2096年1月13日
「警部またでました。今度は魔法大学です」
稲垣の呼び声/その呼びかけに応じる遊び人は夜勤が重なり、机に足を上げ行儀悪く寝ている。
「稲垣君。それ大久保に回してあげて、僕は今サウンドスルーパーの気持ちいい振動をこめかみに受けているんだ」
「警部、そんないい加減な捜査を続けないでください。『六道ビル事件』もまだ捜査も始まってないのに」
千葉寿和の大欠伸/サウンドスルーパーを少し持ち上げる――渡される資料に目を通す。
寝不足の原因――『六道ビル事件』の捜査権利の取り合い/相手=北アメリカ大使/検視の状況、細かな指示/要求。首の行方/電脳検査をさせるか否か。チタン製の宝箱を巡って言い争い。
捜査をする人間は待ちぼうけを食らう――それに重なり合う「吸血鬼事件」/血を抜かれ衰弱する――共通点/すべて魔法師、或いはその気質のある者たち。
東京に固まって起きる――都内に犯人は潜伏していると思われる/捜査範囲は都内に絞られつつある。
魔法犯罪課である寿和と稲垣は『六道ビル事件』は実際のところでは蚊帳の外――明らかに魔法がらみではない/殺人課に引き渡す――筈だった。
「千葉くーん、ちょっといいかな?」
弱く極限まで低い腰――つるりと光る禿頭。
TPOに相応しくないアロハシャツ/寒い時期にもかかわらず額に浮かぶ玉の汗。
魔法犯罪課課長――
寿和を魔法犯罪課に引き入れた張本人/弱腰の姿勢からは信じられないほどの警察内での立ち回り。
魔法犯罪を是としない日本――徹底的な撲滅により
「五貫さん、なんですか? またキャバ嬢とごたついた?」
「ん~そうなんだよね。また結婚迫られちゃった。――じゃないよ、お仕事の話」
「仕事?」と寿和は机に置かれた食べかけの乾いたみかんを頬張る。「吸血鬼は師族がうるさいよー、御上が出来るだけ係わるなって言ってたじゃん」
「先輩!」
寿和を律する稲垣/声に驚きみかんの切れ端を落す――溜め息。
「まあまあ、稲垣くんも落ち着こう。みかんでも食べて」
「五貫課長、魔法犯罪課は人員が少ないんです。経費削減の波で電気だって危ないんです、少しは働こうとしてください」
「そういってもねー、事件が起きないんだよね」
「五貫さん。仕事あるって言って、事件がないってどういうこと」
「ああ、そうだったね。仕事仕事」
汗を拭きながら簡素なパイプ椅子に座る――メモリセルを出す。
「六道ビルの事件あったじゃない?」
「逓信省の次官が殺された事件ね。どうしたのその事件が、殺人課が対応するんじゃないの?」
「そうなんだけどね、どうにも
「亡命者の死亡でそんなに、相手も暇なのかね」手を擦り合わせる。「稲垣、コーヒーお願い」
「私もお願いしようかな稲垣くん。砂糖四杯のミルク無しね」とにこにこ顔の五貫――たどたどしい手付きでメモリセルを端末にセットする。
「今回の事件ね。逓信省がかなり係わってきてるのよね」
「下請け省がねー、そんなに仏の頭はいいものが詰まってるのかね」
「そうかもね。でも、一番はプロファイラー法案を通す為に
「ひどいな」身を起こし端末画面に映る事件内容に目を通す。「人一人死んでるのに」
「うん。でね、逓信とかかわりたくないって殺人課から丸投げされちゃって......」
「引き受けたと?」
申し訳なさそうな雰囲気/稲垣が三人分のコーヒーを持ってくる。
「内は他の課とは違って出張る機会が少ないからね。横浜の案件は国防軍に取られちゃうし、できる仕事は吸血鬼だけど......七草家の人に案件取られそうでね。出来る仕事も『六道ビル事件』だけんなだよ。この案件君たちでどうにかできない?」
「やるしかないでしょう。反故にもできないですし」
