異世界は異世界でもワンピース世界でしたってオチ。
藁にでも縋る気持ちだった。故にその通りがかった寺を訪ねたのだ。
神仏ならばきっと、どうにかしてくれるのではないかと。
5年だ。
もう5年経った。
あの日、父を斬ってから。
父の言うように誰かに嫁いで女として生きる道も、侍ではなく剣士として立身出世を志して生きるような道もあったのやも知れぬ。
何かの掛け違いがあったのならば、もし違う今があったのならば、こうして悩み病むようなこともなかったのやも知れぬ。
……これも今となっては詮なき繰り言に過ぎぬか。
───
──────
─────────
『
─────────
──────
───
あの日、そう宣ったのも真に本心からだ。それは今とて変わらぬ。
他に生きる道もあると諭す父の忠告を、侍に憧れたなどと
そんな可愛くも愚かな一人娘に、父は最後の稽古だと言って真剣を抜き放った。
父は某に斬られることなど百も承知だったでしょう。
侍として戦働きをし終には討ち死にするのだと言って憚らぬ娘が、何の因果か人並外れた剣の才を持ってしまった娘が、辿り着く先など疾うに決まっていたのです。
自分の娘を侍として鍛え上げるその心境は如何程か。
たった一人の肉親である己が侍であった所為か侍に憧れたなどと申す娘。その娘に伊達か酔狂か稽古をつけてやれば、水を得た
男手一つ、一人の侍が育てた娘が侍として死にたいと宣うのです。その時の親心や如何に。
あれは父なりの、侍として育てた一人娘に対する師としてのけじめであったのでしょうか。それ以外に育てられなかった
少なくとも。
あの日某は侍と
月鍔ギンコは侍である。
師である父を最後の稽古、真剣勝負にて斬り、そして一人前となった侍である。
主君に仕え、戦場に出向き、自軍の勝利のため獅子奮迅の活躍をして───そして最後は骸となり果てるような、そんな姿を理想とする侍である。
それはどれだけ素晴らしい最後であろうか。
どれだけ美しい死に様であろうか。
某にはどうしても誇りと信念を胸に戦う武士の生き様が、その死に様が羨ましいほどに輝いて見えて仕方ないのです。
ただどうしようも無く、私の矜持が、信念が、憧れが。死に場所を求めて止まないのです。
◆◇◆
父を斬ってから一年。
ギンコにとって初の戦仕事、大軍同士が睨みを効かせる関ヶ原にて西軍、その先鋒の1人としてギンコは戦に臨んでいた。
(見ていて下さい父上!拙者の……
そんな覚悟と共に、ギンコは侍として敵を斬り続けた。
命など顧みず、鬼と化して、勝利のために敵の首を刎ねた。
ひたすら斬り伏せた。
そして、鉄砲を持った敵にも怯むことなく挑み───
───ギンコの戦の記憶は、ここまでである。
気付けば全てが終わっていた。ギンコは独り、見渡す限りの死体が広がる戦場に立っていた。
ギンコは、
敵の鉛玉がちょうど額の鉢金に当たり気絶していたらしかった。
「誰ぞ……生きている者は!?誰ぞおりませぬか!?」
「戦は!西軍は勝ち申したか!?」
歩けど歩けど死体ばかり。
「あぁあ……」
「すべて骸か……?……一人残らず!」
屍と死臭から
この血染めの大地に立っているのはギンコだけだった。
乱戦の果て、皆血に塗れ地に伏していた。
彼ら全員がその務めを全うしたのだ。
誇りのため矜持のため、勝利のために一兵卒まで武士として戦い、武士として死んだ。
ギンコ一人が、ギンコ一人だけが死ねずにいた。
その血溜まりの中でギンコ一人が取り残されていた。務めも果たせずまんまと生き延びた侍が立っていた。
矢の刺さった兜が、赤く染まった動かぬ鎧が、物言わぬ死骸が、生首が、どれもこんなにも輝いて見えるのに。
「某には、そこもとらが輝いて見えます!」
「某ひとり除け者はいやです!」
そして後に関ヶ原の戦いと呼ばれる戦争を境に長きに渡る戦国の世は終わり、泰平の世を迎えた。
こうして月鍔ギンコは、最初にして最後の、最高の死に場所を失ったのである。
◆◇◆
その寺───転生寺というらしい───には見上げるほどの仏像とやけに能天気な坊主がいた。
