【ルーム帝国もの、第二部】先日病死された高貴なお方の死因が実は毒殺であるという不敬な噂に関する調査報告   作:お話を聞かせて

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かっこいい文章を読みたくなったら失楽園!


第七話

 

 

 俺たち調査団はアフリカ属州庁舎の一室を貸与された。貴人を遇する部屋ではないが事務処理にあたって必要なものは整っている。奥の椅子に座りながら机に組んだ手を置き、俺は立ち並んだ部下たちに告げた。

「先にも説明した通り、本再調査はアフリカヌス様の死因が病死ではなく殺害であるという前提のもとに行う。もっとも、殺害方法に関しては調査しても容易には分からぬだろう。よって方法に先行して動機を持つもの、もしくは機会があった者をまずは選定してほしい」

 そこまで言って俺はアプレイウスを見る。彼は冷静そのもの見えた。

「無論、私はこの手の調査に関する専門家ではない、私が示すのは指針のみだ。実際の指揮は警察局のアプレイウス大尉に一任する」

「はっ、お任せください」

 アプレイウスの態度は優秀な職能人が持つ静かな自信が漲っているようだった、それにどこか嬉しそうに見える。先日の調査の際に彼は自身の有能さを誇示する場面に恵まれなかった、再び機会を得たことを彼は喜んでいるのかもしれない。

「それと重々承知してほしいのだが」俺はアプレイウスや彼が連れてきた警察官を見回した「本調査は参謀本部クラウディウス総長の命令により行われる。ドルッシラ様をはじめ属州副総督に一方的に命令を下させる法的根拠はない。また、各軍団長にも十分に敬意を払い禍根が生じないように取り計らえ、以上だ」

 今回の調査は、実際は皇帝の直接の依頼ではあったが、形式としては参謀本部の命令となっている。皇帝の命令となれば内外に動揺を産むのは明らか。痛くない腹を探られてもつまらぬ。もっとも本当の皇帝の腹を探って何も出てこないかは知れたものではないが。

 アプレイウスは部下に下知して、室外に追い出した、自分は室内に残る。部屋には俺とアプレイウス、ジャオジュン、コルシュだけとなった。

「中佐、繰り返しになりますが、すでに犯人が用意されている……というわけではないですね」

 アプレイウスは道中で聞いてきたことを再確認した。結構なことだ、これぐらいの慎重さはむしろ望ましい。

「繰り返しになるが、少なくとも俺はそう聞いている。意味は分かるな?」

 アプレイウスは俺の瞳ののぞき込む、自分を騙そうとしているのではないか、それを確かめようというのか。

 安心しろよ、アプレイウス。もし立場を分けるなら俺は騙す側じゃなくて騙される側だ。まあ、なんの気休めにもならないだろうが。

「中佐はどうされるのですか」

「貴官の報告を待つ。素人が現場に出張ってもいいことはない。ただしあらゆる判断は俺が行う、お前の任務はあくまで材料集めだ、そこは間違えるな。俺から伝えたいことがあればジャオジュン少尉を遣わす」

 アプレイウスは薄く笑った。嘲りを感じるのは俺の錯覚か?

「コルシュ上等兵ではなくですか? ジャオジュン少尉は護衛として常に中佐の傍にいたほうがいいのでは?」

「貴官の言わんとしたことは分かったが、俺の判断は変わらない。理由はいくつがあるが貴官に説明するのは面倒だ。もういいぞ、行け」

 顎で扉を指すとアプレイウスは不敵な笑みを浮かべ敬礼して去って行った。

 ジャオジュンを伝令として使うのはそれなりに理由がある。一つは、少なくともアフリカ属州の庁舎にいる限り護衛が必要な事態に陥らないのではと予想しているからだ、それに、万が一、ここで護衛が必要が事態に直面したならば、ジャオジュン一人が傍にいてもどうにもなるまいと考えているのもある。

