年明けの空は灰色の寒冷を漂わせいる――寒く冷たい街並みの中一人の人形が歩く。
姿は特異であった――五歳児程度の外見/少女の歳になる筈の人形は未だに頬は赤く、ぷっらとした体型は子供特有の柔らかそうな質感を再現されていた。
子供用の防寒服/防寒具/リュックサックに詰まる1000万を越える大金/腰に嵌めたデバイス。
外見上はなんら人間と変わりはない――ただ「意思」と呼べるのなんらかのデータがインストールされているだけであった。
とうの昔に死した主/泣き腫らした目元――「泣く」という機能が実装された機械人形は倫理コードより外れた異常をきたした機体である/それ故にありとあらゆる行動が自由であった。
当ても無く、ただ主の「お願い」に従い/「お願い」に従っていれば何時かそれらはくる。
来たときにそれを渡せばいい/ビニール袋に放り込んだ主の「頭」を――自ら捥ぎ取った頭を。
泣きながら歩き続ける――接続を許され、助言を与え続ける囁きを頼りに。
2096年1月3日
箱根――「六塚家」所有の高級ホテル/会議室。
円卓を囲む七人の魔法師――日本を守護し支配する「魔」の一族=十師族。
円卓の最後方に控えた男が前に出る。
「お待たせ致しております、各テーブルお名前を御用意致しております、お名前ご確認の上、御着席頂きますようお願い申し上げます」
意見を求めるように円卓を見回す。
「一条剛毅様、二木舞衣様、五輪勇海様、七草弦一様、八代雷蔵様、九島真言様、十文字和樹様はご出席ですね。三矢元様、四葉真夜様は昨日欠席の報告を頂いております。六塚様は代理人として六塚紺地様の出席となります」
再度見回す。
「皆様、お待たせいたしました、1月3日、只今より臨時師族会議を始めさせていただきます。本日の議題上“国防”に関するものもあるため進行役は私、国防陸軍第5軍団軍団長上木安綱、立会人として国防陸軍第101旅団旅団長佐伯広海での進行とします。皆様方のご協力を得まして、この師族会議を無事勤めさせて頂きたいと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます」
箱根への道程――警護対象/九島烈。三台連なって走る車/フォードクーガ、リムジン型キャビネット、型落ちハンヴィー。
真ん中の車輌/警護対象の九島烈が座る――向かいに座るナナ/運転手=ベンジャミン。
既に始まっている師族会議――九島烈の提案/独断で乗り込む。
本来ならありえないこと/後方車輌のハンヴィーに積まれた荷物を手土産に、警護兼09ここにありと宣言に。
着慣れないフォーマルな礼服――黒で染め上げたノースリーブドレス/動きにくいハイヒール。
履きなれないヒール/妙に視線が高くなった感覚に違和感を覚える――ウフコックは普段とは違う少しだけ豪勢なチョーカーとイブニンググローブに。
「格式ばった服装は苦手かな?」
九島烈――鷹揚な笑み/孫娘を眺めるような。
「このような服は着慣れません、私は基本的に戦闘担当です」
イブニンググローブを見ながら返答。
「君のように綺麗な娘はそういない、今後もそういった服を着る機会がある筈だ。慣れるに越した事は無いだろう?」
「閣下、私はこの事件を解決に導きたいだけです。他人の為に偽善的な笑顔を浮かべるのは私にとっては疲れるだけです」
「君は孤独を好いている様だ。技術も資質も持ちえて他人の為に使わないのは高慢ではないかね」
「うぬぼれの為には使いません。私は私をこんな体にしたやつを焼き殺したいだけです」
ほんの少し眉を動かし驚いた――ナナという存在を捉える。
「そうか......君が、煉獄事件の保護証人だったのか」
沈黙の応答――黒く塗り潰された眸がナナを覗き込む。
「不可解で理解不能な魔法を子供の合意なしに使うのは犯罪以前の問題だ、煉獄を抜け出てくれた君に謝罪と感謝を言わなければならない」
「あなたが私に処置や強姦を仕掛けたわけじゃありません。御気になさらず、その言葉は四葉にもらいます」
「四葉にたいする謝罪要求か、君は本当にそれで気が済むのかね」
