道化師/童女。現れた百鬼夜行。

 打ち消しあう業火――目を覆うような光。崩れ合い、絡み合う。

 限界をめざし燃焼/加熱限界(ヒーティング・リミット)

 大気を震わした衝撃――海に現れた光のドーム。

 衝撃が押し寄せ、火をかき消す――沈黙/静寂。

 横浜湾に浮かんだ光が将輝の目に捉えられる――白い巨大な美しい光。

 信じられない美しい光/すべてを無に還す崩壊の光。

 静寂の中、(テューポーン)は煙のように消えていた――煉獄は吹き消された。

 静かな世界/自分とナナの肌越しに感じる血の脈動――遠巻きに聞こえる銃声。

 切り離された一角――落ち始めた夕日/青い宵闇が明かりを飲み干し、夜を呼び込む。

 ウフコックが五六口径から抜け出し夜空を見上げる。

 疲れと痛みで朦朧とした意識の中、大きな銀色の卵(ハンプティ・ダンプティ)が見えた。

 

 

 

 2095年11月18日-国立金沢中央魔法科病棟

 

「ありがとうございました」

 

 俺の腕を治療した医者に頭を下げ礼を言う――お昼前の時間帯/通院者も少ないく巨大な病院は伽藍としていた。

 ガラスの自動ドアを抜け18日ぶりの外の空気を吸う――灼熱のハロウィンから18日/腕の治療で将輝は入院する事となった。

 左腕を見た――綺麗な肌色をした手のひら、感触を確かめるように握ったり開いたり。

 微かに違和感を覚える/元通りとはいかなかった。

 

「これからはこの鉄の腕、か......」

 

 浮遊移動式住居(フライング・ハウス)で救出された将輝――腕の治療に即日治療が開始された。

 切り落とされた腕を治癒魔法でくっ付ける――エイドスが安定性せず結局腕は元には戻らなかった。日緋色金(ヒヒイロカネ)に斬られた弊害かエイドスが巻き戻される事態が多発し、将輝は左腕を機械化する事にした。

 僅かに寒さが混じる今日日――晴天の空に左腕をかざした。

 薄っすらと皮膚の下から透けた筋肉――機械化といってもメタルの腕になる訳ではなかった。

 技術者曰く、淡水でも生きていけるように遺伝子操作されたイルカの筋肉繊維をベースにした人工筋肉でオリジナルの人間の腕に近い強化された腕、だそうだ。

 油圧式の腕に生皮を被せるのことを想像していた将輝。イルカの筋肉繊維で出来た腕を日にかざしながら眺めた。

 

「将輝」

 

 名前を呼ばれ呼んだ人物を見た――灰色の髪の歌姫(ディーヴァ)

 

「ナナ......学校はいいのか?」

 

 くすっと小さく笑ったナナ。「灼熱のハロウィンで休校。それに加え横浜に行った生徒はカウンセリングを受けていて授業にならないって沖山先生が」

 

「はは、そうか。そうだったな」

 

 久しぶりの外の空気で気分がよかった/無菌室で過ごす日々は退屈で仕方なかった。

 

「よかった。元気そうで」安心したような表情。「ご両親は?」

 

「父さんはあの爆発の件で御上に呼び出されてる。母さんには来なくていいて」

 

「せっかくの退院なのに?」

 

「俺も少しはゆっくりしたいんだ」

 

 そういい近くに止まっているタクシーに乗ろうとしたがやめた。体が鈍っているのではと思い少しは体を動かす事を選択する。家路は遠く日もまだ高い、ちょうどよかった。

 冬の予兆が徐々に見え出した草木/葉も枯れ落ち始め、僅かに残る紅葉の赤。

 寒さで雑みが消えたような透き通る冷たい空気を肺に入れる。

 斜め後ろについて来るナナ――俯き気味で沈黙する。僅かな気まずさを感じる。

 

「あのな......」「あの......」

 

 同時に重なった言葉――照れくささから笑いが漏れた。

 

「さ、先に言って」

 

「あ、ああ。君のふくらはぎ大丈夫か? 斬られていただろ」

 

 少し驚いた様子のナナ。「うん。大丈夫、私の手足は替えがきくから」

 

「そ、そうか」

 

 僅かに静寂、ナナが話題を出す。

 

「腕、調子どう?」

 

「絶好調、とはいかないな。そこそこといったとこかな」

 

