志す者たちの彼方   作:d1ce-k

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2部エピローグ:報せと余波

 

 

 

ニュースは、あっけないほど淡々としていた。

 

『本日未明、都内湾岸エリアにて正体不明の武装集団同士による銃撃戦が──』

 

未来ガジェット研究所の古いテレビから、アナウンサーの平板な声が流れる。

 

『死者・負傷者は複数名。現場付近からは軍用と見られる銃器や薬莢が──』

 

岡部はソファに座ったまま、リモコンを握る指に力を込めた。

 

「……ふざけるなよ。これが“世界の説明”か。」

 

誰も答えなかった。

 

ラボの空気は、いつものくだらない騒ぎも、妄想語りもなく、ひどく冷えていた。

 

ローテーブルを挟んで対面には、志乃が小さく座っている。鈴羽が隣で、まるで護衛のように寄り添っていた。志乃の両手は、服の裾をぎゅっと握りしめて、小さく震えている。

 

その震えが、ニュースの言葉よりも、ずっと現実味を帯びていた。

 

 

「状況の整理をしましょう。」

 

真帆が口を開いたのは、テレビの音を岡部が落としたあとだった。

 

彼女の前のノートPCには、ニュースサイト、海外のフォーラム、そして政府発表の一次情報がいくつも並べてある。どれも、同じことしか言っていない。「正体不明」「テロ」「捜査中」。

 

「今回の銃撃戦は、政府としても“前例のない事件”として扱われているわ。日本であの規模の武装衝突が起きたこと自体が異常。だから当然、――各省庁も、警察も、自衛隊も、一時的に最大級の警戒態勢に入ってる。」

 

真帆の声は淡々としているが、その奥に疲れが滲んでいた。

 

「つまり?」ダルがかすれた声で問う。

 

「外部から、新たに人間を送り込むのはリスクが高すぎる。少なくとも表立ってはね。」

 

真帆は画面を閉じ、ラボのみんなを見渡した。

 

「SERN視点で言うなら、今回の作戦は“損害過大”よ。日本国内の“人材”を失い、現場で武器をばら撒き、事件としてデカくなりすぎた。その場で得られた成果があったとしても、しばらくは動きづらくなるはず。」

 

岡部が眉を顰める。

 

「……つまり、奴らは一旦、引かざるを得ない。」

 

「ええ。“直接的な”介入はね。」

真帆はそこで、ちらりと志乃に目をやった。

 

「代わりに、監視とハッキングに比重を移すでしょう。私たちの研究データ、大学、ネットワーク経由での情報収集。物理的な圧迫から、目に見えない圧に変わるだけ。」

 

「それでも……」岡部は、深く息を吐いた。「少なくとも、銃を持った連中がドアを蹴破ってくる可能性は、下がったわけだ。」

 

その言葉に、まゆりが小さく息を吐き出す。

安堵か、悲しみか、自分でも分からないため息だった。

 

 

「……萌郁さんの話を、もう一度整理させてくれ。」

 

岡部がそう言うと、椅子の端に座っていた桐生萌郁が、ぴくりと肩を震わせた。

 

彼女の携帯は、さっきから一度も鳴っていない。

鳴るかもしれないという恐怖だけが、彼女の指を固くしている。

 

「わ、たし……は……」

 

掠れた声で、萌郁がゆっくりと語り始める。

 

SERN。ラウンダー。

命令。監視。

「資源」呼ばわりされた、志乃の存在。

 

そして──あの工場でのこと。

 

自分が、志乃を庇い、

部下を撃ち殺したこと。

 

「……どうして、あんなことをしたのか、分からない。」

 

萌郁は、自分の握った手を見下ろしながら呟く。

 

「命令に、逆らったら……私は、全部、失う。

 でも、“あの子”が泣いているのを見て、

 ――引き金を、戻せなかった。」

 

志乃が、そっと萌郁の袖をつまむ。

 

「……もえか、おねえちゃん。」

 

震える声で呼ばれて、萌郁は顔を上げた。

その目には、後悔と恐怖と、わずかな安堵が混じっている。

 

「守ってくれて、ありがとう。」

 

志乃は、ゆっくりと言葉を選びながらそう告げた。

 

「パパとママを、おこらないであげて。

 みんなを、連れてきてくれたから……」

 

萌郁の喉が、ひくりと痙攣する。

 

謝罪と自己否定が、こみ上げては飲み込まれていく。

彼女はただ小さく頷き、声にならない声で「ごめん」と呟いた。

 

 

「確認しておきたい。」

 

岡部が、ラボの全員に聞こえるよう、静かに口を開いた。

 

「二人は──紅莉栖と槙島は、志乃を庇って死んだ。

 そして、その瞬間、何かが起きた。」

 

彼の視線が、志乃に向けられる。

志乃は、少しだけ息を呑んでから、ぽつりぽつりと語り始めた。

 