 そして、こちらがもっと大きい理由だが、コルシュをこんな政治に舞台に巻き込みたくなかった。なにも考えずに俺の傍に侍っていればいい。

 だが、そのような俺の甘い考えは許されなかった。

 執務室の扉が叩かれる。

「どなたですか?」

 コルシュが扉の向こうに声をかける。

「ドルッシラです。カリグラもいます」

 弾かれた様に立ち上がり入り口に駆け寄ると、自分の手で扉を開けた。

 以前より若干表情を柔らかくした二人が、扉の前に立っていた。

 二人を招き入れ、長椅子を勧める。特に躊躇う素振りは見せず、彼らは腰を下ろした。

「この度は調査へのご協力ありがとうございます、ドルッシラ様、カリグラ様、属員が何かご迷惑をおかけしたでしょうか」

 ドルッシラは少し口ごもった後、話し出した。

「何も迷惑は被ってはいません、あくまで今のところはですが」ドルッシラは遠慮がちに俺の目を見た「今日、中佐を訪れたのは、先日の非礼を詫びるためです。今になって考えると皇帝陛下の勅命で訪れた方に対しいささか礼を欠いていたような気もします」

「どうかそのようなことは言わないでください。アフリカヌス様が亡くなられてすぐのことでしたから平静を保てなかったのは当然です。小官を慮っていただく必要はございません」

 彼女の真意を測りかねながら、当たり障りのない返事をした。

 隣のカリグラは先ほどからちらちらと俺の背後の視線を向けている。

「そうおっしゃるのでしたら、ハヤシ中佐、貴方には謝罪ではなく感謝の言葉を送ります。万事良く取り計らってくれました、ありがとう。しかし」俺に瞳をのぞき込んでくる「公的に死因が確定した後に、再調査というのはなぜなのでしょう」

「ご疑念はごもっともです。ドルッシラ様」俺は頷いて少し身を乗り出す「実のところ、今夏の再調査が何のためのものなのか、私も上から伝えられていないのです」

「そうなのですか?」

「はい、大神ヘリオガバルスに誓って」

 俺は真剣な表情になるよう心掛けた。権威はあっても権力のない神になどいくらでも偽りの誓いができる。

「そうですか、では貴方は問い詰めても仕方がありませんね。まさか自白魔術を掛けるわけにもいきませんし」

 ドルッシラはようやく笑ったが、その笑みには色々な要素が含まれていると感じた。

「ところでコルシュ上等兵、こちらへ」

 彼女は俺の背後のコルシュに声をかけた。

「はいなんでしょう、ドルッシラ様」

 コルシュは気負うことなく皇族の二人の前に立った。

「先日は見苦しいところを見せました、でも貴方のおかげで心の重荷が少し軽くなりました、ありがとう」

「お役に立ったなら嬉しいです」

 コルシュとドルッシラは笑みを交わした。それからドルッシラはおれに向き直る。

「よろしければ、アフリカにいる間コルシュ上等兵をお借りしてもよろしいですか、彼といれば私もカリグラもふさいだ心が晴れるような気がするのですが」

「それは」俺は言葉に詰まった「お止めになったほうがいいかと、この者は貴人に対する礼に欠けるところがあります。ご不興を買うような真似をするかもしれません」

 意外なことにドルッシラは声を上げて笑った。

「それがいいのです、四六時中傅かれては息が詰まります」

 俺はコルシュを見た、彼は少し困った様子でこちらを伺っている。

 本音を言えばコルシュを引き渡すのは嫌だ。何か口を滑らせるかもしれないという実際的な理由もあるが、それ以上に、コルシュの情愛が他人に注がれるのが嫌だ。

 しかし、この状況で格上の相手にそんなことを言えるわけがない。俺はコルシュを睨みつけた。

「ドルッシラ様のご指名だ、お相手を務めろ。だが、自分の立場を忘れるなよ、お二人に礼儀を尽くせ。先日のような振る舞いはもってのほかだ」

「分かりました、ハヤシ中佐。ドルッシラ様、カリグラ様よろしくお願いいたします」

 コルシュが二人に敬礼を送ると、カリグラが立ち上がった。

「俺のことは、先日と同じく気安くカリグラと呼んで欲しい。母上にも許しはもらっている。じゃあ行こうか」

 三人の去り行く背中を目で追いながら、俺の口は自然と動いていた。

「お待ちください、ドルッシラ様」

「なんでしょう、ハヤシ中佐」

 ドルッシラが振り向く。

 実のところ、彼女に言いたいことなど何もなかった。ただコルシュを奪われたという苦痛が、何かそれ相応の報いを得たいという思いが、俺に口を開かせていた。

 だが、そんなことを口に出すわけにはいかない。呼び止めた以上、何かそれらしい言葉を吐かなければ。俺は何を言うか迷い、そして自分でも意外な言葉を零していた。

「ナジェ・エンヴィル中佐をご存じですか」

 なぜいまエンヴィルのことを話題に出したのか、我がことながら不思議な思いだったが、それは口に出してみると、確かに聞かなければならいことのように響いた。事実、ドルッシラの瞳孔が小さくなるのを俺は見た。