関ヶ原での戦が終わってからというもの、世の中はどうにも戦を、侍を必要としなくなったらしい。あの戦に参加し落ち延びてからというもの、ギンコは兎角死に場所を求めていた。
泰平の世を迎えどもかつての戦場を未だ忘れられずにいるような武者修行人は多い。
例えば牢人のような……ギンコと同じ、未だ戦国の価値観に囚われた者たちだ。
そのような
死ねなかった。
ギンコが勝ったのだ。一刀に斬り伏せてしまった。彼は満足げに死んだ。本望だと、そう言っていた。
戦いに敗れ、潔く散る。それはまさに"侍"の死に様だった。
彼を穴に埋め、一つ、簡素な墓をつくった。
彼も侍なれば、敬意を払うべき相手であった。
待てば次の機会も来るだろうと暫くを無為に過ごし、
彼もまた侍だった。少し怪我をしたが到底死に至るようなものではなかった。治してまだ見ぬ強者へ挑まねばならない。満足して死ぬために。
また挑んでは、斬って、埋めた。
天下一を謳う輩も、落ち延びたらしいどこぞの武者も、誰も彼も某を殺せなかった。
また挑んで、斬って。
挑んでは斬って。
斬って。
斬って。
斬って。
そうして数年を過ごし墓を幾百拵えて、ふと悟った。この世には自らを切り伏せるものなど居ないのだと、この先いくら人を斬れども満足して死ねぬのだと。
もう諦めようと、もう自刎する他ないのだと。廃寺で独り、腹を掻き捌こうとしても。
どうしても某には!拙者には斬れぬのです!
見てしまったから!関ヶ原で最後まで武士として果てた彼らの姿を!死してなお光輝く武士としての誇りを!侍としての矜持を!
拙者も……私も、侍です。私もきっとあんな風に輝けるんです。父に認めてもらったから、私も、一人前の侍だって。侍として務めを果たして、輝いて死ねるんだって。こんなところで無念に果てては、父に申し訳が立たぬのです!
そんなこんなで死ねずにいたギンコが、尽きぬ放浪の果てに偶然通りすがり、フラリと迷い込むようにして入ったのがこの寺だった。
「……某を殺せる人間などもうこの世におらぬのでしょうか?」
精緻に微笑を湛える仏像を前に、隣に座る坊主に尋ねれば、戦いなど忘れてしまいなさい、と返ってくる。
どうして───どうして戦を忘れられましょうか。
某は侍です。侍であるならばやはり務めを全うし、戦にて果てるべきなのです。
須く戦いに生きた者は戦いの中で死ぬべきだと思います。
侍に、戦場の鬼に身を窶したならば、もう尋常に生きることなぞ堪えられぬのです。
仏に祈れと、さすれば赦されようといとも簡単に宣う坊主に倣い、平伏して祈った。
(仏さま……某はたくさん人を斬りました)
───地獄で灼かれる覚悟です。
───某も彼らのように。
───熱く、闘いの果て死にたいのです。
赦しは要らぬ 敵が欲しい
───拙者が鬼なら、悪鬼羅刹のはびこる地獄の世へ、いっそ───……
────────いいよ。
…………………………え?
───
──────
─────────
「………………ワン!……ワン!」
………………犬の声?
「ワン!!」
先ず明らか変わったのは地に着く手の触感。
そして室内の空気ではない。
外の、少しベタつくような空気が頰を撫ぜる。
私は寺の仏殿にいたはずでは。訴えかける違和感に急かされ顔を上げれば。
「…………い、犬???」
そこに居たのは顔の平たい不思議生物であった。
◆◇◆
───第一印象は、兎角人がいない、ということであった。眼前の犬のような珍生物を除いて。
知らぬ町であった。
暫く忘れていた港町特有の空気。見たこともない建築様式。
殆どの建物が平屋ではなく普通の家の倍ほども空に背を伸ばして威迫するが如く、通りに私を挟み込みただ悠然と佇んでいる。
………ここ、は、
包み込む異様な静けさが幾度と私に夢か何かではないかと疑わせたが、その度他に何も動かぬ視界の中で小刻みに呼気を吐いては揺れ続ける謎犬が私に妙な現実感を叩き込むのであった。
幼き頃本で見た外国の知識とも似る部分はある、か……?