「……ママが、私の上にきてね。

 その前に、パパがね、“前に立つから、目を閉じなさい”って。」

 

その光景は、彼女の中で鮮明すぎるほど鮮明だった。

でも、血の色や弾丸の軌道は、どこか靄がかかっている。

 

志乃の記憶は、最期の瞬間を、

意図的にぼかしてしまったかのようだった。

 

「こわかったけど、ちゃんと、目を閉じたよ。

 ――そしたら、あったかくなって。

 ママとパパの声がして、“一緒にいていい?”って聞かれて……」

 

志乃は自分の胸に手を当てる。

 

「わたし、“いてほしい”って思った。

 そしたら、光になって、ここに、入ってきたの。」

 

言葉としては、あまりにも抽象的だ。

だが、その表情には、一片の嘘もなかった。

 

岡部は、しばらく沈黙してから、ゆっくり頷いた。

 

「……聞かないでおくよ。どれだけ撃たれて、どこの骨が折れて、どんなふうに倒れたのかなんて。

 そんなことは、必要ない。」

 

彼は立ち上がり、ラボの窓の外──沈みかけの夕陽を見た。

 

「重要なのは、“何のために死んだか”だ。

 あの二人は、君を守り、君の中に残ることを選んだ。

 それだけ分かっていれば十分だ。」

 

 

その夜遅く。

 

人の気配が薄くなったラボで、岡部と真帆は小さな声で話していた。

 

「桐生萌郁を、どう扱うつもり?」

真帆が尋ねる。

 

「……被害者であり、加害者であり、目撃者であり、救助者だ。」

岡部は苦笑いを浮かべた。「乱雑な肩書きだな。」

 

「SERNにとっては、彼女も“使い捨て可能な駒”の一つよ。」

真帆は淡々と続ける。「でも、彼女にはまだ“情報”がある。向こうの構造、命令系統、連絡経路……」

 

「利用する、って言いたいのか。」

 

「現実的にはね。」

真帆は少しだけ表情を曇らせた。「でも、それ以上に──志乃が“ありがとう”と言った。その事実も、無視しちゃいけないと思う。」

 

岡部は大きく息を吐き、頭を掻いた。

 

「……俺たちは、裁く立場じゃない。

 少なくとも今は、“ここに戻ってきた人間”として扱う。

 それだけで精一杯だ。」

 

そして、窓の外を見やる。

 

「これからも、世界は勝手に歪む。SERNの思惑も、政府の思惑も、きっと消えない。

 それでも――」

 

岡部の目に、わずかな光が宿る。

 

「俺たちは、志乃が見ている“未来”の見届け人でいよう。

 あの二人が命を賭けて繋いだ、“先”を。」

 

真帆は、静かに頷いた。

 

「じゃあ私は、その未来が“物理的にも、理論的にも破綻しない”ように、全力を尽くすわ。」

 

「頼りにしてるぞ、ヒゲ女史。」

 

「誰がヒゲよ。」

 

二人のやり取りは、ほんの一瞬だけ、いつものラボを取り戻していた。

 

 

その頃、志乃はソファの端で、膝を抱えていた。

 

誰もいない静かな部屋。

隣には、さっきまで萌郁が座っていた場所の温もりだけが残っている。

 

胸の奥に、二つの声が静かに漂っていた。

 

~君は、どう生きたい?~

 

~わたしたちは、あなたの選んだ未来を信じるわ。~

 

志乃は、自分の膝に額を預けながら、小さく答える。

 

「……わたし、こわいよ。

 でも、パパとママが、ここにいるなら……」

 

胸に当てた掌が、ほんのり温かい。

 

「がんばってみる。

 世界が歪んでも、ちゃんと見てる。

 ここで生きていく。」

 

涙は出なかった。

泣き尽くしたのかもしれないし、

もう泣かなくてもいいと思えたのかもしれない。

 

ただ一つだけ、はっきりしていることがあった。

 

――二つの世界から零れ落ちそうになった自分を、

  拾い上げてくれた人たちがいた。

 

その人たちが遺したものは、

もう「特異点の力」ではなく、

この小さな胸の中で灯り続ける、“ただの家族の温もり”だった。

 

「……ありがとう。」

 

誰にも聞こえない声で、志乃は呟いた。

 

その言葉は、ラボの天井を越え、

歪み始めた世界のどこかに、静かに溶けていった。

 

 

こうして、志乃と家族、そしてラボの面々は、

二つの世界の狭間で流れ込んできた“血と銃声の夜”を越えた。

 

SERNは牙を隠し、政府は見えない敵に怯え、

世界はなお、静かにきしみ続ける。

 

それでも、ここには一つの約束がある。

 

――たとえ世界がどう歪もうと、

  志乃の選んだ未来を、共に見届けること。

 

それが、二部の終わりに刻まれた、

ささやかで、けれど揺るぎない決意だった。

 

 

 




続きは年明け後にしたいと思います。
みなさん良いお年を
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