「いやー、助かるよ。これで経費を引かれなくて済む。今度おいしいケーキでももってくるよ」
肩の荷が降りた五貫のすがすがしい表情――寒い魔法犯罪課の部屋よりから暖房の効いた廊下に退散。
三人分のコーヒーの湯気――一つ分無駄になる/稲垣の入れた微妙なコーヒーを啜る。
身を縮こまらせる/端末に映し出される事件内容に溜め息が出る。
「先輩、受けるんですか」
「五貫さんが受けたんだから仕方ないでしょ。吸血鬼は大久保警部殿に頼む事にするよ」
画面をスクロールする。被害者の名前/経歴/国籍/いかなる義体/いかなる電脳/主治医の証言/検視の証言。諸々の捜査素材。そして別のフォルダ――監視の名目/おそらく共に捜査する事になるであろう連邦捜査官/それに類する組織。
同じ
「ウフコック。ペンティーノとナナ・イースターか......」名前を見ながらふと思う。「去年イースター・エッグ食べてないな......」
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教室――朝のホームルーム前/冬休みも終わり、休日中に溜まった話題を発散せんとするしゃべりまくる高校生たち。特に話すこともなく授業の準備に。
「よ、達也」
息せき切らせ登校する友人/西条レオンハルト――席に音を立てて座る。
「もう少し余裕を持って行動したらどうだ」
大きな欠伸。「休みの日に体が慣れちまってる。まだ眠気が取れねえよ」
必要以上の睡眠欲がない達也にとってそれは不思議でならない/レオの体たらくに茶々を入れるためによってくる悪戯娘。
「相変わらず、むさ苦しいうえに一層間抜けな顔してるわね」
にししと含み笑い――いいおもちゃを久しぶりに弄れた喜び少し。
「るっせーな、いいじゃねーか二度寝三度寝くらい」
「その発言が阿呆を強調してるのよ。分かりなさいよ」
「二度寝の快感をしらねーのか。おめぇわよ」
間抜けの話より二度寝の話にシフトしだしいる――変に席の前でいがみ合いをされても困る。
別の友人の登場――近頃関係を狭めたかもしれない相手との登校。
「おはよう達也」
「おはようございます。達也さん」
双方何も変わりがない様子――病気も怪我、心配なし。
「幹比古、美月。おはよう」
早々に荷物を席に置き話の輪に入る二人――新たな話題。
「達也、留学生の話聞いたかい?」
「雫との交換留学生のことか? いや、まだ詳しくは聞いていなが」
食いつくエリカ。「知らないの? だめねー情報は速く手に入れないと」
少しだけ興味を傾けたレオ。「どんなやつなんだ? 留学生ってのは」
「ふふん」少しだけ得意げなエリカの表情。「深雪と同じクラスで、女の子だそうよ」
そんなところだろう、大体の予想が当たる――周囲の状況から想像/やけに騒がしい中、一科生の教室に向かう生徒の性別によって大まかな予想立て。
男女共に五分五分の人数――男の留学生であるのなら興味本位で見に行く男がいても可笑しくないが、向かう男子生徒が多い――女子生徒であるかもしれない、そんな予想だ。
少し興奮気味なエリカ。「ちらっと見たのよね。ナチュラルブロンドの綺麗な子だった」
「エリカちゃん」美月の疑問が。「私が見たのはシルバーブロンドだったよ」
全く違う意見に戸惑うエリカ。「え、嘘でしょ」
美月の意見に賛同する幹比古。「嘘はつかないよ、僕も柴田さんとここに来る途中で見たよ。銀髪のショートカットだった」
情報が交錯している――頭を抱えて唸るエリカ。
「ミキ~、本当に嘘付いてないでしょうね」
「嘘付いてどうするのさ。この目で確と見たよ。小野遥教諭と見たことない人に付いて行ってたよ」
引っかかりを覚えた――小野遥教諭と見たことない人に付いて行ってた、この言葉がどうにも違和感があった。