決して放棄された、寂れた町という訳でもなさそうである。
つい先程まで人が住んでいたのではないかと思わせる生活感が見てとれ、ほのかな残り香のように漂う生命感が無機質な建物たちを彩っている。
まるで人だけが町から取り除かれたかのような不調和。
何より
知らぬ町に警戒しようにも誰がいるでも無し、半ば無意識裡に手に取った愛刀も、張り詰めていた気も、抜けた面の変な犬にそう見つめられ続ければ形無しである。
顔の四角い犬ころは隣に腰掛けることを許してくれたようで、近づく私に一瞥をくれたかと思えば白ばくれるようにしてまた前方の何処かを見つめる作業に戻っていた。
はてさて、俄には信じ難いが見知らぬ土地に飛ばされたらしい。
何処かで海鳥の鳴く声がする。
何が起こるでもなければ何か行動を起こすでもない。
鬼が出るでもなし、ましてや人っこ一人いないのであれば。
この身を苛む無気力さは隣の犬の無行動さに共鳴し増幅していくようだった。
愛玩するには可愛げのない奴。
此奴が呈する感情は今の所呆れるほどの店への忠誠心だけだ。
「………一体どうしたものか………」
あ、港町なら釣りでもしようか。一人と一匹、ぼんやりしながらそう思った。
───
──────
─────────
「─────!、──────!!」
………うつらうつら、意識を彼方へ飛ばしていると、汐風に乗って人の声が聞こえてくるようである。
懸念は一つ晴れた。どうやら人はいるらしい。
しかしどうにも。足に根が張って動けぬ。
……この身に巣食う陰鬱さはどうしてせっせと気怠さを生み出してやまない。懸念は晴れれどこればかりは晴れない。戦でもしない限りは。
どうにか強者と立ち会えるならば───
と。瞬間。
聞こえてきたのは、聞いたことのないような爆音。
「は!?」
どごごごごばばーん!みたいな音!
持ち前の荒事への嗅覚は闘争の気配を鋭敏に感じ取る。
「犬ころ!屋根を借りるぞ!」
爆音を聞いても動じず、目線をやるだけの鈍感に声を掛けるだけかけて家によじ登れば見える見える立ち上る土煙!
「ハハ、合戦の匂いがする!」
「某は行くぞ犬ころ!息災でな!」
わはは!未知の武器!未知の敵!この町にも戦はあるか!
◆◇◆
ぴょんぴょん屋根の上を飛び跳ね駆けては爆音のした所へ向かっていると、通りに何やら重そうに箱のような物を引き摺る人がいた。
この町で初めて見かける人間だったが、何より気になったのはその目立つ緑の髪である。なんぞあれは。
そして何より腰に刀を佩いている!!!珍妙な服だが!
いたか侍!この町にも!
「某、月鍔ギンコと申す者!是非に手合わせ───」
屋根上から飛び出し、その男の前へと躍り出る。脚が痛い。
瞠目するその男からは血臭がした。よく見れば刀を三本も佩いた男は腹から血を流しているようだ。
その男が引き摺る鉄の籠には一人の男が入っていた。
籠は籠でも駕籠であったか。入り口はないようだが。
「ちっ!もう追いついたのか!?ちょっと速すぎやしねぇか!?」
「なんだお前?変な格好だなー」
途端焦る緑髪の男と呑気な箱の中の男。怪我をした男が箱の中の男を運んでいるらしい。様子を見るに人攫いというわけでもない。
ふむ?少なくとも手合わせするような状況ではないらしい。
そうだ。それより聞きたい事が山ほどあるのだった。
「御仁!聞きたいことがあるのですが──!」
「……なんだコイツ、バギーの仲間じゃねえのか」
ばぎぃ?
「それより、この町はなんという町なのですか?先程の爆音もなんなのですか!」
「知るか……はぁ、気が抜けた」「くそ、血が足りねェ……もうこれ以上は歩けねェぞ」
「オマエ剣士か?」
どうやら満身創痍!