「はい、エンヴィル中佐とは面識があります」

 ドルッシラは明らかにこちらを警戒している。

「そうですか、小官は一時期中佐の指揮下にありました。短い付き合いでしたが大変に有能な方で勉強させてもらったのです。アフリカでの中佐の様子はいかがでしたが」

「貴方がエンヴィル中佐の指揮下にいたのは知っています。アフリカヌス様が言っていましたから」

「……なんですって?」

 予想だにしない答えに俺は戸惑った。

「アフリカでエンヴィル中佐、そのころは少佐でしたが、彼女はアフリカヌス様によく仕えてくれました。彼女が戦死した知らせを受け、アフリカヌス様は当時の状況を調べたのです。一度、アフリカヌス様は私の前で貴方の名前を呟きました。どうやらこのハヤシ少佐と言う軍人は優秀らしいと」ドルッシラは流し目をくれると軽く微笑んだ「では失礼」今度こそ彼女たちは去って行った。

 コルシュを連れ去られることへの逆襲でもあったはずなのに衝撃を受けたのは、俺の方だった。

 エンヴィル。もしかして彼女はアフリカヌスの派閥において特別な役割を果たしていたのではないか、少なくともアフリカ属州から異動してからもアフリカヌスは彼女に関心を持っていたようだ。

 あの軍議の夜、本当の裏切り者はアルビウスだと俺は考えていた。しかし、あるいは、彼女に施されたのは偽証の魔術ではなく、本当に自白魔術で彼女は真実を述べていたのか。そんな疑いがにわかに萌す。

 結局、ドルッシラはエンヴィルのアフリカでの様子は語らなかった。取るに足らぬことだと話さなかったのか、それとも何か隠したのか。

 俺は振り返った。

「ジャオジュン中尉。アプレイウスにかつてアフリカにいたナジェ・エンヴィルと言う佐官についても調査を行うように伝達しろ」

「はっ」

 ジャオジュンが部屋から出て行くのを見届けて、俺は金属瓶を取り出しぬるいが濃い珈琲を一口飲んだ。

 ナジェ・エンヴィル。付き合った期間はごく短いが、その短期間に俺の魂を屈服させた女。彼女はアフリカでもその有能ぶりを発揮していただろう、それは分かる。だが、今回のアフリカヌスの死に何か関係してくるだろうか。

 俺は自分の霊感は信じないが直観は信じる。直観とは神秘的な才能ではない、経験に基づく一瞬で結論に至る高速の思考だ。

 その直感が言う。ナジェ・エンヴィル、彼女が本件に関連している可能性はある。もしかするとアフリカヌスと相当深い仲だったのかもしれない。しかしそれは男女間の恋愛関係というのではなかろう、エンヴィルを語るドルッシラに嫉妬の色はなかった。

 今までの印象として、ドルッシラは正常な感性を持った女性のように見る。それこそエンヴィルやあるいはアグリッピナとは違う。上手くやれば何か情報を引き出さるかもしれない。コルシュが彼らの懐に飛び込めば、思わぬ収穫を得られそうだ、しかし……。

 俺はコルシュの笑顔を思い浮かべた。そしてその笑顔が他者に向けられているところを想像する。気が重い。

 自身を除けば俺が愛するのはコルシュだけだ。その他の人間とはあくまで利害により繋がっているに過ぎん。だが、コルシュの愛はどうやら俺一人に対象を限定しているわけではないらしい。コルシュの分け隔てのない愛情は間違いなく彼の美点だ。しかしそれがオレの心を悩ます。彼は俺に向けるのと同じ笑顔を、平気で他人にも向けるのではないだろうか。

 俺は苦笑を浮かべた。お前は一体何に悩んでいるのだ、ハヤシ・ヒデノリ。まずは任務に集中しろ。懐中時計を確かめる。時刻は10時。半日も費やせば、アプレイウスたちはなにがしかの情報を掴んでくるだろう。それを待とうではないか。

 

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