見たことない人はいいとして小野遥教諭という言葉に――小野遥は臨時ではあるが時折二科生の講師をする事がある、そして担任も。
それではおかしい――エリカの言うナチュラルブロンドの子であれば一科生の教諭である筈だ。小野遥ではおかしい/と、なれば。
「このクラスにも留学生がくるのか?」
笑い飛ばすレオ。「そんなに大勢来るか? 希少な魔法師の卵を何人も日本に送るか?」
邪推――幹比古の予想。「第二、第三、第四高校でも短期留学生が受け入れがあったそうだよ。大学の方にも共同研究の名目で何人か来ているらしい。ウチの門人が話してた」
「あっ、大学の方の話はあたしも聞いた。この前の横浜の件で飛行魔法の軍事的有用性が飛び切りのものだって分かって、泡を食って探りを入れに来たんじゃないかって噂してたな」
更なる予想の発展。「それだけじゃないよ。横浜もそうだし、ハロウィンの
抑制/ストッパー。「幹比古、それは思っても口に出さない方がいい」
「そ、そうだね。ごめん、忘れてくれこれは僕の勝手な妄想だ」
そういったとしても一度頭に刻み込んだ『妄想』は早々消えない――無理に消そうとすれば『空気』と成り、同じ話題を話した相手に伝播す。
皆そういった様子である――『空気』を変える必要がある。
「美月、そのシルバーブロンドの子はどんな人なんだ」
「え、ああ。すいません達也さん、後姿しか見ていなかったのですから」
幹比古を見る――意見を聞く。
「ぼ、僕も後ろ姿しか見ていない。ああ、でも小柄だったことと――」
「ことと? 何だ?」
「すっごい綺麗だったこと」
拍子抜け――レオの落胆の声。「なんだよ、その曖昧な表現」
「こうしか表現できないんだ。なんていうか。ワイルド?」
エリカが眉を顰める。「女の子を言い表す言葉じゃないわね。ワイルドなんてこの男に使う表現よ」
「でもエリカちゃん、幹比古くんの表現あんまり間違ってないよ」美月が割ってはいる。「なんていうか、豹とかライオン、もっと荒々しい炎みたいなオーラが見えたよ」
美月の目に狂いはない――エリカも信じるしかない。
ワイルド/荒々しい/炎のオーラ――あまり好い予感はしなかった。
にわかにチャイム――一限目を始める合図/皆足早に席に着く。
ホームルームが開始して数分――担任が休んだのか臨時担任である小野遥が来た。
予想の的中/幹比古、美月が言っているシルバーブロンドの転入生はこのクラスなのかもしれない。
少しだけ明るい声。「おはようございます。皆さん、冬休みも明けて弛んでいるかと思いましたが。身持ちは崩していないようですね」
小野遥はクラスを見回しながら言う――そして。
「皆さんには今日から数ヶ月間勉学を共にする生徒を紹介します」
それにクラスがざわついた――A組ではないのか/何かの間違いだろう/マジか、男か女か――興味が転入生に集まる。
「それでは、入ってきていいわよ」
言葉と同時に入ってくる――見覚えのある顔/だが会った時のような、異様な焦げ付きが見られなかった。
クラスが更にざわついた。灰白色の髪/皆が知るロングヘアーから変り少し長めなショートカットに。
目の奥底には始めて会った夜の焦げ付きがしっかりと残っている――美月が見る火という表現はあながち間違ってはいない気がする。
髪も目の虹彩も――すべての色素が抜け落ちている/瞳は血液の赤であり、そうそう見られない魅力的な色をしていた。
全身から醸しだす色香は深雪のそれとは違い、別種の色気を出していた。
「ナナ・イースターです。短い間ですがよろしくお願いします」
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