最早物を尋ねている場合ではなさそうである。
「お困りならば手も貸しましょう!何処か行く当てがあるのですか?」
「いや、逃げてんだ、オレたち」
倒れた暫定侍を横目に、妙な笠の様な物を被った男が鉄籠の中からそう話す。
「ふむ!よく分かりませんがあの爆音がした所から逃げている様子!某が運びましょう!」
「運ぶゥ?」
「運ぶっつったってお前にその檻が運べんのかよ……」
男二人で三十貫*1、鉄の籠合わせて……まあ持てるでしょう!
「ではいきますよ
左の手で倒れた男を、右の手で鉄の籠を!確かに重いが持てぬほど柔に鍛えてはおらぬ!
「は!?」
「おいウソだろ」
俵抱きにされた男と持ち上げられた鉄籠の中の男が悲鳴を上げる。
「ハハハ!案外いけましたな!」
とはいえ逃げる当てがないのは某とて同じ。
うーん。あの犬のところまで戻るか?
───
──────
─────────
「んでその変な犬ってなんなんだ?」
「顔の平たい犬です、店の前で番をしておるのです」
るふぃ?と、ぞろ?と名乗ったその男たちは果たして海の賊であるとか。
賊か。
そういう手合いも過去立ち会った事があれど山に居るような賊は総じて何処ぞから流れてきたような手合いである。
満足に剣の振り方も知らぬ輩。光り物を持つだけで威張り散らすことができるのは尊敬ものだ。
下卑た面をぶら下げながら切れ物片手に襲いかかってきたとみても、斬ってやれば女子の様に悲鳴を上げて逃げて行く半端者ばかりである。
此奴らは一人は怪我、一人は籠の中。たとえ襲われようとも制圧が楽だ。
男二人と鉄の駕籠一つ担ぎ上げながらせっせと駆ければ存外さっさと着きそうである。
確かこの辺り───およ?
先の通りに戻れば見知らぬ老翁が犬に飯を食わせておるようである。
鎧を身につけ背には槍。すわ戦争か。
「ん!?何者だ!」
そう犬の代わりに吠える老爺。某の
「「誰だおっさん」」
そう尋ねる二人。
もう鉄の駕籠は下ろしていいか。流石に応えた。
どごん。乱雑に下ろせば"るふぃ"殿が文句を垂れた。
「いてーなーこのやろう」
「わしか」「わしはこの町の長さながらの町長じゃ!」
町の長らしい。そこな犬の飼い主ではないのか。
ぷーどる、とそう名乗るその老爺は全身鎧と槍で装い今にも戦わんというような出立ちであれど立ち振る舞いは只人同然であった。
流石に斬りかかるのは躊躇われた。少しうずうずする。
「おい、俺も下ろしてくれ。寝る」
この妖怪
下ろしたら寝た。
気楽な奴である。
一端の賊ならば町人を脅すなりするものではないのか。
獲物を前に寝晒すとは豪胆な男である。
───
──────
─────────
暫くすれば腹の傷に気付いた町長に"ぞろ"殿が連れて行かれて隣の家に格納された。
隣の家が町長の家らしい。
鉄籠の中の"るふぃ"殿は犬と喧嘩し終わった様子。
文句を垂れている。
「くっそーこの檻さえなけりゃなー」
おや。
「出たいのですか?ならば出して差し上げましょうか」
流石に自ら入っているわけでは無いのか。出れるなら出てるか。
「出すっつってもカギがねぇぞ?」
訝しがる"るふぃ"殿。
「鍵ならば此方に。生憎万能鍵ですが」
やあやあ此処に取り
「刀ァ?」
再度訝しがる。
「鉄だぞこの檻」
「端に寄って頂かなくては間違えて斬ってしまうやも知れませんよ?」
某は真剣である。*2
本気度合いを察したのか"るふぃ"殿が足を抱えて端に寄ったのを見て。
斬った。
暫しの間をおいて自らが斬られたことに気付いた鉄の檻は音を立ててその口を開いた。
「……とまあ、こんなものです」
口を開いたままのるふぃ殿。
「……ここにいたのか、探したわ、無駄に」
また人が増えた。
何処に隠れていたのか、これまた珍妙な髪色をした女であった。
あ、続きません