無意識にウフコックに干渉し六四口径に
「気は済みそうにない、そうだね」
「その命とはいいません。しかしそれ相応の報復は覚悟してもらいたい」
「研究停止と人権蹂躙、師族の除名ではだめなのかね?」
「閣下はそれで済むと思いで?」
少しだけ険しい顔を窺わせる。
「君の身から出る殺意とサイオンの放流を見ればそれでは済みそうもない、復讐を果たすかね? 研究所で死んだ子供たちの分まで」
「そのつもりです」
「ならその復讐はすべての子供たちの分までは決算はできそうにない」
「なぜ?」
「......君は君の居た研究所で、どれだけの子供が死んでいたか知っているかね?」
想像した事もない――ドクターは話さない/聞きたくもなかった。九島はその口で言った。
「108人ほど犠牲になったそうだ」
頭の中で騒いだ火種たち――虚無がすべて囲い込む。
ビジョン――無数の培養槽/浮かんだ無数の「私」。
「当人がいるのだちょうどいい機会だ、私がなぜこの事件を君たちに預けたのか話すいいことにしよう」
淡々とした口調で話す――まるで誰かから聞かされた昔話を話すように。
「この事件の大本を辿れば元は大漢の崩壊からだ、あの出来事の原因は少年少女魔法師交流会誘拐事件だ。あの事件の被害者に当時私が教鞭を振るっていた学生の四葉真夜がいた」
四葉真夜――四葉家現当主/四葉の関連情報にはそうとしか記載はなかった。
「彼女は三日間消息をたった、その後当時では世界最大の魔法解析研究所の崑崙方院で発見された。惨憺たる光景だったそうだ。真夜は次世代魔法師母体としては類を見ないほど優秀であった、崑崙方院はそれをいち早く見抜き誘拐し次世代魔法師開発の名の下に強姦していた。そのときに彼女はたった三日の間に子宮摘出手術を受けさせられていた。四葉は報復という虐殺を行い大漢を崩壊させた。それ以来だあの家系が狂ってしまったのは」
悲しみ――黒色の眸に写った感情の鱗片。
「真夜は帰国後すぐに自分の経験した記憶を別種の記憶に書き換えた。ある意味ではその行為そのものが彼女が『精神』の在り処がどこか別の次元にある形而下なモノと決定付けるものだったのだろう。それが経験した記憶であれば時間が癒したものを、それが『知識』になってしまった。四葉を止めてほしい、真夜は当時はよく相談に来た、“精神は本当に柔らかで如何様にでもなる空気のようなものなのだ”、と」
「閣下はその強姦が四葉の異常研究の根源だと」
「それもある。だが本来はもっと簡単なものなのだと私は考えている」
「それは?」
「子を儲けられない、それは女性魔法師にとって生まれながらにして子孫を残せない奇形の存在と同じだ。彼女は単純に子供がほしいのかもしれない。私は何度か移植手術を奨めた、断られたが」
子宮の喪失――子を作れない女性/魔法師、生命の不完全さを体言する。
腹の中に別の生命を宿し慈しみ、誰よりも愛す存在を創り出す器官を誰かの欲望によって消えるのだ。女性の持ちえる母性も優しさも消え去る原因には十分すぎる。
「君に対して行われた研究も己の記憶を消す手段なのかもしれない。我々の認識はいつの時代も機械化を否定し
「日本の授業で受けました、日本人は機械化にたいする拒絶反応が強いと」
「そうだ、私も身を切る行為は気が引ける。我々日本民族にとって肉体を切り貼りする事はある意味では魂の切り貼りに近い。外部との接続を受け付けたくない、意識的にそうしているのだよ。それが肉体行為に現れている。過去215年間諸外国との関わりを殆ど持たなかった鎖国時代も、現在の難民居住区にたいして行われ続ける排斥行為も」
「己が守ってきた人たちを過小評価するのですか?」
「過小評価ではない純然たる事実だ。君たちは己の進化を外部に託し我々は内にあるものに託した。君たちは外のものを受け入れる過程で脅威も受け入れ抗体を手に入れた。我々は内に潜り更なる可能性に意義を見出し手しまった、故に機械化や諸外国への抗体を持ち獲ないのだ」
「まるで人の体を語るような言い方ですね」