「そうなんだ。その腕のベースは何?」

 

「イルカの筋肉繊維だそうだ」

 

 顎に手をやり考えるような体勢。「人工筋肉? メーカーは?」

 

「09の紹介で確か、筋肉の生産はオクトーバー社製、組み立てはローゼン・マギクラフトだ」

 

 技術者のような口調。「人工筋肉は磨耗が激しいから気をつけてね。メンテンスもしっかりしないと酵素で人工筋肉は分解しちゃうから」

 

「ああ、酵素はアラームがなるように設定してる。月一メンテンスも師族ってことでメーカーが融通を利かしてくれるって」

 

「よかった」

 

 胸をなでおろすナナ、やはり責任を感じているのだろうか。

 俺の腕は俺の責任だと思っている。ほんのちょっとした油断が招いた事だと。

 

「ね、ねえ」

 

「なんだ?」

 

 小さな声/歯切れが悪い口調。「手、繋いでいい?」

 彼女の口から聞こえた言葉に耳を疑った、再度聞いた言葉を再生するが、手を繋いでいいと訊いていた。

 ふと思った、ナナから将輝に対しての二回目の頼みごとだった。

 少々気恥ずかしかったが自然に左腕を出した。

 

「いいぞ」

 

 彼女の顔が輝いた気がした――綺麗な笑顔/悪意も殺意も何も混じっていない、本当に綺麗な笑顔だった。

 小柄な彼女が隣に立ち家路に向かう。

 人工筋肉の手と金属繊維で覆われた手――人の成分で出来ていないが、将輝は確かに人の温もりを感じた。

 

 

 

 2095年11月?日-東京メトロ〝調理場〟

 

 医療台の上で目を覚ます虎――死したはずの呂 剛虎(ルゥ ガンフゥ)は無菌の部屋で再度息をしだす。

 最後に感じたものは息苦しさと死の感覚/息を詰まらせ、臓器をずたずたにされたはずだった。

 混乱する意識――不意に(ルゥ)(ルゥ)単体ではない事を悟る。

 感じた事のない異質な感覚――個人のはずなのに集団に属していると感じさせる。

 

「目を覚ましたかい? 呂 剛虎(ルゥ ガンフゥ)

 

 名を呼ばれ警戒態勢をとる、医療台に固定され動く事もままならなかった。

 

「警戒しなくていい。もう君は僕の信者なのだから」

 

 拘束具が唐突に外れる――自由となった体/もとの体ではなかった。

 

「君を甦らせるのには苦労した。脳に酸素が入っていなかった。もう少し遅かったら死んでいただろうね」

 

 絶望のように己の体を見渡す――無骨な肉の手は赤黒い五本の鉤爪/胴体は鉄に入れ替わり、鍛え上げてきた強靭な肉体は失われ代わりに付けられる赤と黒の虎模様。

 五本の鉤爪が口元を掻く――虎の風貌はすでになく、虎を模した鉄の怪物に成り代わっていた。

 姿を現す10匹の怪物たち/(ルゥ)を脱獄させた怪物たち。

 奇声を放ち(ルゥ)の仲間入りを歓迎する。

 

「君を歓迎するよ、呂 剛虎(テア・ティガー)<ヴェルミ・チェッリ>(無数の蛆)にようこそ」




はい、終わりました横浜騒乱編。
まさか捜査している話と戦闘が同じぐらいの長さになるとは。次回の章は捜査に力を入れることにします。

次章予告。
灼熱のハロウィンが起こり月日も立たない冬。
新たなる悪が動き出す。
吸血鬼の裏で起こる別の事件。
デルクの身に降りかかる不運。
彼の残した残滓の数々――燻る悪は更なる燃焼を求める。
動き出す09、そしてなぜか第一高校の制服に袖を通すナナ、ポンコツ隊長リーナとも絡むぜ。十師族も17巻でそろったから出しちゃうぞ。

次章―~愛玩人形暴走編~

乞うご期待――のはずでしたが私のリアルの都合でまだ来訪者編を全部よんでいませんので繋ぎで作る新作。
ずいぶんと前に日常編みたいなーって感想が来ていましたので日常編+09メンバー過去編を作りたいと思います。気分で書きますので基本不定期になると思います。
お暇な方はそちらのほうもよろしくお願いします。
では次回までばいばい!!

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