「人間の形作るものすべて我々自身の模倣だ。意識的に創り出すものより、無意識下で創り出すモノの方がより忠実に精密に近づいていく。例えば街の水道管や電線は血管や免疫系に近いこの二つどれかを消えれば私たちの生活は江戸近くまで戻るだろう。そして魔法もだ」
「閣下は魔法は人間が肉体的に作り出す現象と」
「これはあるモノの受け売りなのだがね。魔法の原理は我々の妄想なのだそうだ、いままで気づかなかった柔軟な器官の新しい使い方を今にして人類は気づいたと」
「柔軟な器官?」
「彼は脳の事を言っているようだ。彼はイデアという不確定な情報体次元を解明したがっていた。現代魔法学では脳全体の大脳は独立した『精神』とを繋ぐ通信器官という見解だが彼は全く違っていた。彼は精神とは無意識と意識を相対的に言い表した言語であって人を情報体次元に繋ぐ不可分な独立器官ではないと考えていた。その考えは私も同意できた」
「魔法科学を否定するのですか?」
「私自身がそうだからだ。死ぬ事がほぼ間違いない脳改造措置で私は今の演算領域を手に入れている。本当に独立している器官であるのなら脳改造措置を受けようと変わることはない。私自身も彼の理論には賛成だ。魔法は誰しもが理解できないモノではない。我々の脳が創り出す現象なのだ」
初めて聞く真実――九島烈の強化手術/”トリックスター“に隠された強さの真実。
「大戦が始まる前はどこの国も挙って最強の魔法師の創製を試みていた、人道の関わりがあったとしても。だが今は時代が違う、人の命は平等ではないそれ故にあらゆる価値を作り出す。今の人類の命は何よりも価値がある。君も出生がどうであれ価値ある命だ」
まるで物を説く教師――断固として曲げない意志が垣間見えた。
命の価値/ナナ自身の価値――そのようなものがあるのか不思議でならない。
この一生を報復のために生きてきた。
報復の練習――薬物事件に関わり敵を撃ち殺した。
報復の練習――進んで
報復の練習――ノアたちの軍事練習を一緒にした。
報復の練習――心を殺して他者を殺した。
その価値である報復を果たした先にあるもの――想像もできなかった。この先にある私の未来は楽園の物言わぬ被験者になること、このまま09捜査官を続けること以外ない。
「自身の価値を見出せないのかね」
「......はい」
小声で返答/九島烈は歳相応の鷹揚な笑顔を浮かべた。
「そうか、ならこの先見つけたまえ。人の寿命もこの価値を見つけ出すように分からない事だらけだ」
口調の変わりで調子が狂う――ふとある疑問が浮上する。
「閣下はどうしてこの事件を知ったのですか。煉獄実験は極秘のものではないのですか?」
九島烈の神妙な顔つきに――想像とは違った回答が返ってくる。
「先程も話した脳理論を述べた男だ。彼は君の研究に関わっていた」
研究者――胸の奥に潜んでいた暴力性が唐突に目を覚ました/研究者――敵――私を犯した敵。
「落ち着きたまえ、彼は君の体に手術は施したが精神的に追い詰めてはいない。私が彼の識閾検査で確かめている」
「私にはあなたがそいつを知っているかが問題です。誰です、名前は」
「彼にとって戸籍や名前は意味を成さない。もう戸籍を捨て別の名前に変わっている」
「では今の住所はどこなのですか。分からないならそれでも構わない、せめて変わる前の名前を」
九島烈は眼はナナをしっかりと見据えた――懐中時計を取り出しちらりと見て答えた。
「彼の名前はし四之宮だ、『四之宮信吾』だ。彼の動向は途中まで知っている、最後に彼が居た場所は地上兵器開発軍団の開発施設だ」
ふいに無線通信が飛んでくる。《到着するよ。お嬢さん、エスコートは頼んだよ》
前方車輌のアメリアから目的地への到着の知らせ。《
無線通信の微かな仕草で察した九島烈は言った。「到着かね?」
「はい。もうすぐだそうです」
「そうか、君には長い話をしてしまった」
「構いません。こちらも有意義な話を聞かせてもらいました」
車が停車し九島烈が降りる/それに続く歩きながら烈は言葉を洩らした。「彼を責めないでやってくれ」
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